【実施例】
【0051】
CTEまたは嵩密度が異なる等方性の黒鉛基材からなり、その表面にTaC膜が形成されている黒鉛ルツボ(試料/耐熱黒鉛部材)を種々製作した。各黒鉛ルツボを用いて、著しく高温で高腐食性の環境下でなされる昇華法によりAlN結晶を成長させることにより、TaC膜の劣化または損傷(剥離、クラック等)を評価した。この評価は、各黒鉛ルツボをその環境下に長時間(70時間)曝す耐熱試験と、各黒鉛ルツボをその環境下に繰返し曝す耐久試験とにより行った。このような具体例を挙げつつ、以下に本発明をさらに詳しく説明する。
【0052】
《黒鉛ルツボ》
試料となる黒鉛ルツボGの概要を
図1に断面模式図で示した。黒鉛ルツボGは、等方性の黒鉛基材からなる有底筒状の容体1と、それと物性値が同じ黒鉛基材からなり容体1の開口を塞ぐ蓋体2とからなる。容体1の表面は、TaC膜11により被覆されており、蓋体2の表面もTaC膜11と同じTaC膜21により被覆されている。但し、容体1の外側底面中央付近に設けた温度測定部12は、TaC膜11で被覆されておらず黒鉛基材が露出している。また蓋体2の外側上面中央付近に設けた温度測定部22も、TaC膜21で被覆されておらず黒鉛基材が露出している。温度測定部12と温度測定部22は、常時放射温度計により温度測定され、その温度に基づいて加熱炉(加熱源)がフィードバック制御される。このようにして、耐熱試験または耐久試験の際に、黒鉛ルツボG内の温度調整を行い、加熱された黒鉛ルツボGに、容体1の底部側を高温側、容体1の開口側(蓋体2側)を低温側とする温度勾配を生じさせた。この温度勾配により、容体1内にあるAlN粉末の原料mは昇華して、蓋体2側でAlNが再結晶化して成長する。なお、耐熱試験、耐久試験および昇華法の詳細については後述する。
【0053】
《試料の製造》
黒鉛基材がTaCで被覆された黒鉛ルツボGは、次のようにして製造した。
【0054】
(1)黒鉛基材
容体1となる有底円筒状の黒鉛基材(内径:90mm×外径:100mm)と、蓋体2となる円板状の黒鉛基材(外径:100×厚さ:5mm)を用意した。用意した各黒鉛基材の物性値(嵩密度、CTE)は表1に示した。なお、各黒鉛基材は市販品である。
【0055】
(2)スラリー調製工程
TaC粒子(TaC粒子)を分散させたスラリーを次のようにして調製した。炭化物粉末であるTaC粉末(純度99.9%/粒子径1〜2μm):69%、助剤粉末であるCo粉末(平均粒径:5μm):0.7%、有機バインダーであるポリメタクリル酸メチル(PMMA:Polymethyl methacrylate):0.7%、有機溶媒であるジメチルアセトアミド:5.6%、メチルエチルケトン:12%および1,3−ジオキソラン:12%をそれぞれ秤量して配合した。なお、各原料の配合割合は、スラリー全体を100質量%(単に「%」と表記する。)として示した。
【0056】
これら原料をミキサーで混合した後、超音波ホモジナイザーにより分散および粉砕した。こうして炭化タンタル(TaC)粒子を主成分とするスラリーを得た。なお、TaC粒子の粒径(TaC粉末の平均粒径)はSEMにより求めた。
【0057】
(3)塗布工程
得られたスラリーを、噴霧塗布により、上述した各黒鉛基材の表面(温度測定部12、22となる部分を除く)に塗布した。この塗布膜は、TaC粒子の充填率が65〜70%で、そのTaC粒子の粒径が0.2〜0.4μmであった。ちなみに、この充填率は、膜厚および被膜の質量を測定することにより、次式により求められる。被膜を構成する物質の密度ρ、塗布面積S、被膜の質量Wから理想膜厚(充填率100%としたときの膜厚)D=(W/ρ)/S を算出する。そしてSEMによる破断面観察により実際の膜厚Dmを測定する。これらにより充填率f=(D/Dm)×100(%)が求まる。また塗膜中におけるTaC粒子の粒径は、光学顕微鏡観察により特定される。なお、上記の充填率や粒径に幅が有るのは、測定精度に依る。例えば、充填率の場合、測定誤差が±2%程度あるため、算出された値が67%でも、上述のように65〜69%と表記した。例えば、粒径の測定誤差が±0.1μm程度あるため、算出された値が0.3μmでも、上述のように0.2〜0.4μmと表記した。
【0058】
(4)成膜工程
黒鉛基材上の塗布膜を200℃程度に加熱して乾燥させた(乾燥工程)。溶媒が散逸した塗布膜を、さらに加熱してTaC膜を成膜した(焼結工程)。この加熱(焼結)は、高周波加熱炉を用いて、アルゴン雰囲気(5kPa)中で、焼結温度:2500℃、焼結時間(最高焼結温度での保持時間):1時間として行った。こうして、膜厚が100μmでほぼ均一な被膜(炭化タンタル膜)が黒鉛基材の表面に形成された。この膜厚はマイクロメータにより測定した(以下、同様である)。こうして、TaC膜で被覆された黒鉛基材からなる種々の黒鉛ルツボG(耐熱黒鉛部材)が得られた。
【0059】
《被膜の観察》
各黒鉛ルツボGを用いた耐熱試験および耐久試験を行う前に、各黒鉛基材の表面に形成されたTaC膜にX線を照射して、得られたX線回折像に基づいて、各TaC膜に係るLotgering法による配向度(F)およびFWHMを算出した。これらの算出は、既述したように、特許第5267709号公報(特に[0032]〜[0037]、[0065]〜[0067]等)の記載に基づいて行った。その結果、いずれのTaC膜も、FWHMが0.2°以下となる大きさの結晶子が、いずれのミラー(Miller)面についても配向度(F):−0.2〜0.2となる無配向に集積した無配向粒状組織からなることを確認した。
【0060】
《試験内容》
各試料に係る黒鉛ルツボGの耐熱性と耐久性は、上述したように、各黒鉛ルツボGを用いて、実際に昇華法でAlN結晶を成長させることにより評価した。先ず、昇華法と、それを用いた耐熱試験および耐久試験について詳述する。
【0061】
(1)昇華法
AlN結晶を成長させる場合を例に取り、昇華法について説明する。原料であるAlN粉末を50〜80kPaの不活性ガス(N
2等)中で、2000〜2300℃に加熱する。これにより下式(1)に示すように、AlN粉末がAlガスとN
2ガスに昇華して分解する。
AlN(solid)⇔ Al(gas)+ 1/2 N
2(gas) (1)
この際、
図1に示すように、AlN粉末を内包した黒鉛ルツボGを温度勾配下に配置すると、 式(1)の右辺から左辺に反応が進み、高温側で生じたAlガスとN
2ガスが、低温側でAlN結晶となって析出(晶出)する。特に、低温側にある蓋体2にAlN(またはSiC等)の単結晶を種結晶として配置しおくと、その種結晶上に単結晶が引き続き成長して、高品質な単結晶インゴットが得られ易い。このような結晶成長に関する原理や条件等については、例えば、文献(C Hartmann, A Dittmar, J Wollweber and M Bickermann Semicond. Sci. Technol. 29 (2014) 084002)に記載されている。
【0062】
ところで、2000℃以上の超高温環境下で、式(1)の左辺から右辺に反応が進む際に生じるAlガスは、非常に活性である。そのAlガスが、黒鉛ルツボGを構成する黒鉛基材に直接触れると、黒鉛基材は激しく腐食すると共に、それにより生じた炭素(C)が成長結晶(AlN)に混入して、高品質な単結晶を得ることができない。従って、そのような過酷な環境下でも、黒鉛ルツボGの骨格となる黒鉛基材が、その表面を被覆するTaC膜により安定的に保護(バリヤー)されている必要がある。この点を、次のような耐熱試験と耐久試験により評価した。
【0063】
(2)耐熱試験(長時間耐久性試験)
耐熱試験は次のようにして行った。先ず、黒鉛ルツボG(外側高さ:60mm×内側高さ:50mm、内側表面積:0.023m
3)内に原料(AlN粉末:100〜200g)を充填する。この黒鉛ルツボGを80kPaに保持された窒素ガス雰囲気中で加熱し、室温から2300℃まで5時間かけて昇温し、2300℃で70時間保持する。その後、黒鉛ルツボGを室温まで自然冷却する。なお、2300℃は容体1側の温度測定部12における温度である。蓋体2側の温度測定部22における温度は2200℃とした(以下同様である)。
【0064】
自然冷却後、蓋体2を開けて容体1から残留原料を取り出す。この際、残留原料は、焼結されて一塊となっており、容体1とも固着していないため、残留原料は全て容易に取り出すことができた。残留原料を取り出した容体1の重量を測定し、耐熱試験前に予め測定していた容体1の重量との重量差(減量)を求める。こうして得られた容体1の重量減量を、さらに容体1の内表面積と2300℃で保持した時間とで除する。これにより、Alガスに曝される単位面積および単位時間あたりの重量減量となる重量減量率(g/m
2・h)が求まる。この重量減量率を、各試料に係る黒鉛ルツボG(特に容体1)の耐熱性を示す指標値とした。
【0065】
(3)耐久試験(繰り返し耐久性試験)
耐久試験は、耐熱試験と基本的に同様にして行ったが、試験1回あたり、容体1(外側高さ:40mm×内側高さ:30mm)に充填する原料を50〜70gとし、2300℃の保持時間を7時間とした。そして、自然冷却後に残留原料を取り出し、処理後の容体1の内側にあるTaC膜の状態を、目視と触診により検査し、その被膜に、浮き上がり、クラック、剥離等の損傷が生じていないかをチェックした。
【0066】
TaC膜に損傷が発見された場合、その以降の試験は行わなかった。TaC膜に損傷が無い場合、同様な試験を繰返し行った。この試験の繰返し回数の上限を10回として、TaC膜に損傷が確認されるまで同様な試験を繰り返し行った。この繰返し回数を、各試料に係る黒鉛ルツボG(特に容体1)の耐熱性を示す指標値とした。なお、初回(N=1)の試験はカウントせず、損傷が発見されたときの試験がN回目(逆にいえば、損傷が無く終了した試験が(N−1)回目)なら、繰返し可能回数は(N−2)回とした。
【0067】
《評価》
(1)嵩密度とCTEが異なる黒鉛基材からなる黒鉛ルツボGをそれぞれ用いて、耐熱試験および耐久試験を行った。こうして得られた結果を表1に併せて示した。また、その結果に基づいて、嵩密度と重量減量率の関係を
図2に、熱膨張係数(CTE)と繰返し回数の関係を
図3にそれぞれ示した。さらに、嵩密度および熱膨張係数と総合評価との関係を
図4にまとめて示した。
【0068】
先ず、表1および
図2から明らかなように、嵩密度が1.83g/cm
3 以上(超)、1.84g/cm
3 以上、さらには1.85g/cm
3 以上である黒鉛基材を用いることにより、重量減量率が実質的に0g/cm
3となり、耐熱黒鉛部材の耐熱性を大幅に向上できることが明らかとなった。
【0069】
次に、表1および
図3から明らかなように、CTEが5.8〜6.4(×10
-6/K)さらには5.9〜6.3(×10
-6/K)である黒鉛基材を用いることにより、繰返し使用可能な高耐久性の耐熱黒鉛部材が得られることが明らかとなった。
【0070】
そして
図4から明らかなように、嵩密度およびCTEが共に所定の範囲内にある黒鉛基材を用いることにより、耐熱性と耐久性の両方に非常に優れた耐熱黒鉛部材を得ることができることが明らかとなった。このような耐熱黒鉛部材を用いると、AlN単結晶等の製造コストを大幅に低減できることとなる。
【0071】
(2)観察
各試験後の容体1に形成されていたTaC膜を観察したところ、次のようであった。耐熱試験後の試料1〜4は、いずれもTaC膜にクラック、浮き上がり、剥離等の損傷はなく、良好な状態であった。また、耐久試験後の試料1および試料2も、TaC膜の状態は良好であった。試料3の場合、7回目(繰返し回数:6回目)の耐久試験後、TaC膜に浮き上がりが観られ、触診によりTaC膜の一部が剥離した。試料4の場合、11回目(繰返し回数:10回目)の耐久試験後、試料3と同様な傾向が観られた。従って、表1に示すように、繰返し可能回数は、試料3:5回、試料4:9回とした。
【0072】
耐熱試験後の試料C1〜C3は、いずれも容体1の内底部に、TaC膜の浮き上がりが観られ、触診するとTaC膜が剥離し、下地である黒鉛基材には腐食痕が観られた。耐熱試験後の試料C4は、TaC膜の状態が良好であった。また、耐久試験後の試料C2〜C4は、表1に示すように、わずかな繰返し回数後に、TaC膜の浮き上がり、触診によるTaC膜の剥離、下地である黒鉛基材の腐食等が観られた。試料C1は、耐久試験の結果は悪くなかったが、耐熱試験の結果が試料C2等と同様に好ましくなかった。
【0073】
なお、試料C4では、1回目(繰返し回数:0回目)の耐久試験後、室温まで自然冷却する際に、小さな金属破裂音が数回聞こえた。これは、その冷却過程で、TaC膜と基材との熱膨張係数差に起因して、熱応力による微細クラックがTaC膜に生じたためと推察される。但し、容体1内のTaC膜を目視観察したところ、マクロクラック、浮き上がり、触診による剥離等はなかった。この状況は、2回目(繰返し回数:1回目)の耐久試験後も同様であった。しかし、2回目(繰返し回数:3回目)の耐久試験後、容体1内で、TaC膜の浮き上がりや触診による剥離、下地である黒鉛基材の腐食等が観られた。なお、剥離せずに残存していたTaC膜の断面は鋭い劈開面となっていた。このことから、試料C4のTaC膜は、昇温もしくは高温時の熱応力によりクラックを生じ、そこからAlガスが侵入して、基材から剥離したものと推察された。
【0074】
これらの結果から、耐熱黒鉛部材の耐熱性および耐久性を著しく向上させるためには、その骨材となる黒鉛基材は、CTEが5.8〜6.4(×10
-6/K)さらには5.9〜6.3(×10
-6/K)であると好ましく、その嵩密度が1.83〜2.0(g/cm
3)さらには1.84〜1.95(g/cm
3)であると好ましいといえる。
【0075】
なお、試料C4に係る結果から、骨格を構成する黒鉛基材の嵩密度が好適な範囲内でも、そのCTEが好適な範囲外であると、過酷な環境下で耐熱黒鉛部材を繰返し使用することは困難であることがわかった。また、試料C4のように、嵩密度は比較的大きくても、CTEは低い黒鉛基材もあることから、嵩密度とCTEは、基本的に独立した物性値であり、それらの間に明確な相関がないといえる。
【0076】
《膜厚》
TaC膜の膜厚が異なる黒鉛ルツボGを種々製作して、上述した耐熱試験に供した。これにより、TaC膜の膜厚が耐熱黒鉛部材に及ぼす影響を調べた。具体的には次の通りである。
【0077】
試料1で用いた黒鉛基材と同種(嵩密度とCTEが同じ)の黒鉛基材を用いて、TaC膜の膜厚が100μmおよび150μmである各黒鉛ルツボG(特に容体1)を製作した。膜厚調整は、スラリー塗布時の重量増加量から推定して行った。また、試験終了後に各容体1を切断し、その断面のSEM像から、TaC膜の実際の膜厚を確認した。
【0078】
膜厚が100μmの試料でも150μmの試料でも、いずれも試験後のTaC膜に損傷はなく、良好な状態が維持されていた。これらのことから、本実施例に係る耐熱試験を行う場合なら、TaC膜の膜厚は50μm以上さらには75μm以上であると好ましいといえる。そして、製造コスト(特にTaCの原料コスト)を考慮すると、膜厚は300μm以下さらには200μm以下であると好ましい。
【0079】
なお、膜厚は耐熱黒鉛部材の用途・仕様に応じて調整され得る。TaC膜の膜厚が50μm以下(未満)でも、耐熱黒鉛部材として十分な場合も多いと考えられる。
【0080】
【表1】