【課題を解決するための手段】
【0014】
前記目的を達成すべく、本発明による張弦梁構造体の一態様は、上弦材と、該上弦材から垂下される束材と、該束材にて支持される下弦材と、を有する張弦梁構造体であって、
前記張弦梁構造体の左右端側において、隣接する前記束材の間には、前記上弦材に荷重が載荷された際に圧縮力が作用する圧縮力負担斜材が配設されており、前記上弦材の座屈長さが該上弦材のスパンの1/2未満であることを特徴とする。
【0015】
本態様によれば、張弦梁構造体の左右端側において、隣接する束材の間に圧縮力負担斜材が配設されていることにより、上弦材の座屈長さを上弦材のスパンの1/2未満とすることができる。
【0016】
ここで、「上弦材に荷重が載荷された際に圧縮力が作用する」とは、例えば上弦材のスパンの1/2の所謂不均等荷重等がスパンの左側もしくは右側もしくは中央に作用した場合や、上弦材の全スパンに亘る均等荷重が作用した場合において、斜材に圧縮力が作用することを意味する。ここで言う荷重には、積雪荷重や風による吹き下ろし荷重、地震時の鉛直荷重等が含まれる。圧縮力負担斜材であることから、従来の引張材のように引張力に対抗できることは勿論のこと、作用する圧縮力にも抗し得る斜材である。
【0017】
特許文献1に記載の引張材である斜材は、圧縮力に抗し得る圧縮剛性を有しておらず、また、そもそも圧縮剛性を有する必要性が無い。本態様による張弦梁構造体では、左右端側の束材間において、作用する圧縮力に抗し得る所定本数の圧縮力負担斜材が配設されていることにより、左右端から圧縮力負担斜材が配設されている区間には、この圧縮力負担斜材と上弦材と下弦材と束材によってトラス構造が形成できる。そのため、従来の設計時に一般に設定されている上弦材のスパンの1/2の座屈長さから、このトラス構造を構成する端部区間を差し引いた長さを座屈長さとすることが可能になる。すなわち、張弦梁構造体の左右端側にそれぞれ所定本数の圧縮力負担斜材が配設されていることにより、上弦材の座屈長さを上弦材のスパンの1/2未満に設定でき、所望に座屈長さの短縮された張弦梁構造体が形成される。
【0018】
このように、張弦梁構造体において、その左右端側にそれぞれ圧縮力に抗し得る圧縮力負担斜材が配設されることにより、座屈長さが短く設定されている張弦梁構造体、言い換えれば、このような設計思想の下で設計されている張弦梁構造体は、従来の張弦梁構造体にはない新規で斬新な張弦梁構造体と言える。
【0019】
本態様の張弦梁構造体によれば、張弦梁構造体の左右端側にそれぞれ所定本数の圧縮力負担斜材が配設されていることにより、上弦材の座屈長さが所望の長さに設定されている。このように、上弦材の梁成を高くして断面二次モーメントを大きくすることにより、上弦材の座屈耐力の確保を図るものではなく、座屈長さそのものが短くされていることから、上弦材の梁成を可及的に抑制することが可能となる。そのため、張弦梁構造体からなる屋根架構に対して期待される効果である、透明感や軽量感が損なわれるといった恐れはない。なお、束材の本数が多くなり過ぎても、張弦梁構造体に期待される透明感や軽量感が損なわれ得ることから、所望する透明感や軽量感が奏されるように、上弦材の梁成と束材の本数、さらには左右端側の圧縮力負担斜材の本数が設定された張弦梁構造体が望ましい。
【0020】
また、本発明による張弦梁構造体の設計方法の一態様は、上弦材と、該上弦材から垂下される束材と、該束材にて支持される下弦材と、を有する張弦梁構造体の設計方法であって、
前記上弦材のスパンを設定し、該上弦材の座屈長さを該上弦材のスパンの1/2未満の所定の座屈長さに設定し、
前記束材の本数を設定し、前記上弦材と前記束材と前記下弦材とからなる基本構造モデルの左右端側において、隣接する前記束材の間には、前記上弦材に荷重が載荷された際に圧縮力が作用する圧縮力負担斜材を配設し、この際に、該左右端から該圧縮力負担斜材の配設位置までのスパンを除外スパンに設定し、前記上弦材のスパンの1/2と該除外スパンの差分値が前記座屈長さとなるように前記圧縮力負担斜材の配設本数を設定し、前記張弦梁構造体の構造モデルを設計することを特徴とする。
【0021】
本態様によれば、張弦梁構造体の左右端側において圧縮力負担斜材が配設される区間の長さに基づいて、所望する座屈長さの張弦梁構造体を設計することができる。
【0022】
上弦材のスパンは、設計される建築物の梁間方向の間隔等、張弦梁構造体が架設されるスパンによって決定される。上弦材の座屈長さをどの程度の長さ(所定の座屈長さ)に設定するかは、例えば、所定の座屈耐力(許容圧縮耐力)を確保しながら、上弦材の梁成を所定の梁成に収めるといった設計フローに基づいて設定される。例えば、従来の張弦梁構造体を形成する上弦材の設計においては、上弦材のスパンの1/2をその座屈長さとして一律に規定していたのに対して、所望する梁成の上弦材とするべく、座屈長さを上弦材のスパンの1/3や1/4といった具合に自由に設定することが可能になる。この所望の梁成とは、既述するように、張弦梁構造体に期待される透明感や軽量感が奏されるような梁成である。
【0023】
束材の本数の設定は、言い換えれば束材のピッチの設定でもある。束材のピッチが密になり、その本数が増えるにつれて張弦梁構造体に期待される透明感や軽量感が阻害され得ることから、この効果が得られる好適な束材の本数もしくはピッチが設定されるのが望ましい。
【0024】
上記する束材の本数もしくはピッチの設定は、圧縮力負担斜材の配設本数にも関連する。すなわち、設定された座屈長さを満たすように張弦梁構造体の左右端に圧縮力負担斜材が配設されるが、この圧縮力負担斜材は隣接する束材の間に配設されるからである。張弦梁構造体の左右端から圧縮力負担斜材の配設位置までのスパンを除外スパンに設定し、上弦材のスパンの1/2と除外スパンの差分値を座屈長さとする。例えば、張弦梁構造体の左右端側においてそれぞれ、3本の束材によって形成された2区間に圧縮力負担斜材が配設されている場合は、この2区間分の長さ(上弦材のスパン方向の長さ)を除外スパンとして座屈長さをその分だけ短くすることができる。
【0025】
本発明者等による座屈解析に基づく検証によれば、上弦材の左右片側に上弦材のスパンの1/2の不均等荷重を載荷させた際の座屈長さは、上弦材のスパンの1/2から、上弦材の端部から圧縮力負担斜材が配設されている除外スパンを除いた長さに近似した長さになることが確認されている。従って、「上弦材のスパンの1/2と除外スパンの差分値を座屈長さとする」ことに関しては、このように設定された座屈長さをそのまま適用してもよいし、このように設定された座屈長さに対して安全側を見込んで数%乃至10%程度の長さを加味した長さを設計上の座屈長さに設定してもよい。
【0026】
圧縮力負担斜材と上弦材と下弦材と束材によってトラス構造が形成でき、このようなトラス構造を有する端部側区間は上弦材の座屈領域とはなり得ないことから、座屈長さからこの端部側区間を除外する方法は合理的な設計方法と言える。また、予め設定されている座屈長さを満たすように、圧縮力負担斜材が配設される端部側区間を除外スパンに設定する設計方法は、合理的な設計方法でありながら、複雑な設計要素も設計アルゴリズムも必要としない。また、本態様の設計方法は、コンピュータを用いて構造モデルを作成し、一連の設計方法をコンピュータに実行させてもよいが、設計者が例えば手計算にて構造計算を行うことも可能である。従って、例えば、張弦梁構造体からなる屋根架構の初期の設計段階において、設計者が任意に上弦材の梁成及び座屈長さを設定し、束材の本数もしくはピッチを設定し、左右端側の圧縮力負担斜材の本数を設定することにより、初期の架構モデルを比較的短時間に作成することができる。
【0027】
なお、従来の張弦梁構造体の設計において、仮に張弦梁構造体の各所に斜材を配設する設計が行われていたとしても、この斜材は上記する特許文献1に記載の張弦梁構造のように引張材として位置づけられているに過ぎず、斜材を圧縮力負担斜材として扱う設計方法はこれまでに存在しない。そして、このように各所に斜材が配設されている構造モデルに対して均等荷重や不均等荷重を載荷する構造計算を行った場合、実際には、斜材に圧縮力が作用する計算結果が得られている可能性は十分にある。しかしながら、斜材を圧縮力負担斜材と見なしていないことから、座屈長さを一般の上弦材のスパンの1/2に一律に設定して安全側の設計が行われているものと考えられる。これに対して本態様による設計方法は、合理的に上弦材の座屈長さを短くする設計方法であることから、安全側に偏り過ぎている従来の設計方法を見直し、経済的に張弦梁構造体を設計する設計方法であると言える。