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(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
被検者由来の生体関連物質又はその処理物の匂いに対するトランスジェニック線虫のカルシウム濃度の変化を指標として癌を検出することを特徴とする癌の検出方法であって、
前記トランスジェニック線虫は、カルシウム結合タンパク質及び蛍光タンパク質をコードするインディケーター遺伝子を発現させてあり、
被検者由来の生体関連物質又はその処理物を前記トランスジェニック線虫に刺激として与えたときの、インディケーター遺伝子によりコードされるインディケータータンパク質から発する蛍光の蛍光強度比の変化又は蛍光強度変化が、対照の生体関連物質又はその処理物を使用したときの蛍光強度比の変化又は蛍光強度変化と比較して大きいときは、当該比較結果は、被検者は癌である、又は癌のリスクがあると判定することの指標となり、
前記生体関連物質又はその処理物が、体液、細胞、組織、又は細胞若しくは組織の培養物若しくは保存液である、
前記方法。
被検者由来の生体関連物質又はその処理物の匂いに対する線虫の反応を指標として癌種を同定することを特徴とする癌種の同定方法であって、以下の工程を含む、前記方法:
(a)請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法により癌を検出し、
(b)前記工程(a)において癌であることが検出された試料について、匂いの受容体をコードする遺伝子の発現又は機能が阻害された線虫における匂いに対する反応を検査することにより同定された受容体を改変した改変体線虫を用いて、匂いに対する反応を検査し、
(c)前記改変体線虫と、前記工程(a)で使用した線虫との間で匂いに対する反応が異なるときは、当該反応結果は、同定された受容体に対応する癌種を、同定の対象癌種であると判定することの指標となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1は、健常者及び癌患者の尿に対する線虫の反応試験結果を示す図である。
図2は、
本発明の方法に使用するシャーレのフォーマットを示す図である。
図3は、インディケーター遺伝子としてYellow Cameleon遺伝子を用いたときの測定原理を示す図である。
図4は、インディケーター遺伝子としてGCaMP遺伝子を用いたときの測定原理を示す図である。
図5は、線虫を配置するためのマイクロ流路を有するチップを示す図である。
【0016】
図6は、マイクロ流路を有するチップ内での流路の切り替えを示す図である。
図7は、癌患者由来の尿に対し、線虫のAWC嗅覚神経の反応を試験した結果を示す図である。
図8は、癌患者由来の尿に対し、線虫のAWC嗅覚神経の反応を試験した結果を示す図である。
図9は、沈殿物及び固形物を除去した尿サンプルを用いて線虫の化学走性を試験した結果を示す図である。
図10は、癌患者由来の尿に対し、線虫のAWA嗅覚神経の反応を試験した結果を示す図である。
【0017】
図11は、癌患者由来の尿に対し、線虫のAWA嗅覚神経の反応を試験した結果を示す図である。
図12は、アッセイプレートを示す図である。
図13は、癌細胞の培養培地に対する線虫の誘引行動を示す図である。
図14は、本発明の方法の中規模試験結果を示す図である。
図15は、本発明の方法と他の腫瘍マーカーを用いて中規模試験を行い、感度を比較した結果を示す図である。
【0018】
図16Aは、本発明のシステムのブロック図である。
図16Bは、本発明のシステムの処理部の構成図である。
図17は、種々の濃度の繊維芽細胞培養培地に対する線虫の走性を示す図である。
図18は、種々の濃度の癌細胞培養培地に対する線虫の走性を示す図である。
colo205=大腸癌、MKN1=胃癌
図19は、S状結腸癌患者の癌組織及び健常組織に対する線虫の走性を示す図である。
図20は、ヒトの癌組織切片を生理食塩水に入れて保存した後の当該生理食塩水の希釈液に対する線虫の走性を示す図である。
【0019】
図21は、尿の濃度を変えて線虫の走性を試験した結果を示す図である。
図22は、特定の匂い物質に対する応答に関与した嗅覚受容体についてのRNAiスクリーニングを示す図である。
(A)RNAiスクリーニング戦略が効果的であったことの確認。ジアセチルの10−3希釈又はピラジンの10−3希釈に対する走化性応答におけるeri−1変異体でのodr−10を標的とするRNAiの効果を示す。対照との有意な差を示す(P<0.001、ステューデントt検定)。(B)匂い物質に対する走化性と関連付けられた、第三次スクリーニング後に得られた嗅覚受容体候補遺伝子の数。(C)srx−47又はsra−17プロモーターによって発現誘導された蛍光リポーターの発現パターン。緑色は、これらの遺伝子のプロモーターによって誘導される蛍光タンパク質Venusの発現を示す。マジェンタ色は、AWA、AWB、及びAWC嗅覚ニューロンにおけるmCherryの発現を示す。srx−47の発現は、AWA及びASHニューロンにおいて観察された。sra−17の発現は、AWAニューロンにおいて検出された。スケールバー、10μm。
図23は、嗅覚受容体候補遺伝子の発現パターンを示す図である。
(左)緑色は、嗅覚受容体候補遺伝子のプロモーターによって発現誘導されたVenusの発現を示す。(中央)マジェンタ色は、AWA、AWB及びAWCニューロンにおけるmCherryの発現(A)又は色素(dye)染色された感覚ニューロン(ASH、ASJ、AWB、ASK、ADL、ASI、PHA及びPHBニューロン)(B−M)を示す。(右)重ね合わせた図。すべての画像は、尾部領域(C、下部)を除いて、線虫の頭部領域の左側面画像のものである。矢印及び矢じりは、受容体候補遺伝子が発現するニューロンの細胞体を示す。スケールバー=10μm。
【0020】
図24は、SRI−14はASHニューロンにおいて高濃度のジアセチルに対する応答に機能することを示す図である。
(A)野生型(WT)、odr−10、及びsri−14変異体における低濃度及び高濃度のジアセチルに対する化学走性。ジアセチル濃度を下部に示す(n=5)。(B)高濃度のジアセチル(5μl未希釈)に対する忌避応答におけるsri−14を標的とするRNAiの効果(n=8)。(C)高濃度のジアセチル(5μl未希釈、Da)、イソアミルアルコール(5μl未希釈、Iaa)、及びベンズアルデヒド(1μl未希釈、Bz)、並びに忌避物質オクタノール(1μl未希釈、Oct)及びノナノン(1μl未希釈、Nona)に対するsri−14変異体の化学走性(n=6)。(D)sri−14プロモーターによって発現誘導される蛍光リポーター(緑色)の発現パターン。矢じりは、それぞれmCherry又は蛍光色素によって同定されたAWC又はASHの細胞体を示す(マジェンタ)。(E)高濃度のジアセチル(5μl未希釈)に対する化学走性において、野生型線虫でsri−14をASH又はAWC特異的にRNAiしたときの効果(n=5)。(F)高濃度のジアセチル(5μl未希釈)へのsri−14変異体の応答の欠陥についてsri−14cDNAのニューロン特異的発現の効果(n=5)。(G)ASHの感覚繊毛におけるSRI−14::GFPの局在。スケールバー、10μm(D及びG)。エラーバーはSEMを表す。
*P<0.05、
**P<0.01、
***P<0.001、ステューデントt検定(B及びC)又はダネット検定(A、E、及びF)。
【0021】
図25は、RNAi処理された線虫の高濃度ジアセチル濃度に対する化学走性を繰り返しアッセイした結果を示す図である。
sri−14に加えて、第三スクリーニング後に得られた高濃度ジアセチル(5μlの未希釈)に対する応答に関する受容体候補遺伝子のうち、srh−25、srh−79、srh−216、又はsrh−281のRNAiは、ジアセチルからの忌避行動に有意で再現性のある欠陥を引き起こした。誤差バーはSEMを表す。対照と比較した有意差を示す(
*P<0.05、
**P<0.01;ボンフェローニ補正を含むステューデントt検定)。
図26は、sri−14の構造を示す図である。
sri−14は7回膜貫通型タンパク質をコードする。(A)sri−14の構造。ok2685株の欠失領域を示す。(B)SRI−14の予測されたアミノ酸配列。隠れマルコフモデルによって予測された7回膜貫通型ドメインを示す。(C)SRI−14の疎水性プロット。プロットは、Kyte & Doolittleによって定義されたハイドロパシーパラメータに由来する。(D)sri−14変異体は、高い浸透圧刺激(4M NaCl)に対して正常な忌避行動を示した。誤差バーはSEMを表す。対照と比較した有意差を示す(
**P<0.01、ダネット検定)。
【0022】
図27は、高濃度ジアセチルに対する応答に関与するニューロンを示す図である。(A)感覚ニューロンが特異的に破壊された野生型線虫における高濃度ジアセチル(5μl未希釈)に対する化学走性(n≧8)。(B)AWAを除去された線虫における10−3希釈のジアセチルに対する化学走性。(C)AWA、ASH感覚ニューロンと4つの第一層介在ニューロンの間の神経配線の模式図。(D)介在ニューロンが特異的に阻害された野生型線虫における高濃度ジアセチル(5μl未希釈)に対する化学走性(n≧5)。(E)介在ニューロンが特異的に阻害された野生型線虫における10−3希釈のジアセチルに対する化学走性(n≧5)。誤差バーはSEMを表す。
**P<0.01、
***P<0.001、ダネット検定;†††P<0.001;ステューデントt検定。(A)において、アステリスクは、いずれのニューロンも除去、阻害されていない野生型対照株と比較した、統計学的な有意差を示す。
【0023】
図28は、種々のジアセチル濃度に対するAWAニューロンの応答を示す図である。(A)指示された遺伝子型の線虫における低濃度のジアセチル(10−5希釈)による刺激後のAWAニューロンのカルシウム応答。曲線の周囲の陰影領域はSEMを表す(すべての遺伝子型についてn≧8)。黒色バーは、ジアセチル刺激が存在したことを示す。(B)低濃度のジアセチル(10−5希釈)を添加してから10秒後の平均蛍光変化。誤差バーはSEMを表す。
**P<0.01、ダネット検定(それぞれの遺伝子型についてn≧8)。黒色はWTであり、赤色はsri−14変異体であり、青色はodr−10変異体である。(C)指示された遺伝子型の線虫における高濃度のジアセチル(10−3希釈)による刺激後のAWAニューロンのカルシウム応答。データは(A)と同じく示される(すべての遺伝子型についてn≧8)。(D)高濃度のジアセチル(10−3希釈)の添加から10秒後の平均蛍光変化。誤差バーはSEMを表す(すべての遺伝子型についてn≧8)。
【0024】
図29は、種々のジアセチル濃度に対するASHニューロンの応答を示す図である。(A)野生型線虫における低濃度(10−5希釈)及び高濃度(10−3希釈)のジアセチル刺激後のASHニューロンのカルシウム応答(n≧11)。(B)sri−14変異体(n=26)、odr−10変異体(n=28)、sri−14cDNAのASH特異的発現を伴うsri−14変異体(sri−14レスキュー、n=9)、及びsri−14をASH特異的にRNAiした野生型線虫(n=20)におけるASHニューロンのカルシウム応答。曲線の周囲の陰影領域はSEMを表す。黒色バーは、ジアセチル刺激が存在したことを示す。(C)高濃度ジアセチル(10−3希釈)を添加してから10秒後の平均蛍光変化。誤差バーはSEMを表す。
*P<0.05、ダネット検定(n≧11)。
図30は、unc−13変異体及びAWAを破壊された線虫におけるASHニューロンのカルシウムイメージングの図である。野生型(A,N=14)、unc−13変異体(B,N=14)及びAWAを破壊された線虫(C,N=11)における高濃度のジアセチル(10−3希釈)刺激後のASHニューロンのカルシウム応答。unc−13変異体及びAWAを破壊された線虫では、野生型線虫ニューロンと比較して、大きく長時間持続するカルシウム応答が観察された。曲線の周囲の陰影領域はSEMを表す。黒色バーは、ジアセチル刺激が存在したことを示す。(D)高濃度ジアセチルを添加してから10秒後の平均蛍光変化。誤差バーはSEMを表す。対照からの有意差は、(
*P<0.05、ダネット検定)によって示される。
【0025】
図31は、AWCニューロンが高濃度ジアセチルの除去に応答することを示す図である。野生型における高濃度ジアセチル(10−3希釈)の除去後のAWCニューロンのカルシウム応答(N=10)。曲線の周囲の陰影領域はSEMを表す。黒色バーは、ジアセチルが存在したことを示す。
図32は、高濃度又は低濃度のジアセチルの除去に対するAWBニューロンの応答を示す図である。(A)野生型線虫(茶色、n=10)又はAWBニューロンにおいてsri−14を異所性に発現させた線虫(橙色、n=11)における、低濃度(10−5希釈、左)又は高濃度(10−3希釈、右)のジアセチルの除去後のAWBニューロンのカルシウム応答。曲線の周囲の陰影領域はSEMを表す。黒色バーは、ジアセチルが存在したことを示す。(B)ジアセチルを除去してから10秒後の平均蛍光変化。白色バー、野生型;橙色バー、AWBにおいてsri−14を異所性に発現させた株。誤差バーはSEMを表示す。
***P<0.001、ステューデントt検定(n≧10)。
【0026】
図33は、匂いの濃度に依存した嗅覚受容体のスイッチのモデル図である。低濃度ジアセチルに対しては、ASHニューロンにおけるSRI−14ではなく、AWAニューロンにおけるODR−10が、ジアセチル受容体として機能し、AWAの活性化及び誘引行動をもたらす。対照的に、高濃度ジアセチルは、ASHニューロンにおけるSRI−14によって感知されるが、AWAニューロンにおけるODR−10によって感知されない。ASHニューロンは、高濃度ジアセチルによってだけ活性化され、忌避行動を誘導する。AWAも高濃度ジアセチルに応答するが、これは、ODR−10以外の嗅覚受容体がAWAニューロンにおいて応答することを示す。
図34は、N2株及び遺伝子変異株における各種癌患者の尿に対する走性を示す図である。
図35は、N2株及び遺伝子変異株における各種化学物質に対する走性を示す図である。
【0027】
図36は、嗅覚受容体ノックダウン株における乳癌患者の尿に対する走性を示す図である。
図37は、線虫の走性テストにより癌種を特定する方法の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明を詳細に説明する。
1.概要
(1)癌の検出
本発明は、線虫を、被検者由来の生体関連物質又はその処理物の存在下で飼育し、例えば線虫の嗅覚による化学走性などを指標として癌を検出することを特徴とする癌の検出方法である。
本発明者は、被検者が癌であるか否かを検査するに際し、一態様として被検者由来のサンプルに対する線虫C.elegansの嗅覚による化学走性に注目した。
線虫であるセノラブディティス・エレガンス(Caenorhabditis elegans、以下「C.elegans」ともいう)は生物研究のモデル生物として、世界中の研究室で広く飼育、研究されているポピュラーな生物であり、飼育が容易で、嗅覚が優れている特徴がある。
【0029】
線虫は匂い物質に対して、寄る、逃げるといった化学走性を示すことから、本発明においては、この行動を指標として癌の匂いに対する線虫の反応を調べる。
健常者、及び癌患者の尿に対する線虫の反応を調べたところ、健常者の尿に対しては忌避行動を、癌患者の尿に対しては誘引行動を示し、30検体を調べその精度は100%であった(
図1)。
また、早期癌を含む、胃癌、結腸・直腸癌、膵臓癌の全てに反応したことから、がん探知犬の行動と同じく、様々な癌に共通した、癌特有の匂いに反応している事が示された。
【0030】
従って、本発明においては、胃癌、結腸・直腸癌、食道癌、膵臓癌、前立腺癌、胆管癌、乳癌、悪性リンパ腫、消化管間葉性腫瘍、盲腸癌、肺癌などの癌種を検出の対象とすることができる。
この線虫を用いた癌診断システムは、以下の通り、従来の問題点の多くを解決できる。
【0031】
(i)早期癌を検出することが可能である。
ステージ0、1の早期癌についても、高精度で検出可能である。尿を採取した時点(2011年)で既存の腫瘍マーカーで陰性と判断された検体について、このテストでは陽性を示した。この患者は、経過観察中の2年間に癌を発症した。すなわち、既存の腫瘍マーカーでは検出できない癌を、本発明により検出することが可能である。
(ii)多種類の癌の存在を単一の検査で診断することができる。すなわち、一度の検診で多くの種類の癌について診断することができる。これまでのところ、胃癌、結腸・直腸癌、食道癌、膵臓癌、前立腺癌、胆管癌、乳癌、悪性リンパ腫、消化管間葉性腫瘍、盲腸癌、肺癌について検出可能であることを確認している。
(iii)高感度である。
30検体のテストでは100%の感度・特異度で検出が可能であった。さらに、中規模テスト(242検体)を行っても、癌患者について100%の感度・95%の特異度で検出が可能であった。
【0032】
(iv)サンプルの採取が容易である。
尿サンプルの採取には、食事制限などの特別な条件を定めておらず、通常の定期検診で採取した尿サンプルを用いて解析できる。このため、被検者は苦痛を伴わず、他の尿検査と同時にサンプル採取が可能である。必要な尿の量は数μlで済む。
【0033】
(v)解析が安価で容易にできる。
(v−1)早い
短時間で解析可能。線虫の化学走性の解析は、1時間半程度で行うことができる。トランスジェニック線虫を用いた嗅覚神経の応答の解析は、30分程度で行うことができる。
(v−2)安価
例えば、1検体あたり、線虫飼育用シャーレ2枚(1枚約10円)、走性解析用シャーレ3〜5枚(1枚約10円)。寒天はそれぞれのシャーレ1枚あたり、2.5円、10円。その他試薬を合わせても、1検体あたり100円程度。人件費を合わせても、非常に安価に解析できる。
(v−3)解析が容易であり、専門的な技術は必要としない。
線虫の走性解析は非常に容易であり、誰でも行うことができる。線虫の飼育も容易である。線虫に対する特別な訓練は必要とせず、通常飼育した線虫を用いて解析することができる。
(v−4)多検体の解析が可能
実験者1人当たり1日に150回程度の回数で走性解析を行うことができる。1検体あたり3回の走性を解析する場合、1日に50検体を解析できる。この作業を自動化することも可能である。
【0034】
(vi)実用化が容易、全世界で導入可能
(vi−1)システム全体が安価で導入しやすい
線虫の飼育に特別な部屋は必要ない。必要とする機器は、20℃インキュベーターと実体顕微鏡のみであり、安価かつ短時間でシステムの構築ができる。
(vi−2)全世界に導入可能
高価な測定機器を必要としないことから、先進国だけでなく、全ての国に導入可能である。
【0035】
(vii)癌治療後の再発診断に応用可能
全ての部位の癌を検出できることから、術後再発の可能性判断に応用できる。
以上より、本発明は、被検者の苦痛が少なく、操作を簡単かつ安価に行うことができ、多くの人を対象として実施可能であり高精度な新たな癌検診法として有用である。
【0036】
(2)嗅覚受容体の同定
匂いは嗅覚神経上の嗅覚受容体によって受け取られる。ヒトには約350種の嗅覚受容体が存在し、約1万種の匂いを識別できると言われている。匂いの種類に対して圧倒的に少ない受容体において、どのようにして膨大な種類の匂いを識別できるのかは不明であることから、それを明らかにするため、匂いと受容体との対応関係を明らかにする必要がある。しかし、そのような試みは部分的にしか行われておらず、特に生体内における対応関係はほとんどわかっていなかった。
線虫C.elegansは生体内での解析に優れ、嗅覚神経がわずか10個程度(ヒトでは約500万個)しかないことや、神経回路が全て同定されていること、さらには匂いを感じる仕組みが哺乳類とほぼ同じであることから、嗅覚研究のモデル生物であると考えられている。線虫の嗅覚受容体は哺乳類と同じ7回膜貫通型Gタンパク質共役型であり、ゲノム上に1200個以上あると予想されている。しかし、匂いとの対応関係が判明している受容体はわずか1個(ジアセチル受容体のODR−10)であり、匂いシグナルをどのようにして受容しているのかが不明であった。
【0037】
そこで本発明者は、RNAiにより線虫体内で嗅覚受容体遺伝子の機能を阻害し、その個体が11種の匂いに対してどのような反応を示すかを調べる、網羅的スクリーニングを行った。匂いに対する反応に変化をもたらした遺伝子をピックアップし、解析を繰り返した。その結果、調べた匂い全てについて候補遺伝子を得ることに成功した(
図22B)。
【0038】
次に、得られた候補遺伝子は本当に生体内で嗅覚受容体として機能しているのかどうかを明らかにするために、本発明者は同一の匂いでも濃度によって嗜好性(好き嫌い)が変化する現象に注目して、解析を進めることにした。ヒトでは、匂いの濃度によって嗜好性が変化することが経験的に知られており、例えばインドールは低濃度ではジャスミンの香り、高濃度では糞尿臭がする。線虫でも同様の現象が観察され、匂いの濃度によって活性化する嗅覚神経の種類が変化し、それによって嗜好性が変化することを、本発明者は先行研究により明らかにしている(Yoshida,K.et al.:Nature Communications 3,739(2012))。では、同一の匂いでも濃度によって反応する受容体が変化するのだろうか。この興味深い疑問について解析するために、本発明者は高濃度ジアセチルの受容に関わるものとして得られたsri−14遺伝子に着目した。sri−14機能低下型変異体は、低濃度ジアセチルへの反応は正常であり、高濃度ジアセチルへの反応にのみ異常を示した。一方、既知のジアセチル受容体ODR−10の変異体は、低濃度のジアセチルへの反応のみ低下した(
図24A)。ODR−10は好きな匂いを受容するAWA嗅覚神経で機能していることが既に報告されていたが(Sengupta,P.et al.:Cell 84,899−909(1996))、sri−14の発現解析や表現型回復実験、神経特異的遺伝子発現阻害実験により、SRI−14は嫌いな匂いを受容するASH感覚神経で機能していることがわかった(
図24)。またSRI−14は嗅覚受容体が存在する感覚繊毛に局在が観察された(
図24G)。
【0039】
ここで、遺伝子発現阻害実験は、例えばRNAiを利用した阻害、アンチセンス核酸を利用した阻害、ドミナントネガティブ型変異遺伝子の発現による阻害などが挙げられるが、RNAiを利用した阻害が好ましい。
【0040】
次に、カルシウムイメージングを用いてAWA、ASH感覚神経のジアセチルに対する応答を観察した。AWA神経は低濃度、高濃度どちらのジアセチルにも応答したが、odr−10変異体では低濃度ジアセチルへの応答が見られなかった(
図28)。sri−14変異体では正常であった。一方、ASH感覚神経は高濃度ジアセチルにのみ応答を示し、その応答はsri−14変異体で有意に低下した。odr−10変異体では正常であった(
図29)。さらに、sri−14をジアセチルに応答しない別の感覚神経AWBに異所的に発現させると、AWBが高濃度ジアセチルに強く応答するようになったことから(
図32)、SRI−14がジアセチル受容体として生体内で機能していることが強く示唆された。以上の結果から、同一の匂いでも濃度によって受容体が使い分けられており、低濃度ジアセチルはAWA神経にあるODR−10で受容して好きと感じ、高濃度ジアセチルはASH神経にあるSRI−14が受容して嫌いと感じることがわかった(Taniguchi,G.et al.:Science Signaling 7,ra39(2014))(
図33)。
【0041】
線虫は、犬とほぼ同数の嗅覚受容体を持つ嗅覚の優れた生物であることから、麻薬探知犬のように有害な物質、有益な物質の匂いを感度良く認識している可能性がある。その場合、本研究の成果から、それらの匂いの受容体を同定することができる。匂いと受容体の対応関係がわかれば、その結合をモデルとした人工匂いセンサの開発が可能であると予想され、将来的に線虫を用いた嗅覚解析は広く社会に貢献するものとして有用である。
【0042】
2.検出方法
(1)線虫
本発明の方法に用いる線虫は土壌自活線虫の一種であり、生物研究のモデル生物として広く研究に用いられている。本発明の方法に用いる線虫は、雌雄を問わないが、自家受精により増殖することができる点で雌雄同体のものが好ましい。また、本発明において使用する線虫は、シャーレの中で大腸菌を餌として飼育すればよく、飼育は容易である。親をシャーレに移しておけば、4日後には子供が産まれて成虫にまで成長し、50〜100倍に個体数が増える。その間、インキュベーターに入れて放置しておけばよく、特別な操作は必要ない。雌雄同体を使用する場合は、かけ合わせなどの操作も必要ない。飼育するのに必要な設備は20℃インキュベーター及び実体顕微鏡であり、システムの立ち上げは短時間に、安価に行える。
【0043】
本発明において使用される線虫としては、例えば野生型線虫の場合は、セノラブディティス・エレガンス(Caenorhabditis elegans)が挙げられ、C.elegans Briostol N2株の雌雄同体を用いることが好ましいが、各種遺伝子を欠損した遺伝子変異株を用いることもできる。これらの線虫は、例えばCaenorhabditis Genetic Center(CGC)より入手することができる。
本発明においては、上記線虫(野生型線虫)のほかに、変異型線虫やトランスジェニック線虫を用いることができる。トランスジェニック線虫には、線虫の嗅覚神経AWC、AWAに、インディケーター遺伝子を導入した線虫、癌の匂いの受容に関わる遺伝子(受容体遺伝子)の発現または機能を阻害した線虫、癌の匂いの受容に関わる遺伝子(受容体遺伝子)を高発現または高機能化した線虫、線虫の行動解析を容易にするために各細胞に蛍光タンパク質を発現させた線虫などが例としてあげられるが、これらに限定されるものではなく、外来遺伝子を導入した全てのトランスジェニック株を対象とする。
【0044】
本発明では、線虫の所定のプロモーターの直下に目的遺伝子を連結したDNAを構築し、これを線虫の野生株や遺伝子変異株(例えば生殖腺)に微量注射する。これにより、外来遺伝子を安定的に継代できるトランスジェニック線虫を作製することができる。カルシウム濃度が上昇することは、神経が活性化したことを表すことから、例えば神経内カルシウム濃度を測定できるインディケーター遺伝子を用い、カルシウム濃度の変化を指標として癌を検出することができる。
【0045】
AWCに発現させるために使用するプロモーターとしては、例えばodr−1プロモーター(Yu,S.,Avery,L.,Baude,E.& Garbers,D.L.Guanylyl cyclase expression in specific sensory neurons:a new family of chemosensory receptors.Proc Natl Acad Sci U S A 94,3384−3387(1997).)などが挙げられる。odr−1はAWCとAWB(AWCとは別の嗅覚神経)に発現誘導する。
また、AWAに発現させるために使用するプロモーターとしては、例えばodr−10プロモーター(Sengupta,P.,Chou,J.H.& Bargmann,C.I.odr−10encodes a seven transmembrane domain olfactory receptor required for responses to the odorant diacetyl.Cell 84,899−909(1996).)が挙げられる。odr−10はAWAのみに発現誘導することが知られている。
【0046】
これらのプロモーターの塩基配列情報は、例えばアクセッション番号Z68118、FO080931により得ることができる。また、プロモーターは線虫ゲノムDNAを精製し、それを鋳型としてPCRにより増幅して入手することも可能である。
カルシウムインディケーター遺伝子としては、Yellow Cameleon(YC)遺伝子(Nagai,T.,Yamada,S.,Tominaga,T.,Ichikawa,M.& Miyawaki,A.Expanded dynamic range of fluorescent indicators for Ca(2+)by circularly permuted yellow fluorescent proteins.Proc Natl Acad Sci U S A 101,10554−10559(2004).)、GCaMP遺伝子(Nakai,J.,Ohkura,M.& Imoto,K.A high signal−to−noise Ca2+ probe composed of a single green fluorescent protein.Nat.Biotechnol.19,137−141(2001).)などが挙げられ、これらの遺伝子は、例えばアクセッション番号AB178712、HM143847により塩基配列情報を得ることができる。また、これらの遺伝子は、addgeneにより入手することも可能である。
【0047】
プロモーター直下にインディケーター遺伝子を連結する方法やマイクロインジェクション法などは当分野において周知であり、例えばMolecular Cloning:A Laboratory Manual(4th Edition)」(Cold Spring Harbor Laboratory Press(2012))等を参照すればよい。あるいは、線虫の生殖腺にDNA溶液を注入するには公知手法により行うことができる(Mello,C.C.,Kramer,J.M.,Stinchcomb,D.& Ambros,V.Efficient gene transfer in C.elegans:extrachromosomal maintenance and integration of transforming sequences.EMBO J 10,3959−3970(1991).)。
変異型線虫は、例えば野生型線虫のゲノムに多型が生じた線虫、癌種それぞれの匂いに対する嗅覚受容体をを欠失した変異体などを意味する(後述の実施例において説明する)。
【0048】
(2)被検者由来の生体関連物質又はその処理物
本発明において使用される試料は被検者(健常人、癌患者、癌が疑われる患者等、動物)由来の生体関連物質である。「生体関連物質」とは、被検者から採取された生体試料であり、例えば体液(尿、汗、唾液、便汁)、細胞(生検細胞等)、癌組織(生検組織、組織切片等)血液、呼気などが挙げられる。本発明においては、これらの生体試料そのものを使用することができるが、生体関連物質の処理物を使用することが好ましい。「処理物」とは、生体関連物質を物理的及び/又は化学的に処理したサンプルを意味する。
【0049】
尿などの体液サンプルには固形物や沈殿物が含まれている。例えば尿は、採取されたものをそのまま用いることもできるが、細い管を通して線虫に与える必要があるので、フィルター除去処理を行うことが好ましい(例えばpore size0.22μm,MillexGP,Merck Millipore)。このようなフィルターにより固形物の除去処理を施した尿サンプルは、上記「処理物」に含まれる。なお、本発明者は、予備実験により、フィルター処理によって線虫の反応(尿に対する誘引行動)が変化しないことを確認した(
図9)。
上記と同様に、生体関連物質として細胞(例えば生検による癌細胞)を使用する場合は、細胞培養後の培養物から遠心分離やフィルタリング等により細胞破砕物などの固形物を除去し、固形物除去後の培養上清液を処理物として得る。
また、本発明においては、上記試料のほか癌細胞又は癌組織(生検組織、組織切片等)の保存液を使用することもできる。保存液としては、例えば生理食塩水、緩衝液、ホルマリン、DMSOなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。保存液には凍結保存に一般に使用される凍結保存用保存液が含まれ、凍結保存後は、融解して使用することができる。
【0050】
(3)線虫の嗅覚を利用した検出
まず、検出に必要な線虫を得るために増殖させる。
線虫(成虫)をシャーレ(大腸菌をまいたNGM培地)に数匹置いて、3〜6日、好ましくは4日間、15〜25℃、好ましくは20℃で飼育する。これにより次の世代の線虫が300〜500匹程度、成虫まで育つ。
次に、実際に検査を行うためのシャーレを作製する。シャーレに
図2のようなフォーマットを作成し、4点にアジ化ナトリウム(NaN
3)を置く(添加する)。アジ化ナトリウムは線虫を麻酔して動かなくするためのものであり、添加量は1M濃度では0.2〜3μl、好ましくは0.5μlである。
シャーレにまいた大腸菌を洗浄バッファーにより除き、シャーレに生体関連物質又はその処理物のサンプルを置く(添加する)。サンプルとして尿を使用する場合、尿サンプルは原液を使用することもできるが、採取された尿を例えば滅菌水、緩衝液等により1.5〜1000倍に希釈してもよい。希釈倍率は10倍であることが好ましい。シャーレに添加する尿サンプルは0.5〜10μl、好ましくは1μlである。
【0051】
このようにして準備されたシャーレの中心に線虫を置く。
所定時間(1時間程度)線虫を飼育する(泳がせる)。室温は23℃±1℃。
所定時間経過後、+側の個体数、−側の個体数を数え、chemotaxis index(下記式)を計算する。+側の個体数をN(+)、−側の個体数をN(−)とすると、
chemotaxis index=N(+)−N(−)/全個体数
となる。
その後、正の応答又は負の応答を指標として、癌を検出する。
「正の応答」とは、線虫がサンプルに対して「好き」であること又は「興味ある」ことを意味し、「負の応答」とは、線虫がサンプルに対して「嫌い」であること又は「興味ない」ことを意味する。
化学走性を指標とする場合は、正の値(+)は正の応答(正の化学走性、好き)、負の値(−)は負の応答(負の化学走性、嫌い)を表す。
【0052】
chemotaxis indexは+1〜−1の値を取り、誘引された場合プラスの値を、忌避した場合マイナスの値を取る。
1検体あたり1回の解析でもよいが、複数回の解析を行い、chemotaxis indexの値の平均値を計算することにより値の精度を高めることができる。解析により得られた値(複数回行ったときはその平均値)が正の値の場合、癌である又は癌のリスク(可能性)があると予備的に又は確定的に判断できる。「癌である」との判断は、例えば癌の確定診断又は予備的診断の補助資料として使用することができ、「癌のリスクがある」との判断は、例えば健康診断や癌の初診等において癌を疑うための補助資料として使用することができる。
【0053】
線虫の匂いに対する反応は、化学走性以外の行動や生体反応を指標として検出することもできる。例えば、線虫が匂いの濃度が高くなる方向へ向きを変える風見鶏行動(Iino & Yoshida,The Journal of Neuroscience,2009)や、匂いの濃度が低くなると起こすターン行動(Pierce−Shimomura et al.,The Journal of Neuroscience,1999)、体の屈曲度(Luo et al.,Journal of Neurophysiology,2008)、神経の応答などが挙げられる。
風見鶏行動において、「正の応答」とは、線虫がサンプルの方向に向きを変えることを意味する。また、ターン行動においては、サンプルが高い濃度から低い濃度に変わったときにターンすると、線虫は「負の応答」をしたといえる。体の屈曲度の場合は、頭部と尾部の間の距離が長いと、「正の応答」をとったといえる。
【0054】
(4)遺伝子組み換え線虫を利用した検出
(i)遺伝子組み換え線虫を利用した検出についても、上記の通り行うことができるが、線虫の嗅覚神経AWC、AWAに、神経内カルシウム濃度を測定できるインディケーター遺伝子を発現させたトランスジェニック線虫を用い、カルシウム濃度の変化(神経の応答)を指標として検出する。この方法は線虫数個体で解析することができるため、線虫の培養にかかるコストが低く、短時間で行うことができる利点がある。
インディケーター遺伝子としてYellow Cameleon遺伝子を用いた時の測定原理を
図3に示す。
測定に使用するインディケータータンパク質は、カルシウム結合タンパク質CaMと、CaMが結合するターゲットのM13とをつなぎ、その両端にCFP、YFPをつないだ融合タンパクである(遺伝子にコードされており、遺伝学的に生体内で発現させることができる)。カルシウム濃度が低いときは、CaMとM13が離れており、CFPとYFPも離れた位置にある(左図)。そのため、CFPを励起させる光を与えると、CFPから青い光が発せられる。一方、カルシウム濃度が高くなってCaMとM13が結合すると、CFPとYFPが近付き、両者の間で蛍光共鳴エネルギー移動(又はフェルスター共鳴エネルギー移動)(FRET)が生じる。すると、CFPを励起する光を与えても、YFPから黄色い光が発せられるようになる(右図)。そこで、青い光、黄色い光を同時に計測し、その比を計算すれば、カルシウム濃度変化がわかる。
【0055】
インディケーター遺伝子としてGCaMP遺伝子を用いた時の測定原理を
図4に示す。
インディケータータンパク質は、CaMとM13とをGFPにつないだ構造をしている融合タンパク質である。このタンパク質も、遺伝子によりコードされており、遺伝学的に生体内で発現させることができる。カルシウム濃度が高くなってCaMと結合すると、GFPの蛍光強度が上昇する。そこで、GFPの蛍光を測定すれば、カルシウム濃度の変化がわかる。
本発明においては、被検者由来の生体関連物質又はその処理物に対して、線虫の嗅覚神経の応答が大きいとき、すなわちカルシウム濃度変化が大きいときは、被検者は癌である、又は癌のリスクがあると判定する。ここで、「嗅覚神経の応答が大きいとき」及び「カルシウム濃度変化が大きいとき」における「大きいとき」とは、対照(健常人由来の生体関連物質又はその処理物)と比較して、被検者由来の生体関連物質又はその処理物を刺激として与えた時の、蛍光強度比(ratio=YFP/CFP)の変化、あるいはGFPの蛍光強度変化が有意に大きいことを意味する。
【0056】
(ii)嗅覚神経にカルシウムインディケーターを発現させた線虫個体を、樹脂製(例えばジメチルポリシロキサン(PDMS)樹脂製)のチップに入れる(
図5)。
図5では、PDMS樹脂製のチップに、線虫を挟み込む部分と、4つの流路が形成されている。
潅流装置(WPI社。Multi Channel Perfusion System MPS−2等)で1〜4の流路を切り替えることにより(
図6)、尿刺激のON、OFFを行う(Chalasani,S.H.et al.Dissecting a circuit for olfactory behaviour in Caenorhabditis elegans.Nature 450,63−70(2007);Chronis,N.,Zimmer,M.& Bargmann,C.I.Microfluidics for in vivo imaging of neuronal and behavioral activity in Caenorhabditis elegans.Nat Methods 4,727−731(2007).)。
【0057】
図6は、チップ内での流路の切り替えを示す図である。流路1、2及び4にバッファー、流路3に尿を入れておく。流路2及び3は常にONにしておく。流路1がONで、流路4がOFFの時は、線虫に尿刺激は当たらない。流路1をOFF、流路4をONにすると、線虫に尿刺激が与えられる。
AWC嗅覚神経は「匂いあり」→「なし」で反応する神経であるため(嗅覚−OFF反応)、尿がある状態からない状態に変化させた時の反応を見る。AWA神経はその反対に、「匂いなし」→「あり」に反応する神経であるため(嗅覚−ON反応)、尿がない状態からある状態に変化させた時の反応を見る。
ところで、健常者の尿でも線虫の嗅覚神経は弱く反応するため、コントロールの尿(健常者の尿)を用意し、同じ線虫個体にコントロール尿、検体尿を順番に与えて、その反応の強さの違いにより、癌の検出を行うことが好ましい。
【0058】
(iii)蛍光顕微鏡(Leica DMI3000B等)を用いて、対物レンズ(40倍)で蛍光画像を取得する。画像の取得は、例えば200msごとに行うが、顕微鏡、レンズなどにより適宜変更することができる。Yellow Cameleonの場合は、2波長の画像を分けて取得する必要があるので、カメラは、同時に2波長の画像を取得できるカメラ、例えばORCA−D2 digital camera(浜松ホトニクス)であることが好ましい(他にも同様の機能を持つカメラが販売されている)。GCaMPの場合1波長の画像を取得できればよいので、GFP画像を取得できる一般的な顕微鏡用カメラがあればよい。
【0059】
(iv)取得画像について、嗅覚神経の細胞体(最も変化が見えやすい部位)をROI(注目領域)として囲み、各ピクセルごとの蛍光強度をソフトウェア(例えばMolecular devices社Metamorph software)を使用して全ての計算と映像作成を行う。なお、各社から販売されている他のソフトも使用可能である。Yellow Cameleonの場合、各ピクセルごとのYFP/CFP ratioを計算し、ROI内での平均値を計算する。また、GCaMPの場合、ROI内での蛍光強度の平均値を計算する。
【0060】
3.受容体の同定
本発明においては、線虫を用いて匂いの受容体の同定を行うことを特徴とする、線虫における匂いの受容体の同定方法を提供する。
本発明の同定方法は、受容体をコードする遺伝子の発現又は機能を阻害し、当該阻害された線虫における匂いに対する反応を検査する工程を含む。
嗅覚受容体遺伝子の発現又は機能阻害は、前記の通りRNAiを利用した阻害、アンチセンス核酸を利用した阻害、ドミナントネガティブ型変異遺伝子の発現による阻害などが挙げられるが、RNAiを利用した阻害が好ましい。
【0061】
受容体遺伝子の発現を阻害した線虫を用いて、各種癌由来の試料の匂いに対する反応を検査する。ある癌種によって匂いに対する反応がない場合は、受容体は当該癌種の匂いに対する受容体であると判断することができる。
また、同定される受容体の種類は、又は匂い物質の濃度に依存して異なる。従って、どの濃度の試料に対して反応するかを検査し、高濃度の試料に対する受容体、及び低濃度の試料に対する受容体を同定することができる。
【0062】
嗅覚系は、様々な匂い物質を感知し、応答する。嗅覚受容体は、大部分の生物において、Gタンパク質(ヘテロ三量体グアニンヌクレオチド結合タンパク質)結合型受容体であり、揮発性又は可溶性匂い物質に直接結合する。哺乳動物のゲノムと比較して、線虫シノラブディス・エレガンス(Caenorhabditis elegans)のゲノムは、より多くの推定上の嗅覚受容体遺伝子を含み、これは、線虫において、受容体−匂いの関係に対して、組み合わせ的な複雑さが存在し得ることを示唆している。本発明者は、特定の匂い物質に対する応答に必要とされる線虫の嗅覚受容体を同定するために、RNA干渉(RNAi)スクリーニングを用いた。このスクリーニングにより、11個の匂い物質に関連付けられた194個の候補嗅覚受容体遺伝子を同定した。さらに、本発明者は、高濃度のジアセチルの感知に関与するものとしてSRI−14を同定した。レスキュー及びニューロン特異的なRNAi実験により、SRI−14が、特定の化学感覚ニューロンであるASHニューロン(嫌いな匂いや化学物質を受容する線虫の感覚神経)において機能し、忌避応答をもたらすことを実証した。カルシウムイメージングにより、ASHニューロンは高濃度ジアセチルに対してのみ応答し、一方、別の種類の化学感覚ニューロンであるAWAニューロン(主に好きな匂いを受容する線虫の嗅覚感覚神経)は、低い濃度と高い濃度の両方に反応することを示した。SRI−14の機能の喪失は、高濃度ジアセチルに対するASHの応答を妨げ、一方、ODR−10の機能の喪失は、低濃度ジアセチルに対するAWAの応答を減少させた。SPI−14を異所的に発現している化学感覚ニューロンは、高濃度のジアセチルに対して応答した。したがって、線虫は、嗅覚受容体レベルと感覚ニューロンレベルで分別される、濃度依存的な匂い感受性機構を有する。
【0063】
一般に動物は、それらの嗅覚系を通じて様々な匂い物質を感知し、応答する。匂い物質は、その大部分は揮発性化合物であり、嗅覚受容体ニューロン(ORN)によって感知される。ORNにおいて、匂い分子は、嗅覚受容体に直接結合し、次に、細胞内シグナル伝達経路を介して情報を伝達する(1)。哺乳動物において、嗅覚受容体は、7回膜貫通型Gタンパク質(ヘテロ三量体グアニンヌクレオチド結合タンパク質)結合型受容体(GPCR)ファミリーの一員であり(2)、ただ1つの嗅覚受容体型が任意の個々のORNに存在する(3)。しかしながら、匂いと受容体の対応関係の同定を目的とした各種研究にもかかわらず、個々の匂いと受容体の関係は、ほとんどが未知のままである(4,5)。味(味覚(gestation))は類似したプロセスであるが、可溶性化学物質の検出に関与する。
【0064】
線虫シノラブディス・エレガンス(Caenorhabditis elegans)は、匂い(smell)及び味に関連した化学感覚プロセスの分析(嗅覚、揮発性シグナルの検出、及び味覚、可溶性シグナルの検出)に用いられるモデル生物であり、化学物質に応答することが知られている、約13個の感覚ニューロンを通じて、多数の化学刺激(chemical cue)を感知し、応答する(6,7)。便宜上、本発明者は、嗅覚としてこの化学感覚プロセス、及び匂い物質として化学物質に言及する。線虫(C.elegans)ゲノムは、GPCRをコードする1200を超える推定上の嗅覚受容体遺伝子を含むことが予測され、GPCRは化学感覚ニューロンのうち11個において発現が見られる(8)。これらの所見は、嗅覚とは異なるが(3)、哺乳動物おける味認識(10)に類似した、それぞれのORNにおいて複数タイプの嗅覚受容体(9)が発現している可能性があることを示している。しかしながら、受容体と匂い物質又は他の化学物質の関係が、ジアセチルに特異的な受容体であるODR−10(11)及びフェロモン受容体(GPCRでもある(12〜14))についてのみ同定されているだけであり、線虫(C.elegans)のORNにおける受容体のこれらの組合せによってどのようにして匂い物質が感知されるかは知られていない。
【0065】
多くの動物と同様に、線虫(C.elegans)もまた、特定の匂い物質に嗜好性を示し、それらをAWA又はAWC嗅覚ニューロンによって感知したとき、匂い物質に対する誘引行動(attraction behavior)を示し、AWB、ASH、又はADL感覚ニューロンによって物質を感知したとき、忌避行動を示す(6,15,16)。しかしながら、いくつかのニューロンは、忌避行動と誘引行動の両方に関与しており、例えば、AWBニューロンが該当する(16)。本発明者らは、これまでに、線虫(C.elegans)における、同一の匂い物質に対する誘引応答又は忌避応答が、匂い物質の濃度に依存することを示した(17)。これは、同一の匂い物質でも濃度によって異なる嗅覚受容体が機能するという可能性をもたらす。
【0066】
ここでは、本発明者は、ジアセチルの異なる濃度を異なる嗅覚受容体が媒介し、それによって嗜好性が変化することを示した。匂い−受容体対をスクリーニングすることによって、本発明者は、11個の匂い物質に対して、194個の候補嗅覚受容体遺伝子を同定した。これらのうち、本発明者は、高濃度のジアセチルに特異的に応答するものとしてSRI−14を同定した。本発明者の結果は、ジアセチルの受容について、AWAニューロンにおけるODR−10は低濃度に対して誘引応答を媒介し、ASHニューロンにおけるSRI−14は高濃度に対して忌避応答を媒介することを示した。
【0067】
4.癌種の特定
本発明においては、線虫走性テストにより癌種を特定することが可能となる。従って、本発明においては、被検者由来の生体関連物質又はその処理物の匂いに対する線虫の反応を指標として癌種を同定することを特徴とする癌種の同定方法を提供する。
【0068】
癌探知犬の研究から、癌種によって匂いが異なると予想されている。そこで、線虫において、癌種それぞれの匂いに対する嗅覚受容体を同定し、その受容体を改変した改変体を作製する。改変体には、受容体遺伝子が欠失した株(欠失変異体)、受容体遺伝子の発現または機能を阻害した株、受容体遺伝子を高発現または高機能化した株などが挙げられる。
欠失変異体の作製法としては、CRISPR/Cas9法(Friedland et al,Heritable genome editing in C.elegans via a CRISPR−Cas9 system,Nature Methods,2013)などが挙げられる。また、受容体遺伝子の発現または機能を阻害した株、受容体遺伝子を高発現または高機能化した改変線虫を作製する。発現又は機能を阻害するには、RNAiを利用した阻害、アンチセンス核酸を利用した阻害、ドミナントネガティブ型変異遺伝子の発現による阻害などが挙げられる。受容体遺伝子を高発現または高機能化するには、受容体遺伝子のプロモーターをタンデムに連結する方法、エンハンサーを導入する方法、受容体遺伝子を多コピー導入する方法、受容体の匂いやGタンパク質との結合部位に改変を加える方法、受容体の活性化や局在、匂いとの親和性を制御する部位に改変を加える方法などがある。
【0069】
本発明の同定方法は、例えば以下の工程を含む。
(a)まずSTEP1として、前記本発明の検出方法により癌を検出する。例えば、N2株を用いて、癌種の有無を検査する。
(b)次に、STEP2として、各癌種の受容体の変異体や受容体遺伝子の発現、機能を変化させた株を用いて、癌種を特定する。
前記工程(a)において癌であることが検出された試料について、前記同定された嗅覚受容体を欠失させた変異体線虫や受容体遺伝子の発現、機能を変化させた株を用いて、匂いに対する反応を検査する。
(c)前記改変体線虫と、前記工程(a)で使用した線虫との間で匂いに対する反応が異なるときは、同定された受容体に対応する癌種を、同定の対象癌種であると判定する。
例えば、前記変異体線虫や受容体遺伝子の発現または機能を阻害した線虫のうち匂いに対する反応を示さなかった線虫において同定された受容体に対応する癌種を、同定の対象癌種であると判定する。あるいは、受容体遺伝子を高発現または高機能化した線虫のうち匂いに対する反応が亢進した線虫において同定された受容体に対応する癌種を、同定の対象癌種であると判定する。
例えば、大腸癌の匂いの受容体変異体が誘引行動を示さない場合、大腸癌であると判断(診断)できる(
図37)。
【0070】
5.キット及びシステム
本発明は、線虫を含む癌の検出用キットを提供する。本発明のキットには線虫が含まれるが、本発明の検出方法を実施するために必要な1種以上の成分を含めることができる。このような成分としては、例えば緩衝液、培養液、アジ化ナトリウム、大腸菌、シャーレ、寒天などが挙げられる。また本発明のキットは、必要な成分のうちの一部のみを含む部分的キットであってもよく、その場合には、ユーザーが他の成分を用意することができる。また、本発明のキットには、検出法又は同定法を説明した使用説明書を含めることができる。
また、本発明は、線虫と、生体関連物質又はその処理物及び前記線虫を収容する収容部と、前記収容部の線虫の行動を探知する探知部とを備える癌の検出システムを提供する。
【0071】
図16Aは、本発明のシステムのブロック図である。
図16Aにおいて、本発明のシステムは生体関連物質又はその処理物及び前記線虫を収容する収容部30と、前記収容部30の線虫の匂いに対する反応を探知する探知部10と、探知された情報を処理する処理部20とを有する。さらに、本発明のシステムは、前記処理部20で処理されたデータを保存する保存部40を備えることができる。保存部40には、癌検出のためのプログラムやデータベースが備えられている。
収容部30は、シャーレ、培養皿、マイクロ流路を有するチップなどが例示されるが、線虫及び試料を収容できる限り限定されるものではない。
本発明のシステムは、線虫の少なくとも1匹の動画像をリアルタイムで撮影することができる少なくとも1つの探知部10を含む。探知部10は線虫の画像、個体数、動きの軌跡等のデータを取得するデバイスであり、顕微鏡又はカメラ、例えば蛍光顕微鏡、デジタル顕微鏡、デジタルビデオカメラなどを備える。顕微鏡及びカメラには、線虫の動きを追随できる自動追尾(追跡)システムを備えることができ、線虫1匹ごとに又は複数匹を同時に追跡する。そして、その軌跡から線虫の移動距離を測定する。あるいは、所定のエリアに集合している線虫を撮影し、個体数を数える。また、顕微鏡及びカメラには、蛍光強度を検出できるセンサーを備えることもできる。
本発明のシステムでは、リアルタイムの画像により線虫の動きを測定することも、静止画像(写真)を用いて線虫の動きを測定することもできる。リアルタイムで線虫の画像を撮影すると、線虫の位置を動的に探し求めることが可能である。
【0072】
図16Bは、本発明のシステムの処理部20の構成図である。処理部20は、計算手段110とデータベース120から構成され、計算手段110は、(i)検査条件設定手段111、(ii)線虫の反応検査手段112、(iii)癌の判定手段113、及び(iv)検査結果表示手段114を備える。
【0073】
(i)検査条件設定手段111
検査条件設定手段111は、GUI(Graphical User Interface)により、計算に必要な条件を、マウスやキーボードから入力するための手段であり、入力された情報は、グラフにより確認することができる。
検査条件設定手段により、本発明のシステムに、検査目的に応じて所定の条件を記憶させておくことができる。条件として、例えば、線虫の個体数、線虫の特徴、chemotaxis indexの採否、測定時間などがある。
線虫の特徴は、欠失変異体であること、遺伝子発現等を阻害した株であること、測定のために蛍光タンパク質をコードする遺伝子(例えばGFP遺伝子、RFP遺伝子等)が導入されたことなどが含まれる。但し、条件はこれらに限定されるものではなく、検査目的に応じて適宜設定することができる。
【0074】
(ii)線虫の反応検査手段112
線虫の反応検査手段112は、検査条件設定手段111又はデータベース120から癌を検出又は同定するための計算式(例えばchemotaxis index)を選択するとともに、それぞれの計算式に基づいて、線虫の反応を計算する手段である。この手段では、所定エリア内の線虫の個体数の測定、1匹の線虫が動いた総距離の測定、1匹の線虫が発する蛍光強度の検出などを行い、被検サンプルに反応した線虫の行動を記録する。例えば、1匹の線虫に着目してサンプルに誘引されて移動したときの距離を測定し、各線虫の移動距離を合算して総和を求める。あるいは、線虫に蛍光タンパク質遺伝子を導入したときは、サンプルに反応した線虫の蛍光強度を測定する。これも1匹の線虫あたりの蛍光強度を測定して線虫の総和を求めてもよく、一定のエリアに集まった線虫全体から発する蛍光強度を、エリア単位で測定することもできる。
【0075】
(iii)癌の判定手段113
癌の判定手段113は、線虫の匂いに対する反応をもとに癌の有無を検出し、又は癌の種類を同定する手段である。
検査条件として個体数を採用した場合、対照のエリアに移動した線虫の個体数に対し、検査対象エリアに移動した線虫の個体の比又は差などを求める。検査条件として移動距離を採用した場合、対照の線虫の移動距離と比較して何%多ければ反応したか、その差又は比を求めることができる。予めこの差又は比の一定値を境界値として設定しておけば、この境界値は癌の判定の判断基準として使用される。また、検査条件として蛍光強度を採用した場合は、対照の線虫の蛍光強度と比較して何%多ければ反応したといえるか等、上記移動距離と同様に境界値を設定することができる。
測定されたデータと、境界値と、サンプル情報(癌種の情報等)とを対比して、所定の癌であるかどうかを判定する。
【0076】
(iv)判定結果出力手段114
判定結果出力手段114は、検出又は同定された癌種又は癌の有無に基づいてその情報を出力する手段であり、癌種及びその確率(リスク)を表示する。表示はグラフでも表でもよい。上記(ii)により計算された線虫の行動のアニメーションを表示することもできる。
【0077】
(v)データ蓄積手段
入力された検査条件と検査結果は、関連付けられてデータ蓄積手段としてデータベース120に保存される。
保存された検査条件と計算結果は、再度データベース120から、あるいは検査条件設定手段111と判定結果表示手段114から読み込むことができる。
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0078】
癌の検出
(i)線虫の飼育
野生型線虫N2の成虫を6cmシャーレ(大腸菌をまいたNGM培地)に5〜6匹置き、4日間、20℃で培養した。次の世代の線虫を300〜500匹程度、成虫まで育てた。
(ii)走性解析
9cmシャーレに
図2に示すフォーマットを作成し、4点にアジ化ナトリウム(NaN
3)を0.5μlずつ置いた。
線虫飼育プレートにwash buffer 1mlをかけ、浮いてきた線虫をbufferごとチューブに回収した。しばらく置いておくと線虫が下に沈むので、沈んだところで上清を廃棄した。さらにチューブにwash buffer 1mlを入れ、線虫が下に沈んだところで上清を廃棄した。この洗浄を3回繰り返し、大腸菌を除去した。
【0079】
9cmシャーレの「+」のところに、滅菌水により10倍に薄めた尿サンプルを1μlずつ置いた。
次に、シャーレの中心に線虫を100匹程度置き、1時間線虫を飼育した(泳がせた)。室温は23℃±1℃で行った。
1時間後、+側の個体数、−側の個体数を数え、chemotaxis indexを計算した。
1検体あたり、5回解析を行い、5回分のchemotaxis indexの値の平均値を計算した。
【0080】
(iii)結果
結果を
図1に示す。
図1より、健常者由来の対照の尿(c1〜c10)はすべて負(−)のchemotaxis index(忌避反応)を示したのに対し、癌患者由来の尿(p1〜p20)はすべて正(+)のchemotaxis index(誘引)を示し、100%の精度で癌を検出することができた。
なお、
図1においてエラーバーはSEMを表す。
【実施例2】
【0081】
カルシウムイメージング
マイクロ流路を用いたイメージング実験においては、尿サンプルは薄いチューブ中に流す必要があることから、尿中の沈殿物及び固形物を遠心及びろ過により除去した(pore size 0.22μm,MillexGP,Merck Millipore)。AWC及びAWAニューロンをモニターするため、それぞれodr−1及びodr−10プロモーターによりYellow Cameleon遺伝子(YC3.60)を神経細胞に発現させた。カルシウムイメージングは、公知方法で行った(Uozumi,T.et al.Temporally−regulated quick activation and inactivation of Ras is important for olfactory behaviour.Sci Rep 2,500(2012);Shinkai,Y.et al.Behavioral choice between conflicting alternatives is regulated by a receptor guanylyl cyclase,GCY−28,and a receptor tyrosine kinase,SCD−2,in AIA interneurons of Caenorhabditis elegans.J Neurosci 31,3007−3015(2011))。
【0082】
線虫の頭部をマイクロチャンネルの外に出すことができるように、線虫をマイクロチャンネルに固定した(
図5)。対照の尿及び癌患者由来の尿のそれぞれについて、同一の線虫を用いて反応を試験した。
YC3.60の蛍光画像は、Leica DMI3000B顕微鏡(40倍対物レンズ)及びORCA−D2デジタルカメラ(Hamamatsu)を用いて取得した。すべての画像は、露光時間200msで取得した。AWC又はAWA神経のCFP及びYFPの蛍光強度を取得し、CFPの蛍光強度に対するYFPの蛍光強度の比について、Metamorphソフトウエア(Molecular devices)により解析した。この蛍光強度比は、YFP強度/CFP強度(=R)として計算し、10−sウインドウの比の平均(−10−0s)をR0としてセットした。
【0083】
癌患者由来の尿に対し、線虫のAWC及びAWA嗅覚神経の反応を試験した結果を
図7、8に示す。
図7において、左2つのパネルは対照尿、右2つのパネルは胃癌患者由来の尿を用いて試験した結果である。
図7はAWC嗅覚神経の尿刺激(尿あり→なし)に対するカルシウム濃度変化(Yellow CameleonのYFP/CFP ratio変化)を示す図である。健常者の尿(対照)と比較して、癌患者の尿に対して有意に強く反応した。
図8は平均の蛍光強度比(YFP/CFP ratio)の変化量を表す。***はp<0.001で有意であることを示す。
なお、本実施例において尿中の沈殿物及び固形物は遠心分離及びろ過により除去したが、この処理によって線虫の化学走性には影響しなかった(
図9)。
AWA嗅覚神経についても、尿の添加により応答が観察された(
図10、11)。
【0084】
これらの結果は、対照の尿と癌患者由来の尿とを識別するために線虫の嗅覚神経が重要な役割を果たしていることを示すものであり、
図7〜11より、線虫の嗅覚神経を利用して癌を検出できることを示すものである。なお、
図8、9及び11において、エラーバーはSEMを表す。
【実施例3】
【0085】
本実施例では、被検者由来の生体関連物質のモデルとして、樹立された癌細胞株、及び培養培地又は保存液を用い、癌の検出実験を行った。
(1)癌細胞株を用いた癌の検出
ヒト癌細胞の培養上清を用いた癌の検出を行うため、大腸癌(結腸直腸癌)細胞としてSW480、COLO201及びCOLO205、乳癌細胞としてMCF7、胃癌細胞としてNUGC4、MKN1及びMKN7を用いた。
SW480,COLO201及びCOLO205は独立行政法人医薬基盤研究所JCRBセルバンク(Japanese Collection of Research Bioresources Cell Bank(Tokyo,http://cellbank.nibio.go.jp))から入手し、それ以外の細胞は東北大学加齢医学研究所医用細胞資源センター(Cell Resource Center for Biomedical Research,Institute of Development,Aging and Cancer(Tohoku University,Sendai,Japan))から入手した。すべての細胞株は、10%FBS添加RPMI1640培地を用い、37℃、5%CO
2エアレーション下でコンフルエントではない状態で維持した。培地上部の清澄な層の培養液を試験に用いた。細胞を培養した後の培地は、アッセイプレート(
図12)の「+」の位置にスポットした。培地自体の匂いによる影響を無くすために、細胞を培養した培地のスポット位置とは反対側の位置に、同じ濃度で希釈した対照の培養液をスポットした(
図12)。
【0086】
実施例1と同様にアッセイプレート上で線虫の化学走性を試験した結果、野生型線虫(C.elegans)は、癌細胞の培養培地(1/10
6〜1/10
7に希釈)に対して誘引行動を示した(
図13)。
図13中、各細胞における左側のバーは1/10
6希釈、右側のバーは1/10
7希釈の癌細胞培養培地を用いた結果である。また、
*はp<0.05、
**はp<0.01、
***はp<0.001で有意であることを表す(Dunnett’s test)。また、
図13中、エラーバーはSEMを表す。
【0087】
線維芽細胞(ガン化されていない細胞)の培養液又は保存液についても上記と同様に試験した結果、線虫は誘引行動を示さない(弱い忌避)ことが示された(
図13)。このことは、「人間の細胞の分泌物」に線虫は誘引行動を示しているわけではなく、「癌細胞の分泌物」に誘引行動を示すことを意味する。
MEM、EMEM、RPMIは培地のみ。KMST−6、CCD−112CoNは線維芽細胞(入手先はそれぞれRBC、ATCC)。
【0088】
(2)線維芽細胞培養培地及び癌細胞培養培地に対する走性
また、様々な濃度の線維芽細胞培養培地及び癌細胞培養培地に対する走性、並びに人間の癌組織に対する線虫の走性を検討した。手法は以下の通り。
線維芽細胞培養培地及び癌細胞培養培地を水で各種濃度(原液〜10−9)に薄め、それに対する野生型線虫の化学走性を観察した。人間の癌組織、健常組織についてはインフォームドコンセプトを得た上で癌患者から切除し、それを直径0.1〜0.8mmに細分して使用した。
その結果、繊維芽細胞についてはいずれの濃度でも誘引行動は示さないのに対し、癌細胞については10−6、10−7の濃度で有意な誘引行動が観察された(
図17、18)。
【0089】
人間の癌組織に対する線虫の走性については、癌組織片に対して誘引行動を示すのに対し、同じ患者の健常組織(癌組織から最も離れた組織)に対しては忌避行動を示した(
図19)。片側に癌組織、反対側に健常組織を置くと、癌組織の方に線虫が寄ることも分かった。
【0090】
(3)癌組織切片の生理食塩水保存液に対する走性
人間の癌組織片を生理食塩水に入れて−20℃で保存した(保存期間:3か月)。その生理食塩水の希釈液に対する線虫の走性を検討した。
癌患者からインフォームドコンセプトを得た上で癌組織を直径0.5cm切除し、20mlの生理食塩水に入れた。その生理食塩水を水で10−2〜10−4の濃度に薄め、それに対する野生型線虫の化学走性を観察した。
その結果、癌組織を入れた生理食塩水に対しては誘引行動を示すのに対し、健常組織を入れた生理食塩水に対しては忌避行動を示した(
図20)。
odr−3変異体は癌組織の食塩水に誘引行動を示さないことから、線虫は匂いを感じていると言える。
【実施例4】
【0091】
中規模試験
本発明の方法が高精度であることを確認するため、242個の尿サンプル(218の対照サンプル、24の癌患者由来のサンプル)を用いて試験を行った(表1)。表1は被検者の背景を示す。
【表1】
【0092】
すべての尿サンプルは10倍に希釈し、線虫を用いた化学走性試験は、各サンプルについて3回実施した。
【0093】
その結果、線虫は癌患者由来のすべての尿(24/24)に対して誘引反応を示し、検出感度は100%であった(
図14)。他方、線虫は、ほとんどの対照尿サンプル(207/218)に対して忌避行動を示した(
図14)。
図14において、オレンジのバー(1,2,41,44,54,56,90,157,196,202,208,213,220,226,232−239及び241−242番)は癌患者由来のサンプル、青いバー(上記以外の番号)は対照サンプルを示す。また、
図14中、エラーバーはSEMを表す。
本発明者はまた、同じ被検者について、他の腫瘍マーカーについても解析した。
解析対象となる腫瘍マーカーとして、血清CEA、血清抗p53抗体(Anti−p53Ab)及び尿N
1,N
12−ジアセチルスペルミン(DiAcSpm)を用いた。これらの腫瘍マーカーと比較して、本発明の方法(NSDT)による感度は極めて高かった(
図15、表2)。なお、感度(%)は、癌患者由来のサンプルに対する陽性の割合である。
【表2】
表2には、ステージ0及び1の癌患者が含まれている。このことは、本発明の方法は、早期癌の検出にも有用であることを意味している。
【実施例5】
【0094】
尿の最適濃度の検討
方法:
健常者の尿サンプル3検体(c1、c2、c3)、癌患者の尿サンプル5検体(p2、p5、p8、p17、p18)について水で各種濃度(原液〜10−5)に薄め、それらに対する野生型線虫の化学走性を調べた。
【0095】
結果:
図21より、10倍希釈が好ましいことが示された。
図21において、各濃度に記載の棒グラフは、左側3本のグラフが健常者由来の尿、右側5本のグラフが癌患者由来の尿を用いたときの結果を示す。
【実施例6】
【0096】
受容体の同定
(1)材料及び方法
線虫培養及び線虫株
線虫(C.elegans)は、大腸菌(E.coli)OP50とともに培養したeri−1変異体を除いて、食物源として大腸菌(Escherichia coli)NA22を含む線虫増殖培地(NGM)プレート(36)上で、標準的な条件下で20℃にて培養した。使用した野生型線虫は、Bristol N2株であった。他の線虫株として、GR1373:eri−1(mg366)、VC2123:sri−14(ok2865)、CX3410:odr−10(ky225)、及びMT7929:unc−13(e51)を用いた。
【0097】
RNA干渉及び化学走性アッセイ
RNAiアッセイは、Ahringerライブラリー(37)を用いて、eri−1(mg366)(19)に対して、餌によるRNAi法(feeding RNAi法)によって行った。
9個体のeri−1変異体の成虫を、イソプロピルβ−D−1−チオガラクトピラノシド(0.19g/L)、アンピシリン(60mg/L)、及び大腸菌(E.coli)を含むNGMプレート上に置き、4日間培養した。次に、成虫を化学走性アッセイに使用した。化学走性アッセイは、以前に報告されているように行った(6,17)。化学走性アッセイについて、本発明者は、それぞれ1μlの10
−3若しくは10
−4希釈された匂い物質(低濃度)、又はそれぞれ1及び5μlの未希釈の匂い物質(高濃度)を使用したそれぞれの実験において、30〜50個体を用いた。
RNAiスクリーニング結果の統計分析は以下のように行った。
すべての日(表3)又は毎日の、2SDからのそれぞれの単一試験のzスコアと対照値を計算した。大きな差としての閾値としてzスコア(−1.96及び1.96、P<0.05)を用いた。しかしながら、1つの受容体の阻害が顕著な効果を引き起こさないようであった。したがって、本発明者は、より弱い閾値としてzスコア±1(−0.96及び0.96、P<0.33)を用いた。
【0098】
浸透圧忌避
本発明者は、浸透圧刺激のために4M NaClを用い、浸透圧忌避行動について以前に報告されているようにアッセイした(38)。
【0099】
sri−14の機能の細胞特異的ノックダウン
特異的ニューロンにおけるsri−14の機能をノックダウンするための導入遺伝子の構築は、以前に報告されているように行った(24)。sri−14の標的領域(1.6kbのゲノム配列)を以下の2つのプライマーを用いて増幅した。
遺伝子発現は、ASHについてはsra−6(20)プロモーターによって、及びAWCについてはceh−36(39)とsrd−17プロモーターによって行った。
【0100】
ニューロンの遺伝的除去及び阻害
本発明者は、AWA、AWB、AWC、及びASHニューロンの除去のためにマウスのカスパーゼ−1(mCasp1)を用いた。これらは、それぞれ、odr−10(11)、str−1(15)、ceh−36(39)、及びsra−6(20)プロモーターによって発現させた。また、介在ニューロンの阻害のためにunc−103(gf)を用いた。unc−103(gf)のAIA−、AIB−、AIY−、又はAIZ−特異的発現は、それぞれ、gcy−28.d(29)、npr−9(40)、ttx−3(41,42)、又はlin−11(43,44)プロモーターによって行った。
【0101】
sri−14cDNAの調製及び増幅
PureLink RNAミニキット(Ambion)を用いて単離された全量RNAは、製造業者の指示書に従って、gDNARemover(Toyobo)を用いたReverTraAceqPCRマスターミックスによってcDNAに変換した。sri−14cDNAを下記の2つのプライマーを用いて増幅し、NheIとKpnIで消化し、pPD−DESTベクター(Invitrogen)に挿入した。
【0102】
カルシウムイメージング
AWA、AWB、AWC、及びASHニューロンの応答をモニターするために、本発明者は、それぞれ、odr−10、str−1、odr−3、及びsra−6プロモーター(11,15,20,45)を用いて、YC3.60を発現する株を作製した。カルシウムイメージングは、以前に報告されているように(33,46,47)、マイクロ流体デバイスを用いて行われた。マイクロ流体デバイスを用いた実験について、線虫の鼻が、ジアセチル[10
−5希釈(低濃度)と10
−3希釈(高濃度)]又は匂いのない溶液を含む流水に曝露されるように、マイクロチャネルに線虫を捕捉することによって、それぞれの線虫を固定した。室温は20℃から23℃に設定した。YC3.60の蛍光画像は、40×対物レンズと3CCDデジタルカメラ(C7780、Hamamatsu Photonics)を備えたZeiss Axioplan 2を用いて得た。すべての画像は、露光時間を200msにして回収した。AWA、AWB、AWC、及びASH細胞体のタイムスタックを捕捉し、AquaCosmosソフトウエア(ver.2.6、Hamamatsu Photonics)を用いて、黄色蛍光タンパク質(YFP)とシアン蛍光タンパク質(CFP)の発光比について分析した。この比は、YEP強度/CFP強度(R)として計算され、10秒ウィンドウ(−10〜0秒)における平均比は、R0として設定した。
【0103】
(2)結果
匂い−受容体対のRNA干渉スクリーニング
特定の匂い物質に対する応答に必要とされる嗅覚受容体を網羅的に同定するために、本発明者は、システマティックRNA干渉(RNAi)スクリーニングを行った。線虫(C.elegans)におけるニューロンのRNAiは、RNAiに対する線虫(C.elegans)ニューロンの低感受性のため(18)、野生型線虫においては有効でないことから、RNAi増強型線虫株eri−1(mg366)(19)を用いた。
【0104】
本発明者は、eri−1変異体におけるRNAiによってodr−10のノックダウンが、低濃度(10−3希釈)のジアセチルに対する応答に特定の欠陥を引き起こすことを示し、この線虫株が、嗅覚受容体遺伝子のRNAiスクリーニングに効果的に使用され得ることを確認した(
図22)。SRHファミリーを含む、822個の推定上の嗅覚受容体をコードする遺伝子(全ての遺伝子がGPCRをコードする)をスクリーニングした。そして、11個の匂い物質に対する、RNAi処理された線虫の応答を試験した。線虫(C.elegans)は、匂い物質の濃度に依存して嗜好性が変化し得るため(17)、さらに、高濃度(未希釈の匂い物質のそれぞれ1μlと5μl)の匂い物質(低濃度では誘引行動を引き起こす)に対する応答も試験した。匂い物質は、低濃度の6つの誘引物質(6)、高濃度で忌避を誘導する3つの高濃度誘引物質(17)、及び高濃度の2つの忌避物質(6,20)を含むものとした(
図22)。
【0105】
匂い物質に対する化学感覚誘導性の運動応答に異常を示したRNAi処理線虫株については繰り返し試験した(材料及び方法を参照)(表3)。第三次スクリーニングの結果、194個の推定上の嗅覚受容体をコードする遺伝子を標的とするRNAiは、1つ又は複数の匂い物質に対して、対照よりも弱い応答を引き起したことから、嗅覚受容体候補をコードするものと考えられた(
図22及び表4)。
感覚ニューロンに発現する遺伝子は嗅覚受容体として働く可能性があることから、これらの遺伝子の発現パターンを調べた。
本発明者は、個々の嗅覚受容体をコードする遺伝子のプロモーターに連結された蛍光リポーターを用いて、ノックダウンしたときに化学感覚誘導性の運動において重大な欠陥を示した、16個の推定上の嗅覚受容体をコードする遺伝子の発現パターンを分析した(
図22C及び
図23、A〜L)。さらに、19個の嗅覚受容体遺伝子の発現パターンは、WormBase(http://www.wormbase.org)に記載されている情報を用いた。これらの35個の遺伝子のうち、30個はニューロンにおいて発現した。リポーター発現によって分析した16個の遺伝子のうち15個は、匂い感覚に関与する感覚ニューロンにおいて発現した(表5)。
【0106】
高濃度のジアセチルに応答する嗅覚受容体SRI−14の同定
ODR−10はジアセチル受容体であり、odr−10変異体は、低いジアセチル濃度に対する化学走性に欠陥がある(11)。従来報告されているように(11)、本発明者は、odr−10変異体が高濃度ジアセチルに対して、正常な化学走性を示すことを確認した(
図24A)。これは、ジアセチルに対して他の受容体が存在し、ODR−10が低濃度に特異的である可能性がある(21)ことを示唆している。RNAiスクリーニングによって、5つの嗅覚受容体候補遺伝子(srh−25、srh−79、srh−216、srh−281、及びsri−14)が高濃度ジアセチルに関与するものとして得られた(表3及び
図25)。そこで本発明者は、上流のプロモーターを用いて発現解析を行ったところ、srh−79及びsrh−216の発現は検出できず、srh−25及びsrh−281の発現は、高濃度のジアセチルに対する忌避行動に関与していないADL感覚ニューロンにおいて観察された(表5)。したがって、様々な受容体が、どのようにして単一の匂い物質に対して濃度依存の反応を生じさせているのかを理解するために、本発明者はsri−14に注目することにした。これは、この遺伝子を標的とするRNAiが、高濃度ジアセチルからの忌避において有意に大きな欠陥を引き起こしたためである(
図24B)。
【0107】
SRI−14は、7つのエキソンを有する遺伝子によってコードされ、WormBaseによれば、ok2685は、機能欠損であることが予測される欠失変異体である(
図26A)。SRI−14の予想アミノ酸配列(配列番号5)によると、タンパク質が推定上の7回膜貫通型ドメインを有することがわかった(
図26、B及びC)。高浸透圧条件下でのsri−14(ok2865)変異体の行動分析は、線虫が正常な高浸透圧忌避行動を示すことを示した。しかしながら、sri−14変異体は、sri−14 RNAi処理された線虫と同じく、高濃度のジアセチルに対して忌避応答の欠陥を示した(
図24A)。さらに、odr−10変異体と比較して、sri−14変異体は、高濃度ジアセチルに特異的な化学走性の欠陥を示した(
図24A)。sri−14変異体は、他の忌避物質及び高濃度の他の誘引物質に対して正常な応答を示した(
図24C)。これは、調べた匂い物質のうち、SRI−14は高濃度ジアセチルの感知にのみ関与することを示している。
【0108】
リポーター発現解析により、sri−14がAWC及びASH化学感覚ニューロンにおいて発現していることがわかった(
図24D)。AWCニューロンは、10倍希釈したジアセチルを含む多数の誘引物質の感知に必要とされ(22,23)、ASHニューロンは、忌避物質(9)及び高濃度のイソアミルアルコール(17)の忌避に関与する。SRI−14が、高濃度のジアセチルに応答してAWC又はASHニューロンにおいて機能するかを明らかにするために、本発明者は、AWC及びASHニューロンにおいて、sri−14のニューロン特異的ノックダウンを行った(24)。sri−14のASH特異的ノックダウンは、ジアセチルからの忌避において欠陥を引き起したが、AWC特異的ノックダウンでは異常が現れなかった(
図24E)。
【0109】
さらに、高濃度ジアセチルからの忌避におけるsri−14変異体の欠陥は、sri−14cDNAのASH特異的発現によってレスキューされたが、AWA、AWB、又はAWC嗅覚ニューロンにおける特異的発現によって、部分的にレスキューあるいはレスキューされなかった(
図24F)。これらの結果は、ASH感覚ニューロンにおけるSRI−14の機能が、高濃度ジアセチルからの忌避を媒介するために必要かつ十分であることを示している。高浸透圧条件に対する忌避応答は、ASHニューロンによって媒介され(25,26)、この応答は、sri−14変異体において正常であり(
図26D)、ASHニューロンが他の忌避刺激の感知と応答は正常であったことを示している。加えて、SRI−14−緑色蛍光タンパク質(GFP)融合タンパク質は、ASHニューロンの感覚繊毛に局在した(
図24G)。これは、SRI−14が、ASHにおける感覚繊毛における嗅覚シグナリングの因子として機能することを示している。
【0110】
匂い物質の濃度に依存した嗜好性変化に関与する感覚ニューロン及び介在ニューロンの同定
低濃度のジアセチル(10
−4希釈溶液)はAWAニューロンによって感知され(6)、中間濃度(10
−1希釈溶液)はAWCニューロンによって感知される(22,23)。これらはともに誘引を媒介する。しかしながら、どの感覚ニューロンが、高濃度のジアセチル(未希釈)を感知し、忌避応答に関与するかは知られていない。以前の研究において、ASH及びAWB感覚ニューロンは、高濃度イソアミルアルコール(17)を検出し、忌避を媒介することが示されている。さらに、AWC及びAWBニューロンは、誘引と忌避の両方に関与する(17,27)。
【0111】
そこで本発明者は、高濃度ジアセチルに対する忌避応答におけるASH、AWB、及びAWC感覚ニューロンの関与を調べた。AWB又はAWCが遺伝的に除かれた線虫は、高濃度ジアセチルに応答した化学走性の欠陥を示さなかった(
図27A)。しかしながら、ASHニューロンを除去すると、この忌避行動が阻害された(
図27A)。これらの結果は、主にASHニューロンが、高濃度ジアセチル濃度を感知したことを示し、これは、SRI−14がASHニューロンにおいて機能することを示す結果と一致している。
【0112】
AWAニューロンがジアセチルの忌避及びジアセチルに対する誘引を媒介するのかどうかを調べるために、本発明者は、AWAニューロンが特異的に除かれた線虫の行動応答を分析した。AWAを除かれた線虫は、高濃度ジアセチルからの忌避の低下(
図24A)、および低濃度に対する誘引の低下を示した(
図27B)。これは、誘引と忌避の両方に機能するAWCとAWBニューロンの能力に類似している(17,27)。AWAとASHの両方の二重除去は、単一の除去よりも重大な欠陥を引き起し、これは、AWAとASHが高濃度ジアセチルに対する応答について、並行して働いていることを示している(
図27A)。
【0113】
匂いの濃度に依存した嗜好性変化への介在ニューロンの貢献を明らかにするために、本発明者は、AWA若しくはASH感覚ニューロン又は両方の感覚ニューロンに直接のシナプス結合又はギャップ結合を有するAIA、AIB、AIY、及びAIZ介在ニューロンの関与を調べた(
図27C)。これらの介在ニューロンを、過分極をもたらすunc−103(gf)のニューロン特異的発現によって個別に阻害した(28,29)。AIA、AIY、又はAIZ介在ニューロンの機能的阻害は、高濃度ジアセチルに曝露された線虫において忌避から誘引へと応答を変化させ(
図27D)、AIBの阻害は、忌避応答を弱めた。この結果は、これらの介在ニューロンが、匂いの濃度依存的な嗜好性変化において重要な役割を果たすことを示しており、AIB、AIY、及びAIZが高濃度及び低濃度のイソアミルアルコールに対する異なった行動応答に重要であるという以前の報告と一致している(17)。対照的に、低濃度のジアセチルに対する誘引は、AIYを除くこれらの介在ニューロンの阻害によって影響されなかった(
図27E)。これは、低濃度ジアセチルに対する誘引を媒介する神経回路が、高濃度ジアセチルからの忌避を媒介する神経回路と異なることを示唆している。
【0114】
匂い濃度に依存した嗅覚受容体の使い分け
本発明者による線虫の行動実験の結果と従来の研究結果(11)は、ジアセチルに対する濃度依存的な嗜好性変化が、2つのタイプの受容体、AWAニューロンにおけるODR−10とASHニューロンにおけるSRI−14によって媒介されることを示唆している。そこで本発明者は、野生型株、odr−10変異体、及びsri−14変異体において、遺伝的にコードしたカルシウム指示薬であるYellow Cameleon(YC)3.60(30)を用いたカルシウムイメージングによって、様々な濃度のジアセチルに対するAWA及びASHニューロンの応答をモニターした。
【0115】
野生型線虫又はsri−14変異体におけるAWAニューロンは、細胞内カルシウムが低濃度のジアセチルに曝露後に増加した(29)(
図28、A及びB)。しかしながら、odr−10変異体は低濃度ジアセチルに応答を示さなかった(
図28、A及びB)。これは、ODR−10がAWAニューロンにおいて低濃度ジアセチルに特異的な受容体として機能するという所見と一致している(21)。対照的に、odr−10変異体及び野生型線虫において、AWAニューロンが、高濃度のジアセチルに対して正常に応答した(
図28、C及びD)。これらの結果は、odr−10変異体が高濃度ジアセチルに対して正常な化学走性を示した所見と一致している(
図24A)。これらのニューロンの除去が誘引と忌避応答の両方を減少させたため(
図27、A及びB)、これらの結果と合わせると、ODR−10以外の受容体がAWAニューロンに存在し、高濃度ジアセチルを感知することが示唆される。
【0116】
本発明者は、ASHニューロンにおける一過性Ca2+応答をモニターした。野生型線虫のASHニューロンにおいては、高濃度のジアセチルにのみCa2+応答が検出された(
図29A)。高濃度ジアセチルに対するASHの応答が他のニューロンによって影響を受けるかどうかを明らかにするために、本発明者は、シナプス小胞のエキソサイトーシスに欠損を有する、unc−13(e51)変異体のASHにおけるCa2+応答を解析した(31)。unc−13変異体のASHニューロンにおける高濃度のジアセチルに対するカルシウム応答は、野生型線虫のASHニューロンよりも有意に大きく、長続きした(
図30、A,B,及びD)。これは、他のニューロンからのシグナルがジアセチルに対するASHの活性を阻害していることを示している。
【0117】
AWA除去線虫では、ジアセチルに対する応答が変化することが観察されたため(
図27、A及びB)、さらに本発明者は、ASHニューロンにおける高濃度のジアセチルに対するカルシウム応答におけるAWA除去の効果を試験し、AWAニューロンの除去がASHニューロンのカルシウム応答を増強させることを見出した(
図30、A,C,及びD)。これは、AWAがASHの応答の抑制性回路に関与することを示すものである。
次に、本発明者は、変異線虫のASHニューロンにおける高濃度ジアセチルに対するCa2+応答をモニターした。Ca2+応答は、odr−10変異体のASHニューロンでは正常に引き起こされたが、sri−14変異体のASHニューロンにおいては応答が有意に減少した(
図29、B及びC)。sri−14変異体のASHにおける高濃度ジアセチルに対する応答の欠陥は、野生型sri−14遺伝子のASH特異的発現によってレスキューされた(
図29、B及びC)。さらに、野生型線虫においてASH特異的にsri−14をノックダウンすると、高濃度のジアセチルに対するASHのCa2+応答が減少した(
図29、B及びC)。これらの結果は、SRI−14が、ASHニューロンにおいて高濃度ジアセチルの受容のための主要なコンポーネントとして機能することを示している。
【0118】
sri−14の発現がAWCニューロン並びにASHニューロンにおいて観察されたため(
図24D)、本発明者は、高濃度のジアセチルに対するAWC応答をモニターした。AWCにおけるCa2+濃度の増加は、匂い除去により生じる(32)。したがって、本発明者は、高濃度のジアセチルの除去後にAWCニューロンの応答を試験し、AWCニューロンにおいてCa2+応答が起こることを見出した(
図31)。この結果は、ジアセチルがAWC及びAWAによって感知されるという以前の報告と一致している(22,23)。しかしながら、AWCの除去は、高濃度ジアセチルからの忌避に影響を及ぼさなかった(
図27A)。これは、AWCニューロンの応答がジアセチルの忌避に重要でないことを示している。高濃度のジアセチルに対する行動応答はsri−14のAWC特異的発現又はsri−14のAWC特異的ノックダウンのいずれによっても影響がなかったため(
図24、E及びF)、高濃度ジアセチルに対するAWCの応答を媒介するSRI−14以外の受容体が存在していると考えられる。
【0119】
AWBニューロンは、一般的に、忌避行動と関連付けられる(15)。以前の研究では、AWBニューロンにおけるCa2+応答がノナノン又は高いイソアミルアルコール濃度の除去後に生じることが報告されたため(17、33)、本発明者は、AWBニューロンにおいてsri−14cDNAの異所性発現を行い、様々な濃度のジアセチルに対するCa2+応答をモニターした。
野生型AWBニューロンにおいて、本発明者は、低濃度又は高濃度のジアセチルのいずれにおいても匂いの除去後僅かなCa2+応答を観察した。野生型AWBニューロンにおけるこの弱い応答と比較して、高濃度ジアセチルの除去に対するAWBニューロンにおけるCa2+応答は、SRI−14の異所性発現によって有意に増強した。SRI−14異所性発現は、低濃度のジアセチルの除去に対する応答は変化させなかった(
図32、A及びB)。この結果は、SRI−14が、高濃度のジアセチルの感知に寄与するという我々の結論を支持している。合わせて、これらの所見は、AWAニューロンにおけるODR−10及びASHニューロンにおけるSRI−14が、それぞれ低濃度及び高濃度ジアセチルに応答して、誘引及び忌避行動を媒介する受容体として機能することを示唆している(
図33)。
【0120】
(3)考察
本発明者は、特定の匂い物質について嗅覚受容体を網羅的に同定するためにRNAiスクリーニングを用いた。線虫(C.elegans)は、嗅覚受容体及び嗅覚シグナリングが哺乳動物のものと類似しているため(23,34)、嗅覚解析のためのモデル生物と考えられている。さらに、嗅覚シグナルが神経回路において伝達される経路を辿ることができる全神経ネットワークが記述されている(35)。しかしながら、大部分の匂い物質は、特定の受容体又は受容体オリゴマーとの対応関係がわかっておらず、匂い物質と嗅覚受容体の間の相互作用の機構は知られていない。結論として、どのようにして匂いシグナルがインプットされるか、どのようにして嗅覚シグナルが神経回路上を伝達されるか、どのようにして線虫(C.elegans)における少数のORNが非常に多くの匂い物質を識別し得るのかについて理解されていない。RNAiスクリーニングによって得た受容体候補のさらなる解析は、特定の匂い物質に関する嗅覚受容体を同定し、これらの機構の理解を与えるために役立つ。
【0121】
本発明者は、異なる感覚ニューロンが匂い濃度に依存して機能することを以前に報告した(17)。この研究において、本発明者は、ジアセチルの受容について、ODR−10及びSRI−14が、特定のORN内の低濃度又は高濃度に特異的な受容体としてそれぞれ機能することを見出した(
図33)。SRI−14が、ODR−10よりもジアセチルに対して低い親和性を有する可能性が推測される。しかしながら、これらの受容体は、匂い物質認識部位内に相同配列性を有しておらず、異なる濃度の同じ化学物質を区別するこれらの受容体の能力の基盤となる機構は未知のままである。
【0122】
カルシウムイメージング実験は、AWA感覚ニューロンが低濃度及び高濃度のジアセチルの両方に応答することを示した。AWAニューロンの遺伝的除去は、高濃度ジアセチルからの忌避および低濃度ジアセチルに対する誘引の両方で欠陥を引き起こした。これらの結果は、AWAニューロンが広範囲の濃度に対してジアセチルを検出し、異なる濃度に対して反対の行動を引き起こすのに寄与することを示唆している。これらの所見、並びにAWBニューロン(16)及びAWCニューロン(26)に関して以前に報告された所見は、線虫(C.elegans)のこれらのORNが誘引行動と忌避行動の両方を媒介し得ることを示している。ODR−10がAWAニューロンに存在し(11)、odr−10変異体は低濃度のジアセチルに対する誘引が低下したが、高濃度のジアセチルに対する忌避は正常であったことから、AWAニューロンが、特に、高いジアセチル濃度に対して、複数のジアセチル受容体を有することが示唆される。
【0123】
本発明者がRNAiスクリーニングにおいて得た、SRI−14以外の高濃度ジアセチルに対する受容体候補が存在する。これらの他の候補の解析は、他のジアセチル受容体の同定、匂いの濃度に応じて異なる受容体が働く戦略の追加をもたらす可能性がある。
【表3】
【0124】
表3.srh嗅覚受容体ファミリー遺伝子のRNAiスクリーニングの生データ。第一次(A)、第二次(B)、及び第三次(C)のスクリーニングにおけるsrhファミリー遺伝子についてRNAi処理した線虫の11個の匂い物質に対する化学走性インデックス。11個の匂い物質は、低濃度の6つの誘引物質[イソアミルアルコール(Iaa)、ベンズアルデヒド(Bz)、ブタノン(Bu)、ペンタンジオン(Pd)、ピラジン(Pz)、及びトリメチルチアゾール(Tmt)]、2つの忌避物質[ノナノン(Nona)及びオクタノール(Oct)]、並びに高濃度の3つの誘引物質[イソアミルアルコール(高Iaa)、ベンズアルデヒド(高Bz)、及びジアセチル(高Da)]を含んでいる。青色、橙色、及び緑色の陰影は、それぞれ、同日の対照値、すべての日の対照値の平均、及びこれらの両方と比較した統計差を示す(材料及び方法を参照)。
【表4】
【0125】
表4.194個の候補嗅覚受容体遺伝子のRNAiスクリーニングの生のデータ。第三次スクリーニング後に全194個の嗅覚受容体候補遺伝子が得られた。この表は、第一次、第二次、及び第三次スクリーニングにおけるこれらの遺伝子についてRNAi処理した線虫の化学走性インデックスを示す。いくつかの遺伝子は、複数の匂い物質の感知に関与することが示された。
【表5】
【0126】
表5.35個の受容体候補遺伝子の発現パターン及び関連した匂い物質。感覚ニューロンだけを名称によって列挙している。他のニューロンは、一群のいくつかのニューロンとして列挙している。解析遺伝子の発現写真については
図23を参照されたい。ボールド体の遺伝子は、除いた場合、ジアセチルに対する化学感覚応答性をもたらしたニューロンにおいて(リポーター遺伝子発現に基づいて)発現が見られたもの。Bu、ブタノン;Bz、ベンズアルデヒド;Da、ジアセチル;Iaa、イソアミルアルコール;Nona、ノナノン;Oct、オクタノール;Pd、ペンタンジオン;Pz、ピラジン;Tmt、トリメチルチアゾール。
【実施例7】
【0127】
本発明者は、各地で採取したC.elegans株において上記実施例を行ったところ、各種癌患者由来の尿に誘引行動を示さない株が見出された。この株のゲノム配列を調べたところ、ゲノム上に多くの1塩基置換を有することが判明した。
そこで本実施例においては、野生株とともに上記遺伝子変異株を用いて、癌検出の精度を検討した。
【0128】
方法:
乳癌、食道癌、胆管癌、直腸癌、盲腸癌、前立腺癌、膵臓癌、肺癌、消化管間葉性腫瘍の癌患者の尿サンプル、健常者の尿サンプル、中規模実験で偽陽性を示した健常者の尿サンプルについて、野生株、遺伝子変異株の化学走性を調べた。
【0129】
結果:
遺伝子変異株は、ほとんどすべての癌種の尿に誘引行動を示さなかった(
図34)。
遺伝子変異株は、他の匂いに対しては正常な走性を示すことから、基本的な嗅覚は働いていると言える。従って、遺伝子変異株には癌種の匂いを受容する受容体に欠損があると予想される(
図35)。
また、遺伝子変異株は偽陽性サンプルには正常に誘引行動を示す。従って、野生株(N2株)で陽性を示したサンプルについて遺伝子変異株で解析し、遺伝子変異株で陰性となったときは癌と診断し、遺伝子変異株で陽性となったときは偽陽性と診断することができる。従って、遺伝子変異株を用いると、癌検出の精度を高めることができる(
図35)。
【実施例8】
【0130】
各癌種の匂いの受容に関わる受容体候補の同定
次世代シークエンサー(イルミナ社)を用いて、実施例7で得られた遺伝子変異株の全ゲノムを解読し、N2のゲノム配列と比較し、変異のある受容体遺伝子を探索した。
【0131】
その結果、受容体遺伝子に強い変異が入っていた(表6)。
【表6】
【0132】
これらの遺伝子について、嗅覚神経AWC特異的RNAi(Esposito et al,Efficient and cell specific knock−down of gene function in targeted C.elegans neurons.Gene 395,170−176,2007)によりノックダウンし、各癌種の尿に対する走性を測定した。
その結果、癌種により、反応する受容体が異なることが分かった。
これにより、線虫走性テストにより癌種を特定することが可能となる。
受容体ノックダウン株における乳癌患者の尿に対する走性を調べた結果を
図36に示す。
【0133】
癌探知犬の研究から、癌種によって匂いが異なると予想されている。そこで、線虫において、癌種それぞれの匂いに対する嗅覚受容体を同定し、その受容体を欠失した変異体を作製する。変異体の作製法としては、CRISPR/Cas9法(Friedland et al,Heritable genome editing in C.elegans via a CRISPR−Cas9system,Nature Methods,2013)などが挙げられる。
まず、STEP1として、N2株を用いて、癌種の有無を検査する。
次に、STEP2として、各癌種の受容体の変異体を用いて、癌種を特定する。例えば、大腸癌の匂いの受容体変異体が誘引行動を示さない場合、大腸癌と診断できる(
図37)。
【0134】
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