(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
各種機器類の省エネルギー化、省資源化等を目的として、潤滑剤の撹拌抵抗を低減する取り組みが加速しつつある。
撹拌抵抗を低減するための方策の一つとして潤滑剤の低粘度化があり、そのために基油としてできるだけ低粘度の油を使用することが考えられる。しかし粘度の低い油ほど引火点が低いため、安全性を考慮するとその使用には限界がある。
【0003】
そこで水中油滴型のエマルション状の潤滑剤(特許文献1等)や、水をベースとして油を含まない(除く)水系潤滑剤の使用が検討されている。
水は基本的に油よりも低粘度で、しかも引火点を有しない上、熱伝導性にも優れているため、上記いずれかの構成とすることで潤滑剤のさらなる低粘度化等が期待される。
特に油を含まない水ベースの水系潤滑剤は、構成成分が少なくて済み省資源化の要求にも適している。
【0004】
ところが水系潤滑剤は境界潤滑性が低いため、広く一般的に使用されるまでには至っていないのが現状である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
水系潤滑剤の境界潤滑性を向上するべく、アジピン酸、スベリン酸等の摩擦調整剤を添加する場合がある。
これらの摩擦調整剤を添加することで水系潤滑剤の摩擦係数を、現行使用実績のある最も低粘度なVG2(ISOの粘度グレード番号)の鉱油と同等程度まで低減して、当該水系潤滑剤に鉱油レベルの境界潤滑性を付与できる。
【0007】
しかし摩擦調整剤の添加効果には限界があり、さらなる境界潤滑性の向上が求められる。
本発明の目的は、現状よりもさらに境界潤滑性が向上した水系潤滑剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、本発明は水系潤滑剤であって、
(1) 水、
(2) 前記水系潤滑剤の総量の0.1質量%以上、1質量%以下の、炭素数5〜9の鎖式ジカルボン酸、ならびに
(3) 前記水系潤滑剤の総量の0.1質量%以上、1質量%以下の、炭素数5〜8のアルカンジチオールまたはその誘導
体、
を含むことを特徴とする(請求項1)。
また、本発明は水系潤滑剤であって、
(1) 水、
(2) 前記水系潤滑剤の総量の0.1質量%以上、1質量%以下の、炭素数5〜9の鎖式ジカルボン酸、
(3) 前記水系潤滑剤の総量の0.1質量%以上、1質量%以下の、炭素数5〜8のアルカンジチオールまたはその誘導体、ならびに
(4) 前記水系潤滑剤の総量の0.1質量%以上、5質量%以下の、リン系の極圧剤、
を含むことを特徴とする(請求項2)。
【発明の効果】
【0009】
請求項1
、2記載の発明によれば(1)の水に、前述したアジピン酸、スベリン酸等の(2)の鎖式ジカルボン酸に加えて、さらに(3)のアルカンジチオール類
、もしくは(3)のアルカンジチオール類と(4)のリン系の極圧剤を配合することにより、後述する実施例、比較例の結果からも明らかなように水系潤滑剤の摩擦係数をさらに低減して、現状よりも境界潤滑性を向上できる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の水系潤滑剤は、上述したように
(1) 水、
(2) 前記水系潤滑剤の総量の0.1質量%以上、1質量%以下の、炭素数5〜9の鎖式ジカルボン酸、ならびに
(3) 前記水系潤滑剤の総量の0.1質量%以上、1質量%以下の、炭素数5〜8のアルカンジチオールまたはその誘導
体、
を含むものである。
また、本発明の水系潤滑剤は、
(1) 水、
(2) 前記水系潤滑剤の総量の0.1質量%以上、1質量%以下の、炭素数5〜9の鎖式ジカルボン酸、
(3) 前記水系潤滑剤の総量の0.1質量%以上、1質量%以下の、炭素数5〜8のアルカンジチオールまたはその誘導体、ならびに
(4) 前記水系潤滑剤の総量の0.1質量%以上、5質量%以下の、リン系の極圧剤、
を含むものである。
【0011】
〈鎖式ジカルボン酸〉
上記のうち(2)の鎖式ジカルボン酸は、1分子中に極性基である−COOH基を2つ有するため水溶性に優れており、しかも2つの−COOH基を繋ぐアルキル鎖の作用によって水系潤滑剤中で摩擦調整剤として良好に機能する。
なお鎖式ジカルボン酸としては、摩擦調整剤としてより一層良好に機能させることを考慮すると、アルキル鎖が直鎖状で、その両末端にそれぞれ−COOH基が結合した直鎖状の構造を有する鎖式ジカルボン酸を選択して用いるのが好ましい。
【0012】
鎖式ジカルボン酸の炭素数、すなわちアルキル鎖の炭素数に2つの−COOH基中の1つずつの炭素を加えた炭素数は5〜9である必要がある。
炭素数がこの範囲未満である鎖式ジカルボン酸はアルキル鎖が短いため水系潤滑剤中で摩擦調整剤として良好に機能させることができない。一方、炭素数が上記の範囲を超える鎖式ジカルボン酸は水溶性が低いため、やはり水系潤滑剤中で摩擦調整剤として良好に機能させることができない。
【0013】
上記のように直鎖状で、なおかつ炭素数が5〜9である鎖式ジカルボン酸としては、例えばグルタル酸、アジピン酸、ピメリン酸、スベリン酸、アゼライン酸等の1種または2種以上が挙げられる。
特に摩擦調整剤としての機能と水溶性との兼ね合いや入手のしやすさ等を考慮するとアジピン酸、スベリン酸が好ましく、特にスベリン酸が好ましい。
【0014】
鎖式ジカルボン酸の添加量は、水系潤滑剤の総量の0.1質量%部以上、1質量%以下である必要がある。
鎖式ジカルボン酸の添加量がこの範囲未満では、当該鎖式ジカルボン酸を摩擦調整剤として機能させて境界潤滑性を向上する効果が得られない。一方、添加量が上記の範囲を超える場合には過剰の鎖式ジカルボン酸が水系潤滑剤中から析出しやすくなり、析出すると境界潤滑性が大きく低下するおそれがある。
【0015】
〈アルカンジチオールまたはその誘導体〉
(3)
のアルカンジチオールは、1分子中に極性基である−SH基を2つ有するため水溶性に優れており、しかもかかる2つの−SH基が潤滑対象であるFeとの反応性を示すことから水系潤滑剤中で、上記(2)の鎖式ジカルボン酸とは別種の摩擦調整剤として境界潤滑性をさらに向上させるために機能する。
【0016】
なおアルカンジチオールとしては、かかる別種の摩擦調整剤としてより一層良好に機能させることや、(2)の鎖式ジカルボン酸とのチェーンマッチング性を向上すること等を考慮すると、当該鎖式ジカルボン酸と同様にアルキル鎖が直鎖状で、その両末端にそれぞれ−SH基が結合した直鎖状の構造を有するアルカンジチオールを選択して用いるのが好ましい。
【0017】
アルカンジチオールの炭素数は5〜8である必要がある。
炭素数がこの範囲未満であるアルカンジチオールは上記チェーンマッチング性が低いため水系潤滑剤中で別種の摩擦調整剤として良好に機能させることができない。一方、炭素数が上記の範囲を超えるアルカンジチオールはチェーンマッチング性が低いだけでなく水溶性も低いため、やはり水系潤滑剤中で別種の摩擦調整剤として良好に機能させることができない。
【0018】
上記のように直鎖状で、なおかつ炭素数が5〜8であるアルカンジチオールとしては、例えば1,5−ペンタンジチオール、1,6−ヘキサンジチオール、1,7−へプタンジチオール、1,8−オクタンジチオール等の1種または2種以上が挙げられる。
特に摩擦調整剤としての機能と水溶性との兼ね合いや入手のしやすさ、さらには先述したスベリン酸とのチェーンマッチング性を向上すること等を考慮すると1,8−オクタンジチオールが好ましい。
【0019】
またアルカンジチオールの誘導体としては、上記アルカンジチオールの2つの−SH基を繋ぐアルキル鎖中の1つまたは2つの炭素原子が酸素原子に置換されてオキサアルキル鎖とされた化合物等が挙げられる。特に上述した直鎖状で、かつ炭素数が5〜8であるアルカンジチオールのアルキル鎖中の1つまたは2つの炭素原子が酸素原子に置換された誘導体が好ましい。
【0020】
かかる誘導体は、1分子中に極性基である−SH基を2つ、−O−を1つまたは2つ、それぞれ有するため水溶性に優れており、しかもかかる2つの−SH基が潤滑対象であるFeとの反応性を示すことから水系潤滑剤中で、(2)の鎖式ジカルボン酸とともに別種の摩擦調整剤として境界潤滑性をさらに向上させるために機能する。
上記誘導体としては、特に摩擦調整剤としての機能と水溶性との兼ね合いや入手のしやすさ、さらには先述したスベリン酸とのチェーンマッチング性を向上すること等を考慮すると3,6−ジオキサ−1,8−オクタンジチオールが好ましい。
【0021】
アルカンジチオール類の添加量は、水系潤滑剤の総量の0.1質量%部以上、1質量%以下である必要がある。
アルカンジチオール類の添加量がこの範囲未満では、当該アルカンジチオール類を別種の摩擦調整剤として機能させて境界潤滑性を向上する効果が得られない。一方、添加量が上記の範囲を超える場合には過剰のアルカンジチオール類が水系潤滑剤中から析出しやすくなり、析出すると境界潤滑性が大きく低下するおそれがある。
【0022】
〈極圧剤〉
上
記アルカンジチオール類とともに
(4)の極圧剤を配合すると、水系潤滑剤の境界潤滑性をさらに向上できる。
極圧剤としては、Fe等との反応性を考慮し
てリン系で、しかも水溶性の極圧剤が好適に使用される。
【0023】
リン系の極圧剤としては酸性リン酸エステルが挙げられる。中でも式(a):
【0025】
〔式中、Rは炭素数1〜4のアルキル基、nは1または2の正の数を示す。〕
で表されるアルキルアシッドホスフェートが好ましい。
アルキルアシッドホスフェートとしては、例えばエチルアシッドホスフェート、ブチルアシッドホスフェート等が挙げられ、特に水系潤滑剤中で極圧剤として良好に機能させることを考慮すると、式(a)中のRが4、nが1のものと2のものとの混合物であるブチルアシッドホスフェートが好ましい。
【0026】
極圧剤の添加量は、水系潤滑剤の総量の0.1質量%以上、5質量%以下である必要がある。
極圧剤の添加量がこの範囲未満では、当該極圧剤を配合して境界潤滑性を向上する効果が得られない。一方、添加量が上記の範囲を超える場合には潤滑対象であるFeに対する腐食性や、それ自体の腐敗性が強くなるといった問題を生じる。
【0027】
〈その他の成分〉
本発明の水系潤滑剤には、上記各成分に加えて、さらに必要に応じて腐食防止剤、腐敗防止剤、酸化防止剤等の各種添加剤を任意の割合で配合してもよい。
【実施例】
【0028】
〈実施例1〉
ベースとしての蒸留水に、(2)の鎖式ジカルボン酸としてのスベリン酸、および(3)のアルカンジチオールとしての1,8−オクタンジチオールを配合して水系潤滑剤を調製した。スベリン酸の添加量は水系潤滑剤の総量の0.5質量%、1,8−オクタンジチオールの添加量は水系潤滑剤の総量の0.5質量%とした。
【0029】
〈実施例2〉
蒸留水に、(2)の鎖式ジカルボン酸としてのスベリン酸、および(3)のアルカンジチオールの誘導体としての3,6−ジオキサ−1,8−オクタンジチオールを配合して水系潤滑剤を調製した。スベリン酸の添加量は水系潤滑剤の総量の0.5質量%、3,6−ジオキサ−1,8−オクタンジチオールの添加量は水系潤滑剤の総量の0.5質量%とした。
【0030】
〈参考例1〉
蒸留水に、(2)の鎖式ジカルボン酸としてのスベリン酸、および(3)の硫黄系の極圧剤としての硫化脂肪酸〔DIC(株)製のDAILUBE GS−550〕を配合して水系潤滑剤を調製した。スベリン酸の添加量は水系潤滑剤の総量の1.0質量%、硫化脂肪酸の添加量は水系潤滑剤の総量の1.0質量%とした。
【0031】
〈参考例2〉
蒸留水に、(2)の鎖式ジカルボン酸としてのスベリン酸、および(3)のリン系の極圧剤としてのブチルアシッドホスフェートを配合して水系潤滑剤を調製した。スベリン酸の添加量は水系潤滑剤の総量の0.5質量%、ブチルアシッドホスフェートの添加量は水系潤滑剤の総量の1.0質量%とした。
【0032】
〈実施例
3〉
蒸留水に、(2)の鎖式ジカルボン酸としてのスベリン酸、(3)のアルカンジチオールとしての1,8−オクタンジチオール、および(3)のリン系の極圧剤としてのブチルアシッドホスフェートを配合して水系潤滑剤を調製した。スベリン酸の添加量は水系潤滑剤の総量の0.5質量%、1,8−オクタンジチオールの添加量は水系潤滑剤の総量の0.5質量%、ブチルアシッドホスフェートの添加量は水系潤滑剤の総量の1.0質量%とした。
【0033】
〈比較例1〉
蒸留水に、(2)の鎖式ジカルボン酸としてのスベリン酸のみを配合して水系潤滑剤を調製した。スベリン酸の添加量は水系潤滑剤の総量の0.5質量%とした。
〈比較例2〉
蒸留水に、(2)の鎖式ジカルボン酸としてのアジピン酸のみを配合して水系潤滑剤を調製した。アジピン酸の添加量は水系潤滑剤の総量の0.5質量%とした。
【0034】
〈摩擦係数測定〉
上記実施例1〜
3、
参考例1、2、比較例1、2で調製した水系潤滑剤の摩擦係数を、振子式油性摩擦試験機を用いて測定した。また参考例
3として蒸留水のみ、参考例
4として無添加のVG2鉱油についても摩擦係数を測定した。
また参考例
4のVG2鉱油の摩擦係数を1としたときの、実施例1〜
3、
参考例1、2、比較例1、2、ならびに参考例
3の摩擦係数の比を求めた。以上の結果を表1、表2に示す。なお表中の符号は下記のとおり。
【0035】
SBA:スベリン酸
ADA:アジピン酸
ODT:1,8−オクタンジチオール
DODT:3,6−ジオキサ−1,8−オクタンジチオール
SFA:硫化脂肪酸
BAP:ブチルアシッドホスフェート
【0036】
【表1】
【0037】
【表2】
【0038】
表1、表2の実施例1〜
3、比較例1、2、参考例1
〜4の結果より、ベースとしての水、および鎖式ジカルボン酸を含む水系潤滑剤に、さらにアルカンジチオール類
、もしくはアルカンジチオール類とリン系の極圧剤を配合することにより、その摩擦係数を鉱油と同等レベルからさらに低減して境界潤滑性をより一層向上できることが判った。