(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記第2ステップにおいて、前記すべり板と前記すべり支承との境界面における温度が同一であるとして、有限要素解析を行うことを特徴とする請求項1に記載のすべり面温度推定方法。
【背景技術】
【0002】
免震構造の建物では、下部構造である基礎の上に免震装置を設け、この免震装置を介して、上部構造である建物を支持する。この免震装置は、例えば、基礎上に設けられたすべり板と、このすべり板上を摺動するすべり支承と、を備える(特許文献1、2参照)。
【0003】
以上の免震装置では、地震時に、建物に加わる地震力が大きい場合には、すべり支承がすべり板の上を摺動して、地震力を緩和する。
【0004】
ここで、すべり支承に設けられたすべり材のすべり板に対する水平方向の移動量を、すべり量とする。このすべり量は、すべり板のすべり面の摩擦の影響を受けるが、すべり面が高温になると摩擦係数が常温時より低下することが判っている。したがって、免震構造の建物の設計に際しては、この摩擦係数の低下を考慮することが望ましい。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
すべり面の摩擦係数を把握する方法としては、実大実験つまり実際の大きさの部材を用いた実験が最も正確である。しかしながら、試験装置の性能や実験コストの面から実験可能な規模には制限があり、縮小規模の実験しか実施できない場合がある。
縮小実験では、試験体の材料、鉛直方向の寸法、単位面積当たりの載荷荷重などについては、比較的容易に実大に一致させることができる。これに対し、水平方向の寸法、すなわち、すべり支承の径およびすべり量は、実大に一致させることは困難であり、縮小せざるを得ない。
【0007】
水平方向の寸法を、実大に対して幾何学的に相似に縮小すると、発生する摩擦熱に対する外周方向への失熱の割合が大きくなるため、実大より低めの温度となる。
したがって、縮小実験による摩擦係数は、実大で予想される温度を用いて補正する必要がある。
【0008】
この補正のために必要なすべり面温度は、縮小実験結果から得られた摩擦熱に基づいて、熱伝導解析などにより推定する必要がある。この場合、すべり板およびすべり支承は、形状、すべり方向、伝熱方向が三次元的に拡がりを持つため、三次元の熱伝導解析が必要であるが、モデル化に要する労力や計算時間の負担が大きい、という問題があった。
【0009】
本発明は、実大相当のすべり面温度を容易に推定できるすべり面温度推定方
法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
請求項1に記載のすべり面温度推定方法は、すべり板(例えば、後述のすべり板10)のすべり面(例えば、後述のすべり面11)上をすべり支承(例えば、後述の弾性すべり支承20)が摺動する免震装置(例えば、後述の免震装置1)について、前記すべり面の温度を推定するすべり面温度推定方法であって、前記すべり板および前記すべり支承の縮小模型を製作し、当該縮小模型を用いて実験を行って、前記すべり面に生じる摩擦熱(例えば、後述の摩擦熱Q)を求める第1ステップ(例えば、後述のステップS1)と、前記すべり板および前記すべり支承を鉛直方向断面に沿って一次元で有限要素解析を行って、前記すべり面で発生した摩擦熱が前記すべり板の内部に流入する割合を流入率(例えば、後述の流入率k
in)として求める第2ステップ(例えば、後述のステップS2)と、前記すべり支承の直径と振幅に基づいて、前記すべり面上の各点が前記すべり支承と接触する時間的な割合を接触率(例えば、後述の接触率k
ct)として求める第3ステップ(例えば、後述のステップS3)と、前記摩擦熱、前記流入率、および前記接触率に基づいて前記すべり面上の各点に入射する入射熱流束(例えば、後述の入射熱流束qb
XY)を求めて、当該入射熱流束を境界条件として、前記すべり板を三次元で有限要素解析を行って、すべり板上の各点のすべり面の温度(例えば、後述のすべり面の温度T
fcal)を求める第4ステップ(例えば、後述のステップS4、S5)と、前記すべり面の温度(例えば、後述の実大のすべり面の温度T)を、縮小模型を用いた実験で測定した温度(例えば、後述の縮小模型のすべり面の温度T
rexp)よりも大きく、前記第4ステップで求めた温度よりも小さい範囲とする第5ステップ(例えば、後述のステップS6)と、を備えることを特徴とする。
【0011】
この発明によれば、第4ステップで、すべり板のみを三次元要素解析するので、解析に要する労力および計算時間を大幅に削減でき、すべり面の温度を容易に推定できる。
また、第5ステップにおいて、実大のすべり面の温度を所定の範囲で求めることができるので、すべり板を設計する際に、この所定範囲の最小値あるいは最大値を適宜用いて摩擦係数を算定すれば、容易に安全側で検討できる。
【0012】
また、すべり板に対して有限要素解析を行う場合、すべり面で発生した摩擦熱がすべり支承側とすべり板側のそれぞれに伝わる割合を設定する必要がある。しかし、これを厳密に設定しようとすると、すべり支承とすべり板の相対移動を考慮して、接触面を切り替えながら計算を行う必要があり、計算負担が増大する。
【0013】
そこで、本発明では、このような厳密な計算を行わずに、事象を単純化して、すべり面上の各点がすべり支承と接触する時間的な割合を接触率とし、この接触率を用いて有限要素解析の境界条件を算定したので、計算負担をさらに低減できる。
【0014】
すべり支承はすべり面上を往復しているので、すべり面上のある一点は、実際には、すべり支承と接触した状態と、周囲空気に曝露された状態と、を周期的に繰り返す。このすべり支承との接触の有無を経時的に切り替えて計算するのは煩雑となるため、全加振時間に対するすべり支承との接触時間の割合を表す係数を接触率とし、この接触率を用いて有限要素解析の境界条件とする。
【0015】
請求項2に記載のすべり面温度推定方法は、前記第2ステップにおいて、前記すべり板と前記すべり支承との境界面における温度が同一であるとして、有限要素解析を行うことを特徴とする。
【0016】
有限要素解析を行う際、すべり面の熱伝達係数の設定が必要となるが、すべり板とすべり支承の材質やすべり面の表面状態によって変化するため、正確な設定は困難である。
そこで、この発明では、すべり支承とすべり板との境界面における温度が同一であるとして、有限要素解析を行うことで、計算負担をさらに低減できる。なお、このようにしても、すべり支承の表面とすべり板の表面との温度差による伝熱量は、摩擦により発生する熱に比べて十分に小さく、計算結果に与える影響は無視できる。
【0017】
本発明では、免震装置は、すべり板のすべり面上をすべり支承が摺動する免震装置であって、前記すべり板の材質、大きさ、および形状は、上述のすべり面温度推定方法により推定されたすべり面の温度に基づいて決定されていること
が好ましい。
【0018】
本発明では、建物(例えば、後述の建物3)は、すべり板のすべり面上をすべり支承が摺動する免震装置を備える建物であって、前記すべり面の摩擦係数(例えば、後述の摩擦係数M)が
上述のすべり面温度推定方法により推定されたすべり面の温度に基づいて設定され、当該摩擦係数に基づいて設計されたこと
が好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、すべり板のみを三次元要素解析するので、解析に要する労力および計算時間を大幅に削減でき、すべり面の温度を容易に推定できる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明の一実施形態に係るすべり面温度推定方法が適用された免震装置の縦断面図である。
【
図2】前記実施形態に係るすべり面温度推定方法を用いて、免震装置のすべり板のすべり面の温度を推定する手順のフローチャートである。
【
図3】前記実施形態に係るすべり面温度推定方法において、すべり面に生じる摩擦熱を算定するための縮小実験の模式図である。
【
図4】前記実施形態に係るすべり面温度推定方法において、縮小実験により求めた摩擦熱の経時変化を示す図である。
【
図5】前記実施形態に係るすべり面温度推定方法において、すべり面上の温度を測定する手順を説明するための模式的な平面図である。
【
図6】前記実施形態に係るすべり面温度推定方法において、すべり板およびすべり支承の鉛直方向断面をモデル化した模式図である。
【
図7】前記実施形態に係るすべり面温度推定方法において、流入率の経時変化の具体例を示す図である。
【
図8】前記実施形態に係るすべり面温度推定方法において、接触率の分布の具体例を示す図である。
【
図9】前記実施形態に係るすべり面温度推定方法において、接触率の分布を説明するためのすべり板の模式的な平面図である。
【
図10】前記実施形態に係るすべり面温度推定方法において、三次元有限要素解析の結果の具体例を示す図である。
【
図11】前記実施形態に係るすべり面温度推定方法において、三次元有限要素解析の結果を説明するためのすべり板の模式的な平面図である。
【
図12】前記実施形態に係るすべり面温度推定方法において、予測により求めたすべり面の温度および縮小模型を用いた実験により測定されたすべり面の温度の経時変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の一実施形態について、図面を参照しながら説明する。
図1は、本発明の一実施形態に係るすべり面温度推定方法が適用された免震装置1の側面図である。
免震装置1は、下部構造である基礎2に設けられて、上部構造である建物3を支持するものである。
【0022】
基礎2の上面には、鉄筋コンクリート造の下部免震基礎4が構築され、建物3の下面には、鉄筋コンクリート造の上部免震基礎5が構築される。
免震装置1は、下部免震基礎4の上面に固定されたすべり板10と、このすべり板10のすべり面11の上に水平方向に摺動可能に設けられた弾性すべり支承20と、を備える。
弾性すべり支承20は、すべり板10の上に設けられたすべり材21と、このすべり材21の上に設けられた下部鋼板22と、下部鋼板22の上に設けられた積層ゴム23と、積層ゴム23の上に設けられた上部鋼板24と、を備える。
【0023】
以上の免震装置1は、基礎2に反力をとって建物3を下から支持しつつ、建物3が基礎2に対して水平方向に移動可能な状態を保持している。
そして、地震時において、建物3に加わる小さな地震力が加わった場合には、弾性すべり支承20の積層ゴム23が変形して、地震力を緩和し、大きな地震力が加わった場合には、弾性すべり支承20がすべり板10の上を摺動して、地震力を緩和する。
【0024】
免震装置1のすべり板10のすべり面の温度を推定して、この推定した温度に基づいてすべり面11における摩擦係数Mを設定して、この摩擦係数Mに基づいて建物3が設計されている。
以下、建物3を設計する手順について、
図2のフローチャートを参照して説明する。
【0025】
ステップS1では、縮小模型を用いて、すべり面に生じる摩擦熱Qを算定するとともに、すべり面上の測定点の温度T
rexpを測定する。
すなわち、
図3に示すように、免震装置の縮小模型を製作し、実際に、縮小模型のすべり板上で、縮小模型のすべり支承を振動させる。この縮小実験では、垂直方向の寸法・材質、面圧、および単位時間当たりのすべり量を実大に一致させる。
【0026】
例えば、以下の実験条件により縮小実験を行った。試験体の外径を300mmとし、鉛直一定軸力で水平動的に周期4秒の正弦波で加振する2軸載荷を行う。基準面圧は20N/mm
2とし、250回の連続加振とした。
【0027】
この縮小実験において、すべり支承に作用する水平力Hを測定する。すべり支承のすべり量をDとすると、すべり面に生じる単位面積当たりの摩擦熱Qは、以下の式(1)で求められる。
【0029】
図4は、縮小実験により求めた摩擦熱の経時変化を示す図である。この
図4より、時間が経過するに従って摩擦熱Qが低下することが判る。
【0030】
また、この縮小実験を行った際、
図5に示すように、すべり板のすべり面上に格子状に測定点を設定し、各測定点の温度T
rexpを測定しておく。
【0031】
ステップS2では、一次元の有限要素解析により流入率k
inを算定する。
図6に示すように、すべり板およびすべり支承を鉛直方向断面に沿ってモデル化する。すると、各要素が鉛直方向に一列に並んだ一次元となる。このモデルに対して有限要素解析を行って、摩擦熱Qがすべり板の内部に流入する割合を流入率k
inとして求める。
なお、この有限要素解析では、 すべり支承とすべり板との境界面(すべり面)における温度は、同一に設定する。
図7は、流入率k
inの経時変化の具体例を示す図である。
【0032】
ステップS3では、実大について、接触率k
ctを算定する。
すべり支承は、すべり板のすべり面上を、所定の振幅、所定の周期で振動するものと仮定する。そして、すべり支承の直径および振幅に基づいて、すべり面上の各点がすべり支承と接触する時間的な割合を接触率k
ctとして求める。
【0033】
図8は、接触率k
ctの分布の具体例を示す図であり、
図9は、すべり板の模式的な平面図である。
図8は、
図9に示すすべり板の一部(斜線部分)であり、
図9のすべり板上にてすべり支承を
図8中白抜き矢印方向に振動させた場合における、接触率k
ctの分布である。
図8に示すように、すべり板の中心に近い点ほど、すべり面にすべり支承が接触する時間が長期化するので、接触率k
ctは高くなっている。
【0034】
ステップS4では、実大について、入射熱流束qb
XYを算定する。
すべり支承がすべり面上を振動した場合に、摩擦熱Q、流入率k
in、および接触率k
ctに基づいて、すべり面上の各点に入射する入射熱流束qb
XYを、以下の式(2)に従って求める。
【0035】
qb
XY=k
ctk
inQ+h(1−k
ct)(T
a−T
XY) …(2)
h:綜合熱伝達率
T
xy:計算時点における任意のすべり板表面の各測定点xyの温度
T
a:周囲温度
【0036】
以上の式(2)の右辺において、第1項は、すべり面からすべり板に向かう熱を求めている。すなわち、ステップS1〜S3の計算結果である摩擦熱Q、流入率k
in、接触率k
ctの積である。
一方、右辺の第2項は、すべり面から外部に放出される熱を求めている。つまり、すべり面の各点は、すべり支承が接していない状態では、周囲の空気により空冷されるので、この空冷による放射される熱を求める。
【0037】
ステップS5では、三次元の有限要素解析により、すべり板上の各測定点のすべり面の温度T
fcalを求める。
ステップS4で求めた入射熱流束qb
XYを境界条件として、すべり板を三次元で有限要素解析を行って、すべり板上の各測定点のすべり面の温度T
fcalを求める。
【0038】
図10は、三次元有限要素解析の結果の具体例を示す図であり、
図11は、すべり板の模式的な平面図である。
図10は、
図11に示すすべり板の一部(斜線部分)であり、
図11のすべり板上にてすべり支承を
図11中白抜き矢印方向に振動させた場合における、三次元有限要素解析の結果である。
【0039】
ステップS6では、実大のすべり面の温度をTとして、T
fcal>T>T
rexpの範囲に設定する。
実大のすべり面の温度Tは、縮小模型のすべり面の温度T
rexpよりも高くなる。その理由は、実大の方が、縮小模型よりも、発生する摩擦熱が外周方向に失熱する割合が小さいからである。
【0040】
ステップS7では、この推定した実大のすべり面の温度Tに基づいてすべり面11における摩擦係数Mを設定する。
ステップS8では、この設定した摩擦係数Mに基づいて建物3を設計する。
【0041】
また、実大のすべり面の温度Tは、ステップS5で求めたすべり面の温度T
fcalよりも低くなる。その理由は、以下の通りである。
すなわち、すべり支承の移動量が同じであっても、すべり面の温度が上昇するに従って、摩擦係数は低下し、単位面積当たりの摩擦熱も低下する。上述のように、縮小模型のすべり面の温度T
rexpは、実大のすべり面の温度Tよりも低いため、縮小模型における摩擦熱Qは、実大の摩擦熱よりも高くなる。ステップS5では、縮小実験で求めた実大よりも高い摩擦熱Qを用いてすべり面の温度T
fcalを求めているので、ステップS5で求めたすべり面の温度T
fcalは、実大のすべり面の温度Tよりも高くなる。
【0042】
図12は、予測により求めたすべり面の温度T
fcalと、縮小模型を用いた実験により測定されたすべり面の温度T
rexpと、の経時変化を示す図である。
図12において、実大のすべり面の温度Tは、T
fcalとT
rexpとで囲まれた領域となる。
【0043】
本実施形態によれば、以下のような効果がある。
ステップS5において、すべり板のみを三次元要素解析するので、解析に要する労力および計算時間を大幅に削減でき、すべり面温度を容易に推定できる。
また、実大のすべり面の温度TをT
fcal>T>T
rexpの範囲で求めたので、すべり板を設計する際に、この所定範囲の最小値(T
rexp)あるいは最大値(T
fcal)を適宜用いて摩擦係数を算定すれば、容易に安全側で検討できる。
【0044】
事象を単純化して、すべり面上の各点がすべり支承と接触する時間的な割合を接触率k
ctとし、この接触率k
ctを用いて有限要素解析の境界条件である入射熱流束qb
XYを算定したので、計算負担をさらに低減できる。
【0045】
ステップS2において、すべり支承とすべり板との境界面における温度が同一であるとして、一次元有限要素解析を行うことで、計算負担をさらに低減できる。
【0046】
なお、本発明は前記実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれるものである。