【実施例】
【0029】
負極活物質ペーストは、ボールミル法による鉛粉に、所定量の鱗片状グラファイト(平均粒子径は150μm)と、所定量の硫酸バリウム(平均1次粒子径は0.79μm、平均2次粒子径は2.5μm)及び、カーボンブラック、防縮剤のリグニン、補強材の合成樹脂繊維を混合したものを用いた。以下、含有量は、既化成で満充電後の負極活物質中の質量%濃度で示す。鱗片状グラファイトの含有量は、0mass%から2.5mass%の範囲で変化させた。グラファイトは大きな高導電性の粒子から成ることが重要で、グラファイトの種類は任意であり、平均粒子径は10μm以上300μm以下が好ましい。なお、満充電とは、15 分ごとに測定した充電中の端子電圧又は温度換算した電解液密度が3回連続して一定値を示すまで5時間率電流で充電した状態をいう。
【0030】
硫酸バリウム含有量は、満充電後の負極活物質量に対して0.6mass%〜4.0mass%の範囲で変化させた。硫酸バリウムの平均1次粒子径は例えば0.3μm以上2.0μm以下、平均2次粒子径は例えば1.0μm以上10μm以下とする。リグニン含有量は0.2mass%としたが、濃度は任意で、リグニンに代えてスルホン化したビスフェノール類の縮合物等の合成防縮剤を用いても良い。補強材含有量は0.1mass%としたが、含有量及び合成樹脂繊維の種類は任意である。また鉛粉の製造方法、酸素含有量等は任意で、他の添加物、水溶性の合成高分子電解質等を含有させても良い。
【0031】
前記の混合物を水と硫酸とでペースト化し、アンチモンフリーのPb-Ca-Sn系合金から成るエキスパンドタイプの負極格子に充填し、熟成、乾燥を施した。負極板1枚当たりの負極活物質の充填量は例えば30g以上70g以下であればよい。なお水量を変えて、負極活物質の密度を3.4g/cm
3以上4.1g/cm
3以下の範囲で調整した。また負極格子は鋳造格子、打ち抜き格子等でも良い。
【0032】
正極活物質ペーストは、ボールミル法による鉛粉に、既化成で満充電後の含有量で、金属換算で0mass%および0.04mass%の三酸化アンチモン粉と、0.1mass%の補強材の合成樹脂繊維とを混合し、水と硫酸とでペースト化したものを用いた。このペーストをアンチモンフリーのPb-Ca-Sn系合金から成るエキスパンドタイプの正極格子に充填し、熟成、乾燥を施した。鉛粉の種類と製造条件は任意である。なお化成後の正極活物質の密度が4.1g/cm
3となるように調整したが、例えば3.5g/cm
3以上4.8g/cm
3以下であればよい。また正極格子は鋳造格子、打ち抜き格子等でも良い。
【0033】
未化成の負極板をベースからリブが突出したポリエチレンセパレータ(平均細孔径0.1μm)で包み、ベースとリブの合計厚さを0.7mmに固定した。セパレータのベース厚は例えば0.15mm以上0.25mm以下であればよく、実施例ではベース厚が0.20mmと0.25mmのセパレータを使用した。なお正極板と負極板との間隔は0.7mmで、例えば0.5mm以上0.9mmとする。未化成の負極板7枚と未化成の正極板6枚とを交互に積層し、負極板、正極板それぞれをストラップで接続して極板群とした。これ以外に、負極板と正極板を共に7枚とした極板群も作製した。極板群を電槽のセル室に収容し、20℃で比重1.285の硫酸を加えて電槽化成し、B20サイズで5時間率容量が30Ahの液式鉛蓄電池とした。セパレータは例えば合成樹脂製で、ベース厚、合計厚さ等は任意である。なおセパレータのベース厚は、特許請求の範囲の発明とは関係がない。また正極活物質中のアンチモンも特許請求の範囲の発明とは関係がない。鉛蓄電池当たりの正極活物質の質量Pと負極活物質の質量Nの比N/Pは例えば0.62以上0.95以下であればよい。
【0034】
図1は、鉛蓄電池2の要部を示し、4は負極板、6は正極板、8はセパレータで、10は硫酸を主成分とする電解液である。負極板4は負極格子12と負極活物質14とから成り、正極板6は正極格子16と正極活物質18とから成る。セパレータ8はベース20とリブ22とを備える袋状で、袋の内部に負極が収納され、リブ22が正極板6側を向いている。ただしリブ22を正極板に向けてセパレータ8に正極板6を収納しても良い。また、セパレータは正極板と負極板を隔離していれば、袋状である必要はなく、例えばリーフレット状のガラスマットやリテーナマット等を用いても良い。
【0035】
鉛蓄電池2の材料の定量方法を示す。満充電後の鉛蓄電池2を解体し、負極板4を水洗及び乾燥して硫酸分を除去し、負極活物質14を採取する。負極活物質を粉砕し、300g/L濃度の過酸化水素水を、負極活物質100g当たり20mL加え、さらに60mass%の濃硝酸をその3倍容のイオン交換水で希釈した(1+3)硝酸を加え、撹拌下で5時間加熱し、鉛を硝酸鉛として溶解させる。次いで濾過により、グラファイト、カーボンブラック、硫酸バリウム、補強材を分離する。
【0036】
濾過によって得られた固形分を水中に分散させる。補強材が通らない篩い、例えば径が1.4mmの篩いを用い、分散液を2回篩いを通して、水洗をおこない補強材を除去する。次いで例えば3000rpm×5分の遠心分離を施し、カーボンブラックとグラファイトを上澄みおよび上方沈殿から抽出し、下方沈殿から硫酸バリウムを抽出する。
【0037】
次に、抽出したカーボンブラックおよびグラファイトの分離にも遠心分離を用いる。なお、負極活物質用ペーストには、カーボンブラックおよびグラファイトは有機防縮剤とともに添加され、化成後の負極活物質中においても、有機防縮剤の界面活性効果によって、カーボンブラックおよびグラファイトはその凝集体が崩れた状態で存在する。しかしながら、上記一連の分離操作において有機防縮剤は水中に溶出して失われていることから、カーボンブラックおよびグラファイトを水中に分散させた後、有機防縮剤を加えて撹拌し、これらの凝集体を再び崩した状態で遠心分離をおこなう。
【0038】
有機防縮剤は鉛蓄電池に添加されるものであればよく、実施例ではリグニンスルホン酸塩である日本製紙株式会社製バニレックスNを用いた。また、実施例では、水100mLに対して15gの有機防縮剤を添加して撹拌操作を実施した。
【0039】
上記操作の後、3000rpm×5分の遠心分離操作を実施し、上澄みおよび沈殿物を全て、グラファイトが実質的に通過せず、カーボンブラックが通過する篩いを通過させることで両者を分離した。実施例において、篩いは20μmのものを用いた。なお、これより粒子径の小さいグラファイトを用いた場合でも、5μmまでの粒子径であれば篩いの目詰まりによりグラファイトは実質的に篩いを通過しない。上記一連の操作で分離した硫酸バリウム、グラファイト、カーボンブラックを水洗乾燥した後にそれぞれの重量を秤量する。
【0040】
電解液中のアルミニウムイオン濃度は、電解液を抽出し、ICP分析により定量する。なお、カーボンファイバはグラファイトと同様にして分離できる。
【0041】
負極活物質密度の定量方法を示す。既化成で満充電状態の負極活物質を水洗乾燥し、未粉砕の状態で、
a)閉気孔を含んだ負極活物質の見かけ密度(g/cm
3)を例えばピクノメーター法により測定し、
b)負極活物質単位質量あたりの開気孔体積(cm
3/g)を例えば水銀圧入法にて測定し、
c)1÷[(1÷負極活物質の見かけ密度)+(負極活物質単位質量あたりの開気孔体積)]、により負極活物質の密度を求める。なお(1÷負極活物質の見かけ密度)は負極活物質の1g当たりの体積である。以上のように、本発明における負極活物質の密度は、既化成で満充電後の負極活物質における、閉気孔と開気孔と正味の負極活物質とからなるものの密度である。上記の密度を求める方法は任意であり、上述した測定方法に限定されるものではなく、例えば水洗乾燥後の負極活物質を水銀圧入試験用の容器に充填し、負極活物質の質量を測定し、次いで100μm以上の細孔径の開気孔まで水銀が満たされるように水銀を圧入した負極活物質の体積を測定する。この体積で負極活物質の質量を割り、負極活物質の密度としてもよい。
【0042】
鉛蓄電池2に対し、回生充電受入性を測定し、さらにPSOC寿命試験と浸透短絡試験とを行った。満充電した鉛蓄電池を、電解液温度が25℃で、5時間率電流により5時間率容量の10%だけ放電させ、12時間室温で放置し、2.42V/セルで充電時の、最初の10秒間の電気量を回生充電受入性とした。
【0043】
PSOC寿命試験の内容を
図2と、表1とに示し、1CAは例えば5時間率容量が30Ahの電池の場合は30Aで、40℃気は40℃の気槽中で試験したことを示す。表1の試験パターンで、端子電圧が1.2V/セルに到達するまでのサイクル数を、PSOC寿命とする。表2に示す浸透短絡促進試験パターンを5サイクル行い、5サイクル後に鉛蓄電池を解体して、短絡が発生した鉛蓄電池の割合(浸透短絡の発生率)を調べた。なお25℃水は25℃の水槽中で試験したことを示す。
【0044】
【表1】
【0045】
【表2】
【0046】
結果を表3に示し、浸透短絡の発生率以外のデータは、表の先頭の試料を100%とする相対値で示す。正極活物質中のアンチモン濃度は0.04mass%に固定し、セパレータのベース厚は0.25mmに固定した。
【0047】
【表3】
【0048】
表3及び
図3から、グラファイトはPSOC寿命を向上させ、この一方で浸透短絡を促進することが分かる。グラファイトを2.5mass%含有させるとPSOC寿命の点でも、浸透短絡の点でも性能が低下した。PSOC寿命と浸透短絡の抑制との兼ね合いから、グラファイトの最適濃度範囲は0.5mass%以上で2.0mass%以下であることが分かる。
【0049】
表3及び
図3から、グラファイトの含有量を2.0mass%以下とすることによって、浸透短絡が抑制されることが分かる。この効果は、硫酸バリウムの含有量が3.0mass%以下のときに顕著に認められる。なお、仮に、過放電になりにくい条件下で充放電サイクルを繰り返した場合、グラファイトが原因の浸透短絡は発生しにくくなる。
【0050】
表3及び
図4から、硫酸バリウムを含有させると浸透短絡を抑制できることが分かる。また、PSOC寿命が向上することも分かる。硫酸バリウムによる浸透短絡抑制の効果は、その含有量が1.2mass%以上のときに顕著に認められる。この一方で、硫酸バリウムは回生充電受入性を低下させる。また、グラファイト含有量が1.5mass%以上で硫酸バリウム濃度を4.0mass%とすると、ペーストが硬くなり過ぎ格子への充填が困難になった。PSOC寿命及び浸透短絡の抑制と、回生充電受入性及び格子への充填の容易さとの兼ね合いから、最適濃度範囲は1.2mass%以上で3.0mass%以下であることが分かる。
【0051】
表3及び
図5から、負極活物質の密度を増加させると、回生充電受入性が向上することが分かる。またPSOC 寿命が向上することも分かる。回生充電受入性の向上効果は負極活物質密度が3.6g/cm
3以上のときに顕著に認められる。一方で、負極活物質の密度が4.1g/cm
3以上では浸透短絡が高い割合で生じる。この一方で4.0g/cm
3では浸透短絡の発生は許容範囲内であった。これらのことから、負極活物質の密度は3.6g/cm
3以上で4.0g/cm
3以下とする。
【0052】
【表4】
【0053】
表4及び
図5から、負極活物質の密度を4.0g/cm
3以下とすることによって、浸透短絡を抑制することができることが分かる。この効果が顕著に得られることから、負極活物質の密度は3.8 g/cm
3以下とすることが好ましい。
【0054】
【表5】
【0055】
負極活物質の密度を4.0g/cm
3以下とすることによる浸透短絡抑制の効果は、負極活物質にグラファイト等が含まれるときに顕著に認められる。浸透短絡はグラファイト等が含まれるときに顕著に発生するからである。また、この効果は、硫酸バリウムの含有量が3.0mass%以下のときに顕著に認められる。3.0mass%を超える範囲では、硫酸バリウムによる浸透短絡抑制の効果が大きいので、負極活物質の密度を4.0g/cm
3以下とすることによる浸透短絡抑制の効果が相対的に小さくなって、その結果、当該効果が認めがたくなるからである(表5)。
【0056】
表3及び
図6から、カーボンブラックを含有させると浸透短絡をさらに抑制できることがわかる。また、PSOC寿命を向上できることも分かる。カーボンブラックによる浸透短絡抑制の効果は、その含有量が0.1mass%以上のときに顕著に認められる。しかしながら1.2mass%のカーボンブラックを含有させると、電極ペーストが硬すぎて充填が困難になるので、含有させる場合は、0.1mass%以上1.0mass%以下の含有量が好ましい。
【0057】
【表6】
【0058】
カーボンブラックによる浸透短絡抑制の効果は、グラファイト等が含まれている場合に顕著である。浸透短絡はグラファイト等が含まれるときに顕著に発生するからである。表6に示した通り、グラファイトが含まれない場合、カーボンブラックを0.1mass%添加しても浸透短絡の発生率は変化しないが、グラファイトが含まれる場合は、カーボンブラックの添加により浸透短絡の発生率が20%から0%になっていることがわかる。このことから、カーボンブラックによる浸透短絡抑制の効果は、グラファイト等が含まれている場合に顕著であると言える。
【0059】
カーボンブラックによる浸透短絡抑制の効果は、硫酸バリウムの含有量が3.0mass%以下の時に顕著である。なぜなら、硫酸バリウムの含有量が3.0mass%以下の範囲では、硫酸バリウム自体が有する浸透短絡抑制効果がいくらか不十分となるからであり、その分、カーボンブラックによる浸透短絡抑制の効果が発揮される余地があるからである。
【0060】
カーボンブラックによる浸透短絡抑制の効果は、負極の密度が3.6 g/cm
3より大きい範囲において特に顕著である。なぜなら、グラファイト等に基づいて発生する浸透短絡は、負極電極材料の密度が3.6 g/cm
3以上の範囲において顕著に認められるものだからである。
【0061】
表3及び
図7から、電解液中のアルミニウムイオンにより、浸透短絡をさらに抑制し、PSOC寿命も向上させることができることがわかる。アルミニウムイオンによる浸透短絡抑制の効果は、その含有量が0.02mol/L以上のときに顕著に認められる。これらのことと、0.3mol/L では低温高率放電性能が低下することとから、含有させる場合は0.02mol/L以上0.2mol/L以下の濃度が好ましい。
【0062】
【表7】
【0063】
表3では、正極活物質中に0.04mass%のアンチモンを含有させているが、表7のようにアンチモンを含有させなくても、結果は同様である。このように正極活物質中のアンチモンは、この発明とは関係がない。
【0064】
表7はセパレータのベースの厚さを0.2mm、正極活物質中のアンチモン濃度を0mass%,負極活物質の密度を3.6g/cm
3とした際の結果を示し、カーボンブラックとアルミニウムイオンは共に無添加である。浸透短絡の発生率以外のデータは、表の先頭の試料を100%とする相対値で示す。セパレータのベースの厚さを変化させ、かつ正極活物質にアンチモンを添加しなくても、表3と同様に、回生充電受入性が高く、浸透短絡が少ない鉛蓄電池が得られることが分かる。
【0065】
【表8】
【0066】
表8は、負極活物質の密度を高めることにより、負極板の体積が小さくなることを利用し、極板構成を正極/負極共に7枚とした実施例を示す。浸透短絡の発生率以外のデータは、表3の先頭の試料(A1)を100%とする相対値で示す。負極活物質の密度を増したことにより、負極板の厚さが減少するので、正負の極板を同枚数とすることが可能になる。なおカーボンブラックとアルミニウムイオンは共に無添加である。また群長は極板群の積層方向の長さを示し、電槽のサイズから28.0mm以下が好ましい。正極板を1枚追加することにより浸透短絡が抑制されることが分かる。また、回生充電受入性やPSOC寿命が向上することも分かる。
【0067】
実施例ではPSOC寿命に優れ、浸透短絡が少ない鉛蓄電池が得られるので、セパレータをガラスマット等として、制御弁式の鉛蓄電池としても良い。