(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
齲蝕等により歯質に形成された窩洞の修復には、窩洞がさほど大きくない場合、コンポジットレジンと呼ばれる複合修復材が広く使用されている。この複合修復材は、重合性単量体(以下、モノマーともいう)成分、重合開始剤及びフィラーを含む硬化性組成物であり、これを窩洞に直接充填し、光照射して硬化せしめることにより窩洞を修復するというものである。
【0003】
複合修復材を使用して窩洞等を修復する場合、従来は、歯質を脱灰するためのエッチング材、歯質への浸透性を向上させるプラマー、並びに歯質と複合修復材とを接合する接着材が使用されてきた。
しかしながら、これらの各種材料の使用は、狭い口腔内での施術の手間を複雑化し、治療時間が長くなり、患者に対する負担も大きくするものであり、その簡素化、作業時間の短縮化が望まれていた。
具体的には、エッチング機能をあわせ持つプライマーの開発(特許文献1)、更には、エッチングおよびプライマーの両機能をも有する、ワンステップ接着材の開発がなされてきた(特許文献2)。後者のワンステップ接着材は究極的な材料であるが、一つの材料で三つの機能を発揮させて十分な接着強度および接着強度の耐久性を満たし、しかも材料の長期保存安定性を満たすには、未だ十分ではなかった。更に、以下の問題もあった。
【0004】
上記ワンステップ接着材は、重合性単量体成分と重合開始剤(硬化剤)とを含む硬化性組成物であるが、エナメル質や象牙質等の歯質に対する接着性を高めるために、重合性単量体成分の一部として、歯質に対する脱灰性(エッチング効果)を有する酸性基含有モノマーが使用され、さらに、この脱灰性を十分に発揮させるため、水や親水性の揮発性有機溶媒が配合されている。
【0005】
しかしながら、上記接着材を用いて窩洞の修復を行う場合、これを硬化させるに先立って、エアーの吹き付けにより接着材に含まれている水や有機溶媒を除去すること必要がある。水や有機溶媒が存在していると、硬化不良や硬化遅延を生じてしまう。従って、水や有機溶媒を除去するためのエアーの吹き付けなどの工程を省略することを目的として、水や有機溶媒を含まない非溶媒系歯科用接着性組成物も提案されている(特許文献3,4)。
【0006】
上記の非溶媒系歯科用接着性組成物は、酸性基含有重合性単量体(以下、酸性モノマーともいう)として、リン酸基、ホスホン基、ホスフィン基などのリン酸性基を有するリン酸基含有重合性単量体(以下、リン酸系モノマーともいう)を使用するものであるが、水や有機溶媒を含んでいないため、脱灰力が不足し、エナメル質に対する接着強度が不満足となっている。脱灰力を高めるために、酸性基としてスルホン酸基を有するスルホン酸基含有重合性単量体(以下、スルホン酸系モノマーともいいう)を、リン酸系モノマーや酸性基としてカルボキシル基を有するカルボン酸基含有重合性単量体(以下、カルボン酸系モノマーともいう)と組み合わせて使用することも知られている(特許文献5〜7)。
しかしながら、スルホン酸系モノマーは強酸であるため、エナメル質への接着性は向上するものの、過脱灰により象牙質への接着を低下させてしまうという問題がある。また、スルホン酸系モノマーは水や有機溶媒が存在しないと他のモノマーと相溶せず、このため、どうしても水等の溶媒が必要となってしまい、非溶媒系の歯科用接着性組成物には適用することができないという根本的な問題がある。
【0007】
上記の相溶性の問題を回避するために、スルホン酸系モノマーで処理されたジルコニアフィラーとリン酸系モノマーとを併用した非溶媒系の歯科用接着性組成物が提案されている(特許文献8)。しかし、かかる手段では、スルホン酸系モノマーがジルコニアフィラーに吸着保持されているため、脱灰に寄与せず、結局、エナメル質に対する接着が不十分であった。
以上のとおり、十分な脱灰力を有する非溶媒系におけるスルホン酸モノマーの使用については未解決の点もあり、効果的な活用がなされていなかった。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の非溶媒系歯科用セルフエッチング性組成物は、基本成分として、(A)重合性単量体、(B)光重合性重合開始剤を含み、必要に応じて、(C)フィラーや、その他の配合剤を含む重合性の組成物であり、(A)重合性単量体としてその一部がスルホン酸系モノマーであり、光重合開始剤がカルボニル基を有する光重合開始剤である。
かかる組成物は、硬化不良や硬化遅延をもたらす溶媒、即ち、水や有機溶媒を含有していないため、これを硬化する際にエアーの吹き付けなどによる溶媒の除去工程を省略できるという利点があるが、硬化不良や硬化遅延などの不都合を生じない限りにおいて、微量の水分や有機溶媒の混入(例えば、該組成物当り3質量%以下)は許容される。従って、配合する成分によっては、水や有機溶媒を含む形で販売されているものもあるが(例えばコロイダルシリカなど)、このような場合には、水や有機溶媒を許容限度にまで除去して組成物の調製に供される。
以下、各成分について説明する。
【0015】
[(A)重合性単量体]
本発明において、重合性単量体(A)は、ラジカル重合性のものであり、重合硬化により、エナメル質や象牙質などの歯質及び複合修復材や補綴物などの修復材に対して接着性の高い硬化物を形成するための基本成分である。
また、歯質に対する脱灰性、歯質に対する浸透性と接着性を発現させるため、この重合性単量体(A)は、少なくともとスルホン酸系モノマー(a1)を含んでいることが必要である。
当該重合性単量体(A)は、組成物が液状である限り、全てがスルホン酸系モノマー(a1)であってもよいが、水や溶媒不存在下での歯質に対する接着性等の特性に悪影響を及ぼさない限りにおいて、上記以外の酸性基を有する他の酸性基含有単量体(a2)を含有していてもよいし、酸性基を有しない非酸性重合性単量体(a3;以下、非酸性モノマーともいう)を含んでいてもよい。
【0016】
[(a1)スルホン酸系モノマー]
スルホン酸系モノマーは、その強い酸性度により、歯質の脱灰を進め、しかも、接着材として接合力を高める働きをする。
当該単量体は、(A)重合性単量体中に、歯質に対する脱灰力の観点から、全(A)重合性単量体100質量部に対して0.1質量部以上含有させることが好適であり、エナメル質と象牙質の双方に対する接着力を考慮すると、0.5〜20質量部であることが特に好適である。
【0017】
当該スルホン酸系モノマーとしては、分子内にスルホン酸基(−SO
3H)と重合性不飽和結合とを有する化合物であれば特に限定されない。
上記の重合性不飽和基としては、アクリロイル基、メタクリロイル基、アクリルアミド基、メタクリルアミド基、ビニル基、アリル基、エチニル基、スチリル基などが挙げられる。
【0018】
当該スルホン酸系モノマーとしては、例えば下記一般式(1)で表されるものが好適である。
【化1】
上記式中、R
1は、水素原子又はメチル基を表し、
R
3は、エ−テル結合及び/又はエステル結合を有してもよい炭素数1〜30の2〜6価の有機残基を示し、
Zは、酸素原子又はイミノ基(−NH−)を示し、
n
1は、1〜4の整数、
n
2は、1又は2の整数を表す。
【0019】
上記一般式(1)で表されるスルホン酸系モノマーの好ましい例としては、下記構造式で示される化合物が挙げられ、特に、2−メチル−2−(メタ)アクリルアミドプロパンスルホン酸が好適に用いられる。
【化2】
式中、R1は水素またはメチル基である。上記のスルホン酸系モノマーは、1
種単独で使用することもできるし、2種以上を組み合わせて使用することもでき
る。
【0020】
[(a2)他の酸性基含有単量体]
本発明の歯科用セルフエッチング性組成物は、脱灰性、浸透性、接着性を相乗的に発揮させるために、他の酸性モノマーを併用することが好ましい。
特に、脱灰性と接着性を両立向上させるために、リン酸系モノマーとの併用が好ましく、上記観点から、これらの配合質量比が、
スルホン酸系モノマー:リン酸系モノマー=2:98〜33:67
を満足するような量で使用されることが好ましい。スルホン酸系モノマーに対するリン酸系モノマーの配合量が少ない場合には、両成分の相溶性が損なわれて相分離等を生じ、この結果、歯質に対する接着性が著しく不安定となってしまう傾向にある。また、スルホン酸系モノマーに対して過剰のリン酸系モノマーを配合した場合には、水等の溶媒が存在していないことによる歯質に対する接着性の低下が大きくなる傾向にある。
【0021】
当該リン酸系モノマーとしては、分子内にホスフィン酸基またはそのエステル基、ホスホン酸基またはそのエステル基、リン酸エステル基などのリン酸性基と重合性不飽和基とを有する化合物であれば特に限定されず、以下に代表的な化合物を列挙する。
ビス(2−メタクリルオキシエチル)ホスフィン酸、ビス(メタクリルオキシプロピル)ホスフィン酸などのホスフィン酸基含有重合性単量体;3−メタクリルオキシプロピルホスホン酸、2−メタクリルオキシエトキシカルボニルメチルホスホン酸、4−メタクリルオキシブトキシカルボニルメチルホスホン酸などのホスホン酸基含有重合性単量体;2−メタクリルオキシエチルホスホン酸モノ(メタクリルオキシエチル)エステル、2−メタクリルオキシエチルホスホン酸モノフェニルエステルなどのホスホン酸水素モノエステル基含有単量体;リン酸二水素モノ(2−メタクリルオキシエチル)エステル、リン酸水素ジ(2−メタクリルオキシエチル)エステルなどのリン酸エステル基含有重合性単量体が挙げられる。
上記例示したリン酸系モノマーの中で、有機溶媒の不存在下で高い脱灰性を示し、高い接着強度を示すという点で、(メタ)アクリロイルオキシ基が総炭素数4〜12の二価の有機基を介してリン酸性基と結合しているものが好ましく、さらに、リン酸性の酸性基がリン酸二水素モノエステル基或いはリン酸水素ジエステル基であるものが特に好適である。
上記のリン酸系モノマーは、1種単独で使用することもできるし、2種以上を組み合わせて使用することもできる。
【0022】
更に、酸性基含有重合性単量体として、カルボン酸系モノマーを配合してもよい。当該モノマーを配合する場合は、重合性単量体(A)100質量部当たり0.1〜90質量部配合される。
カルボン酸系モノマーとしては、具体的に、(メタ)アクリル酸、β−(メタ)アクリロキシエチルハイドロジェンフタレート、マレイン酸、p−ビニル安息香酸、11−(メタ)アクリロイルオキシ−1,1−ウンデカンジカルボン酸(MAC−10)、1,4−ジ(メタ)アクリロイルオキシエチルピロメリット酸、6−(メタ)アクリロイルオキシエチルナフタレン−1,2,6−トリカルボン酸、4−(メタ)アクリロイルオキシメチルトリメリット酸およびその無水物、4−(メタ)アクリロイルオキシエチルトリメリット酸およびその無水物、4−(メタ)アクリロイルオキシブチルトリメリット酸およびその無水物、4−[2−ヒドロキシ−3−(メタ)アクリロイルオキシ]ブチルトリメリット酸およびその無水物、2,3−ビス(3,4−ジカルボキシベンゾイルオキシ)プロピル(メタ)アクリレート、2または3または4−(メタ)アクリロイルオキシ安息香酸、N−フェニルグリシンまたはN−トリルグリシンとグリシジル(メタ)アクリレートとの付加物などを挙げることができる。このうち、11−メタクリロイルオキシ−1,1−ウンデカンジカルボン酸(MAC−10)および4−メタクリロイルオキシエチルトリメリット酸(4−MET)またはその無水物(4−META)が好ましく用いられる。
【0023】
[(a3)非酸性重合性単量体]
更に、本発明においては、エナメル質と象牙質との両方に対する接着強度のバランスを確保し、且つ、耐水性を高めて、口腔内での優れた接着強度を維持し、接着耐久性(接着強度の維持)を向上させるという観点から、前述したリン酸性モノマーを代表とする酸性モノマーに加えて、非酸性モノマー(a3)を併用することが望ましい。非酸性モノマーも、単独又は二種以上の組み合わせで用いることができる。この非酸性モノマーは、好ましくは重合性単量体(A)100質量部中に、5〜90質量部、特に10〜80の量で存在せしめることが好適である。
【0024】
かかる非酸性モノマーは、酸性基を含有しておらず且つ分子中に少なくとも一つの重合性不飽和結合を有している重合性化合物である。
このような非酸性モノマーの代表例としては、以下の化合物を挙げることができ、これらは1種単独で或いは2種以上を組み合わせて使用することができる。
メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、グリシジル(メタ)アクリレート、ベンジル(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコールモノ(メタ)アクリレート、アリル(メタ)アクリレート、などのモノ(メタ)アクリレート系単量体;エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ジエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、トリエチレンクリコールジ(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、2,2’−ビス[4−(メタ)アクリロイルオキシエトキシフェニル]プロパン、2,2’−ビス[4−(メタ)アクリロイルオキシエトキシエトキシフェニル]プロパン、2,2’−ビス{4−[3−(メタ)アクリロイルオキシ−2−ヒドロキシプロポキシ]フェニル}プロパン、1,4−ブタンジオールジ(メタ)アクリレート、1,6−ヘキサンジオールジ(メタ)アクリレート、トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート、ウレタン(メタ)アクリレート、エポキシ(メタ)アクリレートなどの多官能(メタ)アクリレート系単量体があげられる。
更にまた、上記(メタ)アクリレート系単量体以外のモノマーを非酸性モノマーとして用いることも可能である。このような他の非酸性モノマーとしては、フマル酸モノメチル、フマル酸ジエチル、フマル酸ジフェニル等のフマル酸エステル化合物;スチレン、ジビニルベンゼン、α−メチルスチレン、α−メチルスチレンダイマー等のスチレン系化合物;ジアリルフタレート、ジアリルテレフタレート、ジアリルカーボネート、アリルジグリコールカーボネート等のアリル化合物;などを挙げることができる。
【0025】
[(B)カルボニル基を有する光重合開始剤]
本発明の組成物には、光の照射により重合を開始して硬化させるために、(B)カルボニル基を有する光重合開始剤が配合される。
当該開始剤は、それ自身が光照射によってラジカル種を生成するカルボニル基を含有する化合物であるが、当該化合物に重合促進剤を加えた混合物としても使用される。
具体的には、カンファーキノン、ベンジル、2,3−ペンタジオン、9,10−フェナントレンキノンなどのαージケトン、1,4−ナフトキノン、9,10−アントラキノン等のキノン類、2,4,6−トリメチルベンゾイルジフェニルホスフィンオキシド、ビス(2,4,6−トリメチルベンゾイル)フェニルホスフィンオキシドなどのアシルホスフィンオキシド等が挙げられる。中でもより深い光硬化深度が得られる点で、αージケトンが好適である。
【0026】
重合促進剤としては、N,N−ジメチルアニリン、N−ジエチルアニリン、N,N−ジ−n−ブチルアニリン、N,N−ジベンジルアニリン、N,N−ジメチル−p−トルイジン、N,N−ジエチル−p−トルイジン、N,N−ジメチル−m−トルイジン、p−ブロモ−N,N−ジメチルアニリン、m−クロロ−N,N−ジメチルアニリン、p−ジメチルアミノベンズアルデヒド、p−ジメチルアミノアセトフェノン、p−ジメチルアミノ安息香酸、p−ジメチルアミノ安息香酸エチルエステル、p−ジメチルアミノ安息香酸アミルエステル、N,N−ジメチルアンスラニックアシッドメチルエステル、N,N−ジヒドロキシエチルアニリン、N,N−ジヒドロキシエチル−p−トルイジン、p−ジメチルアミノフェネチルアルコール、p−ジメチルアミノスチルベン、N,N−ジメチル−3,5−キシリジン、4−ジメチルアミノピリジン、N,N−ジメチル−α−ナフチルアミン、N,N−ジメチル−β−ナフチルアミン、N−メチルジエタノールアミン、N−エチルジエタノールアミン、N,N−ジメチルヘキシルアミン、N,N−ジメチルドデシルアミン、などの第三級アミンが好適に用いられ、その他、5−ブチルバルビツール酸、1−ベンジル−5−フェニルバルビツール酸などのバルビツール酸類や、ドデシルメルカプタン、ペンタエリスリトールテトラキス(チオグリコレート)などのメルカプト化合物も使用できる。
【0027】
特に、脱灰力を損なわずにスルホン酸性モノマーと他のモノマーとの相溶性を高め、しかも過脱灰を抑制して象牙質に対する接着性を向上させるため、電子吸引基を有する第三級芳香族アミンを用いるのが好適である。このような化合物としては、以下の化合物が例示され、その配合は、第三級芳香族アミン化合物中の芳香族アミノ基とスルホン酸系モノマーが有するスルホン酸基とのモル比(芳香族アミノ基/スルホン酸基)が0.8以上、好ましくは0.9〜3.0となる割合で使用することが好適である。
【0030】
上述したカルボニル基含有開始剤(C)の配合量は、組成物を硬化できるだけの有効量であれば特に限定されず適宜設定すれば良い。一般的には、前述した重合性単量体(A)100質量部当り、0.01〜10質量部、特に0.1〜5質量部の範囲とするのがよい。0.01質量部未満では重合が不十分になり易く、10質量部を越えると、硬化体の強度が低下する傾向がある。
【0031】
[(C)フィラー]
本発明の非溶媒系歯科用セルフエッチング性組成物では、形成される硬化物の強度を向上させるために、必要によりフィラーを使用することができる。
このようなフィラーには、有機系のフィラー(例えば樹脂硬化物粒子など)、無機系のフィラー(c1)、有機無機複合フィラーがあるが、特に硬化物の強度を高めるという点で無機フィラーが好適に使用される。
なお、水酸基とカルボニル基との反応によって生じるアセタール化反応は、水が副生する平衡反応であるため、無機フィラーの場合、当該フィラーが水を吸着してアセタールの生成をより進行させる。従って、本発明の効果は、無機フィラーが配合されている場合により顕著に現れる。
【0032】
[(c1)無機フィラー]
無機フィラーの好適な例としては、石英、シリカ、シリカ−アルミナ、シリカ−チタニア、シリカ−ジルコニア、シリカ−マグネシア、シリカ−カルシア、シリカ−バリウムオキサイド、シリカ−ストロンチウムオキサイド、シリカ−チタニア−ナトリウムオキサイド、シリカ−チタニア−カリウムオキサイド、チタニア、ジルコニア、アルミナ等の金属酸化物からなる無機粒子が例示される。
上述した無機系フィラーの中でも、ジルコニア、アルミナは弱塩基性であるのでスルホン酸基との反応性が高く、スルホン酸系モノマーの特性低下を生じるおそれがある。一方、シリカは弱酸性であるので好適に利用できる。他方、シリカ−ジルコニア等のシリカ系複合酸化物は、シリカよりも酸性が強くなることが知られ、同様に好適に利用できる。
これらフィラーの粒径や形状は特に限定されず、一般的な歯科用組成物のフィラーと同様に使用される。
【0033】
さらに、上記の無機フィラーの中でも、シリカ及びシリカージルコニアが好適に使用され、特にヒュームドシリカ及びゾル−ゲルシリカ−ジルコニアが最も好適に使用される。このヒュームドシリカとは、火炎加水分解法によって製造された非晶質シリカであり、具体的には、四塩化ケイ素或いはシロキサン化合物を酸水素炎中で高温加水分解或いは燃焼させることで製造され、平均1次粒径が5〜200nm程度、好ましくは5〜150nm程度であり、緩やかな3次凝集構造をしているのが通常であり、特に硬化物の高強度化に有利である。
このようなヒュームドシリカとしては、従来公知のものが何ら制限無く利用できるが、BET比表面積が70m
2/g以上、より好ましくは100〜300m
2/gのものが好ましい。また、ゾル−ゲルシリカ−ジルコニアとは、加水分解−縮合可能なケイ素化合物(通常はアルコキシシラン)と加水分解−縮合可能なジルコニウム化合物(通常はジルコニウムアルコキシド)を水性の酸性又は塩基性条件下で加水分解−縮合させ、必要に応じて500℃〜1200℃程度で焼成することで製造される。平均1次粒径が50〜600nm程度、好ましくは70〜400nm程度であり、特に球状のものが、得られる接着性組成物の物性の点で好適である。このようなゾル−ゲルシリカ−ジルコニアとしては、従来公知のものが何ら制限なく利用できる。
【0034】
また、上述した無機フィラーは、シランカップリング剤に代表される表面処理剤で疎水化することで重合性単量体(A)とのなじみを良くし、機械的強度や耐水性をさらに向上させることができる。
このような疎水化に使用されるシランカップリング剤の例としては、これに限定されるものではないが、以下のものを例示することができる。
メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、メチルトリクロロシラン、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、γ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン、γ−メタクリロイルオキシプロピルトリス(β−メトキシエトキシ)シラン、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、N−フェニル−γ−アミノプロピルトリメトキシシラン、ヘキサメチルジシラザンなどが挙げられる。
【0035】
疎水化処理の程度は、特に制限されないが、ヒュームドシリカの場合は、親油度を示すM値が40以上、より好ましくは45〜55となるように行うのがよく、これにより、ヒュームドシリカの分散性を高めることができる。
また、必要に応じて有機−無機複合フィラーを用いても良い。有機−無機複合フィラーとしては従来公知のものが何ら制限なく利用できるが、特に、WO2011/115007記載の有機無機複合フィラーは得られる接着性組成物の硬化体強度が優れたものとなり好ましい。
【0036】
本発明において、上述した無機フィラー(c1)は、一般的には、前述した重合性単量体(A)100質量部当り5〜900質量部の量で使用され、特に、20〜900質量部含む場合に本発明の効果が顕著である。ただし、その配合量は、当該セルフエッチング性組成物の用途によって異なる。
例えば、本発明の非溶媒系歯科用セルフエッチング性組成物は、歯に形成された窩洞を直接修復する際に用いる接着材や複合修復材として使用することができ、さらには、歯列矯正用ブラケット等の補綴物などの間接修復用接着材として使用することができる。
接着材として使用する場合には、フィラーの使用量は比較的少量でよく、例えば、重合性単量体(A)100質量部当り0.5〜30質量部、特に1〜20質量部の量で使用することが好ましい。また、複合修復材として使用する場合には、フィラーの使用量は比較的多いことが望ましく、例えば重合性単量体(A)100質量部当り30〜2000質量部、特に50〜1000質量部の量で使用することが好ましい。さらに、間接修復用接着材(セメント)として使用する場合には、重合性単量体(A)100質量部当り30〜900質量部、特に50〜300質量部の量で使用することが好ましい。
【0037】
[その他の配合剤]
本発明の非溶媒系歯科用セルフエッチング性組成物においては、上述した成分以外にも、種々の配合剤を適宜用いることができる。このような他の配合剤としては、化学重合開始剤、有機増粘材、重合禁止剤、重合調整剤、紫外線吸収剤、染料、顔料、香料、帯電防止剤等が代表的であり、これらの配合剤は、歯質に対する接着性やスルホン酸系モノマーの、他のモノマーに対する相溶性を損なわない範囲の量で使用する必要がある。
【0038】
[第一級アルコール化合物及び1,2−ジオール化合物]
本発明の非溶媒系歯科用セルフエッチング性組成物には、基本的に、第一級アルコール化合物や1,2−ジオール化合物を含まない。なお、1,2−ジオール化合物とは、隣接する二つの炭素原子のそれぞれに水酸基が結合した骨格を有する化合物を意味する。
しかしながら、歯質への浸透性などを目的として、2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、6−ヒドロキシヘキシルメタクリレート、PEDMA(化学構造は後出)などの第一級水酸基を有する重合性単量体、EDMA(化学構造は後出)などの1,2−ジオール型の重合性単量体、更に粘度調製を目的としてポリエチレングリコール、シクロデキストリンを配合する場合がある。
上記のような態様においても、(B)カルボニル基含有開始剤の系中での失活を抑制して、組成物(製品)の長期保存を可能にするために、これらアルコール化合物の総含有量を、全重合性単量体100質量部に対して10質量部未満とすることが重要である。上記二種のアルコール以外のアルコールは、系中に存在しても特に問題はない。一方、多価アルコールであっても、分子内に第一級水酸基を有する化合物は、本発明の第一級アルコールとして取り扱う。
10質量部を超えると、(B)カルボニル基含有開始剤とアセタールを形成して、顕著に重合能が低下し接着力が落ちる。これらアルコール化合物の最低配合量は、アルコール化合物の配合目的から決まってくるので、それらを勘案して決めればよい。
【0039】
<非溶媒系歯科用セルフエッチング性組成物>
本発明の非溶媒系歯科用セルフエッチング性組成物は、液状又はペースト状の組成物であり、通常、上述した各成分を所定のパッケージに収容して保存して使用する。パッケージは、全ての成分を1の包装とする1パッケージでもよく、また、保存に際してゲル化が生じないように、適宜、2つのパッケージに分けて各成分を保存し、使用時に、2つのパッケージに収容されている成分を混合して使用することもできる。例えば、2成分混合型の化学重合開始剤を用いるような場合などでは、これらを異なるパッケージに分けて保存しておくことが好適である。
【0040】
このような本発明の非溶媒系歯科用セルフエッチング性組成物は、歯質に対する接着性が優れているため、種々の歯科用途、例えば、歯の直接修復に使用される接着材や複合修復材、歯列矯正用ブラケットなどの補綴物(間接修復材)を固定するための接着剤(セメント)、歯科用コート材、小窩裂溝填塞材等として用いることができるが、溶媒(水や有機溶媒)を含んでおらず、硬化に際して、溶媒を除去するためのエアブローが不要であるという点で、特に、接着材や複合修復材、セメントとして有効に使用される。
また、この非溶媒系歯科用セルフエッチング性組成物は、溶媒を含んでいないにもかかわらず、適度な脱灰性を示し、格別の前処理剤を使用することなく、エナメル質や象牙質の歯質に対して優れた接着性を示す。従って、上記の接着材や複合修復材、セメントとして使用する場合、前処理剤を省略することができる。さらに、複合修復材として使用する場合、この複合修復材は、歯質に対して自己接着性を有しているため、接着材の使用を省略した自己接着性複合材料として使用することができる。
【実施例】
【0041】
以下、本発明を具体的に説明するために、実施例、比較例を挙げて説明するが、本発明はこれらにより何等制限されるものではない。また、実施例の中で説明されている特徴の組み合わせすべてが本発明の解決手段に必須のものとは限らない。以下の実施例及び比較例で用いた各種成分とその略称、構造、並びに試験方法は、以下の通りである
【0042】
(1)略称及び構造式
〔スルホン酸系モノマー〕
2−MMPS:
【化5】
3−MPS:3−メタクリルオキシプロピルスルホン酸
【0043】
〔リン酸系モノマー〕
PM:2−メタクリルオキシエチルジハイドロジェンホスフェートとビス(2−メタクリルオキシエチル)ハイドロジェンホスフェートの1:1(モル比)の混合物
【0044】
MBP:
【化6】
【0045】
MDP:
【化7】
【0046】
〔第一級アルコール化合物及び1,2−ジオール化合物〕
(非酸性モノマー)
HEMA:2−ヒドロキシエチルメタクリレート
HHMA:6−ヒドロキシヘキシルメタクリレート
【0047】
GMMA:
【化8】
【0048】
EDMA:
【化9】
【0049】
PEDMA:
【化10】
【0050】
(非重合性化合物)
PEG1000:
【化11】
【0051】
〔他の非酸性モノマー〕
Bis−GMA:
【化12】
【0052】
D−2.6E:
【化13】
【0053】
3G:トリエチレングリコールジメタクリレート
【0054】
HPMA:
【化14】
【0055】
HMPMA:
【化15】
【0056】
GDMA:
【化16】
【0057】
〔カルボニル基を有する光重合開始剤〕
CQ:カンファーキノン
BN:ベンジル
【0058】
BTPO:
【化17】
【0059】
〔芳香族アミン化合物〕
4−DMBE:
【化18】
【0060】
〔重合禁止剤〕
BHT:2,6−ジ−t−ブチル−p−クレゾール
HQME:ハイドロキノンモノメチルエーテル
【0061】
〔フィラー〕
F1:
ヒュームド球状シリカ(平均粒径0.13μm)をγ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシランにより疎水化処理したものと、球状シリカ‐ジルコニア(平均粒径0.07μm)γ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシランにより疎水化処理したものとを質量比70:30にて混合した混合物。
F2:
ゾルゲル球状シリカ−ジルコニア(平均粒径0.15μm)
F3:
F2をγ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシランにより疎水化処理したもの
F4:
F2とUDMA{1,6-ビス(メタクリロイルオキシ-2-エトキシカルボニルアミノ)-2,4,4-トリメチルヘキサン}を用い、WO2011/115007号公報記載の方法で調製した有機無機複合フィラー(F2含有率80%、平均粒径20μm)
F5:
40%ジルコニアゾル(ZR−40BL、日産化学製)67.8gと、3.2gの2−MMPSを混合し、得られた混合物を15分攪拌した後、80℃で15時間乾燥したもの。
【0062】
(2)複合修復材用接着材としての接着試験
(2−1)保存前の接着試験
屠殺後24時間以内に牛前歯を抜去し、注水下、#600のエメリーペーパーで唇面に平行になるようにエナメル質および象牙質平面を削り出した。次に、これらの面に圧縮空気を約10秒間吹き付けて乾燥した後、エナメル質および象牙質のいずれかの平面に直径3mmの孔の開いた両面テープを固定し、ついで厚さ0.5mm直径8mmの孔の開いたパラフィンワックスを上記円孔上に同一中心となるように固定して模擬窩洞を形成した。この模擬窩洞内に、調製直後の接着材を塗布し、20秒間放置後、歯科用可視光照射器(トクソーパワーライト、トクヤマ社製)にて10秒間光照射した。更にその上に歯科用複合修復材(エステライト、トクヤマデンタル社製)を充填し、可視光線照射器により30秒間光照射して、接着試験片Iを作製した。
上記の方法で作製した試験片Iを24時間37℃水中に浸漬した後、金属製の治具を取り付け、引張試験機(島津社製オートグラフAG5000)を用いて、クロスヘッドスピード2mm/minの条件で引っ張り試験を行った。1試験当たり、8本の接着試験片を測定し、その平均値を接着強度とした。
(2−2)50℃4週間保存後の接着試験
同様に、50℃のインキュベーター中にて4週間保存した接着材を用い、接着試験片IIを作製した。
上記の方法で作製した試験片IIを24時間37℃水中に浸漬した後、金属製の治具を取り付け、同様に引っ張り試験を行った。1試験当たり、8本の接着試験片を測定し、その平均値を接着強度とした。
【0063】
(3)自己接着性複合修復材としての接着試験
(3−1)保存前の接着試験
屠殺後24時間以内に牛前歯を抜去し、注水下、#600のエメリーペーパーで唇面に平行になるようにエナメル質および象牙質平面を削り出した。次に、これらの面に圧縮空気を約10秒間吹き付けて乾燥した後、エナメル質および象牙質のいずれかの平面に直径3mmの孔の開いた両面テープを固定し、ついで厚さ0.5mm直径8mmの孔の開いたパラフィンワックスを上記円孔上に同一中心となるように固定して模擬窩洞を形成した。この模擬窩洞内に自己接着性複合修復材を充填し、20秒間放置後、歯科用可視光照射器(トクソーパワーライト、トクヤマ社製)にて10秒間光照射して、接着試験片IIIを作製した。
上記の方法で作製した試験片IIIを24時間37℃水中に浸漬した後、金属製の治具を取り付け、引張試験機(島津社製オートグラフAG5000)を用いて、クロスヘッドスピード2mm/minの条件で引っ張り試験を行った。1試験当たり、8本の接着試験片を測定し、その平均値を接着強度とした。
(3−2)50℃4週間保存後の接着試験
同様に、50℃のインキュベーター中にて4週間保存した自己接着性複合修復材を用い、接着試験片VIを作製した。
上記の方法で作製した試験片VIを24時間37℃水中に浸漬した後、金属製の治具を取り付け、同様に引っ張り試験を行った。1試験当たり、8本の接着試験片を測定し、その平均値を接着強度とした。
【0064】
実施例1
2−MMPS3gを20mlのアセトンに溶解させ、この溶液にMDP17g、D−2.6E30g、Bis−GMA20g、3G30g、BHT0.1g、HQME0.05gを加え、均一になるまで攪拌した。攪拌後、減圧下でアセトンを除去し、CQ0.6g、DMBE1.3gを加えて再び均一になるまで攪拌し、複合修復材用接着材とした。
この接着材について、接着試験片Iおよび試験片IIを作成し、エナメル質および象牙質に対する接着強度を測定した。複合修復材用の接着材組成及び評価結果を表1に示した。
【0065】
実施例2
100mlの褐色スクリュー管ビン中で、2−MMPS3g、4−DMBE2.9g、および3G30gを、均一になるまで室温にて攪拌混合した。この均一溶液に、BHT0.1g、HQME0.05g、D−2.6E30g、Bis−GMA20g、CQ0.6gを加え、均一になるまで室温にて攪拌混合し、水を含まない複合修復材用接着材とした。
この接着材について、接着試験片Iおよび試験片IIを作成し、エナメル質および象牙質に対する接着強度を測定した。複合修復材用接着材の組成及び評価結果を表1に示した。
【0066】
実施例3〜
17、比較例1〜11
実施例2の方法に準じ、表1に示した組成の異なる複合修復材用接着材を調製した。得られた各複合修復材用接着材について、接着試験片Iおよび試験片IIを作成し、エナメル質および象牙質に対する接着強度を測定した。複合修復材用接着材の組成及び評価結果を表1に示した。
【0067】
【表1-1】
【0068】
【表1-2】
【0069】
【表1-3】
【0070】
実施例20
実施例2に用いた接着材33gと、F2を3.4g、F3を23.5g、及びF4を40.1gとをメノウ乳鉢で混合し、真空下にて脱泡することで自己接着性複合修復材とした。
この自己接着性複合修復材について、接着試験片IIIおよび試験片VIを作成し、エナメル質および象牙質に対する接着強度を測定した。自己接着性複合修復材の組成及び評価結果を表2に示した。
【0071】
実施例21、22、比較例12〜17
実施例20の方法に準じ、表2に示した組成の異なる自己接着性複合修復材を調製した。得られた自己接着性複合修復材について、接着試験片IIIおよび試験片VIを作成し、エナメル質および象牙質に対する接着強度を測定した。自己接着性複合修復材の組成及び評価結果を表2に示した。
【0072】
【表2】