特許第6337019号(P6337019)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ コミッサリア ア レネルジー アトミーク エ オ ゼネルジ ザルタナテイヴの特許一覧

特許6337019ケイ素からなる負極と特定電解質とを有するリチウムイオン電池用電気化学セル
<>
  • 特許6337019-ケイ素からなる負極と特定電解質とを有するリチウムイオン電池用電気化学セル 図000010
  • 特許6337019-ケイ素からなる負極と特定電解質とを有するリチウムイオン電池用電気化学セル 図000011
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6337019
(24)【登録日】2018年5月11日
(45)【発行日】2018年6月6日
(54)【発明の名称】ケイ素からなる負極と特定電解質とを有するリチウムイオン電池用電気化学セル
(51)【国際特許分類】
   H01M 10/0567 20100101AFI20180528BHJP
   H01M 10/0569 20100101ALI20180528BHJP
   H01M 10/0568 20100101ALI20180528BHJP
   H01M 10/052 20100101ALI20180528BHJP
   H01M 4/505 20100101ALI20180528BHJP
   H01M 4/525 20100101ALI20180528BHJP
【FI】
   H01M10/0567
   H01M10/0569
   H01M10/0568
   H01M10/052
   H01M4/505
   H01M4/525
【請求項の数】12
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2015-557466(P2015-557466)
(86)(22)【出願日】2014年2月18日
(65)【公表番号】特表2016-507150(P2016-507150A)
(43)【公表日】2016年3月7日
(86)【国際出願番号】EP2014053158
(87)【国際公開番号】WO2014128130
(87)【国際公開日】20140828
【審査請求日】2017年2月8日
(31)【優先権主張番号】1351412
(32)【優先日】2013年2月19日
(33)【優先権主張国】FR
(73)【特許権者】
【識別番号】502124444
【氏名又は名称】コミッサリア ア レネルジー アトミーク エ オ ゼネルジ ザルタナテイヴ
(74)【代理人】
【識別番号】110001416
【氏名又は名称】特許業務法人 信栄特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】マルタン,ジャン‐フレデリック
(72)【発明者】
【氏名】ブタファ,ローラ
【審査官】 式部 玲
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−256502(JP,A)
【文献】 特開2010−049928(JP,A)
【文献】 特開2010−238385(JP,A)
【文献】 国際公開第2012/057311(WO,A1)
【文献】 特開2005−267857(JP,A)
【文献】 特開2009−231261(JP,A)
【文献】 特開2000−150320(JP,A)
【文献】 特表2010−524188(JP,A)
【文献】 特表2010−516040(JP,A)
【文献】 特表2012−504313(JP,A)
【文献】 特表2012−504314(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2008/0318135(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 10/05−10/0587
H01M 4/00− 4/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
活物質としてケイ素を含む負極と、正極と、前記負極及び前記正極の間に配置された電解質とを有するリチウムイオン電池用の電気化学セルであって、前記電解質は、少なくとも1種のリチウム塩、プロピレンカーボネートと、ジエチルカーボネート及びエチルメチルカーボネートから選ばれる少なくとも1種の直鎖状カーボネートとを含有する混合物である少なくとも1種のカーボネート溶媒、−CN基以外に炭素原子を少なくとも2つ含有するモノニトリル化合物である少なくとも1種のモノニトリル化合物、並びに下記式(I)及び(II):
【化1】

(式中、R及びRはそれぞれ独立にH、Cl、又はFを表し、R及びRの両方がHを表すことはない)の少なくとも1つで表される少なくとも1種の化合物を含み、
前記少なくとも1種のカーボネート溶媒の含量が、前記電解質の総体積に対して25〜75%であり、前記電解質の総体積は、前記式(I)又は式(II)で表される少なくとも1種の化合物を加える前のものであり、
前記式(I)又は(II)で表される少なくとも1種の化合物の含量が、前記電解質を形成する他の成分の総質量に対して、0.5〜10質量%である、
電気化学セル。
【請求項2】
前記正極が、活物質として、遷移金属元素を含有するリチオ化酸化物型のリチウム挿入物質を含む電極である請求項1に記載の電気化学セル。
【請求項3】
前記正極が、活物質として、ニッケル、コバルト、マンガン、及び/又はアルミニウムを含有する酸化物型のリチウム挿入物質を含む請求項1又は2に記載の電気化学セル。
【請求項4】
前記ニッケル、コバルト、マンガン、及び/又はアルミニウムを含有する酸化物が、下記式(III):
LiM (III)
(式中、MはNi、Co、Mn、Al、及びこれらの混合物から選ばれる元素である)
で表される請求項3に記載の電気化学セル。
【請求項5】
前記ニッケル、コバルト、マンガン、及び/又はアルミニウムを含有する酸化物が、LiCoO、LiNiO、Li(Ni,Co,Mn)O、Li(Ni,Co,Al)O、及びLi(Ni,Co,Mn,Al)Oから選ばれる請求項3又は4に記載の電気化学セル。
【請求項6】
前記少なくとも1種のカーボネート溶媒が、プロピレンカーボネートとエチルメチルカーボネートとを含有する二種の混合物であり、前記混合物中の前記プロピレンカーボネート及び前記エチルメチルカーボネートの含量が、前記カーボネート溶媒混合物の総体積に対して、それぞれ60体積%及び40体積%である請求項1〜のいずれか1項に記載の電気化学セル。
【請求項7】
前記リチウム塩が、LiPF、LiClO、LiBF、LiAsF、LiCFSO、LiN(CFSO、LiN(CSO)、ビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミドリチウム塩LiN[SOCF、及びこれらの混合物からなる群から選ばれる請求項1〜のいずれか1項に記載の電気化学セル。
【請求項8】
前記リチウム塩がLiPFである請求項1〜のいずれか1項に記載の電気化学セル。
【請求項9】
前記モノニトリル化合物がブチロニトリルである請求項1〜のいずれか1項に記載の電気化学セル。
【請求項10】
前記電解質の組成中の前記モノニトリル化合物の含量が、前記電解質の総体積に対して、75体積%以下である請求項1〜のいずれか1項に記載の電気化学セル。
【請求項11】
前記式(II)で表される化合物の定義に含まれる特定化合物が、下記式(IIa):
【化2】

で表される化合物である請求項1〜10のいずれか1項に記載の電気化学セル。
【請求項12】
前記電解質が、
前記カーボネート溶媒として、プロピレンカーボネートとエチルメチルカーボネートとを含有する混合物を含み、前記混合物中の前記プロピレンカーボネート及び前記エチルメチルカーボネートの含量が、前記混合物の総体積に対して、それぞれ60体積%及び40体積%であり、
前記モノニトリル化合物としてブチロニトリルを含み、
前記リチウム塩としてLiPFを含み、
請求項1又は11で定義された前記式(I)又は前記式(IIa)で表される化合物を含み、
前記カーボネート溶媒及び前記ブチロニトリルの含量が、前記カーボネート溶媒及び前記ブチロニトリルの混合物の総体積に対して、それぞれ25%及び75%、又は逆にそれぞれ75%及び25%であり、前記式(I)又は前記式(IIa)で表される化合物の含量が、前記電解質を形成する他の成分の総質量に対して、2質量%である、
請求項1〜11のいずれか1項に記載の電気化学セル。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ケイ素を基材とする負極を有する新規リチウムイオン電池用セルに関し、特に、複合電解質を使用し、低温での可逆性に優れた性能を達成し得るリチウムイオン電池用セルに関する。
【0002】
従って、本発明が属する一般的分野は、リチウムイオン電池の分野と規定され得る。
【背景技術】
【0003】
自給式エネルギー源として、特に運搬可能な電子機器(携帯電話、携帯用コンピューター、工具等)において、リチウムイオン型の電池が使用されることが増えており、徐々にニッケル−カドミウム(NiCd)電池及びニッケル−金属水素化物(NiMH)電池に取って代わろうとしている。また、リチウムイオン電池は、ICカード、センサー、又は他の電気機械システム等のような、新たなミクロ機器に必要な電源を供給するために、広く使用されている。
【0004】
リチウムイオン電池は、下記性質に従うリチウムの挿入−脱挿入(又はリチオ化−脱リチオ化)の原理に基づいて作動する。
【0005】
電池の放電中、負極から脱挿入されたイオン状態のリチウムLiは、イオン伝導性電解質中を移動し、正極活物質の結晶格子に挿入される。電池の内部回路への各Liイオンの移動は、外部回路への電子の移動によって正確に補われ、それによって電流が生じる。これらの反応によって放出される質量あたりのエネルギー密度は、両電極間の電位差、及び正極活物質にインターカレートするリチウムの量の両方に比例する。
【0006】
電池の充電中、電池内で起こる反応は、放電の逆反応、即ち、
・負極がその構成物質の格子中にリチウムを挿入し、且つ
・正極がリチウムを放出する
反応である。
【0007】
この動作原理のため、リチウムイオン型の電池は、負極及び正極に、2つの異なる挿入化合物を必要とする。
【0008】
正極は、通常、
・LiCoO、LiNiO、Li(Ni,Co,Mn,Al)O等の式LiMO(MはCo、Ni、Mn、Al、又はこれらの混合物であってもよい)で表される層状酸化物、
・LiMn等のスピネル構造を有する酸化物、或いは
・LiMPO(MはFe、Mn、Co、及びこれらの混合物から選ばれる)等のリン酸鉄
といった種の、遷移金属のリチオ化酸化物を基材とする。
【0009】
負極は、炭素質物質(特にグラファイト)を基材とするものであってもよい。
【0010】
グラファイトは約370mAh/gの理論比容量(theoretical specific capacity、合金LiCの形成に対応)及び約320mAh/gの実測比容量(practical specific capacity)を有する。
【0011】
しかしながら、グラファイトは、最初の充電過程において強い不可逆性を示し、継続して循環容量(cycling capacity)の損失を示し、特に液体電解質を用いた低温での性能が限られる場合がある。グラファイト中で液体電解質が拡散し阻害要因を形成するためである。これらの欠点に加えて、電解質中の不十分なイオン輸送性、界面抵抗現象等の、液体電解質を低温で使用する場合に固有の欠陥が加えられる。
【0012】
これら様々な現象は、充電/放電中に電池の早期カットオフを引き起こし得る、大きなバイアスを生じさせ、充電過程中に負極上で非常に低い電位又は負電位に達する可能性を伴う。
【0013】
グラファイトを基材とする負極を有するリチウムイオン電池の低温性能を改善する目的で、研究者は例えば、
・電解質の粘度を低下させる目的でカーボネート溶媒の特定混合物を用いて得られる粘度特性、
・非特許文献1に記載のようにLiBF等の特定のリチウム塩を用いて得られる電荷輸送特性、
・非特許文献2に記載のようにピロカーボネート等の、この輸送の改善を可能にする添加物を使用して得られる電極表面の保護層中での輸送特性
等の電解質の特性を調製するために、電解質の成分の特性に働きかけることによる、新規電解質の設計に重点を置いた。
【0014】
グラファイトに関する欠点を回避するために、グラファイトを他の電極材料、特にケイ素で置き換える解決法を用い得る。
【0015】
この方法では、負極にケイ素を導入することで、リチウムの負極への挿入に関連する負極の実測比容量を大幅に増大させ得ることが示された。該容量は、グラファイト電極では320mAh/gであり、ケイ素を基材とする電極では約3,580mAh/gである(室温でケイ素にリチウムを挿入し、合金Li15Siを形成することに対応)。従って、単純予測では、従来のリチウムイオン系蓄電池のグラファイトをケイ素で置き換えると、体積エネルギー及び質量エネルギーがそれぞれ約40%及び35%向上すると考えられる。更に、式Li15Siのリチウム−ケイ素合金の作動電位窓(0.4〜0.05V/Li−Li)はグラファイトのそれよりも大幅に高く、その結果、充電過程をより速く進めながらも、リチウム金属析出やそれに関連するリスクを回避することができる。更に、リチウム−ケイ素合金を形成し、非常に高い実測比容量(約3,578mAh/g)を得るための反応は、可逆であることが確立されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0016】
【非特許文献1】チャン(Zhang)ら、エレクトロケミストリー・コミュニケーションズ(「Electrochemistry communications」)、4、11号、2002年
【非特許文献2】スマート(Smart)ら、ジェット・プロパルション・ラボ・ペーパー(Jet Propulsion Lab. Paper)、2000年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明の著者は、ケイ素を含む負極を有するリチウムイオン電池用セルを開発することを選び、低温(例えば、−20℃等の−40℃〜0℃の範囲)での特性が良好で、特にサイクル性(cyclability)に優れた、この種のセルに適した液体電解質を提案するという目的を設定した。
【課題を解決するための手段】
【0018】
即ち、本発明はリチウムイオン電池用の電気化学セルに関し、該電気化学セルは、活物質としてケイ素を含む負極と、正極と、前記負極及び前記正極の間に配置された電解質とを有し、
前記電解質は、少なくとも1種のリチウム塩と、少なくとも1種のカーボネート溶媒と、少なくとも1種のモノニトリル化合物と、下記式(I)及び(II):
【0019】
【化1】
【0020】
(式中、R及びRはそれぞれ独立にH、Cl、又はFを表し、R及びRの両方がHを表すことはない)の1つで表される少なくとも1種の化合物とを含む。
【0021】
化合物(II)の様々な異性体も同様に使用され得る。
【0022】
上記電解質の成分を動機を持って選択することにより、カーボネート溶媒と、モノニトリル化合物と、式(I)及び/又は(II)の化合物と、少なくとも1種のリチウム塩との混合物が得られ、これは活物質としてケイ素を含む負極を有するリチウムイオン電池用セルの低温特性の改善に寄与する。
【0023】
本発明を更に詳しく説明する前に、以下の通り定義を明確化する。
【0024】
「負極」は、上記及び下記の説明において、従来どおり、発電機が電流を出力する時には(即ち、発電機の放電過程においては)アノードとして作用し、発電機の充電過程においてはカソードとして作用する電極を意味する。
【0025】
「正極」は、上記及び下記の説明において、従来どおり、発電機が電流を出力する時には(即ち、発電機の放電過程においては)カソードとして作用し、発電機の充電過程においてはアノードとして作用する電極を意味する。
【0026】
「モノニトリル化合物」は、式−CNのニトリル基を1つ有する有機化合物を意味する。
【0027】
正極は、活物質として、少なくとも1種の遷移金属元素を含有するリチオ化酸化物型又はリチオ化リン酸型のリチウム挿入物質を含む電極であってもよい。
【0028】
少なくとも1種の遷移金属元素を含有するリチオ化酸化物化合物としては、少なくとも1種の遷移金属元素を含有する単純酸化物及び混合酸化物(即ち、幾つかの異なる遷移金属元素を含有する酸化物)、例えばニッケル、コバルト、マンガン、及び/又はアルミニウムを含有する酸化物(混合酸化物であってもよい)等が挙げられる。
【0029】
より具体的には、ニッケル、コバルト、マンガン、及び/又はアルミニウムを含有する混合酸化物としては、下記式(III):
LiM (III)
(式中、MはNi、Co、Mn、Al、及びこれらの混合物から選ばれる元素である)で表される化合物が挙げられる。
【0030】
このような酸化物の例としては、リチオ化酸化物LiCoO及びLiNiO、並びに混合酸化物Li(Ni,Co,Mn)O(NMCとしても公知、Li(Ni1/3Mn1/3Co1/3)O等)、Li(Ni,Co,Al)O(NCAとしても公知、Li(Ni0.8Co0.15Al0.05)O等)、及びLi(Ni,Co,Mn,Al)O等が挙げられる。
【0031】
少なくとも1種の遷移金属元素を含有するリチオ化リン酸化合物の例としては、LiFePO等の式LiMPOで表される化合物(式中、MはFe、Mn、Co、及びこれらの混合物から選ばれる)が挙げられる。
【0032】
正極は、上記のような活物質に加えて、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)等のポリマーバインダー、カルボキシメチルセルロースとスチレン型及び/又はブタジエン型のラテックスとの混合物、1つ又は幾つかの導電性補助剤(カーボンブラック等の炭素質材料であってもよい)等を含有してもよい。
【0033】
即ち、構造的な観点から、正極は、ポリマーバインダーのマトリックスを含み、その中に活物質及び任意の導電性補助剤からなる充填材が分散した複合材料のようであってもよい。
【0034】
負極は、上記の通り、活物質として、ケイ素(元素形態のケイ素、換言すると、酸化状態0のケイ素、即ち、他の元素と結合していないケイ素)を含む電極である。
【0035】
負極は、正極と同様に、更にポリフッ化ビニリデン(PVDF)等のポリマーバインダー、カルボキシメチルセルロースとスチレン型及び/又はブタジエン型のラテックスとの混合物、1つ又は幾つかの導電性補助剤(カーボンブラック等の炭素質材料であってもよい)等を含有してもよい。更には、構造的な観点から、負極は、正極と同様に、ポリマーバインダーのマトリックスを含み、その中にケイ素(例えば粒子状)及び任意の導電性補助剤からなる充填材が分散した複合材料のようであってもよい。
【0036】
上記電解質は、リチウムイオンを伝導する非水液体電解質であり、上記負極と正極との間に配置される。電気化学セルの負極と正極との間に配置される多孔性セパレーターに電解質を含浸させてもよい。
【0037】
このセパレーターは、ポリマー材料等の多孔質材料からなるものであってもよく、その多孔性によって液体電解質を収集し得るものであってもよい。
【0038】
本発明の電解質は、基本的に、液体媒中に、少なくとも4つの成分(少なくとも1種のカーボネート溶媒、少なくとも1種のリチウム塩、少なくとも1種のモノニトリル化合物、及び少なくとも1種の式(I)又は(II)の化合物)が共存したものからなる。勿論、少なくとも1種の式(I)又は(II)の化合物は、上記カーボネート溶媒とは特性が異なるものである。逆もまた同様で、上記カーボネート溶媒は式(I)又は(II)の化合物とは異なる。
【0039】
カーボネート溶媒は、環状カーボネート、直鎖状カーボネート、及びこれらの混合物から選択され得る。
【0040】
環状カーボネートの例としては、エチレンカーボネート(略称EC)やプロピレンカーボネート(略称PC)等が挙げられ、−50℃に近い融点を有し、直鎖状カーボネートと共融混合物を形成可能なプロピレンカーボネートが好ましい。この混合物は−70℃未満の融点を示し得る。従って、1つ又は幾つかの直鎖状カーボネートとの任意の混合物において、プロピレンカーボネートは、本発明の電気化学セルの低温使用を可能とする。
【0041】
直鎖状カーボネートの例としては、ジエチルカーボネート(略称DEC)、ジメチルカーボネート(略称DMC)、エチルメチルカーボネート(略称EMC)、及びこれらの混合物が挙げられる。
【0042】
詳しくは、本発明の電解質は複数のカーボネート溶媒の混合物を含んでもよい。より詳しくは、電解質はカーボネート溶媒の共融混合物を含んでもよく、更に詳しくは、二元共融混合物を含んでもよい。カーボネート溶媒の混合物の例としては、プロピレンカーボネートと、ジエチルカーボネート及びエチルメチルカーボネートから選ばれる少なくとも1種の直鎖状カーボネートとを含有する混合物等が挙げられる。より具体的には、特に好適なカーボネート溶媒混合物は、プロピレンカーボネート及びエチルメチルカーボネートを含有し、カーボネート溶媒混合物中のプロピレンカーボネート及びエチルメチルカーボネートの含量が、混合物の総体積に対して、それぞれ60体積%及び40体積%である(この混合物は略称0.6PC−0.4EMCで示され得る)、二元共融混合物である。
【0043】
電解質中の単一又は混合物のカーボネート溶媒の含量は、電解質の総体積に対して、25%〜75%の範囲内(例えば25%)であることが有利である。好ましくは、電解質の総体積は、少なくとも1種の上記式(I)又は(II)の化合物を加える前に決定する。
【0044】
リチウム塩は、LiPF、LiClO、LiBF、LiAsF、LiCFSO、LiN(CFSO、LiN(CSO)、ビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミドリチウム塩LiN[SOCF(略称LiTFSIとして知られている)、及びこれらの混合物からなる群から選んでもよく、好ましくは塩LiPFである。
【0045】
電解質中のリチウム塩の量は、0.3〜2M(例えば1M)の濃度範囲であってもよい。
【0046】
モノニトリル化合物については、−CN基以外に炭素原子を2つ以上含むモノニトリル化合物であることが有利である。このような化合物は、プロピオニトリル(−CN基以外に炭素原子を2つ含む)、ブチロニトリル(−CN基以外に炭素原子を3つ含む)、又はバレロニトリル(−CN基以外に炭素原子を4つ含む)であってもよく、融点(−112℃)、粘度(低粘度0.55cP)、及び誘電率(25)といった理想的な特性を有し、そのためリチウム塩の解離を容易にするブチロニトリルであることが好ましい。
【0047】
電解質の組成中、ブチロニトリル等のモノニトリル化合物の含量は、電解質の総体積に対して、75体積%以下であってもよく、好ましくは50〜75体積%である。好ましくは、電解質の総体積は、少なくとも1種の上記式(I)又は(II)の化合物を加える前に決定する。このような高い含量は、電解質中の式(I)又は(II)の化合物の存在によって可能になる。他の成分と組み合わせて式(I)又は(II)の化合物を用いることによって、電解質のサイクル性及び耐久性の点で優れた結果が得られる。電解質は、非常に高いモノニトリル化合物の比率に依って、非常に低い粘度を示し得る。
【0048】
最後に、電解質中の式(I)又は(II)で表される化合物の含量は、電解質を形成する他の成分の総質量に対して、0.5〜10質量%の範囲であることが有利である。より詳しくは、該含量は、電解質を形成する他の成分の総質量に対して、1〜5質量%であってもよく、更に好ましくは2質量%以上である。
【0049】
式(II)の化合物の定義に含まれる特定化合物が、下記式(IIa):
【化2】

で表される化合物であるのが特に好適である。この化合物はフルオロエチレンカーボネートとも称される。
【0050】
本発明の電気化学セルの構造に組み込まれ得る特定の電解質は、
・カーボネート溶媒としてプロピレンカーボネートとエチルメチルカーボネートとを含有する混合物を含み、混合物中のプロピレンカーボネート及びエチルメチルカーボネートの含量が、カーボネート溶媒混合物の総体積に対して、それぞれ60体積%及び40体積%であり(この混合物は略称0.6PC−0.4EMCで示され得る)、
・モノニトリル化合物としてブチロニトリルを含み、
・リチウム塩としてLiPFを含み、
・上記の通り定義された式(I)又は式(IIa)の化合物を含み、
カーボネート溶媒及びブチロニトリルの含量が、カーボネート溶媒及びブチロニトリルの混合物の総体積に対して、それぞれ25%及び75%、又は逆にそれぞれ75%及び25%であり、且つ前記式(I)又は前記式(IIa)の化合物の含量が、電解質を形成する他の成分の総質量に対して2質量%である、
電解質であってもよい。
【0051】
以下の特定の実施形態に関する記載によって、本発明の他の特徴及び利点は明らかとなる。
勿論、以下の記載は本発明の例示にすぎず、本発明を限定するものではない。
【図面の簡単な説明】
【0052】
図1】後述する実施例で行った試験を示すグラフである。
図2】後述する実施例で行った試験を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0053】
ここに示す例では、
・負極として、ケイ素を含む負極を有し、
・正極として、ニッケル、マンガン、及びコバルトの混合酸化物LiNi0.33Mn0.33Co0.33を含む電極を有し、且つ
・正極及び負極の間に配置された電解質(組成については後述)を有する、
ボタン電池型の本発明の電気化学セル及び比較用セルを説明する。
【0054】
負極は、82質量%のケイ素、12質量%の電子伝導体(カーボンブラック及び炭素繊維)、及び6質量%のセルロースバインダーからなるインクを、銅板上に堆積させて得られる。この電極(4mAh/cm)をカレンダー処理し、次いで直径16mmの円盤状に切り出す。
【0055】
正極は、92質量%のLiNi0.33Mn0.33Co0.33、4質量%の電子伝導体(カーボンブラック及び炭素繊維)、及び4質量%のポリマーバインダーPVDFからなるインクを、アルミニウム板上に堆積させて得られる。この電極(4mAh/cm)をカレンダー処理し、次いで直径14mmの円盤状に切り出す。
【0056】
これらの電極を用いて、負極円盤、電解質を含浸したセパレーター、及び正極円盤を積層することによって、ボタン電池型セルが製造される。
【0057】
上記ボタン電池型セルを、その−20°Cにおける充電及び放電反応の試験用の研究対象とした。試験は、詳しくは、
・異なる電極/電解質の中間相を適切に形成することを可能にする室温での形成試験(中間相の均一性を改善するために温和な条件下で行う)、
・温度変化条件下でのサイクル試験
である。
【0058】
室温(20°C)での形成試験の手順は、図1に示す通りであり(時間t(時間で示す)に対する容量Cの経時変化を表す)、以下の工程:
・定電流C/20で5時間の充電工程(図1の曲線上の部分a)、
・定電流C/10で4.2Vに達するまでの充電工程(図1の曲線上の部分b)、
・定電圧(4.2V)でC/100に達するまでの持続充電工程(図1の曲線上の部分c)、
・電流ゼロで5分間の休止工程(図1の曲線上の部分d)、並びに
・定電流D/5で2.5Vに達するまでの放電工程(図1の曲線上の部分e)
を含む。
【0059】
この試験によって不可逆形成容量(irreversible formation capacity)が決定され、これは形成放電過程と充電過程との間の容量差の比に対応する。この値は、電極上での電解質の初期劣化に関連しており、通常はこれによって中間相形成が可能になる。この形成に関連する容量損失を最小化するために、低い値が求められる。
【0060】
温度変化下でのサイクル試験の手順は、図2に示す通りであり(時間t(時間で示す)に対する容量Cの経時変化を表す)、以下の工程:
・温度20°Cで4.2Vに達するまでC/5とする充電工程(図2の曲線上の部分a)、
・温度を−20°Cに設定した後、2.5Vに達するまで1時間、D/5とする放電工程(図2の曲線上の部分b)、
・温度を20°Cに設定した後、1時間、C/5とするサイクル工程(図2の曲線上の部分c)、
・4.2Vに達するまで10時間、C/5とする充電工程(図2の曲線上の部分d)、続いて−20°Cで4.2Vに保持する持続充電工程(図2の曲線上の部分e)、更に温度を20°Cに設定した後、2.5Vに達するまで1時間、D/5とする放電工程(図2の曲線上の部分f)、
・20°CでC/5とする連続的サイクル工程(図2の曲線上の部分g)
を含む。
【0061】
この試験によって以下の量:
図2の工程a及びb中の、20°C及び−20°Cでの瞬間的な抵抗、並びに5秒で測定した抵抗(それぞれ、Rpulse20℃、Rpulse−20℃、及びR5s−20℃として下記表に示す)、
・20°Cで充電した後、−20°Cで放電(工程b)した容量比(放電 −20°Cとして下記表に示す)、
・C/5条件下−20°Cで充電(工程d)した容量(充電 −20°C C/5として下記表に示す)、
・C/5条件下−20°Cで充電し、その後一定電位で10時間以下の充電(工程d及びe)した容量(充電 −20°C C/5 +CVとして下記表に示す)、
・形成放電過程と比べて5サイクル目(サイクル工程g)の終了時(即ち、5回目の放電過程の終了時)に得られた容量(可逆性試験として下記表に示す)
が決定される。
【0062】
比較例1
この比較例では、上記ボタン電池型セルに本発明に準拠しない電解質を用いる。該電解質は、4種のカーボネート溶媒EC/DMC/DEC/EMC(体積比1/1/1/3)を含む四元混合物に相当し(ECはエチレンカーボネート、DMCはジメチルカーボネート、DECはジエチレンカーボネート、EMCはエチルメチルカーボネートを指す)、これらカーボネート溶媒に加えて、上記定義の式(I)のビニレンカーボネートを1質量%含み、更にリチウム塩として1MのLiPFを含む。
【0063】
この電解質を用いて得られた結果を下表に示す。
【0064】
【表1】
【0065】
実施例1
この実施例では、上記ボタン電池型セルに本発明の電解質を用いる。該電解質は、2種のカーボネート溶媒PC及びEMCを、これら2種の溶媒の総体積に対してそれぞれ60体積%及び40体積%の比率で含む三元混合物に相当し(PCはプロピレンカーボネート、EMCはエチルメチルカーボネートを指す)、これらカーボネート溶媒に加えて、混合物に対して25体積%のブチロニトリルを含み(即ち、換言すると、混合物に対する両カーボネート溶媒の比率が75体積%)、この混合物には上記定義の式(I)のビニレンカーボネートを2質量%の比率で添加し、更にリチウム塩として1MのLiPFを含む。
【0066】
この電解質を用いて得られた結果を下表に示す。
【0067】
【表2】
【0068】
これらの結果を考察すると、セルの特性、特に
・抵抗特性(20°C及び−20°Cでの瞬間的な抵抗、並びに20°C5秒で測定した抵抗が、本実施例では比較例1より低い)、
・充電特性、並びに
・可逆性特性(図2に示すように、印加試験中のサイクル特性及び耐久性特性の改善を確認)
の改善が見られる。
【0069】
要するに、本実施例において、本発明の電解質を用いた応用セルは低温で良好な特性を示す。
【0070】
実施例2
この実施例では、上記ボタン電池型セルに本発明の電解質を用いる。該電解質は、2種のカーボネート溶媒PC及びEMCを、これら2種の溶媒の総体積に対してそれぞれ60体積%及び40体積%の比率で含む三元混合物に相当し(PCはプロピレンカーボネート、EMCはエチルメチルカーボネートを指す)、これらカーボネート溶媒に加えて、混合物に対して75体積%のブチロニトリルを含み(即ち、換言すると、混合物に対する両カーボネート溶媒の比率が25体積%)、この混合物には上記定義の式(I)のビニレンカーボネートを2質量%の比率で添加し、更にリチウム塩として1MのLiPFを含む。
【0071】
この電解質を用いて得られた結果を下表に示す。
【0072】
【表3】
【0073】
これらの結果を考察すると、セルの特性、特に
・抵抗特性(20°C及び−20°Cでの瞬間的な抵抗、並びに20°C5秒で測定した抵抗が、本実施例では比較例1より低い)、
・充電特性、並びに
・可逆性特性(図2に示すように、印加試験中のサイクル特性及び耐久性特性の改善を確認)
の改善が見られる。
【0074】
更に、この試験では、多量のブチロニトリルを用いて作動可能であることと、そのためブチロニトリルの固有特性(特に粘度及び高誘電率)から利益を受けられることが示されている。
【0075】
要するに、本実施例において、本発明の電解質を用いた応用セルは低温で良好な特性を示す。
【0076】
実施例3
この実施例では、上記ボタン電池型セルに本発明の電解質を用いる。該電解質は、2種のカーボネート溶媒PC及びEMCを、これら2種の溶媒の総体積に対してそれぞれ60体積%及び40体積%の比率で含む三元混合物に相当し(PCはプロピレンカーボネート、EMCはエチルメチルカーボネートを指す)、これらカーボネート溶媒に加えて、混合物に対して25体積%のブチロニトリルを含み(即ち、換言すると、両カーボネート溶媒の比率が75体積%)、この混合物には上記定義の式(IIa)のフルオロエチレンカーボネートを2質量%の比率で添加し、更にリチウム塩として1MのLiPFを含む。
【0077】
この電解質を用いて得られた結果を下表に示す。
【0078】
【表4】
【0079】
これらの結果を考察すると、セルの特性、特に
・抵抗特性(20°C及び−20°Cでの瞬間的な抵抗、並びに20°C5秒で測定した抵抗が、本実施例では比較例1より低い)、
・充電特性、並びに
・可逆性特性(図2に示すように、印加試験中のサイクル特性及び耐久性特性の改善を確認)
の改善が見られる。
【0080】
要するに、本実施例において、本発明の電解質を用いた応用セルは、低温で良好な特性を示す。
図1
図2