特許第6332785号(P6332785)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6332785揮発性成分の放出促進方法、植物の栽培方法及び栽培システム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6332785
(24)【登録日】2018年5月11日
(45)【発行日】2018年5月30日
(54)【発明の名称】揮発性成分の放出促進方法、植物の栽培方法及び栽培システム
(51)【国際特許分類】
   A01G 7/00 20060101AFI20180521BHJP
   A01G 22/00 20180101ALI20180521BHJP
【FI】
   A01G7/00 604Z
   A01G1/00 301Z
【請求項の数】9
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2013-240262(P2013-240262)
(22)【出願日】2013年11月20日
(65)【公開番号】特開2015-97518(P2015-97518A)
(43)【公開日】2015年5月28日
【審査請求日】2016年11月4日
(73)【特許権者】
【識別番号】504203572
【氏名又は名称】国立大学法人茨城大学
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 達雄
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 守文
(72)【発明者】
【氏名】江口 ゆみ
(72)【発明者】
【氏名】小谷 博光
【審査官】 田辺 義拓
(56)【参考文献】
【文献】 特表2008−516749(JP,A)
【文献】 特開2009−225715(JP,A)
【文献】 特開平10−164986(JP,A)
【文献】 特開平02−289258(JP,A)
【文献】 芳野未央子,湯温浸漬を用いた熱ショックにより誘導されるキュウリの灰色かび病抵抗性とその機作,園芸学研究,2011年,vol.10 No.3,p.429-433
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G 7/00
A01G 22/00−22/67
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
揮発性成分を放出するハーブ類植物に対して、温度条件を50℃とした場合に10〜30秒とし、温度条件を40℃とした場合に1〜3分とする熱ショックを与えることを特徴とする、揮発性成分の放出促進方法。
【請求項2】
揮発性成分を放出するハーブ類植物と栽培対象植物とを近接して栽培し、当該ハーブ類植物とともに上記栽培対象植物に対して、温度条件を50℃とした場合に10〜30秒とし、温度条件を40℃とした場合に1〜3分とする熱ショックを与える工程を含む、植物の栽培方法。
【請求項3】
上記栽培対象植物はイチゴであることを特徴とする請求項2記載の植物の栽培方法。
【請求項4】
上記ハーブ類植物はセージ及び/又はレモンハーブであることを特徴とする請求項2記載の植物の栽培方法。
【請求項5】
揮発性成分を放出するハーブ類植物と栽培対象植物とを近接して栽培し、当該ハーブ類植物とともに上記栽培対象植物に対して熱ショックを与える工程を含む、栽培対象植物における灰色かび病の防除方法。
【請求項6】
上記熱ショックは、35〜55℃とすることを特徴とする請求項5記載の灰色かび病の防除方法。
【請求項7】
上記熱ショックは、温度条件を50℃とした場合に10〜30秒とし、温度条件を40℃とした場合に1〜3分とすることを特徴とする請求項5記載の灰色かび病の防除方法。
【請求項8】
上記栽培対象植物はイチゴであることを特徴とする請求項5記載の灰色かび病の防除方法。
【請求項9】
上記ハーブ類植物はセージ及び/又はレモンハーブであることを特徴とする請求項5記載の灰色かび病の防除方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハーブ類植物からの揮発性成分の放出を促進する方法、当該方法を利用して植物を栽培する方法、及び当該方法を利用した植物の栽培システムに関する。
【背景技術】
【0002】
非特許文献1には、病害虫防除に対する化学合成農薬の代替技術として、例えばイチゴに対して温湯を用いて熱ショックを与えることで病害抵抗性を誘導する防除技術が開示されている。また、特許文献1には、この防除技術を可能とする農業用植物の熱ショック処理装置及び熱ショック処理方法が開示されている。なお、熱ショックによる病害抵抗性誘導には、葉中サリチル酸含量の増加によって誘導される全身獲得抵抗性の関与が示唆されている。
【0003】
また、非特許文献2には、温湯による熱ショック処理後にイチゴ葉から揮発性成分が分泌され、その結果、抗菌活性を示す可能性を示唆している。
【0004】
しかし、上述したような種々の技術を利用して、植物に対して全身獲得抵抗性を誘導したり、揮発性成分の分泌を促進したとしても、種々の病害をより高度に抑制する技術が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−225715号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】佐藤達雄、2011、「熱ショックによる野菜の病害抵抗の誘導」、植物防疫、65(5): 303-307
【非特許文献2】佐々木克宗ら、2009、84.「イチゴ葉の温湯処理による炭疽病菌抵抗性誘」(口頭発表 )、植物化学調節会研究発表記録集 44: 98
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、本発明は、このような実情に鑑み、抗菌性物質等の揮発性成分の放出を促進する方法、当該方法を利用して植物を栽培する方法、及び当該方法を利用した植物の栽培システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述した目的を達成するため、本発明者等が鋭意検討した結果、揮発性成分を放出するハーブ類植物に対して熱ショックを与えることで、当該揮発性成分をより大量に放出することを見いだし、本発明を完成するに至った。本発明は以下を包含する。
【0009】
(1)揮発性成分を放出するハーブ類植物に対して熱ショックを与えることを特徴とする、揮発性成分の放出促進方法。
(2)上記熱ショックは、35〜55℃とすることを特徴とする(1)記載の揮発性成分の放出促進方法。
(3)上記熱ショックは、40〜50℃とすることを特徴とする(1)記載の揮発性成分の放出促進方法。
(4)上記熱ショックは、温度条件を50℃とした場合に10〜30秒とし、温度条件を40℃とした場合に1〜3分とすることを特徴とする(1)記載の揮発性成分の放出促進方法。
(5)上記ハーブ類植物は、シソ科植物、フウロソウ科植物及びセリ科植物のいずれかであることを特徴とする(1)記載の揮発性成分の放出促進方法。
(6)上記ハーブ類植物は、バジル、タイム、セージ、レモンバーム、ゼラニウム及びコリアンダーのいずれかであることを特徴とする(1)記載の揮発性成分の放出促進方法。
(7)上記揮発性成分は抗菌性物質であることを特徴とする(1)記載の揮発性成分の放出促進方法。
(8)上記揮発性成分はp-シメン、γ-テルピネン、チモール及びカンファーからなる群から選ばれる少なくとも1種以上の化合物であることを特徴とする(1)記載の揮発性成分の放出促進方法。
(9)揮発性成分を放出するハーブ類植物と栽培対象植物とを近接して栽培し、当該ハーブ類植物に対して熱ショックを与える工程を含む、植物の栽培方法。
(10)上記工程では、上記ハーブ類植物とともに上記栽培対象植物に対して熱ショックを与えることを特徴とする(9)記載の植物の栽培方法。
(11)上記栽培対象植物に対して熱ショックを与える工程を更に含むことを特徴とする(9)記載の植物の栽培方法。
(12)上記ハーブ類植物に対する上記熱ショックは、35〜55℃とすることを特徴とする(9)記載の植物の栽培方法。
(13)上記ハーブ類植物に対する上記熱ショックは、40〜50℃とすることを特徴とする(9)記載の植物の栽培方法。
(14)上記ハーブ類植物に対する上記熱ショックは、温度条件を50℃とした場合に10〜30秒とし、温度条件を40℃とした場合に1〜3分とすることを特徴とする(9)記載の植物の栽培方法。
(15)上記ハーブ類植物は、シソ科植物、フウロソウ科植物及びセリ科植物のいずれかであることを特徴とする(9)記載の植物の栽培方法。
(16)上記ハーブ類植物は、バジル、タイム、セージ、レモンバーム、ゼラニウム及びコリアンダーのいずれかであることを特徴とする(9)記載の植物の栽培方法。
(17)上記揮発性成分は抗菌性物質であることを特徴とする(9)記載の植物の栽培方法。
(18)上記揮発性成分はp-シメン、γ-テルピネン、チモール及びカンファーからなる群から選ばれる少なくとも1種以上の化合物であることを特徴とする(9)記載の植物の栽培方法。
(19)揮発性成分を放出するハーブ類植物と栽培対象植物とを近接して栽培する栽培部と、当該栽培部の当該ハーブ類植物に対して熱ショックを与える熱ショック負荷手段とを備える、植物の栽培システム。
(20)上記熱ショック負荷手段は、上記ハーブ類植物とともに上記栽培対象植物に対して熱ショックを与えることを特徴とする(19)記載の植物の栽培システム。
(21)上記熱ショック負荷手段は、列状に生育する植物に沿って移動する手段を有するカバーと、温湯発生装置と、上記カバーの内部に温湯を噴霧する噴霧手段とを有することを特徴とする(19)記載の植物の栽培システム。
(22)上記熱ショック負荷手段は、上記ハーブ類植物に対して35〜55℃の熱ショックを負荷することを特徴とする(19)記載の植物の栽培システム。
(23)上記熱ショック負荷手段は、上記ハーブ類植物に対して40〜50℃の熱ショックを負荷することを特徴とする(19)記載の植物の栽培システム。
(24)上記熱ショック負荷手段は、上記ハーブ類植物に対する上記熱ショックを、温度条件を50℃とした場合に10〜30秒とし、温度条件を40℃とした場合に1〜3分とすることを特徴とする(19)記載の植物の栽培システム。
(25)上記ハーブ類植物は、シソ科植物、フウロソウ科植物及びセリ科植物のいずれかであることを特徴とする(19)記載の植物の栽培システム。
(26)上記ハーブ類植物は、バジル、タイム、セージ、レモンバーム、ゼラニウム及びコリアンダーのいずれかであることを特徴とする(19)記載の植物の栽培システム。
(27)上記揮発性成分は抗菌性物質であることを特徴とする(19)記載の植物の栽培システム。
(28)上記揮発性成分はp-シメン、γ-テルピネン、チモール及びカンファーからなる群から選ばれる少なくとも1種以上の化合物であることを特徴とする(19)記載の植物の栽培システム。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ハーブ類植物からの揮発性成分をより大量に放出させることができる。本発明に係る揮発性成分の放出促進方法によれば、ハーブ類植物から放出された揮発性成分を利用して、当該ハーブ類植物と近接する植物に対して抗菌効果を奏することができる。したがって、本発明を適用することにより、植物病原菌により病害を抑制することができ、目的とする植物の収量を大幅に向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】スイートバジルに熱ショック処理を行ったときの灰色かび病菌の菌糸伸長に及ぼす影響を検討した結果を示す特性図である。
図2】セージに熱ショック処理を行ったときの灰色かび病菌の菌糸伸長に及ぼす影響を検討した結果を示す特性図である。
図3】レモンバームに熱ショック処理を行ったときの灰色かび病菌の菌糸伸長に及ぼす影響を検討した結果を示す特性図である。
図4】タイムに熱ショック処理を行ったときの灰色かび病菌の菌糸伸長に及ぼす影響を検討した結果を示す特性図である。
図5】ゼラニウムに熱ショック処理を行ったときの灰色かび病菌の菌糸伸長に及ぼす影響を検討した結果を示す特性図である。
図6】コリアンダーに熱ショック処理を行ったときの灰色かび病菌の菌糸伸長に及ぼす影響を検討した結果を示す特性図である。
図7】タイムに熱ショック処理を行ったときのp-シメンの揮発量を検討した結果を示す特性図である。
図8】タイムに熱ショック処理を行ったときのγ-テルピネンの揮発量を検討した結果を示す特性図である。
図9】タイムに熱ショック処理を行ったときのチモールの揮発量を検討した結果を示す特性図である。
図10】セージに熱ショック処理を行ったときのカンファーの揮発量を検討した結果を示す特性図である。
図11】p-シメン(標品)の濃度による灰色かび病菌の菌糸伸長に及ぼす影響を検討した結果を示す特性図である。
図12】γ-テルピネン(標品)の濃度による灰色かび病菌の菌糸伸長に及ぼす影響を検討した結果を示す特性図である。
図13】イチゴとセージを混植し、熱ショック処理を行ったときのイチゴに対する灰色かび病への罹病抑制効果を検討した結果を示す特性図である。
図14】イチゴとレモンバームを混植し、熱ショック処理を行ったときのイチゴに対する灰色かび病への罹病抑制効果を検討した結果を示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明に係る揮発性成分の放出促進方法とは、揮発性成分を放出するハーブ類植物に対して熱ショックを与えることに特徴がある。ここでハーブ類植物とは、特に限定されないが、精油に起因する特有の芳香を生じる植物を意味する。特に、ハーブ類植物としては、殺虫効果、抗酸化活性及び抗菌活性等を有する精油を生産するものを対象とすることが好ましい。このようなハーブ類植物としては、特に限定されないが、シソ科植物、フウロソウ科植物及びセリ科植物を挙げることができる。
【0013】
シソ科植物に属するハーブ類植物としては、例えば、バジル、タイム、セージ、レモンバーム、シソ、ミント、ローズマリー、マジョラム、オレガノ、ヒソップ、エゴマ、セイボリー、ラベンダー、ホアハウンド、イヌハッカ、チクマハッカ及びクラリセージ等を挙げることができる。
【0014】
フウロソウ科植物に属するハーブ類植物としては、例えば、ゼラニウムを挙げることができる。
【0015】
セリ科に属するハーブ類植物としては、例えば、アニス、イノンド、アンゼリカ、チャービル、コリアンダー、ミツバ、フェンネル、ロベッジ及びパセリを挙げることができる。
【0016】
なお、ハーブ類植物としては、シソ科、フウロソウ科或いはセリ科に属するもの以外に、例えば、ネギ科やキク科に属するものを対象としてもよい。
【0017】
特にハーブ類植物としては、セージ、ローズマリー、オレガノ、レモンバーム等の抗酸化成分を含むものを対象とすることが好ましい。また、ハーブ類植物としては、抗菌成分を含むバジル、タイム、セージ、レモンバーム、ゼラニウム及びコリアンダーを対象とすることが好ましい。
【0018】
また、これらハーブ類植物が放出する揮発性成分とは、特に限定されないが、抗菌性成分であることが好ましい。抗菌性成分とは、微生物の増殖を抑制する活性を有する物質である。抗菌性成分としては、特に限定されないが、例えば、植物病原菌として知られている微生物(例えば、糸状菌等の真菌や、細菌)に対する殺菌効果、増殖抑制効果、当該微生物の植物に対する感染予防効果、植物における抵抗性向上効果及び植物における防御反応誘導効果のうち少なくとも1つの効果を有する物質を意味する。このような抗菌性成分等の揮発性成分については、その成分の構造が同定されていてもよいし、構造が未知であってもよい。
【0019】
ハーブ類植物が放出する揮発性成分のうち抗菌性成分としては、特に限定されないが、p-シメン、γ-テルピネン、チモール及びカンファーを挙げることができる。これら以外でも、揮発性成分のうち抗菌性成分としては、例えばカルバクロール、シトラール、ゲラニオール、ペリルアルデヒド、メチルオイゲノールを挙げることができる。
【0020】
また、ハーブ類植物が放出する揮発性成分としては、抗菌性成分に限定されず、例えば殺虫性成分や昆虫忌避性成分を挙げることができる。これら殺虫性成分や昆虫忌避性成分としては、例えばチモール、アネトール、シトロネラール、オイゲノール、カルバクロール、α-テルピネオール、テルピネン-4-オールを挙げることができる。
【0021】
本発明に係る揮発性成分の放出促進方法では、上述したようなハーブ類植物に熱ショックを与えることで、上述のような揮発性成分の放出を促進する。熱ショックを与えるとは、ハーブ類植物からの揮発性成分の放出量が増大するよう、所定の温度及び時間にハーブ類植物をさらす処理を意味する。熱ショックの温度及び時間は、特に限定されず、ハーブ類植物の種類、揮発性成分の種類に応じて適宜設定することができる。具体的に、熱ショックの温度としては、35〜55℃とすることができ、40〜50℃とすることが好ましい。
【0022】
また、熱ショックは、比較的に高温度であれば短い処理時間とし、比較的に低温度であれば長い処理時間となるように条件を設定することが好ましい。例えば、温度条件を50℃とした場合に10〜30秒とし、温度条件を40℃とした場合に1〜3分とすることが好ましい。
【0023】
熱ショックをハーブ類植物に負荷する方法としては、特に限定されないが、ハーブ類植物を温湯に浸漬する方法、ハーブ類植物に温湯を噴霧する方法、ハーブ類植物に温風を当てる方法のいずれであっても良い。特に、熱ショックをハーブ類植物に負荷する方法としては、特開2009−225715号公報や佐藤達雄、2011、「熱ショックによる野菜の病害抵抗の誘導」、植物防疫、65(5): 303-307に開示されたように、ハーブ類植物に温湯を噴霧する方法によることが好ましい。具体的には、列状に生育する植物に沿って移動する手段を有するカバーと、該カバーの内部に所定の温度に温度制御された温湯の霧滴をカバー内部で浮遊するように、温湯発生装置と温湯をカバー内部に噴霧する温湯の噴霧口とを設けた熱ショック処理装置を使用することが好ましい。この熱ショック処理装置によれば、前記のカバーを設けることによって、低エネルギーロスで植物の温度を上昇させ、適切な熱ショック処理を行うことができる。
【0024】
以上で説明した揮発性成分の放出促進方法によれば、ハーブ類植物からの揮発性成分の放出量を向上させることができる。なお、揮発性成分の放出量については、例えばガスクロマトグラフィーを用いて解析することができる。ガスクロマトグラフィーでは、特に限定されないが、例えばn-Decaneを内部標準物質として揮発性成分を定量的に測定することができる。このガスクロマトグラフィーによる定量的解析により、揮発性成分の放出量が向上しているか否か判断することができる。
【0025】
ハーブ類植物から放出された揮発性成分を利用することによって、他の植物を栽培する際に当該揮発性成分に起因する抗菌効果、殺虫効果及び昆虫忌避効果等を期待することができる。すなわち、揮発性成分による上記効果によって、当該植物の生育状態を向上させたり、当該植物或いは植物組織の収率を向上させたりすることができる。以上のように、本発明を適用することで、ハーブ類植物から放出された揮発性成分に起因する抗菌効果、殺虫効果及び昆虫忌避効果を利用した植物の栽培方法及び栽培システムを提供できる。
【0026】
例えば、揮発性成分として抗菌性を有する、p-シメン、γ-テルピネン、チモール及びカンファーといった揮発性成分は、表1に示すように、各種の植物病原菌に対して抗菌性を有することが知られている。よって、表1に示すような揮発性成分の放出を促進することによって、表1に示した植物病原菌に起因する病害の発生を防止した栽培方法及び栽培システムを提供できる。
【0027】
【表1】
【0028】
なお、本発明を適用した栽培方法及び栽培システムでは、揮発性成分として表1に示した物質に限定されず、抗菌効果を奏する対象の植物病原菌としても表1に示した微生物に限定されるものではない。すなわち、放出促進される揮発性成分の種類に応じて、表1に示した微生物以外の細菌、酵母のような単細胞真核微生物、カビ等を含む糸状菌及びキノコ等の担子菌に対する抗菌効果を奏することができ、その結果、それら植物病原菌に起因する種々の病害を防止することができる。防止可能な病害としては、灰色カビ病、うどんこ病、炭疽病、芽枯病、萎黄病、黒色根腐れ病、菌核病、じゃのめ病、葉枯病、青枯病、輪紋病、立枯れ病及び灰斑病等を挙げることができる。
【0029】
また、病害から保護できる植物としては、特に限定されないが、上述した植物病原菌が宿主として感染する植物である。具体的には、農業的又は商業的に重要な植物、たとえば、穀類、花、野菜、果物等の作物植物を保護対象の植物とすることができる。
【0030】
具体的には、イネ、コムギ、オオムギ、ライムギ、カラスムギ、ハトムギ、キビ、アワ、ヒエ、シコクビエ、トウモロコシ、モロコシ、コウリャン、ソルガム、サトウキビ、タケ、ササ、マコモ、ススキ、ヨシ、シバ、ショウガ、ミョウガ、エンバク等の単子葉植物を保護対象とすることができる。或いは、タバコ、トマト、ナス、ピーマン、トウガラシ、ペチュニア等のナス科植物;インゲンマメ、ダイズ、ピーナッツ、ヒラマメ、エンドウ、ソラマメ、ササゲ、クズ、スイートピー、タマリンド等のマメ科植物;イチゴ、バラ、ウメ、サクラ、リンゴ、ナシ、モモ、ビワ、アーモンド、スモモ、カリン、サンザシ、ボケ、ヤマブキ等のバラ科植物;キュウリ、ウリ、カボチャ、メロン、スイカ、ヘチマ等のウリ科植物;ユリ、ネギ、タマネギ等のユリ科植物;レタス、キャベツ、ダイコン、ハクサイ等のアブラナ科植物;ブドウ等のブドウ科植物;ミカン、オレンジ、グレープフルーツ、レモン、ユズ等のミカン科植物;オクラ等のアオイ科植物等が挙げられる。
【0031】
このような栽培対象の植物は、通常の栽培条件と同様にして、所定の間隔となるように播種するか苗を定植する。このとき、本発明に係る栽培方法及び栽培システムでは、揮発性成分を放出するハーブ類植物を栽培対象の植物に近接して生育させる。ここで、ハーブ類植物を栽培対象の植物に近接して生育させるとは、ハーブ類植物を栽培対象の植物とともに播種又はその苗を植え付けても良いし、別途異なる場所にて生育したハーブ類植物を移植しても良い。
【0032】
なお、ハーブ類植物は、栽培対象の植物が一列に植え付けられた場合、隣接する栽培対象の植物の間に配置するようにしても良いし、隣接する栽培対象の植物2株に1つとなるようにハーブ類植物を配置しても良い。また、ハーブ類植物は、栽培対象の植物が一列に植え付けられた場合、栽培対象の植物の列に並列するように配置されても良い。
【0033】
また、ハーブ類植物に対して熱ショックを与える際には、ハーブ類植物のみに熱ショックを与えても良いが、近接している栽培対象の植物に対して同様な熱ショックが与えられても良い。佐藤達雄、2011、「熱ショックによる野菜の病害抵抗の誘導」、植物防疫、65(5): 303-307に開示されるように、熱ショックを与えることによって種々の植物において病害抵抗性が誘導されるからである。ハーブ類植物に対する熱ショックの条件を、上述したように35〜55℃(好ましくは40〜50℃)とし、また、温度条件を50℃とした場合に10〜30秒とし、温度条件を40℃とした場合に1〜3分とすると、種々の植物において病害抵抗性が誘導される熱ショックの条件と合致するため、近接している栽培対象の植物と同時に熱ショックを与えることができる。
【0034】
さらに、本発明に係る栽培システムは、上述したハーブ類植物と栽培対象の植物とを栽培した栽培部と、当該ハーブ類植物に対して熱ショックを与える熱ショック負荷手段とを備える。ここで、栽培部とは、露地栽培においては「うね」を意味し、ハウス栽培における栽培棚を意味する。熱ショック負荷手段としては、例えば特開2009−225715号公報に開示された熱ショック処理装置を利用することができる。特開2009−225715号公報に開示された熱ショック処理装置は、列状に生育する植物に沿って移動する手段を有するカバーと、温湯発生装置と、上記カバーの内部に温湯を噴霧する噴霧手段とを有する。このような熱ショック処理装置では、カバー内部に収容されたハーブ類植物及び栽培対象の植物に対して、湯温を噴霧することで所望の熱ショックを与えることができる。
【実施例】
【0035】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0036】
〔実施例1〕
1) 灰色かび病菌(Botrytis cinerea)の培養
2007年に茨城大学農学部附属フィールドサイエンス教育研究センターで栽培していたイチゴから採取し,単胞子分離した灰色かび病菌(Botrytis cinerea)株を用いた。後述する抗菌活性試験の3日前に直径90mmのシャーレに15ml分注したポテトデキストロース寒天(PDA)培地で菌体の培養を開始し、試験直前に菌糸伸長部を直径5mmのコルクボーラーで打ち抜いて使用した。各培地上の3箇所に打ち抜いた菌叢を寒天ごと置床し、各試験に用いた。
【0037】
2) 植物に対する温湯浸漬による熱ショック
供試材料として茨城大学農学部附属フィールドサイエンス教育研究センター内にあるプラスチックフィルムハウスにて栽培したスイートバジル(Ocimum basilicum)、セージ(Salvia officinalis)、レモンバーム(Melissa officinalis)、タイム(Thymus vulgaris)、ゼラニウム(Pelargonium×fragruns'Nutmug')及びコリアンダー(Coriandrum sativum L.)を使用した。熱ショック処理の温度を50℃とし、常温(25℃)の水(水処理)を対照として合計2水準とした。処理時間を20秒とし、温湯または水を満たした発泡スチロール製容器(縦17.5×横25×深さ17.3cm、容積7.5L)にそれぞれの試験設定の分量に取り分けた茎葉を浸漬することで熱ショックを行った。
【0038】
3) 植物から放出される揮発性成分による菌糸伸長におよぼす影響
灰色かび病菌の菌叢を3か所に置床したシャーレの蓋を開け、縦15.5×横21.5×深さ9.5cmの容器に入れた。温湯または水で処理を行ったバジルの葉3gを、滅菌水3mlで湿らせたロックウールキューブ(2×2×2cm)に挿して、縦8.2×横5.2×深さ2.5cmの容器に入れ、シャーレを置いた容器中に静置した。葉から放出される揮発性成分が漏出するのを防ぐため、即座に蓋をテープでとめて密閉した。対照として植物体を導入しない容器を用意し、水処理,熱ショック処理と合わせて合計3処理を1処理当たり3反復ずつ準備した。25℃、暗黒下で2日間インキュベートし、ノギスで菌叢の直径を測定した。
【0039】
4) 結果
上記3)で測定した菌糸伸長に及ぼす影響について、スイートバジル(Ocimum basilicum)、セージ(Salvia officinalis)、レモンバーム(Melissa officinalis)、タイム(Thymus vulgaris)、ゼラニウム(Pelargonium×fragruns'Nutmug')及びコリアンダー(Coriandrum sativum L.)を使用したときの結果をぞれぞれ図1〜6に示した。
【0040】
図1から判るように、各処理後のバジルの葉を導入した容器内のシャーレの灰色かび病菌の菌糸の伸長では、いずれの処理においても対照区に対して有意な差が認められなかった。しかし、熱ショックによって灰色かび病菌の菌糸伸長は抑制される傾向があることが判った。試料をより多くするなどして、バジルの葉より灰色かび病菌に対する抗菌活性を有する揮発性成分をより大量に放出できる可能性が示された。
【0041】
図2から判るように、熱ショック処理後のセージを導入した容器の灰色かび病菌では、対照区と比較して菌糸の伸長が有意に抑制された。本実施例により、温湯浸漬による熱ショック処理によりセージの葉から、灰色かび病菌の生育を阻害する成分が放出されたことが示された。
【0042】
図3に示すように、レモンバームにおいては、水処理区では対照区に比べて灰色かび病菌の菌糸伸長が有意に抑制された。しかしながら、熱ショック処理区と水処理区又は熱ショック処理区と対照区との間にはいずれも有意な差はなかった。ただし、熱ショック処理区と対照区との比較から、熱ショックによって灰色かび病菌の菌糸伸長は抑制される傾向があることが判った。図3に示すように、水処理において対照区と比較して有意に菌糸伸長が抑制されたことから、レモンバームからの分泌物に灰色かび病菌に対して抗菌活性を持つ揮発性成分が存在するものの、熱により分解または瞬間的に揮散したと考えられた。よって、熱ショック条件をより緩和したりするなどして、レモンバームの葉より灰色かび病菌に対する抗菌活性を有する揮発性成分をより大量に放出できる可能性が示された。
【0043】
図4に示すように、タイムにおいては、熱ショック処理区の灰色かび病菌の菌糸の伸長では、水処理区及び対照区と比較すると有意な差が認められ、有意に菌糸伸長が抑制された。本実施例により、温湯浸漬による熱ショック処理によりタイムの葉から、灰色かび病菌の生育を阻害する成分が放出されたことが示された。
【0044】
図5に示すように、ゼラニウムにおいては、熱ショック処理区の灰色かび病菌の菌糸の伸長では、水処理区及び対照区と比較すると有意な差が認められ、有意に菌糸伸長が抑制された。本実施例により、温湯浸漬による熱ショック処理によりゼラニウムの葉から、灰色かび病菌の生育を阻害する成分が放出されたことが示された。
【0045】
図6に示すように、コリアンダーにおいては、熱ショック処理区の灰色かび病菌の菌糸の伸長では、水処理区と比較すると有意な差が認められ、有意に菌糸伸長が抑制された。ただし、熱ショック処理区と対照区との比較から、熱ショックによって灰色かび病菌の菌糸伸長は抑制される傾向があることが判った。
【0046】
以上の結果より、本実施例で使用したスイートバジル、セージ、レモンバーム及びタイムが属するシソ科植物、ゼラニウムが属するフウロソウ科植物及びコリアンダーが属するセリ科植物に対して、熱ショックを与えることで抗菌活性を有する揮発性成分の放出を促進できることが示された。
【0047】
〔実施例2〕
本実施例では、タイム及びセージに対する熱ショックによる、抗菌活性を有する揮発性成分の放出促進効果を検証した。
【0048】
事前に、温湯浸漬による熱ショック処理を行ったタイムの茎葉及びセージの葉から放出される抗菌活性を有する揮発性成分をガスクロマトグラフィーで同定した。その結果、熱ショック処理を行ったタイムの茎葉からは、p-シメン、γ-テルピネン及びチモールが同定され、セージの葉からはカンファーが同定された。
【0049】
各処理を行ったタイムの茎葉0.5gずつを同様にガラス容器にいれ、内部標準物質としてn-デカンを用い、100ppmのn-デカンを5μlずつ試料の入ったガラス容器に添加して密閉した。保持時間10.35分、11.12分及び15.47分の候補物質をp-シメン,γ-テルピネン及びチモールとした。各物質のピークの面積はその物質の濃度に比例するため、内部標準物質のピーク面積に対する分析対象物質ピーク面積の比を求め、水処理後の分析対象物質の揮発量に対する熱ショック処理後の分析対象物質の揮発量の増減比を算出した。なお、サンプルはそれぞれの処理につき、3回、3個体ずつ分析を行った。
【0050】
また、同様に各処理を行ったセージの茎葉0.5gずつ用いて、保持時間13.02分の候補物質をカンファーとして同様に分析した。
【0051】
タイムの茎葉から放出されたp-シメン、γ-テルピネン及びチモールの定量結果をそれぞれ図7〜9に示し、セージの葉から放出されたカンファーの定量結果を図10に示した。図7〜10に示したように、p-シメン、γ-テルピネン、チモール及びカンファーといった抗菌活性を有する揮発性成分は、熱ショック処理を行うことでハーブ類植物より大量に放出されることが示された。図7〜10に示すように、これら抗菌性活性を有する揮発性成分の放出促進効果は、ハーブ類植物以外の植物と比較すると著しく優れていることが明らかとなった(図示せず)。
【0052】
なお、p-シメン及びγ-テルピネンについては、市販の標品を使った抗菌活性の評価により、それぞれ50ppm程度の濃度で抗菌活性を有することが示された(図11及び12)。図11及び12に示した結果は、灰色かび病菌の菌叢の乗ったPDA培地のシャーレの蓋に、p-シメン或いはγ-テルピネンを含ませたペーパーディスクを静置し、2日間、25℃暗黒下でインキュベートした後、菌糸伸長径を測定した結果である。なお、p-シメン及びγ-テルピネンの最終濃度は、シャーレ内の気層部分に0、50、100及び500ppmとなるように調整した。
【0053】
〔実施例3〕
本実施例では、ハーブ類植物とイチゴとを混植し、ハーブ類植物に熱ショックを与えることでイチゴに対する灰色かび病の罹病を抑制できるか検討した。本実施例では、ハーブ類植物としてセージとレモンバームを使用した。
【0054】
イチゴ促成栽培において、ビニールハウス内に設置された高設ベンチにイチゴ品種「とちおとめ」を2013年9月10日に株間20cm、2条に栽植するとともに条間に80cm間隔でセージ及びレモンバームを栽植した。「とちおとめ」の苗は慣行の管理により当年に親株から育成された。セージ及びレモンバームは5月16日に播種し、直径7.5cmのポリ鉢で草丈がそれぞれ10、20cm以上になるまで育成された苗を用いた。養液には「大塚A処方(大塚化学社製)」を用い、側窓換気温度15℃、天窓換気温度25℃、暖房温度8℃として内気温管理を行った。翌年1月14日から3月21日まで、灰色かび病に罹病した果実を発見次第摘除し、その重量を記録した。1処理当たり5株の調査を行った。
【0055】
セージを混植したときの灰色かび病に罹病した果実重を測定した結果を図13に示し、レモンバームを混植したときの灰色かび病に罹病した果実重を測定した結果を図14に示した。なお、図13及び14において「熱ショック処理」とは、単独で栽培したイチゴに対して熱ショックを与えたときの結果を示している。図13及び14に示すように、イチゴとセージ又はレモンバームとを混植して、これらに熱ショックを与えることでイチゴに対する灰色かび病への罹病を抑制できることが示された。特にレモンバームをイチゴと混植した場合には、灰色かび病への罹病を大きく抑制できることが示された。この結果は、レモンバームによる灰色かび病菌の菌糸伸長抑制実験の結果(図3)からは予測できない優れた効果であると言える。
図1
図2
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図13
図14