(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
上記鹸化工程後に、固形分を液相から分離する工程、および、分離した固形分に脂肪族炭化水素溶媒と酢酸エステル溶媒の混合溶媒を加えて超音波を照射することにより上記生理活性物質をさらに抽出する工程を含む請求項1または2に記載の方法。
【背景技術】
【0002】
米糠は玄米を精米する際に生じる副生物であり、日本では米を玄米の状態で保存し、必要に応じて少量ずつ精米するのでそれほどの問題にならないが、東南アジアなどでは収穫した玄米を一度に大量に精米する傾向があるので、その処理が問題となっている。米糠は肥料や家畜飼料などとして利用されるが、大量に生成した米糠を有効に利用するには至っていない。
【0003】
その一方で、米糠は抗酸化物質を豊富に含んでいることが知られている。例えば、米糠はトコフェロール類(ビタミンE)を含んでいる。トコフェロール類は生体内のフリーラジカルを消失させ、脂質の酸化やがん化を抑制する。また、トコフェロール類にはメチル基の位置によりα誘導体からδ誘導体が存在し、それぞれが生理活性を有する。例えばα−トコフェロールは、血小板凝集や、動脈硬化などの原因となる単球接着を強く阻害する。γ−トコフェロールは、α−トコフェロールよりも抗がん作用や抗心筋梗塞作用が高い。
【0004】
また、米糠はトコトリエノール類も含んでいる。トコトリエノール類はビタミンEファミリーに属する化合物であり、トコフェロール類と同様に抗酸化作用を示すが、3つの炭素−炭素二重結合により側鎖の長さがより短いため、トコフェロール類に比べて細胞間を移動し易く、心血管系をより有効に保護できる。
【0005】
さらに米糠は、γ−オリザノールも含む。γ−オリザノールは、食物由来のコレステロールの吸収を抑制し、血中コレステロールを低減する。また、抗酸化作用、抗炎症作用、抗がん作用を示すのみならず、日焼け防止剤に配合されることもある。
【0006】
また、米糠はフェルラ酸を含む。フェルラ酸は、紫外線からの保護のため化粧品に配合される他、血清中や肝臓中のコレステロールを低減したり、冠動脈疾患を抑制したり、抗微生物薬や抗炎症薬として用いられることもある。
【0007】
よって、従来、米糠から上記生理活性物質を得る技術が種々検討されている。
【0008】
例えば特許文献1には、オリザノールを含む米糠油ソープストックを90℃で鹸化した後、酢酸エチル、クロロホルムまたはヘキサンで抽出するオリザノールの単離方法が記載されている。特許文献2には、米糠から製造されるオリザノール含有米油を80℃で鹸化して生じた固形分にヘキサンとエタノールを加え、ヘキサン層を濃縮することにより高濃度のオリザノール含有油を製造する方法が記載されている。
【0009】
特許文献3,4には、米糠から米油を製造する際に排出されるピッチと呼ばれる廃油を90〜100℃で鹸化するフェルラ酸の製造方法が記載されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上述したように、従来、米糠に生理活性物質が含まれていることは知られており、米糠からオリザノールやフェルラ酸をそれぞれ精製する方法は検討されていた。
【0012】
しかし、上記のトコフェロール類、トコトリエノール類、γ−オリザノールおよびフェルラ酸は、抗酸化作用という共通する特性に加え、それぞれが別の効果を発揮するので、これら化合物を効率的に製造することが好ましい。それに対して上記特許文献1〜4に記載の発明は、それぞれγ−オリザノールまたはフェルラ酸のみを目的化合物とするものである。例えば特許文献1,2の発明は、米糠材料からγ−オリザノールを精製するためのものであるが、アルカリ水溶液中、高温で鹸化しているためエステル化合物であるγ−オリザノールは少なからず加水分解してしまっているはずである。γ−オリザノールを加水分解するとフェルラ酸とトリテルペンアルカノール類が生成するため、上記のアルカリ水溶液中での高温鹸化はフェルラ酸の製造効率を高めるかもしれないが、γ−オリザノールのみならず、優れた抗酸化作用を有するが故に自らも酸化され易いトコフェロール類とトコトリエノール類が分解してしまうおそれがある。また、フェルラ酸の一部も分解する可能性がある。
【0013】
そこで本発明は、トコフェロール類、トコトリエノール類、γ−オリザノールおよびフェルラ酸を米糠から効率良く製造するための方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、C
1-4アルコール、アルカリ水溶液、脂肪族炭化水素溶媒および酢酸エステル溶媒の混合溶媒を用い、且つ超音波を照射して鹸化を行えば、たとえ常温下であっても米糠から上記目的化合物(トコフェロール類、トコトリエノール類、γ−オリザノールおよびフェルラ酸)を効率良く取り出せることを見出して、本発明を完成した。
【0015】
以下、本発明を示す。
【0016】
[1] 米糠から生理活性物質を製造するための方法であって、上記生理活性物質が、トコフェロール類、トコトリエノール類、γ−オリザノールおよびフェルラ酸であり、上記米糠、C
1-4アルコール、アルカリ水溶液、脂肪族炭化水素溶媒、酢酸エステル溶媒を含む混合物に超音波を照射することにより上記米糠を鹸化する工程を含むことを特徴とする方法。
【0017】
[2] 超音波を常温で照射する上記[1]に記載の方法。従来、米糠を高温下で鹸化することが行われてきたが、それではγ−オリザノールが加水分解されたり、トコフェロール類などが分解するおそれがある。本発明において常温での超音波照射により米糠を鹸化すれば、かかる加水分解や分解をより一層抑制することができる。
【0018】
[3] 上記混合物へ、さらにアスコルビン酸を添加する上記[1]または[2]に記載の方法。アスコルビン酸の添加により、トコフェロール類などの収率をより一層高められる。
【0019】
[4] 上記鹸化工程後に、固形分を液相から分離する工程、および、分離した固形分に脂肪族炭化水素溶媒と酢酸エステル溶媒の混合溶媒を加えて超音波を照射することにより上記生理活性物質をさらに抽出する工程を含む上記[1]〜[3]のいずれかに記載の方法。上記固形分内には目的化合物であるトコフェロール類などが残留しているので、上記工程により収率をより一層向上できる。
【0020】
[5] 米糠からフェルラ酸またはその塩を製造するための方法であって、上記[1]〜[4]のいずれかに記載の方法により製造されたγ−オリザノールと、アルカリ水溶液との混合物に、マイクロ波を照射する工程を含むことを特徴とする方法。上記の本発明に係る生理活性物質の製造方法によりγ−オリザノールを米糠から効率的に製造でき、さらに当該γ−オリザノールをマイクロ波により加水分解することにより、フェルラ酸を短時間で効率的に製造可能である。
【発明の効果】
【0021】
本発明に係る生理活性物質の製造方法では、鹸化工程の溶媒として、C
1-4アルコール、アルカリ水溶液、脂肪族炭化水素溶媒および酢酸エステル溶媒の混合溶媒を用い、二層系で鹸化反応を行う。上記目的化合物のうち、トコフェロール類、トコトリエノール類およびγ−オリザノールは親油性であり、水層における米糠の鹸化により遊離して有機層へ移動するため、一層系の鹸化反応の場合に比べ、アルカリなどによる悪影響を受け難いといえる。また、超音波の照射により、加熱しなくても米糠中から上記目的化合物が遊離し易いため、上記目的化合物の分解が抑制されている。さらに本発明方法では、米糠を原料として用いるため、その処理が問題となっている米糠の有効利用を促進するものとしても価値が高い。よって本発明方法は、有用なトコフェロール類、トコトリエノール類、γ−オリザノールおよびフェルラ酸を、その利用方法が模索されている米糠から効率良く製造できるものとして、産業上非常に優れている。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明方法では、生理活性物質であるトコフェロール類、トコトリエノール類、γ−オリザノールおよびフェルラ酸を米糠から製造する。
【0024】
トコフェロール類とトコトリエノール類は、それぞれ以下の化学構造式を有するものであり、トコフェロール類には、R
1〜R
3における水素原子とメチル基との組み合わせでα−誘導体からδ−誘導体の4種の誘導体がある。
【0026】
[式中、R
1〜R
3は独立して水素原子またはメチル基を示す]
【0027】
γ−オリザノールは、以下のフェルラ酸エステルの混合物であり、主な化合物としては、以下に示すフェルラ酸シクロアルテニル、フェルラ酸 24−メチレンシクロアルテニル、フェルラ酸 β−シトステリル、および、フェルラ酸カンペウテリルがある。
【0029】
フェルラ酸は、以下の化学構造式を有する。
【0031】
以下、本発明方法を実施の順番に従って説明する。
【0032】
1. 鹸化工程
本工程では、米糠、C
1-4アルコール、アルカリ水溶液、脂肪族炭化水素溶媒、酢酸エステル溶媒を含む混合物に超音波を照射することにより米糠を鹸化する。上記目的化合物(トコフェロール類、トコトリエノール類、γ−オリザノールおよびフェルラ酸)は米糠中の脂質マトリックスに含まれるなどし、単なる抽出では米糠から効率的に分離できない。そこで、本工程により米糠の脂質マトリックスを分解し、上記目的化合物を抽出し易くする。
【0033】
原料として用いる米糠は特に制限されないが、本発明では米糠から上記目的化合物を得ることを目的としているため、上記目的化合物が失われたり分解したりしている可能性のある脱脂米糠や炒り米糠は使わないことが好ましい。
【0034】
米の品種としては、主にジャポニカ米、インディカ米とジャバニカ米がある。本発明で用いる米糠はいかなる品種の玄米由来のものであるかは特に限定されない。
【0035】
本工程では、C
1-4アルコール、水、脂肪族炭化水素溶媒、酢酸エステル溶媒を含む二層系の混合溶媒を用いる。本工程では二層系で米糠を鹸化するので、米糠から遊離した親油性成分は有機層へ移動するため、トコフェロール類、トコトリエノール類およびγ−オリザノールのアルカリによる分解が抑制される。
【0036】
本発明において「C
1-4アルコール」は、炭素数1以上、4以下の直鎖状または分枝鎖状の飽和脂肪族アルコールをいう。C
1-4アルコールは、主に溶媒中への米糠の分散性を高めるために添加する。例えば、メタノール、エタノール、イソプロパノール、t−ブタノールなどを挙げることができ、C
1-2アルコールが好ましく、エタノールがより好ましい。
【0037】
「水」は、主にアルカリを溶解するための溶媒として用いる。水の種類は特に制限されず、超純水、純水、蒸留水、精製水、水道水、井戸水などから、適宜選択して用いればよい。
【0038】
「脂肪族炭化水素溶媒」とは、常温で液体のものであり、炭素数5以上、10以下の直鎖状、分枝鎖状または環状の脂肪族炭化水素をいう。例えば、n−ペンタン、n−ヘキサン、イソヘキサン、シクロヘキサン、n−ヘプタン、メチルシクロヘキサン、n−オクタン、エチルシクロヘキサン、n−ノナン、n−デカンなどを挙げることができる。
【0039】
「酢酸エステル溶媒」は、常温で液体の酢酸エステルであり、例えば、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸プロピル、酢酸イソプロピル、酢酸ブチル、酢酸イソブチル、酢酸ペンチル、酢酸イソペンチルなど、C
1-6アルコールの酢酸エステルを挙げることができる。
【0040】
上記各溶媒の割合は、混合物が二層に分離し、且つ超音波照射下で米糠が溶媒中に適度に分散できれば特に制限されないが、例えば、脂肪族炭化水素溶媒と酢酸エステル溶媒との割合については、酢酸エステル溶媒に対する脂肪族炭化水素溶媒の容量比を1以上、10以下とすることが好ましい。当該範囲内であれば、特にトコフェロール類、トコトリエノール類とγ−オリザノールを良好なバランスをもって好適に抽出することができる。
【0041】
C
1-4アルコールは、例えば、脂肪族炭化水素溶媒と酢酸エステル溶媒との合計に対して容量比で0.5以上、5以下用いることが好ましい。また、水は、例えば、脂肪族炭化水素溶媒と酢酸エステル溶媒との合計に対して容量比で0.1以上、1以下用いることが好ましい。
【0042】
「アルカリ」は、米糠を鹸化する上で重要な成分であり、水酸化ナトリウムや水酸化カリウムなど、比較的強いアルカリを用いることが好ましい。
【0043】
アルカリは、水に溶解して水溶液とした上で添加すればよい。当該アルカリ水溶液の濃度は適宜調整すればよいが、例えば、10質量%以上、40質量%以下程度とすることができる。
【0044】
上記混合物には、アスコルビン酸を添加することが好ましい。アスコルビン酸の添加により、上記目的化合物の収率がより一層向上する。アスコルビン酸の添加量は適宜調整すればよいが、例えば、米糠に対する質量比で0.1以上、0.5以下程度とすることができる。
【0045】
本工程では、米糠の鹸化のため上記混合物に超音波を照射する。かかる超音波照射により、上記混合物を加熱することなく米糠の鹸化が可能になり、上記目的化合物を分解させることなく米糠から効率的に遊離させることができる。なお、従来、超音波照射による加水分解は主に酸を触媒にするものであり、本発明者らが把握している限り、アルカリを触媒とする加水分解で超音波を用いた例は無い。
【0046】
超音波とは、一般的にはヒトが聞き取れないほど高周波の音波をいい、通常は20kHz以上の音波をいう。照射する超音波の周波数は適宜調整すればよいが、例えば、20kHz以上、60kHz以下程度とすることができる。また、超音波の強度も適宜調整すればよく、例えば、3W/cm
2以上、10W/cm
2以下程度とすることができる。超音波の照射手段は特に制限されず、例えば、超音波洗浄機などを用い、水を媒体として、上記混合物を容器に入れ、超音波を照射した水に当該容器を浸漬すればよい。
【0047】
超音波の照射時間は特に制限されず、米糠が十分に鹸化されるまでとすればよいが、例えば、10分間以上、60分間以下とすることができる。また、超音波照射は、連続的に行ってもよいし、複数回断続的に行ってもよい。
【0048】
超音波照射時の温度も特に制限されないが、加熱によりトコフェロール類、トコトリエノール類またはγ−オリザノールの分解が進行するおそれがあり得るため、常温とすることが好ましい。なお、常温とは、日本工業規格の定義によれば20±15℃、即ち、5℃以上、35℃以下である。但し、米糠の鹸化の促進のため、上記混合物を加熱してもよい。当該加熱温度の上限は50℃が好ましく、40℃がより好ましい。
【0049】
2. 分離工程
本工程では、原料米糠に由来する不溶性の固形分を、液相から分離する。
【0050】
分離手段は特に制限されず、常法を用いればよいが、例えば、遠心分離や濾過を行えばよい。
【0051】
なお、上記目的化合物は二層に分離している液相に含まれており、親油性のトコフェロール類、トコトリエノール類およびγ−オリザノールは有機層に、フェルラ酸はそのアルカリ塩として水層に含まれている。
【0052】
3. 追加抽出工程
上記目的化合物は、米糠中、脂質マトリックスに結合するなどしている場合があるため、上記鹸化工程を経ても液相に移動することができず、上記分離工程で分離した固形分に含まれている場合がある。そこで、上記目的化合物を上記固形分から追加的に抽出することが好ましい。なお、本工程の実施は任意である。
【0053】
抽出溶媒としては、上記目的化合物のうち親油性化合物を良好に溶解できることから、上記鹸化工程で用いた脂肪族炭化水素溶媒と酢酸エステル溶媒との混合溶媒を好適に用いることができる。
【0054】
抽出方法は特に制限されないが、上記鹸化工程のとおり、加熱すると上記目的化合物が分解するおそれがあり得るため、好適には上記鹸化工程と同様に、抽出溶媒を添加した固形分に超音波を照射することが好ましい。
【0055】
上記目的化合物の収率を高めるために、上記分離工程と抽出工程は複数回行ってもよい。但し、本工程の効果は回数が増えるほど低下するので、上記分離工程と抽出工程の実施回数としては1回以上、3回以下が好ましい。
【0056】
4. 精製工程
上述したように、親油性のトコフェロール類、トコトリエノール類およびγ−オリザノールは有機層に、フェルラ酸はそのアルカリ塩として水層に含まれている。よって、上記分離工程で得られた水層からフェルラ酸を精製し、また、上記分離工程の有機層と上記追加抽出工程の抽出液を合わせ、当該溶液からトコフェロール類、トコトリエノール類およびγ−オリザノールを精製してもよい。
【0057】
水層からフェルラ酸を精製する手段としては、常法を用いることができる。例えば、フェルラ酸はアルカリ塩の形で水層に溶解しているため、水層に塩酸や希硫酸などの酸を加えて酸性にしてフェルラ酸を沈殿させたり、酸性にした水層から、フェルラ酸を適度に溶解でき且つ水と混和しない有機溶媒によりフェルラ酸を抽出すればよい。さらに、再結晶やクロマトグラフィなどで精製してもよい。
【0058】
上記有機層と抽出液に含まれるトコフェロール類、トコトリエノール類およびγ−オリザノールは、溶媒を留去した上で、それぞれ再結晶やクロマトグラフィなどで精製してもよい。
【0059】
但し、上記目的化合物は混合物のままで例えば抗酸化剤として利用してもよいため、本精製工程における精製度合いは任意であり、また、本精製工程の実施は任意である。
【0060】
5. γ−オリザノールの加水分解工程
フェルラ酸が目的化合物である場合には、上記水層に含まれるフェルラ酸に加え、上記精製工程で精製されたγ−オリザノールを加水分解してフェルラ酸を得てもよい。
【0061】
γ−オリザノールの加水分解条件は適宜調整すればよい。しかし、従来、エステルの加水分解は酸触媒やアルカリ触媒の存在下、加熱して行われているが、フェルラ酸と共にγ−オリザノールを構成するトリテルペンアルコール類も生理活性物質として有用であり、当該トリテルペンアルコール類は長時間に及ぶ加熱により分解するおそれがあり得る。そこで本発明では、γ−オリザノールを上記鹸化工程で用いたものと同様のアルカリ水溶液に添加し、当該混合物へマイクロ波を照射することにより加水分解することが好ましい。マイクロ波の照射により加水分解を短時間に行うことができ、上記トリテルペンアルコール類などの分解を抑制することが可能になる。
【0062】
マイクロ波とは、主に波長が1mから1mm、周波数が300MHzから300GHzの電波をいうが、本発明ではγ−オリザノールとアルカリ水溶液との混合物を照射することにより加水分解を促進するため、波長が1mから100mmのマイクロ波を用いることが好ましい。
【0063】
マイクロ波の照射時間は特に制限されず適宜調整すればよいが、使用するマイクロ波などに応じてγ−オリザノールが十分に加水分解されるまでとし、例えば、30秒間以上、10分間以下とすることができる。それに対して、本発明者らの実験的知見によれば、マイクロ波の代わりに加熱すると、γ−オリザノールを同程度まで加水分解するには数時間を要する。
【0064】
本発明方法で得られたトコフェロール類、トコトリエノール類、γ−オリザノールおよびフェルラ酸は、抗酸化作用を示す他、それぞれの化合物がその他の生理活性作用を示す。よってこれら化合物は、単独で、或いは2以上の混合物の状態で、健康食品、医薬品、化粧品などの有効成分として利用することができる。
【実施例】
【0065】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0066】
実施例1: 溶媒と超音波照射の検討
(1) 米糠の鹸化
100mL容パイレックス(登録商標)製ねじ蓋付き三角フラスコに、コシヒカリの米糠1g、アスコルビン酸0.25g、エタノール10mLおよび水4mLを入れ、蓋を閉めた後、攪拌することにより混合した。次いで、フラスコ中の気体部分を窒素で置換し、33質量%水酸化カリウム水溶液1mLを加え、蓋を閉めてよく攪拌した。当該混合物を室温で30分間静置した。ヘキサン/酢酸エチル=8/2(容量比)の混合液10mLを加え、超音波洗浄機(本多電子社製「WS−1200−40」)を用い、40kHz、5.6W/cm
2の超音波を室温で10分間ずつ3回照射した。
【0067】
比較のために、ヘキサン/酢酸エチルの混合溶媒の代わりにヘキサンのみ、酢酸エチルのみ、メタノールのみ、エタノールのみ、イソプロパノールのみを用いた場合、また、超音波照射しない場合でも、同様の実験を行った。
【0068】
(2) 目的化合物の抽出
当該混合物を50mL容の遠心分離管に移し、3000rpmで10分間遠心分離し、液相と固形分を分離した。固相分にヘキサン/酢酸エチル=8/2(容量比)の混合液10mLを加え、上記と同様の条件で超音波を10分間照射した後に液相と固形分を分離するという操作を3回繰り返した。得られた液相をすべて分液漏斗に移し、分液した。黄色の水相に2M希硫酸を加えることにより、そのpHを3〜4に調整した。当該水相をメスフラスコに移し、エタノールを加えてその容量を20mLとした。そこから10μLを取り出し、下記条件のHPLCによりフェルラ酸を分析した。また、得られたHPLCチャートのピークに対応する化合物は、LC/MS/MSにより確認した。
HPLC装置キャリアリザーバー: GL Science社「GL−7480」
オートサンプラー: GL Science社「GL−7420」
フォトダイオード検出器: GL Science社「GL−7452」
逆相カラム: GL Science社「Intersil ODS−3 C
18」,3mm×150mm,3μmフィルム厚
検出波長: 323nm
移動相: アセトニトリル/0.283%リン酸水溶液=15/85 3分間 → 7分間かけて25/75へ → 25/75で2分間
【0069】
分液により得られた有機相は、水で3回洗浄することによりそのpHを7付近に調整した後、無水硫酸ナトリウムで乾燥した。硫酸ナトリウムを濾別した。得られた濾液から10mLを分取し、窒素ガスを吹き付けることにより1mLまで濃縮した後、メスフラスコに移し、ヘキサンを加えてその容量を25mLとした。そこから10μLを取り出し、下記条件のHPLCにより、トコフェロール類、トコトリエノール類およびγ−オリザノールを分析した。また、得られたHPLCチャートの各ピークに対応する化合物は、LC/MS/MSにより確認した。
HPLC装置: 島津製作所社「Prominence」
オートサンプラー: 島津製作所社「SIL−20A」
フォトダイオード検出器: 島津製作所社「SPD−M20A」
蛍光検出器: 島津製作所社「RF−20AXS」
順相カラム: GL Science社「Intersil NH2,SIL 100A」,4.6mm×250mm,5μmフィルム厚
カラム温度: 35℃
移動相: ヘキサン/エタノール=98/2 7間 → 20分間かけて60/40へ → 60/40で10分間
【0070】
(3) 結果と考察
得られたHPLCチャートの各ピーク面積より、1gのコシヒカリ米糠から得られたトコフェロール類、トコトリエノール類およびγ−オリザノールの米糠1g当たりの収量(μg/g)を算出した。結果をそれぞれ
図1〜3に示す。
【0071】
図1〜3に示す結果のとおり、鹸化時に用いる有機溶媒としてヘキサンのみとメタノールのみを使った場合のγ−オリザノールとトコトリエノール類の収量を比較すると、有機溶媒の極性が高い方が収量が高いことが分かる。エタノールとイソプロパノールでも、同様の傾向が認められた。しかし、γ−オリザノールの収量は、酢酸エチル、およびヘキサンと酢酸エチルの混合溶媒(以下、「ヘキサン/酢酸エチル」と略記する)の使用で飛躍的に向上した。また、トコフェロール類とトコトリエノール類の収量は、酢酸エチル単独の場合よりも、ヘキサン/酢酸エチルの使用で顕著に向上した。
【0072】
以上の結果より、トコフェロール類、トコトリエノール類およびγ−オリザノールを得るための鹸化の有機溶媒としては、ヘキサン/酢酸エチルが最も適していることが明らかとなった。
【0073】
また、有機溶媒としてヘキサン/酢酸エチルを用い、鹸化時に超音波を照射した場合には、照射しない場合に比べ、トコフェロール類、トコトリエノール類およびγ−オリザノールの収率がそれぞれ33%、30%および49.4%も向上した。
【0074】
実施例2: 超音波照射時間の検討
上記実施例1において、鹸化時に用いる有機溶媒としてヘキサン/酢酸エチルを用い、超音波の照射時間を15分間から60分間の範囲で変更して同様の実験を行い、トコフェロール類、トコトリエノール類およびγ−オリザノールの収率を求めた。さらに、超音波照射時の温度を80℃に変更するか、または、水酸化カリウム水溶液を用いずに、同様の実験を行った。各化合物の収率を、
図4〜6に示す。
【0075】
図4〜6に示す結果のとおり、超音波照射時間を45分間または60分間とすると、各化合物の収率が低下する傾向がみられた。一方、超音波照射時間が30分間までであれば、γ−オリザノールの場合を除いて収率の低下はみられず、かえって時間と共に収率は向上する傾向があった。従って、超音波の照射時間としては、10分間以上、30分間以下が好ましいことが明らかとなった。
【0076】
実施例3: 抽出操作回数の検討
上記実施例1において、抽出操作回数を1〜3回として同様に実験を行い、収率を算出した。実験はそれぞれ2回ずつ行い、各収率の平均値を算出した。結果を表1に示す。
【0077】
【表1】
【0078】
上記結果のとおり、抽出操作ごとに収率は低下するが、3回目でも10%程度以上の収率がある。よって、抽出操作の回数は2回以上、4回以下にすることが好ましいといえる。
【0079】
実施例4: 鹸化温度の検討
上記実施例1において、超音波の照射時間を30分間とし、超音波照射時の温度を25℃から80℃の範囲で変更した以外は同様にして、実験を行った。また、比較のために、水酸化カリウム水溶液を用いず、且つ超音波照射時の温度を25℃とした実験も行った。実験は3回ずつ行い、米糠1g当たりの各化合物の収量(μg/g)を算出し、その平均値を求めた。結果を表2に示す。
【0080】
【表2】
【0081】
上記結果のとおり、超音波照射時の温度は、トコフェロール類とトコトリエノール類の収量にはそれほど影響を与えなかった。一方、γ−オリザノールの収量は、温度上昇に連れ低下した。その理由としては、フェルラ酸の収量が向上することから、γ−オリザノールの加水分解が進行したことが考えられる。
【0082】
化合物の精製は水溶液よりも有機溶媒からの方が容易であり、また、フェルラ酸は、γ−オリザノールを精製した後に、加水分解することにより得られるため、本発明では加熱せず常温で鹸化を行うことが好ましい。また、これまで、有機溶媒中でのバルク材料の解砕のために高温下での鹸化が行われた例はあったが(Rayynanen M.ら,Journal of Food Composition and Analysis,17(6),pp.749〜765(2004);Tabaraki R.ら,Ultrasonics Sonochemistry,18(6),pp.1279〜1286(2011))、本発明では超音波照射により米糠を解砕できるため、加熱の必要はない。
【0083】
実施例5: 精米度の検討
精米機(タイガー魔法瓶製「RSE−A」)を用いて玄米170gを様々な精米度で精米して得た米糠を使って、上記実施例1と同様に実験をし、米糠1g当たりの各目的化合物の収量(μg/g)を算出した。実験は3回ずつ行い、収量の平均値を求めた。結果を表3に示す。表3中、「生成米糠割合」は、原料米に含まれる全米糠量に対し、精米により得られた米糠量の割合を示し、「精米度」は、原料米に対し、精米により得られた米糠量の割合を示す。
【0084】
【表3】
【0085】
玄米に含まれる米糠全部の70%が分離される程度である精米度8%で精米した場合に得られる米糠を原料に用いた場合に、トコフェロール類、トコトリエノール類およびγ−オリザノールの収率が高かった。一方、フェルラ酸の収率と精米度との相関性は認められなかった。
【0086】
実施例6: γ−オリザノールからのフェルラ酸の製造
市販の電子レンジ(YAMAZEN社製「MWO1720」)に液体ポンプ(アズワン社製「チュービングポンプTP10SA」)を取り付け、外部から溶液を導入し、内部で内径5mmのテフロン(登録商標)製の管内を循環させることができるように改造した。この電子レンジの電力は500Wであり、周波数2.45GHzのマイクロ波を照射することができる。γ−オリザノール0.12gとKOH1.2gをn−ブタノール20mLに溶解して溶液とした。当該溶液を80℃に加温した上で、上記ポンプを用いて流速を2mL/minから10mL/minに変化させつつ電子レンジに導入し、電子レンジ内での滞留時間、即ちマイクロ波の照射時間を2分間、4分間または5分間に調節した。
【0087】
逆相カラム(GL science社製「ODS−3 C18」)、ダイオードアレイ検出器、およびアセトニトリルとリン酸水溶液のグラディアント溶液を移動相として用いた逆相カラムクロマトグラフィにより反応溶液を分析し、得られた各ピーク面積よりフェルラ酸の収率を求めた。実験は3例ずつ行い、平均値を求めた。
【0088】
その結果、反応時間が2分間の場合におけるフェルラ酸の収率は40%、4分間の場合は70%、5分間の場合は94%と、マイクロ波を用いない場合に比べ、収率を維持しつつ反応時間を大幅に短縮できることが分かった。