(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
窒化ガリウムのウルツ鉱型構造の結晶からなり、表面がm面である基板(14)に、窒化ガリウム−窒化アルミニウム混晶半導体からなる半導体層(13)を結晶成長させる工程と、
n型シリコンからなる導体基板(11)の表面を酸化させて二酸化ケイ素からなる絶縁層(12)を形成する工程と、
前記絶縁層(12)の表面と前記半導体層(13)の表面を重ね合わせ、前記絶縁層(12)と前記半導体層(13)を結合する工程と、
前記基板(14)を前記半導体層(13)から剥離する工程と、
前記半導体層(13)をソース電極(131)とドレイン電極(132)として形成する工程とを有し、
前記半導体層(13)は、窒化アルミニウムが分子数の比で全体の0.65以上となる窒化ガリウム−窒化アルミニウム混晶半導体のウルツ鉱型構造の結晶からなるものであり、
前記ソース電極(131)と前記ドレイン電極(132)とは、電子の主要な放出方向と結晶構造のc軸方向とのなす角度が30度以下となるように形成されるものである真空チャネルトランジスタの製造方法。
【背景技術】
【0002】
現在、電磁波の利用周波数の高周波化が進んでおり、光の周波数領域に近いテラヘルツ波は、次世代高速無線通信や監視用イメージング、遺伝子・たんぱく質機能解析の医療応用など多くの応用が期待されている。なお、一般的にはテラヘルツ波として周波数100GHz〜10THzの電磁波を言う場合もあるが、ここではテラヘルツ波を1THz〜10THzの電磁波とする。
【0003】
この1THz〜10THzの周波数範囲でのデバイス実用化に向かって、その低周波数側に関しては電子工学的な研究開発が推し進められており、その高周波数側に関しては光子工学(フォトニクス)的な研究開発が推し進められている。すなわち、電子工学的アプローチでは電子デバイスを高速化してその動作周波数が1THzを超えることを目指して開発が進められてきた。一方、フォトニクス的アプローチでは半導体レーザーや量子カスケードレーザーにおいて発生する光の波長を長波長化し10THz以下にまで発生電磁波の周波数を下げる試みがなされてきた。
【0004】
しかし、電子工学的アプローチにおける電子デバイスの高速化には限界があり、いまだに1THz超える電磁波を実用的に発生できる電子デバイスは実現できていない。また、フォトニクス的アプローチでも光デバイスの低周波化には限界があり、10THz以下の電磁波を実用的に発生できる光デバイスは実現できていない。また、光デバイスに関しては、1THz〜10THzの光子に対応する光学遷移のエネルギー準位差が室温の熱エネルギーに近い領域となり、室温の熱エネルギーによって擾乱を受けるため、光デバイスの室温での動作が難しくなると言う問題点がある。
【0005】
このように、多くの応用が期待されているテラヘルツ波領域ではあるが、電子工学的アプローチにおいても、フォトニクス的アプローチにおいても、この領域の電磁波の発生を実用的に行うデバイスはいまだ実現されていない。周波数1THz〜10THzの領域の電磁波に関しては、実質的に電磁波の発生や信号処理を行うことのできない空白領域として取り残されていた。
【0006】
以上のようなテラヘルツ波領域における問題点の打開を目指すものとして、下記の非特許文献1に示すようなゲート絶縁型真空チャネルトランジスタが提案された。非特許文献1には、キャリアとしての電子が真空空間のチャネル中を走行する構造の電界効果トランジスタが記載されている。半導体中にチャネルが設けられた通常の電界効果トランジスタでは、動作速度の上限は半導体材料によって定まる電子の飽和速度に依存してしまう。しかし、真空中を走行する電子の速度には飽和速度はなく、理論的には電子を光速度近くまで加速することが可能である。
【0007】
このため真空チャネルトランジスタによってテラヘルツ波領域の電磁波の発生が可能となることが期待できる。しかし、非特許文献1による真空チャネルトランジスタでは、実際の遮断周波数として0.46THzにとどまり、1THzの壁は超えることができなかった。この原因としてはソースから電子を放出する効率が小さいことが考えられる。非特許文献1の真空チャネルトランジスタでは、ソース電極の先端を先鋭形状として、さらにソースとドレイン間の距離も微小として電子放出の効率をそれなりに改善してはいるが、それでも十分な効率が得られているとは言えない。
【0008】
ソースとドレイン間に電圧を印加して電流が流れ始める最小の電圧をしきい電圧と呼ぶことにすると、非特許文献1の真空チャネルトランジスタでは10V程度のしきい電圧を必要としており、しきい電圧の値が比較的大きい。これは、ソースにおける電子放出の効率がまだ十分ではないことを示している。非特許文献1はシリコン(ケイ素)に基づいたデバイスでありソース、ドレインの両電極もシリコンからなる。
【0009】
シリコンは電子親和力が大きいので、シリコン電極において電子を電界放出するためには大きな電子親和力に相当するエネルギーを電子に与えなければならない。そのため、しきい電圧は高くなり、電子放出の効率は低くなり、消費電力は大きくなってしまう。また、微細加工により電極形状を先鋭形状とするなどして高い電界集中を発生させることも必要となる。
【0010】
これに対して、窒化ガリウム−窒化アルミニウム混晶半導体の電極を使用することにより、電子放出の効率を向上させようとする電子デバイスが提案されている。窒化ガリウム−窒化アルミニウム混晶半導体における窒化アルミニウムの割合をxとする。ここで、割合xは、全体に対する窒化アルミニウムの分子数の比であり、0≦x≦1である。なお、x=0,1の場合の混晶半導体は実際には純粋な化合物となるが、本明細書では便宜上これらの場合も含めて混晶半導体と記載する。
【0011】
すなわち、この混晶半導体は、Al
xGa
1-xNと表すことができる。割合xが0の場合は、この混晶半導体は窒化ガリウムとなり、電子親和力は3.3eV程度であり、正の電子親和力となる。窒化アルミニウムの割合xが増加するにつれて電子親和力は減少する。割合xが0.65程度で混晶半導体の電子親和力はほぼ0となる。そして割合xが1となる窒化アルミニウムでは電子親和力は負となる。
【0012】
このような窒化ガリウム−窒化アルミニウム混晶半導体を使用した電子デバイスとしては、下記の特許文献1のようなものがある。特許文献1には、電極の表面層として窒化ガリウム−窒化アルミニウム混晶半導体を使用し、電極材料としてその電子親和力が0または負となる物質を使用することにより、電子放出の効率を改善するようにした電子デバイスが記載されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
前述のように、多くの応用が期待されているテラヘルツ波領域の電磁波の発生や信号処理を行うことのできる電子デバイスの実現が待ち望まれている。非特許文献1に示されたような真空チャネルトランジスタによってテラヘルツ波領域の電磁波の発生が可能となることが期待されていたが、非特許文献1による真空チャネルトランジスタではいまだ1THzの壁を超えることができていない。
【0016】
非特許文献1のようなシリコン電極を使用した電子デバイスでは、シリコンの電子親和力が大きいために、電子放出のためのしきい電圧も大きくならざるを得ない。そのため、電子デバイスのしきい電圧が大きくなり、電子放出の効率も低下してしまう。このことがテラヘルツ波領域で動作可能な真空チャネルトランジスタを実現する上で大きな技術的障害となっている。
【0017】
一方、窒化ガリウム−窒化アルミニウム混晶半導体の電極を使用することにより、電子放出の効率を向上させようとする電子デバイスが提案されている。ただし、テラヘルツ波領域で動作可能な電子デバイスの実現のためには、電子放出の効率のさらなる向上が望ましい。そして、電子放出のためのしきい電圧をさらに低下させることが望まれている。
【0018】
そこで、本発明は、窒化ガリウム−窒化アルミニウム混晶半導体を使用した半導体素子および真空チャネルトランジスタにおいて、電子放出の効率を向上させ、電子放出のためのしきい電圧を低下させた半導体素子および真空チャネルトランジスタを提供することを目的とする。また、本発明は、そのような真空チャネルトランジスタの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上記目的を達成するために、本発明の半導体素子は、
窒化アルミニウムが分子数の比で全体の0.65以上となる窒化ガリウム−窒化アルミニウム混晶半導体のウルツ鉱型構造の結晶からなる電極を有し、前記電極は、電子の主要な放出方向と結晶構造のc軸方向とのなす角度が30度以下となるように配置されたものである。
【0020】
また、上記の半導体素子において、前記電極は、電子の主要な放出方向が結晶構造のc軸方向となるように配置されたものであることが好ましい。
【0022】
また、本発明の真空チャネルトランジスタは、ゲート電極をなす導体基板と、前記導体基板の上に形成された絶縁体からなる絶縁層と、前記絶縁層の上に形成されたソース電極と、前記絶縁層の上に形成され、前記ソース電極と対向するように設けられたドレイン電極とを有する。そして、前記ソース電極は、
窒化アルミニウムが分子数の比で全体の0.65以上となる窒化ガリウム−窒化アルミニウム混晶半導体のウルツ鉱型構造の結晶からなるものであり、電子の主要な放出方向と結晶構造のc軸方向とのなす角度が30度以下となるように配置されたものである。
【0023】
また、上記の半導体素子において、前記ソース電極は、電子の主要な放出方向が結晶構造のc軸方向となるように配置されたものであることが好ましい。
【0025】
また、上記の真空チャネルトランジスタにおいて、前記導体基板は、n型シリコンからなるものであり、前記絶縁層は、n型シリコン基板の表面に形成された二酸化ケイ素の層であることが好ましい。
【0026】
また、上記の真空チャネルトランジスタにおいて、前記ソース電極は、当該ソース電極に通電するための金属電極が接続されたものであることが好ましい。
【0027】
また、上記の真空チャネルトランジスタにおいて、前記ソース電極と前記金属電極との間に、窒化ガリウム−窒化アルミニウム混晶半導体からなり、窒化アルミニウムの割合が前記金属電極側から前記ソース電極側に向かって増大する結合層を形成することができる。
【0028】
また、上記の真空チャネルトランジスタにおいて、前記金属電極と前記結合層との間に、窒化ガリウムからなる接触層を形成することができる。
【0029】
また、本発明の真空チャネルトランジスタの製造方法は、窒化ガリウムのウルツ鉱型構造の結晶からなり、表面がm面である基板に、窒化ガリウム−窒化アルミニウム混晶半導体からなる半導体層を結晶成長させる工程と、n型シリコンからなる導体基板の表面を酸化させて二酸化ケイ素からなる絶縁層を形成する工程と、前記絶縁層の表面と前記半導体層の表面を重ね合わせ、前記絶縁層と前記半導体層を結合する工程と、前記基板を前記半導体層から剥離する工程と、前記半導体層をソース電極とドレイン電極として形成する工程とを有
し、前記半導体層は、窒化アルミニウムが分子数の比で全体の0.65以上となる窒化ガリウム−窒化アルミニウム混晶半導体のウルツ鉱型構造の結晶からなるものであり、前記ソース電極と前記ドレイン電極とは、電子の主要な放出方向と結晶構造のc軸方向とのなす角度が30度以下となるように形成されるものである。
【0031】
また、上記の真空チャネルトランジスタの製造方法において、前記ソース電極と前記ドレイン電極とは、電子の主要な放出方向が前記半導体層の結晶構造のc軸方向となるように形成されるものであることが好ましい。
【発明の効果】
【0032】
本発明は、以上のように構成されているので、以下のような効果を奏する。
【0033】
本発明の半導体素子としての真空チャネルトランジスタは、窒化ガリウム−窒化アルミニウム混晶半導体を使用し、ソース電極における電子の主要な放出方向を結晶構造のc軸方向としたので、電子放出の効率を最大限に向上させ、電子放出のためのしきい電圧を著しく低減させることができる。これにより、真空チャネルトランジスタの動作速度を大幅に向上させることができ、1THz〜10THzの周波数範囲内での動作も可能となる。それに加えて、本発明の真空チャネルトランジスタでは、消費電力の大幅な低減を実現することができる。
【発明を実施するための形態】
【0035】
本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。
図1は、本発明の半導体素子の基本材料となる窒化ガリウム(GaN)の結晶構造を示す模式図である。窒化ガリウムまたは窒化アルミニウム(AlN)は、六方晶系のウルツ鉱型結晶構造と立法晶系の閃亜鉛鉱型結晶構造の2種類の結晶構造を取りうるが、ウルツ鉱型結晶構造の方が安定である。
図1は、ウルツ鉱型結晶の窒化ガリウムの単位格子を示している。白い球体が窒素原子(N)を表し、ハッチングを施した球体がガリウム原子(Ga)を表している。
【0036】
なお、ガリウム原子をアルミニウム原子(Al)に置き換えれば、
図1は窒化アルミニウム(AlN)の結晶構造を表すことになる。
図1のような結晶構造のガリウム原子のいくつかをアルミニウム原子(Al)に置き換えれば、結晶体は窒化ガリウム−窒化アルミニウム混晶体となる。本発明の半導体素子はウルツ鉱型の結晶構造を有する窒化ガリウム−窒化アルミニウム混晶半導体を基本材料とするものである。
【0037】
この窒化ガリウム−窒化アルミニウム混晶半導体は、混晶体全体に対する窒化アルミニウムの分子数の割合をxとして、Al
xGa
1-xNと表すことができる。ただし、割合xにおける数値xは0≦x≦1の範囲である。なお、割合xは、ガリウムとアルミニウムの合計原子数に対するアルミニウム原子数の割合と言うこともできる。
【0038】
この混晶半導体Al
xGa
1-xNは、割合xが0の場合は窒化ガリウムとなり、電子親和力は3.3eV程度の正の電子親和力となる。混晶半導体における窒化アルミニウムの割合xが増加するにつれて電子親和力は減少する。割合xが0.65程度で混晶半導体の電子親和力はほぼ0となる。そして割合xが1となる窒化アルミニウムでは電子親和力は負となる。
【0039】
図2は、結晶構造の単位格子における基本ベクトルを示す図である。
図1に示すウルツ鉱型結晶構造の単位格子は正六角柱の形状であるが、
図2はその単位格子の正六角柱を示している。単位格子である正六角柱の中心軸方向の基本ベクトルをベクトルcとする。また、ベクトルcの方向をc軸方向とする。正六角柱の中心軸から正六角形の3つの頂点に向かうベクトルをそれぞれベクトルa
1,ベクトルa
2,ベクトルa
3とする。なお、正六角形の3つの頂点は図示のように1つおきに選ばれている。
【0040】
これら4つの基本ベクトルa
1,a
2,a
3,cによって結晶構造における方向と平面を表現できる。各基本ベクトルa
1,a
2,a
3,cにそれぞれ係数i,j,k,lを乗じたベクトルを加算したベクトルの方向を[ijkl]と表す。ただし、係数i,j,k,lはそれぞれ整数値であり、例えば−1,0,1等の値を取る。この表記法によれば、c軸方向は[0001]で表され、基本ベクトルa
1の方向は[1000]で表される。c軸方向と逆方向は[000−1]で表される。
【0041】
また、法線方向が[ijkl]となる平面を(ijkl)面と表記する。すなわち、c軸方向に垂直な平面は(0001)面と表される。この(0001)面は簡単にc面とも呼ばれる。
図2において、符号Scによって示される平面もc面となる。単位格子の正六角柱の側面に相当する平面は総称してm面と呼ばれる。m面の例としては、(10−10)面がある。この(10−10)面は、
図2において符号Smによって示される平面である。この他にも(−1010)面、(1−100)面、(−1100)面、(01−10)面、(0−110)面がm面と呼ばれる。そして、m面に対するその法線方向をm軸方向と呼ぶ。
【0042】
ウルツ鉱型結晶構造の結晶体のc面を基礎としてエピタキシャル成長を行う場合、このような結晶成長をc面成長と言う。このとき、c面を成長面と言い、c面成長によって形成された半導体の層をc面半導体層と言う。同様に、m面を基礎とする結晶成長をm面成長と言う。この場合は、m面が成長面であり、m面成長によって形成された半導体の層をm面半導体層と言う。a面についても同様である。
【0043】
図3は、本発明の半導体素子である真空チャネルトランジスタ1の断面構造を模式的に示す図である。真空チャネルトランジスタ1は、キャリアとしての電子が真空空間のチャネル中を走行する構造の電界効果トランジスタである。このため、理論的には電子を光速度近くまで加速可能であり、動作速度の上限が半導体材料中の電子の飽和速度に依存することがない。これにより、動作速度の大幅な向上が可能となる。
【0044】
真空チャネルトランジスタ1は、基板としての導体基板11の上面に絶縁層12を形成し、その絶縁層12の上面に半導体層13を設けた積層体から製造される。この積層体については
図10を参照されたい。この積層体の半導体層13からドライエッチング等によりソース131およびドレイン132が形成される。すなわち、ソース131およびドレイン132は半導体層13と同一の組成の半導体である。
【0045】
ソース131とドレイン132が対向する空間は真空空間であり、この部分が電子の走行するチャネルとなる。なお、ソース131とドレイン132間の間隙が十分に小さい場合には、ソース131とドレイン132間の空間を必ずしも真空とする必要はなく、この空間に大気等の気体が存在していてもよい。電界効果トランジスタとしてのゲートに相当するのは導体基板11自体である。これらのソース131、ドレイン132、ゲートにより真空チャネルトランジスタ1は電界効果トランジスタとしての動作を行う。
【0046】
半導体層13は窒化ガリウム−窒化アルミニウム混晶半導体Al
xGa
1-xNであり、窒化アルミニウムの割合xが0.65以上となっている。また、この混晶半導体はウルツ鉱型の結晶構造となっている。
図3に示すように、ソース131とドレイン132の対向方向はウルツ鉱型結晶構造のc軸方向となっている。この方向はソース131からドレイン132に向けて電子が放出される際の電子の主要な放出方向となっている。すなわち、ソース131から放出される電子の主要な放出方向がc軸方向と一致するように構成されている。
【0047】
図4は、真空チャネルトランジスタ1を上方から見た平面図である。導体基板11上面の絶縁層12の上に形成されたソース131およびドレイン132は先端部が互いに近接するような形状に構成されている。ソース131とドレイン132の対向方向がこれらの半導体層のウルツ鉱型結晶構造のc軸方向と一致するようにされている。すなわち、ソース131からドレイン132に向けて放出される電子の主要な放出方向がc軸方向となっている。
【0048】
ソース131の上面にはソース131に通電するための金属電極21が設けられ、ドレイン132の上面にはドレイン132に通電するための金属電極22が設けられている。また、導体基板11の下面にはゲートに通電するための金属電極23が設けられている。なお、ここでは導体基板11として、n型シリコン基板を使用している。シリコン基板を使用した場合には、加熱・酸化処理によって二酸化ケイ素からなる絶縁層12を容易に形成することができる。しかし、導体基板11としては、シリコン基板に限定されることはなく、任意の導体を使用することもできる。
【0049】
本発明の真空チャネルトランジスタ1において、電子の放出方向をc軸方向とするのは以下の理由による。本発明者は電子放出の効率向上の条件を探るために、ウルツ鉱型結晶構造の窒化ガリウムについて各面方位に対するショットキー特性を測定することにより、電子親和力の面方位依存性を調べた。その結果、m軸方向が最も電子親和力が大きく、c軸方向が最も電子親和力が小さくなることを見出した。このような電子親和力の面方位依存性は窒化アルミニウムや窒化ガリウム−窒化アルミニウム混晶半導体でも同様に発生すると考えられる。
【0050】
前述のように電子放出の効率は電子親和力に強く関係しているため、電子の放出方向をc軸方向とすることにより、電子親和力を最小として電子放出の効率を最大限向上できることが期待される。この結果から、窒化ガリウム−窒化アルミニウム混晶半導体を用いた真空チャンネルトランジスタは、電子の放出方向がc軸方向と一致するような構造が最適構造であることが判明した。
【0051】
なお、電子の放出方向はc軸と一致させることが最適ではあるが、電子の放出方向とc軸方向がある程度の角度を成すものであっても、電子放出の効率向上はある程度期待できる。電子放出に対するピエゾ分極と自発分極の影響を調べるシミュレーション計算によれば、電子の放出方向とc軸方向とのなす角度が30度を超えると、電子放出の効率は半減する。したがって、電子の主要な放出方向と結晶構造のc軸方向とのなす角度が30度以下であることが望ましい。
【0052】
図5は、本発明の真空チャネルトランジスタ1と従来のデバイスの特性を比較したグラフである。
図5はソース・ドレイン間距離としきい電圧との関係を示すものであり、横軸がソース・ドレイン間距離[μm]を表し、縦軸がしきい電圧を表している。なお、しきい電圧とはソースとドレイン間に電圧を印加して電流が流れ始める最小の電圧である。実線グラフが本発明のデバイスに相当し、点線グラフが従来のシリコンに基づいたデバイスに相当する。
【0053】
本発明のデバイスとしては、窒化アルミニウムをソース電極としてc軸方向に電子を放出する構造であるとした。従来デバイスはシリコンをソース電極とした。
図5の結果は、デバイス・シミュレーションの計算に基づくものである。例えば、ソース・ドレイン間距離が10μmの場合、従来デバイスではしきい電圧が350Vに達するのに対して、本発明のデバイスではしきい電圧が2.5V程度となる。
【0054】
実線、点線両グラフの左端の計算点はソース・ドレイン間距離が150nmの場合であるが、このソース・ドレイン間距離では、従来デバイスのしきい電圧が約10Vであるのに対し、本発明のデバイスのしきい電圧は1mV以下となっている。このように、本発明によればデバイスのしきい電圧を従来より著しく低下させることができ、電子放出の効率を大幅に向上させることができる。これにより、本発明のデバイスでは、動作速度の大幅な向上に加えて消費電力の大幅な低減を実現することができる。
【0055】
図6は、窒化アルミニウムのソース電極に対して、電子の放出方向がc軸方向の場合とm軸方向の場合のデバイス特性の比較を示すグラフである。
図6はデバイスのゲート電圧に対するドレイン電流の特性を示すものであり、横軸がゲート電圧[V]を表し、縦軸がドレイン電流[μA]を表している。
図6の結果は、デバイス・シミュレーションの計算に基づくものである。
【0056】
ここでは、電子の放出方向によるデバイス特性の相違が明瞭となるように、ソース・ドレイン間距離を1mmとした。実線グラフが電子の放出方向をc軸方向とした場合であり、点線グラフが電子の放出方向をm軸方向とした場合である。電子の放出方向をc軸方向とした場合、放出方向をm軸方向とした場合に比べてドレイン電流が著しく増加しており、電子放出の効率が大幅に向上していることが分かる。
【0057】
電子の放出方向をm軸方向とした場合、ゲート電圧を増加してもドレイン電流はほとんど流れていない。これに対して、電子の放出方向をc軸方向とした場合、ドレイン電流はゲート電圧が3.5V付近からゲート電圧の増加とともに急激に増加している。この場合の相互コンダクタンスはゲート電圧が10Vのときに約1.3μSとなっている。このため、これに相当する遮断周波数は1THz以上となることが推定できる。
【0058】
次に、本発明の真空チャネルトランジスタ1の製造方法について説明する。
図7から
図11は、本発明の真空チャネルトランジスタ1の製造方法の各工程を示す図である。まず、
図7に示すように、導体基板11の上面に絶縁層12を形成する。ここでは導体基板11として、n型シリコン基板を使用している。シリコン基板の上面に対して加熱・酸化処理を施し、二酸化ケイ素からなる絶縁層12を形成する。
【0059】
また、
図8に示すように、窒化ガリウムの基板14の上面に半導体層13を形成する。基板14はウルツ鉱型結晶構造の窒化ガリウムの結晶体であり、上面はm面となっている。基板14のこのm面を基礎として結晶成長を行い、窒化ガリウム−窒化アルミニウム混晶体からなる半導体層13を形成する。この半導体層13の混晶半導体Al
xGa
1-xNは、窒化アルミニウムの割合xが0.65以上であり、基板14と同じウルツ鉱型の結晶構造となる。この半導体層13のc軸方向はm面の平面と平行である。
【0060】
半導体層13は具体的には有機金属気相成長法(MOCVD:Metal Organic Chemical Vapor Deposition)によって基板14のm面に対して混晶半導体を結晶成長させて形成する。例えば、トリメチルガリウム(TMG)、トリメチルアルミニウム(TMA)、アンモニア(NH
3)の混合ガスを1000℃で保持された基板14のm面上に導入することにより混晶半導体Al
xGa
1-xNを形成する。混合ガスの混合割合を調整すれば任意の割合xの混晶半導体Al
xGa
1-xNを形成することができる。混晶半導体は基板14のm面に対してm軸方向にエピタキシャル成長する。混晶半導体の半導体層13はm面半導体層となっている。
【0061】
次に、
図9に示すように、絶縁層12が形成された導体基板11の上面に、半導体層13が下面となるように反転させた基板14を接近させ、絶縁層12の上面に半導体層13を貼り合わせる。導体基板11と基板14は窒素ガス雰囲気において1000℃で20分間の加熱処理が施される。この工程により導体基板11の絶縁層12と基板14の半導体層13は結合される。
【0062】
次に、
図10に示すように、レーザーリフトオフ法により半導体層13と基板14とを剥離する。基板14と半導体層13との境界面には格子不整合によるミスフィット転位が発生しているため、レーザー光を吸収しやすい。レーザー光を照射すると、レーザー光がこの境界面で選択的に吸収され、境界面の融解が生じて容易に基板14を剥離することができる。
【0063】
次に、
図11に示すように、塩素系ドライエッチングにより、半導体層13を混晶半導体から成るソース131およびドレイン132の形状に加工する。ソース131およびドレイン132の先端間の間隔は例えば5μmとする。このソース・ドレイン間の間隔は、シリコンLSIなどに用いられる超微細加工技術を用いる必要がないサイズである。このため、本発明の真空チャネルトランジスタ1は、高価なステッパー(縮小投影型露光装置)や高度なエッチング技術を必要とせず、デバイスの製造コストを低減することができる。
【0064】
そして最後に、導体基板11の下面側に金属電極23を形成し、ソース131上面に金属電極21を形成し、ドレイン132上面に金属電極22を形成する。これにより、
図3に示すような真空チャネルトランジスタ1が完成する。金属電極21,22としてはアルミニウムが使用でき、金属電極23としてはチタンシリコンとアルミニウムの積層構造電極などが使用できる。
【0065】
なお、金属電極21はソース131の先端(電子放出端)から10μmの範囲は形成されていない。これは金属電極21より注入される電子が先端側10μmの範囲の混晶半導体で充分加速されるようにするためである。しかし、この部分の寸法を増加しすぎると、電子が走行する距離が増し、抵抗が増加してしまう。そのため、この部分の寸法には最良値が存在する。この実施例の場合は10μmとなる。
【0066】
この真空チャネルトランジスタ1の各層の実際の寸法例としては、例えば、絶縁層12の厚さは100nm、半導体層13の厚さは100nmとすることができる。また、ソース131およびドレイン132の先端間の間隔は例えば5μmとすることができる。
【0067】
次に、本発明の真空チャネルトランジスタの変形例について説明する。
図12は、本発明の真空チャネルトランジスタの変形例としての真空チャネルトランジスタ1aの断面構成を模式的に示す図である。この真空チャネルトランジスタ1aでは、
図3に示す真空チャネルトランジスタ1の構成に加えて、ソース131およびドレイン132の上面にそれぞれ結合層151,152が形成されている。金属電極21,22は結合層151,152の上面に設けられている。真空チャネルトランジスタ1aのその他の構成は
図3の真空チャネルトランジスタ1と同様である。
【0068】
結合層151,152は、ソース131およびドレイン132側から金属電極21,22側に向かうにつれて混晶半導体Al
xGa
1-xNの割合xが単調に減少するように組成が調整された混晶半導体の層である。換言すれば、結合層151,152では、混晶半導体における割合xが金属電極21,22側からソースおよびドレイン側に向かって単調に増大する。結合層151,152の下端面ではx=0.65となっており、上端面ではx=0.2となっている。混晶半導体の割合xは上方に向かって単調に減少している。この結合層151,152の厚さは500nmである。
【0069】
混晶半導体Al
xGa
1-xNの割合xが大きいほど混晶半導体と金属電極の接触抵抗率は大きくなる。このため混晶半導体と金属電極の接触界面では割合xが小さい方が電気抵抗が小さくなり望ましい。しかし、ソース131の混晶半導体Al
xGa
1-xNの割合xを小さくしてしまったのでは電子放出の効率が低下してしまう。そこで、真空チャネルトランジスタ1aでは、ソース131およびドレイン132の上面に結合層151,152を形成して、電子放出の効率向上と金属電極との接触抵抗率の低下という相反する要望を両立させるようにしたものである。
【0070】
図13は、他の変形例としての真空チャネルトランジスタ1bの断面構成を模式的に示す図である。この真空チャネルトランジスタ1bでは、
図12に示す真空チャネルトランジスタ1aの構成に、結合層151,152上面の接触層161,162が追加されている。金属電極21,22は接触層161,162の上面に設けられている。真空チャネルトランジスタ1bのその他の構成は
図12の真空チャネルトランジスタ1aと同様である。
【0071】
真空チャネルトランジスタ1bでは、結合層151,152と金属電極21,22の間に接触層161,162が追加されている。接触層161,162は窒化ガリウムから成る層であり、金属電極との接触抵抗率は小さい。このため、真空チャネルトランジスタ1bでは、
図12の真空チャネルトランジスタ1aよりも金属電極との接触抵抗率をさらに低下させることができる。これにより、高濃度の電子をソース131に供給でき、しきい電圧をさらに低減することができる。なお、本例では結合層151,152の厚さは500nmであり、接触層161,162の厚さも500nmである。
【0072】
なお、以上の実施の形態では基板14上面の面方位がm面であるとしたが、基板14上面の面方位はa面であって同等のデバイスを製造することができる。最良の形態としては、混晶半導体から成る半導体層がm面半導体層またはa面半導体層であり、ピエゾ分極や自発分極の影響を受けないことが望ましい。電子がm面またはa面内で加速されてc軸方向に放出される場合に、電子放出の効率が最も大きくなり、しきい電圧も低減できる。
【0073】
ただし、実際の半導体層13上面の面方位はm面やa面に対して完全に一致する必要はなく、一定の角度内で傾いていても良い。また電子を放出する方向もc軸に完全に一致する必要はなく、c軸に対して一定の角度内で傾いていても良い。電子放出に対するピエゾ分極と自発分極の影響を調べるシミュレーション計算によれば、電子の放出方向とc軸方向とのなす角度が30度を超えると、電子放出の効率は半減する。したがって、電子の主要な放出方向と結晶構造のc軸方向とのなす角度が30度以下であることが望ましい。
【0074】
ソースの半導体層において電子を加速する場合、ピエゾ分極や自発分極の影響を受けにくいm面またはa面に近い面内で電子を加速することにより、層内でのキャリアを均一な電界分布で加速することができるため、電子の加速効率を高めることができる。さらに、m面またはa面ではピエゾ分極や自発分極の影響を受けにくいため、ヘテロ界面でのバンドの障壁もなく金属電極からのキャリアの注入も容易となる。また、結合層151を有する真空チャネルトランジスタ1aや結合層151、接触層161を有する真空チャネルトランジスタ1bの場合、金属電極21からソース131に電子が移動することになるが、この場合の電子の移動方向がm軸またはa軸方向となるため、低抵抗で効率的な電子の移動が可能である。これらの効果により、真空チャンネルトランジスタのしきい電圧の低減と効率の向上を実現できる。
【0075】
以上のように、本発明の半導体素子としての真空チャネルトランジスタは、窒化ガリウム−窒化アルミニウム混晶半導体を使用し、ソース電極における電子の主要な放出方向を結晶構造のc軸方向としたので、電子放出の効率を最大限に向上させ、電子放出のためのしきい電圧を著しく低減させることができる。これにより、真空チャネルトランジスタの動作速度を大幅に向上させることができ、1THz〜10THzの周波数範囲内での動作も可能となる。それに加えて、本発明の真空チャネルトランジスタでは、消費電力の大幅な低減を実現することができる。
【0076】
なお、以上に示した実施の形態では、半導体素子を真空チャネルトランジスタとして説明したが、本発明の半導体素子は真空チャネルトランジスタに限定されることはない。本発明は、電子供給素子やその他の任意の電子放出を伴う半導体素子に適用することができる。