(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6340014
(24)【登録日】2018年5月18日
(45)【発行日】2018年6月6日
(54)【発明の名称】摺動エレメント
(51)【国際特許分類】
F16J 9/26 20060101AFI20180528BHJP
F16C 33/10 20060101ALI20180528BHJP
C23C 14/06 20060101ALN20180528BHJP
【FI】
F16J9/26 C
F16C33/10 Z
!C23C14/06 F
!C23C14/06 N
【請求項の数】11
【全頁数】6
(21)【出願番号】特願2015-553046(P2015-553046)
(86)(22)【出願日】2014年1月8日
(65)【公表番号】特表2016-510388(P2016-510388A)
(43)【公表日】2016年4月7日
(86)【国際出願番号】EP2014050207
(87)【国際公開番号】WO2014111294
(87)【国際公開日】20140724
【審査請求日】2016年6月22日
(31)【優先権主張番号】102013200846.5
(32)【優先日】2013年1月21日
(33)【優先権主張国】DE
(73)【特許権者】
【識別番号】509340078
【氏名又は名称】フェデラル−モーグル ブルシェイド ゲーエムベーハー
【氏名又は名称原語表記】FEDERAL−MOGUL BURSCHEID GMBH
(74)【代理人】
【識別番号】100089118
【弁理士】
【氏名又は名称】酒井 宏明
(72)【発明者】
【氏名】イヴァノヴ,ユーリー
(72)【発明者】
【氏名】ケネディ,マルクス
(72)【発明者】
【氏名】ラマーズ,ラルフ
(72)【発明者】
【氏名】ツィナボルト,ミヒャエル
【審査官】
長谷井 雅昭
(56)【参考文献】
【文献】
特開2003−026414(JP,A)
【文献】
特開2012−202522(JP,A)
【文献】
特開2004−010923(JP,A)
【文献】
特表2013−509497(JP,A)
【文献】
特開2006−008853(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 9/26
F16C 33/10
C23C 14/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくともひとつの滑り面を有する摺動エレメント、特にピストンリングであって、前記摺動エレメントのベース材の少なくともひとつの滑り面にコーティングを有し、前記コーティングは、内側から外側に向かって、少なくとも第1接着層、ハード無水素DLC層、第2接着層、前記ハード無水素DLC層より柔らかいソフト水素含有、金属含有および/または金属カーバイド含有DLC層、および、前記ソフト水素含有、金属含有および/または金属カーバイド含有DLC層より硬いハード水素含有DLC層を備える、摺動エレメント。
【請求項2】
前記ハード無水素DLC層は、1800と3500HV0.02との間の硬度を有し、前記ソフト水素含有、金属含有および/または金属カーバイド含有DLC層は、800と1400HV0.002との間の硬度を有し、前記ハード水素含有DLC層は1800と3100HV0.002との間の硬度を有する、請求項1に記載の摺動エレメント。
【請求項3】
前記ハード水素含有DLC層と、前記ソフト水素含有、金属含有および/または金属カーバイド含有DLC層との間の硬度の差は、1.2から4.4のファクタに対応する、請求項1または2に記載の摺動エレメント。
【請求項4】
前記ソフト水素含有、金属含有および/または金属カーバイドDLC層は、タングステン、タングステンカーバイド、シリコン、シリコンカーバイド、クロム、および、クロムカーバイドからなる群から選択される少なくとも一つの相を有する、請求項1から3のいずれか一項に記載の摺動エレメント。
【請求項5】
前記第1および/または第2接着層は、金属を含有する、請求項1から4のいずれか一項に記載の摺動エレメント。
【請求項6】
前記金属は、クロムである、請求項5に記載の摺動エレメント。
【請求項7】
前記コーティングは、全厚が5μmから50μmである、請求項1から6のいずれか一項に記載の摺動エレメント。
【請求項8】
前記第1接着層を含む前記ハード無水素DLC層の前記厚さと、前記第2接着層を含む前記水素含有DLC層の前記厚さの層厚比は、1.1と12との間である、請求項1から7のいずれか一項に記載の摺動エレメント。
【請求項9】
前記ベース材はスチールまたは鋳造材料からなる、請求項1から8のいずれか一項に記載の摺動エレメント。
【請求項10】
前記ハード無水素DLC層、前記ソフト水素含有、金属含有および/または金属カーバイド含有DLC層、および、前記ハード水素含有DLC層から選択される少なくともひとつの層の表面はスムースにされている、請求項1から9のいずれか一項に記載の摺動エレメント。
【請求項11】
前記ハード水素含有DLC層は、前記ハード無水素DLC層よりも柔らかい、ことを特徴とする請求項に記載1から10のいずれか一項に記載の摺動エレメント。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、摺動エレメント、特に、ピストンリングに関する。
【0002】
摺動エレメント、例えば、ピストンリングは、それが摩擦相手と摺動接触する滑り面を有する。トライボロジカルシステムは複雑で、かつ、摩擦軸受相手のペリング材料、および圧力、温度および包囲媒体などの環境条件によって有意に決定される。近年のエンジンにおいて、特に高負荷がピストンリングに生じる。部品の機能を保証しかつ寿命を延ばすために、摺動エレメントの滑り面の特性が有意に最適化される。
【背景技術】
【0003】
この最適化は、しばしば、例えば熱スプレー処理、ガルバニック処理、または、薄膜技術処理によって、複雑な層システムを適用することを含む。この層の主な目的は、摩耗に対する保護を与えることであり、高い硬度の層に関心がある。ダイヤモンド状カーボン層(ダイヤモンドライクカーボン、DLC)は特に硬く、耐久性が高い層であることが証明されている。これは、C−C結合特性、および、炭素の異なる結合画分を変化させることにより、また、水素および金属の存否により、さまざまに変更可能である。しばしば接着層は、これらの摩耗保護層の下に適用される。それは、高負荷摩耗保護層と摺動エレメントのベース材との強い結合および耐久性を特に保証する。
【0004】
しかし、非常に硬いDLC層の独占的な使用は、いくつかの技術的問題を導く。この層の表面は、表面において高圧表面亀裂が生じ、層システムが崩壊しないように、非常にスムースでなくてはならない。また、リング摩耗およびライナー摩耗は摩耗保護層の表面粗さによって有意に増加することが示された。したがって、使用する前に、摩耗保護層の表面をできるだけスムースにする必要がある。しかし、これは、技術的な困難を伴い、非常にコストがかかる。例えば、欧州特許第1829986号B1には、この硬いカーボンベース層を、とげ状または板状エレメントによって処理する方法が記載されている。一方、非常に硬い摩耗保護層は、不所望ななじみ特性を有する。高い硬度のため、摩擦相手の犠牲によってなじみが生じる。摩擦相手は、なじみ層において、摩耗の増加が生じ、さらに、ひっかき傷および/または焼け跡が生じる。
【0005】
なじみ特性を考慮して、摩耗保護層より柔らかいなじみ層をその上に与えることが有効である。この層の目的は、なじみ層が摩擦相手と最初に接触するときに剥がされ、そうしながら摩擦相手の往復調節を実行するという、トライボロジカルバランスを生成することである。なじみ相につづいて、摩耗は低減し、強化される。ハードな摩耗保護層はその後、長期間の好適な摩擦特性および長寿命を保証する。
【0006】
独国特許第102005063123号B3には、内側から外側に向かって、摩耗保護層、接着層、および、例えば、WCのようなハード材料粒子を含むMe−C:Hタイプのなじみ層を有する摺動エレメント上の層システムが記載されている。
【0007】
独国特許第102008042747号A1には、内側から外側に向かって、接着層、PVD層、a−C:H:Wタイプの任意のカーボンベース層、a−C:Hタイプのカーボンベース層、および、a−C:Hタイプのカーボンベース層を有するコーティングを含む摺動エレメントが記載されている。外側のカーボン層は下側カーボン層よりも柔らかく与えられる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本願発明は、最適な機械的およびトライボロジカル特性を有する摺動エレメント、特に、内燃エンジン用のピストンリングを作成することを目的とする。具体的には、表面が好適ななじみ特性、すなわち、なじみ時間が短く、カウンタボディの摩耗が減少し、かつ、なじみ動作中に燃料およびオイル消費が少ない、摺動エレメントを与えることを目的とする。また、摺動エレメント表面の改良された処理可能性が達成される。
【0009】
本願発明に従い、上記目的は請求項1に従う摺動エレメントによって解決される。本願発明の有利な実施形態および変形例は従属項に記載の特徴によって達成される。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願発明に従う摺動エレメント、特に、ピストンリングは、少なくともひとつの滑り面を有する。当該滑り面は内側から外側に向かって、少なくとも第1接着層、ハードな無水素DLC層、第2接着層、ハード無水素DLC層より柔らかいソフト水素含有、金属含有および/または金属カーバイド含有DLC層、および、ソフト水素含有、金属含有および/または金属カーバイド含有DLC層より硬いハード水素含有DLC層を有するコーティングを含む。
【発明を実施するための形態】
【0011】
内側ハード無水素DLC層は、なじみ動作後に、摺動エレメントの長期間にわたる動作中の摩耗保護が与えられ、よって摺動エレメントの良好な機能性および動作寿命が保証される。この機能を最適に達成するために、ta−Cタイプの層、すなわち、四面体、無水素、アモルファスカーボン層が好適に選択される。それは、高い硬度を達成する特徴を有する。
【0012】
ソフト水素含有、金属含有および/または金属カーバイド含有DLC層は、上述したDLC層に比べ、比較的柔らかいが、好適な摩擦性質を有する。好適には、この層は、四面体、無水素、アモルファスカーボン層(ta−C)として、または、水素含有アモルファスカーボン層(a−C:H)として、または、金属含有および水素含有アモルファスカーボン層(Me−DLC)として形成される。ソフトDLC層は、2つのハードDLC層間の補強中間層として作用する。したがって、発生する高いせん断力に対抗して層システムが強化される。
【0013】
コーティングの最後の外側層は、ハード水素含有DLC層によって形成される。この層は、好適には内側ハードDLC層よりわずかに柔らかくかつ低い摩耗耐性を有するように構成される。これにより、内燃エンジン内の摺動エレメントの使用の前のスムージング処理より比較的廉価で、小さい表面粗さが達成される。したがって、層はなじみ層として適しており、それによってシリンダ滑り面を有するピストンの良好ななじみ特性が実現される。それは、全体として短いなじみ時間、減少したカンターボディ摩耗および少ない燃料およびオイル消費並びに、なじみ相でのブローバイと関連する。
【0014】
層システムはさらに、コーティングがなじみ相中の高い負荷の間にその一体性および機能を失わないように、内側ハードDLC層とソフトDLC層との間で良好な接着を与える2つの接着層によって形成される。第1の接着層は滑り面のベース材に対する接着剤として機能し、これにより全体としてコーティングの耐久性および機能性に対する基礎が形成される。
【0015】
選択されたDLC層との間の層材料は、水素含有量または添加金属の種類を変化させることにより、コーティング内で個別に使用することに関して層特性の良好な最適化をもたらす。全体として、摺動エレメントの寿命全体を通じて、一定の低い摩擦によって特徴づけられる層システムが生成される。
【0016】
好適には、ハード無水素DLC層は、約1800から約3500HV0.02の硬度を有し、ソフト水素含有、金属含有および/または金属カーバイド含有DLC層は、約800から約1400HV0.002の硬度を有し、ハード水素含有DLC層は約1800から約3100HV0.002の硬度を有する。上述したように、硬度の差は、コーティング中の個々の層の異なる機能に基づく。内側ハード無水素DLC層の最大硬度は、長寿命の耐久性を保証する。ソフトDLC層との間の中間層の低い硬度はコーティングの機械的安定性にとって有利である。外側のハード水素含有DLC層のわずかに減少した最大硬度は摺動エレメントのなじみ性質に対して有利であることが証明された。改良されたなじみ特性により、互いの摩擦相手のトライボロジカル安定性、および、滑り相手のジオメトリに対して摺動エレメントのより良い調節が生じる。このため、所与の範囲の値の硬度が特に好適であることが証明された。
【0017】
コーティングの機能および利用可能性を保証するべく、ハードDLC層とソフトDLC層との間の硬度の差は、約1.2から約4.4のファクタに対応するのが好ましい。硬度の差がそれより小さいと、非常に近似した層特性を有する同質の層システムとなり、例えば、機械的安定性または最適ななじみ特性または良好な長寿命耐久性の効果が失われる。他方で硬度の差がそれより大きいと、ほとんど意味がない技術となり、なんら効果を為さない。
【0018】
ソフト水素含有、金属含有および/または金属カーバイド含有DLC層は、タングステンおよび/またはタングステンカーバイドおよび/またはシリコンおよび/またはシリコンカーバイドおよび/またはクロムおよび/またはクロムカーバイドを含む。水素含有アモルファスカーボン層内に含まれるW、Si、Cr元素および/または、それらのカーバイドは安定化特性と摩擦特性との間で良好な妥協を構成する。
【0019】
好適には、第1および/または第2接着層は、金属含有、特に、Crを含有する。接着層は、例えば、物理気相成長方法によって低温プラズマ処理によって生成される。
【0020】
好適に、摺動エレメントの滑り面のコーティングは、約5μmから約50μmの全厚を有する。この範囲の層厚は、なじみ層および強化層が、その機能を実行するのに十分に厚く、摩耗保護層は、連続動作中に良好な摩擦性質を保証するのに十分な物である。
【0021】
第1接着層を含むハード無水素DLC層の厚さと第2接着層を含む2つの水素含有DLC層の厚さとの間の層厚比は、約1.1から約12である。したがって、好適な層構造は、なじみ層として作用するDLC層が、常に摩耗保護層として作用するDLC層より薄くなるように構成される。層厚比は、摺動エレメントの動作条件に応じて、この値の範囲で有利に変更可能であり、比較的厚いなじみ層または比較的薄いなじみ層が実現される。
【0022】
摺動エレメントのベース材は、スチールまたは鋳造材料から形成される。これらの材料は、ピストンリング等の高負荷摺動エレメントに対して特に有利なベース材であることが証明された。
【0023】
また、少なくともひとつのDLC層の表面は、機械的にスムースとなっている。できるだけスムースである摩擦面は、リング摩耗およびライナー摩耗の有意な減少に寄与する。
【0024】
本願発明を実施する方法
本願発明の他の実施形態として、複雑な層システムが考えられる。当該層システムにおいて、最初に、第1のクロム含有接着層がスチールまたは鋳造材料等の摺動エレメントのベース材に適用される。その後、ハード無水素DLC層がこの層に適用され、それが全体として層システムの長寿命を保証する。続いて、金属含有接着層、金属せん断力を吸収しかつ強化層として作用する比較的柔らかいソフト水素含有、金属含有および/または金属カーバイド含有DLC層が順に形成される。層システムは、その表面で、ハード水素含有DLC層によって完成される。それは、内側ハード層より低い最大硬度を有し、摺動エレメントのなじみ層として作用する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0025】
【特許文献1】欧州特許第1829986号明細書
【特許文献2】独国特許第102005063123号明細書
【特許文献3】独国特許第102008042747号明細書