特許第6333902号(P6333902)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6333902ピストンリング表面用ダイヤモンドライクカーボンコーティング層、ピストンリング及び製造プロセス
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6333902
(24)【登録日】2018年5月11日
(45)【発行日】2018年5月30日
(54)【発明の名称】ピストンリング表面用ダイヤモンドライクカーボンコーティング層、ピストンリング及び製造プロセス
(51)【国際特許分類】
   C23C 16/27 20060101AFI20180521BHJP
   C23C 16/32 20060101ALI20180521BHJP
   C23C 16/24 20060101ALI20180521BHJP
   C23C 16/50 20060101ALI20180521BHJP
   C23C 16/02 20060101ALI20180521BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20180521BHJP
   C23C 14/14 20060101ALI20180521BHJP
   C23C 14/02 20060101ALI20180521BHJP
   C23C 14/34 20060101ALI20180521BHJP
   F02F 5/00 20060101ALI20180521BHJP
   F16J 9/26 20060101ALI20180521BHJP
【FI】
   C23C16/27
   C23C16/32
   C23C16/24
   C23C16/50
   C23C16/02
   C23C14/06 B
   C23C14/06 F
   C23C14/06 N
   C23C14/14 D
   C23C14/02 Z
   C23C14/34 R
   F02F5/00 F
   F16J9/26 C
【請求項の数】9
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2016-170155(P2016-170155)
(22)【出願日】2016年8月31日
(65)【公開番号】特開2017-160899(P2017-160899A)
(43)【公開日】2017年9月14日
【審査請求日】2016年8月31日
(31)【優先権主張番号】201610131810.X
(32)【優先日】2016年3月8日
(33)【優先権主張国】CN
(73)【特許権者】
【識別番号】516262217
【氏名又は名称】儀徴亜新科双環活塞環有限公司
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】呉 映雪
(72)【発明者】
【氏名】劉 千喜
(72)【発明者】
【氏名】周 月亭
(72)【発明者】
【氏名】張 波
【審査官】 岡田 隆介
(56)【参考文献】
【文献】 欧州特許出願公開第00651069(EP,A1)
【文献】 特開2015−086967(JP,A)
【文献】 特開2003−289152(JP,A)
【文献】 特開平01−209707(JP,A)
【文献】 特開平06−330288(JP,A)
【文献】 特開2014−098184(JP,A)
【文献】 特開2008−024996(JP,A)
【文献】 特開2002−256415(JP,A)
【文献】 特開2015−055006(JP,A)
【文献】 特開2014−088024(JP,A)
【文献】 特開2004−022025(JP,A)
【文献】 特開2008−081630(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/00−14/58
C23C 16/00−16/56
F16J 9/26
DWPI(Derwent Innovation)
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピストンリング表面用のダイヤモンドライクカーボンコーティング層であって、下から上へ順に下地層、勾配層、及び、Cr、Si、Tiのいずれか1種又は2種以上のドープ元素をドープしたダイヤモンドライクカーボンコーティング層である振幅調整層があり、前記ドープ元素の振幅調整層中の含有量は振幅調整層の厚みに伴って正弦波で周期的に変化し、
振幅調整層において、前記正弦波のバレーに対応するドープ元素の含有量が3〜5at%であり、前記正弦波のピークに対応するドープ元素の含有量が9〜11at%であり、
前記正弦波の変動周期が20〜50であり、
前記正弦波の各変動周期に対応する振幅調整層の厚みが0.5〜0.8μmであり、
前記振幅調整層にサブ微結晶の結晶性分布を有し、
前記サブ微結晶の粒径が0.2〜0.5μmであり、
前記下地層がCr層、Si層、Ti層のいずれか1種又は2種以上であり、
前記勾配層がCrxC層、SixC層、TixC層のいずれか1種又は2種以上であり、x=0.5〜1.5を満たし、
前記ダイヤモンドライクカーボンコーティング層の厚みが10〜30μmであり、
前記下地層の厚みが0.2〜1μmであり、
前記勾配層の厚みが0.5〜2μmであり、
前記振幅調整層の厚みが9.3〜27μmであることを特徴とするダイヤモンドライクカーボンコーティング層。
【請求項2】
請求項1に記載のダイヤモンドライクカーボンコーティング層を有するピストンリング。
【請求項3】
請求項1に記載のピストンリング表面用ダイヤモンドライクカーボンコーティング層の製造プロセスであって、前記プロセスがPECVD装置で行われ、コーティング対象となるピストンリングを半密閉装置内に置き、前記半密閉装置をPECVD装置の真空室内に置き、
(1)前記コーティング対象となるピストンリング表面に下地層を形成する工程と、
(2)前記下地層に勾配層を形成する工程と、
(3)直流パルス電源を入れ、半密閉装置とコーティング対象となるピストンリングにそれぞれ負のバイアス電圧を印加し、Ar、ケイ素源、必要に応じてC22を導入し、前記ケイ素源の流量を正弦波で周期的に変化させるように、最終的に勾配層に振幅調整層を形成する工程とを含むことを特徴とする製造プロセス。
【請求項4】
工程(3)において、前記ケイ素源の流量の正弦波のバレーに対応するケイ素源の流量が20〜50sccmであり、前記ケイ素源の流量の正弦波のピークに対応するケイ素源の流量が90〜160sccmであり、
前記ケイ素源の流量の正弦波の変動周期が20〜50であり、
前記ケイ素源の流量の正弦波の各変動周期が5〜30min間かかり、
前記ケイ素源がSiH4及び/又はTMSであることを特徴とする請求項に記載の製造プロセス。
【請求項5】
請求項1に記載のピストンリング表面用ダイヤモンドライクカーボンコーティング層の製造プロセスであって、前記プロセスがPECVD装置で行われ、コーティング対象となるピストンリングを半密閉装置内に置き、前記半密閉装置をPECVD装置の真空室内に置き、
(1)前記コーティング対象となるピストンリング表面に下地層を形成する工程と、
(2)前記下地層に勾配層を形成する工程と、
(3)直流パルス電源を入れ、半密閉装置とコーティング対象となるピストンリングにそれぞれ負のバイアス電圧を印加し、ArとC22を導入し、Crターゲット又はTiターゲットを起動させ、Crターゲット又はTiターゲットの陰極電流を正弦波で周期的に変化させるよう制御し、最終的に勾配層に振幅調整層を形成する工程と、を含むことを特徴とする製造プロセス。
【請求項6】
工程(3)において、前記陰極電流の正弦波のバレーに対応する陰極の電流が50〜60Aであり、前記正弦波のピークに対応する陰極の電流が100〜125Aであり、
前記陰極の電流の正弦波の変動周期が20〜50であり、
前記陰極の電流の正弦波の各変動周期が5〜30min間かかることを特徴とする請求項に記載の製造プロセス。
【請求項7】
工程(1)において、前記下地層がCr層、Ti層、Si層のいずれか1種又は2種以上であり、
前記Cr層又はTi層がそれぞれ補助陰極によってCr又はTiをスパッタリングして得られたものであり、
前記Cr層又はTi層の製造過程は、350〜650sccmの流量でArを導入し、Crターゲット又はTiターゲットを起動させ、Crターゲット又はTiターゲットの陰極の電流が110〜135Aとなるよう制御し、補助陰極スパッタリングによってコーティング対象となるピストンリング表面にCr層又はTi層を堆積することであり、
前記Si層はSiH4を分解させてなるイオン状態によって得られたものであり、
前記Si層の製造過程は、流量150〜200sccmでArを、流量50〜70sccmでSiH4を導入し、高エネルギープラズマ放電によってコーティング対象となるピストンリング表面にSi層を反応時間25〜75min間かけて形成することであることを特徴とする請求項又は記載の製造プロセス。
【請求項8】
工程(2)において、前記勾配層がCrxC層、TixC層、SixC層のいずれか1種又は2種以上であり、x=0.5〜1.5を満たし、
前記CrxC層又はTixC層は、補助陰極によってCrターゲット又はTiターゲットとプロセス反応ガスであるC22、Arとをスパッタリングすることで得られたものであり、
前記Crターゲット又はTiターゲットの陰極の電流が100〜125Aであり、
CrxC層又はTixC層を製造する時、C22の流量が70〜100sccmであり、
CrxC層又はTixC層を製造する時、Arの流量が150〜200sccmであり、
前記SixC層はSiH4とC22、Arとの混合プラズマ放電によって得られたものであり、
SiH4の流量を0から60sccmまで徐々に増大させるように制御し、
SixC層を製造する時、C22の流量が80〜120sccmであり、
SixC層を製造する時、Arの流量が150〜200sccmであることを特徴とする請求項又はに記載の製造プロセス。
【請求項9】
工程(3)において、半密閉装置に印加された負のバイアス電圧が−1200〜−1800Vであり、前記コーティング対象となるピストンリングに印加される負のバイアス電圧と半密閉装置に印加された負のバイアス電圧との差が−200〜500Vであり、
工程(3)において、Arの流量が150〜200sccmであり、C22の流量が80〜120sccmであり、
工程(1)の前に、さらに、コーティング対象となるピストンリング表面をクリーン処理する工程(1a)を含み、
コーティング対象となるピストンリング表面をクリーン処理する操作は、純度が99.99%であるArを流量50〜100sccmで導入し、前記半密閉装置に負のバイアス電圧を−800〜−2000V印加し、コーティング対象となるピストンリングに印加された負のバイアス電圧と半密閉装置に印加された負のバイアス電圧との差を−100〜−200Vにして、Arイオン衝撃によってコーティング対象となるピストンリング表面を15〜40min間洗浄し、きれいに洗浄したコーティング対象となるピストンリングを得ることであることを特徴とする請求項又はに記載の製造プロセス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ピストンリング表面処理の技術分野に関し、具体的には、ピストンリング表面用ダイヤモンドライクカーボンコーティング層、ピストンリング及び製造プロセスに関する。
【背景技術】
【0002】
ピストンリングは、内燃機関の重要な部材の一つとして、その摩耗がエンジン全体の燃料消費に対して非常に重要な影響を与えるものである。今日、車用エンジン(特に、ディーゼルエンジン)は、高機械的負荷、高出力(高熱負荷)、低燃料消費及び低排気ガス排出等に向かって発展しつつある。従って、ピストンリングは軽薄化されたので、高強度(熱疲労強度)、耐摩耗性、耐スクラッチ性、及びシリンダライナを過度に摩耗しない摺動特性をピストンリングに具備させることが求められている。
【0003】
ピストンシステムの効率を向上させて寿命を延ばすために、高硬度耐摩耗塗膜が徐々に幅広く用いられているが、硬質塗膜はシリンダライナとピストンリング摩擦対の摩耗寿命を大幅に延ばすことができるものの、相対運動時の摩擦係数に対する改善効果が低い。
【0004】
従来、低摩擦と低摩耗特性を兼ね備える非晶質炭素塗膜、例えばDLC(ダイヤモンドライクカーボン)コーティングを堆積することは有効な解決方法の一つとなっている。
【0005】
ダイヤモンドライクカーボンコーティング層は、高硬度、超低摩擦係数、高耐摩耗性、及び耐食性等の特徴を有するので、機械、電子、生物医学等の分野で広い応用の将来性が期待できる。しかし、今までに国内で公知のダイヤモンドライクカーボンコーティング層はいずれも厚みが小さく、一般的に5μm未満であり、最大値でも10μm以下である。このような薄いダイヤモンドライクカーボンコーティング層は、優れた低摩擦性を示すものの、耐久性が不十分であるため、これらのダイヤモンドライクカーボンコーティング層はエンジンが過負荷高圧条件下でピストンリング表面に対する機能を長期間に保持できない。
【0006】
従来、ダイヤモンドライクカーボンコーティング層の応用や普及を制限する難題は、主に、従来の方法で製造されたダイヤモンドライクカーボンコーティング層が高内部応力を有するので、コーティングの厚みが大きいほど応力が大きくなることである。10μmを超えると、コーティング自体の持つ高内部応力によってコーティングが剥がれやすくなるため、更に厚いコーティングを製造することが制限される。よって、更にダイヤモンドライクカーボンの機能防護コーティングとしての応用範囲を広げるために、超厚ダイヤモンドライクカーボンコーティング層の堆積技術の開発が必要とされている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、内部応力が低く厚みが大きいピストンリング表面用ダイヤモンドライクカーボンコーティング層を提供することを目的とする。
【0008】
本発明は、表面に内部応力が低く厚みが大きいダイヤモンドライクカーボンコーティング層を有するピストンリングを提供することも目的とする。
【0009】
本発明は、操作しやすく、工業化生産に適するとともに、製造されたダイヤモンドライクカーボンコーティング層の内部応力が低く、厚みが大きいピストンリング表面用ダイヤモンドライクカーボンコーティング層の製造プロセスを提供することを更なる目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係るピストンリング表面用ダイヤモンドライクカーボンコーティング層は、下から上への順に下地層、勾配層、及びCr、Si、Tiのいずれか1種又は2種以上であるドープ元素をドープしたダイヤモンドライクカーボンコーティング層である振幅調整層であり、振幅調整層において、前記ドープ元素の含有量が振幅調整層の厚みに伴って正弦波で周期的に変化するものである。
【0011】
振幅調整層において、前記正弦波のバレーに対応するドープ元素の含有量は3〜5at%であり、前記正弦波のピークに対応するドープ元素の含有量は9〜11at%であり、
振幅調整層において、前記正弦波のバレーに対応するドープ元素の含有量は4.0at%(原子数百分率含有量)であり、前記正弦波のピークに対応するドープ元素の含有量は10.0at%であり、
好ましくは、前記正弦波の変動周期は20〜50であり、例えば、25〜45、30〜40又は35であり、
好ましくは、前記正弦波の各変動周期に対応する振幅調整層の厚みは0.5〜0.8μmであり、
好ましくは、前記振幅調整層にはサブマイクロメートルレベルの微結晶の結晶性分布を有し、
好ましくは、前記サブ微結晶の粒径は0.2〜0.5μmであり、
好ましくは、前記下地層はCr層、Si層、Ti層のいずれか1種又は2種以上であり、すなわち、下地層は単一層であっても、複合層であってもよく、
好ましくは、前記勾配層はCrxC層、SixC層、TixC層のいずれか1種又は2種以上であり、x=0.5〜1.5を満たし、
好ましくは、前記ダイヤモンドライクカーボンコーティング層の厚みは10〜30μmであり、例えば、13〜26μm、15〜25μm又は20μmであり、
好ましくは、前記下地層の厚みは0.2〜1μmであり、例えば、具体的には、0.3μm、0.4μm、0.5μm、0.6μm、0.7μm、0.8μm又は0.9μmであってもよく、
好ましくは、前記勾配層の厚みは0.5〜2μmであり、例えば、具体的には、0.6μm、0.7μm、0.8μm、0.9μm、1.0μm、1.1μm、1.2μm、1.3μm、1.4μm、1.5μm、1.6μm、1.7μm、1.8μm又は1.9μmであってもよく、
好ましくは、前記振幅調整層の厚みは9.3〜27μmであり、例えば、10〜25μm、15〜20μmである。
【0012】
本発明に係るピストンリングは、表面に上記のダイヤモンドライクカーボンコーティング層を有するピストンリングである。
【0013】
本発明に係るピストンリング表面用ダイヤモンドライクカーボンコーティング層の製造プロセスは、PECVD装置で行われ、コーティング対象となるピストンリングを半密閉装置内に置き、前記半密閉装置をPECVD装置の真空室内に置き、
(1)前記コーティング対象となるピストンリング表面に下地層を形成する工程と、
(2)前記下地層に勾配層を形成する工程と、
(3)直流パルス電源を入れ、半密閉装置及びコーティング対象となるピストンリングにそれぞれ負のバイアス電圧を印加し、Ar、ケイ素源、必要に応じてC22を導入し、前記ケイ素源の流量を正弦波で周期的に変化させるように、最終的に勾配層に振幅調整層を形成する工程と、を含む製造プロセスである。
【0014】
工程(3)において、前記ケイ素源の流量の正弦波のバレーに対応するケイ素源の流量は20〜50sccm(標準ml/分)、前記ケイ素源の流量の正弦波のピークに対応するケイ素源の流量は90〜160sccmであり、具体的には、前記ケイ素源の流量の正弦波のバレーに対応するケイ素源の流量は、21sccm、25sccm、30sccm、34sccm、35sccm、40sccm、42sccm、45sccm又は48sccmであってもよく、前記ケイ素源の流量の正弦波のピークに対応するケイ素源の流量は、具体的には、95sccm、100sccm、105sccm、110sccm、115sccm、120sccm、125sccm、130sccm、135sccm、140sccm、145sccm、150sccm又は155sccmであってもよく、
好ましくは、前記ケイ素源の流量の正弦波の変動周期は20〜50であり、例えば、25〜45、30〜40又は35であり、
好ましくは、前記ケイ素源の流量の正弦波の各変動周期は5〜30minであり、例えば、8〜26min、10〜25min、13〜22min、15〜20min又は18minであり、
好ましくは、前記ケイ素源はSiH4及び/又はTMS(テトラメチルシラン)である。
【0015】
本発明に係るピストンリング表面用ダイヤモンドライクカーボンコーティング層の製造プロセスは、PECVD装置で行われ、コーティング対象となるピストンリングが半密閉装置内に置かれ、前記半密閉装置がPECVD装置の真空室内に置かれ、
(1)前記コーティング対象となるピストンリング表面に下地層を形成する工程と、
(2)前記下地層に勾配層を形成する工程と、
(3)直流パルス電源を入れ、半密閉装置とコーティング対象となるピストンリングにそれぞれ負のバイアス電圧を印加し、ArとC22を導入し、Crターゲット又はTiターゲットを起動させ、Crターゲット又はTiターゲットの陰極電流を正弦波で周期的に変化させるように制御し、最終的に勾配層に振幅調整層を形成する工程と、を含む製造プロセスである。
【0016】
工程(3)において、前記陰極電流の正弦波のバレーに対応する陰極電流は50〜60Aであり、前記陰極電流の正弦波のピークに対応する陰極電流は100〜125Aであり、前記陰極電流の正弦波のバレーに対応する陰極電流は、具体的には、51A、52A、53A、54A、55A、56A、57A、58A又は59Aであってもよく、前記陰極電流の正弦波のピークに対応する陰極電流は、具体的には、101A、102A、103A、104A、105A、106A、107A、108A、109A、110A、111A、112A、113A、114A、115A、116A、117A、118A、119A、120A、121A、122A、123A又は124Aであってもよく、
好ましくは、前記陰極電流の正弦波の変動周期は20〜50であり、例えば、25〜45、30〜40又は35であり、
好ましくは、前記陰極電流の正弦波の各変動周期は5〜30minであり、例えば、8〜26min、10〜25min、13〜22min、15〜20min又は18minである。
【0017】
工程(1)において、前記下地層はCr層、Ti層、Si層のいずれか1種又は2種以上であり、
好ましくは、前記Cr層又はTi層はそれぞれ補助陰極によってCr又はTiをスパッタリングして得られたものであり、
好ましくは、前記Cr層又はTi層の製造過程は、流量が350〜650sccmであるArを導入し、Crターゲット又はTiターゲットを起動させ、Crターゲット又はTiターゲットの陰極電流が110〜135Aとなるように制御し、補助陰極によるスパッタリングを利用してコーティング対象となるピストンリング表面にCr層又はTi層を堆積することであり、
Arの流量は、具体的には、380sccm、400sccm、420sccm、450sccm、460sccm、500sccm、420sccm、550sccm、570sccm、600sccm、620sccm又は630sccmであってもよく、陰極電流は、具体的には、115A、120A、122A、125A、128A、130A又は132Aであってもよく、
好ましくは、前記Si層はSiH4を分解させてなるイオン状態によって得られたものであり、
好ましくは、前記Si層の製造過程は、流量が150〜200sccmであるArと流量が50〜70sccmであるSiH4を導入し、高エネルギープラズマ放電によってコーティング対象となるピストンリング表面にSi層を反応時間25〜75min間かけて形成することである。
【0018】
Arの流量は、具体的には、152sccm、155sccm、160sccm、163sccm、165sccm、170sccm、175sccm、183sccm、185sccm、190sccm、195sccm又は198sccmであってもよく、SiH4の流量は、具体的には、51sccm、52sccm、53sccm、54sccm、55sccm、56sccm、57sccm、58sccm、59sccm、60sccm、61sccm、62sccm、63sccm、64sccm、65sccm、66sccm、67sccm、68sccm又は69sccmであってもよく、
工程(2)において、前記勾配層はCrxC層、TixC層、SixC層のいずれか1種又は2種以上であり、x=0.5〜1.5を満たし、
好ましくは、前記CrxC層又はTixC層は、補助陰極によってCrターゲット又はTiターゲットとプロセス反応ガスであるC22、Arとをスパッタリングして得られたものであり、
好ましくは、前記Crターゲット又はTiターゲットの陰極電流は100〜125Aであり、陰極電流は、具体的には、105A、106A、110A、112A、115A、120A又は123Aであってもよく、
好ましくは、CrxC層又はTixC層を製造する時、C22の流量は70〜100sccmであり、具体的には、73sccm、75sccm、78sccm、80sccm、82sccm、85sccm、87sccm、90sccm、93sccm、95sccm又は97sccmであってもよい。
【0019】
好ましくは、CrxC層又はTixC層を製造する時、Arの流量は、150〜200sccmであり、具体的には、152sccm、155sccm、160sccm、163sccm、165sccm、170sccm、175sccm、183sccm、185sccm、190sccm、195sccm又は198sccmであってもよく、
好ましくは、前記SixC層は、SiH4とC22、Arの混合プラズマ放電によって得られたものであり、
好ましくは、SiH4の流量を0から60sccmまで徐々に増大させるように制御し、
好ましくは、SixC層を製造する時、C22の流量は、80〜120sccmであり、具体的には、83sccm、85sccm、88sccm、90sccm、92sccm、95sccm、97sccm、100sccm、103sccm、105sccm、108sccm、110sccm、112sccm、115sccm又は117sccmであってもよい。
【0020】
好ましくは、SixC層を製造する時、Arの流量は、150〜200sccmであり、具体的には、152sccm、155sccm、160sccm、163sccm、165sccm、170sccm、175sccm、183sccm、185sccm、190sccm、195sccm又は198sccmであってもよい。
【0021】
工程(3)において、半密閉装置に印加される負のバイアス電圧は−1200〜−1800Vであり、前記コーティング対象となるピストンリングに印加される負のバイアス電圧と半密閉装置に印加される負のバイアス電圧との差は−200〜500Vであり、すなわち、コーティング対象となるピストンリングに印加される負のバイアス電圧を第2の負のバイアス電圧、半密閉装置に印加される負のバイアス電圧を第1の負のバイアス電圧とすると、第2の負のバイアス電圧−第1の負のバイアス電圧=−200〜500Vを満たし、
好ましくは、工程(3)において、Arの流量は150〜200sccm、C22の流量は80〜120sccmであり、Arの流量は、具体的には、152sccm、155sccm、160sccm、163sccm、165sccm、170sccm、175sccm、183sccm、185sccm、190sccm、195sccm又は198sccmであってもよく、C22の流量は、具体的には、83sccm、85sccm、88sccm、90sccm、92sccm、95sccm、97sccm、100sccm、103sccm、105sccm、108sccm、110sccm、112sccm、115sccm又は117sccmであってもよい。
【0022】
好ましくは、工程(1)の前に、さらに、コーティング対象となるピストンリング表面をクリーン処理する工程(1a)を含み、
好ましくは、コーティング対象となるピストンリング表面をクリーン処理する操作は、純度が99.99%であるArを流量50〜100sccmで導入し、前記半密閉装置に負のバイアス電圧を−800〜−2000V印加し、コーティング対象となるピストンリングに印加される負のバイアス電圧と半密閉装置に印加される負のバイアス電圧との差を−100〜−200Vにして、すなわち、コーティング対象となるピストンリングに印加される負のバイアス電圧を第2の負のバイアス電圧、半密閉装置に印加される負のバイアス電圧を第1の負のバイアス電圧とすると、第2の負のバイアス電圧−第1の負のバイアス電圧=−100〜−200Vを満たし、Arイオン衝撃によってコーティング対象となるピストンリング表面を15〜40min洗浄し、きれいに洗浄したコーティング対象となるピストンリングを得ることである。
【0023】
本発明に係る半密閉装置は、簡単に言えば不完全密閉型の反応装置であり、反応時、具体的には、真空室内に置き、反応性気体を半密閉装置にある欠けから充填することで、半密閉装置内に置かれるピストンリングを反応性気体の環境内に置く。半密閉装置は、筒状であっても、フレーム式であってもよく、半密閉を満たすものであればよい。
【発明の効果】
【0024】
本発明は、半密閉装置を用いることにより、プロセス反応ガスがコーティング対象となるピストンリングの周囲で集中的に放電することに有利であり、更にコーティングの堆積速度を大幅に向上させるものである。
【0025】
また、塗布時、半密閉装置及びピストンリングにそれぞれ負のバイアス電圧を印加し、すなわち、ピストンリングに負のバイアス電圧を追加に印加するため、更にプラズマを高速度でコーティング対象となるピストンリング表面に堆積させて緻密なコーティング構造を形成することができる。
【0026】
従来技術に比べ、本発明の利点は、従来の単層構造又は勾配層構造に比べ、該当ダイヤモンドライクカーボンコーティング層の振幅調整層におけるドープ元素の含有量が振幅調整層の厚みに伴って正弦波で周期的に変化するので、該当ダイヤモンドライクカーボンコーティング層の振幅調整層が多層循環変調構造を有し、コーティング内部応力の低下、コーティング靭性の向上に有利であると共に、ダイヤモンドライクカーボンコーティング層の厚みの増大を確保することである。
【0027】
また、Si含有量が一定となるようにドープした従来のダイヤモンドライクカーボンフィルムと異なり、当該ダイヤモンドライクカーボンコーティング層の振幅調整層は、多層循環ドープ含有量の変化が用いられ、ドープ含有量が正弦波で循環的に変化し、更にコーティング成分の突然変化に起因する影響を回避するとともに、各層内にサブ微結晶の結晶性分布を形成できるので、コーティング内部における亀裂進展抵抗を向上させ、コーティングにおける欠陥の寸法(粗大柱状結晶、大粒子等)を減少させ、コーティングの硬度を効果的に向上させる。
【0028】
また、本発明に係るダイヤモンドライクカーボンコーティング層の厚みが増加したが、その同時にダイヤモンドライクカーボンコーティング層が低摩擦係数を有することを確保し、テストしたところ、本発明に係るダイヤモンドライクカーボンコーティング層の摩擦係数は0.12以下である。従って、該当ダイヤモンドライクカーボンコーティング層は高耐摩耗性、低摩擦係数を有する上に、コーティング内部応力の低下、コーティング靭性の向上に有利であるとともに、ダイヤモンドライクカーボンコーティング層の厚み増大を確保すると同時に、ダイヤモンドライクカーボンコーティング層を有するピストンリングの耐久性を向上させる。
【0029】
本発明は、プロセスが簡単で、塗膜厚みの制御可能性が高く、各種試験片のベースに超厚ダイヤモンドライクカーボン塗膜を大面積且つ超高速で堆積でき、大規模な生産に適されるものである。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1図1は実施例1におけるダイヤモンドライクカーボンコーティング層の構造模式図である。
図2図2は実施例1における振幅調整層中のドープ元素含有量の変化模式図である。
図3図3は実施例1における振幅調整層製造時のSiH4流量の正弦波変動変化模式図である。
図4図4は実施例1におけるダイヤモンドライクカーボンコーティング層の製造に必要な装置の構造模式図である。
図5図5は実施例1で製造されたダイヤモンドライクカーボンコーティング層の走査型電子顕微鏡写真である。
図6図6は実施例1で製造されたダイヤモンドライクカーボンコーティング層の乾燥摩擦条件下での摩擦係数曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、図面及び実施例により、本発明を更に詳しく説明する。
【0032】
実施例1
本実施例のピストンリング表面用ダイヤモンドライクカーボンコーティング層は、図1に示すように、下から上まで順に下地層3−Si層、勾配層2−SiC層、及び振幅調整層1−Si−DLCすなわちSiをドープしたDLC層(ダイヤモンドライクカーボンコーティング層)である。Si層の厚みは1μmであり、SiC層の厚みは2μmであり、Si−DLCの全厚みは27μmであり、ダイヤモンドライクカーボンコーティング層の全厚みは30μmである。図6に示されるように、本実施例に係るダイヤモンドライクカーボンコーティング層は、乾燥摩擦条件下での摩擦係数が0.11である。
【0033】
図2で示すように、振幅調整層1において、Si元素の含有量は、振幅調整層1の厚みに伴って正弦波で周期的に変化し、図2の1aは図1中の下地層3に対応し、2aは図1中の勾配層2に対応し、3aは図1中の振幅調整層1に対応し、4aは正弦波の1つの変化周期である。振幅調整層1には、合計45個の循環周期があり、すなわち正弦波の変動周期が45であり、各変動周期に対応する振幅調整層1の厚みが0.6μmである。振幅調整層1において、正弦波のバレーに対応するSiの含有量は4.0at%であり、正弦波のピークに対応するSiの含有量は10.0at%である。
【0034】
本実施例は、ダイヤモンドライクカーボンコーティング層製造時、PECVD装置が用いられ、具体的には、コーティング対象となるピストンリング7が半密閉装置6内に置かれ、半密閉装置6がPECVD装置の真空室5内に置かれ、具体的な装置は図4に示される。本反応装置は、具体的には、真空ポンプ8によって外部へ排気し、プロセス反応ガスが吸気口9から真空室5に入った後、半密閉装置6に入る。ダイヤモンドライクカーボンコーティング層の製造方法は、
(1a)純度が99.99%であるArを流量50sccmで導入し、半密閉装置6に第1の負のバイアス電圧として−1000V(すなわち、図4中の−V)を印加し、ピストンリング7に第2の負のバイアス電圧を更に印加し、第2の負のバイアス電圧と第1の負のバイアス電圧との差を−200V(すなわち、図4中の△V、△V=第2の負のバイアス電圧−第1の負のバイアス電圧)にする場合に、Arイオン衝撃によってピストンリング7の表面を30min洗浄し、きれいに洗浄したコーティング対象となるピストンリング7を得る、コーティング対象となるピストンリング7の洗浄工程と、
(1)流量が180sccmであるArと流量が60sccmであるSiH4を導入し、高エネルギープラズマ放電によって下地層3−Si層を50min間かけて形成し、下地層3を得る、下地層3の製造工程と、
(2)流量が0から60sccmに徐々に増大するSiH4と、流量が100sccmであるC22と、流量が180sccmであるArとの混合プラズマ放電を用いて勾配層2−SiC層を形成し、勾配層2を得る、勾配層2の製造工程と、
(3)直流パルス電源を入れ、半密閉装置6内のプラズマ放電反応により、最終的にピストンリング7の表面に、多層循環変調構造を持ちSiをドープしたダイヤモンドライクカーボンコーティング層を堆積し、循環変調として徐々に変化する正弦波波形構造を用いることで、コーティング構造の突然変化を減少させる、振幅調整層1の製造工程と、を含む。振幅調整層1を製造する工程の操作は、具体的に、半密閉装置6に第1の負のバイアス電圧として−1200V(すなわち、図4中の−V)印加し、コーティング対象となるピストンリング7に第2の負のバイアス電圧を印加し、第2の負のバイアス電圧と第1の負のバイアス電圧との差を−200V(すなわち、図4中の△V、△V=第2の負のバイアス電圧−第1の負のバイアス電圧)にして、流量が180sccmであるArと、流量が100sccmであるC22と、図3に示すように流量が正弦波で周期的に変化して正弦波のバレーに対応するケイ素源の流量が20sccmであり、正弦波のピークに対応するケイ素源の流量が90sccmであるSiH4との混合ガスを導入し、正弦波の各変動周期が25minかかり、合計で45周期循環することである。
【0035】
本実施例で製造されたダイヤモンドライクカーボンコーティング層の走査型電子顕微鏡写真は、図5に示されており、図4から分かるように、ダイヤモンドライクカーボンコーティング層は、サブ微結晶の結晶性形態を持つものである。
【0036】
実施例2
本実施例に係るピストンリング表面用ダイヤモンドライクカーボンコーティング層は、下から上まで順に下地層−Si層、勾配層−Si0.8C層及び振幅調整層−Si−DLCである。Si層の厚みは、0.6μmであり、Si0.8C層の厚みは1.2μmであり、Si−DLCの厚みは18μmであり、本実施例におけるダイヤモンドライクカーボンコーティング層の全厚みは19.8μmである。本実施例におけるダイヤモンドライクカーボンコーティング層は、乾燥摩擦条件下での摩擦係数が0.11である。
【0037】
振幅調整層において、Si元素の含有量は、振幅調整層の厚みに伴って正弦波で周期的に変化する。振幅調整層には、合計45個の循環周期があり、すなわち正弦波の変動周期が45であり、各変動周期に対応する振幅調整層の厚みが0.4μmである。振幅調整層において、正弦波のバレーに対応するSiの含有量は4.0at%であり、正弦波のピークに対応するSiの含有量は10.0at%である。
【0038】
本実施例は、ダイヤモンドライクカーボンコーティング層製造時、PECVD装置が用いられ、具体的には、コーティング対象となるピストンリングが半密閉装置内に置かれ、半密閉装置がPECVD装置の真空室内に置かれ、具体的な装置は実施例1と同様である。ダイヤモンドライクカーボンコーティング層の製造方法は、
(1a)具体的に実施例1の工程(1a)と同様に操作する、コーティング対象となるピストンリングの洗浄工程と、
(1)流量が180sccmであるArと、流量が60sccmであるSiH4とを導入し、高エネルギープラズマ放電によって下地層−Si層を形成し、30min保持する、下地層の製造工程と、
(2)流量が0から60sccmに徐々に増大するSiH4と、流量が120sccmであるC22と、流量が190sccmであるArとの混合プラズマ放電を用いて勾配層−Si0.8C層を形成する、勾配層の製造工程と、
(3)直流パルス電源を入れ、半密閉装置内のプラズマ放電反応により、最終的にピストンリングの表面に、多層循環変調構造を持ちSiをドープしたダイヤモンドライクカーボンコーティング層を堆積し、循環変調として徐々に変化する正弦波波形構造を用いることで、コーティング構造の突然変化を減少させる、振幅調整層の製造工程と、を含む。振幅調整層を製造する工程の操作は具体的に、半密閉装置に第1の負のバイアス電圧として−1200V印加し、コーティング対象となるピストンリングに第2の負のバイアス電圧を印加し、第2の負のバイアス電圧−第1の負のバイアス電圧=−200Vを満たし、流量が180sccmであるArと、流量が正弦波で周期的に変化して正弦波のバレーに対応するケイ素源の流量が40sccmであり、正弦波のピークに対応するケイ素源の流量が120sccmであるTMSとの混合ガスを導入し、正弦波の各変動周期が17minかかり、合計で45周期循環することである。
【0039】
実施例3
本実施例のピストンリング表面用ダイヤモンドライクカーボンコーティング層は、下から上まで順に下地層−Cr層、勾配層−CrC層及び振幅調整層−Cr−DLCすなわちCrをドープしたDLC層(ダイヤモンドライクカーボンコーティング層)である。Cr下地層の厚みは1μmであり、CrC層の厚みは2μmであり、CrC−DLC振幅調整層の全厚みは27μmであり、本実施例におけるダイヤモンドライクカーボンコーティング層の全厚みは30μmである。本実施例におけるダイヤモンドライクカーボンコーティング層は、乾燥摩擦条件下での摩擦係数が0.09である。
【0040】
振幅調整層において、Cr元素の含有量は、振幅調整層の厚みに伴って正弦波で周期的に変化する。振幅調整層には、合計50個の循環周期があり、すなわち正弦波の変動周期が50であり、各変動周期に対応する振幅調整層の厚みが0.54μmである。振幅調整層において、正弦波のバレーに対応するCrの含有量は4.0at%であり、正弦波のピークに対応するCrの含有量は10.0at%である。
【0041】
本実施例は、ダイヤモンドライクカーボンコーティング層製造時、PECVD装置が用いられ、具体的には、コーティング対象となるピストンリングが半密閉装置内に置かれ、半密閉装置がPECVD装置の真空室内に置かれ、具体的な装置は実施例1と同様である。ダイヤモンドライクカーボンコーティング層の製造方法は、
(1a)実施例1の工程(1a)と同様に、具体的に操作する、コーティング対象となるピストンリングの洗浄工程と、
(1)流量が350〜650sccmであるArを導入し、Crターゲットを起動させ、Crターゲットの陰極電流が110Aとなるように制御し、補助陰極スパッタリングによって下地層−Cr層を堆積し、65min保持する、下地層の製造工程と、
(2)補助陰極により、陰極電流が125AであるCrターゲットと、プロセス反応ガスとして、流量が75sccmであるC22、Ar流量が180sccmであるArとをスパッタリングしてCrC勾配層を形成する、勾配層の製造工程と、
(3)直流パルス電源を入れ、プラズマ放電とマグネトロンスパッタリングとの組み合わせにより、最終的にピストンリングの表面に、多層循環変調構造を持ちCrをドープしたダイヤモンドライクカーボンコーティング層を堆積し、循環変調として徐々に変化する正弦波波形構造を用いることで、コーティング構造の突然変化を減少させる、振幅調整層の製造工程と、を含む。振幅調整層を製造する工程の操作は、具体的に、半密閉装置に第1の負のバイアス電圧として−1200V印加し、コーティング対象となるピストンリングに第2の負のバイアス電圧を印加し、第2の負のバイアス電圧−第1の負のバイアス電圧=−200Vを満たし、流量が160sccmであるArと、流量が100sccmであるC22との混合ガスを導入し、Crターゲットの陰極電流を正弦波で周期的に変化させるように制御し、陰極電流の変化傾向が図3に示されるSiH4流量変化と同様であり、正弦波のバレーに対応する陰極電流が60Aであり、正弦波のピークに対応する陰極電流が125Aであり、正弦波の各変動周期が28minかかり、合計で50周期循環することである。
【0042】
実施例4
本実施例は、下地層をTi層に変更する以外、ダイヤモンドライクカーボンコーティング層の他の層の成分や厚みは実施例3と同様である。
【0043】
また、本実施例におけるダイヤモンドライクカーボンコーティング層の製造プロセスは、工程(1)のCrターゲットをTi層に変更する以外、実施例3と同様にする。
【0044】
実施例5
本実施例は、勾配層をTiC層に変更する以外、ダイヤモンドライクカーボンコーティング層の他の層の成分や厚みは実施例3と同様である。
【0045】
また、本実施例におけるダイヤモンドライクカーボンコーティング層の製造プロセスは、工程(1)のCrターゲットをTi層に変更する以外、実施例3と同様にする。
【0046】
比較例
本実施例のピストンリング表面用ダイヤモンドライクカーボンコーティング層は、下から上まで順に下地層−Si層、勾配層−SiC層及びSi−DLC層すなわちSiをドープしたダイヤモンドライクカーボンコーティング層である。Si下地層の厚みは0.8μmであり、SiC層の厚みは2μmであり、SiC−DLCの厚みは1.6μmであり、本実施例におけるダイヤモンドライクカーボンコーティング層の全厚みは4.4μmである。本実施例におけるダイヤモンドライクカーボンコーティング層は、乾燥摩擦条件下での摩擦係数が0.10である。
【0047】
本実施例のSi−DLC層において、Siが一定量で添加され、その添加量が6at%である。
【0048】
本実施例は、ダイヤモンドライクカーボンコーティング層製造時、PECVD装置が用いられ、コーティング対象となるピストンリングを真空室内に直接的に置く以外、実施例1と同様にする。ダイヤモンドライクカーボンコーティング層の製造方法は、
(1a)具体的に実施例1の工程(1a)と同様に操作する、コーティング対象となるピストンリングの洗浄工程と、
(1)流量が180sccmであるArと、流量が60sccmであるSiH4とを導入し、高エネルギープラズマ放電によってSi下地層を形成し、45min保持する、下地層の製造工程と、
(2)流量が0から60sccmに徐々に増大するSiH4と、流量が100sccmであるC22と、及び流量が180sccmであるArとの混合プラズマ放電を用いてSiC勾配層を形成する、勾配層の製造工程と、
(3)直流パルス電源を入れ、プラズマ放電反応により、最終的にピストンリング表面に、Siをドープしたダイヤモンドライクカーボンコーティング層を堆積する、Si−DLC層の製造工程と、を含む。コーティング対象となるピストンリングにバイアス電圧として−1000V印加し、流量が180sccmであるArと、流量が100sccmであるC22と、SiH4流量が60sccmであるSiH4との混合ガスを導入し、堆積時間が140minである。
【0049】
実施例1〜3と比較例とを比較したところ、実施例1〜3の振幅調整層の厚みが比較例より著しく大きいことが分かり、これは実施例1〜3の振幅調整層におけるドープ元素の含有量が振幅調整層の厚みに伴って正弦波で周期的に変化することで、コーティング成分の突然変化に起因する影響を回避し、各周期に対応する振幅調整層内にサブ微結晶の結晶性分布を形成して、更にダイヤモンドライクカーボンコーティング層の内部応力を減少させるためである。
【0050】
また、実施例1〜3と比較例との摩擦係数を比較したところ、実施例1〜3の厚みが比較例より著しく大きいが、ダイヤモンドライクカーボンコーティング層が低摩擦係数を有することを確保し、すなわち、実施例1〜3は厚みが増加してもダイヤモンドライクカーボンコーティング層の摩擦性に影響しないものであることが分かる。
【0051】
上記内容は、本発明の好適な実施例に過ぎず、当業者にとって、本発明の思想に基づいて具体的な実施形態及び応用範囲を変更できるため、本明細書の内容は、本発明を限定するものであると理解すべきではない。
図1
図2
図3
図4
図5
図6