【実施例】
【0034】
一般に、高温環境で使用されるチタン合金の組成は、質量%で、Al:5〜8%、Sn:5%未満、Zr:6%未満、Mo:4%未満、Si:0.1%以上1%未満、Cr:0.2%未満、Fe:0.2%未満、Ni:0.2%未満である。このうち、β相安定化元素のMoは加工性を維持するために少量添加されるが、同様にβ相安定化元素であるCr、Fe、Niは高温での耐クリープ性を劣化させるため積極的に添加されることはなく、不可避的に含まれるのみである。したがって、通常の製造方法よび使用方法において、Near−α型チタン合金にCr濃度5%以上のCr濃化層が5μm以上の厚みに形成されることはない。実施例ではTi−6%Al−2.7%Sn−5.5%Zr−0.4%Mo−0.45%Si、および0.03%Fe、0.01%Cr、0.01%Niからなる合金を用いて評価を行ったが、実施の形態はこの合金組成に限定されるものではない。さらに、高濃度にCrを含有するチタン合金があった場合、表層にも高濃度のCrが含有されるが、特に表層に濃化したものではなく、部材内部全体が高濃度でCrが含有されている。このような部材は、前述のように、耐クリープ性等の理由から、水素吸収が懸念される高温環境下で使用されうるものではない。従って、Crを1%以上含有するようなチタン合金は、本実施例を検討する際に対象とはしていない。
【0035】
(実施例1)
VAR(真空アーク溶解)法によって製造されたTi−6%Al−2.7%Sn−5.5%Zr−0.4Mo−0.45Siのチタン合金インゴットを鍛造、表面切削して、φ100mmのビッレットを製造した。ビレットを500mm長さに切断して試料とした。水素吸収の影響を明確にするため、1×10
-4Torr以上の高真空中で1100℃、5hの脱水素処理を行った。試料中の水素濃度は、10ppm未満であった。
【0036】
次に、純度99.5%以上、粒径45μm以下のCr粉末を水と混ぜてスラリー状としたものを、刷毛で試料表面に均一に塗布した後、750℃〜900℃、1時間から5時間の熱処理を都市ガス(13A)を燃焼ガスとする加熱炉にて行った、これにより、試料表面から内部にCrを拡散させることでCr濃度5%以上のCr濃化層を、表面から3〜60μmの深さに形成させた。クロム濃化層の厚み測定方法は、前述のFE(電界放射)型のEPMA分析装置を用いる方法によって行った。
【0037】
次いで、都市ガス(13A)を燃焼ガスとする加熱炉内に試料を入れて、1200℃、10時間の加熱を行った。加熱中の炉内酸素濃度は、5〜10%の範囲に制御した。加熱後、試料の断面中央部から水素分析試料を採取して、LECO社製水素分析装置にて分析を行った。Cr濃化層を形成するときの熱処理条件と、1200℃、10時間の加熱後の水素濃度を表1に示す。水素濃度判定において、水素濃度が判定基準の125ppmよりも低い場合は合格として「○」とし、それ以外は不合格として「×」とした。
【0038】
【表1】
【0039】
No.1は、Cr濃化層の厚みが3μmと、本発明例を外れる場合である。加熱後の水素濃度は、140ppmと判定基準より高い。
【0040】
No.2〜No.5は、本発明例であり、加熱後の水素濃度は60〜117ppmと、判定基準の125ppmよりも低い。
【0041】
No.6は、Cr濃化層の厚みが60μmと、本発明例を外れる場合である。加熱後の水素濃度は、60ppmと判定基準より低いが、No.6と比較して効果は飽和しているうえ、Cr濃化層の形成に900℃で5時間と2.5倍の時間がかかっており、工業的に不適である。
【0042】
No.7は、Cr濃化層を形成しない場合である。脱水素処理後の試料をそのまま1200℃、10時間の加熱炉内で加熱した。加熱後の水素濃度は180ppmと、判定基準の125ppmより高い。
【0043】
No.8は、Cr濃化層形成のための加熱を、次工程のための加熱とを同時に行った場合である。前述の方法でCr粉末を試料表面に塗布した後、複数の試料を同時に加熱炉にいれて、900℃、1時間の保定をした後、一部の試料を取り出して測定したCr濃化層の厚みは22μmであった。引き続き、残りの試料に対して1200℃、10時間の加熱を行った。当該残りの試料は連続して加熱を行ったので、900℃、1時間保定後のCr濃化層の厚みは測定できていないが、No.4と同等と推定される。1200℃、10時間加熱後のCr濃化層厚みは、約200μmであった。加熱後の水素濃度は63ppmと、判定基準の125ppmより低い。
【0044】
(実施例2)
VAR(真空アーク溶解)法によって製造されたTi−6Al−2.7Sn−5.5Zr−0.4Mo−0.45Siのチタン合金インゴットを鍛造、熱延、表面切削して、φ15mmの丸棒を製造した。丸棒を100mm長さに切断して試料とした。
【0045】
純度99.5%以上、粒径45μm以下のCr粉末を水と混ぜてスラリー状としたものを、刷毛で試料表面に均一に塗布した後、Cr濃化層を形成する処理として、1020℃〜1100℃、10分〜3時間、空冷の加熱を電気炉で大気雰囲気にて行い、同時に材料内部の微視組織を針状組織に調整した。調整後の微視組織は、100〜800μmの旧β相内に幅1〜10μmの針状α相が針状に析出した組織である。試験に用いたチタン合金のβ変態温度は約1000℃である。都市ガス(13A)を燃焼ガスとする加熱炉内に試料を入れて、850℃、48時間の加熱を行った。加熱中の炉内酸素濃度は、5〜10%の範囲に制御した。
【0046】
加熱後、試料の断面中央部から水素分析試料を採取して、LECO社製水素分析装置にて分析を行った。その結果を表2に示す。
【0047】
【表2】
【0048】
No.1は、Cr濃化層の厚みが3μmと、本発明例を外れる場合である。加熱後の水素濃度は、142ppmと判定基準より高い。
【0049】
No.2〜No.5は、本発明例であり、加熱後の水素濃度は66〜118ppmと、判定基準の125ppmよりも低い。
【0050】
No.6は、Cr濃化層の厚みが62μmと、本発明例を外れる場合である。加熱後の水素濃度は、66ppmと判定基準より低いが、No.6と比較して効果は飽和しているうえ、Cr濃化層の形成にはNo.6の3倍の時間がかかっており、工業的に不適である。
【0051】
No.7は、Cr濃化層を形成しない場合である。脱水素後の試料をそのまま、850℃、4時間の加熱を行った。加熱後の水素濃度は170ppmと、判定基準の125ppmより高い。
【0052】
(実施例3)
VAR(真空アーク溶解)法によって製造されたTi−6Al−2.7Sn−5.5Zr−0.4Mo−0.45Siのチタン合金インゴットを鍛造、熱延、表面切削して、φ15mmの丸棒を製造した。丸棒試料に、1090℃、10分、空冷の加熱を行い、材料内部の微視組織を針状組織とした後、耐クリープ試験用にφ5mmの丸棒試験片を採取した。試験片の微視組織は、100〜800μmの旧β相内に幅1〜10μmの針状α相が針状に析出した組織であった。上記チタン合金のβ変態温度は約1000℃である。その後、純度99.5%以上、粒径45μm以下のCr粉末を水と混ぜてスラリー状としたものを、刷毛で試験片表面に均一に塗布した後、700℃〜880℃、1時間の加熱を電気炉で大気雰囲気にて行い、チタン合金内部に拡散させることで、Cr濃化層を形成した。
【0053】
耐クリープ試験は、水平に保持したφ5mm試験片の軸端部に0.67±0.1kgの耐熱合金製の錘をのせ、後述の暴露試験後の変形量Hを測定した。変形量Hは、試験後の軸端部下端から、試験前の元のφ5mm試験片の軸端部下端までの距離である。φ5mm試験片の把持部を除いた固定端から軸端までの有効試験片長さLは45mmとした。耐クリープ性は、H/L×100(%)が2%以下の試料を良とした。
【0054】
暴露試験は、都市ガス(13A)を燃焼ガスとする加熱炉内に耐クリープ試験用の治具と試験片を入れて、850℃、24時間の加熱を行った。加熱中の炉内酸素濃度は、5%未満に制御した。加熱後、試験片の変形量Hを測定し、試料の断面中央部から水素分析試料を採取してLECO社製水素分析装置にて分析を行った。その結果を表3に示す。
【0055】
【表3】
【0056】
No.1は、Cr濃化層の厚みが3μmと、本発明例を外れる場合である。加熱後の水素濃度は、131ppmと判定基準より高い。また、クリープ変形量は2.4%と大きい。
【0057】
No.2およびNo.3は、本発明例であり、加熱後の水素濃度は67〜83ppmと、判定基準の125ppmよりも低い。また、クリープ変形量は、1.9%と1.7%であり、2%の基準以下であった。
【0058】
No.4は、φ15mmの丸棒素材に、950℃、1時間の熱処理を施し、微視組織を等軸組織にしたものである。その後、純度99.5%以上、粒径45μm以下のCr粉末を水と混ぜてスラリー状としたものを、刷毛で試験片表面に均一に塗布した後、880℃、1時間の加熱を電気炉で大気雰囲気にて行い、チタン合金内部に拡散させることで、Cr濃化層を形成した。耐クリープ試験および暴露試験は、No.1〜3と同様に行った。加熱後水素濃度は71ppmと基準以内であり、耐水素吸収性に優れていた。一方、等軸組織であるためクリープ変形量は30%超であった。