(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の好適な実施形態について説明する。なお、本発明は以下に記載の実施形態及び実施例の内容により限定されるものではない。また、以下に記載の実施形態及び実施例にて示された構成要素は適宜組み合わせても良いし、適宜選択してもよい。
【0010】
本実施形態に係る磁性粉は、Fe
16N
2からなり、円面積相当径が20nm以上100nm以下の磁性粉であって、Feに対してMnを1at%以上10at%以下含有し、粒子表面から5nmまでの分析点において、Feに対するMnの比が全体のMnの比未満となる構造となっている。円面積相当径として、より好ましくは30nm以上70nm以下であり、20nm未満の粒子や100nmを超える磁性粉においては、Fe
16N
2の結晶性が低く、満足な磁気特性を得ることができない。また、Feに対するMn添加量が1at%未満ではMn添加の効果が得られず、10at%を超えるとFe
16N
2の結晶性が低くなり保磁力が低くなってしまう。高温でのFe
16N
2の分解は、窒素元素の移動によって引き起こされ、この窒素元素の移動がMn元素によって抑制されると考えられる。粒子表面から5nmにおけるMn濃度を全体のMn濃度未満となる構造にすることで、室温での磁気特性を良好に保つことが可能となり、高温での保磁力低下を抑制できる。反対に、粒子表面から5nmのMn濃度が全体のMn濃度以上になると、還元や窒化反応が不十分となり室温での飽和磁化が低下してしまい、さらに高温での保磁力低下を抑制する効果も小さくなってしまう。
【0011】
本実施形態に係る磁性粉は、保磁力Hcが1800Oe以上であることが好ましい。保磁力Hcが前記範囲未満の場合、磁性粉として十分な磁気特性であるとは言い難い。より好ましくは、保磁力Hcが2000Oe以上である。高温における保磁力Hcとして、たとえば、200℃において、室温の保磁力と比較したΔHcが15%以内であることが好ましい。
【0012】
本実施形態に係る磁性粉は、飽和磁化σsが130emu/g以上であることが好ましい。飽和磁化σsが前記範囲未満の場合、磁性粉として十分な磁気特性であるとは言い難い。より好ましくは、飽和磁化σsが150emu/g以上である。
【0013】
次に、本実施形態に係る磁性粉の好適な製造法について述べる。
【0014】
本実施形態に係る磁性粉は、MnがFeに対して1at%以上10at%以下添加された酸化鉄を原料として用いて、還元処理を行い、続いて窒化処理を行って得ることができる。
【0015】
原料である酸化鉄は、特に限定されないが、マグネタイト、γ−Fe
2O
3、α−Fe
2O
3、α−FeOOH、β−FeOOH、γ−FeOOH、FeOなどが挙げられる。
【0016】
原料である酸化鉄の合成方法は、特に限定されないが、共沈法、空気酸化法、水熱合成法、気相法などが挙げられる。
【0017】
本実施形態においては、原料である酸化鉄は、MnがFeに対して1at%以上10at%以下添加されていることが好ましい。Mnによって高温での窒素元素の移動によるFe
16N
2の分解を抑制するためである。Feに対するMn添加量が1at%未満ではMn添加の効果が得られず、10at%を超えるとFe
16N
2の結晶性が低くなり満足な磁気特性を得ることができない。
【0018】
原料酸化鉄合成に用いるFe化合物に予めMn化合物を混合したのち粒子合成をおこなうことでMn添加酸化鉄粉末が得られる。Mn化合物としては、塩化マンガン、過マンガン酸カリウム、酢酸マンガン、硝酸マンガンなどを用いることができる。
【0019】
本実施形態においては、Fe
16N
2粒子表面から5nmまでの分析点において、Feに対するMnの比が添加したMnの比未満となる構造とすることが好ましい。
【0020】
Mn添加酸化鉄を合成する反応において、粒子核生成反応におけるpHを11〜12に、粒子成長反応の最終pHを6〜8.5となるように調整することで、粒子表面から5nmまでのMn比を全体のMnの比よりも小さくした酸化鉄粒子が得られる。液性のpH調整に用いる溶液として、特に限定はされないが、塩酸、硝酸、酢酸などを用いることができる。
【0021】
本実施形態においては、必要により、還元処理によって粒子同士が焼結することを抑制するために原料である酸化鉄の表面をSi化合物で被覆してもよい。なお、粒子表面にSiが存在する場合には、その被覆分はMn濃度分析の対象とされる表面からの距離として計上しない。
【0022】
酸化鉄粒子を分散して得られる水懸濁液のpHを調整した後、Si化合物を添加して混合攪拌することにより、又は、必要により、混合攪拌後にpH値を調整することにより、前記酸化鉄粒子の表面をSi化合物で被覆し、その後、水洗、乾燥、粉砕することでSiによって被覆された酸化鉄粉末が得られる。
【0023】
Si化合物としては、オルトケイ酸ナトリウム、メタケイ酸ナトリウム、コロイダルシリカ、シランカップリング剤等が使用できる。
【0024】
Si化合物の被覆量は、酸化鉄に対しSi換算で0.1質量%以上20質量%以下が好ましい。0.1質量%未満の場合には熱処理時に粒子間の焼結を抑制する効果が十分とは言い難い。20質量%を超える場合には、非磁性成分が増加することとなり好ましくない。より好ましい表面被覆量は0.15質量%以上15質量%以下、更により好ましくは0.2質量%以上10質量%以下である。
【0025】
次に、Mn添加酸化鉄又は粒子表面がSi化合物によって被覆されたMn添加酸化鉄について還元処理を行う。
【0026】
還元処理の温度は200〜600℃が好ましい。還元処理の温度が200℃未満の場合には酸化鉄が十分に金属鉄に還元されない。還元処理の温度が600℃を超える場合には酸化鉄は十分に還元されるが、粒子間の焼結も進行することになり、好ましくない。より好ましい還元温度は250〜450℃である。
【0027】
還元処理の時間は特に限定されないが、1〜96時間が好ましい。96時間を超えると還元温度によっては焼結が進み後段の窒化処理が進みにくくなってしまう。1時間未満では十分な還元ができない場合が多い。より好ましくは2〜72時間である。
【0028】
還元処理の雰囲気は、水素雰囲気が好ましい。
【0029】
還元処理を行った後、窒化処理を行う。
【0030】
窒化処理の温度は100〜200℃である。窒化処理の温度が100℃未満の場合には窒化処理が十分に進行しない。窒化処理の温度が200℃を超える場合には、窒化が進行しすぎるため、Fe
16N
2は得られない。より好ましい窒化温度は120〜180℃である。
【0031】
窒化処理の時間は特に限定されないが、1〜48時間が好ましい。48時間を超えると窒化温度によってはFe
16N
2化合物相ではない異相の割合が多くなってしまう。1時間未満では十分な窒化ができない場合が多い。より好ましくは3〜24時間である。
【0032】
窒化処理の雰囲気は、NH
3雰囲気が望ましく、NH
3の他、N
2、H
2などを混合させてもよい。
【0033】
本実施形態によって得られた窒化鉄粉末を用いて、バルク磁石や異方性ボンド磁石といった磁石を得ることができる。以下、その製造方法を述べる。
【0034】
まず、バルク磁石の製造方法について一例を説明する。本実施形態によって得られた窒化鉄粉末は圧縮成形をすることにより、バルク磁石とすることが可能である。ここで、圧縮成形の条件は、特に限定されず、作製するバルク磁石の要求特性値になるよう調整すればよい。例えば、圧縮成形圧力を1〜10ton/cm
2とすることができる。また、成形時に磁場配向をおこなってもよい。さらに、窒化鉄粉末表面に潤滑剤や樹脂を付与してもよい。
【0035】
次に、本実施形態によって得られた窒化鉄粉末を用いた異方性ボンド磁石の製造方法の一例について説明する。樹脂を含む樹脂バインダーと磁性粉とを例えば加圧ニーダー等の加圧混練機で混練して、ボンド磁石用コンパウンド(組成物)を調製する。樹脂は、エポキシ樹脂、フェノール樹脂等の熱硬化性樹脂や、スチレン系、オレフィン系、ウレタン系、ポリエステル系、ポリアミド系のエラストマー、アイオノマー、エチレンプロピレン共重合体(EPM)、エチレン−エチルアクリレート共重合体等の熱可塑性樹脂がある。なかでも、圧縮成形をする場合に用いる樹脂は、熱硬化性樹脂が好ましく、エポキシ樹脂又はフェノール樹脂がより好ましい。また、射出成形をする場合に用いる樹脂は熱可塑性樹脂が好ましい。また、ボンド磁石用コンパウンドには、必要に応じて、カップリング剤やその他の添加材を加えてもよい。
【0036】
また、ボンド磁石における磁性粉と樹脂との含有比率は、磁性粉100質量%に対して、樹脂を例えば0.5質量%以上20質量%以下含むことが好ましい。磁性粉100質量%に対して、樹脂の含有量が0.5質量%未満であると、保形性が損なわれる傾向があり、樹脂が20質量%と超えると、十分に優れた磁気特性が得られ難くなる傾向がある。
【0037】
上述のボンド磁石用コンパウンドを調製した後、このボンド磁石用コンパウンドを射出成形することにより、磁性粉と樹脂とを含むボンド磁石を得ることができる。射出成形によりボンド磁石を作製する場合、ボンド磁石用コンパウンドを、必要に応じてバインダー(熱可塑性樹脂)の溶融温度まで加熱し、流動状態とした後、このボンド磁石用コンパウンドを所定の形状を有する金型内に射出して成形を行う。その後、冷却し、金型から所定形状を有する成形品(ボンド磁石)を取り出す。このようにしてボンド磁石が得られる。ボンド磁石の製造方法は、上述の射出成形による方法に限定されるものではなく、例えばボンド磁石用コンパウンドを圧縮成形することにより磁性粉と樹脂とを含むボンド磁石を得るようにしてもよい。圧縮成形によりボンド磁石を作製する場合、上述のボンド磁石用コンパウンドを調製した後、このボンド磁石用コンパウンドを所定の形状を有する金型内に充填し、圧力を加えて金型から所定形状を有する成形品(ボンド磁石)を取り出す。金型にてボンド磁石用コンパウンドを成形し、取り出す際には、機械プレスや油圧プレス等の圧縮成形機を用いて行なわれる。その後、加熱炉や真空乾燥炉などの炉に入れて熱をかけることにより硬化させることで、ボンド磁石が得られる。
【0038】
成形して得られるボンド磁石の形状は特に限定されるものではなく、用いる金型の形状に応じて、例えば平板状、柱状、断面形状がリング状等、変更することができる。また、得られたボンド磁石は、その表面上に酸化層や樹脂層等の劣化を防止するためにめっきや塗装を施すようにしてもよい。
【0039】
ボンド磁石用コンパウンドは目的とする所定の形状に成形する際、磁場を印加して成形して得られる成形体を一定方向に配向させるようにしてもよい。これにより、ボンド磁石が特定方向に配向するので、より磁性の強い異方性ボンド磁石が得られる。
【実施例】
【0040】
以下、本発明について、実施例・比較例を用いてさらに詳細に説明する。
【0041】
(測定方法の説明)
まず、本実施例及び比較例における測定方法について説明する。得られた磁性粉のTEM画像を画像解析式粒度分布ソフトウェア(マウンテック社製Mac−View)で処理することで、磁性粉の粒子径(円面積相当平均粒子径)を測定した。また、全体のMn/Feは、加熱した試料を酸で溶解し、誘導結合プラズマ発光分光分析装置(ICP、島津製作所製ICPS−8100CL)を用いて測定し求めた。さらに、粒子表面5nmまでのMn/Feは、TEM−EDX(日本電子製JEM−220FX)を用いて、平均粒子径を示す粒子25点を選択し、各粒子表面から5nmまでの領域において、一粒子あたり4点のMn/Feの平均値を算出した。得られた磁性粉の磁気特性は、振動試料型磁力計(VSM、東英工業製VSM−5−20)を用いて、室温および200℃にて、0〜20000Oeの磁場中で測定した。また、室温におけるHcの値を基準として、200℃におけるHcとの差分を、室温におけるHcの値で除した値をΔHcとして算出した。
【0042】
実施例1
<出発原料の調整>
Mn添加酸化鉄を以下の方法で作成した。塩化第一鉄0.1mol、塩化第二鉄0.2mol、塩化マンガン0.018molを200mlの水に溶解させ、5Nの水酸化ナトリウム200mlへ滴下させた。この反応液の温度(第一反応温度)は30℃に保ち、pHは12以上であった。滴下終了直後に反応液の温度(第二反応温度)を70℃まで加熱して30分保持した。反応液が70℃に達してから15分後に0.1N酢酸を滴下しはじめ、最終的に反応液のpHが7.5になるよう滴下した。得られた酸化鉄分散液を、数時間静置して上澄み液を除去した。続けて、1500mL相当の純水を加えて上澄み液を除去する作業を7回繰り返した。85℃の真空乾燥機で乾燥し、乳鉢及び乳棒を用いて解砕を行った。
【0043】
<出発原料の還元処理及び窒化処理>
上記で得られた粉末5gを灰分測定用灰皿(50mm×30mm×深さ10mm)に入れ、熱処理炉に静置した。炉内に窒素ガスを充填した後、水素ガスを1L/minの流量で流しながら、5℃/minの昇温速度で250℃まで昇温し、12時間保持して還元処理を行った。その後、水素ガスの供給を止めて窒素ガスを2L/minの流量で流しながら160℃まで降温した。続いて、アンモニアガスを0.1L/minにて流しながら、160℃で12時間窒化処理を行うことにより試料を得た。
【0044】
実施例2
実施例1の第一反応温度を40℃とした以外は同様の操作をおこなった。
【0045】
実施例3
実施例1の第一反応温度を45℃とした以外は同様の操作をおこなった。
【0046】
実施例4
実施例1の第二反応温度を75℃とした以外は同様の操作をおこなった。
【0047】
実施例5
実施例1の第二反応温度を80℃とした以外は同様の操作をおこなった
【0048】
実施例6
実施例1の塩化マンガンの量を0.004molとした以外は同様の操作をおこなった。
【0049】
実施例7
実施例1の塩化マンガンの量を0.032molとした以外は同様の操作をおこなった
【0050】
実施例8
実施例1の塩化マンガンの量を0.040molとした以外は同様の操作をおこなった。
【0051】
実施例9
実施例1の酢酸滴下後の反応液のpHを6とした以外は同様の操作をおこなった。
【0052】
実施例10
実施例1の酢酸滴下後の反応液のpHを8.5とした以外は同様の操作をおこなった。
【0053】
比較例1
実施例1の第一反応温度を50℃とした以外は同様の操作をおこなった。
【0054】
比較例2
実施例1の第二反応温度を90℃とした以外は同様の操作をおこなった。
【0055】
比較例3
実施例1の塩化マンガンの量を0.002molとした以外は同様の操作をおこなった。
【0056】
比較例4
実施例1の塩化マンガンの量を0.065molとした以外は同様の操作をおこなった。
【0057】
比較例5
実施例1の酢酸の滴下をおこなわなかった以外は同様の操作をおこなった。第二温度保持後の反応液のpHは9であった。
【0058】
比較例6
実施例1の塩化マンガンを添加しなかった以外は同様の操作をおこなった。
【0059】
<評価>
実施例1〜3及び比較例1〜5で得られた試料の、ICPによるMn/Fe、TEM画像から測定した粒子径、TEM−EDXによる粒子表面から5nmまでのMn/Fe、室温での保磁力Hc、200℃にて30分保持した後の保磁力低下率ΔHcについて結果を表1に示す。
【0060】
【表1】
【0061】
実施例1〜7で得られた試料においては、本発明の粒子径、Mn比、および粒子表面から5nmまでのMn比の各要件を満たしていることから、所望の特性が得られている。
【0062】
比較例1の試料は、粒子径が小さすぎるため、超常磁性粒子が多くなり保磁力が低下していると考えられる。逆に、比較例2の試料は、粒子径が大きすぎるため、十分に窒化を進行させることができず、Fe
16N
2の割合が低下して保磁力が低下していると考えられる。実施例の方が200℃でのΔHcが小さくなっている。これは、Mn添加の効果によって高温での窒素移動を抑制できたためであると考えられる。
【0063】
比較例3の試料は全体のMn比率が低いため、本発明の効果が得られずΔHcが大きくなっている。また、比較例4では全体のMn比率が高すぎるため、室温でのHcが低下してしまっている。これは、Mn添加量が多すぎると、Fe
16N
2の結晶性が低下するためであると考えらえる。
【0064】
比較例5の試料においては、粒子表面のMn/Feが全体のMn/Feよりも大きいために200℃でのΔHcが大きくなっている。
【0065】
比較例6の試料ではMnが添加されていないため、200℃でのΔHcが大きくなっている。
【0066】
また、実施例1によって得られた窒化鉄粉末を圧縮成形することにより、バルク磁石を作製した。圧縮成形圧力は3ton/cm
2とし、大気中で行った。得られたバルク磁石の保磁力は2820Oeであった。