特許第6331287号(P6331287)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6331287
(24)【登録日】2018年5月11日
(45)【発行日】2018年5月30日
(54)【発明の名称】手術練習用生体組織モデル
(51)【国際特許分類】
   G09B 23/30 20060101AFI20180521BHJP
【FI】
   G09B23/30
【請求項の数】12
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2013-172753(P2013-172753)
(22)【出願日】2013年8月22日
(65)【公開番号】特開2015-41020(P2015-41020A)
(43)【公開日】2015年3月2日
【審査請求日】2016年8月19日
(73)【特許権者】
【識別番号】507066552
【氏名又は名称】八十島プロシード株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100134669
【弁理士】
【氏名又は名称】永井 道彰
(72)【発明者】
【氏名】八十島 眞
(72)【発明者】
【氏名】河野 浩之
(72)【発明者】
【氏名】柏崎 宣寿
(72)【発明者】
【氏名】教 傳旭
【審査官】 鈴木 崇雅
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−316434(JP,A)
【文献】 特開2010−156894(JP,A)
【文献】 特開2001−302840(JP,A)
【文献】 特開2011−008213(JP,A)
【文献】 特開2008−241988(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G09B 23/28−34
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均重合度が300〜3500であり、ケン化度が97モル%から99モル%の第1のケン化ポリビニルアルコール水溶液と、ケン化度が50モル%以上70モル%未満の第2のケン化ポリビニルアルコール水溶液を7:3から4:6の範囲の割合で混合した部分ケン化ポリビニルアルコール混合水溶液に対して、凝析剤または架橋剤のいずれかまたはそれらの組み合わせである硬化剤を投入して硬化させて成形した、加熱型の手術用切除具を用いた練習を可能とした人体の組織の一部を模した手術練習用生体組織モデル。
【請求項2】
前記部分ケン化ポリビニルアルコール混合水溶液における前記第1のケン化ポリビニルアルコール水溶液と前記第2のケン化ポリビニルアルコール水溶液の混合の前記割合が、6:4から4:6の範囲である請求項1に記載の手術練習用生体組織モデル。
【請求項3】
前記第1のケン化ポリビニルアルコール水溶液の前記ケン化度が97モル%以上98モル%未満である請求項1または2に記載の手術練習用生体組織モデル。
【請求項4】
前記部分ケン化ポリビニルアルコールの混合水溶液におけるポリビニルアルコールの平均濃度が1重量%から30重量%であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の手術練習用生体組織モデル。
【請求項5】
前記凝析剤が、クエン酸水素2カリウム、亜硝酸ナトリウム、硝酸亜鉛、(NH4)2SO4、Na2SO4,K2SO4,ZnSO4、CuSO4,FeSO4,MgSO4、Al2(SO4)3、KAl(SO4)2、NH4NO3,KNO3,NaCl,KCl、Na2PO4,K2CrO4,H3BO3のいずれか、またはそれらの組み合わせである請求項1乃至4のいずれか1項に記載の人体の手術練習用生体組織モデル。
【請求項6】
前記架橋剤が、ホウ酸、ホスホン酸、リン酸、クロム酸、またはそれらの化合物のいずれか、またはそれらの組み合わせである請求項1乃至5のいずれか1項に記載の人体の手術練習用生体組織モデル。
【請求項7】
前記硬化剤の濃度が2重量%から30重量%、または、20℃飽和濃度であることを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項に記載の手術練習用生体組織モデル。
【請求項8】
前記部分ケン化ポリビニルアルコールの混合水溶液に対して3重量%から30重量%の金属ヒドロゾルを含有せしめて調合したものであり、前記硬化剤が前記架橋剤ではなく前記凝析剤のみであり前記金属ヒドロゾルをゲル化させるアルカリ剤として兼用するものであることを特徴とする請求項1に記載の手術練習用生体組織モデル。
【請求項9】
前記硬化剤による硬化処理後、得られた成形物を0℃以下への冷却する冷却処理と、前記冷凍処理した前記生成物を解凍した後40℃から60℃に加熱する解凍加熱処理を行うことを特徴とする請求項1乃至8のいずれか1項に記載の手術練習用生体組織モデル。
【請求項10】
前記人体の組織の一部は、臓器、皮膚、血管のいずれかまたはそれらを複合した組織である請求項1乃至9のいずれか1項に記載の手術練習用生体組織モデル。
【請求項11】
平均重合度が300〜3500であり、ケン化度が97モル%から99モル%の第1のケン化ポリビニルアルコール水溶液と、ケン化度が50モル%以上70モル%未満の第2のケン化ポリビニルアルコール水溶液を6:4から4:6の範囲の割合で混合して平均ケン化度を50モル%以上90モル%未満に調合した部分ケン化ポリビニルアルコール混合水溶液に対して、凝析剤または架橋剤のいずれかまたはそれらの組み合わせである硬化剤を投入して硬化することにより、人体組織の一部を模して形成せしめたことを特徴とする手術練習用生体組織モデルの製造方法。
【請求項12】
前記硬化して得られた生成物を0℃以下へ冷却する冷却処理と、前記冷凍処理した前記生成物を解凍した後40℃から60℃に加熱する解凍加熱処理を施すことを特徴とする請求項11に記載の手術練習用生体組織モデルの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、手術練習用生体組織モデルに関する。例えば、人体などの切開、縫合、吻合などの手術のための手技練習、内視鏡による手技練習などの際に好適に使用することができる生体組織を模したモデルおよびその製造方法に関する。本発明の手術練習用生体組織モデルは、手術用切除具として、手術用メスに加え、レーザーメスなどの加熱型の手術用切除具を用いて練習することができ、その切り口などを確認するときにも好適に使用することができる。
【背景技術】
【0002】
臓器モデルとして、粉末焼結積層造形法、光造形法、射出成形法、真空注型法、切削加工法などにより成形されたものが知られている。これらは幅広く医療の研究または教育用モデルなどに用いられている。しかし、これらの成形手法で製作された臓器モデルは臓器の形などを参照する模型であり、硬いプラスチック成形品であることが多い。実際に生体組織のような物性とはなっていないことが多く、手術に先立って患部の切開などをシミュレーションする用途には向いていなかった。
【0003】
外科手術では患部の除去を伴うことが多いが、患部の除去は、患部の位置、患部の状態などに応じてその除去の範囲や角度や深さなど除去の術式は多様である。また患部の状態に応じて患部の硬さや血管の通り具合も異なっており、患部の切開をどのように計画するかは重要である。
【0004】
特に、外科手術のなかでも手術用メスなどを用いた臓器等への執刀は、その執刀によって切開が過度であれば患者への負荷が大きくなってしまい、切開が不足すると患部の治癒に影響を与えてしまうおそれがある。そのため、患部の切開は熟練した技術が要求される作業であるとともに、手術前の切開計画を慎重に立てるべきである。さらに、必要に応じて患部切開の手技練習を行うこともある。
【0005】
そこで、近年、患部切開の手技練習の際には、実際の生体組織を模して形成した人工生体組織モデルが使用されている。従来、人工生体組織モデルとして、例えば、特開2008−241988号公報において、シリコーン、ウレタンエラストマー、スチレンエラストマーなどで製造されたモデルが提案されている(特許文献1参照)。
【0006】
しかし、これらの材料からなる従来の生体組織モデルは、その素材が基本的に撥水性を有する物質であるため、親水性がある実際の生体組織とは異なった触感、硬さである。また実際の生体組織では切開すると表皮・外層・内層での引張強度の違いなどから形状が変形したり崩れたりするなどの反応が起きるが、従来の生体組織モデル等では切開しても形状が変形しないため、従来の生体組織モデル等では医師などが手技練習をするのに適しているとはいえない。
【0007】
したがって、近年、医師、医学系大学、外科系病院などから、適度な親水性を有し、実際の生体組織と同様の触感、硬さを保持し、また、切開をしたときに生体組織と似たような反応が確かめられるような良好な引張強度を有し、手技練習をするのに好適に使用することができる生体組織モデルの開発が望まれている。
【0008】
そこで、手技練習に好適な生体組織モデルとなるよう、適度な親水性を持たせて、実際の生体組織と同様の触感、硬さを保持せしめ、また、切開時の反応が生体組織と近くなるものとして、例えば、特開2010−156894号公報「臓器モデル」や、特開2011−008213号公報「血管モデル」などが開示されている(特許文献2、3)。
【0009】
特開2010−156894号公報の「臓器モデル」や、特開2011−008213号公報の「血管モデル」には、平均重合度が300〜3500であり、ケン化度が90モル%以上であるポリビニルアルコールからなる架橋ゲルおよびシリカ粒子を含有する臓器モデル用成形材料が開示されている。
ポリビニルアルコールからなる架橋ゲルとシリカ粒子を含有する素材であれば、適度な親水性を持たせて、実際の生体組織と同様の触感、硬さを保持せしめ、また、切開時の反応が生体組織と近くなるものが得られる。
【0010】
【特許文献1】特開2008−241988号公報
【特許文献2】特開2010−156894号公報
【特許文献3】特開2011−008213号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、上記のような従来の生体組織モデルでは、バイポーラピンセット使用時の焼き付き残渣の発生という問題があった。
臓器等への執刀は手術用メスで切開することも多いが、近年、バイポーラピンセットによる切開も増えている。開腹した状態でのバイポーラピンセットの使用もあれば、カテーテル手術でのバイポーラピンセットの使用もある。バイポーラピンセットは、バイポーラピンセット本体の中で高周波を発生させて、それをバイポーラピンセットの先端から人体に流すという仕組みになっており、切開モードと凝固モードがある。切開モードは、先端の金属から高周波を連続発生させて生体組織に高熱が発生して微小破砕が進むモード、凝固モードは、やや弱めの高周波を断続的に発生させて生体組織中のタンパク質が凝固するモードである。いずれのモードであっても、生体組織に熱を加えて生体組織を変性させる。
【0012】
ここで、特許文献1のシリコーンを主剤とする生体組織モデルや、特許文献2および特許文献3のケン化度が90モル%以上であるポリビニルアルコールからなる架橋ゲルおよびシリカ粒子を含有する素材を主剤とする生体組織モデルを用いてバイポーラピンセットで切開するシミュレーションを行うと、バイポーラピンセットにおいて、それら素材が焼き付いて残った“焼き付き残渣”が発生することが分かった。この焼き付き残渣が発生すると、バイポーラピンセットの切開に関して性能劣化を招いてしまう。多量の焼き付き残渣が発生すると、バイポーラピンセットを用いた患部切開のシミュレーションには不要なノイズである上、このような焼き付き残渣は実際の生体組織では発生させないように手技を行うため、不要なものである。
【0013】
その一方、生体組織を模擬するためにはある程度の硬さや弾力性を再現する必要がある。つまり、生体組織モデルの形に成形するためにゲル状になる必要があり、弾力性を持たせるためには更に水分を除去する処理などにより、ある程度ゴム状に硬化する必要がある。
【0014】
このように、生体組織モデルとしては、生体組織モデルの形に成形するためにゲル状に変化し、その後更にある程度ゴム状に硬化することにより、適度な親水性を持ち、実際の生体組織と同様の触感、硬さが再現でき、切開時の反応が生体組織と近く、かつ、バイポーラピンセットを用いた患部切開のシミュレーションにおいて、焼き付き残渣が生じることないという2つの条件を同時に満たすものであることが求められる。
【0015】
そこで、本発明は、素材の工夫や製作工程の工夫を施すことにより、適度な親水性を持ち、実際の生体組織と同様の触感、硬さ、切開時の反応となる物理特性を持ち、かつ、バイポーラピンセットを用いた患部切開のシミュレーションにおいて焼き付き残渣が生じることがない、手術練習用生体組織モデルを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記目的を達成するため、本発明の手術練習用生体組織モデルは、平均重合度が300〜3500であり、ケン化度がそれぞれ異なる第1のケン化ポリビニルアルコール水溶液と第2のケン化ポリビニルアルコール水溶液を所定割合で混合して平均ケン化度を50モル%以上90モル%未満に調合した部分ケン化ポリビニルアルコール混合水溶液に対して、凝析剤または架橋剤からなる硬化剤を投入して硬化させて成形した、人体の組織の一部を模した手術練習用生体組織モデルである。
なお、上記では硬化剤として凝析剤か架橋剤か選択したが、硬化剤として凝析剤および架橋剤の両方を投入しても良い。
【0017】
次に、上記目的を達成するため、本発明の手術練習用生体組織モデルの製造方法は、平均重合度が300〜3500であり、ケン化度がそれぞれ異なる第1のケン化ポリビニルアルコール水溶液と第2のケン化ポリビニルアルコール水溶液を所定割合で混合して平均ケン化度を50モル%以上90モル%未満に調合した部分ケン化ポリビニルアルコール混合水溶液に対して、凝析剤または架橋剤からなる硬化剤を投入して硬化させて人体組織の一部を模して成形することを特徴とする製造方法である。
【0018】
なお、さらに、前記硬化して得られた生成物に対して0℃以下へ冷却する冷却処理と、前記冷凍処理した前記生成物を解凍した後40℃から60℃に加熱する解凍加熱処理を施して水分含有量を調整することも可能である。
上記の製造方法では硬化剤として凝析剤か架橋剤か選択したが、硬化剤として凝析剤および架橋剤の両方を投入しても良い。
【発明の効果】
【0019】
上記構成による素材と製作処理により生体組織モデルを成形すると、ゾル状の素材がゲル状になり、さらに塊となり、冷凍処理と解凍加熱処理を経て弾力性のある成形物となった。この成形物の物理的特性を調べると、適度な親水性を持ち、実際の生体組織と同様の触感、硬さ、切開時の反応となる物理特性を持つものであることが確認できた。特に、第1のケン化ポリビニルアルコール水溶液がケン化度97モル%から99モル%、第2のケン化ポリビニルアルコール水溶液がケン化度72.5モル%から74.5モル%の範囲のものとし、第1のケン化ポリビニルアルコール水溶液と第2のケン化ポリビニルアルコール水溶液との混合比率を7:3から4:6の範囲として調合した素材を用いて製作した生体組織モデルは、バイポーラピンセットを用いて患部切開のシミュレーションにおいても焼き付き残渣が生じることがない良好なものが得られた。
なお、上記の素材と製作処理により、生体組織モデルが成形できるが、例えば、臓器、皮膚、血管のいずれかまたはそれらを複合した生体組織モデルなどが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の手術練習用生体組織モデルの実施例を説明する。なお、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0021】
本発明の手術練習用生体組織モデルは、平均重合度が300〜3500であり、ケン化度がそれぞれ異なる第1のケン化ポリビニルアルコール水溶液と第2のケン化ポリビニルアルコール水溶液を所定割合で混合してケン化度を50モル%以上90モル%未満に調合した部分ケン化ポリビニルアルコール混合水溶液に対して、凝析剤または架橋剤からなる硬化剤を投入して硬化したのち、冷凍処理と解凍加熱処理を施して人体の組織の一部を模して形成した手術練習用生体組織モデルである。
【0022】
まず、手術練習用生体組織モデルを生成する素材となる部分ケン化ポリビニルアルコール混合水溶液について詳しく説明する。
【0023】
部分ケン化ポリビニルアルコール混合水溶液中に含まれるポリビニルアルコールの粘度法で求められる平均重合度は300〜3500が好ましい。
この範囲の下限は、素材が生体組織モデルとして成形できる成形可能性を考慮する必要がある。つまり、手術練習用の生体組織モデルを製作するには固まってしっかり成形できる程度に構造的強度が得られなければならない。そのためには分子の重合度がある程度大きくなければならず、平均重合度は300以上が好ましく、さらに1000以上であることが好ましい。
【0024】
一方、この範囲の上限は、素材が生体組織モデルとして弾力性を保持できることを考慮する必要がある。重合度が大きくなるほど硬く成形されるが、弾力性が失われるほど硬くなるのは好ましくない。そこで、適度な弾力性を付与する観点から分子の重合度はある程度抑える必要があり、平均重合度は3500以下とすることが好ましく、さらに2500以下であることが好ましい。
【0025】
次に、部分ケン化ポリビニルアルコール混合水溶液中の平均ケン化度について説明する。
ここで、平均ケン化度という用語を用いる理由は、本発明の部分ケン化ポリビニルアルコール混合水溶液は、ケン化度がそれぞれ異なる第1のケン化ポリビニルアルコール水溶液と第2のケン化ポリビニルアルコール水溶液を所定割合で混合するため、水溶液に含有されるポリビニルアルコールのケン化度が一様ではなく、ケン化度が比較的大きなものとケン化度が比較的小さなものとの混合となっているからである。
【0026】
このように、水溶液に含有されるポリビニルアルコールのケン化度を一様とせずに2種類のケン化度の異なるポリビニルアルコールをブレンドする理由としては以下に示すものがある。
第1には、部分ケン化ポリビニルアルコール混合水溶液の全体としてのケン化度を調整しやすくするためである。
製作しようとする生体組織モデルは、部位によって硬さなどが異なるため、製造過程において硬化させて再現する弾力性などは自在に調整できることが好ましい。ここで、成形物の弾力性を決める要因としては、ポリビニルアルコールの平均重合度、ポリビニルアルコールのケン化度、ポリビニルアルコール混合水溶液中のポリビニルアルコールの濃度、冷却処理および解凍加熱処理で減ずる水分量などの要因があるが、ポリビニルアルコールの平均重合度は原材料の調達時点で決まってしまうため変更が容易ではない。ここで、2種類のケン化度の異なるポリビニルアルコールをブレンドの配合を調整することは比較的容易である。そこで、2種類のケン化度の異なるポリビニルアルコールを用いることで部分ケン化ポリビニルアルコール混合水溶液の全体としての平均ケン化度やポリビニルアルコールの濃度を調整するのである。
【0027】
第2には、製作しようとする生体組織モデル内での生体組織としての弾力性バラツキの再現のためである。
製作しようとする生体組織モデルは、部位によって硬さなどが異なるが、同じ部位の中身であっても、生体ならではの弾力のバラツキがある。例えば、肝臓、膵臓などと言っても中身がまったくの一様という訳ではなく、比較的弾力の大きい分と比較的弾力の小さな部分が微妙に混在しているものと考えられる。ここで、2種類のケン化度の異なるポリビニルアルコールをブレンドの配合を調整したものを架橋剤や凝析剤で硬化させると、全体としては平均ケン化度の示す物性が現れるが、微小部分ごとには自然と微妙なバラツキが生じるような生体組織が再現できる。そこで、2種類のケン化度の異なるポリビニルアルコールを用いることで部分ケン化ポリビニルアルコール混合水溶液の全体としての平均ケン化度は調整しつつも、ブレンドによるバラツキを確保するのである。
【0028】
部分ケン化ポリビニルアルコールの平均ケン化度としては、50モル%以上90モル%未満として調合する。
この範囲の下限は、やはり、素材が生体組織モデルとして成形できる成形可能性を考慮する必要がある。つまり、手術練習用の生体組織モデルを製作するには固まってしっかり成形できる程度に構造的強度が得られなければならない。そのためには凝析または架橋される部分ケン化ポリビニルアルコールのケン化度がある程度大きくなければならず、50モル%以上であることが好ましい。成形する生体組織モデルの部位にもよるが、ある程度弾力性が求められる部位についてはケン化度を大きくする必要がある。
【0029】
この範囲の上限については、後述するバイポーラピンセットによる焼き付き残渣が生じない範囲とする。平均ケン化度が90モル%以上になってしまうと後述するバイポーラピンセットによる焼き付き残渣が生じるおそれがあるため、ケン化度を90モル%未満に抑えることが好ましい。
【0030】
次に、部分ケン化ポリビニルアルコールの混合水溶液に含有されるポリビニルアルコールの平均濃度であるが、1重量%から30重量%の範囲とすることが好ましい。
部分ケン化ポリビニルアルコール混合水溶液は架橋または凝析、またはその両方の効果により含有されるポリビニルアルコール成分が硬化するので、その混合水溶液中に含有されるポリビニルアルコールの過多がゲル化する物質の過多、ひいては生成される成形物の量や弾性力にも影響する。生体組織モデルの生成にあたっては、材料となる部分ケン化ポリビニルアルコールの混合水溶液中に含有されるポリビニルアルコール成分の平均濃度は1重量%から30重量%の範囲とする。
【0031】
この範囲の下限は、生体組織モデルとして成形する効率性を考慮する必要がある。つまり、手術練習用の生体組織モデルを製作するにはある程度の成形量が必要であるところ、投入する素材に対して得られる成形物の量が少なすぎると非効率である。そこで、ポリビニルアルコール成分の平均濃度は1重量%以上が好ましく、さらに、15重量%以上が好ましい。
【0032】
次に、この範囲の上限は、生体組織モデルとして成形される成形物の含水率と弾力性を阻害しない程度の範囲とする。ポリビニルアルコール成分の濃度が大き過ぎると成形物の生成時に比較的に水分量が少なくなり、当初から含水率が低すぎると、のちの冷却処理や解凍加熱処理でも水分が飛んでしまい、生体組織モデルとしては適度な弾力性が発揮できず、硬いゴムのような状態になるおそれがある。そこで、ポリビニルアルコール成分の平均濃度は30重量%以下が好ましく、さらに、25重量%以下が好ましい。
【0033】
次に、ブレンドする第1のケン化ポリビニルアルコール水溶液と、第2のケン化ポリビニルアルコール水溶液について説明する。なお、以下の説明において、“第1”と“第2”の区別は便宜的であり、ここでは比較的高いケン化度の方を“第1”、比較的ケン化度の低い方を“第2”と呼んでいる。
【0034】
第1のケン化ポリビニルアルコール水溶液は、2種類のケン化度のポリビニルアルコール水溶液のうち、ケン化度の高いポリビニルアルコール水溶液である。例えば、完全ケン化ポリビニルアルコール水溶液とする。一般には完全ケン化ポリビニルアルコールと市販されているものでもケン化度100モル%のものはなく、事実上、ケン化度97モル%から99モル%程度のものでも完全ケン化ポリビニルアルコールと呼ばれている。本発明でも、第1のケン化ポリビニルアルコール水溶液として、ケン化度97モル%から99モル%のケン化度のポリビニルアルコール水溶液を用いることができる。
【0035】
一方、第2のケン化ポリビニルアルコール水溶液は、2種類のケン化度のポリビニルアルコール水溶液のうち、ケン化度の低いポリビニルアルコール水溶液である。例えば、ケン化度50%から80モル%のポリビニルアルコール水溶液を用いることができる。一例として、ケン化度72.5モル%から74.5モル%程度のポリビニルアルコール水溶液が好適である。
【0036】
第1のケン化ポリビニルアルコール水溶液と第2のケン化ポリビニルアルコール水溶液のブレンド量であるが、上記したように、ブレンドして得る部分ケン化ポリビニルアルコール混合水溶液中の平均重合度、平均ケン化度、ポリビニルアルコールの平均濃度が、それぞれ説明した範囲に収まるように配合する必要がある。
【0037】
例えば、第1のケン化ポリビニルアルコール水溶液として、ケン化度97モル%から99モル%の完全ケン化度のポリビニルアルコール水溶液を用い、第2のケン化ポリビニルアルコール水溶液としてケン化度72.5モル%から74.5モル%の範囲のポリビニルアルコール水溶液を用いる場合、第1のケン化ポリビニルアルコール水溶液と、第2のケン化ポリビニルアルコール水溶液との混合比率を7:3から4:6の範囲として調合すれば、平均重合度が300〜3500であり、ケン化度が50モル%以上90モル%未満であり、含有されるポリビニルアルコールの濃度が1重量%から30重量%程度の部分ケン化ポリビニルアルコール混合水溶液となる。
【0038】
なお、この混合比率は、第2のケン化ポリビニルアルコール水溶液のケン化度が異なれば変わり得るものである。後述する実施例において、第1のケン化ポリビニルアルコールはケン化度97モル%から99モル%の完全ケン化度のポリビニルアルコール水溶液に固定し、第2のケン化ポリビニルアルコール水溶液のケン化度のケン化度を変えた場合における、両者の好ましい混合比率について例を挙げて説明する。
【0039】
次に、硬化剤について説明する。
硬化剤としては、凝析剤または架橋剤のいずれか一方を硬化剤として用いて硬化させても良いし、凝析剤と架橋剤の両方を硬化剤として投入して硬化させることも可能である。
【0040】
凝析剤としては、例えば、クエン酸水素二カリウム、亜硝酸ナトリウム、硝酸亜鉛、(NH4)2SO4、Na2SO4,K2SO4,ZnSO4、CuSO4,FeSO4,MgSO4、Al2(SO4)3、KAl(SO4)2、NH4NO3,KNO3,NaCl,KCl、NaPO4,K2CrO4,H3BO3などがある。後述する実施例としては、クエン酸水素二カリウムを用いる例と、亜硫酸ナトリウムを用いる例を説明するが、他の塩類でも凝析反応は起こる。ポリビニルアルコールの凝析反応は知られている反応であるのでここでは詳述しない。
【0041】
架橋剤としては、例えば、ホウ酸、ホウ砂、ホスホン酸、リン酸、クロム酸、またはそれらの化合物のいずれか、またはそれらの組み合わせがある。
化合物としては、それらの銅、鉄、マグネシウム、亜鉛、アルミニウム、クロム、カリウム、ナトリウムなどの水溶性の塩もしくは配位化合物でも良い。
例えば、ホウ酸化合物は、ホウ酸イオンを生成するものであればよい。ホウ酸化合物としては、一例としては、ホウ酸塩、ホウ酸エステルなどが挙げられる。ホウ酸塩としては、例えば、メタホウ酸、四ホウ酸などのホウ酸金属塩、ホウ酸アンモニウム塩などが挙げられる。メタホウ酸のアルカリ金属塩であれば水溶性に優れている。アルカリ金属としては、ナトリウムおよびカリウムが好ましい。
【0042】
架橋剤として、これらをそれぞれ単独でまたは2種以上を混合して用いることができる。ポリビニルアルコール水溶液との相溶性の観点、さらに架橋性の観点から選択すれば良い。
ポリビニルアルコールの架橋反応については公知の反応であるのでここでは詳述しないが、ポリビニルアルコールは、ホウ酸化合物と接触したとき、架橋してゲル化する。
【0043】
ポリビニルアルコール100重量部あたりの硬化剤の量は、そのポリビニルアルコールの平均重合度にもよるが、ポリビニルアルコールを十分に架橋または凝析させる観点から、2重量%以上が好ましく、未反応の凝析剤や架橋剤が残存することを防ぐ観点から200重量%以下が好ましく、例えば、140重量%程度とすることが好ましい。その量は、具体的には、部分ケン化ポリビニルアルコール混合水溶液(後述する微粒子の金属粒子を含む金属ヒドロゾルを含む場合はそれも考慮する)を凝析または架橋させるのに十分な量を勘案して決定することとなる。
【0044】
上記の硬化剤を用いることにより、水溶液であった部分ケン化ポリビニルアルコール混合水溶液がゲル化して固化し、さらには弾力性のある成形物が形成される。なお、この成形物は、後述する冷却処理と解凍加熱処理を経ることにより含有する水分が適度に飛んで除去されて含水率が調整され、さらに生体組織モデルに近い弾力性と保水力が得られることとなる。
【0045】
次に、部分ケン化ポリビニルアルコール混合水溶液に対するオプションとなる添加物について述べる。
【0046】
添加物の一つとして、金属ヒドロゾルを上げることができる。金属ヒドロゾルを添加することにより、成形物の構造的強度を向上することができる。
本発明は、生体組織モデルを生成するものであり、適度な親水性を有し、実際の生体組織と同様の触感、硬さを保持し、また、切開をしたときに生体組織と似たような反応が確かめられるような良好な引張強度を有し、手技練習をするのに好適に使用することができる生体組織モデルとする必要がある。そのため、ケン化度の異なる2種類のポリビニルアルコール水溶液をブレンドするという工夫について述べたが、さらに、ポリビニルアルコールとは異なる金属ヒドロゾルを添加物としてブレンドすることにより、より一層、微小部位ごとの多様性を再現することを工夫する。
【0047】
金属ヒドロゾルとしては、微小粒子のシリカヒドロゾル、チタニナヒドロゾル、アルミナヒドロゾル、ジルコニアヒドロゾル等がある。上記で得られた部分ケン化ポリビニルアルコールの混合水溶液に対して3重量%から30重量%、より好ましくは、4重量%から10重量%の金属ヒドロゾルを含有せしめて調合することができる。金属ヒドロゾルの濃度が3重量%未満の場合は、調合が十分でなく効率が上がらなくなってしまう。一方、金属ヒドロゾルの濃度が30質量%を超える場合は、添加する前に自ら凝集してしまい易いため取扱いに不便となるおそれがある。そこで、金属ヒドロゾルの好適な濃度範囲としては、3〜30重量%、より好ましくは、4重量%から10重量%の範囲とする。
【0048】
例えば、シリカゾルは、水ガラスのアルカリを酸で中和して得られる高分子化したシリカ固形成分が水に分散してシリカヒドロゾルとなったもので、アルカリ成分と反応することでゲル化してシリカヒドロゲルとなる。このシリカヒドロゲルは保水力の大きな物質であり、水分を含むと柔らかく弾力性のあるゲル状物質となる。このシリカゾルが製作しようとする生体組織モデル中に含浸する形で含まれてゲル化してシリカゲルとなれば、保水性の大きな微小塊状物となり、構造的強度を向上させることができる。
【0049】
ここで、部分ケン化ポリビニルアルコールの混合水溶液に対する硬化剤として凝析剤を用いる場合には、その凝析剤のアルカリ塩類を、シリカゾルをゲル化させるためのアルカリ剤として兼用することができる。
【0050】
次に、他の添加物としては、顔料、染料などの着色剤、香料、酸化防止剤、防黴剤、抗菌剤などの添加剤を上げることができる。
成形する生体組織モデルに対しては、触感、硬さ、切開時の反応となる物理特性のみならず、見た目についても実際の生体組織に近い方が好ましい。また劣化を防止するための添加物も加えることも好ましい。そこで、上記した素材の配合、硬化処理などを阻害しない範囲内で、顔料、染料などの着色剤、香料、酸化防止剤、防黴剤、抗菌剤などの添加剤を適量で添加してもよい。これらの添加剤は、部分ケン化ポリビニルアルコール混合水溶液中に添加することができる。
【0051】
さらに、他のオプションの添加物としては、ポリビニルアルコールフィルムや塩化ビニル樹脂フィルムなどの膜状の構造物を加えることも可能である。この樹脂フィルムなどの膜状の構造物を用いることにより、臓器モデルの表面層の部分の強度を向上する役割やメスなどによる切削感を向上させる効果が得られる場合がある。
【0052】
次に、硬化処理により形成された成形物に対して冷却処理と解凍加熱処理について説明する。
冷却処理は、硬化処理により得られた生成物を0℃以下への冷却する処理である。解凍加熱処理は、冷凍処理により冷凍された生成物を解凍した後、引き続き40℃から60℃にまで加熱する処理である。
この冷却処理と解凍加熱処理を行うことにより、成形物中に含有されている水分が微小な氷の塊になり、それが解凍加熱されて融出することにより、適度な水分含有量に調整することができ、また構造が非常に微細な孔が開いた多孔質なものとなり、成形物の弾力性が増す。
この冷却処理と解凍加熱処理を必要に応じて複数回繰り返すことも可能である。
【0053】
冷却処理と解凍加熱処理を経て、適度な親水性を持ち、目的とする実際の生体組織に近い触感、硬さ、切開時の反応となる物理特性を持つものを得ることができる。
【0054】
上記に示した部分ポリビニルアルコール混合水溶液の硬化処理を施して成形物を得るわけであるが、目的とする生体組織モデルの形状の型枠、例えば、臓器、皮膚、血管のいずれかまたはそれらを複合した組織の型枠内で成形することにより形を整え、目的とする生体組織モデルを作り込む。内部に空洞を創出する場合にはゴムバルーンやプラスチックバルーンを用いて成形する場合もある。なお、臓器、血管を複合させた生体組織モデルを製作する上で、パーツごとに成形し、パーツを組み合わせることで一体の複合した生体組織モデルを製作することもできる。
【0055】
臓器モデルとしては、例えば、脳、心臓、食道、胃、膀胱、小腸、大腸、肝臓、腎臓、膵臓、脾臓、子宮などが挙げられるが、本発明が適用され得る生体組織モデルはそれらに限定されるものではない。
部分ケン化ポリビニルアルコール混合水溶液の成分を上記の適切な範囲に調合すれば、これら生成した生体組織モデルを用いて、バイポーラピンセットにより患部切開のシミュレーションを行なっても、焼き付き残渣が生じることがない。
【実施例】
【0056】
以下、本発明に係る手術練習用生体組織モデルの実施例を説明する。
以下の試料を整えて、手術練習用生体組織モデルを試作してみた。
【実施例1】
【0057】
<第1のケン化ポリビニルアルコール水溶液>
第1のケン化ポリビニルアルコール水溶液として、クラレポバールの「PVA117」を用意した。PVA117はケン化度98モル%から99モル%、重合度は1700の仕様となっている。
<第2のケン化ポリビニルアルコール水溶液>
第2のケン化ポリビニルアルコール水溶液として、クラレポバールの「PVA505」を用意した。PVA505はケン化度72.5モル%から74.5モル%、重合度は500の仕様となっている。
<硬化剤>
硬化剤として、20%のクエン酸水素2カリウム水溶液を用意した。
【0058】
<実験手順>
(手順1)
PVA117及びPVA505の水溶液は、両方ともPVA濃度が10重量%になるよう純水で調整を行い、その後100℃程度まで加温しながら8時間撹拌を行った。
(手順2)
上記手順1で作成したPVA117の10重量%水溶液とPVA505の10重量%水溶液それぞれを下記の[表1]の混合比率で混ぜ合わせて300gの水溶液を作成し、室温化にて撹拌を行った。
(手順3)
上記手順2の混合溶液には30gのポリビニルアルコールが含まれているが、終濃度が10重量%となる様にシリカヒドロゾル(日産化学工業製スノーテックスXS:pH8、シリカ粒子径5ナノ)を滴下し、室温下で撹拌を行った。なお、シリカヒドロゾル滴下量は、どの試験区分でも16.7gとした。
(手順4)
手順3の後、硬化剤(20%クエン酸水素2カリウム水溶液)をビュレットで滴下した。硬化剤の量は210mlとした。
(手順5)
手順4の硬化剤の滴下後、8時間、冷凍庫で−20℃にて8時間静置し、その後取り出して室温下で解凍を行った。
(手順6)
手順5の解凍処理後、乾燥炉にいれ40℃にて4時間加熱処理を行い、乾燥させた。
(手順7)
手順5と手順6の解凍加熱処理による乾燥後の状態を確認し、ゲル状のものか、弾性力のある成形物が得られたか否かにより成形性を確認した。固化していても流動性のあるゲル状のモノであれば成形性は不合格とした。
(手順8)
手順7で得られたサンプルをバイポーラピンセットで切開実験を行った。バイポーラピンセットに35マリス(バイポーラピンセットの出力値の単位)の高周波出力を印加し、電極部の表面に焼き付け残渣が残るか否かを確認した。焼き付け残渣が付着していればナイフ等でそぎ取り、その重量を計量した。
【0059】
【表1】
【0060】
[表1]に示す結果から、20%のクエン酸水素2カリウム水溶液を硬化剤として用いた場合における、第1のケン化ポリビニルアルコール水溶液であるPVA117と、第2のケン化ポリビニルアルコール水溶液であるPVA505との混合比率には好適な範囲があることが確認できた。
【0061】
PVA505の配合比率が大きくなり、部分ケン化ポリビニルアルコール混合水溶液中の平均ケン化度が下がり過ぎると、硬化剤によってゲル化させても生体組織モデルが必要とする弾力性等が得られる成形物がうまく成形できなくなってくる。その範囲として、PVA117:PVA505の比率が、5:5あたりが下限とみて良いことが確認できた。
【0062】
一方、PVA117の配合比率が大きくなり、部分ケン化ポリビニルアルコール混合水溶液中の平均ケン化度が上がり過ぎると、高周波を用いて成形物を電気的に切開した場合、焼き付け残渣が生じることが分かる。その範囲として、PVA117:PVA505の比率が、7:3あたりが上限とみて良い。
【0063】
以上の実験結果から、成形性を保つことができ、かつ、焼き付け残渣が生じないような良好な生体組織モデルを製作するための、部分ケン化ポリビニルアルコール混合水溶液中における、第1のケン化ポリビニルアルコール水溶液であるPVA117と第2のケン化ポリビニルアルコール水溶液であるPVA505との混合比率は、20%のクエン酸水素2カリウム水溶液を硬化剤として用いた場合には、5:5から7:3が好ましいことが確認できた。
【実施例2】
【0064】
<第1のケン化ポリビニルアルコール水溶液>
第1のケン化ポリビニルアルコール水溶液として、実施例1と同様、クラレポバールの「PVA117」を用意した。PVA117はケン化度98モル%から99モル%、重合度は1700の仕様となっている。
<第2のケン化ポリビニルアルコール水溶液>
第2のケン化ポリビニルアルコール水溶液として、実施例1と同様、クラレポバールの「PVA505」を用意した。PVA505はケン化度72.5モル%から74.5モル%、重合度は500の仕様となっている。
<硬化剤>
硬化剤として、20℃のホウ酸飽和水溶液を用意した。
【0065】
<実験手順>
実験手順は、実施例1で述べたものと同じ手順とした。PVA117とPVA505の混合比率は[表2]に示す通りである。なお、硬化剤は実施例1では20%クエン酸水素2カリウム水溶液であったが、この実施例2では、20℃のホウ酸飽和水溶液を用いてビュレットにて滴下した。硬化剤の量は実施例1と同様の210mlとした。
上記実験により成形性の合否と電極部の表面の焼き付け残渣の有無を確認した。
【0066】
【表2】
【0067】
[表2]に示す結果から、20℃のホウ酸飽和水溶液を硬化剤として用いた場合における、第1のケン化ポリビニルアルコール水溶液であるPVA117と、第2のケン化ポリビニルアルコール水溶液であるPVA505との混合比率には好適な範囲があることが確認できた。
【0068】
PVA505の配合比率が大きくなり、部分ケン化ポリビニルアルコール混合水溶液中の平均ケン化度が下がり過ぎると、硬化剤によってゲル化させても生体組織モデルが必要とする弾力性等が得られる成形物がうまく成形できなくなってくる。その範囲として、PVA117:PVA505の比率が、4:6あたりが下限とみて良い。
【0069】
一方、PVA117の配合比率が大きくなり、部分ケン化ポリビニルアルコール混合水溶液中の平均ケン化度が上がり過ぎると、高周波を用いて成形物を電気的に切開した場合、焼き付け残渣が生じることが分かる。その範囲として、PVA117:PVA505の比率が、6:4あたりが上限とみて良い。
【0070】
以上の実験結果から、成形性を保つことができ、かつ、焼き付け残渣が生じないような良好な生体組織モデルを製作するための、部分ケン化ポリビニルアルコール混合水溶液中における、第1のケン化ポリビニルアルコール水溶液であるPVA117と第2のケン化ポリビニルアルコール水溶液であるPVA505との混合比率は、20℃のホウ酸飽和水溶液を硬化剤として用いた場合には、4:6から6:4が好ましいことが確認できた。
【実施例3】
【0071】
比較実験として、PVA505を単独で用いて実験した。実施例1で述べたように、PVA505はケン化度72.5モル%から74.5モル%、重合度は500の仕様となっている。硬化剤は実施例1と同様、20%クエン酸水素2カリウム水溶液とした。
【0072】
実験手順としては、実施例1で示した手順1と手順2の代わりに、PVA濃度が10重量%になるようPVA505を純水で調整を行って300g用意し、その後100℃程度まで加温しながら8時間撹拌を行うこととした。手順3以降は実施例1と同様の手順で行った。
実験結果は[表3]に示すようになった。
【0073】
【表3】
【0074】
[表3]に示す結果から、第2のケン化ポリビニルアルコール水溶液であるPVA505単体では弾力性のある成形物が得られないこと分かった。
【0075】
以上、本発明の手術練習用生体組織モデルの構成例における好ましい実施形態を図示して説明してきたが、本発明の技術的範囲を逸脱することなく種々の変更が可能であることは理解されるであろう。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明の手術練習用生体組織モデルは、人体などの切開や切削縫合などの手術における手技練習、内視鏡による手技練習向けの生体組織モデルとして広く適用することができる。