特許第6332225号(P6332225)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6332225
(24)【登録日】2018年5月11日
(45)【発行日】2018年5月30日
(54)【発明の名称】耐熱黒鉛部材およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C04B 41/87 20060101AFI20180521BHJP
   C04B 35/52 20060101ALI20180521BHJP
   C01B 32/21 20170101ALI20180521BHJP
   C01B 32/914 20170101ALI20180521BHJP
【FI】
   C04B41/87 U
   C04B35/52
   C01B32/21
   C01B32/914
【請求項の数】5
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2015-204263(P2015-204263)
(22)【出願日】2015年10月16日
(65)【公開番号】特開2017-75075(P2017-75075A)
(43)【公開日】2017年4月20日
【審査請求日】2017年1月10日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】重藤 啓輔
(72)【発明者】
【氏名】中村 大輔
【審査官】 小野 久子
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2006/085635(WO,A1)
【文献】 特開2013−075814(JP,A)
【文献】 特開2015−044719(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 41/87
C01B 32/21
C01B 32/914
C04B 35/52
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化物粒子を含むスラリーを等方性黒鉛からなる黒鉛基材の表面に塗布する塗布工程と、
該塗布工程後の黒鉛基材を加熱して該炭化物粒子が焼結してなる炭化物膜を形成する焼結工程と、
を備える耐熱黒鉛部材の製造方法であって、
前記炭化物粒子は、TaC粒子であり、
前記スラリーは、該スラリー全体に対して該TaC粒子を55〜80質量%含み、
前記黒鉛基材は、熱膨張係数(CTE)が5.8〜6.4(×10-6/K)であると共に嵩密度が1.83〜2.0(g/cm)である耐熱黒鉛部材の製造方法。
【請求項2】
前記黒鉛基材の嵩密度は、1.84〜1.95(g/cm)である請求項1に記載の耐熱黒鉛部材の製造方法
【請求項3】
前記黒鉛基材の熱膨張係数は、5.9〜6.3(×10-6/K)である請求項1または2に記載の耐熱黒鉛部材の製造方法
【請求項4】
前記炭化タンタル膜は、膜厚が50〜300μmである請求項1〜3のいずれかに記載の耐熱黒鉛部材の製造方法
【請求項5】
等方性黒鉛からなる黒鉛基材と、
該黒鉛基材の表面を被覆する炭化物からなる炭化物膜と、
を有する耐熱黒鉛部材であって、
前記黒鉛基材は、熱膨張係数が5.8〜6.4(×10-6/K)であると共に嵩密度が1.83〜2.0(g/cm)であり、
前記炭化物膜は、該膜全体を100原子%としてTaCが90原子%以上を占める炭化タンタル膜であり、
該炭化タンタル膜は、(111)面におけるX線回折スペクトルの回折ピークの半値全幅(FWHM)が0.2°以下となる大きさの結晶子が、該X線回折スペクトルに基づいてLotgering法により算出される配向度(F)がいずれのミラー(Miller)面についても−0.2〜0.2となる無配向に集積した無配向粒状組織からなる耐熱黒鉛部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、黒鉛基材の表面を炭化物膜で被覆した耐熱黒鉛部材とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭化ケイ素(SiC)、窒化アルミニウム(AlN)、窒化ガリウム(GaN)等の単結晶ウエハを昇華(再結晶)法等によって製造する場合、対向配置した単結晶の種結晶と原料粉末(SiC粉末等)とを不活性雰囲気中で2000〜2400℃で加熱する必要がある。このような超高温の過酷な環境に耐え得る部材として、(等方性)黒鉛基材からなる黒鉛ヒータや黒鉛ルツボ等の耐熱黒鉛部材が利用されている。
【0003】
もっとも、黒鉛基材は、高温な還元性雰囲気中でそのまま使用されると、還元性ガスと反応して目減りする。従って黒鉛基材自体は、耐久性に乏しく、また製品(単結晶)に不純物が混入する原因ともなる。
【0004】
そこで、黒鉛基材の表面を超高融点の金属炭化物(特に炭化タンタル)で被覆して、高温下における耐久性を高めることが提案されており、それに関連する記載が下記の特許文献等にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平10−245285号公報
【特許文献2】特開2011−153070号公報
【特許文献3】特開2010−248060号公報
【特許文献4】特開2013−75814号公報
【特許文献5】特開2013−193943号公報
【特許文献6】特開2015−44719号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】R. Schlesser etal., J.Cryst.Growth 281 (2005) 75.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1は、アークイオンプレーティング(AIP)式反応性蒸着法により、等方性黒鉛基材上に炭化タンタル膜(適宜、「TaC膜」という。)を形成することを提案している。また特許文献2は、化学蒸着(CVD)法により、等方性黒鉛基材上にTaC膜を形成することを提案している。しかし、このようなAIP、CVDさらにはCVR等により黒鉛基材上に形成された薄い被膜は耐久性に劣ることが報告されている(非特許文献1参照)。
【0008】
特許文献3〜6は、従来とは異なる手法により形成されたTaC層により被覆された黒鉛基材からなる耐熱黒鉛部材を提案している。これらの耐熱黒鉛部材は、優れた耐熱性や耐久性を発揮し得る。しかし、次世代半導体材料(SiC、AlN、GaN等)の品質・信頼性の向上と共に、その製造コストの低減を図るためには、より高い耐久性を備えた耐熱黒鉛部材が要求されている。
【0009】
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、過酷な高温環境下で繰返し使用しても黒鉛基材を被覆するTaC膜(層)にクラックや剥離等が生じ難い、耐熱性と耐久性に優れた耐熱黒鉛部材およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究し、試行錯誤を重ねた結果、熱膨張係数および嵩密度が特定範囲内にある黒鉛基材をTaCで被覆した耐熱黒鉛部材は、高温環境下に長時間曝されても、また、そのような過酷な環境下で繰り返し使用されても、その表面に形成されたTaC膜に剥離やクラック等が生じ難いことを新たに見出した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0011】
《耐熱黒鉛部材》
(1)本発明の耐熱黒鉛部材は、等方性黒鉛からなる黒鉛基材と、該黒鉛基材の表面を被覆する炭化物からなる炭化物膜と、を有する耐熱黒鉛部材であって、前記黒鉛基材は、熱膨張係数(CTE)が5.8〜6.4(×10-6/K)であると共に嵩密度が1.83〜2.0(g/cm)であり、前記炭化物膜は、該膜全体に対してTaCが90原子%以上を占める炭化タンタル膜(TaC膜)であり、該炭化タンタル膜は、(111)面におけるX線回折スペクトルの回折ピークの半値全幅(FWHM)が0.2°以下となる大きさの結晶子が、該X線回折スペクトルに基づいてLotgering法により算出される配向度(F)がいずれのミラー(Miller)面についても−0.2〜0.2となる無配向に集積した無配向粒状組織からなる。
【0012】
(2)本発明の耐熱黒鉛部材は、TaC膜で表面が被覆された等方性黒鉛基材(単に「黒鉛基材」という。)が、かなり狭い範囲内の熱膨張係数(適宜、「CTE」(coefficient of thermal expansion)という。)と嵩密度を有することにより、優れた耐熱性と共に高い耐久性を発現する。具体的にいうと、本発明の耐熱黒鉛部材は、還元性ガスや反応性ガス等からなる高温雰囲気下で長時間使用されても、また、そのような過酷な環境下で繰返し使用されても、黒鉛基材の表面に形成されたTaC膜に、表面クラックや剥離等の損傷が生じ難い。このように本発明の耐熱黒鉛部材は、特異的な範囲内にある等方性黒鉛基材を用いることにより、耐熱性と耐久性を高次元で両立でき、例えば、高品質な単結晶体等を安定的な製造やその製造コスト低減等に大きく寄与し得る。
【0013】
(3)ところで、黒鉛基材のCTEおよび嵩密度が上述した特定範囲内にあることにより、本発明の耐熱黒鉛部材が優れた耐熱性および耐久性を発現する理由は、必ずしも定かではないが、現状では次のように考えられる。
【0014】
一般的に被覆部材では 被覆材と下地とのCTEの差によって反りやクラックが発生し、性能低下を招くと予想される。一方で、基材の嵩密度が単独で、耐熱性を向上させることは容易には想像し難い。嵩密度とCTEの両者が共にある特定の範囲内となることにより、両者が相乗的に作用して、初めて本発明の優れた効果が得られたと考えられる。具体的には次の通りである。先ず、基材のCTEが特定範囲内にあることにより、TaC膜を焼結により形成する際に、基材とTaC膜の熱膨張差に起因して、TaC膜に印加される応力が最適化された状態となる。次に、基材の嵩密度が比較的高いため、焼結助剤の揮発に伴う逃げが抑制され、緻密化が促される環境でTaC膜が焼結される。これらが相乗的に作用して、耐久性と耐熱性に優れた耐熱黒鉛部材が得られたと考えられる。また、基材の嵩密度は基材の表面開口率とも関係しており、その嵩密度が特定範囲内になることにより、TaC膜が形成される際にピンホールの発生が抑制されると共に、基材とTaC膜の密着性も向上したと考えられる。さらに、耐熱黒鉛部材が使用される1000℃以上、さらに2000℃を超える高温環境下は、黒鉛基材のCTEが実測される温度範囲を遙かに超えている。このような高温環境下では、黒鉛基材の嵩密度とCTEが副次的に相関している可能性も有り、これにより本発明の耐熱黒鉛部材は、室温から超高温までの広い温度範囲で高耐久性と高耐熱性を示したとも考えられる。
【0015】
(4)ちなみに、耐熱黒鉛部材に関して、少なくとも黒鉛基材の嵩密度が実質的に検討されることはこれまでなかった。既述した特許文献1の表1([0028])には、黒鉛基材の嵩密度が、そのCTEと共に列記されている。しかし、その嵩密度に関する説明は、特許文献1に一切ない。なお、特許文献1に列記されている嵩密度およびCTEは、本発明に係る数値範囲外でもある。
【0016】
特許文献2では、CTE:6.5〜8.0(×10-6/K)、(嵩)密度:1.73〜1.83(g/cm)である黒鉛基材を推奨している([0088]〜[0090])。しかし、特許文献2では、黒鉛基材の密度について、機械的強度の観点から説明されているに過ぎない。さらに、特許文献2の実施例で用いられている黒鉛基材は、CTE:7.8×10-6/Kであることが記載されているが、その嵩密度は全く記載されていない。なお、その特許文献2に係るCTEは、本発明に係る数値範囲から大きく外れている。また、特許文献2で推奨されている嵩密度も本発明に係る数値範囲外である。
【0017】
《耐熱黒鉛部材の製造方法》
(1)本発明は耐熱黒鉛部材としてのみならず、その製造方法としても把握できる。すなわち本発明は、炭化物粒子を含むスラリーを等方性黒鉛からなる黒鉛基材の表面に塗布する塗布工程と、該塗布工程後の黒鉛基材を加熱して該炭化物粒子が焼結してなる炭化物膜を形成する焼結工程と、を備える耐熱黒鉛部材の製造方法であって、前記炭化物粒子は、TaC粒子であり、前記スラリーは、該スラリー全体に対して該TaC粒子を55〜80質量%含み、前記黒鉛基材は、熱膨張係数(CTE)が5.8〜6.4(×10-6/K)であると共に嵩密度が1.83〜2.0(g/cm)である耐熱黒鉛部材の製造方法としても把握できる。
【0018】
(2)本発明の製造方法によれば、基本的に、特定のCTEと嵩密度を満たす黒鉛基材を用意して、その表面にスラリーを塗布(さらには乾燥)した後に焼結させるだけで、耐熱性のみならず耐久性に優れた様々な形状の耐熱黒鉛部材を容易に製造できる。従って本発明の製造方法によれば、上述した耐熱黒鉛部材を低コストで提供可能となる。
【0019】
《単結晶インゴットの製造方法》
さらに本発明は、上述した耐熱黒鉛部材である黒鉛ルツボ等を用いた単結晶インゴットの製造方法としても把握できる。例えば、本発明は、その黒鉛ルツボ内に種結晶と原料を対向配置する配置工程と、該原料を不活性雰囲気中で加熱して昇華させる加熱工程とを備え、該種結晶を単結晶成長させてなる単結晶インゴットが得られることを特徴とする単結晶インゴットの製造方法でもよい。
【0020】
《その他》
(1)本明細書中でいう炭化物膜や黒鉛基材は、それぞれの特性改善に有効な改質元素、またはコスト的または技術的な理由等により除去することが困難な不可避不純物(元素)を含み得る。
【0021】
(2)特に断らない限り本明細書でいう「x〜y」は下限値xおよび上限値yを含む。また本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a〜b」のような数値範囲を新設し得る。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】耐熱黒鉛部材の一実施例である黒鉛ルツボを示す模式断面図である。
図2】嵩密度と重量減量率の関係を示す分散図である。
図3】熱膨張係数と耐熱試験の繰返し回数の関係を示す分散図である。
図4】嵩密度と熱膨張係数の関係を示す分散図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本明細書で説明する内容は、本発明の耐熱黒鉛部材のみならず、その製造方法にも該当し得る。上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一以上の構成要素を付加し得る。この際、製造方法に関する構成要素は、一定の場合(構造または特性により「物」を直接特定することが不可能であるかまたは非実際的である事情(不可能・非実際的事情)等がある場合)、プロダクトバイプロセスとして「物」に関する構成要素ともなり得る。なお、いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0024】
《黒鉛基材》
(1)CTEと嵩密度が適切に選択された等方性黒鉛基材は、本発明に係るTaC膜と整合的であり、両者が相乗的に作用することにより、本発明の耐熱黒鉛部材は優れた耐熱性のみならず耐久性をも発揮する。
【0025】
黒鉛基材のCTEは、5.8〜6.4(×10-6/K)さらには5.9〜6.3(×10-6/K)であると好ましい。また黒鉛基材の嵩密度は、1.83〜2.0(g/cm)、1.84〜1.95(g/cm)さらには1.85〜1.94(g/cm)であると好ましい。CTEまたは嵩密度が、過小または過大であると、耐熱黒鉛部材の耐熱性と耐久性を高次元で両立することが困難となる。ちなみに、黒鉛単体の真密度は約2.2(g/cm)であり、そのCTEは約0.3(×10-6/K)です。
【0026】
(2)所望のCTEと嵩密度を有する等方性黒鉛基材は、例えば、冷間静水圧成形(Cold Isostatic Pressing法/CIP法)により作成される。具体的にいうと、例えば次のようにして製造され得る。先ず、石油系または石炭系のコークス粉末からなる黒鉛原料を用意する。この黒鉛原料と、骨材成分となるピッチ系バインダー(結合剤)とを、所望の配合比率で混合調製する。次に、その混合原料をCIP成形し、得られた成形体を熱処理して黒鉛化する。その際の加熱温度等を調整することにより、所望の物性値(例えばCTEや嵩密度)を有する等方性黒鉛基材を得ることができる(参考:特開2002−154874号公報)。なお、様々なCTEと嵩密度を有する等方性黒鉛基材が市販されている。従って、通常、所望するCTEと嵩密度を有する黒鉛基材の入手は容易である。
【0027】
なお、本明細書でいうCTEは、市販の熱物性装置(例えば、株式会社リガク製 Thermo Plus2 TMA8310)により測定される(室温)。また、嵩密度は、実測した体積と質量(重量)に基づいて算出される。
【0028】
《炭化物膜》
(1)本発明に係る炭化物膜は、炭化タンタル膜からなり、特に、膜全体を100原子%としてTaCが90原子%以上、95原子%以上さらには98原子%以上を占めると好ましい。このようなTaC膜と上述した黒鉛基材とが相乗的に作用して、本発明の耐熱黒鉛部材は優れた耐熱性と耐久性を高次元で発現し得る。
【0029】
但し、本発明に係る炭化タンタル膜は、TaCの他に、TaCや炭化ニオブ(NbCまたはNbC)、炭化タングステン(WCまたはWC)または炭化ハフニウム(HfC、HfC)等の高融点金属炭化物の一種以上を少量含むものでもよい。ちなみに、TaCの被膜中における原子%は、電子プローブマイクロアナライザ(EPMA)により特定される。
【0030】
(2)炭化物膜の膜厚は必ずしも問わないが、50〜300μmさらには75〜200μmであると好ましい。膜厚が過小であると、炭化物膜のガスバリア性等が不十分となり得る。膜厚を過大にすると、耐熱黒鉛部材の製造コストが増加し、また炭化物膜にクラックや剥離等が生じ易くなる。なお、本願明細書でいう炭化物膜の膜厚は走査型電子顕微鏡(SEM)による破断面観察により特定される。
【0031】
《耐熱黒鉛部材の製造方法》
(1)塗布工程
塗布工程は、黒鉛基材の表面に炭化物粒子(主にTaC粒子)を含むスラリーを塗布する工程である。スラリーの塗布方法には、刷毛塗り、噴霧塗布、浸漬塗布などがある。また、回転する耐高温基材の表面上へスラリーを流入させて遠心力でスラリーを基材表面に薄くかつ均一に引き延ばすスピンコート法を用いてもよい。
【0032】
塗布膜全体を100質量%としたときに、TaC粒子の充填率は60%以上さらには65%以上であると好ましい。この充填率が過小では、焼結時の収縮により作用する応力により、異方性が発生したり割れ易くなる。充填率は高いほど好ましいが、充填率を74%以上に高めるには微粒子が必要となる。
【0033】
塗布膜中のTaC粒子は、粒径が0.1〜0.5μmさらには0.2〜0.4μmであると好ましい。この粒径が過小ではTaC粒子等がスラリー中で凝集することにより、塗布時に充填率が低下し、TaC膜が割れ易くなる。また粒径が過大では配向度の高いTaC膜が形成され易くなって好ましくない。この粒径は光学顕微鏡観察により特定される。
【0034】
TaC粒子の粒径調整は、当初から所望粒径を有する原料粉末を用いる他、スラリーの調製中に行う撹拌等によりなされてもよい。例えば、ボールミルや超音波ホモジナイザーを用いて、粒子同士の衝突によって微粒化することにより行える。
【0035】
このような塗布膜中におけるTaC粒子の充填率や粒径は、焼結後のTaC膜の結晶組織に影響を与える。この理由は、塗布膜中の充填率が低くなるほど、粒子間に空隙が多く形成される。これを焼結すると、収縮や組織の歪み等が大きくなり、それに伴う応力によりTaC膜に割れ等の欠陥が生じ易くなる。その結果、ガスバリア性が低下する。また塗布膜中の充填率が低下すると、TaC粒子の向きが焼結時に変化して、異方性(配向)の発生を招く。従って塗布膜中の充填率は上述したように高ければ高いほど好ましい。
【0036】
スラリーは、上述したTaC粒子(炭化物粉末/原料粉末)を分散媒に分散させたものである。このスラリーは、焼結助剤、有機バインダー、溶媒などを適宜含み、塗布に適した粘度に調整される(スラリー調製工程)。
【0037】
TaC粒子は、スラリー全体を100質量%としたとき、55〜80質量%さらには60〜75質量%であると、均一な塗布膜を効率的に形成できる。
【0038】
焼結助剤(助剤粉末)は、炭化物の焼結温度以下の融点をもつ遷移金属またはその炭化物からなる。これらが焼結中に溶融することにより、TaC膜の緻密化、安定化または均質化等が図られる。
【0039】
焼結助剤に用いる遷移金属は、沸点(B.P.)が2600〜3300℃で、焼結が始まる温度帯(1400〜1700℃)において溶融し、焼結中に昇華して不純物として残らないものが好ましい。例えば、チタン(Ti)、クロム(Cr)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)などである。またTiC、Cr25、FeC、CoC、NiCなどの遷移金属の炭化物を用いてもよい。このような焼結助剤は、例えば、スラリー全体を100質量%としたとき0.3〜5質量%とするとよい。
【0040】
有機バインダーは、スラリーの粘度を調整し、スラリーの塗布性や粘着性等を改善する。このような有機バインダーとして、ポリメタクリル酸メチル(PMMA)、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリビニルブチラール(PVB)、メチルセルロース、エチルセルロース、アセチルセルロース、フェノール樹脂、ユリア樹脂、メラミン樹脂等が適宜用いられる。このような有機バインダーは、例えば、スラリー全体を100質量%としたとき0.1〜3質量%とするとよい。
【0041】
溶媒には、ジメチルアセトアミド、メチルエチルケトンおよび1,3−ジオキソラン、ベンジルアルコール、エタノール、α−ターピネオール、トルエンなどの有機溶媒がある。溶媒はスラリーの残部となるが、敢えていうとスラリー全体を100質量%としたとき20〜40質量%であるとよい。
【0042】
(2)焼結工程
焼結工程(または成膜工程)は、黒鉛基材上の塗布膜を加熱してTaC粒子が焼結したTaC膜を黒鉛基材の表面に形成して緻密化する工程である。焼結温度は2000〜2800℃さらには2300〜2700℃が好ましい。焼結温度が過小ではTaC膜の緻密化を図れず、焼結温度が過大では結晶組織が粗大化してしまう。
【0043】
焼結時間は、焼結温度等にも依るが0.5〜3時間程度である。焼結雰囲気は、1〜95kPaの真空雰囲気または不活性ガス雰囲気が好ましい。
【0044】
《TaC膜》
本発明に係るTaC膜は、例えば、上述したように、TaC粒子を含むスラリーを塗布および焼結して得られる。このようなTaC膜は、次にような無配向粒状組織からなると、耐熱黒鉛部材の耐熱性および耐久性を一層高めることができて好ましい。すなわち、本発明に係るTaC膜は、(111)面におけるX線回折スペクトルの回折ピークの半値全幅(FWHM)が0.2°以下となる大きさの結晶子が、該X線回折スペクトルに基づいてLotgering法により算出される配向度(F)がいずれのミラー(Miller)面についても−0.2〜0.2となる無配向に集積した無配向粒状組織からなると、好適である。なお、FWHMと配向度(F)の意義は次の通りである。
【0045】
(1)FWHM
FWHMにより、本発明に係るTaC膜を構成する結晶子の大きさが指標される。このFWHMは、結晶性の低下(アモルファスに近づく)、結晶子の微細化、組成のばらつき等により大きくなるが、本発明のTaC膜のように組成が安定的で、結晶性が良好であり、結晶子がある程度大きい場合、FWHMはある範囲内に収まる。従って本発明に係るTaC膜を特定する一指標としてFWHMは最適である。
【0046】
本明細書でいうFWHMは、X線回折スペクトルの(hkl)面による回折ピークを擬フォークト関数によりフィットした時に、ピークの最大値(fmax)の半分の値(fmax/2)における2θの角度差である。
【0047】
このFWHMは、0.2°以下、0.15°以下さらには0.13°以下であると好ましい。FWHMが過大では、結晶粒が過小でクラック等の伝播を十分に阻止できないか、低結晶性の非晶質組織が高温環境下で結晶化して構造変化を伴うため、好ましくない。FWHMの下限値は特に限定されないが、0.01°さらには0.03°であると好ましい。FWHMが過小になると、結晶粒が過大になり、無配向に積層した粒状組織が形成され難くなる。
【0048】
(2)配向度(F)
TaC膜を構成する結晶組織の配向性は、例えば、X線回折スペクトルに基づいて Lotgering 法により算出される配向度(F)により判定される。結晶組織は、F値が0(ゼロ)に近いほど無配向となり、F値が0から遠ざかるほど配向性が高くなる。例えば、単結晶組織の場合、F値は1となり、完全に無配向な多結晶組織の場合、F値は0となる。本発明に係るTaC膜は、その結晶組織の配向度(F)が、(222)面を含めた(111)面について、さらにいうと、いずれのミラー(Miller) 面についても−0.2〜0.2、−0.15〜0.15さらには−0.1〜0.1であると好ましい。逆に、配向度(F)がそのような範囲内にあるとき、本発明に係るTaC膜は「無配向」な結晶組織からなると、客観的にいえる。
【0049】
本明細書でいう配向度(F)は、X線回折スペクトルについて求めたピーク強度の面積比の3点平均値から、Lotgering法により算出される。ここでピーク強度の3点平均値ではなく、ピークの面積比の3点平均値を用いたのは、算出された配向度(F)の客観性を高めるためである。配向度(F)の具体的な算出方法は、特許第5267709号公報(特開2013−75814号公報)に記載された内容(特に[0032]〜[0037]、[0065]〜[0067]等)に基づく。
【0050】
《用途》
本発明にかかる耐熱黒鉛部材は、高温用ルツボ(特に黒鉛ルツボ)、高温用ヒータ、高温用フィラメント、化学気相成長(CVD)用サセプタなどの用途がある。より具体的には、耐腐食性雰囲気抵抗加熱ヒータ、昇華法SiC単結晶成長のためのルツボ部材、昇華法AlN単結晶成長のためのルツボ部材、SiCのCVDエピタキシャル成長のためのサセプタ部材、III族窒化物のMOCVDエピタキシャル成長のためのサセプタ部材、電子ビーム蒸着用のハースライナー等に本発明の耐熱黒鉛部材を用いると有効である。
【実施例】
【0051】
CTEまたは嵩密度が異なる等方性の黒鉛基材からなり、その表面にTaC膜が形成されている黒鉛ルツボ(試料/耐熱黒鉛部材)を種々製作した。各黒鉛ルツボを用いて、著しく高温で高腐食性の環境下でなされる昇華法によりAlN結晶を成長させることにより、TaC膜の劣化または損傷(剥離、クラック等)を評価した。この評価は、各黒鉛ルツボをその環境下に長時間(70時間)曝す耐熱試験と、各黒鉛ルツボをその環境下に繰返し曝す耐久試験とにより行った。このような具体例を挙げつつ、以下に本発明をさらに詳しく説明する。
【0052】
《黒鉛ルツボ》
試料となる黒鉛ルツボGの概要を図1に断面模式図で示した。黒鉛ルツボGは、等方性の黒鉛基材からなる有底筒状の容体1と、それと物性値が同じ黒鉛基材からなり容体1の開口を塞ぐ蓋体2とからなる。容体1の表面は、TaC膜11により被覆されており、蓋体2の表面もTaC膜11と同じTaC膜21により被覆されている。但し、容体1の外側底面中央付近に設けた温度測定部12は、TaC膜11で被覆されておらず黒鉛基材が露出している。また蓋体2の外側上面中央付近に設けた温度測定部22も、TaC膜21で被覆されておらず黒鉛基材が露出している。温度測定部12と温度測定部22は、常時放射温度計により温度測定され、その温度に基づいて加熱炉(加熱源)がフィードバック制御される。このようにして、耐熱試験または耐久試験の際に、黒鉛ルツボG内の温度調整を行い、加熱された黒鉛ルツボGに、容体1の底部側を高温側、容体1の開口側(蓋体2側)を低温側とする温度勾配を生じさせた。この温度勾配により、容体1内にあるAlN粉末の原料mは昇華して、蓋体2側でAlNが再結晶化して成長する。なお、耐熱試験、耐久試験および昇華法の詳細については後述する。
【0053】
《試料の製造》
黒鉛基材がTaCで被覆された黒鉛ルツボGは、次のようにして製造した。
【0054】
(1)黒鉛基材
容体1となる有底円筒状の黒鉛基材(内径:90mm×外径:100mm)と、蓋体2となる円板状の黒鉛基材(外径:100×厚さ:5mm)を用意した。用意した各黒鉛基材の物性値(嵩密度、CTE)は表1に示した。なお、各黒鉛基材は市販品である。
【0055】
(2)スラリー調製工程
TaC粒子(TaC粒子)を分散させたスラリーを次のようにして調製した。炭化物粉末であるTaC粉末(純度99.9%/粒子径1〜2μm):69%、助剤粉末であるCo粉末(平均粒径:5μm):0.7%、有機バインダーであるポリメタクリル酸メチル(PMMA:Polymethyl methacrylate):0.7%、有機溶媒であるジメチルアセトアミド:5.6%、メチルエチルケトン:12%および1,3−ジオキソラン:12%をそれぞれ秤量して配合した。なお、各原料の配合割合は、スラリー全体を100質量%(単に「%」と表記する。)として示した。
【0056】
これら原料をミキサーで混合した後、超音波ホモジナイザーにより分散および粉砕した。こうして炭化タンタル(TaC)粒子を主成分とするスラリーを得た。なお、TaC粒子の粒径(TaC粉末の平均粒径)はSEMにより求めた。
【0057】
(3)塗布工程
得られたスラリーを、噴霧塗布により、上述した各黒鉛基材の表面(温度測定部12、22となる部分を除く)に塗布した。この塗布膜は、TaC粒子の充填率が65〜70%で、そのTaC粒子の粒径が0.2〜0.4μmであった。ちなみに、この充填率は、膜厚および被膜の質量を測定することにより、次式により求められる。被膜を構成する物質の密度ρ、塗布面積S、被膜の質量Wから理想膜厚(充填率100%としたときの膜厚)D=(W/ρ)/S を算出する。そしてSEMによる破断面観察により実際の膜厚Dmを測定する。これらにより充填率f=(D/Dm)×100(%)が求まる。また塗膜中におけるTaC粒子の粒径は、光学顕微鏡観察により特定される。なお、上記の充填率や粒径に幅が有るのは、測定精度に依る。例えば、充填率の場合、測定誤差が±2%程度あるため、算出された値が67%でも、上述のように65〜69%と表記した。例えば、粒径の測定誤差が±0.1μm程度あるため、算出された値が0.3μmでも、上述のように0.2〜0.4μmと表記した。
【0058】
(4)成膜工程
黒鉛基材上の塗布膜を200℃程度に加熱して乾燥させた(乾燥工程)。溶媒が散逸した塗布膜を、さらに加熱してTaC膜を成膜した(焼結工程)。この加熱(焼結)は、高周波加熱炉を用いて、アルゴン雰囲気(5kPa)中で、焼結温度:2500℃、焼結時間(最高焼結温度での保持時間):1時間として行った。こうして、膜厚が100μmでほぼ均一な被膜(炭化タンタル膜)が黒鉛基材の表面に形成された。この膜厚はマイクロメータにより測定した(以下、同様である)。こうして、TaC膜で被覆された黒鉛基材からなる種々の黒鉛ルツボG(耐熱黒鉛部材)が得られた。
【0059】
《被膜の観察》
各黒鉛ルツボGを用いた耐熱試験および耐久試験を行う前に、各黒鉛基材の表面に形成されたTaC膜にX線を照射して、得られたX線回折像に基づいて、各TaC膜に係るLotgering法による配向度(F)およびFWHMを算出した。これらの算出は、既述したように、特許第5267709号公報(特に[0032]〜[0037]、[0065]〜[0067]等)の記載に基づいて行った。その結果、いずれのTaC膜も、FWHMが0.2°以下となる大きさの結晶子が、いずれのミラー(Miller)面についても配向度(F):−0.2〜0.2となる無配向に集積した無配向粒状組織からなることを確認した。
【0060】
《試験内容》
各試料に係る黒鉛ルツボGの耐熱性と耐久性は、上述したように、各黒鉛ルツボGを用いて、実際に昇華法でAlN結晶を成長させることにより評価した。先ず、昇華法と、それを用いた耐熱試験および耐久試験について詳述する。
【0061】
(1)昇華法
AlN結晶を成長させる場合を例に取り、昇華法について説明する。原料であるAlN粉末を50〜80kPaの不活性ガス(N等)中で、2000〜2300℃に加熱する。これにより下式(1)に示すように、AlN粉末がAlガスとNガスに昇華して分解する。
AlN(solid)⇔ Al(gas)+ 1/2 N(gas) (1)
この際、図1に示すように、AlN粉末を内包した黒鉛ルツボGを温度勾配下に配置すると、 式(1)の右辺から左辺に反応が進み、高温側で生じたAlガスとNガスが、低温側でAlN結晶となって析出(晶出)する。特に、低温側にある蓋体2にAlN(またはSiC等)の単結晶を種結晶として配置しおくと、その種結晶上に単結晶が引き続き成長して、高品質な単結晶インゴットが得られ易い。このような結晶成長に関する原理や条件等については、例えば、文献(C Hartmann, A Dittmar, J Wollweber and M Bickermann Semicond. Sci. Technol. 29 (2014) 084002)に記載されている。
【0062】
ところで、2000℃以上の超高温環境下で、式(1)の左辺から右辺に反応が進む際に生じるAlガスは、非常に活性である。そのAlガスが、黒鉛ルツボGを構成する黒鉛基材に直接触れると、黒鉛基材は激しく腐食すると共に、それにより生じた炭素(C)が成長結晶(AlN)に混入して、高品質な単結晶を得ることができない。従って、そのような過酷な環境下でも、黒鉛ルツボGの骨格となる黒鉛基材が、その表面を被覆するTaC膜により安定的に保護(バリヤー)されている必要がある。この点を、次のような耐熱試験と耐久試験により評価した。
【0063】
(2)耐熱試験(長時間耐久性試験)
耐熱試験は次のようにして行った。先ず、黒鉛ルツボG(外側高さ:60mm×内側高さ:50mm、内側表面積:0.023m)内に原料(AlN粉末:100〜200g)を充填する。この黒鉛ルツボGを80kPaに保持された窒素ガス雰囲気中で加熱し、室温から2300℃まで5時間かけて昇温し、2300℃で70時間保持する。その後、黒鉛ルツボGを室温まで自然冷却する。なお、2300℃は容体1側の温度測定部12における温度である。蓋体2側の温度測定部22における温度は2200℃とした(以下同様である)。
【0064】
自然冷却後、蓋体2を開けて容体1から残留原料を取り出す。この際、残留原料は、焼結されて一塊となっており、容体1とも固着していないため、残留原料は全て容易に取り出すことができた。残留原料を取り出した容体1の重量を測定し、耐熱試験前に予め測定していた容体1の重量との重量差(減量)を求める。こうして得られた容体1の重量減量を、さらに容体1の内表面積と2300℃で保持した時間とで除する。これにより、Alガスに曝される単位面積および単位時間あたりの重量減量となる重量減量率(g/m・h)が求まる。この重量減量率を、各試料に係る黒鉛ルツボG(特に容体1)の耐熱性を示す指標値とした。
【0065】
(3)耐久試験(繰り返し耐久性試験)
耐久試験は、耐熱試験と基本的に同様にして行ったが、試験1回あたり、容体1(外側高さ:40mm×内側高さ:30mm)に充填する原料を50〜70gとし、2300℃の保持時間を7時間とした。そして、自然冷却後に残留原料を取り出し、処理後の容体1の内側にあるTaC膜の状態を、目視と触診により検査し、その被膜に、浮き上がり、クラック、剥離等の損傷が生じていないかをチェックした。
【0066】
TaC膜に損傷が発見された場合、その以降の試験は行わなかった。TaC膜に損傷が無い場合、同様な試験を繰返し行った。この試験の繰返し回数の上限を10回として、TaC膜に損傷が確認されるまで同様な試験を繰り返し行った。この繰返し回数を、各試料に係る黒鉛ルツボG(特に容体1)の耐熱性を示す指標値とした。なお、初回(N=1)の試験はカウントせず、損傷が発見されたときの試験がN回目(逆にいえば、損傷が無く終了した試験が(N−1)回目)なら、繰返し可能回数は(N−2)回とした。
【0067】
《評価》
(1)嵩密度とCTEが異なる黒鉛基材からなる黒鉛ルツボGをそれぞれ用いて、耐熱試験および耐久試験を行った。こうして得られた結果を表1に併せて示した。また、その結果に基づいて、嵩密度と重量減量率の関係を図2に、熱膨張係数(CTE)と繰返し回数の関係を図3にそれぞれ示した。さらに、嵩密度および熱膨張係数と総合評価との関係を図4にまとめて示した。
【0068】
先ず、表1および図2から明らかなように、嵩密度が1.83g/cm 以上(超)、1.84g/cm 以上、さらには1.85g/cm 以上である黒鉛基材を用いることにより、重量減量率が実質的に0g/cmとなり、耐熱黒鉛部材の耐熱性を大幅に向上できることが明らかとなった。
【0069】
次に、表1および図3から明らかなように、CTEが5.8〜6.4(×10-6/K)さらには5.9〜6.3(×10-6/K)である黒鉛基材を用いることにより、繰返し使用可能な高耐久性の耐熱黒鉛部材が得られることが明らかとなった。
【0070】
そして図4から明らかなように、嵩密度およびCTEが共に所定の範囲内にある黒鉛基材を用いることにより、耐熱性と耐久性の両方に非常に優れた耐熱黒鉛部材を得ることができることが明らかとなった。このような耐熱黒鉛部材を用いると、AlN単結晶等の製造コストを大幅に低減できることとなる。
【0071】
(2)観察
各試験後の容体1に形成されていたTaC膜を観察したところ、次のようであった。耐熱試験後の試料1〜4は、いずれもTaC膜にクラック、浮き上がり、剥離等の損傷はなく、良好な状態であった。また、耐久試験後の試料1および試料2も、TaC膜の状態は良好であった。試料3の場合、7回目(繰返し回数:6回目)の耐久試験後、TaC膜に浮き上がりが観られ、触診によりTaC膜の一部が剥離した。試料4の場合、11回目(繰返し回数:10回目)の耐久試験後、試料3と同様な傾向が観られた。従って、表1に示すように、繰返し可能回数は、試料3:5回、試料4:9回とした。
【0072】
耐熱試験後の試料C1〜C3は、いずれも容体1の内底部に、TaC膜の浮き上がりが観られ、触診するとTaC膜が剥離し、下地である黒鉛基材には腐食痕が観られた。耐熱試験後の試料C4は、TaC膜の状態が良好であった。また、耐久試験後の試料C2〜C4は、表1に示すように、わずかな繰返し回数後に、TaC膜の浮き上がり、触診によるTaC膜の剥離、下地である黒鉛基材の腐食等が観られた。試料C1は、耐久試験の結果は悪くなかったが、耐熱試験の結果が試料C2等と同様に好ましくなかった。
【0073】
なお、試料C4では、1回目(繰返し回数:0回目)の耐久試験後、室温まで自然冷却する際に、小さな金属破裂音が数回聞こえた。これは、その冷却過程で、TaC膜と基材との熱膨張係数差に起因して、熱応力による微細クラックがTaC膜に生じたためと推察される。但し、容体1内のTaC膜を目視観察したところ、マクロクラック、浮き上がり、触診による剥離等はなかった。この状況は、2回目(繰返し回数:1回目)の耐久試験後も同様であった。しかし、2回目(繰返し回数:3回目)の耐久試験後、容体1内で、TaC膜の浮き上がりや触診による剥離、下地である黒鉛基材の腐食等が観られた。なお、剥離せずに残存していたTaC膜の断面は鋭い劈開面となっていた。このことから、試料C4のTaC膜は、昇温もしくは高温時の熱応力によりクラックを生じ、そこからAlガスが侵入して、基材から剥離したものと推察された。
【0074】
これらの結果から、耐熱黒鉛部材の耐熱性および耐久性を著しく向上させるためには、その骨材となる黒鉛基材は、CTEが5.8〜6.4(×10-6/K)さらには5.9〜6.3(×10-6/K)であると好ましく、その嵩密度が1.83〜2.0(g/cm)さらには1.84〜1.95(g/cm)であると好ましいといえる。
【0075】
なお、試料C4に係る結果から、骨格を構成する黒鉛基材の嵩密度が好適な範囲内でも、そのCTEが好適な範囲外であると、過酷な環境下で耐熱黒鉛部材を繰返し使用することは困難であることがわかった。また、試料C4のように、嵩密度は比較的大きくても、CTEは低い黒鉛基材もあることから、嵩密度とCTEは、基本的に独立した物性値であり、それらの間に明確な相関がないといえる。
【0076】
《膜厚》
TaC膜の膜厚が異なる黒鉛ルツボGを種々製作して、上述した耐熱試験に供した。これにより、TaC膜の膜厚が耐熱黒鉛部材に及ぼす影響を調べた。具体的には次の通りである。
【0077】
試料1で用いた黒鉛基材と同種(嵩密度とCTEが同じ)の黒鉛基材を用いて、TaC膜の膜厚が100μmおよび150μmである各黒鉛ルツボG(特に容体1)を製作した。膜厚調整は、スラリー塗布時の重量増加量から推定して行った。また、試験終了後に各容体1を切断し、その断面のSEM像から、TaC膜の実際の膜厚を確認した。
【0078】
膜厚が100μmの試料でも150μmの試料でも、いずれも試験後のTaC膜に損傷はなく、良好な状態が維持されていた。これらのことから、本実施例に係る耐熱試験を行う場合なら、TaC膜の膜厚は50μm以上さらには75μm以上であると好ましいといえる。そして、製造コスト(特にTaCの原料コスト)を考慮すると、膜厚は300μm以下さらには200μm以下であると好ましい。
【0079】
なお、膜厚は耐熱黒鉛部材の用途・仕様に応じて調整され得る。TaC膜の膜厚が50μm以下(未満)でも、耐熱黒鉛部材として十分な場合も多いと考えられる。
【0080】
【表1】
図1
図2
図3
図4