【0008】
一実施形態において本発明は、標的植物細胞に核酸を導入する方法に関し、該方法は、細胞透過性配列とポリカチオン配列とを含むキャリアペプチドを核酸と接触させて複合体を形成させる工程、及び得られた複合体を標的植物細胞に接触させる工程を含む。標的植物細胞に導入する核酸は線状であってもよいし環状であってもよい。また一本鎖であっても二本鎖であってもよい。さらにDNAであってもRNAであってもDNAとRNAとのハイブリッドであってもよい。DNAは、あらゆるタイプ及び大きさのDNA分子、例えばcDNA、プラスミド、ゲノムDNA及びこれらの誘導体を含むDNAが包含されるものとする。また、これに加えてかかる核酸に対しては、キャリアペプチドのポリカチオン配列へのイオン結合を媒介するホスフェートバックボーンの陰電荷が保存される限り、化学的修飾を施すことも可能である。好適な修飾を行った核酸の例としては、例えばチオエートやジチオエートを挙げることができる。この点に関して、別の好適な核酸誘導体については、例えば、Uhlmann & Peymann,Chemical Reviews,90(4),544−584,1990において言及されている。
さらに、ヌクレオチド塩基に化学的修飾を行った核酸も用いることが可能である。例えば、RNA分子における1個から数個のヌクレオチドの2’OH基がO−アルキル基、ハロゲン、その他の修飾基で置換されたものも用いることができる。標的植物細胞に導入すべき核酸は、所望により修飾されるDNA若しくはRNAであることが好ましい。例えば、標的植物細胞に導入される核酸には、該標的植物細胞で発現する遺伝情報を含ませることができる。この方法によって、例えば遺伝子依存性欠陥を除去することが可能である。他方では、該標的植物細胞内で特定の遺伝子の発現を抑制するために、標的植物細胞に導入される核酸はアンチセンスとしての性質(すなわち、核酸が標的植物細胞に現れるmRNAに対して相補的な核酸である)を有していてもよい。対象となる核酸はリボザイムとしての性質を有していてもよく、すなわち標的植物細胞内の特定のRNA分子を開裂する能力を有していてもよい。かかるリボザイムの例としては、例えばハンマーヘッドリボザイムが挙げられる(Rossi & Sarver,Tibtech,8,179−183,1990)。
本発明においては、dsRNAとキャリアペプチドとの複合体を標的植物細胞に導入することにより、dsRNAが分解されずにサイレンシング機能を発揮することができる。したがって、遺伝子発現の一過性制御が可能になる。この場合、いわゆる遺伝子組み換えにならないため、組換え作物の実施ができない国等でも実施が可能になり、例えば、農薬的な使用の可能性も考えられる。
本発明の核酸導入方法は、核酸の種類やサイズに限定されることなく植物細胞に核酸を導入できることを特徴とし、20塩基対程度のshort−chainRNAから数百キロ塩基対程度の二本鎖DNAを使用することができるが、例えば二本鎖DNAの場合、導入される核酸のサイズは通常20塩基対〜20キロ塩基対、好ましくは50塩基対〜10キロ塩基対程度である。
本明細書においては植物細胞への核酸の導入について説明するが、本発明を、動物細胞をはじめとする細胞膜を有する任意の細胞に適用することができる。本発明において植物細胞は、動物細胞以外の細胞、換言すれば細胞壁を持つ細胞を意味する。植物細胞の種類は特に制限されず、単子葉植物及び双子葉植物を含む被子植物、裸子植物、コケ植物、シダ植物、草本植物及び木本植物などいずれの植物細胞にも本発明を適用できる。植物の具体例としては、例えば、ナス科[ナス(Solanum melongena L.)、トマト(Solanum lycopersicum)、ピーマン(Capsicum annuum L.var.angulosum Mill.)、トウガラシ(Capsicum annuum L.)、タバコ(Nicotiana tabacum L.)等]、イネ科[イネ(Oryza sativa)、コムギ(Triticum aestivum L.)、オオムギ(Hordeum vulgare L.)、ペレニアルライグラス(Lolium perenne L.)、イタリアンライグラス(Lolium multiflorum Lam.)、メドウフェスク(Festuca pratensis Huds.)、トールフェスク(Festuca arundinacea Schreb.)、オーチャードグラス(Dactylis glomerata L.)、チモシー(Phleum pratense L.)等]、アブラナ科[シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)、アブラナ(Brassica campestris L.)、ハクサイ(Brassica pekinensis Rupr.)、キャベツ(Brassica oleracea L.var.capitata L.)、ダイコン(Raphanus sativus L.)、ナタネ(Brassica campestris L.,B.napus L.)等]、マメ科[ダイズ(Glycine max)、アズキ(Vigna angularis Willd.)、インゲン(Phaseolus vulgaris L.)、ソラマメ(Vicia faba L.)等]、ウリ科[キュウリ(Cucumis sativus L.)、メロン(Cucumis melo L.)、スイカ(Citrullus vulgaris Schrad.)、カボチャ(C.moschata Duch.,C.maxima Duch.)等]、ヒルガオ科[サツマイモ(Ipomoea batatas)等]、ユリ科[ネギ(Allium fistulosum L.)、タマネギ(Allium cepa L.)、ニラ(Allium tuberosum Rottl.)、ニンニク(Allium sativum L.)、アスパラガス(Asparagus officinalis L.)等]、シソ科[シソ(Perilla frutescens Britt.var.crispa)等]、キク科[キク(Chrysanthemum morifolium)、シュンギク(Chrysanthemum coronarium L.)、レタス(Lactuca sativa L.var.capitata L.)等]、バラ科[バラ(Rose hybrida Hort.)、イチゴ(Fragaria x ananassa Duch.)等]、ミカン科[ミカン(Citras unshiu)、サンショウ(Zanthoxylum piperitum DC.)等]、フトモモ科[ユーカリ(Eucalyptus globulus Labill)等]、ヤナギ科[ポプラ(Populas nigra L.var.italica Koehne)等]、アカザ科[ホウレンソウ(Spinacia oleracea L.)、テンサイ(Beta vulgaris L.)等]、リンドウ科[リンドウ(Gentiana scabra Bunge var.buergeri Maxim.)等]、ナデシコ科[カーネーション(Dianthus caryophyllus L.)等]の植物が挙げられる。とりわけナス科植物、中でもタバコが好ましく使用される。
植物細胞としては、任意の組織に由来する植物細胞を使用でき特に制限されないが、例えば、胚、カルス、花粉、葉、葯、根、根端、花、種子、さや、茎及び組織培養物等に由来する植物細胞を使用できる。
本発明で用いるキャリアペプチドは、核酸とのイオン性相互作用によりペプチド−核酸複合体を形成し、植物細胞への核酸導入を促すキャリアとして機能しうるペプチドである。本発明のキャリアペプチドは、細胞透過性配列とポリカチオン配列とを含むことを特徴とする。本発明においてペプチドは、そのペプチド成分の他に、糖鎖、脂質、及び/又はリン酸残基を含んでいてもよい。
細胞透過性配列とは、細胞透過性ペプチド(CPP)の配列を意味する。細胞透過性ペプチドとしては、例えば、BP100(Appl Environ Microbiol 72(5),3302,2006)、HIV Tat(Journal Biological Chemistry,272,pp.16010−16017,1997)、Tat
2(Biochim Biophys Acta 1768(3),419,2007)、Penetratin、pVEC、pAntp(Journal Biological Chemistry,269,pp.10444−10450,1994)、HSV−1 VP22(Cell,88,pp.223−233,1997)、MAP(Model amphiphilic peptide)(Biochimica Biophysica Acta,1414,pp.127−139,1998)、Transportan(FEBS Journal,12,pp.67−77,1998)、R7(Nature Medicine,6,pp.1253−1257,2000)、MPG(Nucleic Acid Research 25,pp.2730−2736,1997)、及びPep−1(Nature Biotechnology,19,pp.1173−1176,2001)などが挙げられるが、これらに限定されない。これらのペプチド配列に含まれる1個から数個のアミノ酸残基が置換、挿入、及び/又は欠失したペプチド配列を好適に使用できる場合もある。細胞透過性ペプチドとしては2種以上の細胞透過性ペプチドを組み合わせて用いてもよい。キャリアペプチドは、2種以上の細胞透過性配列を含んでいてもよい。目的の特定の細胞に対して特異的な細胞透過性ペプチドを選択することも好ましい。
細胞透過性配列の具体例としては、例えば次の配列を挙げることができる。KKLFKKILKYL(配列番号1)、RKKRRQRRRRKKRRQRRR(配列番号2)、RKKRRQRRR(配列番号3)、PLSSIFSRIGDP(配列番号4)、PISSIFSRTGDP(配列番号5)、AISSILSKTGDP(配列番号6)、PILSIFSKIGDL(配列番号7)、PLSSIFSKIGDP(配列番号8)、PLSSIFSHIGDP(配列番号9)、PLSSIFSSIGDP(配列番号10)、RQIKIWFQNRRMKWKK(配列番号11)、DAATATRGRSAASRPTERPRAPARSASRPRRPVD(配列番号12)、AAVALLPAVLLALLAP(配列番号13)、AAVLLPVLLAAP(配列番号14)、VTVLALGALAGVGVG(配列番号15)、GALFLGWLGAAGSTMGA(配列番号16)、MGLGLHLLVLAAALQGA(配列番号17)、LGTYTQDFNKFHTFPQTAIGVGAP(配列番号18)、GWTLNSAGYLLKINLKALAALAKKIL(配列番号19)、KLALKLALKALKAALKLA(配列番号20)。
ポリカチオン配列は、リシン(K)、アルギニン(R)及びヒスチジン(H)から選ばれる少なくとも3個のアミノ酸残基を含み、かつ生理学的条件下で核酸と安定した結合を形成するペプチド配列である。正に荷電したアミノ酸残基(カチオン性アミノ酸残基)のリシン、アルギニン及びヒスチジンのほかに、ポリカチオン成分は、その全体的な性質が十分にカチオン性を保持して生理学的条件下で核酸と安定した結合を形成するという条件で、中性アミノ酸を含むこともできる。これは核酸を添加する簡単な実験で検査できる。例えば、アガロースゲル電気泳動において核酸バンドの遅延を起こすのに十分なほど安定しているペプチド−核酸複合体を形成するペプチドが適している。この核酸バンドの遅延は、ペプチド−核酸複合体がアガロースゲル電気泳動の間保持されることを示すものである。
キャリアペプチドのポリカチオン配列は少なくとも3個のリシン、アルギニン又はヒスチジンを含まねばならないが、上限を定めることはできない。ポリカチオン配列は最高450個のアミノ酸残基を含むことができ、それでもなお機能することが知られている(Proc Natl Acad Sci USA 87,3410−3414,1990)。しかしながら、ポリカチオン配列の長さは5〜100個のアミノ酸残基であることが好ましく、より好ましくは5〜50個、さらに好ましくは7〜20個のアミノ酸残基である。ポリカチオン配列中のカチオン性アミノ酸残基の割合は、好ましくは40モル%以上であり、より好ましくは60モル%以上、さらに好ましくは80モル%以上、最も好ましくは90モル%以上である。ポリカチオン性アミノ酸残基のみからなるポリカチオン配列が最も好ましく使用される。
ポリカチオン配列は、好ましくは4個以上、より好ましくは5個以上、さらに好ましくは7個以上で、好ましくは30個以下、より好ましくは25個以下、さらに好ましくは20個以下のリシン、アルギニン及び/又はヒスチジン残基を含む。さらに、ポリカチオン配列は、一連の3個以上の連続したリシン、アルギニン及び/又はヒスチジン残基を有することが好ましく、一連の5個以上の連続したリシン、アルギニン及び/又はヒスチジン残基を有することがさらに好ましく、一連の7個以上の連続したリシン、アルギニン及び/又はヒスチジン残基を有することが特に好ましい。カチオン性アミノ酸残基のうち、アルギニンの割合が高いと細胞内への導入が早くなる傾向があり、ヒスチジン及びリシンの割合が高いと細胞内への導入が遅くなる傾向がある。例えば、下記のオルガネラ特異的な導入など本発明の複合体の使用目的に応じて、細胞内への導入速度を、ポリカチオン配列を適宜選択することによって制御することができる。ポリカチオン配列の好ましい例として、KHの繰り返し配列、例えば、KHの3〜20の繰り返し配列、より好ましくはKHの5〜15の繰り返し配列、さらに好ましくは7〜12の繰り返し配列が挙げられる。アルギニン(R)の連続配列、例えば、Rの3〜20の連続配列、好ましくはRの5〜15の連続配列、さらに好ましくはRの7〜12の連続配列、リシン(K)の連続配列、例えば、Kの3〜20の連続配列、好ましくはKの5〜15の連続配列、さらに好ましくはKの7〜12の連続配列、ヒスチジン(H)の連続配列、例えば、Hの3〜20の連続配列、好ましくはHの5〜15の連続配列、さらに好ましくはHの7〜12の連続配列も例として挙げられる。
ポリカチオン配列の具体例としては、例えば次の配列を挙げることができる。RRRRRR(配列番号21)、KHKHKHKHKHKHKHKHKH(配列番号22)。
本発明のキャリアペプチドは、細胞透過性配列とポリカチオン配列の線状融合体に相当する構成成分を含む。この融合体においては、ポリカチオン配列が細胞透過性配列のN末端及び/又はC末端に結合されることが好適である。細胞透過性配列に対して上記のポリカチオン配列を1個又は2個以上、好ましくは1個から数個、より好ましくは1個から3個程度結合することができ、特に好ましくは細胞透過性配列に対してポリカチオン配列を1個結合することができる。結合は通常のペプチド結合反応に従い化学的に行ってもよく、あるいはリガーゼのような酵素を用いて生物学的に行うこともできる。例えば、固相法などの一般的なペプチドの合成方法に従って行うこともできる。ポリカチオン配列に対して細胞透過性配列を結合するにあたり、両者の間に適宜のオリゴペプチドリンカーなどを介在させることもできる。例えば、1個から数個のアミノ酸からなるリンカーを介在させることができるが、該リンカーを構成するアミノ酸残基は適宜選択することができる。細胞透過性ペプチドはN末端でその特性を示すので、細胞透過性配列はポリカチオン配列のN末側に結合することが好ましい。本発明のキャリアペプチドは組み換えDNA技術により得ることもできる。例えば、ポリカチオン配列をコードするDNA断片を、細胞透過性配列をコードするDNA断片の一端又は両端に、適当なDNAアダプターとの連結反応により、又はin vitro突然変異誘発により結合する。かかる遺伝子操作法は分子生物学の分野で当業者によく知られている。
本発明のキャリアペプチドは、細胞透過性配列及びポリカチオン配列に加えて、オルガネラ移行配列をさらに含むことができる。オルガネラ移行配列は、特定の細胞内オルガネラに対して親和性又は透過性を有するペプチドの配列をさす。ミトコンドリア又は葉緑体に対して親和性又は透過性を有するペプチドの配列を用いるのが好ましい。より具体的には、クラミドモナスフェレドキシン(Cf)及びクラミドモナスRubiscoアクチバーゼ(CRa)起源の葉緑体移行ペプチド、ミトコンドリアマトリックス標的シグナルペプチド(Biochemical and Biophysical Research Communications,226,pp.561−565,1996)、ミトコンドリア内膜標的シグナルペプチドであるSS01、SS02、SS31、及びSS20(The AAPS Journal,8,pp.E277−E283,2006)、50Sリボソームタンパク質L28、50Sリボソームタンパク質L24、50Sリボソームタンパク質L27、RuBisCoスモールチェーン、LHCII type 1などを挙げることができるがこれらに限定されない。
これらのペプチド配列に含まれる1個から数個のアミノ酸残基が置換、挿入、及び/又は欠失したペプチド配列を好適に使用できる場合もある。これらのうちの1種又は2種以上を適宜組み合わせて用いることができる。
細胞透過性配列及びポリカチオン配列を含むキャリアペプチドを核酸と接触させることによる複合体の形成を、オルガネラ移行配列を含む別のキャリアペプチドの存在下で行ってもよい。その場合、オルガネラ移行配列を含むキャリアペプチドも同様に、ポリカチオン配列を含むことが好ましい。このオルガネラ移行配列とポリカチオン配列とを含むキャリアペプチドは、細胞透過性配列とポリカチオン配列とを含むキャリアペプチドと一緒になって、核酸との複合体を形成することができる。オルガネラ移行配列とポリカチオン配列の相対的な配置に限定はないが、オルガネラ移行配列は、ポリカチオン配列のC末側に結合することが好ましい。オルガネラ移行配列とポリカチオン配列とを含むキャリアペプチド、ならびにオルガネラ移行配列とポリカチオン配列と細胞透過性配列とを含むキャリアペプチドは、上記と同様の方法により調製することができる。
オルガネラ移行配列の具体例としては、例えば次の配列を挙げることができる。MAMAMRSTFAARVGAKPAVRGARPASRMSCMA(配列番号23)、MQVTMKSSAVSGQRVGGARVATRSVRRAQLQV(配列番号24)、MATMVAGISLRGPVMSSHRTFSVTKRASLPQSKLSSELSFVTSQLSGLKISSTHFISSSAPLSVPFKPSLQPVA(配列番号25)、MAALQSSFAGLSTSFFGQRFSPPLSLPPLVKSTEGPCLIQA(配列番号26)、MAVSFSLVGAFKGLSLASSSSFLKGDFGAAFPVAPKFSVSFPLKSPLTIES(配列番号27)、MASSVLSSAAVATRSNVAQANMVAPFTGLKSAASFPVSRKQNLDITSIASNGGRVQC(配列番号28)、MAASTMALSSPAFAGKAVKLSPAASEVLGSGRVTMRKTV(配列番号29)、MLSLRQSIRFFK(配列番号44)。
オルガネラ移行配列を含むキャリアペプチドを用いることにより、植物細胞に導入された核酸を、さらに細胞内オルガネラに特異的に導入することが可能になる。ミトコンドリアゲノムや葉緑体ゲノムは、核ゲノムと比べると数十〜数千倍のコピー数を持っており、これらの形質転換により、外来タンパク質を大量に生産可能であることが知られている。そのため、核酸を細胞内オルガネラに特異的に導入することにより、植物が有する物質生産機能を最大限に利用し、石油資源の代替となるバイオ物質やその他の有用物質を大量に生産することが可能になる。
オルガネラ移行配列とポリカチオン配列を含むキャリアペプチドは、細胞透過性配列とポリカチオン配列とを含むキャリアペプチドと一緒に、核酸との複合体を形成させることにより、効果的に核酸を細胞内オルガネラに特異的に導入することができるが、細胞透過性配列とポリカチオン配列とを含むキャリアペプチドなしでも、すなわち、オルガネラ移行配列とポリカチオン配列を含むキャリアペプチド単独でも、核酸との複合体を形成させることにより、核酸を細胞内オルガネラに特異的に導入することが可能である。
キャリアペプチドと核酸とを接触させて複合体を形成させる工程においては、キャリアペプチド由来のアミン基の数/核酸由来のリン酸基の数(N/P比)が2以下となるように接触させることが好ましく、また、N/P比が0.1より大きくなるように接触させることが好ましい。N/P比は、より好ましくは0.2以上、さらに好ましくは0.3以上、特に好ましくは0.4以上である。N/P比はまた、より好ましくは1.5以下、さらに好ましくは1.0以下、特に好ましくは0.6以下である。N/P比0.5で形成される複合体が最も好ましい。本発明者らは、このようなN/P比でキャリアペプチドと核酸とを接触させて複合体を形成することにより、植物細胞に対して高いトランスフェクション効率を達成できることを見出した。なお、細胞透過性配列とポリカチオン配列とを含むキャリアペプチドとは別に、オルガネラ移行配列を含むキャリアペプチドを核酸に接触させる場合は、すべてのキャリアペプチド由来のアミン基の数が基準となる。
また、キャリアペプチドとdsRNAとを接触させて複合体を形成させる工程において、キャリアペプチドとdsRNAのモル比(キャリアペプチド/dsRNA)は、5以下となるように接触させることが好ましく、また、モル比が0.1より大きくなるように接触させることが好ましい。モル比は、より好ましくは0.5以上、さらに好ましくは1以上である。モル比はまた、より好ましくは5以下、さらに好ましくは2以下である。モル比1〜2で形成される複合体が最も好ましい。本発明者らは、このようなモル比でキャリアペプチドとdsRNAを接触させて複合体を形成することにより、植物細胞に対して高いトランスフェクション効率を達成でき、また高いサイレンシング効果を達成できることを見出した。
キャリアペプチドと核酸とを接触させて複合体を形成させる工程は、例えばキャリアペプチドと核酸とを溶液中で混合することにより実施できるが、その場合、キャリアペプチドの濃度は、通常10ug/mL〜10mg/mL、好ましくは100ug/mL〜1mg/mLであり、核酸溶液の濃度は、通常1ug/mL〜10mg/mL、好ましくは10ug/mL〜1mg/mLである。
上記のように形成されるキャリアペプチドと核酸との複合体はキャリアペプチドと核酸とを接触させることにより得られ、その結合様式や形態に限定はないが、通常粒子の形態であり、その平均流体力学的直径は、好ましくは150nm以上、より好ましくは200nm以上、さらに好ましくは300nm以上であり、また、好ましくは500nm以下、より好ましくは400nm以下、さらに好ましくは350nm以下である。平均流体力学的直径は、動的光散乱(DLS)法によって測定することができる。本発明者らは、このような平均流体力学的直径を有する複合体により、植物細胞に対して高いトランスフェクション効率を達成できることを見出した。
複合体を標的植物細胞に接触させる工程は、当技術分野で公知の方法により実施でき、特に制限されない。例えば本発明のキャリアペプチドと核酸との複合体の溶液を標的植物細胞に浸透させ、20〜35℃の温度で、一日当たり14〜18時間の一定光の下、インキュベーター中でインキュベートすることにより実施できる。インキュベーション時間は、好ましくは5〜150時間、より好ましくは10〜20時間である。本発明の核酸導入方法は、比較的短時間にトランスフェクションを行うために特に優れている。
本発明はまた、標的植物細胞に核酸を導入するためのキットに関する。本発明のキットは、細胞透過性配列とポリカチオン配列とを含むキャリアペプチドを含むことを特徴とする。本発明のキットはオルガネラ移行配列とポリカチオン配列とを含むキャリアペプチドをさらに含んでもよい。また、キットは、取り扱い説明書、複合体形成や細胞導入のための試薬、器具などを含んでもよい。
以下、実施例に基づいて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0009】
実施例1 キャリアペプチドの合成
細胞透過性配列とポリカチオン配列とを含むキャリアペプチドとして、
R9−BP100(
RRRRRRRRRKKLFKKILKYL−NH
2(配列番号30)、理論pI/Mw:12.55/2827.56Da)、
(KH)
9−BP100(
KHKHKHKHKHKHKHKHKHKKLFKKILKYL−NH
2(配列番号31)、理論pI/Mw:10.81/3809.71Da)、
及び
R9−Tat
2(
RRRRRRRRRKKRRQRRRRKKRRQRRR−NH
2(配列番号32)、理論pI/Mw:13.28/3910.72Da)
を標準的な9−フルオレニルメトキシカルボニル(Fmoc)固相ペプチド合成を使用して合成した(G.B.Fields and R.L.Noble,Int J Pept Protein Res 35(3),161(1990))。
さらに、オルガネラ移行配列とポリカチオン配列とを含むキャリアペプチドとして、クラミドモナスフェレドキシン(Cf)及びクラミドモナスRubiscoアクチバーゼ(CRa)起源の葉緑体移行ペプチドもまたポリカチオン配列(KH)
9と組み合わせた。すなわち、
Cf−(KH)
9(MAMAMRSTFAARVGAKPAVRGARPASRMSCMA
KHKHKHKHKHKHKHKHKH−NH
2(配列番号33)、理論pI/Mw:12.20/5729.89Da)、及び
CRa−(KH)
9(MQVTMKSSAVSGQRVGGARVATRSVRRAQLQV
KHKHKHKHKHKHKHKHKH−NH
2(配列番号34)、理論pI/Mw:12.62/5803.82Da)
を固相ペプチド合成によって合成した。
下線部分がポリカチオン配列をさす。ポリペプチドを高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を使用して精製し、そして分子量をマトリックス支援レーザー脱離/イオン化飛行時間型(MALDI−TOF)質量分析により確認した。(KH)
9、R9、BP100及びTat
2もまた、コントロール用に合成した。
実施例2 種々のN/P比でのキャリアペプチド−pDNA複合体の調製及び特徴付け
様々なN/P比で、キャリアペプチド(R9−BP100及び(KH)
9−BP100)と、レポーター遺伝子をコードするpDNAとのイオン性複合体を調製し、そしてこれを動的光散乱(DLS)、原子間力顕微鏡(AFM)、ゼータ電位計、及びアガロースゲル電気泳動を使用して特徴付けした。ここで、N/P比は、キャリアペプチド由来のアミン基の数/pDNA由来のリン酸基の数を指す。
緑色蛍光タンパク質(GFP)をコードするP35S−GFP(S65T)−TNOS及びウミシイタケルシフェラーゼ(RLuc)をコードするP35S−RLuc−TNOSの2つの型のpDNAをレポーター遺伝子として使用した。全てのpDNAをコンピテントDH5α E.coli(Takara)中で増幅し、そしてEndofree Plasmid Giga Kit(Qiagen)を使用して精製した。キャリアペプチド−pDNA複合体を調製するために、0.5g/Lのキャリアペプチドを、pDNA溶液(約1.0mg/mL)と、種々のN/P比(0.5、1、2、5、10及び20)で25℃で混合した。複合体を混合の直後にゼータ電位計(Zetasizer Nano−ZS、Malvern Instruments Ltd)及び原子間力顕微鏡(Seiko Instruments)によって特徴付けした。
複合体を含有する溶液を、超純水(MilliQ)を使用して800μLの最終容量に希釈し、そしてゼータ電位及びサイズの測定のために使用した。試料のゼータ電位及びゼータ偏位をゼータ電位計によって3回測定し、そして平均データをZetasizerソフトウェアver 6.20(Malvern Instruments Ltd)を使用して得た。動的光散乱(DLS)を行って流体力学的直径を決定し、そして多分散指数(PDI)をゼータナノサイザー(Zetasizerソフトウェアver 6.20)を用いて、633nm He−Neレーザーを使用して、25℃で、173°の後方散乱検出角度で決定した。AFMによる観察は、複合体溶液を切断した雲母上に固定し、そして空気中室温でシリコンカンチレバーを使用し、1.3N/mのスプリング定数でタッピングモードで行った。カンチレバーチップ回転効果を算出して、複合体の真の寸法を以前に報告した方法を使用して得た(K.Numata,Y.Kikkawa,T.Tsuge et al.,Macromol Biosci 6(1),41,2006;K.Numata,T.Hirota,Y.Kikkawa et al.,Biomacromolecules 5(6),2186,2004)。ゲル遅延度アッセイのために、1.0μgのpDNAを含有する各々の試料40μLをローディングバッファーと混合し、そして1%アガロースゲル上で分析し(TAEバッファー、100V、30分)、臭化エチジウムで染色した。
DLSの結果(表1)に基づくと、R9−BP100−pDNA複合体及び(KH)
9−BP100−pDNA複合体の両方の平均流体力学的直径は、0.1〜20の範囲でN/P比が増加するに従って減少した。平均流体力学的直径に基づくと、0.5より大きなN/P比で調製したpDNA複合体は首尾よく形成された。他方、N/P比0.1のpDNA複合体は二峰性分布を示した。このことは、pDNA複合体の不均一な形成を示唆する。N/P比0.5及び1で調製した複合体の直径は約300nmを示し、一方、N/P比5、10及び20の複合体は約120nmの直径を示した。
【表1】
pDNA複合体を雲母上に固定し、そしてその形態をAFMによってイメージングした(
図2)。全ての複合体は均一な球状の複合体を形成し、そしてN/P比0.5、1及び20でのpDNA複合体はそれぞれ幅190±21nm、高さ12.8±5.3nm、幅98±17nm、高さ7.7±1.6nm、及び幅123±13nm、高さ9.1±2.2nmを示した(n=10)。pDNA複合体の体積に基づくと、DLSによって決定した寸法はAFMによるものより若干大きかった。これは、雲母上のpDNA複合体が空気中での乾燥によって収縮したからである(K.Numata,Y.Kikkawa,T.Tsuge et al.,Macromol Biosci 6(1),41,2006)。DLS及びAFMの結果により、両方のキャリアペプチドについて複合体が形成され、そしてそのサイズがN/P比の増加に従って明らかに減少することが確認された。
R9−BP100及び(KH)
9−BP100両方のpDNA複合体についてのゼータ電位は、0.5及び1のN/P比では負の値を示したが、2〜20の範囲のN/P比では正の値に増加した(
図3A)。このゼータ電位の飽和は、5のN/P比でペプチドがpDNA複合体の表面を覆ったことを示している。アガロースゲル電気泳動による複合体のイオン性相互作用及び電解安定性の評価結果を
図3B及びCに示す。0.5〜2のN/P比で調製したR9−BP100の複合体は、複合体無しのフリーのpDNAと同様にアガロースゲル電気泳動においてpDNAの移動を示した。移動したpDNAの量はN/P比が増加するに従って減少し、N/P比10及び20では移動は示されなかった。N/P比の増加とともにウェル中のバンドの強度が増加することは、pDNAがキャリアペプチドと結合して安定な複合体を形成したことを示している。(KH)
9−BP100の複合体も同じ挙動を示したが、少量のpDNAの移動がN/P比10まで依然として観察された(
図3C)。複合体の負の又は低い正のゼータ電位によって、R9−BP100のpDNA複合体についてはN/P比0.5〜5での、(KH)
9−BP100についてはN/P比0.5〜10での、電気泳動の間のアガロースゲル中へのpDNAの移動が説明される。より低いN/P比でより少量のキャリアペプチドによってもpDNAとの複合体は依然として形成されたが、これは電気泳動の間十分安定ではなく、いくらかのpDNAが複合体から遊離した。一方、キャリアペプチドと複合体を形成したpDNAはウェル中に固着した。より高いN/P比でより多量のペプチドによって、より安定なpDNA複合体が形成され、pDNAのアガロース中への遊離は少なく、より多くのpDNA複合体がウェル中に固着した。R9−BP100のpI及び分子量は12.55及び2827.56Daであり、(KH)
9−BP100のpI及び分子量(10.81及び3809.71Da)とは若干異なるので、両方の複合体のイオン性相互作用及び安定性は異なる。
実施例3 pDNA複合体による葉の処理
キャリアペプチド−pDNA複合体によりDNAを導入する標的としてベンサミアナタバコ(Nicotiana benthamiana)の葉を選択した。葉は植物の形質転換において複合的な役割を果たすからである。葉は葉緑体などの色素体(安定形質転換及び一過性形質転換を達成するために植物生物学者によって広く使用されている(Pal Maliga,Annu Rev Plant Biol,55,289,2004)、ミトコンドリア(Val Romain,Eliza Wyszko,Clarisse Valentin et al.,Nucleic Acids Res.1(13),2011)及び核(Zouhair Elghabi,Stephanie Ruf,and Ralph Bock,The Plant Journal 67,941,2011)などの豊富な資源を含有している。
タバコ葉を用いたインビボトランスフェクション実験を行って、キャリアペプチド−pDNA複合体が細胞壁を透過して植物細胞中へ遺伝子送達する能力を評価した。レポーター遺伝子としてのRLuc及びGFPをコードするpDNAと、R9−BP100及び(KH)
9−BP100との複合体をベンサミアナタバコ葉中に直接浸透させた。pDNA複合体の最も効率的なN/P比を0.1〜20の間で決定するために、トランスフェクション効率を、RLucアッセイを使用して定量的に特徴付けした。
標的となる植物は次のように調製した。ベンサミアナタバコの種子を、土壌(Pro−Mix)及びバーミキュライトの2:1混合物を含有する栽培媒体を含むポット中で発芽させた。ベンサミアナタバコ植物を、植物インキュベーター(Biotron NK System)中、24時間一定光の下で、29℃の温度で、3週間まで成長させた。
緑色蛍光タンパク質(GFP)及びウミシイタケルシフェラーゼ(RLuc)をコードするpDNAを含有する複合体溶液約100μLを、針無しのシリンジを使用してベンサミアナタバコの十分に広げた葉に直接浸透させた。処理したベンサミアナタバコをそれぞれ29℃及び21℃で一日当たり16時間の一定光の下、植物インキュベーター中で6日間までインキュベートした。RLuc遺伝子発現を定量的に評価するために、ウミシイタケルシフェラーゼアッセイ(Promega)を製造業者のプロトコルに従って行った(n=4)。
簡潔に記載すると、浸透させた葉を、12時間から144時間で定期的に、浸透させた区画の周囲1cm
2を切除することによってサンプリングし、そしてRenilla Luciferase Assay Lysis Buffer(Promega)を用いて溶解した。溶解物を手短に遠心分離し、そして上清をRenilla Luciferase Assay Substrate及びRenilla Luciferase Assay Buffer(Promega)と混合した。遺伝子発現を、マルチモードマイクロプレートリーダー(Spectra MAX M3、Molecular Devices Corporation)を使用して、光ルミネセンスの強度(相対的光単位)に基づいて評価した。上清中のタンパク質量をBCAタンパク質アッセイ(Pierce Biotechnology)を使用して決定し、そして相対的光単位/タンパク質重量(RLU/mg)を得た。RLuc遺伝子をコードするpDNAでのアグロバクテリウム(Agrobacterium)媒介形質転換を、本実験におけるポジティブコントロールとして使用した。
トランスフェクション効率の統計的な差を、両側分布を用いる独立t検定によって決定し、そしてp<0.05で統計的有意差ありとみなした。細胞生存性実験におけるデータを平均±標準偏差として表わす(n=4)。
N/P比0.1で調製した複合体は有意なトランスフェクションを示さなかった。一方、0.5より高いN/P比で調製した複合体のトランスフェクション効率はN/P比の増加とともに低下した。N/P比0.5で調製したR9−BP100及び(KH)
9−BP100両方の複合体は、他のN/P比に比較して最高のトランスフェクション効率を示した(
図4A)。このことは、動物細胞の場合と同様に(D.Fischer,T.Bieber,Y.Li et al.,Pharm Res 16(8),1273,1999)、過剰のポリカチオンが植物細胞に細胞毒性を誘発し、トランスフェクション効率を低下させたことを意味する。
以前の研究によれば(K.Numata,J.Hamasaki,B.Subramanian et al.,J Control Release 146(1),136,2010;K.Numata and D.L.Kaplan,Biomacromolecules 11(11),3189,2010;K.Numata,A.J.Mieszawska−Czajkowska,L.A.Kvenvold et al.,Macromol Biosci,2011;K.Numata,M.R.Reagan,R.H.Goldstein et al.,Bioconjugate Chemistry 22(8),1605,2011)、動物細胞中へのトランスフェクションのために最適な複合体は、より小さなそして僅かに正に荷電した複合体であった。しかし、本研究において、N/P比0.5で調製したキャリアペプチド−pDNA複合体(これは負に荷電しており、そして直径約300nmである)がタバコ葉中への最良のトランスフェクション効率を示した。細胞壁及び細胞膜の層構造を考慮すると、比較的小さくそして正に荷電したpDNA複合体(2より大きなN/P比)はイオン性相互作用及びサイズ効果により細胞壁中に捕捉され、N/P比0.5で調製した複合体よりも低いトランスフェクション効率が低くなったものと考えられる。
また、種々の時点で、R9−BP100及び(KH)
9−BP100とpDNAとの複合体によるトランスフェクション効率を測定し、本発明の遺伝子送達システムのための至適インキュベーション時間を決定した(
図4B)。R9−BP100及び(KH)
9−BP100両方のpDNA複合体は12時間で最高のトランスフェクション効率を示し、そしてそのトランスフェクション効率は144時間まで徐々に低下した。この経時変化の結果から、本発明のキャリアペプチドによる遺伝子送達が、比較的短時間にトランスフェクションを行うための傑出したシステムであることが示された。R9−BP100及び(KH)
9−BP100を用いた場合の全体的な傾向はほぼ同一であったが、そのトランスフェクション効率の経時変化は若干異なっていた(
図4B)。R9−BP100は、(KH)
9−BP100と比較してより早くそしてより短いトランスフェクション挙動を示した。トランスフェクション挙動におけるこの差は、細胞内でのプロテアーゼによる(KH)
9配列の分解がR9ペプチドに比較して遅いことに起因し得る。キャリアペプチドにおいて適切なアミノ酸配列を選択することにより、トランスフェクション挙動を変化させ、制御できることは注目すべきことである。
コントロール実験として、細胞透過性ペプチドBP100のみ、又はポリカチオン(KH)
9のみを用いてベンサミアナタバコ葉中へのpDNAのトランスフェクションを、0.5のN/P比を使用して12時間行った。その結果、それぞれ120±70及び340±60RLU/mgが示された。これらの値は
図4に示すような本発明のキャリアペプチドによる遺伝子送達に比較して有意に低かった。コントロールの結果に基づくと、細胞透過性配列とポリカチオン配列とを組み合わせた本発明のキャリアペプチドは、トランスフェクション効率を、細胞透過性ペプチド単独と比較して明らかに、約12倍増強する。これは、DNAが、キャリアペプチドにおける細胞透過性配列よりもポリカチオン配列と相互作用し、従って、イオン性複合体の表面に細胞透過性配列が優先的に存在し、そして細胞膜を透過するように機能するためと考えられる。
細胞内部のトランスフェクション挙動をさらに調べるために、GFPをコードするpDNAのトランスフェクションを、ベンサミアナタバコ葉を用いて蛍光顕微鏡法によっても観察した。葉において発現されたGFPを蛍光顕微鏡によって直接観察し(Axio Observer Z1、100×対物;Carl Zeiss)、イメージは、CCDカメラを使用して、AxioVision Rel 4.8ソフトウェア(Carl Zeiss)を用いて得た(
図5)。複合体溶液を浸透させた表皮細胞を、両方のペプチドを使用して部分的にトランスフェクトした。細胞内部を観察したところ、トランスフェクトした表皮細胞の核において最高のGFP発現が観察された(
図5、矢印1)。核におけるGFP発現もまた、本発明の遺伝子送達システムのトランスフェクション機能を示すものである。
実施例4 キャリアペプチド−dsRNA複合体の調製及び特徴付け
実施例1で合成したキャリアペプチド((KH)
9−BP100)とdsRNAの複合体を調製し、サイズ、表面電荷、ペプチドの二次構造、RNase耐性を評価した。また、動物細胞HEKにおけるRNAi実験を実施した。
siRNAを合成するために、以下の表に示すDNAオリゴヌクレオチドを設計した(J.Y.Yu,S.L.DeRuiter,D.L.Turner,Proc Natl Acad Sci U S A 99,6047,2002)。
【表2】
siRNA合成は、T7 RiboMAX Express RNAi System(Promega)を用いて実施した。RNA生成物を、QIAquick Nucleotide Removal kit(Qiagen)及びイソプロパノール沈殿を用いて精製し、20%ポリアクリルアミドゲル電気泳動において、siRNAマーカー(New England BioLabs)を用いて解析した。dsRNA(siRNA二本鎖)の形成のために、siRNA鎖を95℃で5分間加熱し、続いてゆっくりと25℃に冷却した。
2種類のdsRNA、すなわち、GFPの発現をサイレンシングするGFP5siRNAと、蛍ルシフェラーゼ(Luc)の発現をサイレンシングするGL3 siRNA(Qiagen)を使用した(表3)。
【表3】
キャリアペプチド−dsRNA複合体を調製するために、800nMのキャリアペプチドをdsRNA溶液(400nM)と、種々のキャリアペプチド/dsRNAモル比で(0.5、1、2、5、10及び20)、25℃で混合した。各サンプルにおける最終dsRNA量は、20pmolとした。複合体を、ゼータ電位計、円偏光二色性分析(CD、J−820、JASCO)及び原子間力顕微鏡(AFM)を用いて特徴づけした。ゼータ電位の測定、AFMによる観察及びサイズ(流体力学的直径)測定は、実施例2と同様に実施した。
キャリアペプチド−dsRNA複合体の二次構造を解析するため、dsRNAと複合体を形成する前及び形成した後のキャリアペプチドのCDスペクトルを25℃で測定した。CDスペクトルは、12nm・sec
−1のスピード及び1nmの解像度で記録し、3回スキャンした。データは、キャリアペプチドの分子量と濃度をそれぞれ3809.71g/mol及び0.8μMとして、残基モル楕円率で表した(
図6C)。
複合体のRNase耐性を評価するために、複合体をRNase(50ユニット、New England BioLabs)により、25℃で12時間処理した。RNase処理後のdsRNAを、アガロースゲル電気泳動(1%アガロースゲル、TAEバッファー、100V、30分)で分析し、臭化エチジウムで染色した(
図6D)。
HEK細胞に、Lipofectamine 2000(Invitrogen)を用いて蛍ルシフェラーゼをコードするpDNAをトランスフェクトした。6時間後、培地を交換し、dsRNA(20pmol)とキャリアペプチドを添加した。37℃で12時間細胞をインキュベートした後、ルシフェラーゼ遺伝子発現を評価するために、ルシフェラーゼアッセイを実施した(n=4)。マルチモードマイクロプレートリーダー(Spectra MAX M3;Molecular Devices Corporation)を用いて、光ルミネセンスの強度(相対的光単位)に基づいて、遺伝子発現を評価した。各ウェル中のタンパク質量は、BCAタンパク質アッセイ(Pierce Biotechnology)で測定した。そして相対的光単位/タンパク質重量(RLU/mg)を得た。測定値は、PBSで処理した細胞におけるルシフェラーゼ発現(Mock)に対する%で示した(
図6E)。ルシフェラーゼアッセイの統計的な差は、両側分布を用いる独立t検定によって決定し、そしてp<0.05で統計的有意差ありとみなした。
結果を
図6A〜
図6Eに示す。dsRNA及びキャリアペプチドの混合モル比が1:2の場合において、直径300nm程度、わずかに正の表面電荷を有するキャリアペプチド−dsRNA複合体が得られた(
図6A−B)。ペプチドの二次構造は、複合体の形成に伴い、ヘリックスからランダムコイルへと転移することがわかった(
図6C)。さらにキャリアペプチド量が増えるにつれてRNaseによる分解から保護されたことが示され(
図6D)、RNaseに対し高い耐性を示し、RNAキャリアとしての高い可能性を示した。RNAi試験では、70%程度のサイレンシング効率が示され、キャリアペプチド/dsRNAのモル比が1〜2で最大のルシフェラーゼに対するサイレンシング効果が観察された(
図6E)。
実施例5 キャリアペプチド−dsRNA複合体によるシロイヌナズナの葉の処理
dsRNAとキャリアペプチド((KH)
9−BP100)からなる複合体(混合モル比1:2)を用いて、YFPを過剰発現するシロイヌナズナ(Arabidopsisthaliana)の葉に対するRNAi試験を行った
YFP遺伝子を、アグロバクテリウム株MP90に導入し、さらに、野生型シロイヌナズナに導入した。トランスジェニック植物の種子を回収した。野生型シロイヌナズナ及びYFPトランスジェニックシロイヌナズナの種子を、土壌(Pro−Mix)及びバーミキュライトの2:1混合物を含有する栽培媒体を含むポット中で発芽させ、植物インキュベーター(Biotron NK System)中、16時間/8時間の明/暗条件下、21℃の温度で、成長させた。
dsRNA(20pmol)を含む約100μLの複合体溶液を、針無しのシリンジを使用してシロイヌナズナの十分に広げた葉に直接浸透させた(
図7D)。処理したシロイヌナズナを21℃で一日当たり16時間の一定光の下、植物インキュベーター中で36時間までインキュベートした。
浸透させた葉を、浸透させた区画の周囲1cm
2を切除することによってサンプリングし、そしてRenilla Luciferase Assay Lysis Buffer(Promega)を用いて溶解した。YFP遺伝子発現を、共焦点レーザー走査顕微鏡(CLSM,Leica Microsystems)で直接観察した。dsRNAをCy3で標識した。標識したdsRNA(20pmol)と(KH)
9−Bp100(キャリアペプチド/dsRNAモル比は2.0)の複合体を、シロイヌナズナの葉に浸透させた。12時間インキュベートした後、葉を回収してPBSで2回洗浄し、4’,6−ジアミジノ−2−フェニルインドール(DAPI,Lonza Walkersville,Inc.)のPBS溶液(300nM)とともに10分間、減圧下(約0.06MPa)でインキュベートした。Cy3標識dsRNA−キャリアペプチド複合体及びDAPIで染色した核の細胞内における分布を、CLSMにより、405nm、488nm及び555nmの励起波長で観察した。
RNAiの前及び後のシロイヌナズナの葉をPBSで洗浄して粉砕し、リシスバッファー(Promega)で溶解し、SDSポリアクリルアミドゲル(PAGE)電気泳動にかけた(Biorad)。分離したタンパク質をPVDF膜(Invitrogen)に転写した。非特異的結合のブロックは、TBS中の3%BSA溶液中に転写した膜を配置することにより行った。膜をYFPに対する一次抗体(Anti−GFP antibody[6AT316],Abcam)とともにインキュベートし、TBS/0.1%Tween20で洗浄し、続いて、ヤギ抗マウスIgG APコンジュゲート(Novagen,Merck KGaA)に結合させた二次抗体とともに、室温で1時間インキュベートした。タンパク質のブロットはNBT及びBCIP(Novagen)で発色させた。発色強度の定量データは、Image J 1.46r(NIH,MD)を用いて取得した。
結果を
図7A〜
図7Dに示す。YFPの明らかなサイレンシングがCLSM観察により明らかとなり、この結果はウェスタンブロットによる定量的な解析からも支持された。顕微鏡観察及びウェスタンブロットの結果を総合的に検討すると、複合体を葉に導入した9時間から12時間後に、YFPのRNAiが最も顕著に確認された。dsRNAをCy3でラベルし、細胞内の局在を確認したところ、dsRNAが核周辺等の細胞内に導入されていることも観察された(
図7E)。以上の結果から、キャリアペプチドをdsRNAキャリアとして用いることで、dsRNAを容易かつ短時間で植物へ導入できることが示された。
実施例6 巨大DNAの導入
ルシフェラーゼをコードした80kbpのプラスミドを枯草菌により調製し、キャリアペプチド((KH)
9−BP100)を用いてシロイヌナズナへ導入した。複合体を導入後12時間の葉からルシフェラーゼを抽出し、定量解析を行ったところ、有効なルシフェラーゼ活性を確認した。以上の結果から、キャリアペプチドを用いた遺伝子導入法により、パーティクルガン等では導入不可能な巨大遺伝子(プラスミド)も、導入可能であることが示された。
実施例7 オルガネラ選択的な遺伝子導入
ミトコンドリア移行配列(Cytochrome coxidase subunit IV(酵母))及びポリカチオン配列を含むキャリアペプチドを合成した。すなわち、(MLSLRQSIRFFKKHKHKHKHKHKHKHKHKH)(配列番号43)を固相ペプチド合成によって合成した。MLSLRQSIRFFK(配列番号44)がミトコンドリア移行配列を表し、KHKHKHKHKHKHKHKHKHがポリカチオン配列を表す。そして、合成したキャリアペプチドとミトコンドリアで機能するプラスミドベクター(pDONRcox2p:rluc/gfp)との複合体を調製した。上記実施例と同様に、複合体をシロイヌナズナの葉へ導入し、ミトコンドリアにおけるレポーター遺伝子(Renilla Luciferase)の発現を定量的に評価した。ミトコンドリア特異的に機能するプロモーター(cox)を使用することにより、ミトコンドリアへの特異的導入が行われたかどうかを判定した。
結果を
図8A〜
図8Bに示す。キャリアペプチドとプラスミドの混合比(N/P=0.5、1及び2)が、ミトコンドリアへの遺伝子導入効率へ与える影響を評価したところ、N/P=0.5が高い優位差を示した(
図8A)。遺伝子導入効率の時間変化においては、12時間から24時間後において高い遺伝子発現が確認された(
図8B)。以上の結果から、オルガネラ移行配列をキャリアペプチドの配列に加えることで、比較的短時間(12時間から24時間)でオルガネラ特異的な遺伝子導入が可能となることが示された。