特許第6336789号(P6336789)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6336789
(24)【登録日】2018年5月11日
(45)【発行日】2018年6月6日
(54)【発明の名称】抗菌性部材
(51)【国際特許分類】
   A01N 59/16 20060101AFI20180528BHJP
   A01P 3/00 20060101ALI20180528BHJP
   A01N 59/26 20060101ALI20180528BHJP
   A01N 25/34 20060101ALI20180528BHJP
   C03C 17/09 20060101ALI20180528BHJP
   C23C 14/14 20060101ALI20180528BHJP
【FI】
   A01N59/16 Z
   A01P3/00
   A01N59/26
   A01N25/34 A
   C03C17/09
   C23C14/14 D
【請求項の数】8
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2014-50029(P2014-50029)
(22)【出願日】2014年3月13日
(65)【公開番号】特開2015-174827(P2015-174827A)
(43)【公開日】2015年10月5日
【審査請求日】2016年9月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100067828
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 悦司
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100162765
【弁理士】
【氏名又は名称】宇佐美 綾
(72)【発明者】
【氏名】玉垣 浩
(72)【発明者】
【氏名】吉田 栄治
(72)【発明者】
【氏名】中山 武典
【審査官】 三上 晶子
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2007/147842(WO,A1)
【文献】 国際公開第2007/132919(WO,A1)
【文献】 特開2003−138386(JP,A)
【文献】 特開平11−343592(JP,A)
【文献】 特開平11−349422(JP,A)
【文献】 化学大辞典編集委員会,化学大辞典2,日本,共立出版株式会社,1989年 8月15日,縮刷版第2巻,899頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N 59/16
A01N 25/08
A01N 25/34
A01N 59/26
A01P 1/00
A01P 3/00
B32B 9/00
B32B 15/04
C03C 17/09
REGISTRY(STN)
CA(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
透明基材上に、Ni、Ni−PおよびNi−Crから選択される少なくとも1つからなり、厚みが1nm〜5nmであり、気相法で形成された皮膜が被覆される抗菌性部材。
【請求項2】
透明基材上に、Ni、Ni−PおよびNi−Crから選択される少なくとも1つからなり、厚みが1nm〜5nmであり、気相法で形成された皮膜が被覆され、
前記皮膜中における水素原子含有量が0.005質量%以上である、抗菌性部材。
【請求項3】
前記透明基材がシート状フィルムまたはガラス板である、請求項1または2に記載の抗菌性部材。
【請求項4】
前記気相法がスパッタリング法である、請求項1〜3のいずれかに記載の抗菌性部材。
【請求項5】
前記皮膜がNi−Crからなる皮膜である、請求項1〜4のいずれかに記載の抗菌性部材。
【請求項6】
前記Ni−Cr皮膜全量に対するCr含有量が20%以上である、請求項5に記載の抗菌性部材。
【請求項7】
前記皮膜の厚みが1nm〜2nmである、請求項1〜6のいずれかに記載の抗菌性部材。
【請求項8】
包装材、ビニールハウス、またはディスプレイ用である、請求項1〜7のいずれかに記載の抗菌性部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は抗菌性部材、特に抗菌性および透明性に優れた部材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、食品加工業界や医療業界を始めとして、生活必需品に至るまで、様々な用途で衛生上の観点から細菌やカビなどの生育を阻害する目的で、抗菌性や防かび性を付与した金属材料の採用が検討されている。
【0003】
しかし、最近ではスマートホンやコンピュータ用ディスプレイ等様々な場面でタッチ式ディスプレイに直接触れる機会があり、それらディスプレイに触れることによる衛生面が問題となる場合も多い。従来の抗菌性金属材料では、透明性が必要とされるタッチパネルに適用することができなかった。
【0004】
これに対し、透明性と抗菌性を兼ね備えた部材としてこれまでに報告されているものを以下に挙げる。
【0005】
まず、透明な樹脂の内部に有機系の抗菌剤を混合した部材(特許文献1)またはガラス材料(有機ケイ素化合物)に抗菌性金属化合物(Ag)を添加して撹拌・焼成した抗菌性ガラス微小球(特許文献2)のように、透明な樹脂やガラスの材料に抗菌剤を分散させたものが知られている。
【0006】
次に、基材層の少なくとも一方の表層に、無機抗菌剤(銀を代表とする金属の錯体などをゼオライトや多孔質のシリカなどに担持させたもの)が含有された主としてポリプロピレンからなる層が積層された抗菌性ポリプロピレンフィルムも報告されている(特許文献3)。
【0007】
また、基材フィルム上に、厚さが0.05〜3μmであるバインダー樹脂と抗菌剤を含有する抗菌層を設けた抗菌フィルムであって、抗菌性金属イオンを含有するアルミノ珪酸塩の皮膜をシリカゲルに含有させた抗菌剤であることを特徴とする抗菌フイルム(特許文献4)や、ガラス表面にゾルゲル法で抗菌性金属(銀)イオンを含む皮膜を形成した抗菌性ガラス(特許文献5)もある。
【0008】
さらに、高分子フィルムと、その少なくとも1面上に、金属薄膜または金属酸化物薄膜を、さらに酸化チタン薄膜を順次積層してなることを特徴とする酸化チタン蒸着フィルム(特許文献6)や、プラスチックフィルム上に、珪素酸化物及びまたはアルミニウム酸化物からなる薄膜層、及び光触媒層を順次積層してなる光触媒フィルム(特許文献7)など、透明な樹脂やガラスの表面に光触媒層を形成した抗菌部材も知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平8−199002号公報
【特許文献2】特開2006−76854号公報
【特許文献3】特開平9−248883号公報
【特許文献4】特開2002−36447号公報
【特許文献5】特開2001−97735号公報
【特許文献6】特開2000−103003号公報
【特許文献7】特開2000−225663号公報
【特許文献8】特許第3902329号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、上述した先行技術にはそれぞれ以下の問題があると考えられる。
【0011】
特許文献1および2記載の方法で作成した抗菌部材は、効果が十分ではないことに加え、抗菌剤を部材全体に分散させているので、機能を発現している抗菌剤は配合したもののごく一部である。
【0012】
また、特許文献3記載の方法で作成した抗菌部材は、抗菌効果が十分ではない。加えて、一旦抗菌剤を分散した表面層を厚く形成するため、機能する抗菌剤の割合は小さい。
【0013】
特許文献4および5記載の方法で作成した抗菌部材は、抗菌効果が十分ではない。さらに、特許文献6または7に開示されている光触媒層を形成した抗菌部材は、光があたらない環境下では抗菌性を発現しないという問題がある。
【0014】
抗菌性に優れた抗菌性部材としては、耐久性、抗菌性、防藻性に優れた表面処理金属材料として、Ni−P系合金皮膜を金属材料上に被覆したものが報告されており(特許文献8)、上記に示した抗菌部材よりも遥かに高い抗菌作用があるが、基材たる金属も表面被覆層であるNi−P皮膜もいずれも遮光性であり、透明性を必要とするタッチパネル等の抗菌剤として使用できないという問題がある。
【0015】
また、透明性のあるレベルにまで薄膜にすると、抗菌性の作用が弱まるという問題も生じる。
【0016】
本発明はこのような課題に鑑みてなされたものであり、優れた透明性と抗菌性を併せ持つ抗菌性部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
前記課題を解決するために、本発明者は鋭意検討を重ね、下記構成によって上記課題が解決できることを見出した。
【0018】
すなわち、本発明の一局面に係る抗菌性部材は、透明基材上に、Ni、Ni−PおよびNi−Crから選択される少なくとも1つからなり、厚みが1nm〜10nmである皮膜を気相法で形成してなることを特徴とする。
【0019】
上述の抗菌性部材において、前記透明基材がシート状フィルムまたはガラス板であることが好ましい。
【0020】
また、上述の抗菌性部材において、前記気相法がスパッタリング法であることが好ましい。
【0021】
さらに、上述の抗菌性部材において、前記皮膜がNi−Crからなる皮膜であることが好ましい。
【0022】
また、上述の抗菌性部材において、前記Ni−Cr皮膜に対するCr含有量は20%以上であることが好ましい。
【0023】
また、上述の抗菌性部材において、10nm以下の極薄皮膜に置いて、抗菌性作用を発現させるため、前記皮膜中の水素含有量が0.005質量%以上であることが好ましい。
【0024】
上記抗菌性部材は、包装材、ビニールハウス、またはディスプレイ用であることが好ましい。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、優れた透明性と抗菌性を併せ持つ抗菌性部材を提供することを目的とする。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明者らは、上記した従来技術における問題を解決するために様々な角度から検討を加えた。そして一般に適用が金属部材に限られると考えられたNi系合金皮膜に着目し、これを特定の厚みの範囲内で気相法により被覆することにより、抗菌性を維持しながら、皮膜としての密着性や健全性も維持しつつ、透明性を確保できることを見出し、本発明を達成するにいたった。
【0027】
本発明の抗菌性部材は透明性基材の上にNi系皮膜を被覆したものであるが、上記特許文献8に示すような抗菌性の高いNi系皮膜は通常電気メッキや無電解めっきで被覆するために、ガラスや透明樹脂のような透明部材への被覆は一般的には困難であると考えられてきた。また、仮に被覆が可能であるにしてもNiの皮膜は不透明で透明性を維持するのは困難であると考えられてきた。
【0028】
これに対し、本発明者らは、Ni系の皮膜の形成にあたり、気相法、特にスパッタリング法による被覆を行うとガラスや透明樹脂などの透明性部材上への被覆が可能であり、かつ、その膜厚を1nm〜10nmの範囲とすることで透明性と抗菌性を両立しうることを見出した。
【0029】
以下、本発明に係る抗菌性部材の実施形態について具体的に説明するが、本発明は、これらに限定されるものではない。
【0030】
本実施形態に係る抗菌性部材は、透明基材上に、Ni、Ni−PおよびNi−Crから選択される少なくとも1つからなり、厚みが1nm〜10nmである皮膜を気相法で形成してなることを特徴とする。
【0031】
本実施形態において皮膜を形成しているのは、Ni、Ni−PおよびNi−Crから選択される少なくとも1つであるが、これらNi系皮膜の被覆法を真空下で成膜を行う気相法を用いるため、抗菌性発現に影響する皮膜に含有する添加元素に対する含有量の制限範囲を拡大することができる。すなわち、上記特許文献8に例示される従来技術では、必須とされていた皮膜へのPの添加については、行っても行わなくても優れた抗菌性を発現することができる。また、スパッタプロセスを容易にするためにNiを非磁性化するために例えばCr等の元素を添加しても優れた抗菌性を発揮することができる。
【0032】
また、従来技術では、1〜10%の範囲に限定されていた皮膜中のP含有量にこだわることなく、Ni−Pを抗菌性皮膜として使用することができる。
【0033】
さらには、従来技術では、0.00001%〜0.005%の範囲に限定されていた皮膜中の水素含有量について、この範囲を超えると、皮膜の靭性が著しく低下して割れが生じやすくなるとともに、また密着性も低下する問題があったためにこの上限があった。しかし、本実施形態ではこの範囲を超えても、成膜することが出来、かつ同等以上の抗菌性が発現することができる。
【0034】

すなわち、本実施形態では、気相法で被覆を行うことにより、成膜にあたり意図的な水素添加を行っても、行わなくても、すぐれた抗菌性を発現させることができる。この理由は定かではないが、成膜を行うチャンバー中の残留ガスである水蒸気に含まれる水素が、H単独、あるいはOHの形で皮膜中に取り込まれるためと推定される。
【0035】
従来技術による、金属上へNi−P皮膜を形成した抗菌性部材では、皮膜中の水素量は質量で0.005%以下である必要があり、従来技術ではこの範囲を逸脱すると皮膜の靭性が低下し割れが発生すると指摘している。しかし、本実施形態の気相法によって被覆を行う限りにおいては、10nm以下の薄膜としたことで膜応力を低減させるとともに、気相法特有の皮膜組織形態を有するなどのために、皮膜はさらに多くの水素を含有しても皮膜の割れの問題は生じない。逆に、生産性の観点からは、成膜に移る前の真空度の制約をゆるく出来るため、0.005%(質量%)を超える水素量を含有する皮膜の方がより好適である。
【0036】
本実施形態において、皮膜が水素を含む場合、抗菌性をさらに高めるために、0.005%以上であることが好ましく、上限は特に制限はされないが、皮膜の靭性確保という観点からは1%以下であることが好ましい。
【0037】
気相法としては、特にスパッタリング法を用いることが好ましい。より具体的には、例えば、特開2008−196001号公報に開示されているプラズマCVD装置や、特開2010−265527号公報に開示されている連続成膜装置などを用いて、スパッタリング法によって、Ni系成膜を形成することができる。
【0038】
本実施形態において、皮膜はNi、Ni−PおよびNi−Crから選択される少なくとも1つであり、これらの皮膜であれば非常に優れた抗菌性を発揮することができる。なかでも好ましいのは、Ni−Crを用いてスパッタリング法によって皮膜を形成することであり、それにより非常に優れた透明性と抗菌性をあわせて得ることができる。
【0039】
皮膜としてNi−Pを用いる場合、該Ni−PにおけるP含有量は、限定はされないが、通常は2%以上、好ましくは5%以上であることが望ましい。抗菌性、防かび性、防藻性を同時に発現させるという観点からである。また、上限については特に限定はされないが、防藻性という観点から20%以下、好ましくは、10%以下である。
【0040】
皮膜としてNi−Crを用いる場合、該Ni−CrにおけるCr含有量は、限定はされないが、通常は1%以上、好ましくは10%以上であることが望ましい。皮膜の電気化学的安定性という観点からである。また、上限については特に限定はされないが、皮膜の靭性という観点から50%以下、好ましくは、30%以下である。
【0041】
上記皮膜の膜厚は1nm以上、かつ10nm以下である。1nm未満となると抗菌性が劣化するおそれがある。一方で膜厚が10nmを超えると透明性が減少する傾向が強い。より好ましい皮膜の膜厚は、1nm以上、5nm以下、さらには1nm以上、3nm以下である。そのような膜厚に調整することにより、透明性と抗菌性のバランスにより優れた抗菌性部材を得ることができると考えられる。
【0042】
なお、従来技術では、皮膜中の水素含有量が0.00001%〜0.005%の範囲に限定されていたことについては既に述べているが、0.005%(50ppm)以上の水素を含んでも抗菌性は低下しない。抗菌性は皮膜中の水素量が多ければ多いほど増大し、抗菌性の観点からはむしろ水素が多いほうが好ましいと考えられる。しかし、従来技術において、皮膜中の水素量が0.005%(50ppm)以下と規定されているのは、この値を超えるとめっき皮膜の機械的性質(靭性)が低下するためである。要するに、水素脆化によって、皮膜が割れやすくなるためであると考えられる。一方で、機械的性質(靭性)劣化への水素の悪影響は、皮膜の厚さが薄いほど低減する。よって、本実施形態において、皮膜の膜厚が1〜10nm範囲であれば、水素による皮膜靭性低下の影響が受けず、さらに抗菌性が向上すると考えられる。
【0043】
本実施形態で用いられる透明基材としては、透明性を有するガラス、シート状フィルム、石英、酸化物結晶、透明性樹脂等が適用可能であり、何ら制限されるものではないが、実際の適用を考慮すると、大型のガラス板や長尺のプラスチックフィルム(シート状フィルム)などが好適に用いられる。
【0044】
前記プラスチックフィルムとしては、特に限定はされないが、例えば、透明かつ光学特性に優れるポリエチレンテレフタレート(PET)フィルム、ポリエチレンナフタレート(PEN)フィルム、ポリカーボネイト(PC)、環状オレフィン(CO)フィルム、耐熱性の優れるポリイミド(PI)フィルム、バリア性の優れるポリスチレン(PS)フィルム等を用いることができる。
【0045】
本実施形態の抗菌性部材の好適な適用対象としては、例えば、以下のような用途が考えられる。
【0046】
スマートホン等のディスプレイ用保護フィルムとして使用することによって、タッチパネルのディスプレイ等に直接触れる際の衛生上の問題が改善される。
【0047】
あるいは、プラスチックフィルムを基材とした本実施形態の抗菌部材は、透明な包装材として、食品や薬品の包装に用いることができ、衛生面の改善を図ることができる。
【0048】
また、ビニールハウスやガラスハウスによる野菜栽培の分野において使用することも好ましい。特に、緯度の高い地域(例えば、ヨーロッパ)において、ビニールフィルムやガラスの藻などのバクテリアの発生による透明性低下、それによる遮光性低下、さらにそれによるハウス内の温度低下や野菜の光合成低下による野菜の生産性低下が問題となっている。よって、本実施形態の抗菌性部材をこのようなビニールハウスやガラスハウスに適用することもできる。
【0049】
また、本実施形態の抗菌性部材をあわせガラスの内表面に適用することもできる。すなわち、断熱を目的とした断熱空気層を間に挟むガラスの断熱空気層側表面へ、本実施形態の抗菌性部材を適用することによって、抗菌性の付与により、長期の使用でガラスの断熱空気層側表面に発生する汚点(菌やカビの繁殖による)の発生を抑制することが可能となる。
【0050】
以下に、実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明の範囲はこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0051】
(実施例1)
0.3PaのAr雰囲気中で、スパッタ法(装置名:R&D向けインライン型スパッタ装置、(株)神戸製鋼所製)により、ターゲット材(スパッタ成膜する皮膜の原料)を用いて、PENフィルム(帝人デュポン社製、Q65FA(製品名)、厚み100μm)上に3nmの厚みでNi−P(P含有量5%)皮膜の被覆を行った。ターゲット材としては、銅板に無電解のNi−Pめっきを施したターゲット材を使用し、特に皮膜中に水素の添加は行っていない。成膜前のチャンバー内圧力は2×10−4Pa水準であった。
【0052】
なお、膜厚は、約200nmの被覆を事前に行って成膜速度を算出しておき、その成膜速度からの計算値により求めた。以下の実施例および比較例における膜厚はこの方法で算出している。
【0053】
実施例1で得られた抗菌性部材において、皮膜の水素含有量は約0.001%であった。水素含有量は、同一条件で成膜したガラス基板上の200nmの厚みの皮膜を大気圧イオン化質量分析計(API−MS、岩田らによる文献:神戸製鋼技報/vol.47、No.1、p.24、Apr.1997に従って分析)による水素の定量分析結果とGDOESによる水素の分析結果を用いて、双方の検量線を作成し、さらに、後述の比較例1の皮膜のGDOED分析結果との比較により、約0.001%と推定した。以下の実施例および比較例における水素含有量も同様にして計測している。なお、水素含有量測定において皮膜厚みを200nmとしたのは、3nmの膜厚では膜厚が薄く有効な分析ができなかったためである。
【0054】
(実施例2)
0.3PaのArに0.1PaのH2を添加した以外は、実施例1と同様の方法で、スパッタ法により、ターゲット材を用いて、PENフィルム上に3nmのNi−P(P含有量5%)皮膜の被覆を行い、抗菌性部材を得た。
【0055】
得られた皮膜の水素含有量は約0.001%であった。雰囲気中に多くのH2を添加したが、結果として得られた皮膜に含まれる水素量には変化はないことがわかった。
【0056】
(実施例3)
ターゲット材として、水素を0.001%含むNi−P(P含有量2%)を用いて、Ni−P(P含有量2%)皮膜の被覆を行った以外は、実施例1と同様にして抗菌性部材を得た。
【0057】
(実施例4)
ターゲット材として、Ni−Cr(20%)合金を用いて、Ni−Cr(20%)合金皮膜の被覆を行った以外は、実施例1と同様にして抗菌性部材を得た。得られた皮膜の水素含有量は約0.001%であった。
【0058】
(実施例5)
ターゲット材として、Niを用いて、Ni皮膜の被覆を行った以外は、実施例1と同様にして抗菌性部材を得た。
【0059】
(実施例6)
透明基材を、ガラス基板(松浪硝子社製「MICRO SLIDE GLASS S9111」、厚み0.8〜1.0mm)に変更した以外は、実施例1と同様にして抗菌性部材を得た。
【0060】
(実施例7)
ガラス基材および装置のチャンバー内の脱ガス処理を1〜2時間行い、10−5Pa台のチャンバー雰囲気(高真空状態)で皮膜を形成した以外は、実施例6と同様にして抗菌性部材を得た。得られた皮膜の水素含有量は約0.0005%であった。
【0061】
(実施例8)
ロールコータを用いてPENフィルム上に連続的に成膜した以外は、実施例1と同様にして抗菌性部材を得た。ロールコータを用いることにより、成膜領域に連続的にフィルムが供給されるため水蒸気の持込があり、成膜前のチャンバー雰囲気は10−3Pa台(低真空状態)であった。フィルム搬送速度の調整によって3nmの皮膜を形成した。得られた皮膜の水素含有量は約0.007%であった。皮膜にクラック等の発生は無かった。
【0062】
(実施例9)
ターゲット材として、Ni−P(P含有量2%)を用いて、Ni−P(P含有量2%)皮膜の被覆を行った以外は、実施例8と同様にして抗菌性部材を得た。
【0063】
(実施例10)
ターゲット材として、Ni−Cr(20%)合金を用いて、Ni−Cr(20%)合金皮膜の被覆を行った以外は、実施例8と同様にして抗菌性部材を得た。
【0064】
(実施例11〜13)
成膜時間を調整し、皮膜の厚みを下記表1に示すように変更した以外は、実施例1と同様にして抗菌性部材を得た。
【0065】
(実施例14〜18)
成膜時間を調整し、皮膜の厚みを下記表1に示すように変更した以外は、実施例4と同様にして抗菌性部材を得た。
【0066】
(比較例1)
抗菌性の基準として、上記特許文献8(特許第3902329号公報)記載の方法によってサンプルを作成した。具体的には、SUS304ステンレス基材上に約3μmのNi−P(2%)の電気めっきを付与することによって抗菌性部材を得た。得られためっき皮膜の水素含有量は0.001%であった。
【0067】
(比較例2)
比較例1と同じ方法を用いて、透明なPENフィルムへ皮膜を形成しようとしたが、良好な被覆ができなかった。
【0068】
(比較例3)
比較例1と同じ方法を用いて、透明なガラス基板へ皮膜を形成しようとしたが、良好な被覆ができなかった。
【0069】
(比較例4)
抗菌性の基準として、皮膜なしのプラスチックフィルムとして、実施例1で透明基材として用いた0.1mm厚みのPEN基材を評価した。
【0070】
(比較例5〜7)
成膜時間を調整し、皮膜の厚みを下記表1に示すように変更した以外は、実施例1と同様にして抗菌性部材を得た。
【0071】
(比較例8)
成膜時間を調整し、皮膜の厚みを下記表1に示すように変更した以外は、実施例4と同様にして抗菌性部材を得た。
【0072】
【表1】
(評価)
上記実施例および比較例で得られたサンプルに対し、以下の評価を行った。
【0073】
(抗菌性評価)
抗菌性の評価は、JISZ2801法に基づいて、黄色ぶどう球菌を1.8〜2.8×10E5個植菌し、24時間経過後の生菌数を計数して以下の基準で評価した。
×生菌数が増加、
▲生菌数が10%〜100%
△生菌数が1−10%
○生菌数が0.1%−1%
◎生菌数が0.1%未満
【0074】
(透明性評価)
透明性の評価は、被覆を行った基材を被覆なしの透明性基材と並べ、文字を印字した白い紙面上において、目視での透明性の判断と背景の文字の視認性により評価した。評価の基準は以下の通りである:
◎透明性基材と目視上区別がつかない透明性を有する。
○透明と認識できるが、未処理の基板と並べ比較すると若干の着色が見られる。
△明らかな着色が見られるが、背景の文字は視認できる。
×背景の文字が視認できない。
【0075】
(考察)
表1の結果から、本発明に関する実施例1〜18の抗菌性部材は、透明性と抗菌性の両方において優れていることが示された。
【0076】
これに対し、電気めっきにより成膜を行った比較例1〜3では、透明性が確保できなかったり、被覆もできない結果も見受けられた。また、気相法を用いて皮膜を形成した比較例5〜8においても、皮膜の厚みが薄すぎると抗菌性が得られず(比較例5)、逆に厚すぎると透明性が得られないこと(比較例6〜8)も確認された。
【0077】
また、実施例1〜3、7および8の結果によれば、本発明では、従来のNi系合金皮膜を用いた抗菌性部材のように、意図的に水素量を制御しなくとも優れた抗菌性を示すことがわかった。水素の含有量が、従来技術(上記特許文献8)と同等である皮膜(実施例1、3−7)も、従来より水素含有量が多い皮膜(実施例8)も同様の透明性と抗菌性を示すが、実施例8では実施例1、3−7のような長時間の真空排気が必要でないため、0.005%を超える水素を含有する抗菌性部材の方が、抗菌性と生産性の観点からより好適である。なお、実施例8の抗菌性部材では、従来技術(上記特許文献8)の知見では、皮膜が脆くなるとの指摘があったが、本試験では特に皮膜のクラック等の問題は無かった。
【0078】
なお、皮膜を形成する金属原子サイズ(半径が約0.3nmほど)から考えると、0.5nm程度の膜では、平均的に原子1個か2個程度となり、確率的な成膜現象において、均一に連続的な膜を形成するには薄すぎるため、透明性は良好だが、抗菌性を十分に発揮できない可能性が高いため望ましくない。したがって、皮膜の厚みは1nm以上であることが必要と考えられる。