(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、段付きスクロール圧縮機は、段部における流体漏れが大きいという問題がある。また、段部の根元部分に応力が集中して強度が低下するという問題がある。
【0006】
これに対して、発明者等は、壁体及び端板に設けられた段部に代えて連続的な傾斜部を設けることを検討している。
【0007】
しかし、傾斜部の加工は、平坦面を加工する場合に比べて難易度が高いという問題がある。壁体の根元の歯底角部の加工精度が低下すると、歯底角部に段部が形成され、チップシールと接触するおそれがある。段部に対してチップシールが跨がるように接触すると、チップシールと歯底との間に隙間が生じて流体の漏れが発生する。また、チップシールが段部に対して摺動することによって摩耗が過度に進行するおそれがある。そして、スクロール流体機械の性能低下を招くおそれがある。
【0008】
また、このような問題は、傾斜部を有するスクロール流体機械だけでなく、段部を備えていない一般的なスクロール圧縮機や段付きスクロール圧縮機であっても、歯底角部の加工誤差によって生じ得る。
【0009】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであって、歯底角部に形成された段部とチップシールとの接触を防止するスクロール流体機械およびスクロール部材の加工方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明のスクロール流体機械およびスクロール部材の加工方法は以下の手段を採用する。
本発明に係るスクロール流体機械は、第1端板上に渦巻状の第1壁体が設けられた第1スクロール部材と、前記第1端板に向かい合うように配置された第2端板上に渦巻状の第2壁体が設けられ、該第2壁体が前記第1壁体と噛み合って相対的に公転旋回運動を行う第2スクロール部材と、前記第1壁体及び前記第2壁体の歯先に形成された溝部に設けられ、対向する歯底に接触して流体をシールするチップシールとを備え
、向かい合う前記第1端板と前記第2端板との対向面間距離が、前記第1壁体及び前記第2壁体の外周側から内周側に向かって、連続的に減少する傾斜部が設けられ、前記第1壁体および前記第2壁体の少なくともいずれか一方の最外周部および最内周部には、高さが変化しない壁体平坦部が設けられ、前記第1端板および前記第2端板の少なくともいずれか一方には、前記壁体平坦部に対応した端板平坦部が設けられ、前記最外周部の前記壁体平坦部から前記最内周部の前記壁体平坦部との間にわたって、前記傾斜部を形成するように外周側から内周側に向かって前記壁体の高さが連続的に減少する壁体傾斜部が設けられ、前記最外周部の前記端板平坦部から前記最内周部の前記端板平坦部との間にわたって、前記壁体傾斜部の歯先に対向する歯底面が該壁体傾斜部の傾斜に応じて傾斜する端板傾斜部が設けられ、前記壁体傾斜部の渦巻き方向の長さは、前記最外周部の前記壁体平坦部の渦巻き方向の長さよりも長く、かつ、前記最内周部の前記壁体平坦部の渦巻き方向の長さよりも長く、前記端板傾斜部の渦巻き方向の長さは、前記最外周部の前記端板平坦部の渦巻き方向の長さよりも長く、かつ、前記最内周部の前記端板平坦部の渦巻き方向の長さよりも長いスクロール流体機械であって、一方の前記壁体の歯先角部に対向する他方の前記壁体の根元の歯底角部には、段部が設けられ、前記溝部は、前記段部に対向する位置よりも前記壁体の厚さ方向中心側に形成されていることを特徴とする。
【0011】
歯底の加工を行う際に、壁体の根元の歯底角部に段部が形成されることがある。この段部を跨がるようにチップシールが接触すると、チップシールと歯底との間に隙間が生じて流体の漏れが発生するおそれがあり、またチップシールが摩耗するおそれがある。
そこで、段部に対向する位置よりも壁体の厚さ方向中心側に溝部を形成することとして、チップシールが段部に接触しないようにした。これにより、チップシールと段部との隙間からの流体漏れを低減するとともにチップシールの摩耗を抑えることができ、スクロール流体機械の性能の低下を抑えることができる。
なお、歯底角部に設けられた段部は、加工によって不可避的に形成されたものも含む。
【0013】
第1端板と第2端板との対向面間距離が壁体の外周側から内周側に向かって連続的に減少する傾斜部が設けられているので、外周側から吸い込まれた流体は内周側に向かうにしたがい、壁体の渦巻形状に応じた圧縮室の減少によって圧縮されるだけでなく、端板間の対向面間距離の減少によって更に圧縮されることになる。
傾斜部の加工は平坦面を加工する場合に比べて難易度が高いため、壁体の根元の歯底角部の加工精度が低下するおそれがある。歯底角部の加工精度が低下すると、歯底角部に段部が生じる。
例えば、壁体の一方の周壁面及び隣接する歯底を加工し、その後に共通の歯底を挟んで対向する他方の周壁面及び隣接する歯底を加工すると、少なくとも2パスの加工工程を経ることになる。この場合には、歯底の高さを2パス間で正確に一致させることが困難なため、歯底の高さにずれが生じ、歯底角部に隣接する歯底に段部が発生する。
また、壁体の一方の周壁面及び隣接する歯底を所定の第1加工ピッチで加工し、壁体の他方の周壁面及び隣接する歯底を同じ第1加工ピッチで加工した後に、歯底のみを第1加工ピッチよりもさらに細かい第2加工ピッチで加工した場合には、第2加工ピッチよりも粗い第1加工ピッチに対応した段部が歯底角部に隣接する歯底に発生する。
このように、傾斜部を有するスクロール部材は歯底角部に段部が生じやすいので、上述のように溝部の位置を段部に対向しないようにしてチップシールを段部に接触させないようにすることが特に有効となる。
【0014】
また、本発明のスクロール部材の加工方法は、端板と、該端板上に設けられた渦巻状の壁体とを備え、前記壁体の歯先にチップシールを収納する溝部が設けられ
、前記壁体は、外周側から内周側に向かって該壁体の高さが連続的に減少する壁体傾斜部を有し、前記端板は、前記壁体傾斜部の高さの減少に応じて、外周側から内周側に向かって該端板の高さが連続的に増大する端板傾斜部を有し、前記壁体の最外周部および最内周部には、高さが変化しない壁体平坦部が設けられ、前記端板には、前記壁体平坦部に対応した端板平坦部が設けられ、前記最外周部の前記壁体平坦部から前記最内周部の前記壁体平坦部との間にわたって、外周側から内周側に向かって前記壁体の高さが連続的に減少する前記壁体傾斜部が設けられ、前記最外周部の前記端板平坦部から前記最内周部の前記端板平坦部との間にわたって、前記壁体傾斜部の歯先に対向する歯底面が該壁体傾斜部の傾斜に応じて傾斜する前記端板傾斜部が設けられ、前記壁体傾斜部の渦巻き方向の長さは、前記最外周部の前記壁体平坦部の渦巻き方向の長さよりも長く、かつ、前記最内周部の前記壁体平坦部の渦巻き方向の長さよりも長く、前記端板傾斜部の渦巻き方向の長さは、前記最外周部の前記端板平坦部の渦巻き方向の長さよりも長く、かつ、前記最内周部の前記端板平坦部の渦巻き方向の長さよりも長いスクロール部材の加工方法であって、前記壁体の一方の周壁面及び隣接する歯底を加工する第1周壁面加工工程と、前記壁体の他方の周壁面及び隣接する歯底を加工する第2周壁面加工工程と、前記端板の歯先に前記溝部を形成する溝部加工工程とを有し、前記壁体の根元の歯底角部には、段部が設けられ、前記溝部は、前記段部に対向する位置よりも前記壁体の厚さ方向中心側に形成されていることを特徴とする。
【0015】
第1周面加工工程と第2周面加工工程を行った後に、加工精度等によって歯底角部に段部が形成される。この段部に対向しない位置に、溝部を形成することとする。これにより、チップシールと段部との接触を避けることができる。
なお、歯底角部に設けられた段部は、加工によって不可避的に形成されたものも含む。
また、スクロール部材は、前記壁体の高さが外周側から内周側に向かって連続的に減少する壁体傾斜部、および/または、前記端板の高さが外周側から内周側に向かって連続的に増大する壁体傾斜部を備えていても良い。
【0016】
また、本発明のスクロール部材の加工方法は、端板と、該端板上に設けられた渦巻状の壁体とを備え、前記壁体の歯底から歯先までの高さが渦巻き方向に連続的に変化する傾斜部を備え
、前記壁体は、外周側から内周側に向かって該壁体の高さが連続的に減少する壁体傾斜部を有し、前記端板は、前記壁体傾斜部の高さの減少に応じて、外周側から内周側に向かって該端板の高さが連続的に増大する端板傾斜部を有し、前記壁体の最外周部および最内周部には、高さが変化しない壁体平坦部が設けられ、前記端板には、前記壁体平坦部に対応した端板平坦部が設けられ、前記最外周部の前記壁体平坦部から前記最内周部の前記壁体平坦部との間にわたって、外周側から内周側に向かって前記壁体の高さが連続的に減少する前記壁体傾斜部が設けられ、前記最外周部の前記端板平坦部から前記最内周部の前記端板平坦部との間にわたって、前記壁体傾斜部の歯先に対向する歯底面が該壁体傾斜部の傾斜に応じて傾斜する前記端板傾斜部が設けられ、前記壁体傾斜部の渦巻き方向の長さは、前記最外周部の前記壁体平坦部の渦巻き方向の長さよりも長く、かつ、前記最内周部の前記壁体平坦部の渦巻き方向の長さよりも長く、前記端板傾斜部の渦巻き方向の長さは、前記最外周部の前記端板平坦部の渦巻き方向の長さよりも長く、かつ、前記最内周部の前記端板平坦部の渦巻き方向の長さよりも長いスクロール部材の加工方法であって、前記壁体の一方の周壁面及び隣接する歯底を加工する第1周壁面加工工程と、前記壁体の他方の周壁面及び隣接する歯底を加工する第2周壁面加工工程と、前記一方の周壁面と前記他方の周壁面との間の歯底のみを加工する歯底加工工程と、前記端板の歯先に溝部を形成する溝部加工工程とを有し、前記壁体の根元の歯底角部には、段部が設けられ、前記溝部は、前記段部に対向する位置よりも前記壁体の厚さ方向中心側に形成されていることを特徴とする。
【0017】
傾斜部の加工は平坦面を加工する場合に比べて難易度が高い。したがって、周壁面のそれぞれを加工する工程と、歯底のみを加工する工程とを分けて、3パスで周壁面および歯底を加工するようにした。これにより、傾斜部となる歯底を精度良く加工することができる。
また、加工難度が高い傾斜部を有するスクロール部材は、歯底角部に段部が生じやすいので、上述のように溝部の位置を段部に対向しないようにしてチップシールを段部に接触させないようにすることが特に有効となる。
なお、歯底加工工程の加工ピッチを各周壁面加工工程の加工ピッチよりも細かくして、より歯底の傾斜部を精度良く加工することが好ましい。
また、傾斜部の歯先についても、歯底加工工程と同等の加工ピッチとして加工することが好ましい。
また、歯底角部に設けられた段部は、加工によって不可避的に形成されたものも含む。
【発明の効果】
【0018】
段部に対向する位置よりも壁体の厚さ方向中心側に溝部を形成することとしたので、チップシールが段部との接触を防止できる。これにより、チップシールと段部との隙間からの流体漏れを低減するとともにチップシールの摩耗を抑えることができ、スクロール流体機械の性能の低下を抑えることができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に、本発明にかかる一実施形態について、図面を参照して説明する。
図1には、スクロール圧縮機(スクロール流体機械)1の固定スクロール(第1スクロール部材)3と旋回スクロール(第2スクロール部材)5が示されている。スクロール圧縮機1は、例えば空調機等の冷凍サイクルを行うガス冷媒(流体)を圧縮する圧縮機として用いられる。
【0021】
固定スクロール3及び旋回スクロール5は、アルミ合金製や鉄製等の金属製の圧縮機構とされ、図示しないハウジング内に収容されている。固定スクロール3及び旋回スクロール5は、ハウジング内に導かれた流体を外周側から吸い込み、固定スクロール3の中央の吐出ポート3cから外部へと圧縮後の流体を吐出する。
【0022】
固定スクロール3は、ハウジングに固定されており、
図1(a)に示されているように、略円板形状の端板(第1端板)3aと、端板3aの一側面上に立設された渦巻状の壁体(第1壁体)3bとを備えている。旋回スクロール5は、略円板形状の端板(第2端板)5aと、端板5aの一側面上に立設された渦巻状の壁体(第2壁体)5bとを備えている。各壁体3b,5bの渦巻形状は、例えば、インボリュート曲線やアルキメデス曲線を用いて定義されている。
【0023】
固定スクロール3と旋回スクロール5は、その中心を旋回半径ρだけ離し、壁体3b,5bの位相を180°ずらして噛み合わされ、両スクロールの壁体3b、5bの歯先と歯底間に常温で僅かな高さ方向のクリアランス(チップクリアランス)を有するように組み付けられている。これにより、両スクロール3,5間に、その端板3a,5aと壁体3b、5bとにより囲まれて形成される複数対の圧縮室がスクロール中心に対して対称に形成される。旋回スクロール5は、図示しないオルダムリング等の自転防止機構によって固定スクロール3の周りを公転旋回運動する。
【0024】
図1(a)に示すように、向かい合う両端板3a,5a間の対向面間距離Lが、渦巻状の壁体3b,5bの外周側から内周側に向かって、連続的に減少する傾斜部が設けられている。
【0025】
図2に示すように、旋回スクロール5の壁体5bには、外周側から内周側に向かって高さが連続的に減少する壁体傾斜部5b1が設けられている。この壁体傾斜部5b1の歯先が対向する固定スクロール3の歯底面には、壁体傾斜部5b1の傾斜に応じて傾斜する端板傾斜部3a1(
図1(a)参照)が設けられている。これら壁体傾斜部5b1及び端板傾斜部3a1によって、連続的な傾斜部が構成されている。同様に、固定スクロール3の壁体3bにも高さが外周側から内周側に向かって連続的に傾斜する壁体傾斜部3b1が設けられ、この壁体傾斜部3b1の歯先に対向する端板傾斜部5a1が旋回スクロール5の端板5aに設けられている。
【0026】
なお、本実施形態でいう傾斜部における連続的という意味は、滑らかに接続された傾斜に限定されるものではなく、加工時に不可避的に生じるような小さな段部が階段状に接続されており、傾斜部を全体としてみれば連続的に傾斜しているものも含まれる。ただし、いわゆる段付きスクロールのような大きな段部は含まれない。
【0027】
壁体傾斜部3b1,5b1及び/又は端板傾斜部3a1,5a1には、コーティングが施されている。コーティングとしては、例えば、リン酸マンガン処理やニッケルリンめっき等が挙げられる。
【0028】
図2に示されているように、旋回スクロール5の壁体5bの最内周側と最外周側には、それぞれ、高さが一定とされた壁体平坦部5b2,5b3が設けられている。これら壁体平坦部5b2,5b3は、旋回スクロール5の中心O2(
図1(a)参照)まわりに180°の領域にわたって設けられている。壁体平坦部5b2,5b3と壁体傾斜部5b1とが接続される位置には、それぞれ、屈曲部となる壁体傾斜接続部5b4,5b5が設けられている。
旋回スクロール5の端板5aの歯底についても同様に、高さが一定とされた端板平坦部5a2,5a3が設けられている。これら端板平坦部5a2,5a3についても、旋回スクロール5の中心まわりに180°の領域にわたって設けられている。端板平坦部5a2,5a3と端板傾斜部5a1とが接続される位置には、それぞれ、屈曲部となる端板傾斜接続部5a4,5a5が設けられている。
【0029】
図3及び
図4にハッチングにて示すように、固定スクロール3についても、旋回スクロール5と同様に、端板平坦部3a2,3a3、壁体平坦部3b2,3b3、端板傾斜接続部3a4,3a5及び壁体傾斜接続部3b4,3b5が設けられている。
【0030】
図5には、渦巻き方向に伸ばして表示した壁体3b,5bが示されている。同図に示されているように、最内周側の壁体平坦部3b2,5b2が距離D2にわたって設けられ、最外周側の壁体平坦部3b3,5b3が距離D3にわたって設けられている。距離D2及び距離D3は、それぞれ、各スクロール3,5の中心O1,O2まわりに180°とされた領域に相当する長さとなっている。最内周側の壁体平坦部3b2,5b2と最外周側の壁体平坦部3b3,5b3との間に、壁体傾斜部3b1,5b1が距離D
1にわたって設けられている。最内周側の壁体平坦部3b2,5b2と最外周側の壁体平坦部3b3,5b3との高低差をhとすると、壁体傾斜部3b1,5b1の傾きφは下式とされる。
φ=tan
-1(h/D1) ・・・(1)
このように、傾斜部における傾きφは、渦巻状の壁体3b,5bが延在する周方向に対して一定とされている。
【0031】
図6には、
図1(b)の符号Zで示した領域の拡大図が示されている。
図6に示されているように、固定スクロール3の壁体3bの歯先には、チップシール7が設けられている。チップシール7は樹脂製とされており、対向する旋回スクロール5の端板5aの歯底に接触して流体をシールする。チップシール7は、壁体3bの歯先に周方向にわたって形成されたチップシール溝3d内に収容されている。このチップシール溝3d内に圧縮流体が入り込み、チップシール7を背面から押圧して歯底側に押し出すことで対向する歯底に接触させるようになっている。なお、旋回スクロール5の壁体5bの歯先に対しても、同様にチップシールが設けられている。
【0032】
図7に示すように、壁体3bの高さ方向におけるチップシール7の高さHcは、周方向に一定とされている。
両スクロール3,5が相対的に公転旋回運動を行うと、旋回直径(旋回半径ρ×2)分だけ歯先と歯底の位置が相対的にずれる。この歯先と歯底の位置ずれに起因して、傾斜部では、歯先と歯底との間のチップクリアランスが変化する。例えば、
図7(a)ではチップクリアランスTが小さく、
図7(b)ではチップクリアランスTが大きいことを示している。チップシール7は、このチップクリアランスTが旋回運動によって変化しても、背面から圧縮流体によって端板5aの歯底側に押圧されるので、追従してシールできるようになっている。
【0033】
図8には、固定スクロール3の壁体傾斜部3b1の所定位置において半径方向に切断した歯先近傍の断面が示されている。なお、旋回スクロール5の壁体傾斜部5b1において半径方向に切断した歯先近傍の断面も同様の形状とされる。したがって、以下では、固定スクロール3の壁体傾斜部3b1の歯先と、これに対向する旋回スクロール5の端板傾斜部5a1の歯底との関係についてのみ説明する。
【0034】
同図に示されているように、壁体3bの歯先と端板5aの歯底とが対向して位置している。壁体3bの歯先には、チップシール溝3d内に収納されたチップシール7が配置されている。チップシール溝3dの溝幅Twは、チップシール7の幅よりも僅かに大きく形成されている。なお、符号Trは、壁体3bの幅を示す。また、符号Taは、壁体3bの周壁部からチップシール溝3dまでの歯先における寸法に相当する土手幅である。つまり、土手幅Taの領域は、歯先にチップシール溝3dが形成されていない領域となる。
【0035】
チップシール7は、チップシール7の背面に入り込んだ流体の圧力によって、歯底側(同図において下側)に押し付けられている。壁体3bは、一方の壁体5bR(同図において右側)近傍に位置しており、この位置で圧縮室を閉じるようにシールがなされる。壁体3bは、他方の壁体5bL(同図において左側)から離間しており、これらの間に圧縮室が形成される。
【0036】
壁体5bの根元の歯底角部9には、中央の歯底から突出した段部9aが形成されている。段部9aは、段部幅Swを有しており、壁体3bの歯先角部8に対向して位置している。
【0037】
チップシール溝3dは、段部9aに対向する位置よりも壁体3bの厚さ方向中心側にずらして形成されている。すなわち、壁体3bの歯先の土手幅Taは、歯底角部9の段部9aの段部幅Swよりも大きい寸法とされている。これにより、チップシール7は、段部9aとは接触しない位置に設置されることになる。
【0038】
歯底角部9に位置する段部9aは、端板傾斜部5a1の加工を行うことによって不可避的に形成される。なぜなら、端板5aの歯底に傾斜面を形成する加工は、平坦面を加工する場合に比べて難易度が高いからである。端板傾斜部5a1は、次の3パスからなる加工工程によって加工される。
【0039】
先ず、1パス目の加工として、一方の壁体5bRの周壁面及び隣接する歯底をエンドミルで加工する(第1周壁面加工工程)。この工程での加工ピッチは、第1加工ピッチp1として、NC(Numerical Control)工作機械の指令プログラムとして与えられる。このときのエンドミルの直径はDeとされ、歯底幅Tgよりも僅かに小さい寸法とされる。
次に、2パス目の加工として、他方の壁体5bLの周壁面及び隣接する歯底をエンドミルで加工する(第2周壁面加工工程)。この工程での加工ピッチは、1パス目と同じ第1加工ピッチp1とされる。エンドミルの直径は1パス目と同じ直径Deが用いられる。
最後に、3パス目の加工として、一方の壁体5bRの周壁面と他方の壁体5bLの周壁面との間の中央の歯底のみを加工する(歯底加工工程)。この工程での加工ピッチは、1パス目及び2パス目の第1加工ピッチp1よりも細かい第2加工ピッチp2が用いられる。これにより、歯底面の傾斜が可及的に滑らかに形成される。エンドミルの直径は、歯底幅Tgよりも小さい寸法とされ、例えば1パス目及び2パス目と同じ直径Deが用いられる。
【0040】
以上のように3パスとされた加工工程を経て端板傾斜部5a1とこれに隣接する壁体5bの周壁面を加工する。このとき、歯底を加工する3パス目の際に用いる第2加工ピッチp2が1パス目及び2パス目の第1加工ピッチp1よりも細かいので、3パス目の加工が施されていない両側の歯底角部9に段部9aが残されることになる。
この段部9aの段部幅Swは、3パス目の加工が歯底幅の中心に沿って行われたと仮定すれば、(Tg−De)/2となる。
なお、段部9aは、1パス目及び2パス目の加工時におけるエンドミルの刃先高さ(同図において上下方向)と、3パス目の加工時におけるエンドミルの刃先高さとの相違(加工誤差)によっても生じ得る。
【0041】
壁体3bの歯先である壁体傾斜部3b1の加工は、上述した3パス目の加工と同じ第2加工ピッチp2を用いて加工される。その後、チップシール溝3dを形成する加工が行われる。
【0042】
上述したスクロール圧縮機1は、以下のように動作する。
図示しない電動モータ等の駆動源によって、旋回スクロール5が固定スクロール3回りに公転旋回運動を行う。これにより、各スクロール3,5の外周側から流体を吸い込み、各壁体3b,5b及び各端板3a,5aによって囲まれた圧縮室に流体を取り込む。圧縮室内の流体は外周側から内周側に移動するに従い順次圧縮され、最終的に固定スクロール3に形成された吐出ポート3cから圧縮流体が吐出される。流体が圧縮される際に、端板傾斜部3a1,5a1及び壁体傾斜部3b1,5b1によって形成された傾斜部では壁体3b,5bの高さ方向にも圧縮されて、三次元圧縮が行われる。
【0043】
本実施形態によれば、以下の作用効果を奏する。
歯底の加工を行う際に、壁体5bの根元の歯底角部9に段部9aが形成される。この段部9aを跨がるようにチップシール7が接触すると、チップシール7と歯底との間に隙間が生じて流体の漏れが発生するおそれがあり、またチップシール7が摩耗するおそれがある。
そこで、本実施形態では、段部9aに対向する位置よりも壁体3bの厚さ方向中心側にチップシール溝3dを形成することとして、チップシール7が段部9aに接触しないようにした。すなわち、土手幅Taを段部幅Swよりも大きくした(Ta>Sw)。これにより、漏れを低減するとともにチップシール7の摩耗を抑えることができ、スクロール圧縮機1の性能の低下を抑えることができる。
【0044】
本実施形態のように、端板傾斜部3a1,5a1を有するスクロール3,5は、加工が困難なため歯底角部9に段部9aが生じやすいので、チップシール溝3dの位置を段部9aに対向しないようにしてチップシール7を段部9aに接触させないようにすることが特に有効となる。
【0045】
また、壁体5bR,5bLの周壁面のそれぞれを加工する工程と、歯底のみを加工する工程とを分けて、3パスで周壁面および歯底を加工するようにした。これにより、傾斜部となる歯底を精度良く加工することができる。
【0046】
なお、本実施形態では、3パスの加工によって歯底が加工された場合に生じる段部9aとの接触を回避する構成を説明したが、本発明は、
図9に示すように、2パスの加工によって歯底が加工された場合に生じる段部9a’に対しても適用できる。
【0047】
図9に示された端板5aの歯底は、次のように2パスで加工される。
先ず、1パス目の加工として、一方の壁体5bRの周壁面及び隣接する歯底をエンドミルで加工する。
次に、2パス目の加工として、他方の壁体5bLの周壁面及び隣接する歯底をエンドミルで加工する。このときに形成した歯底を最終形状とする。2パス目では、加工ピッチを1パス目の第1加工ピッチp1よりも小さい第2加工ピッチp2を用いても良いし、第1加工ピッチp1を用いても良い。
【0048】
このような2パスによる加工を行うと、上述したように加工ピッチの相違や、1パス目と2パス目との加工時におけるエンドミルの刃先高さの相違(加工誤差)によって、段部9a’が不可避的に生じることとなる。この場合、段部幅Sw’は、(Tg−De)となる。
段部9a’との接触を回避するように、段部9a’に対向する位置よりも壁体3bの厚さ方向中心側にチップシール溝3dを形成する。これにより、2パス加工によって生じる段部9a’に対しても、チップシール7との接触を回避してスクロール圧縮機1の性能低下を抑えることができる。
【0049】
また、本実施形態では、端板傾斜部3a1,5a1及び壁体傾斜部3b1,5b1を両スクロール3,5に設けることとしたが、いずれか一方に設けても良い。
具体的には、
図10(a)に示すように、一方の壁体(例えば旋回スクロール5)に壁体傾斜部5b1を設け、他方の端板3aに端板傾斜部3a1を設けた場合には、他方の壁体と一方の端板5aは平坦としても良い。
また、
図10(b)に示すように、従来の段付き形状と組み合わせた形状、すなわち、固定スクロール3の端板3aに端板傾斜部3a1を設ける一方で、旋回スクロール5の端板5aに段部が設けられた形状と組み合わせても良い。
【0050】
本実施形態では、壁体平坦部3b2,3b3,5b2,5b3および端板平坦部3a2,3a3,5a2,5a3を設けることとしたが、内周側及び/又は外周側の平坦部を省略して傾斜部を壁体3b,5bの全体に延長して設けるようにしてもよい。
【0051】
本実施形態では、傾斜部を有するスクロール圧縮機1として説明したが、段部を備えていない一般的なスクロール圧縮機や段付きスクロール圧縮機であっても、段部9a,9a’は歯底角部の加工誤差によって生じ得る。したがって、本発明は、段部を備えていない一般的なスクロール圧縮機や段付きスクロール圧縮機に対しても適用することができる。
【0052】
本実施形態では、スクロール圧縮機として説明したが、膨張機として用いるスクロール膨張機に対しても本発明を適用することができる。