特許第6333057号(P6333057)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6333057
(24)【登録日】2018年5月11日
(45)【発行日】2018年5月30日
(54)【発明の名称】チロシナーゼ阻害剤およびその製造法
(51)【国際特許分類】
   A61K 8/9789 20170101AFI20180521BHJP
   A61Q 19/02 20060101ALI20180521BHJP
【FI】
   A61K8/9789
   A61Q19/02
【請求項の数】3
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2014-101231(P2014-101231)
(22)【出願日】2014年5月15日
(65)【公開番号】特開2015-218120(P2015-218120A)
(43)【公開日】2015年12月7日
【審査請求日】2017年4月24日
(73)【特許権者】
【識別番号】000234328
【氏名又は名称】白井松新薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145953
【弁理士】
【氏名又は名称】真柴 俊一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100087882
【弁理士】
【氏名又は名称】大石 征郎
(72)【発明者】
【氏名】猪飼 勝重
(72)【発明者】
【氏名】西本 有貴
(72)【発明者】
【氏名】野田 君久
【審査官】 片山 真紀
(56)【参考文献】
【文献】 韓国特許第10−2006−0101100(KR,B1)
【文献】 中国特許出願公開第102423353(CN,A)
【文献】 特開2002−029959(JP,A)
【文献】 特開2001−048801(JP,A)
【文献】 特公昭44−021759(JP,B1)
【文献】 特開昭51−144766(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 8/00−8/99、36/738
A61Q 1/00−90/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Japio−GPG/FX
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
減圧機構を備えた乾留装置を用いて含水状態にある植物原料を20〜60℃の温度条件下、かつ、−100〜−96kPaの圧力条件下に乾留したときに留出する成分を「低温減圧乾留留出分(d)」と称しかつその低温減圧乾留操作後にその乾留装置内に残る固体状ないし固形状の残渣を「低温減圧乾留残渣(R)」と称するとき、
前記の植物原料がバラであること、および、
前記の「低温減圧乾留残渣(R)そのもの」またはその「低温減圧乾留残渣(R)からのエタノール濃度が25〜75体積%のエタノール水による抽出物(E)」を有効成分とすること、
を特徴とするチロシナーゼ阻害剤。
【請求項2】
前記バラの水分率が90重量%以下であることを特徴とする請求項1記載のチロシナーゼ阻害剤。
【請求項3】
減圧機構を備えた乾留装置を用いて含水状態にある植物原料を20〜60℃の温度条件下、かつ、−100〜−96kPaの圧力条件下に乾留すること、
前記の植物原料がバラであること、
その低温減圧乾留操作後にその乾留装置内に残る固体状ないし固形状の残渣である「低温減圧乾留残渣(R)」を取得するか、あるいはさらにその「低温減圧乾留残渣(R)」からのエタノール濃度が25〜75体積%のエタノール水による抽出を行うことにより抽出物(E)を取得すること、
を特徴とするチロシナーゼ阻害剤の製造法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物のバラを原料とするチロシナーゼ阻害剤およびその製造法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
[植物由来のメイラード反応抑制剤]
周知のように、メイラード反応とは、還元糖とアミノ化合物(アミノ酸、ペプチド、蛋白質など)とを加熱したときに生ずる褐色物質を生成する「非酵素的な反応」のことである。
この反応が進むと、食品の諸品質が低下するとされている。そこで、食品の品質低下を抑制するためには、メイラード反応を効果的に抑制する物質の開発が望まれる。
また、メイラード反応は生体内においても生じており、そのため老化や皮膚の黒・褐色化の一因となっていたり、糖尿病合併症の一因となっていたりするものとされているので、この観点からも有効かつ安全なメイラード反応抑制剤の開発が望まれる。
このような背景下において、メイラード反応抑制物質(またはメイラード反応抑制剤)を植物から取得する種々の試みがなされている。
【0003】
[植物由来のチロシナーゼ阻害剤]
シミやソバカスは、メラニン色素の生成が原因であると言われている。メラニン色素は、チロシンを基質として「酵素であるチロシナーゼ」が作用し、ドーパ、ドーパキノン等を経て生合成される。従って、チロシナーゼの作用を阻害することができれば、メラニン色素の生成を抑制することができ、美白効果が期待できる。
【0004】
[メイラード反応抑制剤とチロシナーゼ阻害剤]
上述のように、メイラード反応抑制剤とチロシナーゼ阻害剤とは、「美白」という目的において共通するところがあるものの、前者は「非酵素的な反応の抑制」、後者は「酵素であるチロシナーゼの作用の阻害」であり、両者の作用機構は全く別である。
従って、美白などの目的の確実な達成を期するためには、メイラード反応を抑制するのみならず、酵素チロシナーゼの作用を阻害ないし抑制することが不可欠である。
【0005】
しかしながら、メイラード反応抑制剤とチロシナーゼ阻害剤の双方においてすぐれた作用を示し、しかも毒性についての心配のない「機能剤」については、満足できるほどのものが見い出されていないのが現状である。
【0006】
[特にチロシナーゼ阻害剤について]
−1−
植物を原料とするメイラード反応抑制剤にかかる文献は極めて多数あり、植物を原料とするチロシナーゼ阻害剤にかかる文献もかなりの数の文献があるが、メイラード反応抑制剤およびチロシナーゼ阻害剤の双方について有効な作用を示す機能剤にかかる文献は少なく、ましてそれら双方について確実かつすぐれた作用を示す機能剤にかかる文献は少ないものと思われる。
この場合、メイラード反応抑制剤としては合格であっても、チロシナーゼ阻害剤としての作用が不足することが多いようである。本発明に関連して本発明者らが種々の植物を用いて実験を行った経験からも、メイラード反応抑制活性を持つ植物抽出物は多くあったものの、チロシナーゼに対する有効な阻害活性を有する素質のある植物はバラだけであり、しかも、バラにあっても、単なる溶媒抽出物ではチロシナーゼ阻害剤として有効であるとは言い難かった。
【0007】
−2−
なお、チロシナーゼ阻害剤としての作用がすぐれていれば、たとえメイラード反応抑制剤としての作用は小さくても、他のメイラード反応抑制剤を併用投与ないし併用摂取することにより、双方の機能を得ることができることになる。
しかしながら、メイラード反応抑制剤としての作用とチロシナーゼ阻害剤としての作用のうち、後者のチロシナーゼ阻害剤としての作用がすぐれているものを見い出すことが壁になっているのが現状である。
【0008】
−3−
以下においては、植物由来のチロシナーゼ阻害剤にかかる文献の例としての特許文献1と特許文献2について詳しく説明する。
【0009】
(特許文献1)
−1−
特表2012−502022(特許文献1)の請求項1〜3には、「カナクギノキの抽出物、その溶媒分画物またはそれから分離精製した化合物」を有効成分として含有する皮膚美白用組成物が示されている。
このときの抽出用の溶媒は、水、C1〜C4の低級アルコールまたはそれらの混合溶媒であり、分画用の溶媒は、ヘキサン、塩化メチレン、エチルアセテート、ブタノールである(請求項12)。
【0010】
−2−
その請求項4には、化学式1〜10で表わされる化合物よりなる群から選択される1種以上の化合物を有効成分とする皮膚美白用組成物が示されている。
その請求項11には、化学式10で表わされる化合物が示されている。
【0011】
−3−
この文献の図28図35図38には、チロシナーゼ阻害活性を示すグラフが示されている。
【0012】
−4−
なお、この特許文献1の発明の詳細な説明の欄における上記の化合物についての説明は、後述の−6−の個所で述べるようにその請求項4や請求項9の説明とは矛盾しているものが多く、特許文献1の発明の把握を困難にしている。
もし化学式の表示の方が正しければ化合物名が間違いであるものが多々あり、もし化合物名の方が正しければ化学式が間違いであるものが多々あることになる。化学式と化合物名とのどちらが正しくどちらが誤っているか(あるいは双方とも誤っているか)は決めることができないので、特許文献1の発明の把握ができないことになる。
【0013】
−5−
一例をあげると、請求項4と段落0015の化学式3の化合物3は、段落0066によれば「化合物3はケンフェロール3−O−ラムノピラノシド」とあるが、実験例5にかかる段落0097および段落0100においては「カナクギオール(化合物3)」とあり、また段落0078においては「化合物9は化学式9のカナクギオールと同定された」とあるので、混乱する。
しかも、化学式3の化合物3は、もしその化学式3の方が正しいと仮定したときには、「ケルセチン−3−O−アラビノフラノシド」である。
従って、特許文献1においては、化学式3の化合物として、
・ケンフェロール3−O−ラムノピラノシド
・カナクギオール
・ケルセチン−3−O−アラビノフラノシド
という互いに全く別の物質があげられていることになる。
【0014】
−6−
特許文献1における記載ないし説明には、下記の点においても混乱がある。
ア:請求項4と段落0016の化学式1の化合物
段落0062〜0063の説明:○ケルセチン
段落0095の説明:▲ルシドン(化合物1)
段落0098の説明:▲ルシドン(化合物1)
(注:化学式1を正しいとすれば、○印は正しく、▲印は間違いとなる。)
イ:請求項4と段落0017の化学式2の化合物
段落0064〜0065の説明:○クエルシトリン
段落0096の説明:▲メチルリンデロン(化合物2)
段落0099の説明:▲メチルリンデロン(化合物2)
(注:化学式2を正しいとすれば、○印は正しく、▲印は間違いとなる。)
ウ:請求項4と段落0018の化学式3の化合物
段落0066〜0067の説明:▲ケンフェロール3−O−ラムノピラノシド
段落0097の説明:▲カナクギオール(化合物3)
段落0100の説明:▲カナクギオール(化合物3)
(注:化学式3を正しいとすれば、▲印は間違いとなる。)
エ:請求項4と段落0019の化学式4の化合物
段落0068〜0069の説明:▲ケルセチン3−O−アラビノフラノシド
(注:化学式4を正しいとすれば、▲印は間違いとなる。)
【0015】
−7−
いずれにせよ、特許文献1においては植物のカナクギノキから「抽出物またはその溶媒分画物」を取得しているので、溶媒により抽出しがたい成分は特許文献1において取得している成分とはなり得ないか、あったとしても僅少である。
【0016】
(特許文献2)
特開2010−18530(特許文献2)は、「リンゴ二次残渣物又はチシマザサを原料とするチロシナーゼ阻害活性剤の抽出方法及びそのチロシナーゼ阻害活性組成物」にかかるものである。
なお、特許文献2における「リンゴ二次残渣物」とは、その段落0010の説明によれば、「リンゴジュースを搾る際に発生するしぼりかす」のことである。
特許文献2の請求項1〜8の発明の内容については、請求項の記載を引用するだけではわかりにくいので、以下のように表1〜表8の形で要旨を示すことにする。
【0017】
【表1】
【0018】
【表2】
【0019】
【表3】
【0020】
【表4】
【0021】
【表5】
【0022】
【表6】
【0023】
【表7】
【0024】
【表8】
【先行技術文献】
【特許文献】
【0025】
【特許文献1】特表2012−502022
【特許文献2】特開2010−018530
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0026】
(特許文献1について)
−1−
特許文献1(特表2012−502022)には、クスノキ科のカナクギノキ抽出物(またはその溶媒分画物)を有効成分とする皮膚美白用組成物につき記載があり、これらの抽出物および分画物がチロシナーゼ阻害活性を有することについても記載がある。
また化学式1〜10で表わされる化合物よりなる群から選択される1種以上の化合物を有効成分とするものであることについても記載がある。
その図28には、カナクギノキのエタノール抽出物とその溶媒分画物の種々の濃度についての細胞チロシナーゼ阻害活性を示すグラフが示されている。図35には、ルシドンが表するチロシナーゼ阻害活性を示すグラフが示されている。
【0027】
−2−
しかしながら、特許文献1には、本発明のチロシナーゼ阻害剤における特徴的な構成要件である次の点につき記載がない。
イ:植物原料としてバラを用いること。
ロ:「低温減圧乾留残渣(R)そのもの」またはその「低温減圧乾留残渣(R)からの抽出用の溶媒による抽出物(E)」を有効成分とすること。
【0028】
(特許文献2について)
特許文献2(特開2010−018530)は、リンゴ二次残渣物やチシマザサに関するものであり、本発明のチロシナーゼ阻害剤における特別の特徴的な構成要件である次の点につき記載がない。
イ:植物原料としてバラを用いること。
ロ:「低温減圧乾留残渣(R)そのもの」またはその「低温減圧乾留残渣(R)からの抽出用の溶媒による抽出物(E)」を有効成分とすること。
【0029】
(本発明の目的)
本発明は、このような背景下において、
(1)植物原料としてバラを用いると共に、特別の製造手段を講ずることにより、すぐれたチロシナーゼ阻害作用を有するチロシナーゼ阻害剤を得る方法を提供すること、および、
(2)そのようにして取得することのできるチロシナーゼ阻害剤を提供すること、
を目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0030】
本発明のチロシナーゼ阻害剤は、
減圧機構を備えた乾留装置を用いて含水状態にある植物原料を低温かつ減圧条件下に乾留したときに留出する成分を「低温減圧乾留留出分(d)」と称しかつその低温減圧乾留操作後にその乾留装置内に残る乾燥状態の固体状ないし固形状の残渣(つまり「缶残」)を「低温減圧乾留残渣(R)」と称するとき、
前記の植物原料がバラであること、および、
前記の「低温減圧乾留残渣(R)そのもの」またはその「低温減圧乾留残渣(R)からの抽出用の溶媒による抽出物(E)」を有効成分とすること、
を特徴とするものである。
【0031】
ここで低温減圧乾留操作とは、典型的には、水分率が90重量%以下の含水状態にある植物原料のバラを、60〜20℃の低温条件下にかつゲージ圧で−88kPa以下の減圧条件下に行う乾留操作である。
【0032】
そして、前記の抽出用の溶媒の代表例は、エタノール濃度が25〜75体積%のエタノール水(つまり「エタノール25〜75容と水75〜25容との混合液」)である
【0033】
本発明のチロシナーゼ阻害剤の製造法は、
減圧機構を備えた乾留装置を用いて含水状態にある植物原料を低温かつ減圧条件下に乾留すること、
前記の植物原料がバラであること、
その低温減圧乾留操作後にその乾留装置内に残る乾燥状態の固体状ないし固形状の残渣(つまり「缶残」)である「低温減圧乾留残渣(R)」を取得するか、あるいはさらにその「低温減圧乾留残渣(R)」からの抽出用の溶媒による抽出を行って抽出物(E)を取得すること、
を特徴とするものである。
【発明の効果】
【0034】
−1−
植物原料を「高温減圧条件下(より詳しくは120〜350℃程度の高温下における100mmHg以下の減圧条件下)」に乾留したときに留出してくる高温減圧乾留物については、本出願人の製造にかかる茶葉その他の植物の減圧乾留物を主成分として用いたりあるいは有効成分として添加したりした商品(消臭剤や抗酸化剤)がドラッグストアをはじめとして広く市場に出回っている上、関連する文献も多いことから、よく知られているところである。
【0035】
−2−
しかしながら、植物原料を「低温減圧条件下(典型的には60〜20℃の低温条件下におけるゲージ圧で−88kPa以下の減圧条件下)に乾留すること」については、当該分野においては余り知られてはいないものと思われる。
【0036】
−3−
植物原料の減圧乾留を行ったときには、高温減圧乾留であれ低温減圧乾留であれ、植物原料に含まれている有効成分は留出液である減圧乾留液(留出分)中に移行すると共に、減圧乾留操作中に植物原料中の含有成分の分解ないし変性により生じた有効成分も「減圧乾留液(留出分)」の方に移行することになる。そのように有効成分の移行を達成するために減圧乾留を行うわけである。
【0037】
−4−
しかしながら、本発明者らは、バラを植物原料として用いた低温減圧乾留時に留出する「留出分」につき試験してみると、チロシナーゼ阻害率が極めて小さいというかゼロに近いという結果となってしまった。
【0038】
−5−
このように、「低温減圧乾留液(留出分)」については全く期待外れの結果になってしまったため、本発明者らは落胆し、その「低温減圧乾留液」と共に、淡褐色に着色している固体状ないし固形状の「低温減圧乾留後の残渣(缶残)」の方も一緒に廃棄しようとしたわけである。
ところが、バラ(この試験ではダマスクローズ)を原料として用いているためか、その「残渣」が、外観とは異なり良い香りをしていた。そこで、期待度はゼロであったが、廃棄処分する前に試しに「その残渣」について、「エタノール」、「50体積%エタノール水」、「水」のそれぞれを溶媒として抽出を行ったところ、「50体積%エタノール水」を用いたときに、間違いではないかと思うほど良好なチロシナーゼ阻害率が得られたのである。
【0039】
−6−
つまり、バラ中のチロシナーゼ阻害作用(機能)を有する「有効成分」や、減圧乾留操作中にバラ中の含有成分の分解ないし変性により生じた「有効成分」は、低温減圧乾留時に留出する留出分中にはほとんど移行せず、(イ)低温減圧乾留時の残渣側に移行するか、(ロ)残渣側で特定成分が変化したり諸成分が反応したりして、増加したのである。
【0040】
−7−
なお、低温減圧乾留工程を経ていないバラである「冷凍保存バラ」についても、摘んだ花部をそのまま冷凍したものにつき、「エタノール」、「50体積%エタノール水」、「水」のそれぞれを溶媒として抽出を行い、チロシナーゼ阻害率を測定したところ、「50体積%エタノール水」にて抽出を行った試料については、上記の「低温減圧乾留後の残渣」由来のものに比し、1/3から1/4程度の阻害率が得られた。
【0041】
−8−
このことは、原料として用いた「バラ」は、チロシナーゼ阻害作用(機能)の点で他の植物に比し「素質」があるということを意味し、その素質は「低温減圧乾留後の残渣」という舞台において格段に伸ばされ、花開いたということができる。
【0042】
−9−
一般に、植物原料に抽出操作、蒸留操作、水蒸気蒸留操作、乾留操作などを行った後の残渣は、言わば廃棄物であり、その廃棄処理の点でも廃棄コストの点でも苦慮しているのが実態である。
しかるに、本発明における特定の「低温減圧乾留残渣」については、「残渣」でありながら、すぐれたチロシナーゼ阻害作用(機能)を有するチロシナーゼ阻害剤を取得することのできる宝庫になるという予想外の展開が図られたのである。
【図面の簡単な説明】
【0043】
図1】実施例における「残渣(R)」を50体積%エタノール水にて抽出したときの「抽出物(E)」のHPLCクロマトグラム(検出波長は280nm)である。
図2】実施例における「残渣(R)」をエタノールにて抽出したときの「抽出物(E)」のHPLCクロマトグラム(検出波長は280nm)である。
図3】実施例における「残渣(R)」を水にて抽出したときの「抽出物(E)」のHPLCクロマトグラム(検出波長は280nm)である。
【発明を実施するための形態】
【0044】
(植物原料)
−1−
本発明においては、植物原料として(バラ科バラ属の)バラを用いる。チロシナーゼ阻害剤の取得という本発明の目的においては、先に「発明の効果」の個所で述べたように、バラを原料とした場合に特異な作用が奏されかつすぐれた結果が得られるからである。
なお、バラの中では、ローズウォーターやローズオイルを得ることを主目的として栽培(または輸入)されるダマスクローズが特に好適である。ちなみに、ダマスクローズの一大産地はブルガリアであるが、日本でも栽培されるようになってきている。
【0045】
−2−
バラは、花の部位を目的に栽培されるので、花の咲く季節に生産者から入手できるという時期的な制約がある。
しかしながら、本発明の目的には、冷凍保存品であっても花の咲く時期に採取したものと作用効果の点でほとんど差がない上、冷凍保存品であれば採取から数年を経たものであっても作用効果の低下は小さいことを研究室における試験で確認しているので、安定して材料を確保できる冷凍保存品を用いるのが通常である。
【0046】
−3−
バラの部位に関しては、全草、花部、葉部、根茎などのいずれであってもよい。
【0047】
(低温減圧乾留)
本発明においては、減圧機構を備えた乾留装置を用いて含水状態にあるバラを低温かつ減圧条件下に乾留する。
下記のような条件下でのバラの低温減圧乾留により、所期の目的物を工業的に効率良く取得できる。
【0048】
(低温減圧乾留時の水分率の条件)
低温減圧乾留に供するバラの水分率は、90重量%以下にとどめることが好ましい。含水率の下限については、50重量%程度までが適当である。低温減圧乾留に供するバラの水分率の好適な範囲は60〜85重量%、さらに好適な範囲は70〜83重量%である。
上述のような水分率のバラを低温減圧乾留に供するときに、狙いとする有効成分が低温減圧乾留後の残渣(R)側において最大になるからである。
【0049】
(低温減圧乾留時の温度条件)
低温減圧乾留を行うときの温度条件としては、60〜20℃程度の範囲内の低温が適当であり、より好ましい範囲は55〜25℃、さらに好ましい範囲は50〜30℃である。
温度条件が60℃を越えるような条件で減圧乾留を行うと、乾留装置内に残る固体状ないし固形状の残渣(R)を溶媒で抽出してもその抽出物(E)中の有効成分の量が少なくなる上、取得した抽出物(E)を用いたときのチロシナーゼ阻害作用(機能)が不足するようになる傾向がある。
【0050】
(低温減圧乾留時の圧力条件)
低温減圧乾留を行うときの圧力条件(減圧条件)としては、ゲージ圧表記で、−88kPa以下(−660mmHg以下)、通常は−96〜−100kPa(−720〜−750mmHg)とすることが好ましい。
絶対圧表記では、13.3kPa以下(100mmHg以下)、通常は1.3〜5.3kPa(10〜40mmHg)とすることが好ましい。
減圧の度合いが上記範囲よりも緩くなると(減圧度が不足すると)乾留に長時間を要することになり、一方、減圧の度合いを余りに大きくすることは真空装置上の制約があるので、いずれも工業性を欠くことになる。
【0051】
(本発明の目的物の一つ/低温減圧乾留残渣(R))
−1−
上記のようにしてバラの低温減圧乾留を行ったときに乾留装置内に残る固体状ないし固形状の残渣である「低温減圧乾留残渣(R)」が、本発明の目的物の一つである。
−2−
ただし、この「低温減圧乾留残渣(R)自体」は植物組織などの夾雑物が多いので、使い方によっては(たとえば化粧料の用途に使う場合)、その夾雑物が使い勝手の点でマイナスになることがある。また、有効成分の割合にも限界を生ずるので、チロシナーゼ阻害作用(機能)にも限界を生ずることになる。
−3−
そこで、この「低温減圧乾留残渣(R)」は、次に述べる「抽出物(E」)の原料または中間材料として使うことが多い。
この「低温減圧乾留残渣(R)」の購入者は、その残渣(R)を用いて後述の「溶媒による抽出」を行って抽出物(E)となし、その抽出物(E)を使用して二次製品や三次製品を製造・販売したり、その抽出物(E)をさらに第三者に販売したりすることになる。
【0052】
(本発明の目的物の他の一つ/低温減圧乾留残渣(R)からの抽出用の溶媒による抽出物(E))
−1−
そして、上記の「低温減圧乾留残渣(R)からの抽出用の溶媒による抽出物(E)」も、本発明の主たる目的物の一つである。
−2−
ここで「抽出用の溶媒」としては、水、エタノール、水−エタノール混合溶媒をはじめとする種々の溶媒を使用することが使用できる。
−3−
しかしながら、エタノール濃度が25〜75体積%(好ましくは30〜70体積%)のエタノール水により抽出した抽出物(E)が、特にすぐれたチロシナーゼ阻害作用(機能)を発揮するので、そのような溶媒組成のエタノール水を抽出溶媒として用いることが、本発明の目的にとって最適である。(念のため述べると、「エタノール濃度が25〜75体積%のエタノール水」とは、エタノール25〜75容と水75〜25容との混合液のことである。)
というのは、エタノール濃度が25〜75体積%のエタノール水を抽出溶媒として用いたときに、抽出物(E)中に低温減圧乾留残渣(R)に含まれる有効成分が濃縮された形になるからである。(しかも、そのような溶媒組成のエタノール水は、非毒性・非引火性の溶剤である点、難発火性である点でも有利である。)
−4−
ここで、有効成分とはチロシナーゼ阻害作用(機能)を発揮する成分のことであり、そのいくつかは化合物名も判明しているが、個々の化合物を単離して、必要に応じそれら個々の化合物を混合して用いるよりも、たとえば「エタノール濃度が25〜75体積%の範囲内から選ばれたエタノール水により抽出した成分」とした方が(言い換えれば、バラに込められた天の配剤をそのまま生かした方が)、「実際的」でありかつ「合目的的」(一定の目的に適合していること)である。
【0053】
(低温減圧乾留留出分(d)について)
−1−
一方、上記の低温減圧乾留における「低温減圧乾留留出分(d)」は、チロシナーゼ阻害作用(機能)を実質的に有しないか該作用(機能)を奏しても小さいことを確認しているので、本発明の目的物である「チロシナーゼ阻害剤」そのものとはならない。
しかしながら、この「低温減圧乾留留出分(d)」は、他の目的、たとえばメイラード反応抑制機能または抗酸化機能としては相応の機能を有することを確認しているので、そのような機能が要求される用途に用いることができる。
−2−
従って、上述のバラの低温減圧乾留により得られる「残渣(R)」と「留出分(d)」、さらには前者の「残渣(R)」から得られる「抽出物(E)」の3者は、いずれも有効に用いられることになる。
【0054】
(3者の関係の略示)
なお、上記の説明における
・(低温減圧乾留)残渣(R)(つまり「缶残」)、
・(その低温減圧乾留残渣(R)からの抽出用の溶媒による)抽出物(E)、
・(低温減圧乾留)留出分(d)
の各用語が混同しやすいので、その関係を次の「表0」に示す。
◎印の「残渣(R)」とその残渣(R)から得られる◎印の「抽出物(E)」とが、本発明の直接の目的物である。
【0055】
【表0】
【実施例】
【0056】
次に、実施例をあげて本発明をさらに説明する。
【0057】
[植物原料の準備]
−1−
植物原料として、下記の1〜14を準備した。
1:2011年(平成23年)産のバラ1/ダマスクローズ(ガク付きのバラ花で、水分は80重量%程度)
2:2012年(平成24年)産のバラ2/ダマスクローズ(ガク付きのバラ花で、水分は80重量%程度;産地はバラ1と同じ)
3:シークワーサー(その果実のジュース製造時の絞り粕で、水分は80重量%程度)
4:ジャバラ(その果実のジュース製造時の絞り粕で、水分は80重量%程度)
5:ショウガ(商品化時の切り屑で、水分は60重量%程度)
6:ミカン(その果実のジュース製造時の絞り粕で、水分は80重量%程度)
7:ウコン(商品化時の切り屑で、水分は60重量%以下)
8:ゲットウ(月桃水製造時の絞り粕で、水分は80重量%程度)
9:ラベンダー(観賞用花期の終了後の花で、水分は80重量%程度)
10:スダチ(その果実のジュース製造時の絞り粕で、水分は80重量%程度)
11:ユズ(その果実のジュース製造時の絞り粕で、水分は80重量%程度)
12:ネギ(商品にならなかった部分で、水分は80重量%程度)
13:カサブランカ(開花時の花で、水分は80重量%程度)
14:冷凍バラ(ダマスクローズ)
【0058】
[低温減圧乾留操作]
−1−
上で準備した1〜13の植物原料のそれぞれにつき、その約30kgを、減圧機構を備えた槽状の乾留装置の槽内に投入して、攪拌下、低温(35〜40℃)かつ減圧(ゲージ圧で−98kPa(−735mmHg)、絶対圧では3.3kPa(25mmHg))の条件下に乾留した。
乾留に要する時間は、原料の仕込みや槽内の残渣の取り出しに要する時間と、減圧に要する時間や常圧に戻す時間とを除き、おおよそ8時間である。
−2−
乾留装置から留出する液が「低温減圧乾留留出分(d)」(略して「留出分(d)」)である。
−3−
一方、上記の低温減圧乾留操作後に乾留装置(乾留釜)内に残る固体状の残渣が、本発明における「低温減圧乾留残渣(R)」(略して「残渣(R)」)である。
この残渣(R)は、フレーク状の塊りないしその塊りが崩れた粉末状のものである。
なお、仕込み時の植物原料に含まれる水分は減圧乾留液側(低温減圧乾留留出分(d)側)に入り込むので、この残渣(R)はその水分率が2〜5重量%程度以下の事実上の乾燥体である。(ちなみに、この残渣(R)がフレーク状の塊りであっても、容易に粒子状または粉末状に砕くことができる。)
【0059】
[試験液]
−1−
上記の低温減圧乾留操作により得た「留出分(d)」については、いずれも液体であるので、そのままチロシナーゼ阻害率の試験のために使用した。
−2−
上記の低温減圧乾留操作により得た粉末状の「残渣(R)」については、それぞれを各5.0g秤量すると共に、抽出溶媒としての50mLの「エタノール」、50mLの「50体積%エタノール水」、50mLの「水」を加え、室温にて4時間攪拌抽出を行った。抽出後、濾紙濾過を行うことにより固形分を分離除去した。
なお、水抽出濾過液においては、濁りがあったので0.45μmのフィルターを用いて更に濾過を行った。乾燥粉末抽出液は、希釈せずに試験に使用すると濁って試験をすることができないものがあったため、抽出に用いた溶媒で「10倍希釈」したものを「試料溶液」とした。
【0060】
[試験]
(1)30mMリン酸緩衝液(pH6.8)1.8mL、1.66mMのL−チロシン溶液1.0mL、各試料溶液0.1mLを混合し、37℃の恒温槽中で5分間予備加温を行った。
(2)チロシナーゼ溶液0.1mLを添加後、攪拌し、再度37℃の恒温槽中で10分間加温した。
(3)1Mアジ化ナトリウム0.1mLを加え、475nmでの吸光度を測定し、チロシナーゼ阻害率(%)を算出した。なお、3mMアルブチン溶液を「陽性コントロール」とした。
【0061】
[試験結果]
上記の低温減圧乾留操作により得た「留出分(d)」についての試験結果を、下記の表9に示す。
また、上記の低温減圧乾留操作後に乾留装置(乾留釜)内に残る「残渣(R)」の「エタノール」、「50体積%エタノール水」、「水」による抽出物(E)についての試験結果を、下記の表10に示す。
【0062】
【表9】
【0063】
【表10】
【0064】
[バラについての再現性]
上記の表10の結果に再現性があるかどうかを見るため、バラ(ダマスクローズ)につき、上記の3種の抽出溶媒を用いたときの「残渣(R)の抽出物(E)」および「冷凍バラの抽出物」についてのチロシナーゼ阻害率を測定した。
なお、冷凍バラについては、冷凍保存されているバラ花をそのまま抽出溶媒でそれぞれ抽出することにより得られた抽出液を用いて、残渣(R)の溶媒抽出物(E)との比較のために試験を行った。
結果を表11に示す。
【0065】
【表11】
【0066】
上記の表11から、バラを低温減圧乾留したときの残渣(R)(缶残である乾燥粉末)からの「50体積%エタノール水による抽出物(E)」においては、高いチロシナーゼ阻害率が確認される。(このチロシナーゼ阻害率は、上述の[試験液]の個所で注記したように、抽出に用いた溶媒で「10倍希釈」したものを「試料溶液」としているので、非常にチロシナーゼ阻害率が高いということができる。)
【産業上の利用可能性】
【0067】
植物原料であるバラの低温減圧乾留残渣(R)またはその抽出用の溶媒による抽出物(E)を有効成分とする本発明のチロシナーゼ阻害剤は、好ましいチロシナーゼ阻害作用を示すので、特に美白を目的とする化粧料、医薬部外品、健康食品をはじめとする種々の用途の添加剤として有用である。
図1
図2
図3