特許第6331490号(P6331490)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6331490リグノセルロース含有バイオマスからのエタノール製造方法
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  • 特許6331490-リグノセルロース含有バイオマスからのエタノール製造方法 図000003
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6331490
(24)【登録日】2018年5月11日
(45)【発行日】2018年5月30日
(54)【発明の名称】リグノセルロース含有バイオマスからのエタノール製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 7/10 20060101AFI20180521BHJP
【FI】
   C12P7/10
【請求項の数】4
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2014-42490(P2014-42490)
(22)【出願日】2014年3月5日
(65)【公開番号】特開2015-167484(P2015-167484A)
(43)【公開日】2015年9月28日
【審査請求日】2016年6月20日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「セルロース系エタノール革新的生産システム開発事業/バイオエタノール一貫生産システムに関する研究開発/早生樹からのメカノケミカルパルピング前処理によるエタノール一貫生産システムの開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000122298
【氏名又は名称】王子ホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100102369
【弁理士】
【氏名又は名称】金谷 宥
(72)【発明者】
【氏名】古城 敦
【審査官】 藤井 美穂
(56)【参考文献】
【文献】 特開2015−139380(JP,A)
【文献】 特開2013−188204(JP,A)
【文献】 特開2013−240320(JP,A)
【文献】 特開2014−018178(JP,A)
【文献】 特開2014−014356(JP,A)
【文献】 特開2001−262162(JP,A)
【文献】 特開2011−045882(JP,A)
【文献】 特開2012−152133(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 1/00 − 41/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
CAplus/WPIDS/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リグノセルロース系原料をアルカリで化学処理する化学処理工程、前記化学処理工程より得られる原料懸濁液を磨砕処理する磨砕処理工程、前記磨砕処理工程より得られる原料を固形分と水溶液に分離する固液分離工程、前記固液分離工程より得られる固形分を酵素で糖化し、発酵微生物により発酵する糖化発酵工程を有するリグノセルロース原料からのエタノールの製造方法において、前記アルカリでの化学処理を170℃〜200℃、120〜300分の条件で行い、該アルカリでの化学処理における化学処理前の固形分重量に対する化学処理後の固形分重量の割合(計算式:収率(%)=化学処理後の固形分重量/化学処理前の固形分の重量 × 100)を30〜70%とすることを特徴とするリグノセルロース系原料からのエタノールの製造方法。
【請求項2】
前記糖化発酵工程が、糖化と発酵を同時に行う併行糖化発酵工程であることを特徴とする請求項1に記載のリグノセルロース系原料からのエタノールの製造方法。
【請求項3】
前記化学処理における化学処理前の固形分重量に対する化学処理後の固形分重量の割合(計算式:収率(%)=化学処理後の固形分重量/化学処理前の固形分の重量 × 100)を40〜70%とすることを特徴とする請求項1または2に記載のリグノセルロース系原料からのエタノールの製造方法。
【請求項4】
前記化学処理の前に機械的処理を行うことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のリグノセルロース系原料からのエタノールの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リグノセルロース系原料から効率的にエタノールを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
糖化に適した処理を施したリグノセルロース原料から糖を製造する技術は、この糖を微
生物の発酵基質として用いることによりガソリンの代替燃料となるアルコールや、プラスチック原料となるコハク酸や乳酸などの化成品原料を製造することができることから、循環型社会の形成に有益な技術である。
植物系バイオマス中の多糖類から発酵基質となる単糖や小糖類を製造する方法は2つに
大別できる。一つは鉱酸を用いて加水分解する酸糖化法であり、もう一つは酵素やその酵
素を生産する微生物を用いて加水分解する酵素糖化法である。
【0003】
酸糖化法は酵素糖化法に比べて技術的に完成されているが、リグノセルロース系バイオ
マスを原料とする方法の場合は、澱粉や廃糖蜜などを原料とする方法に比べて糖収率が低
いことに加えて、処理工程から排出される廃酸の処理設備や、酸による腐食に耐え得る大
型の設備が必要となること等が製品コストの増大原因となっていて実用化の大きな障壁と
なっている。
【0004】
一方、酵素糖化法は、近年酵素の価格が下がってきていることと技術の進歩から、後処
理まで含めた全体のコストで酸糖化法のコストに近づいてきてはいるが、酵素糖化法の全
体コストに占める割合が高い酵素の価格は依然として高いことから、酵素糖化法の実用化
のためには酵素にかかる費用の一層の低減が重要である。
【0005】
酵素糖化法のコストを下げる技術としては、セルロース繊維への酵素のアクセスを容易
にする前処理の方法の開発や、結晶性セルロースを効率よく糖化する方法の開発、更には
酵素の効率的な回収、再利用方法の開発などが考えられる。
【0006】
リグニンを除去していないリグノセルロース材料は、リグニンを除去したリグノセルロース材料と比べて酵素によって分解されにくく、糖化されずに樹脂、金属などの不純物と一緒に糖化液中に残渣として残る。一般に、この残渣はスクリーン、遠心分離等により分離し廃棄される。この残渣には酵素糖化法におけるコストの中で大きな比重を占めている酵素が多量に吸着されているため、反応液から分離した残渣をそのまま廃棄してしまうと高価な酵素も廃棄されてしまうという問題があった。
【0007】
リグノセルロース系原料への酵素の吸着を抑制する方法として、リグノセルロース系原
料に水溶性塩類を添加する方法(特許文献1)、リグノセルロース系原料に炭酸カルシウムを添加する方法(特許文献2)が報告されている。しかし、前記方法のみでは、酵素処理後の未分解繊維(残渣)を工程外へ排出するための分離装置が必要となる、あるいは、残渣の表面に吸着している酵素を遊離できても、残渣の中に含まれる酵素は残渣と共に工程外に排出されるという問題があった。もし、可能な限り残渣を工程外に排出することなく、長期間エタノール製造を連続運転することができれば、残渣を分離するための装置を省略できるだけでなく、酵素を工程内に循環させて再利用できるため、エタノール製造コストを低減することが可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2012−213375号公報
【特許文献2】特開2012−100617号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、リグノセルロース系原料から効率的にエタノールを製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意検討した結果、リグノセルロース系原料を化学処理する際に化学処理の収率を制御することにより、糖化処理後の未分解残渣の工程外への排出量を低減させることができ、長期間にわたり高いエタノール生産性を維持できることを見出し、下記発明を完成した。
【0011】
(1)リグノセルロース系原料をアルカリで学処理する化学処理工程、前記化学処理した原料懸濁液を酵素で糖化し、発酵微生物により発酵する糖化発酵工程を有するリグノセルロース原料からのエタノール製造方法において、前記アルカリでの化学処理を170℃〜200℃、120〜300分の条件で行い、該アルカリでの化学処理における化学処理前の固形分重量に対する化学処理後の固形分重量の割合(計算式:収率(%)=化学処理後の固形分重量/化学処理前の固形分重量×100)30〜70とすることを特徴とするリグノセルロース系原料からのエタノールの製造方法。
【0012】
(2)前記糖化発酵工程が、糖化と発酵を同時に行う併行糖化発酵工程であることを特徴とする(1)に記載のリグノセルロース系原料からのエタノールの製造方法。
【0013】
(3)前記化学処理における化学処理前の固形分重量に対する化学処理後の固形分重量の割合(計算式:収率(%)=化学処理後の固形分重量/化学処理前の固形分重量×100)を40〜70%とすることを特徴とする(1)または(2)に記載のケミカルパルプの製造方法。
【0014】
(4)前記化学処理の前に機械的処理を行うことを特徴とする(1)〜(3)のいずれ1項に記載のリグノセルロース系原料からのエタノールの製造方法
【発明の効果】
【0015】
本発明により、糖化処理後の未分解残渣の工程外への排出量を低減させることができ、長期間にわたり高いエタノール生産性を維持することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明のリグノセルロースからのエタノールの製造方法を実施するための装置を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明をさらに詳しく説明する。
【0018】
<リグノセルロース系原料>
本発明の方法で原料として使用するリグノセルロース系原料としては、木質系として、製紙用樹木、林地残材、間伐材等のチップ又は樹皮、木本性植物の切株から発生した萌芽、製材工場等から発生する鋸屑又はおがくず、街路樹の剪定枝葉、建築廃材等が挙げられ、草本系としてケナフ、稲藁、麦わら、コーンコブ、バガス等の農産廃棄物、油用作物やゴム等の工芸作物の残渣及び廃棄物(例えば、EFB: Empty Fruit Bunch)、草本系エネルギー作物のエリアンサス、ミスカンサスやネピアグラス等が挙げられる。
また、バイオマスとしては、木材由来の紙、古紙、パルプ、パルプスラッジ、スラッジ、下水汚泥等、食品廃棄物、等を原料として利用することができる。これらのバイオマスは、単独、あるいは複数を組み合わせて使用することができる。また、バイオマスは、乾燥固形物であっても、水分を含んだ固形物であっても、スラリーであっても用いることができる。
【0019】
前記木質系のリグノセルロース系原料としては、ユーカリ(Eucalyptus)属植物、ヤナギ(Salix)属植物、ポプラ属植物、アカシア(Acacia)属植物、スギ(Cryptomeria)属植物等が利用できる。ユーカリ属植物、アカシア属、ヤナギ属植物が原料として大量に採取し易いため好ましい。木本性植物由来のリグノセルロース系原料の中では、林地残材(樹皮、枝葉を含む)、樹皮が好ましい。例えば、製紙原料用として一般に用いられるユーカリ(Eucalyptus)属又はアカシア(Acacia)属等の樹種の樹皮は、製紙原料用の製材工場やチップ工場等から安定して大量に入手可能であるため、特に好適に用いられる。
【0020】
<機械的処理工程>
本発明では、前記リグノセルロース原料に機械的処理を施すことができる。機械的処理としては、切断、裁断、破砕、磨砕等の任意の機械的手段が挙げられる。機械的処理により、リグノセルロースを次工程の化学的処理工程で糖化され易い状態にする。機械的処理で使用する装置については特に限定されないが、例えば、切出し装置、一軸破砕機、二軸破砕機、ハンマークラッシャー、レファイナー、ニーダー、ボールミル等を用いることができる。
【0021】
前記機械的処理の前工程又は後工程として、異物(石、ゴミ、金属、プラステック等のリグノセルロース以外の異物)を除去するための洗浄などによる異物除去工程を導入することもできる。
原料を洗浄する方法としては、例えば、原料に水を噴射して原料に混合されている異物を除く方法、あるいは、原料を水中に浸漬し異物を沈降させて取り除く方法等が挙げられる。また、メタルトラップ等の装置を用いて、異物を原料から分離する方法が挙げられる。
原料に異物が含まれていると、リファイナーのディスク(プレート)等の機械的処理で用いる装置の部品を破損させる可能性があるし、配管が詰まる等の製造工程内でトラブルを起こす等の問題が発生するため、異物除去工程を導入することが望ましい。
【0022】
<化学的処理工程>
前記、機械的処理を施したリグノセルロース原料を次に化学的処理する。化学的処理で用いる化学薬品としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、炭酸ナトリウム及び炭酸水素ナトリウムから選ばれる1種以上のアルカリ薬品、又は、亜硫酸ナトリウムと前記アルカリ薬品の中から選ばれる1種以上のアルカリ薬品を含有する溶液に浸漬する化学的処理を含む前処理である。また、オゾン、二酸化塩素などの酸化剤による化学的処理も可能である。
化学的処理は、前記機械的処理と組み合わせてそれらの前処理の後処理として行うことが好適である。
【0023】
化学的処理で使用する化学薬品の添加量は、状況に応じて任意に調整可能であるが、薬品コスト低下の面から、またセルロースの溶出・過分解による収率低下防止の面から、リグノセルロース系原料の絶乾100質量部に対して70質量部以下であることが望ましい。化学的処理における薬品の水溶液への浸漬時間及び処理温度は、使用する原料や薬品によって任意に設定可能であるが、処理時間20〜120分、処理温度80〜230℃が好ましい。処理条件を厳しくすることで、原料中のセルロースの液側への溶出又は過分解が起こる場合もあるため、処理時間は90分以下、処理温度は200℃以下であることが好ましい。
【0024】
化学的処理として、リグノセルロース原料(乾燥重量)に対して10〜70質量%の亜硫酸ナトリウム及びpH調整剤として0.1〜20質量%のアルカリを添加することもできる。リグノセルロースに亜硫酸ナトリウムを前記の添加量で単独で添加して加熱処理すると、加水分解中に酢酸等の有機酸が生成するためpHの低下が起こり加水分解液が酸性となる。加水分解液が酸性の条件下で加水分解を継続すると加水分解で生成されたキシロースがフルフラールに変換するという問題が発生する。フルフラールは、エタノール発酵の阻害物質となるため可能な限り生成させないことが望ましい。また、発酵基質であるキシロースの収率が低下するため、結果としてエタノール生産効率が低下する。リグノセルロース原料に前記の添加量で亜硫酸ナトリウム及びpH調整剤としてアルカリを添加して加熱処理することにより、加水分解中のpHが中性〜弱アルカリ性に維持されるため、フルフラールの生成及びキシロースの収率低下を抑制することができる。
【0025】
前記pH調整剤として用いるアルカリとしては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム等が挙げられるが、これらの薬品に特に限定されない。
【0026】
前記、リグノセルロース原料(乾燥重量)に対して10〜70質量%の亜硫酸ナトリウム及びpH調整剤として0.1〜20質量%のアルカリを添加して加熱処理を行う場合の加熱処理温度は、80〜200℃が好ましく、120〜180℃がさらに好ましい。また、加熱処理時間は、10〜300分で行うことができるが、30〜120分が好ましい。処理条件を厳しくすることで、原料中のセルロースの液側への溶出又は過分解が起こる場合もあるため、処理温度は、180℃以下、処理時間は120分以下であることが好ましい。
【0027】
本発明では、化学処理工程における化学処理前の固形分重量(化学処理工程に供給するリグノセルロース原料の乾燥重量)に対する化学処理後の固形分重量(化学処理工程から排出されるリグノセルロース原料の乾燥重量)の割合(計算式:収率(%)=化学処理後の固形分重量/化学処理前の固形分重量 x 100、以下、「化学処理の収率」という。)が30〜80%の範囲になるように制御する。化学処理の収率は、30〜80%の範囲が好ましく、40〜70%の範囲がさらに好ましく、45〜65%の範囲が特に好ましい。化学処理の収率を前記範囲に制御することにより。糖化後の未分解残渣の工程外への排出量を低減させることができる。未分解残渣の工程外へ排出量が低減できるため、後述する糖化処理又は併行糖化発酵処理の後の未分解残渣を分離するための固液分離工程を省略することができエタノール製造コストの低減が可能となる。また、工程外へ排出される未分解残渣の排出量が低減できるため、未分解残渣に吸着している酵素(又は未分解残渣中に含まれる酵素)の工程外への排出量の低減が可能となる。従って、工程内で酵素を再利用できるため長期間にわたり高いエタノール生産性を維持することが可能となる。
【0028】
前記化学的処理により得られたリグノセルロース原料を次工程で磨砕処理を施す前に化学的処理で使用した薬品を除去するためにリグノセルロース原料を洗浄してもよい。洗浄方法としては、例えば、リグノセルロース原料に洗浄水を添加しながら、洗浄ドレーナー、固液分離装置等で固形分と液体分に分離する方法が挙げられる。固液分離装置としては、スクリュープレス、フィルタープレス、ベルトプレス、ロータリープレス、ドラムフィルター、ディスクフィルター、スクリーン等が挙げられる。
【0029】
(磨砕処理)
本発明では、前記化学的処理により得られたリグノセルロース原料を磨砕処理することが望ましい。磨砕処理で用いる磨砕処理装置としては、レファイナー、ボールミル等が挙げられる。レファイナーを用いる場合、レファイナーのディスク(プレート)のクリアランスを0.1〜2.0mmの範囲で磨砕することが好ましく、0.1〜1.0mmの範囲で磨砕することがさらに好ましい。使用するレファイナーとしては、シングルディスクレファイナー、ダブルディスクレファイナー等を使用することができ相対するディスクのクリアランスを0.1〜2.0mmの範囲に設定できるレファイナーであれば特に制限なく使用することができる。ディスクのクリアランスが2.0mmを超えると糖化または併行糖化発酵で得られる糖収率が添加するため好ましくない。一方、ディスクのクリアランスが0.1mmより低いとレファイナーで磨砕処理した後の加水分解物(固形分)の収率が低下するため好ましくない。また、ディスクのクリアランスが0.1mmより低いとレファイナーの運転に要する電気消費量が増大するため好ましくない。
【0030】
レファイナーのディスク(プレート)の材質、ディスクの型、ディスク面の刃の型、ディスク面に対する刃の方向等のディスクの形状については効果が得られる材質、形状であれば、特に制限なく使用することができる。
【0031】
前記の磨砕処理が施されたリグノセルロース系原料を水溶液と固形分に固液分離し、固形分を糖化または併行糖化発酵の原料として用いることができる。固液分離する方法としては、例えば、スクリュープレス等を用いて水溶液と固形分に分離することができ、水溶液と固形分に分離することができる装置であれば制限なく使用することができる。
【0032】
前記の固形分離後の原料を用いて糖化または併行糖化発酵を行う前に殺菌処理を行うことが好ましい。リグノセルロース系バイオマス原料中に雑菌が混入していると、酵素による糖化を行う際に雑菌が糖を消費して生成物の収量が低下してしまうという問題が発生する。
殺菌処理は、酸やアルカリなど、菌の生育困難なpHに原料を晒す方法でも良いが、高温下で処理する方法でも良く、両方を組み合わせても良い。酸、アルカリ処理後の原料については、中性付近、もしくは、糖化及び/又は糖化発酵工程に適したpHに調整した後に原料として使用することが好ましい。また、高温殺菌した場合も、室温もしくは糖化発酵工程に適した温度まで降温させてから原料として使用することが好ましい。このように、温度やpHを調整してから原料を送り出すことで、好適pH、好適温度外に酵素が晒されて、失活することを防ぐことができる。
【0033】
前記前処理が施されているリグノセルロース原料が、糖化工程又は併行糖化発酵工程へ供給される。
【0034】
<糖化工程>
酵素糖化反応に適した前処理が施されたリグノセルロース系原料は、適量の水と酵素と混合されて原料懸濁液とされ、糖化工程へ供給される。リグノセルロース系原料は酵素(セルラーゼ、ヘミセルラーゼ)により糖化(セルロース→グルコース、ヘミセルロース→グルコース、キシロース)される。
【0035】
<併行糖化発酵工程>
酵素糖化反応に適した前処理が施されたリグノセルロース系原料は、適量の水と酵素と混合されて原料懸濁液とされ、さらに酵母等の微生物と混合されて併行糖化発酵工程へ供給される。リグノセルロース系原料は酵素により糖化され、生成された糖類が発酵微生物(酵母など)によりエタノールに発酵される。
【0036】
糖化工程又は併行糖化発酵工程で用いるリグノセルロース系原料の懸濁濃度は、1〜30質量%であることが好ましい。1質量%未満であると、最終的に生産物の濃度が低すぎて生産物の濃縮のコストが高くなるという問題が発生する。また、30質量%を超えて高濃度となるにしたがって原料の攪拌が困難になり、生産性が低下するという問題が発生する。
【0037】
糖化工程又は併行糖化発酵で使用するセルロース分解酵素は、セロビオヒドロラーゼ活性、エンドグルカナーゼ活性、ベータグルコシダーゼ活性を有する、所謂セルラーゼと総称される酵素である。
各セルロース分解酵素は、夫々の活性を有する酵素を適宜の量で添加しても良いが、市販されているセルラーゼ製剤は、上記の各種のセルラーゼ活性を有すると同時に、ヘミセルラーゼ活性も有しているものが多いので市販のセルラーゼ製剤を用いれば良い。
【0038】
市販のセルラーゼ製剤としては、トリコデルマ(Trichoderma)属、アクレモニウム(Acremonium)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、ファネロケエテ(Phanerochaete)属、トラメテス(Trametes)属、フーミコラ(Humicola)属、バチルス(Bacillus)属などに由来するセルラーゼ製剤がある。このようなセルラーゼ製剤の市販品としては、全て商品名で、例えば、セルロイシンT2(エイチピィアイ社製)、メイセラーゼ(明治製菓社製)、ノボザイム188(ノボザイム社製)、マルティフェクトCX10L(ジェネンコア社製)、GC220(ジェネンコア社製)等が挙げられる。
原料固形分100質量部に対するセルラーゼ製剤の使用量は、0.5〜100質量部が好ましく、1〜50質量部が特に好ましい。
【0039】
糖化工程又は併行糖化発酵工程での反応液のpHは3.5〜10.0の範囲に維持することが好ましく、4.0〜7.5の範囲に維持することがより好ましい。
【0040】
糖化工程または併行糖化発酵工程での反応液の温度は、酵素の至適温度の範囲内であれば特に制限はなく、25〜50℃が好ましく、30〜40℃がさらに好ましい。反応は、連続式が好ましいが、セミバッチ式、バッチ式でも良い。反応時間は、酵素濃度によっても異なるが、バッチ式の場合は10〜240時間、さらに好ましくは15〜160時間である。連続式の場合も、平均滞留時間が、10〜150時間、さらに好ましくは15〜100時間である。
【0041】
<発酵工程>
糖化工程と発酵工程を別の反応槽で行う場合は、前記糖化工程後の処理液は、発酵工程へ移送し発酵微生物を用いて発酵を行う。
【0042】
発酵工程、又は併行糖化発酵工程では、糖類(六炭糖、五炭糖)が発酵できる発酵微生物を用いる。発酵微生物としては、サッカロマイセス・セラビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、ピキア・スティピティス(Pichia stipitis)、キャンディダ・シハタエ(Candida shihatae)、パチソレン・タノフィルス(Pachysolen tannophilus)、イサチェンキア・オリエンタリス(Issatchenkia orientalis)等の酵母やザイモモナス・モビリス(Zymomonas mobilis)等の細菌が挙げられる。また、遺伝子組換技術を用いて作製した遺伝子組換微生物(酵母、細菌等)を用いることもできる。遺伝子組換微生物としては、六炭糖と五炭糖を同時に発酵できる微生物を特に制限なく用いることができる。
【0043】
微生物は固定化しておいても良い。微生物を固定化しておくと、次工程で微生物を分離して再回収する工程を省くことができるため、少なくとも回収工程に要する負担を軽減することができ、微生物のロスが軽減できるというメリットがある。また、凝集性のある微生物を選択することにより微生物の回収を容易にすることができる。
【0044】
<固液分離工程>
前記併行糖化発酵工程又は発酵工程から排出された培養液は、固液分離装置へ移送し液体分(濾液)と固形分(残渣)に分離することができる。固液分離を行う装置としては、スクリュープレス、スクリーン、フィルタープレス、ベルトプレス、ロータリープレス等を用いることができる。スクリーンとしては、振動装置が付加された振動スクリーンなどを用いることができる。固液分離で用いるメッシュサイズは、1.25〜600メッシュが好ましく、60〜600メッシュがさらに好ましい。
本発明では、化学処理工程における化学処理の収率を制御することにより、未分解残渣の量を低減することができるため、エタノール製造工程に支障がない場合は、固液分離工程を省略することがエタノール製造コストの低減になるため望ましい。
【0045】
前記併行糖化発酵工程又は発酵工程から排出された培養液は蒸留工程へ移送される。
【0046】
<エタノール蒸留工程>
併行糖化発酵工程、又は発酵工程から排出された培養液は、蒸留工程で減圧蒸留装置等のエタノール分離装置により発酵生成物(エタノール等)を蒸留分離することができる。減圧下では低い温度で発酵生成物を分離できるため、酵素の失活を防ぐことができる。減圧蒸留装置としては、ロータリーエバポレーター、フラッシュエバポレーターなどを用いることができる。
蒸留温度は25〜60℃が好ましい。25℃未満であると、生成物の蒸留に時間がかかって生産性が低下する。また、60℃より高いと、酵素が熱変性して失活してしまい、新たに追加する酵素量が増加するため経済性が悪くなる。
蒸留後の蒸留残渣留分中に残る発酵生成物濃度は0.1質量%以下であることが好ましい。このような濃度にすることによって、後段の固液分離工程において固形物とともに排出される発酵生成物量を低減することができ、収率を向上させることができる。
【0047】
蒸留後の発酵生成物(エタノール等)を分離した後の蒸留残液は、固液分離装置により残渣と液体分に分離することができる。分離された残渣には、酵素、リグニン、発酵微生物が含まれている。残渣に吸着している酵素を遊離させて回収し、再利用することもできる。リグニンは、燃焼原料として回収しエネルギーとして利用することもできるし、リグニンを回収し有効利用することもできる。発酵微生物(酵母など)を残渣から分離して、糖化又は併行糖化発酵工程で再利用することもできる。
本発明では、化学処理工程における化学処理の収率を制御することにより、未分解残渣の量を低減することができるため、エタノール製造工程の運転に支障がない場合は、固液分離工程を省略することがエタノール製造コストの低減になるため望ましい。
【実施例】
【0048】
次に実施例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例等によって限定されるものではない。
【0049】
[製造例1]
図1に示す製造フローで実施した。
[前処理]
チップ状のユーカリ・グロブラスの林地残材(樹皮70%、枝葉30%)を20mmの丸孔スクリーンを取り付けた一軸破砕機(西邦機工社製、SC−15)で破砕し原料として用いた。
[化学的処理工程]
上記原料1kg(絶乾重量)に対して97%亜硫酸ナトリウム200g及び水酸化ナトリウム10gを添加後、水を添加し水溶液の容量を8Lに調製した。前記原料懸濁液を混合後、170℃で20分間加熱した。加熱処理後の原料懸濁液をレファイナー(熊谷理器工業製、KRK高濃度ディスクレファイナー)でディスク(プレート)のクリアランスを1.0mmに設定し磨砕した。次に60メッシュ(250μm)のスクリーンを用いて磨砕処理後の原料懸濁液を固液分離(脱水)することにより溶液の電気伝導度が30μS/cmになるまで水で洗浄した。固液分離後の固形分を原料として併行糖化発酵を行った。
【0050】
[併行糖化発酵工程]
予め、液体培地(グルコース30g/L、ポリペプトン5g/L、酵母エキス3g/L、麦芽エキス3g/L、pH5.6)50Lで酵母としてSaccharomyces cerevisiae (市販酵母、商品名:商品名:Maurivin: Mauri Yeast Australia Pty Limited)を30℃で24時間培養した。
図1に示す糖化発酵槽BRにポリペプトン5g/L、酵母エキス3g/L、麦芽エキス3g/Lとなるように各々を添加後,水を添加し最終容量を0.8mに調整した。酵母菌体を含む培養液を糖化発酵槽BRに添加し24時間培養した。酵母の密度が、1x10/mlに増殖した時点で、市販セルラーゼ溶液(マルティフェクトCX10L、ジェネンコア社製)50L、及び原料100kg(乾燥重量)を糖化発酵槽BRに添加した。次に、糖化発酵槽BRに水を添加し培養液の最終容量を1mに調製した。培養液のpHを5.0に調整し30℃で併行糖化発酵を開始した。糖化発酵槽BR内での培養液の滞留時間(原料懸濁液が糖化発酵槽BRを通過する時間:糖化発酵槽BRの容量/流速)を20時間に設定し糖化発酵行った。すなわち、糖化発酵を開始した時点から、固形分濃度(乾燥重量当たり)が10質量%の原料懸濁液(原料を水に懸濁)を流速50L/hで糖化発酵槽BRの原料供給口から連続的に添加した。一方、原料供給開始と同時に糖化発酵槽BRの排出口より原料懸濁液を50L/hで排出し、固液分離工程へ移送した。また、前記セルラーゼ溶液を2.5L/hで糖化発酵槽BRに連続的に添加した。尚、連続運転中に培養液が減少した場合、自動的に培地を添加することにより培養液の最終容量を1mに維持した。培養中の培養液のpHを5.0に維持した。
【0051】
[エタノール蒸留工程]
前記併行糖化発酵工程から排出された液体分(培養液)を減圧蒸留装置EV(エバポールCEP−1、大川原製作所)で蒸留温度:40℃、加熱温度:80℃、供給液量:95L/hの条件でエタノールを含む水溶液と濃縮液に分離した。
【0052】
[固液分離工程]
減圧蒸留装置EVから分離された濃縮液を図1に示す残渣分離装置C:デカンタ式遠心機(IHI製、HS−204L形)で回転数4500rpm、差速5.0rpmで運転し、固形分(残渣)と液体分(濾液)に分離した。液体分はラインを経由して糖化発酵槽BRへ移送した。
【0053】
<データ測定>
前記化学処理工程の加熱処理における原料(固形分)の収率を下記の計算式で求めた。計算式:収率(%)=加熱処理後の固形分の重量(乾燥重量)/加熱処理前の固形分の重量(乾燥重量)。
併行糖化発酵工程で糖化発酵槽BRの排出口から排出されるエタノール濃度をグルコースセンサー(王子計測機器製BF−400型)で測定した。
残渣分離工程で、1時間に分離された残渣の重量(乾燥重量)を測定した。上記、加熱処理における収率、エタノール濃度、残渣の重量(g/h)を表1に示す。
【0054】
[製造例2]
製造例1([化学的処理])において、加熱処理の処理時間を30分で行った以外は全て製造例1と同様の方法で試験した。結果を表1に示す。
【0055】
[製造例3]
製造例1([化学的処理])において、加熱処理の処理時間を40分で行った以外は全て製造例1と同様の方法で試験した。結果を表1に示す。
【0056】
[製造例4]
製造例1([化学的処理])において、加熱処理の処理時間を1時間で行った以外は全て製造例1と同様の方法で試験した。結果を表1に示す。
【0057】
[製造例5]
製造例1([化学的処理])において、加熱処理の処理時間を2時間で行った以外は全て製造例1と同様の方法で試験した。結果を表1に示す。
【0058】
[製造例6]
製造例1([化学的処理])において、加熱処理の処理時間を3時間で行った以外は全て製造例1と同様の方法で試験した。結果を表1に示す。
【0059】
[製造例7]
製造例1([化学的処理])において、加熱処理の処理時間を5時間で行った以外は全て製造例1と同様の方法で試験した。結果を表1に示す。
【0060】
[製造例8]
製造例1([化学的処理])において、加熱処理の処理時間を190℃、5時間で行った以外は全て製造例1と同様の方法で試験した。結果を表1に示す。
【0061】
表1
【0062】
表1に示すように、化学処理の収率を適切な範囲に設定することにより、残渣の排出量を低減することができ、高いエタノール生産性を維持できることが判明した。残渣の排出量を低減することにより、残渣に吸着している酵素の工程外への排出を低減することができエタノール生産効率が向上したものと推測される。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明により、エタノール製造工程で排出される残渣の量を低減することができるため、残渣を分離するための固液分離装置の省略が可能となる。また、残渣に吸着している酵素(または残渣に含まれる酵素)を再利用できるため、長期にわたりエタノール生産性を 高い水準に維持することが可能となる。
【符号の説明】
【0064】
I:一軸破砕機
CO:加熱処理装置
R:磨砕装置
BR:糖化発酵槽
EV:減圧蒸留装置
C:残渣分離装置
図1