【実施例】
【0035】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0036】
〔実施例1〕
1) 灰色かび病菌(Botrytis cinerea)の培養
2007年に茨城大学農学部附属フィールドサイエンス教育研究センターで栽培していたイチゴから採取し,単胞子分離した灰色かび病菌(Botrytis cinerea)株を用いた。後述する抗菌活性試験の3日前に直径90mmのシャーレに15ml分注したポテトデキストロース寒天(PDA)培地で菌体の培養を開始し、試験直前に菌糸伸長部を直径5mmのコルクボーラーで打ち抜いて使用した。各培地上の3箇所に打ち抜いた菌叢を寒天ごと置床し、各試験に用いた。
【0037】
2) 植物に対する温湯浸漬による熱ショック
供試材料として茨城大学農学部附属フィールドサイエンス教育研究センター内にあるプラスチックフィルムハウスにて栽培したスイートバジル(Ocimum basilicum)、セージ(Salvia officinalis)、レモンバーム(Melissa officinalis)、タイム(Thymus vulgaris)、ゼラニウム(Pelargonium×fragruns'Nutmug')及びコリアンダー(Coriandrum sativum L.)を使用した。熱ショック処理の温度を50℃とし、常温(25℃)の水(水処理)を対照として合計2水準とした。処理時間を20秒とし、温湯または水を満たした発泡スチロール製容器(縦17.5×横25×深さ17.3cm、容積7.5L)にそれぞれの試験設定の分量に取り分けた茎葉を浸漬することで熱ショックを行った。
【0038】
3) 植物から放出される揮発性成分による菌糸伸長におよぼす影響
灰色かび病菌の菌叢を3か所に置床したシャーレの蓋を開け、縦15.5×横21.5×深さ9.5cmの容器に入れた。温湯または水で処理を行ったバジルの葉3gを、滅菌水3mlで湿らせたロックウールキューブ(2×2×2cm)に挿して、縦8.2×横5.2×深さ2.5cmの容器に入れ、シャーレを置いた容器中に静置した。葉から放出される揮発性成分が漏出するのを防ぐため、即座に蓋をテープでとめて密閉した。対照として植物体を導入しない容器を用意し、水処理,熱ショック処理と合わせて合計3処理を1処理当たり3反復ずつ準備した。25℃、暗黒下で2日間インキュベートし、ノギスで菌叢の直径を測定した。
【0039】
4) 結果
上記3)で測定した菌糸伸長に及ぼす影響について、スイートバジル(Ocimum basilicum)、セージ(Salvia officinalis)、レモンバーム(Melissa officinalis)、タイム(Thymus vulgaris)、ゼラニウム(Pelargonium×fragruns'Nutmug')及びコリアンダー(Coriandrum sativum L.)を使用したときの結果をぞれぞれ
図1〜6に示した。
【0040】
図1から判るように、各処理後のバジルの葉を導入した容器内のシャーレの灰色かび病菌の菌糸の伸長では、いずれの処理においても対照区に対して有意な差が認められなかった。しかし、熱ショックによって灰色かび病菌の菌糸伸長は抑制される傾向があることが判った。試料をより多くするなどして、バジルの葉より灰色かび病菌に対する抗菌活性を有する揮発性成分をより大量に放出できる可能性が示された。
【0041】
図2から判るように、熱ショック処理後のセージを導入した容器の灰色かび病菌では、対照区と比較して菌糸の伸長が有意に抑制された。本実施例により、温湯浸漬による熱ショック処理によりセージの葉から、灰色かび病菌の生育を阻害する成分が放出されたことが示された。
【0042】
図3に示すように、レモンバームにおいては、水処理区では対照区に比べて灰色かび病菌の菌糸伸長が有意に抑制された。しかしながら、熱ショック処理区と水処理区又は熱ショック処理区と対照区との間にはいずれも有意な差はなかった。ただし、熱ショック処理区と対照区との比較から、熱ショックによって灰色かび病菌の菌糸伸長は抑制される傾向があることが判った。
図3に示すように、水処理において対照区と比較して有意に菌糸伸長が抑制されたことから、レモンバームからの分泌物に灰色かび病菌に対して抗菌活性を持つ揮発性成分が存在するものの、熱により分解または瞬間的に揮散したと考えられた。よって、熱ショック条件をより緩和したりするなどして、レモンバームの葉より灰色かび病菌に対する抗菌活性を有する揮発性成分をより大量に放出できる可能性が示された。
【0043】
図4に示すように、タイムにおいては、熱ショック処理区の灰色かび病菌の菌糸の伸長では、水処理区及び対照区と比較すると有意な差が認められ、有意に菌糸伸長が抑制された。本実施例により、温湯浸漬による熱ショック処理によりタイムの葉から、灰色かび病菌の生育を阻害する成分が放出されたことが示された。
【0044】
図5に示すように、ゼラニウムにおいては、熱ショック処理区の灰色かび病菌の菌糸の伸長では、水処理区及び対照区と比較すると有意な差が認められ、有意に菌糸伸長が抑制された。本実施例により、温湯浸漬による熱ショック処理によりゼラニウムの葉から、灰色かび病菌の生育を阻害する成分が放出されたことが示された。
【0045】
図6に示すように、コリアンダーにおいては、熱ショック処理区の灰色かび病菌の菌糸の伸長では、水処理区と比較すると有意な差が認められ、有意に菌糸伸長が抑制された。ただし、熱ショック処理区と対照区との比較から、熱ショックによって灰色かび病菌の菌糸伸長は抑制される傾向があることが判った。
【0046】
以上の結果より、本実施例で使用したスイートバジル、セージ、レモンバーム及びタイムが属するシソ科植物、ゼラニウムが属するフウロソウ科植物及びコリアンダーが属するセリ科植物に対して、熱ショックを与えることで抗菌活性を有する揮発性成分の放出を促進できることが示された。
【0047】
〔実施例2〕
本実施例では、タイム及びセージに対する熱ショックによる、抗菌活性を有する揮発性成分の放出促進効果を検証した。
【0048】
事前に、温湯浸漬による熱ショック処理を行ったタイムの茎葉及びセージの葉から放出される抗菌活性を有する揮発性成分をガスクロマトグラフィーで同定した。その結果、熱ショック処理を行ったタイムの茎葉からは、p-シメン、γ-テルピネン及びチモールが同定され、セージの葉からはカンファーが同定された。
【0049】
各処理を行ったタイムの茎葉0.5gずつを同様にガラス容器にいれ、内部標準物質としてn-デカンを用い、100ppmのn-デカンを5μlずつ試料の入ったガラス容器に添加して密閉した。保持時間10.35分、11.12分及び15.47分の候補物質をp-シメン,γ-テルピネン及びチモールとした。各物質のピークの面積はその物質の濃度に比例するため、内部標準物質のピーク面積に対する分析対象物質ピーク面積の比を求め、水処理後の分析対象物質の揮発量に対する熱ショック処理後の分析対象物質の揮発量の増減比を算出した。なお、サンプルはそれぞれの処理につき、3回、3個体ずつ分析を行った。
【0050】
また、同様に各処理を行ったセージの茎葉0.5gずつ用いて、保持時間13.02分の候補物質をカンファーとして同様に分析した。
【0051】
タイムの茎葉から放出されたp-シメン、γ-テルピネン及びチモールの定量結果をそれぞれ
図7〜9に示し、セージの葉から放出されたカンファーの定量結果を
図10に示した。
図7〜10に示したように、p-シメン、γ-テルピネン、チモール及びカンファーといった抗菌活性を有する揮発性成分は、熱ショック処理を行うことでハーブ類植物より大量に放出されることが示された。
図7〜10に示すように、これら抗菌性活性を有する揮発性成分の放出促進効果は、ハーブ類植物以外の植物と比較すると著しく優れていることが明らかとなった(図示せず)。
【0052】
なお、p-シメン及びγ-テルピネンについては、市販の標品を使った抗菌活性の評価により、それぞれ50ppm程度の濃度で抗菌活性を有することが示された(
図11及び12)。
図11及び12に示した結果は、灰色かび病菌の菌叢の乗ったPDA培地のシャーレの蓋に、p-シメン或いはγ-テルピネンを含ませたペーパーディスクを静置し、2日間、25℃暗黒下でインキュベートした後、菌糸伸長径を測定した結果である。なお、p-シメン及びγ-テルピネンの最終濃度は、シャーレ内の気層部分に0、50、100及び500ppmとなるように調整した。
【0053】
〔実施例3〕
本実施例では、ハーブ類植物とイチゴとを混植し、ハーブ類植物に熱ショックを与えることでイチゴに対する灰色かび病の罹病を抑制できるか検討した。本実施例では、ハーブ類植物としてセージとレモンバームを使用した。
【0054】
イチゴ促成栽培において、ビニールハウス内に設置された高設ベンチにイチゴ品種「とちおとめ」を2013年9月10日に株間20cm、2条に栽植するとともに条間に80cm間隔でセージ及びレモンバームを栽植した。「とちおとめ」の苗は慣行の管理により当年に親株から育成された。セージ及びレモンバームは5月16日に播種し、直径7.5cmのポリ鉢で草丈がそれぞれ10、20cm以上になるまで育成された苗を用いた。養液には「大塚A処方(大塚化学社製)」を用い、側窓換気温度15℃、天窓換気温度25℃、暖房温度8℃として内気温管理を行った。翌年1月14日から3月21日まで、灰色かび病に罹病した果実を発見次第摘除し、その重量を記録した。1処理当たり5株の調査を行った。
【0055】
セージを混植したときの灰色かび病に罹病した果実重を測定した結果を
図13に示し、レモンバームを混植したときの灰色かび病に罹病した果実重を測定した結果を
図14に示した。なお、
図13及び14において「熱ショック処理」とは、単独で栽培したイチゴに対して熱ショックを与えたときの結果を示している。
図13及び14に示すように、イチゴとセージ又はレモンバームとを混植して、これらに熱ショックを与えることでイチゴに対する灰色かび病への罹病を抑制できることが示された。特にレモンバームをイチゴと混植した場合には、灰色かび病への罹病を大きく抑制できることが示された。この結果は、レモンバームによる灰色かび病菌の菌糸伸長抑制実験の結果(
図3)からは予測できない優れた効果であると言える。