特許第6336976号(P6336976)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6336976多能性幹細胞の増殖促進因子のスクリーニング法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6336976
(24)【登録日】2018年5月11日
(45)【発行日】2018年6月6日
(54)【発明の名称】多能性幹細胞の増殖促進因子のスクリーニング法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/02 20060101AFI20180528BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20180528BHJP
   C12N 5/0735 20100101ALI20180528BHJP
【FI】
   C12Q1/02
   C12N5/10
   C12N5/0735
【請求項の数】15
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2015-523947(P2015-523947)
(86)(22)【出願日】2014年6月3日
(86)【国際出願番号】JP2014064764
(87)【国際公開番号】WO2014208295
(87)【国際公開日】20141231
【審査請求日】2017年5月9日
(31)【優先権主張番号】特願2013-137206(P2013-137206)
(32)【優先日】2013年6月28日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000941
【氏名又は名称】株式会社カネカ
(73)【特許権者】
【識別番号】504136993
【氏名又は名称】独立行政法人国立病院機構
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(74)【代理人】
【識別番号】100170221
【弁理士】
【氏名又は名称】小瀬村 暁子
(72)【発明者】
【氏名】加藤 智久
(72)【発明者】
【氏名】金村 米博
(72)【発明者】
【氏名】正札 智子
(72)【発明者】
【氏名】福角 勇人
【審査官】 藤井 美穂
(56)【参考文献】
【文献】 特表2009−542247(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/058558(WO,A2)
【文献】 国際公開第2012/019122(WO,A2)
【文献】 米国特許出願公開第2012/0301962(US,A1)
【文献】 J. Biotechnol.,2007年,Vol.130, No.3, pp.320-328
【文献】 Nat. Methods,2011年,Vol.8 No.5,pp.424-429
【文献】 Proteomics,2002年,Vol.2, No.9,pp.1187-1203
【文献】 Stem Cells,2013年12月,Vol.32,pp.1032-1042
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00 − 3/00
C12N 1/00 − 7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多能性幹細胞に対する増殖促進因子をスクリーニングする方法であって、
a)L−アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン、及び炭酸水素ナトリウムを含み、血清及び血清代替物を含まない無血清培地において、フィーダー細胞を培養し、生成した馴化培地を回収する工程、及び
b)回収した馴化培地に含まれる、多能性幹細胞に対する増殖促進因子を検出する工程、
を含む方法。
【請求項2】
前記無血清培地が、L−アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン、及び炭酸水素ナトリウムを含む、DMEM/F12培地である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
フィーダー細胞の培養を、前記無血清培地に増殖因子を添加して行う、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
増殖因子がFGF2及び/又はTGF−β1である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
フィーダー細胞が、マウス胎児線維芽細胞である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
多能性幹細胞がES細胞又はiPS細胞である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
L−アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン、及び炭酸水素ナトリウムを含み、血清及び血清代替物を含まない無血清培地でフィーダー細胞を培養することにより生成された馴化培地において、多能性幹細胞を無フィーダー培養することを含む、多能性幹細胞の増殖方法。
【請求項8】
前記無血清培地が、L−アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン、及び炭酸水素ナトリウムを含む、DMEM/F12培地である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
フィーダー細胞の培養を、前記無血清培地に増殖因子を添加して行う、請求項7又は8に記載の方法。
【請求項10】
フィーダー細胞の培養を、前記無血清培地に増殖因子を添加せずに行い、かつ、多能性幹細胞の無フィーダー培養を、前記馴化培地に増殖因子を添加して行う、請求項7又は8に記載の方法。
【請求項11】
増殖因子がFGF2及び/又はTGF−β1である、請求項9又は10に記載の方法。
【請求項12】
フィーダー細胞が、マウス胎児線維芽細胞である、請求項7〜11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
多能性幹細胞がES細胞又はiPS細胞である、請求項7〜12のいずれか1項に記載の方法。
【請求項14】
L−アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン、及び炭酸水素ナトリウムを含み、血清及び血清代替物を含まない無血清培地を用いてフィーダー細胞上で培養した多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下に移行して無フィーダー培養することを含む、多能性幹細胞の増殖方法。
【請求項15】
前記無血清培地がアルブミンを含まない、請求項14に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養のための高効率な無フィーダー無血清培養技術、及び前記培養技術に基づくスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトES細胞(hESC)やヒトiPS細胞(hiPSC)等のヒト多能性幹細胞の近年の研究により、再生医療の実用化の可能性が高まっている。これらの細胞は、無限に増殖できる能力と、様々な細胞に分化する能力を有していることから、多能性幹細胞を用いた再生医療には、難治性疾患、生活習慣病等に対する治療法を根本的に変革することが期待されている。多能性幹細胞からは、神経細胞をはじめとして、心筋細胞、血液細胞、及び網膜細胞などさまざまな種類の細胞に試験管内で分化誘導することが既に可能になっている。
【0003】
従来、hESCやhiPSC等のヒト多能性幹細胞は、主にマウス由来の胎児線維芽細胞MEF(mouse embryonic fibroblast)を用いたフィーダー細胞層上で培養されてきた。フィーダー細胞には、ヒト多能性幹細胞を維持培養するために有益な増殖因子を幹細胞に供給する働きがある。このヒト多能性幹細胞の維持培養を可能とする活性は、MEF以外に、種々のヒト細胞種でも報告されている(非特許文献1〜4)。しかし、従来の方法では培養時にフィーダー細胞を調製するのに手間がかかる上に、幹細胞にフィーダー細胞が混入するリスクがあるため、より安全な代替法の開発が必要とされている。
【0004】
MEFを用いずに多能性幹細胞を培養する方法として、FBS等の血清や血清代替物を添加した培地を予めMEFで馴化したもの(MEF−CM)を用いる方法やMEFを化学的に固定化する方法(非特許文献5)が知られている。また、異種細胞を用いず、各種ヒト由来細胞(線維芽細胞、胎盤細胞、骨髄細胞、子宮内膜細胞など)を生フィーダー細胞として用いる方法も報告されている(非特許文献6)。これらの方法では、ヒト多能性幹細胞を培養するために、牛血清や、KNOCKOUTTM SR(Knockout Serum Replacement:血清の代わりとして用いることによりES/iPS細胞を培養することができる添加剤)などを添加した培地が使用されているが、それらの添加成分は、ウシ血清から抽出されたタンパク質を用いたものが多く、牛海綿状脳症(BSE)などの感染症や、ウイルスによる細胞汚染が懸念されている。ヒト由来血清も一部では用いられているが、使用する上での制約や量的に有限なものであるため実用化には向いていない。
【0005】
また、MEFを用いずに培養するための完全合成培地(Chemical defined medium)の開発も進められている(非特許文献7及び8)。MEFの分泌物についての機能性タンパク質の解析も行われている(非特許文献9)。しかしながら、無フィーダー無血清培養法でヒト多能性幹細胞を安定して培養するのは依然として難しく、良好な増殖を可能にする技術の開発がなお求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Hovatta O. et al., Hum. Reprod. (2003) 18, p.1404-1409
【非特許文献2】Richards M. et al., Nat. Biotechnol. (2002) 20, p.933-936
【非特許文献3】Cheng L. et al., Stem Cells (2003) 21, p.131-142
【非特許文献4】Richards M. et al., Stem Cells (2003) 21, p.546-556
【非特許文献5】Yue X-S. et al., PLoS. ONE (2012) 7, e32707
【非特許文献6】福角勇人及び金村米博、ヒトES/iPS細胞の無フィーダー細胞培養技術の開発、医学のあゆみ、(2011) 239, p.1338-1344
【非特許文献7】Akopian V. et al., In Vitro Cell Dev. Biol. Anim. (2010) 46, p.247-258
【非特許文献8】Chen G. et al., Nat. Methods (2011) 8, p.424-429
【非特許文献9】Chin AC. et al., J. Biotechnol. (2007) 130, p.320-328
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、細胞培養のための高効率な無フィーダー無血清培養技術を提供することを課題とする。さらに、前記培養技術を応用した増殖促進因子のスクリーニング方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、多能性幹細胞の培養に利用可能な無血清培地を予めフィーダー細胞で馴化することにより、フィーダー細胞と共培養することなく多能性幹細胞を安定的に培養でき、増殖性を向上させることができる培地を調製できることを見出し、さらに調製した培地をスクリーニングすることによって、効率的に多能性幹細胞の増殖促進因子を同定できる技術を見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
また本発明者らは、所定の成分を含む無血清培地で多能性幹細胞をオンフィーダー培養した後、無フィーダー培養することにより、多能性幹細胞の増殖性をさらに高めることができることも見出した。
【0010】
すなわち、本発明は以下を包含する。
【0011】
[1]多能性幹細胞に対する増殖促進因子をスクリーニングする方法であって、
a)L−アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン、及び炭酸水素ナトリウムを含み、血清及び血清代替物を含まない無血清培地において、フィーダー細胞を培養し、生成した馴化培地を回収する工程、及び
b)回収した馴化培地に含まれる、多能性幹細胞に対する増殖促進因子を検出する工程、
を含む方法。
【0012】
本スクリーニング方法の好ましい一実施形態では、前記無血清培地は、L−アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン、及び炭酸水素ナトリウムを含む、DMEM/F12培地であってよい。
【0013】
本スクリーニング方法の一実施形態では、フィーダー細胞の培養を、前記無血清培地に増殖因子を添加して行うことも好ましい。本スクリーニング方法において添加する増殖因子は、FGF2及び/又はTGF−β1であることが好ましい。
【0014】
本スクリーニング方法において、フィーダー細胞はマウス胎児線維芽細胞であり得る。
【0015】
本スクリーニング方法において、多能性幹細胞は、好ましくは、ES細胞又はiPS細胞である。
【0016】
[2]L−アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン、及び炭酸水素ナトリウムを含み、血清及び血清代替物を含まない無血清培地において、フィーダー細胞を培養し、生成した馴化培地を回収することを含む、多能性幹細胞培養用培地の調製方法。
【0017】
本調製方法の好ましい一実施形態では、前記無血清培地は、L−アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン、及び炭酸水素ナトリウムを含む、DMEM/F12培地であってよい。
【0018】
本調製方法において、一実施形態では、フィーダー細胞の培養を、前記無血清培地に増殖因子を添加して行うことも好ましい。本調製方法において添加する増殖因子は、FGF2及び/又はTGF−β1であることが好ましい。
【0019】
本調製方法において、フィーダー細胞はマウス胎児線維芽細胞であり得る。
【0020】
本調製方法において、多能性幹細胞は、好ましくは、ES細胞又はiPS細胞である。
【0021】
[3]上記[2]の方法によって調製される、多能性幹細胞培養用馴化培地。
【0022】
[4]L−アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン、及び炭酸水素ナトリウムを含み、血清及び血清代替物を含まない無血清培地でフィーダー細胞を培養することにより生成された馴化培地において、多能性幹細胞を無フィーダー培養することを含む、多能性幹細胞の増殖方法。
【0023】
本増殖方法の好ましい一実施形態では、前記無血清培地は、L−アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン、及び炭酸水素ナトリウムを含む、DMEM/F12培地であってよい。
【0024】
本増殖方法において、一実施形態では、フィーダー細胞の培養を、前記無血清培地に増殖因子を添加して行うことも好ましい。別の実施形態では、フィーダー細胞の培養を、前記無血清培地に増殖因子を添加せずに行い、かつ、多能性幹細胞の無フィーダー培養を、前記馴化培地に増殖因子を添加して行うことも好ましい。本増殖方法において添加する増殖因子は、FGF2及び/又はTGF−β1であることが好ましい。
【0025】
本増殖方法において、フィーダー細胞はマウス胎児線維芽細胞であり得る。
【0026】
本増殖方法において、多能性幹細胞は、好ましくは、ES細胞又はiPS細胞である。
【0027】
[5]L−アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン、及び炭酸水素ナトリウムを含み、血清及び血清代替物を含まない無血清培地を用いてフィーダー細胞上で培養した多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下に移行して無フィーダー培養することを含む、多能性幹細胞の増殖方法。
【0028】
この方法の好ましい一実施形態では、無血清培地はアルブミンを含まないことが好ましい。
【0029】
本明細書は本願の優先権主張の基礎となる日本国特許出願 特願2013-137206号の開示内容を包含する。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、血清及び血清代替物を使用しない無血清培地を用いて、多能性幹細胞の無フィーダー培養における増殖性を向上させることができる。また本発明によれば、無フィーダー培養において多能性幹細胞の未分化増殖を促進する因子をスクリーニング可能な馴化培地を取得することができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1図1は無フィーダー培養でのiPS細胞の増殖性に対する無血清MEF馴化培地の効果を示す写真である。Aは基本培地(無血清培地)A+ITS+FGF2+TGF−β1から調製した馴化培地における増殖性(+++)、Bは基本培地(無血清培地)A+ITS+FGF2+TGF−β1(馴化なし)における増殖性(+)、Cは基本培地(無血清培地)A+ITSから調製した馴化培地(馴化後、FGF2+TGF−β1添加)における増殖性(++)、Dは基本培地(無血清培地)Aから調製した馴化培地(馴化後、ITS+FGF2+TGF−β1添加)における増殖性(−)、Eは基本培地(無血清培地)B+ITSから調製した馴化培地(馴化後、FGF2+TGF−β1添加)における増殖性(−)、Fは基本培地(無血清培地)B+ITS+FGF2+TGF−β1(馴化なし)における増殖性(−)を示す。
図2図2は各種培養基質でコーティングしたプラスチック培養ディッシュにおける、無血清馴化培地中でのヒトiPS細胞の増殖結果を示す写真である。培養基質として、A、Bはマトリゲル(登録商標)、C、Dはビトロネクチン、E、FはPCM−DMを用いた。A、C、Eは馴化していない無血清培地、B、D、FはMEF馴化培地を使用した。
図3図3はMEFで馴化した無血清培地又は馴化していない無血清培地を用いた培養でのヒトiPS細胞の増殖性を比較した表を示す。
図4図4はMEFで馴化した無血清培地又は馴化していない無血清培地で培養したヒトiPS細胞について、フローサイトメトリーにより未分化マーカーの発現を解析した結果を示す。
図5図5は、血清代替物含有培地(B〜E)又は所定の成分を含む無血清培地(G〜J)を用いてオンフィーダー培養したヒトiPS細胞を、無フィーダー培養に移行した後の増殖性を比較した結果を示す写真である。図5中、増殖性のレベルを、−(増殖せず)又は+の個数で示す。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0033】
本発明は、フィーダー細胞により無血清培地を馴化することにより、無フィーダー培養で多能性幹細胞を増殖させるのに好適な培地を調製する方法に関する。
【0034】
本発明において「多能性幹細胞」とは、生体を構成する全ての種類の細胞に分化することができる多分化能(多能性)を有する細胞であって、インビトロ(in vitro)での培養において多能性を維持したまま無限に増殖を続けることができる細胞をいう。本発明において増殖させる多能性幹細胞の具体例としては、例えば、胚性幹細胞(ES細胞)、胎児の始原生殖細胞由来の多能性幹細胞であるEG細胞(Shamblott M.J. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA. (1998) 95, p.13726-13731)、精巣由来の多能性幹細胞であるGS細胞(Conrad S., Nature (2008) 456, p.344-349)、体細胞由来の人工多能性幹細胞であるiPS細胞(induced pluripotent stem cells)等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。本発明において増殖させる多能性幹細胞は、特に好ましくは、ES細胞又はiPS細胞である。ES細胞は、胚盤胞と呼ばれる初期胚の内部に存在する内部細胞塊から採取した未分化細胞に由来する培養細胞である。iPS細胞は、体細胞に初期化因子を導入することにより体細胞を未分化状態へと初期化し、多能性を付与した培養細胞である。初期化因子としては、Octファミリー遺伝子(例えば、Oct3/4)及びKlfファミリー遺伝子(例えば、Klf4)、並びにMycファミリー遺伝子(例えば、c−Myc)及び/又はSoxファミリー遺伝子(例えば、Sox2)を用いることができる。多能性幹細胞は、任意の動物由来のものであってよく、例えば、マウス、ラット、ハムスター等のげっ歯類、ヒト、ゴリラ、チンパンジー等の霊長類、さらにイヌ、ネコ、ウサギ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ等の家畜又は愛玩動物などの哺乳動物由来のものであってよいが、ヒト由来の多能性幹細胞が特に好ましい。ES細胞、iPS細胞を始めとする多能性幹細胞は、市販品又は分譲を受けた細胞を用いてもよいし、新たに作製したものを用いてもよい。また、刺激惹起性多能性獲得細胞(Stimulus−Triggered Acquisition of Pluripotency cells:STAP細胞)を多能性幹細胞として用いてもよい。STAP細胞は、動物細胞に外部から強い刺激(ストレス)を与えて分化多能性を持たせた細胞である(Nature, 505, 641-647, (2014))。
【0035】
本発明においては、L−アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン、及び炭酸水素ナトリウムを含み、血清及び血清代替物を含まない無血清培地を馴化に供する。本発明において「血清」とは、任意の動物(例えば、ヒト、ウシ、ウマ、ヤギ等)由来の血清を指す。また「血清代替物」(serum replacement)とは、ES細胞やiPS細胞の培養において血清(FBS等)の代替品として細胞の未分化状態の維持及び培養のために使用される試薬であり、例えば、KNOCKOUTTM SR(KnockOutTM Serum Replacement(KSR); GIBCO社)、StemSure(登録商標) Serum Replacement(SSR;和光純薬工業)、N2サプリメント(和光純薬工業)等が挙げられる。この無血清培地は、血清及び血清代替物を含まない、任意の動物細胞培養用液体培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、BME培地、BGJb培地、CMRL1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地(Iscove’s Modified Dulbecco’s Medium)、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium)、ハムF10培地、ハムF12培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、及びこれらの混合培地(例えば、DMEM/F12培地(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium/Nutrient Mixture F−12 Ham))等の培地を使用することができるが、特に限定されない。これらの基礎培地を用いて無血清培地を調製する場合には、基礎培地にL−アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン、及び炭酸水素ナトリウムを添加すればよい。
【0036】
あるいは、L−アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン、及び炭酸水素ナトリウムのうち少なくとも1つ以上が予め添加された、血清及び血清代替物を含まない液体培地を用いて、無血清培地を調製することもできる。この場合には、L−アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン、及び炭酸水素ナトリウムのうち培地に含まれていない成分を培地に添加することにより、無血清培地を調製してもよいし、培地に含まれている成分も含めてL−アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン、及び炭酸水素ナトリウムを培地に添加して無血清培地を調製してもよい。例えば、インスリン及びトランスフェリンを添加した血清由来成分不含培地である、CHO−S−SFM II(GIBCO BRL社製)、Hybridoma−SFM(GIBCO BRL社製)、eRDF Dry Powdered Media(GIBCO BRL社製)、UltraCULTURETM(BioWhittaker社製)、UltraDOMATM(BioWhittaker社製)、UltraCHOTM(BioWhittaker社製)、UltraMDCKTM(BioWhittaker社製)等を用いることができる。STEMPRO(登録商標) hESC SFM(Life Technologies社製)、mTeSR1(Veritas社製)、TeSR2(Veritas社製)なども好適に用いることができる。タンパク質成分がごく一部に限定されたEssential 8TM培地(Life Technologies社製)も好適に使用することができる。
【0037】
上記無血清培地の好ましい例は、L−アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン、及び炭酸水素ナトリウムをを含む、DMEM/F12培地である。
【0038】
本発明において無血清培地の調製に用いる培地は、脂肪酸、コラーゲン前駆体、微量元素、2−メルカプトエタノール、3’チオールグリセロール、又はこれらの均等物などを含有してもよいが、増殖因子以外のタンパク質成分の含量はできる限り少ない方が好ましい。一実施形態では、本発明で用いる無血清培地は、アルブミンを含まないことも好ましい。アルブミンは無血清培地に添加されることが多いが、ロットによる品質の変動が大きいことなどの問題が懸念されるためである。一実施形態では、本発明において無血清培地の調製に用いる培地は、その組成が既知のものが好ましい。例えば、多能性幹細胞に対する増殖促進因子を馴化培地からスクリーニングする場合には、培地組成が既知であることが好ましい。
【0039】
無血清培地を調製する際には、L−アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン、及び炭酸水素ナトリウムは、溶液、誘導体、塩又は混合試薬等の形態で動物細胞培養用の培地に添加することができる。例えば、L−アスコルビン酸は、2−リン酸アスコルビン酸マグネシウムなどの誘導体の形態で培地に添加してもよい。セレンは亜セレン酸塩(亜セレン酸ナトリウムなど)の形態で培地に添加してもよい。インスリン及びトランスフェリンは、動物(好ましくは、ヒト、マウス、ラット、ウシ、ウマ、ヤギ等)の組織又は血清等から分離した天然由来のものであってもよいし、遺伝子工学的に作製した組換えタンパク質であってもよい。インスリン、トランスフェリン、及びセレンは、試薬ITS(インスリン−トランスフェリン−セレン)の形態で培地に添加してもよい。ITSは、インスリン、トランスフェリン、及び亜セレン酸ナトリウムを含む、細胞増殖促進用の添加剤である。
【0040】
本発明において馴化に供する無血清培地は、脂肪酸又は脂質、アミノ酸(例えば、非必須アミノ酸)、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗酸化剤、2−メルカプトエタノール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類等を含有してもよい。例えば、2−メルカプトエタノールを含む場合、その濃度は幹細胞の培養に適する限り限定されないが、例えば約0.05〜1.0mM、好ましくは約0.1〜0.5mMであってよい。
【0041】
本発明では、上記のような無血清培地においてフィーダー細胞を培養することにより、培地を馴化する。フィーダー細胞は、マイトマイシン処理やγ線照射処理等により、有糸分裂を不活性化してから馴化に用いることが好ましい。本発明で用いるフィーダー細胞は、多能性幹細胞のフィーダー細胞層上での培養(オンフィーダー培養)のために使用可能な細胞である。フィーダー細胞は、ヒト、マウス、ラット、ウシ等の哺乳動物の胚又は組織由来の、線維芽細胞、胎盤細胞、骨髄細胞、子宮内膜細胞などの細胞であってよい。フィーダー細胞の具体例としては、マウス胎児線維芽細胞であるMEF又はSTO細胞株、STO細胞の派生株(例えば、ネオマイシン抵抗性遺伝子発現ベクターとLIF発現ベクターを安定的に組み込んだSNL細胞など)などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0042】
フィーダー細胞による馴化に供する無血清培地には、増殖因子が含まれていてもよいが、含まれていなくてもよい。無血清培地に増殖因子が含まれるか含まれないかにかかわらず、無血清培地には、馴化を実施する際に、増殖因子を添加しなくてもよいが、無血清培地に増殖因子が含まれない場合は増殖因子を添加して馴化に供することがより好ましい。増殖因子としては、限定するものではないが、FGF2(Basic fibroblast growth factor)、TGF−β1(Transforming growth factor−β1)、MCP−1、IL−6、PAI、PEDF、IGFBP−2、LIF及びIGFBP−7からなる群から選択される1つ以上、例えばFGF2及び/又はTGF−β1、を含むことが好ましい。特に好ましい増殖因子は、FGF2及び/又はTGF−β1である。
【0043】
フィーダー細胞による培地の馴化は、増殖のためのフィーダー細胞の培養後、培養容器内の培地を上記の無血清培地に置換し、培養することにより実施することができる。フィーダー細胞の培養は、常法により行うことができる。馴化のための無血清培地での培養は、温度4〜45℃、例えば25〜40℃にて、1〜72時間、例えば8時間〜36時間かけて行うことができる。この培養は、4〜10%、例えば5%のCO濃度下で行うことも好ましい。
【0044】
培養容器は、細胞培養用に使用可能な容器であれば特に限定されないが、例えば、フラスコ、組織培養用フラスコ、ディッシュ、ペトリディッシュ、培養ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウエルプレート、マルチプレート、マルチウエルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、ローラーボトル、中空糸培養器などが挙げられる。
【0045】
以上のようにして無血清培地でフィーダー細胞を培養し、フィーダー細胞から培地中に増殖促進因子等を分泌させ、無血清培地を馴化することができる。このようにして生成される馴化培地は、常法によりフィーダー細胞から分離して回収することができる。馴化培地の回収は、濾過及び/又は遠心分離により、例えば1000rpmで5分間遠心することにより、液体培地をフィーダー細胞と分離し、それを回収することにより行ってもよい。馴化培地の回収後、馴化のための無血清培地での培養をさらに反復して(例えば2〜10回)行うこともできる。
【0046】
馴化培地の調製手順の具体例を挙げれば、単層のMEFをコンフルエントになるまで培養し、10μg/mlマイトマイシンCで処理した後、Trypsin−EDTA等の細胞剥離液により細胞を剥がし、回収したMEFを、培養ディッシュ上に3〜5×10細胞/60 mmディッシュの細胞密度で播種し、1〜2日培養した後に、培養ディッシュ中の培地を上記無血清培地と置換した後、24時間毎に液体培地を回収することにより馴化培地を調製することもできる。
【0047】
得られた馴化培地は、多能性幹細胞培養用培地として、特に無フィーダー無血清・無血清代替物培養に好適に用いることができる。本発明において「無フィーダー無血清・無血清代替物培養」とは、フィーダー細胞層を用いない培養(無フィーダー培養;feeder−free culture)であって、血清も血清代替物も含まない培地で行う培養を意味する。増殖因子や培地成分に多能性幹細胞にとっての異種由来成分を含まない場合には、異種由来成分不含培地(ゼノフリー培地)として特に好適に用いることができる。本発明は、このような多能性幹細胞培養用の馴化培地の調製方法、及びこの方法により得られる多能性幹細胞培養用の馴化培地にも関する。
【0048】
本発明では、上記のようにして生成された馴化培地を用いて、多能性幹細胞を無フィーダー培養することができる。この馴化培地の使用により、無フィーダー培養での多能性幹細胞の増殖性を格段に向上させることができる。すなわち本発明は、上記の馴化培地において多能性幹細胞を無フィーダー培養することを含む、多能性幹細胞の増殖方法にも関する。
【0049】
馴化培地で培養する多能性幹細胞は、予め常法により維持培養しておくことができる。維持培養しておいた多能性幹細胞は、コラゲナーゼ溶液等の解離液で培養容器から解離し、およそ数十個、例えば20〜50個程度の小塊にして回収することが好ましい。維持培養においてフィーダー細胞を使用した場合には、回収した多能性幹細胞から、混入したフィーダー細胞を常法により除去することが好ましい。例えば、MEFをフィーダー細胞として維持培養した場合には、回収した多能性幹細胞をゼラチンコーティングした培養容器にてインキュベートすることでMEFを培養容器に接着させ、培地に浮遊している多能性幹細胞を採取することによって、MEFを除去することができる。
【0050】
このようにして調製した多能性幹細胞は、細胞の足場となる培養基質でコーティングした培養容器に播種することが好ましい。培養容器は、馴化培地の調製に関して記載したものと同様である。培養基質としては、細胞培養用に使用できるものであれば特に限定されないが、例えば、ゼラチン、Engelbreth−Holm−Swarm(EHS)マウス肉腫から産生されるマトリゲル(登録商標)、ラミニン(ラミニン−511、ラミニン−111、ラミニン−332等)、フィブロネクチン、ビトロネクチン、コラーゲン、E−カドヘリン、合成ペプチド、合成ポリマー等の他、MEF又はヒト血清や脱落膜間葉系細胞由来の細胞外マトリクス(PCM−CM)などが挙げられる。また、合成ポリマーの例として、ハイドロゲル、例えばアクリル酸2−(ジエチルアミノ)エチルを基本骨格とする温度感受性ハイドロゲルも培養基質として用いることができる(Zhang et al., Nature Communications, (2013) 4, Article number: 1335)。これらの培養基質による培養容器のコーティングは、当業者には良く知られており、常法により行うことができる。例えば、培養容器に培養基質溶液(例えば、ビトロネクチン溶液)を入れて一定時間(例えば、1時間)インキュベートすることにより培養容器をコーティングすることができる。
【0051】
上記の馴化培地における多能性幹細胞の培養は、限定するものではないが、好適には、20〜40℃、例えば35〜40℃にて、1時間〜7日間、例えば1〜24時間にわたって行えばよい。馴化培地における多能性幹細胞の培養は、4〜10%、例えば5%のCO濃度下で行うことも好ましい。多能性幹細胞の培養は、継代を伴ってもよい。
【0052】
このようにして培養された多能性幹細胞は、馴化しない培地を使用した場合と比較して、増殖性が顕著に向上する。好適な実施形態では、馴化培地で増殖させた多能性幹細胞の細胞数は、馴化しない培地を使用した場合と比較して、好ましくは10倍以上、より好ましくは100倍以上、さらに好ましくは200倍以上、例えば250〜300倍に増加する。この細胞数の増加は、例えば、5継代後に測定した値を基準とすることができる。またこの馴化培地で培養された多能性幹細胞は、未分化状態を維持することができる。多能性幹細胞の未分化状態は、未分化マーカー(例えば、SSEA3、SSEA4、Tra1−60、Tra1−81、Oct4、NANOG、及びSOX2等の遺伝子又はタンパク質)の発現によって確認することができる。
【0053】
上記のようにして得られる馴化培地は、MEF等のフィーダー細胞から分泌された、多能性幹細胞の未分化状態での増殖を促進することができる物質(多能性幹細胞に対する増殖促進因子)を含む。したがって本発明はさらに、上記のようにして得られる馴化培地を、そのような増殖促進因子を同定するために、スクリーニングに供することができる。このスクリーニングでは、上記の馴化培地中に含まれる、多能性幹細胞の増殖促進因子を検出することにより、増殖促進因子を同定することができる。すなわち本発明は、上記のように生成した馴化培地を回収し、回収した馴化培地に含まれる多能性幹細胞の増殖促進因子を検出することを含む、多能性幹細胞に対する増殖促進因子をスクリーニングする方法も提供する。ここで、多能性幹細胞に対する増殖促進因子は、タンパク質や核酸(RNA等)であってもよいし、アミノ酸、ペプチド、及び糖鎖や、代謝産物等の低分子化合物であってもよい。
【0054】
このスクリーニング方法では、回収した馴化培地を任意の方法で分離及び/又は精製し、増殖促進因子を同定することが好ましい。例えば、二次元電気泳動、等電点電気泳動、SDS−PAGE等の電気泳動法、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等のクロマトグラフィー、マトリックス支援レーザー脱離イオン化/飛行時間型質量分析法(MALDI/TOFMS)、液体クロマトグラフィー/タンデム質量分析法(LC−MS/MS)等の質量分析法等を用いて、増殖促進因子の分離・精製や同定を行うことができる。このような馴化培地中の成分の分析結果を、馴化前の無血清培地に用いた培地成分の分析結果と比較し、馴化培地において異なって含まれている成分を、多能性幹細胞に対する増殖促進因子の候補として検出できる。このため、スクリーニングに用いる目的では、馴化に用いる無血清培地の成分は全て既知であることが好ましい。
【0055】
馴化培地に含まれる、多能性幹細胞に対する増殖促進因子の検出においては、多能性幹細胞培養用の培地における多能性幹細胞の培養系に、馴化培地から分離若しくは精製及び/又は同定された成分(特に、多能性幹細胞に対する増殖促進因子の候補である成分)を添加して培養し、その成分を非添加の系(対照)と比較して多能性幹細胞の増殖性(特に、未分化増殖)が増加したかどうかを確認してもよい。増殖性(増殖後の細胞数)が例えば10倍以上、好ましくは100倍以上に上昇した場合、当該成分は多能性幹細胞に対する増殖促進因子であると確認することができる。本発明のスクリーニング方法は、馴化培地中の成分について多能性幹細胞に対する増殖促進活性を検出するこのような工程を含んでもよい。多能性幹細胞の未分化状態での増殖(未分化増殖)を促進することができるかどうかは、さらに未分化マーカー(例えば、SSEA3、SSEA4、Tra1−60、Tra1−81、Oct4、NANOG、及びSOX2等の遺伝子又はタンパク質)の発現が維持されていることを確認することによって判定することができる。
【0056】
本発明のスクリーニング方法で得られた多能性幹細胞に対する増殖促進因子は、多能性幹細胞の培養系に添加することにより、多能性幹細胞の未分化増殖の促進のために用いることができる。
【0057】
本発明はまた、多能性幹細胞の培養に利用可能な無血清培地中、フィーダー細胞上で培養した多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下に移行して、無フィーダー培養することを含む、多能性幹細胞の増殖方法も提供する。この多能性幹細胞の増殖方法の特に好適な実施形態では、L−アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン、及び炭酸水素ナトリウムを含み、血清及び血清代替物を含まない無血清培地を用いてフィーダー細胞上で培養した多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下に移行し、無フィーダー培養する。すなわちこの方法では、フィーダー細胞による無血清培地の馴化を行いながら多能性幹細胞を維持培養し、その後、無フィーダー培養を行う。この方法によれば、無フィーダー培養における多能性幹細胞の増殖をさらに増強することができる。
【0058】
この方法で用いる多能性幹細胞、フィーダー細胞、培養条件・手順等は上記と同様である。無血清培地としては、上記で馴化培地の調製に用いたのと同様の無血清培地を好適に用いることができる。
【0059】
一実施形態では、多能性幹細胞を、L−アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン、及び炭酸水素ナトリウムを含み、アルギニン、血清及び血清代替物を含まない無血清培地を用いてフィーダー細胞上で培養した後、無フィーダー培養することにより、多能性幹細胞を高効率に増殖させることができる。この方法では例えば、マトリゲル(登録商標)、合成ポリマー等の高分子化合物を培養基質として用いて無フィーダー培養を特に好適に行うことができる。合成ポリマーの例としては、ハイドロゲル、例えばアクリル酸2−(ジエチルアミノ)エチルを基本骨格とする温度感受性ハイドロゲルが挙げられる。例えば、そのような培養基質で内側をコーティングした培養ディッシュなどの培養容器を用いて、無フィーダー培養を行うことができる。フィーダー細胞上で培養した多能性幹細胞を、フィーダー細胞を除去した後に、フィーダー細胞を含まない培養容器中の培地に移して培養することにより、好適に無フィーダー培養を実施することができる。
【0060】
本方法では、無フィーダー培養は、上述のようなL−アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン、及び炭酸水素ナトリウムを含み、血清及び血清代替物を含まない無血清培地の馴化培地を用いて行うことができるが、馴化培地に代えて他の任意の無血清培地を用いて行ってもよい。本方法では、後者の場合でも、無フィーダー培養における多能性幹細胞の増殖(未分化増殖)を顕著に増強することができる。
【実施例】
【0061】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0062】
[実施例1]
本実施例では、以下のように、マイトマイシン処理により不活性化したマウス胎児線維芽細胞(MEF細胞;フィーダー細胞)上で維持培養した未分化ヒトiPS細胞を、ビトロネクチン(VTN−N)でコーティングした培養ウェル中、フィーダー細胞の非存在下に移行し、MEF馴化栄養培地の存在下で培養した。
【0063】
1.ヒトiPS細胞の調製
iPSアカデミアジャパン株式会社(日本、京都)より入手した201B7細胞株(Takahashi K., et al., Cell 131, 1-12 (2007))をヒトiPS細胞(未分化ヒトiPS細胞)として使用した。ヒトiPS細胞は、マイトマイシン処理により不活性化したマウス胎児線維芽細胞MEF(フィーダー細胞)を播いたプラスチック培養ディッシュの上で維持培養した。培養には、DMEM/F12培地(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium/Nutrient Mixture F−12 Ham; Sigma D6421)に終濃度20%のKNOCKOUTTM SR(KnockOutTM Serum Replacement(KSR); GIBCO社)、0.1 mM NEAA(non−essential amino acids; 非必須アミノ酸)、2 mM L−グルタミン、5 ng/ml ヒトFGF2(塩基性FGF又はbFGFとも称される)及び0.1 mM 2−メルカプトエタノールを添加して調製した培地を用い、37℃にてCOインキュベーター内で培養した(5%CO濃度)。継代は6〜7日毎に行った。継代の際には、解離液(コラゲナーゼ溶液)を用いて、ヒトiPS細胞のコロニーをフィーダー細胞層から解離し、ピペット操作で20〜50個程度の小塊にした後、新しいフィーダー細胞層の上に播いた。
【0064】
以上のようにしてフィーダー細胞上で維持培養したヒトiPS細胞を、解離液で解離し、ピペット操作で20〜50個程度の小塊にし、300rpmで5分間遠心することによりiPS細胞を回収した。回収したiPS細胞をゼラチンでコートした培養ディッシュ上で30分インキュベートして、MEF細胞をディッシュに接着させ、培地中に浮遊しているiPS細胞を回収することによりMEF細胞を除去した。続いて回収したiPS細胞を4分の1に分け(1/4分割)、ビトロネクチン(VTN−N;Gibco社)でコーティングされたプラスチック培養ディッシュに播種した。培養ディッシュのビトロネクチン(VTN−N)によるコーティングは、0.5μg/cmの濃度のビトロネクチン溶液で室温にて1時間インキュベートすることにより行った。
【0065】
2.馴化培地の調製
馴化培地(CM)は、マイトマイシン処理により不活性化したマウス胎児線維芽細胞(MEF細胞)を用いて無血清培地から調製した。マイトマイシン処理により不活性化したマウス胎児線維芽細胞MEFを、MEF用培地(10%FBSを添加したDMEM培地)中に約500,000 細胞/直径60mmディッシュの細胞密度で播種した。細胞を少なくとも16時間培養した後、PBS(−)、次いで無血清培地で洗浄し、培地を同じ無血清培地に置換した。用いた無血清培地の組成は以下の通りである。
【0066】
・無血清培地A(DMEM/F12培地、64mg/L 2−リン酸アスコルビン酸マグネシウム、及び543mg/L 炭酸水素ナトリウム)
・無血清培地A+ITS(DMEM/F12培地、64mg/L 2−リン酸アスコルビン酸マグネシウム、543mg/L 炭酸水素ナトリウム、1% ITS(インスリン−トランスフェリン−セレン; Life technologies社))
無血清培地には、馴化前に、増殖因子として100μg/L ヒトFGF2及び2μg/L TGF−β1を添加した(FGF+TGF添加)。並行して、増殖因子を添加しない無血清培地を用いた馴化培地の調製も行った。
【0067】
培地を置換した後、24時間COインキュベーター内でインキュベートした(37℃、5%CO濃度)。
【0068】
24時間培養した後の培地を回収し、1000rpmで5分間遠心し、得られた液体培地(上清)をMEF馴化培地とした。
【0069】
3.フィーダー細胞を使用しないiPS細胞の培養
本実施例の1.でビトロネクチン(VTN−N)でコーティングされた培養ディッシュに播種したiPS細胞に、本実施例の2.で調製したMEF馴化培地を2ml加えた。増殖因子としてヒトFGF2及び2μg/L TGF−β1を添加せずに調製したMEF馴化培地には、この段階で100μg/L ヒトFGF2及び2μg/L TGF−β1を添加した。iPS細胞をMEF馴化培地で37℃、5%CO濃度で5日間培養した。
【0070】
培養後の細胞をアルカリフォスファターゼで染色した。染色は、培養プレート上の細胞を10%ホルマリンで固定化した後、1mlのOne−step NBT/BCIP溶液(Pierce社)を加え、室温にて遮光して30分静置することにより行った。
【0071】
図1に示すように、無血清培地A+ITSを用いて調製したMEF馴化培地においてiPS細胞の高い増殖性が認められた(図1A、C)。なお、馴化後に増殖因子を加えてもiPS細胞は良好な増殖性を示した(図1C)が、増殖因子を加えた培地で調製した馴化培地を用いると、iPS細胞の増殖性のさらなる向上が認められた(図1A)。
【0072】
[比較例1]
無血清培地として、無血清培地A(DMEM/F12、64mg/L 2−リン酸アスコルビン酸マグネシウム、543mg/L 炭酸水素ナトリウム)を使用し、増殖因子を加えずにMEF馴化培地を調製し、それをiPS細胞に添加して培養に用いる際に1% ITS(インスリン−トランスフェリン−セレン)、100μg/L ヒトFGF2及び2μg/L TGF−β1を添加したこと以外は、実施例1と同様にして無血清馴化培地でiPS細胞を培養した。
【0073】
アルカリフォスファターゼ染色後の観察結果を図1Dに示す。ITS及び増殖因子を含まない無血清培地Aを用いて調製したMEF馴化培地においては、iPS細胞培養時にITS、ヒトFGF2及びTGF−β1を添加しても、iPS細胞の増殖はほとんど認められなかった。
【0074】
[比較例2]
実施例1と同様にしてiPS細胞を調製し、ビトロネクチン(VTN−N)でコーティングされた培養ディッシュに播種したiPS細胞に、MEFにより馴化していない無血清培地A+ITS(DMEM/F12、64mg/L 2−リン酸アスコルビン酸マグネシウム、543mg/L 炭酸水素ナトリウム、1% ITS(インスリン−トランスフェリン−セレン; Life technologies社))を添加した。さらに100μg/L ヒトFGF2及び2μg/L TGF−β1を添加し、実施例1と同様にしてiPS細胞を培養した。
【0075】
アルカリフォスファターゼ染色後の観察結果を図1Bに示す。MEFにより馴化していない、無血清培地A+ITSを用いてiPS細胞を培養した場合、増殖因子を添加しても、iPS細胞の増殖性は低かった。
【0076】
[比較例3]
無血清培地として、無血清培地B+ITS(DMEM(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium)、2mM L−グルタミン、0.1mM NEAA(non−essential amino acids; 非必須アミノ酸)、1% ITS(インスリン−トランスフェリン−セレン)、0.1mM β−メルカプトエタノール)を使用し、増殖因子として100μg/L ヒトFGF2及び2μg/L TGF−β1を添加して(FGF+TGF添加)馴化を行ったこと以外は、実施例1と同様にして無血清馴化培地でiPS細胞を培養した。また、MEFにより馴化していない無血清培地B+ITSを用いて、比較例2と同様に100μg/L ヒトFGF2及び2μg/L TGF−β1を添加してiPS細胞を培養した実験も行った。
【0077】
アルカリフォスファターゼ染色後の観察結果を図1に示す。無血清培地B+ITSを用いて調製したMEF馴化培地においても(図1E)、MEF細胞により馴化していない無血清培地B+ITSにおいても(図1F)、MEF細胞による馴化の有無にかかわらず、iPS細胞の増殖は認められなかった。この結果から、無血清培地B+ITSを用いて調製した馴化培地には、無血清培地A+ITSを用いて調製した馴化培地とは異なり、iPS細胞の増殖を促進する因子は分泌されないことが示された。
【0078】
[実施例2]
本実施例では、以下のように、マイトマイシン処理により不活性化したマウス胎児線維芽細胞MEF(フィーダー細胞)上で維持培養した未分化ヒトiPS細胞を、マトリゲル、ビトロネクチン(VTN−N)、又はPCM−DMでコーティングした培養ウェル中、フィーダー細胞の非存在下に移行し、MEF細胞馴化栄養培地の存在下で培養した。PCM−DMは、ヒト脱落膜由来の間葉系細胞の細胞外マトリクス(D. Kanematsu et al: Differentiation, 82, 77-88, 2011)である。
【0079】
1.ヒトiPS細胞の調製
iPSアカデミアジャパン株式会社より入手した201B7細胞株をヒトiPS細胞(未分化ヒトiPS細胞)として使用した。ヒトiPS細胞は、マイトマイシン処理により不活性化したマウス胎児線維芽細胞MEF(フィーダー細胞)を播いたプラスチック培養ディッシュの上で維持培養した。培養には、DMEM/F12培地(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium/Nutrient Mixture F−12 Ham; Sigma D6421)に終濃度20%のKNOCKOUTTM SR(KnockOutTM Serum Replacement (KSR); GIBCO社)、0.1 mM NEAA(non−essential amino acids; 非必須アミノ酸)、2 mM L−グルタミン、5 ng/ml ヒトFGF2(bFGF又はFGF2とも称される)及び0.1 mM 2−メルカプトエタノールを添加して調製した培地を用い、37℃にてCOインキュベーター内で培養した(5%CO濃度)。継代は6〜7日毎に行った。継代の際には、解離液(コラゲナーゼ溶液)を用いて、ヒトiPS細胞のコロニーをフィーダー細胞層から解離し、ピペット操作で20〜50個程度の小塊にした後、新しいフィーダー細胞層の上に播いた。
【0080】
以上のようにしてフィーダー細胞上で維持培養したヒトiPS細胞を、解離液で解離し、ピペット操作で20〜50個程度の小塊にし、300rpmで5分間遠心することによりiPS細胞を回収した。回収したiPS細胞をゼラチンでコートした培養ディッシュ上で30分インキュベートして、MEFをディッシュに接着させ、培地中に浮遊しているiPS細胞を回収することによりMEFを除去した。
【0081】
2.馴化培地の調製
馴化培地(CM)は、マイトマイシン処理により不活性化したマウス胎児線維芽細胞(MEF細胞)を用いて無血清培地から調製した。マイトマイシン処理により不活性化したマウス胎児線維芽細胞(MEF細胞)を、MEF用培地(10%FBSを添加したDMEM培地)中に約500,000 細胞/直径60mmディッシュの細胞密度で播種した。細胞を少なくとも16時間培養した後、PBS(−)、次いで1% ITS、100μg/L ヒトFGF2及び2μg/L TGF−β1を添加した無血清培地A(DMEM/F12培地、64mg/L 2−リン酸アスコルビン酸マグネシウム、及び543mg/L 炭酸水素ナトリウム)(基本培地Aとも呼ぶ)で洗浄し、培地を同じ無血清培地に置換した。
【0082】
培地を置換した後、24時間COインキュベーター内でインキュベートした(37℃、5%CO濃度)。24時間培養した後の培地を回収し、新鮮な培地と入れ替えることを6回まで繰り返し実施した。回収した培地は1000rpmで5分間遠心し、得られた液体培地をMEF馴化培地(無血清培地A+ITS+FGF+TGF)とした。
【0083】
3.基質コーティング培養ディッシュの調製
マトリゲルでの培養ディッシュのコーティングは、Life technologies社のプロトコールに従い、マトリゲル(登録商標)(BD社)の、DMEM/F12での30倍希釈液で、室温にて1時間インキュベートすることにより実施した。
【0084】
PCM−DMでコーティングされた培養ディッシュの作製は、従来の方法(D. Kanematsu et al: Differentiation, 82, 77-88, 2011)に従った。具体的には、まず、0.1%ゼラチンでコーティングしたプラスチック培養ディッシュに、ヒト脱落膜由来間葉系細胞を3.5×10 細胞/cmの濃度で播種し、3日間コンフルエントな状態を維持した状態で培養した。培養細胞をPBS(−)で洗浄した後、その細胞をデオキシコール酸処理(0.5% デオキシコール酸ナトリウム/10 mM Tris−HCl, pH8.0を培養ディッシュに加えて4℃で30分処理)することにより、細胞成分を融解した。その後、培養ディッシュに残った細胞外マトリクス成分をPBS(−)で洗浄した。
【0085】
ビトロネクチン(VTN−N)でコーティングされた培養ディッシュの作製は、実施例1と同様にして行った。
【0086】
4.フィーダー細胞を使用しないiPS細胞の培養
本実施例の1.において調製及び回収しMEF細胞を除去したiPS細胞を、本実施例の3.で調製したマトリゲル、ビトロネクチン、又はPCM−DMのそれぞれでコーティングされたプラスチック培養ディッシュに、4分の1に分け(1/4分割)、播種した。培地として、本実施例の2.で調製した無血清培地A+ITS+FGF+TGFのMEF馴化培地を用いて、培養を行った(5%CO濃度、37℃、5日間)。
【0087】
並行して、本実施例の1.において調製及び回収しMEFを除去したiPS細胞を、MEFで馴化していない同培地でも培養した。
【0088】
アルカリフォスファターゼ染色後の観察結果を図2に示す。MEF馴化培地を用いた培養では、マトリゲル、ビトロネクチン、及びPCM−DMのいずれの培養基質でコーティングした培養ディッシュにおいても、iPS細胞の増殖性の向上を示した。
【0089】
[実施例3]
実施例2に従って調製した、マトリゲル又はPCM−DMでコーティングしたプラスチック培養ディッシュを用いた、MEFにより馴化した培地(無血清培地A+ITS+FGF+TGF)及びMEFにより馴化していない培地(無血清培地A+ITS+FGF+TGF)におけるiPS細胞の培養を、5継代にわたって継続した。その間の細胞増殖率を比較した結果を図3に示す。無血清培地A+ITS+FGF+TGFのMEF馴化培地を用いてiPS細胞を培養した場合、馴化していない培地を用いた場合と比べて、約300倍高い増殖効率が示された。
【0090】
[実施例4]
実施例2に従って調製した、ビトロネクチンでコーティングしたプラスチック培養ディッシュを用いた、MEFにより馴化した培地(無血清培地A+ITS+FGF+TGF)及びMEFにより馴化していない培地(無血清培地A+ITS+FGF+TGF)におけるiPS細胞の培養を、4継代にわたって継続した。対照として、MEFをフィーダー細胞として用いたiPS細胞の培養(オンフィーダー培養)、及びMEF−CMにおけるiPS細胞の培養も行った。対照のMEF−CMは、DMEM/F12培地(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium/Nutrient Mixture F−12 Ham; Sigma D6421)に終濃度20%のKNOCKOUTTM SR(KnockOutTM Serum Replacement(KSR); GIBCO社)を添加して調製した培地において、MEFを37℃にて5%CO濃度で培養した後、培地を回収することにより、調製した。
【0091】
アルカリフォスファターゼ染色の結果、培養中のiPS細胞は、いずれの条件で培養した場合でもアルカリフォスファターゼ(ALP)陽性であり、未分化状態が保持されていることが示された。
【0092】
培養後のiPS細胞をフローサイトメーターで解析した結果、未分化マーカーSSEA3、SSEA4、Tra1−60、及びTra1−81陽性であった(図4)。このことから、上記実施例で示されたように増殖性が向上する無血清馴化培地におけるiPS細胞の培養でも、馴化しない無血清培地での培養、オンフィーダー培養、及びMEF−CMでの培養と比べて未分化マーカーの発現状態は変わっておらず、細胞の性質に変化はないことが確認された。
【0093】
またRT−qPCR解析を行った結果、未分化マーカーOct4、NANOG、及びSOX2の遺伝子発現も確認できた。
【0094】
このように、MEFで馴化した無血清培地においては、未分化状態を維持したまま、iPS細胞の増殖効率を高めることができることが示された。
【0095】
[実施例5]
実施例1においてITS及び増殖因子を加えた培地で調製した馴化培地(図1A)と、比較例1においてITS及び増殖因子を含まない培地で調製した馴化培地(図1D)について、馴化しない培地をコントロールとしてそれぞれの培地中に分泌されたタンパク質の解析を二次元ゲル電気泳動により行った。まずそれぞれの培地1mlからアセトン沈殿によりタンパク質を回収した。それぞれの回収したタンパク質を、膨潤バッファーに懸濁し、固定化pH勾配ゲルReadyStrip IPGストリップ(pH3−10、11cm; Bio−Rad)に添加して等電点電気泳動装置Protean(登録商標) IEF cell (Bio−Rad)により50V、20℃で12時間膨潤後、等電点電気泳動を行った。その後、ReadyStrip IPGストリップをSDS−PAGE平衡化バッファー(2% DTT含有)中で10分間、次いでSDS−PAGE平衡化バッファー(2.5% ヨードアセトアミド含有)で10分間振盪後、SDS−PAGEによりタンパク質を展開した。実施例1においてITS及び増殖因子を加えた培地で調製した馴化培地では40個、比較例1においてITS及び増殖因子を含まない培地で調製した馴化培地では12個のMEF由来の分泌タンパク質のスポットを検出することができた。このことから、実施例1においてITS及び増殖因子を加えた培地で調製した馴化培地(図1A)には、増殖促進に寄与するタンパク質が含まれることが示された。
【0096】
[実施例6]
1.MEF馴化培地を用いた無フィーダー培養
実施例2の「1.ヒトiPS細胞の調製」の記載に従って、マイトマイシン処理により不活性化したマウス胎児線維芽細胞MEF(フィーダー細胞)上でヒトiPS細胞を培養し(オンフィーダー培養)、回収し、MEFを除去した。
【0097】
このようにして調製したヒトiPS細胞を、マトリゲルでコーティングした培養ウェル中、フィーダー細胞の非存在下に移行し、各種培地を用いて培養した(無フィーダー培養)。以下の培地を用いた。
【0098】
・無血清培地A+ITS+FGF+TGF(DMEM、2mM L−グルタミン、0.1mM NEAA、1% ITS、0.1mM β−メルカプトエタノールに100μg/L ヒトFGF2及び2μg/L TGF−β1を添加したもの)(図5中、E8)
・実施例2の「2.馴化培地の調製」の記載に従って調製した、無血清培地A+ITS+FGF+TGFのMEF馴化培地(図5中、E8−CM)
・実施例4の記載に従って調製したMEF−CM
・mTeSRTM1培地(modified Tenneille Serum Replacer 1)(STEMCELL Technologies)
対照として、DMEM/F12培地に終濃度20%のKNOCKOUTTM SR、0.1 mM NEAA、2 mM L−グルタミン、5 ng/ml ヒトFGF2及び0.1 mM 2−メルカプトエタノールを添加して調製した培地中でのオンフィーダー培養のみを行う試験も実施した。(図5中、KSR) なおマトリゲルでの培養ディッシュのコーティングは、実施例2の「3.基質コーティング培養ディッシュの調製」の記載に従って行った。
【0099】
培養期間が4日間であったこと以外は、実施例2の「4.フィーダー細胞を使用しないiPS細胞の培養」に記載された手順に従って、培養及びアルカリフォスファターゼ染色を行った。
【0100】
その結果を図5A〜Eに示す。オンフィーダー培養から無フィーダー培養への移行後、無血清培地A+ITS+FGF+TGFのMEF馴化培地(E8−CM)では増殖が認められたが、他の培地では増殖がほとんど認められなかった。
【0101】
2.所定成分を含む培地でのオンフィーダー培養からの移行後の無フィーダー培養
培地として、DMEM/F12培地に終濃度20%のKNOCKOUTTM SR、0.1 mM NEAA、2 mM L−グルタミン、5 ng/ml ヒトFGF2及び0.1 mM 2−メルカプトエタノールを添加して調製した培地に代えて、無血清培地A+ITS+FGF+TGFを使用したこと以外は、実施例2の「1.ヒトiPS細胞の調製」の記載に従ってマイトマイシン処理により不活性化したマウス胎児線維芽細胞MEF(フィーダー細胞)上でヒトiPS細胞を培養し(オンフィーダー培養)、回収し、MEFを除去した。
【0102】
このようにして調製したヒトiPS細胞を、マトリゲルでコーティングした培養ウェル中、フィーダー細胞の非存在下に移行し、本実施例の1.と同じ各種培地を用いて同様に無フィーダー培養し、アルカリフォスファターゼ染色を行った。
【0103】
その結果、本実施例の1.の結果と比較して、いずれの培地を用いた無フィーダー培養においても、顕著に高い増殖性を示した。
【0104】
このことから、上記無血清培地を用いてオンフィーダー培養を行った後に無フィーダー培養に移行することにより、多能性幹細胞の増殖をさらに増強できることが示された。
【0105】
[実施例7]
アクリル酸2−(ジエチルアミノ)エチルを基本骨格とする温度感受性ハイドロゲルでコートした培養ディッシュを作製した(Zhang et al., Nature Communications, (2013) 4, Article number: 1335)。具体的には、N−メチル−2−ピロリドン中に、N−アクリロイル−N’−プロピルピペラジン、2,2’−(エチレンジオキシ)ビス(エチルアミン)モノアクリルアミド、架橋剤及び光重合開始剤を溶解した混合溶液を、3−(トリメトキシシリル)プロピルメタクリレートで予め処理したプラスチック培養ディッシュに添加し、365nmのUV光を30分照射した後、50℃で一晩放置した。その後、エタノール、アセトンで順次洗浄し、風乾した。
【0106】
このようにして作製したハイドロゲルコート培養ディッシュを、マトリゲルコート培養ディッシュの代わりに用いて、実施例6の2.の記載に従って、ヒトiPS細胞についてオンフィーダー培養とその後の各種培地を用いた無フィーダー培養を行った。その結果、いずれの培地においても、iPS細胞は高い増殖性を示した。
【産業上の利用可能性】
【0107】
本発明は、多能性幹細胞の無フィーダー無血清培養に好適に利用できる。本発明はまた、安全性の高い多能性幹細胞の増殖を容易にする増殖促進因子を含む、ヒト多能性幹細胞の培養を行うための無血清培地、例えば無血清の完全合成培地、を調製するために用いることができる。そのような培地を用いることにより、ヒト多能性幹細胞の無フィーダー培養を安定に効率良く実施することが可能になる。また、本発明によれば、MEF等のフィーダー細胞から分泌される増殖促進因子の単離を可能にする培地を得ることができる。そのような培地は、ヒト多能性幹細胞の増殖に有用な因子をスクリーニングするために用いることができる。
【0108】
本明細書で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願はその全体が引用により本明細書に組み入れられるものとする。
図1
図2
図3
図4
図5