【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一の局面に従った円錐ころ軸受は、円錐状の外輪軌道面を有する外輪と、円錐状の内輪軌道面を有し、内輪軌道面の大径側に大鍔面、小径側に小鍔面が設けられた内輪と、外輪軌道面と内輪軌道面との間に転動自在に配列された複数の円錐ころと、円錐ころを円周方向において所定の間隔に保持する保持器とを備えている。軸受使用時には、円錐ころの大端面が内輪の大鍔面と接触して案内される。円錐ころの大端面の曲率半径をR、円錐ころの外周面を含む円錐面の頂点から内輪の大鍔面までの距離をR
BASEとしたとき、R/R
BASEの値が0.75〜0.87の範囲となっている。そして、内
輪および円錐こ
ろは、0.60質量%以上1.50質量%以下の炭素と、0.15質量%以上2.50質量%以下の珪素と、0.30質量%以上1.50質量%以下のマンガンと、0.20質量%以上2.00質量%以下のクロムとを含有し、残部不純物からなる鋼からなっており、他の部品と接触する接触面から深さ20μmまでの領域である表層部における窒素濃度が0.3質量%以上であり、接触面から深さが50μmである領域における残留オーステナイト量は20体積%以上であり、全体の平均残留オーステナイト量が
6.5体積%以上20体積%以下である高強度軸受部品である。
【0008】
また、本発明の他の局面に従った円錐ころ軸受は、円錐状の外輪軌道面を有する外輪と、円錐状の内輪軌道面を有し、内輪軌道面の大径側に大鍔面、小径側に小鍔面が設けられた内輪と、外輪軌道面と内輪軌道面との間に転動自在に配列された複数の円錐ころと、円錐ころを円周方向において所定の間隔に保持する保持器とを備えている。軸受使用時には、円錐ころの大端面が内輪の大鍔面と接触して案内される。円錐ころの大端面の曲率半径をR、円錐ころの外周面を含む円錐面の頂点から内輪の大鍔面までの距離をR
BASEとしたとき、R/R
BASEの値が0.75〜0.87の範囲となっている。そして、内
輪および円錐こ
ろは、0.60質量%以上1.50質量%以下の炭素と、0.15質量%以上2.50質量%以下の珪素と、0.30質量%以上1.50質量%以下のマンガンと、0.20質量%以上2.00質量%以下のクロムとを含有し、さらに0.00質量%超え0.5質量%以下のニッケルおよび0.00質量%超え0.2質量%以下のモリブデンの少なくともいずれか一方を含有し、残部不純物からなる鋼からなり、他の部品と接触する接触面から深さ20μmまでの領域である表層部における窒素濃度が0.3質量%以上であり、接触面から深さが50μmである領域における残留オーステナイト量は20体積%以上であり、全体の平均残留オーステナイト量が
6.5体積%以上20体積%以下である高強度軸受部品である。
【0009】
本発明者は、円錐ころ軸受において、高い耐久性を確保しつつ、寸法安定性の向上を達成する方策について検討を行なった。その結果、以下のような知見を得て、本発明に想到した。
【0010】
上記内輪、外輪および円錐ころを備えた円錐ころ軸受において、内輪大鍔面と円錐ころ大端面との間に形成される油膜厚さを、Karnaの式を用いて計算すると、R/R
BASEが0.76のとき、油膜厚さは最大となる。そして、R/R
BASEが0.9を越えると、油膜厚さは急激に減少する。
【0011】
一方、内輪大鍔面と円錐ころ大端面との間の最大ヘルツ応力を計算すると、最大ヘルツ応力は、R/R
BASE の増大に伴って単調に減少する。
【0012】
ここで、内輪大鍔面と円錐ころ大端面との間のすべり摩擦による発熱を抑えて、内輪と円錐ころとの焼付きを抑制するためには、油膜厚さを厚く、最大ヘルツ応力を小さくすることが望ましい。そして、本発明者の検討によれば、R/R
BASEの値を0.75〜0.87に調整することにより、焼付きの発生を効果的に抑制することができる。なお、一般的な円錐ころ軸受のR/R
BASEの値は、0.90〜0.97程度である。
【0013】
また、外輪、内輪、転動体などの軸受部品において、他の部品と接触する表面(接触面)およびその直下では、亀裂や焼付きなどの損傷が発生し易い。これに対し、当該接触面に浸炭窒化処理を施すことにより、耐久性の向上を図ることができる。このとき、本発明者の検討によると、接触面である表面から深さ20μmまでの領域における平均窒素濃度(本願明細書、特許請求の範囲および要約書において「表層部」とは表面から深さ20μmまでの領域をいい、「表層部における窒素濃度」とは表層部における平均窒素濃度をいう)を0.3質量%以上にすることにより、接触面の耐久性が向上する。特に、表層部における窒素濃度を上昇させることにより、転走面付近の残留オーステナイト量が増加し、異物混入環境における転動疲労に対する耐久性が向上する。また、表層部における窒素濃度を上昇させることにより当該表層部における焼戻軟化抵抗が向上する。そのため、たとえば上記内輪と円錐ころとのすべり接触(たとえば大端面と大鍔面とのすべり接触)によって接触部の温度が上昇した場合でも、当該接触部の硬度低下が抑制され、焼付きの発生が抑えられる。
【0014】
一方、焼入硬化された鋼の窒素濃度が上昇すると、残留オーステナイト量が増加し、これが軸受部品の使用中に分解することにより経年変化率が大きくなる。
【0015】
ここで、接触面の耐久性については、表層部、すなわち表面から20μm以内のごく薄い層における窒素濃度が支配的である。これに対し、経年変化率に対しては、軸受部品全体における残留オーステナイト量が影響する。そこで、表層部の窒素濃度を増加させつつ、軸受部品全体の残留オーステナイト量を低減することにより耐久性の向上と寸法安定性の向上とを両立させることを検討したところ、接触面下の表層部における窒素濃度を0.3質量%以上とし、かつ全体の平均残留オーステナイト量を20体積%以下とすることにより、耐久性の向上と寸法安定性の向上とを両立可能であることが明らかとなった。このような表層部の窒素濃度と全体の残留オーステナイト量との組み合わせは、たとえば通常の浸炭窒化処理に比べて高い濃度の窒素を部品表面に導入した上で、通常の温度よりも高い温度で焼戻処理を実施することにより達成することができる。
【0016】
本発明の円錐ころ軸受においては、R/R
BASEの値が0.75〜0.87の範囲に調整されることにより、円錐ころの大端面と内輪の大鍔面との焼付きが抑制される。さらに、外輪、内輪および円錐ころのうち少なくともいずれか1つが、接触面下の表層部における窒素濃度を0.3質量%以上とし、かつ全体の平均残留オーステナイト量を20体積%以下とされた高強度軸受部品であることにより、異物混入環境を含む過酷な環境下における転動疲労に対する耐久性の向上と焼戻軟化抵抗の向上による更なる焼付きの抑制とを達成しつつ、寸法安定性を向上させることができる。その結果、本発明の円錐ころ軸受によれば、高い耐久性を確保しつつ、寸法安定性の向上を達成することが可能な円錐ころ軸受を提供することができる。
【0017】
ここで、上記高強度軸受部品を構成する鋼の成分組成を上記範囲に設定した理由について説明する。
【0018】
炭素:0.60質量%以上1.50質量%以下
炭素含有量は、焼入硬化後における軸受部品の接触面の硬度に大きな影響を与える。鋼の炭素含有量が0.60質量%未満では、焼入硬化後における接触面に十分な硬度を付与することが困難となる。あるいは、浸炭処理などで表面の炭素量を補う必要が生じ、生産効率の低下、製造コストの上昇の原因となる。一方、炭素含有量が1.50質量%を超えると、焼入硬化の際の割れの発生(焼割れ)が懸念される。そのため、炭素含有量は0.60質量%以上1.50質量%以下とした。
【0019】
珪素:0.15質量%以上2.50質量%以下
珪素は、鋼の焼戻軟化抵抗の向上に寄与する。鋼の珪素含有量が0.15質量%未満では、焼戻軟化抵抗が不十分となり、焼入硬化後の焼戻や、軸受部品の使用中における温度上昇により接触面の硬度が大幅に低下する可能性がある。一方、珪素含有量が2.50質量%を超えると、焼入前の素材の硬度が高くなり、素材を軸受部品に成形する際の冷間加工における加工性が低下する。そのため、珪素含有量は0.15質量%以上2.50質量%以下とした。
【0020】
マンガン:0.30質量%以上1.50質量%以下
マンガンは、鋼の焼入性の向上に寄与する。マンガン含有量が0.30質量%未満では、この効果が十分に得られない。一方、マンガン含有量が1.50質量%を超えると、焼入前の素材の硬度が高くなり、冷間加工における加工性が低下する。そのため、マンガン含有量は0.30質量%以上1.50質量%以下とした。
【0021】
クロム:0.20質量%以上2.00質量%以下
クロムは、鋼の焼入性の向上に寄与する。クロム含有量が0.20質量%未満では、この効果が十分に得られない。一方、クロム含有量が2.00質量%を超えると、素材コストが高くなるという問題が生じる。そのため、クロム含有量は0.20質量%以上2.00質量%以下とした。
【0022】
ニッケル:0.5質量%以下
ニッケルも、鋼の焼入性の向上に寄与する。ニッケルは、本発明の軸受部品を構成する鋼において必須の成分ではないが、大型の軸受部品など、軸受部品を構成する鋼に高い焼入性が求められる場合に添加することができる。しかし、ニッケル含有量が0.5質量%を超えると、焼入後における残留オーステナイト量が多くなり、寸法安定性が低下する。そのため、軸受部品を構成する鋼に0.5質量%以下の範囲で添加することが好ましい。
【0023】
モリブデン:0.2質量%以下
モリブデンも、鋼の焼入性の向上に寄与する。しかし、モリブデン含有量が0.2質量%を超えると、素材コストが高くなるという問題が生じる。そのため、軸受部品を構成する鋼に0.2質量%以下の範囲で添加することが好ましい。
【0024】
上記円錐ころ軸受においては、上記内輪の小鍔面が、円錐ころの小端面と平行な面で形成されていてもよい。
【0025】
これにより、小端面の面取りの寸法や形状にばらつきがあっても、初期組立状態において、互いに平行な小端面19と小鍔面14とは面接触する。そのため、このときの大端面と大鍔面との隙間は、小端面の面取りの寸法や形状のばらつきの影響を受けることがなく、運転開始後に各円錐ころが正規の位置に落ち着くまでの時間のばらつきが小さくなる。その結果、円錐ころ軸受の馴らし運転時間を短縮することができる。
【0026】
上記円錐ころ軸受においては、上記内輪の大鍔面の表面粗さRaは0.05〜0.20μmの範囲であってもよい。
【0027】
上記表面粗さRaを0.05μm以上とすることにより、低速で行われる馴らし運転時に、内輪の大鍔面と円錐ころの大端面との間の潤滑状態を、流体潤滑と境界潤滑との混合潤滑ではなく、境界潤滑とすることができる。そのため、摩擦係数が安定し、精度のよい予圧力の管理を行うことができる。なお、回転数が100rpmを越える通常の軸受使用条件下では、大鍔面と大端面との間に十分な油膜が形成されるため、潤滑状態は流体潤滑となって摩擦係数は十分に小さくなる。一方、表面粗さRaを0.20μm以下とすることにより、高速回転時に軸受の温度が上昇し、潤滑油の粘度が低下した場合でも、油膜厚さを十分に確保し、焼付きの発生をより確実に抑制することができる。
【0028】
上記円錐ころ軸受においては、上記円錐ころの大端面が、内輪の大鍔面と接触したときに形成される、内輪の小鍔面と円錐ころの小端面との隙間が0.4mm以下に規制されていてもよい。これにより、馴らし運転において円錐ころが正規の位置に落ち着くまでに必要な回転回数を減らし、馴らし運転時間を短縮することができる。
【0029】
上記円錐ころ軸受においては、上記内輪の小鍔面は、研削加工面または旋削加工面であってもよい。これにより、内輪の小鍔面と円錐ころの小端面との隙間を精度よく管理することができる。
【0030】
上記円錐ころ軸受においては、上記内輪の大鍔面は、円錐ころの大端面に接触するベース面と、ベース面の外側に滑らかに連なり、円錐ころの大端面から離隔する方向に湾曲する逃げ面とを含んでいてもよい。
【0031】
これにより、内輪の大鍔面と円錐ころの大端面との接触領域の外縁近傍に隙間が形成される。その結果、当該接触領域への潤滑油の引き込み作用が高まり、十分な油膜が形成される。また、この滑らかな逃げ面の形成で、円錐ころのスキューが発生した際の、円錐ころと内輪大鍔面との接触による疵付きを抑制することができる。
【0032】
上記円錐ころ軸受においては、上記逃げ面の断面形状が円弧状の領域を含んでいてもよい。これにより、潤滑油引き込み作用の優れた逃げ面を容易に形成することができる。
【0033】
上記円錐ころ軸受においては、円錐ころの大端面の中央部に平面形状が円形状のぬすみが設けられ、当該ぬすみの外周端が、内輪のベース面と逃げ面との境界領域に位置するようにしてもよい。
【0034】
これにより、内輪の大鍔面と円錐ころの大端面との接触領域の外縁近傍に形成される上記隙間の近くまで潤滑油を導いて、当該隙間に十分な潤滑油を供給することができる。また、かつ円錐ころの許容スキュー角を、さらに大きくすることができる。
【0035】
上記円錐ころ軸受においては、ベース面と逃げ面との境界が、軸受の許容最大アキシャル荷重下で、円錐ころ大端面と大鍔面との接触で生じる最大接触楕円の外縁部に位置するようにしてもよい。
【0036】
これにより、円錐ころ軸受の全ての使用負荷レンジで、潤滑油を引き込む上記隙間を適切に形成することができる。
【0037】
上記円錐ころ軸受においては、上記接触面下の表層部には、接触面に垂直な断面において直径0.5μm以下の炭窒化物が100μm
2あたり5個以上存在していてもよい。
【0038】
直径0.5μm以下という微細な炭窒化物が100μm
2あたり5個以上の割合で表層部に存在することで表層部が強化されることにより、表層部の耐久性が一層向上し、耐久性に優れた軸受部品が得られる。ここで、炭窒化物とは、鉄の炭化物または当該炭化物の炭素の一部が窒素に置き換わったものであり、Fe−C系の化合物およびFe−C−N系の化合物を含む。また、この炭窒化物は、クロムなど、鋼に含まれる合金元素を含んでいてもよい。
【0039】
上記円錐ころ軸受においては、接触面から深さが50μmである領域における残留オーステナイト量は20体積%以上であってもよい。このようにすることにより、接触面の耐久性、特に異物混入環境における接触面の耐久性を向上させることができる。
【0040】
上記円錐ころ軸受においては、内輪は、上記高強度軸受部品であり、内輪の内径表面における窒素濃度が0.05質量%以下であってもよい。
【0041】
残留オーステナイトの分解による寸法変化は、部品寸法の膨張として現れる場合が多い。一方、転がり軸受の内輪は、その内径面が軸などの外周面に嵌め込まれて使用される場合が多い。そのため、内径が膨張すると、内輪の軸に対する嵌め込み状態が不安定になるおそれがある。これに対し、内径面における窒素濃度を0.05質量%以下にまで低減することで、上記問題の発生を抑制することができる。
【0042】
上記円錐ころ軸受は、自動車の動力伝達軸の支持に用いられるものであってもよい。また、上記自動車は、二輪車であってもよい。また、上記円錐ころ軸受は、ギヤオイルが封入されたハウジング内において、歯車軸が軸受により回転自在に支持される車両用歯車軸支持装置において、当該軸受として用いられてもよい。十分な耐久性を確保しつつコンパクト化が求められる上記用途に、本発明の円錐ころ軸受は好適である。