特許第6341911号(P6341911)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6341911-ラクターゼ含有組成物の製造法 図000006
  • 特許6341911-ラクターゼ含有組成物の製造法 図000007
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6341911
(24)【登録日】2018年5月25日
(45)【発行日】2018年6月13日
(54)【発明の名称】ラクターゼ含有組成物の製造法
(51)【国際特許分類】
   C07K 1/18 20060101AFI20180604BHJP
   C12N 9/38 20060101ALI20180604BHJP
   C12N 9/50 20060101ALI20180604BHJP
【FI】
   C07K1/18
   C12N9/38
   C12N9/50
【請求項の数】8
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-517063(P2015-517063)
(86)(22)【出願日】2014年5月12日
(86)【国際出願番号】JP2014062552
(87)【国際公開番号】WO2014185364
(87)【国際公開日】20141120
【審査請求日】2017年2月23日
(31)【優先権主張番号】特願2013-101077(P2013-101077)
(32)【優先日】2013年5月13日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】303036670
【氏名又は名称】合同酒精株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】特許業務法人アルガ特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100077562
【弁理士】
【氏名又は名称】高野 登志雄
(74)【代理人】
【識別番号】100096736
【弁理士】
【氏名又は名称】中嶋 俊夫
(74)【代理人】
【識別番号】100117156
【弁理士】
【氏名又は名称】村田 正樹
(74)【代理人】
【識別番号】100111028
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 博人
(72)【発明者】
【氏名】吉川 潤
(72)【発明者】
【氏名】塩田 一磨
【審査官】 福澤 洋光
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭53−148591(JP,A)
【文献】 特開昭51−076459(JP,A)
【文献】 特表2004−534527(JP,A)
【文献】 国際公開第2012/124668(WO,A1)
【文献】 国際公開第2011/033633(WO,A1)
【文献】 特表2009−517061(JP,A)
【文献】 Journal of Food Protection,1988年,Vol.52, No.1,p.30-34
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 1/00−19/00
C12N 1/00−15/90
A23C 1/00−23/00
CA/MEDLINE/BIOSIS/WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラクターゼ及びプロテアーゼを含有する組成物を電気伝導率2〜45mS/cmの塩含有水溶液に溶解し、得られた溶液をイオン交換樹脂に接触させ、イオン交換樹脂に吸着しない画分を採取することを特徴とする、プロテアーゼ含有量が低減したラクターゼ含有組成物の製造法。
【請求項2】
前記塩含有水溶液の電気伝導率が18〜42mS/cmである請求項1記載の製造法。
【請求項3】
前記塩含有水溶液の電気伝導率が25〜36mS/cmである請求項1又は2記載の製造法。
【請求項4】
ラクターゼ及びプロテアーゼを含有する組成物が、微生物が産生するラクターゼ含有組成物である請求項1〜3のいずれか1項記載の製造法。
【請求項5】
塩含有水溶液が、無機酸塩水溶液である請求項1〜4のいずれか1項記載の製造法。
【請求項6】
イオン交換樹脂が、陰イオン交換樹脂である請求項1〜のいずれかに記載の製造法。
【請求項7】
イオン交換樹脂が、陰イオン交換樹脂膜である請求項1〜のいずれかに記載の製造法。
【請求項8】
得られるラクターゼ含有組成物が、ラクターゼ活性とプロテアーゼ活性との比(プロテアーゼ活性÷ラクターゼ活性×100)が、0.02%以下である請求項1〜のいずれかに記載の製造法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プロテアーゼ含有量が低減されたラクターゼ含有組成物の製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
ラクターゼは、ラクトースをグルコース及びガラクトースに分解する酵素である。牛乳等の乳飲料を使用した乳製品中にはラクトースが存在するが、多くのヒトの小腸にはラクターゼが存在するため、乳製品中のラクトースは小腸でグルコースとガラクトースに分解される。しかし、一部に、ラクターゼが十分に作用しないヒトがおり、ラクトースを十分に分解できず、下痢や消化不良の症状が生じる。ラクターゼは、乳製品中のラクトースを分解するために広く使用されている。また、ラクターゼは、乳飲料、発酵乳の甘味度向上に、アイスクリームやミルクジャムの製造に、コーヒーミルク等のカラメル色の付与等にも広く使用されている。
【0003】
そのようなラクターゼは、酵母やカビ、細菌等から生産される。中でも酵母、例えばクルイベロマイセス・ラクティス(K.lactis)やクルイベロマイセス・フラジリス(K.fragillis)、クルイベロマイセス・マーキシアヌス(K.marxianus)等の培養により生産されている。しかし、このような微生物由来のラクターゼ含有組成物中には、少量のプロテアーゼが含まれている。かかるラクターゼに混入したプロテアーゼは、ミルクタンパク質を分解し、牛乳のオフフレーバー(不快な臭い)を増大させ、保存安定性を低下させることが知られている(非特許文献1、特許文献2)。
【0004】
ラクターゼに混入しているプロテアーゼの低減手段としては、イオン交換樹脂等のクロマト樹脂にラクターゼを結合させ、その後ラクターゼのみを脱着又は溶出させることにより可能である旨の報告がある(特許文献1、2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2004−534527号公報
【特許文献2】特表2009−517061号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Milchwissenschaft, Vol.62,No.4,p410−414(2007)
【非特許文献2】Yeast, Vol.15, No.14, p1437−1448(1999)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、例えば K.lactisのゲノム情報によれば数十種類のプロテアーゼ遺伝子が検出される。さらに、その内の数種類は菌体抽出液中に活性が確認されている(非特許文献2)。純粋なラクターゼ液を取得するためには、菌体抽出液に含まれる複数種のプロテアーゼを除去する必要がある。各プロテアーゼの性質は異なるため、一度の精製工程によって複数種のプロテアーゼを除去することは極めて困難である。純粋なラクターゼ液を得るには、複数の精製工程を経ることで、菌体抽出液に含まれるプロテアーゼを1種類ずつ除去する手段が考えられる。したがって、本発明者らの検討によれば、純粋なラクターゼ液を取得するためには、複数種類のカラムクロマトグラフィーに菌体抽出液に含まれるラクターゼを吸着させた後に当該ラクターゼを選択的に溶出させる分画操作を用いて精製する必要があるが、操作が煩雑になる上に大量の設備と精製日数も必要となり、工業的な製造法としては適していなかった。また、精製工程が増えるに従ってラクターゼの収率が下がる問題もある。
【0008】
本発明の課題は、簡便な手段によりラクターゼに混入したプロテアーゼを選択的に除去し、精製されたラクターゼ含有組成物の製造法を提供することにある。
また、本発明の課題は、プロテアーゼ含有量が低減され、乳飲料を使用した乳製品への配合に適したラクターゼ含有組成物、及び当該ラクターゼ含有組成物を配合した乳製品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
そこで本発明者は、簡便な処理でラクターゼ含有組成物中のプロテアーゼを除去する手段を開発すべく種々検討したところ、プロテアーゼ含有ラクターゼ組成物を一定の電気伝導率を有する塩含有水溶液に溶解させた後、イオン交換樹脂に接触させれば、全く意外にもプロテアーゼが選択的に吸着し、ラクターゼが透過するため、何ら溶出処理をすることなく、プロテアーゼ含有量が低減したラクターゼ含有組成物が得られることを見出した。また、このようにして製造されたラクターゼ含有組成物を配合した乳製品は、乳製品中のラクトースが分解されているだけでなく、オフフレーバーを発生させず、舌触りが良好で、かつ保存安定性が良好であることも見出した。
【0010】
すなわち、本発明は、次の[1]〜[7]を提供するものである。
【0011】
[1]ラクターゼ及びプロテアーゼを含有する組成物を電気伝導率2〜45mS/cmの塩含有水溶液に溶解し、得られた溶液をイオン交換樹脂に接触させ、イオン交換樹脂に吸着しない画分を採取することを特徴とする、プロテアーゼ含有量が低減したラクターゼ含有組成物の製造法。
[2]ラクターゼ及びプロテアーゼを含有する組成物が、微生物が産生するラクターゼ含有組成物である[1]記載の製造法。
[3]塩含有水溶液が、無機酸塩水溶液である[1]又は[2]記載の製造法。
[4]イオン交換樹脂が、陰イオン交換樹脂である[1]〜[3]のいずれかに記載の製造法。
[5]イオン交換樹脂が、陰イオン交換樹脂膜である[1]〜[4]のいずれかに記載の製造法。
[6]得られるラクターゼ含有組成物が、ラクターゼ活性とプロテアーゼ活性との比(プロテアーゼ/ラクターゼ)が、0.02%以下である[1]〜[5]のいずれかに記載の製造法。
[7]ラクターゼ活性とプロテアーゼ活性との比(プロテアーゼ活性÷ラクターゼ活性×100)が0.02%以下であるラクターゼ含有組成物。
[8][1]〜[5]のいずれかの方法により得られたものである[7]記載のラクターゼ含有組成物。
[9]当該ラクターゼ含有組成物を牛乳に0.1質量%含有させ、30℃で3ヶ月間静置した後の処理乳を、20,000gで10分間遠心分離することによって得られる沈殿の質量を処理乳の重量で除した値が12%以下である[7]又は[8]記載のラクターゼ含有組成物。
[10][7]〜[9]のいずれかに記載のラクターゼ含有組成物を配合した乳製品。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、プロテアーゼ含有ラクターゼ組成物を塩含有水溶液に溶解してイオン交換樹脂に接触させるだけで、プロテアーゼが低減したラクターゼ含有組成物を効率的に得ることができる。
また、本発明により得られたラクターゼ含有組成物は、ラクターゼ活性とプロテアーゼ活性との比が0.02%以下であり、プロテアーゼ活性が顕著に低減しているとともに、ミルクタンパク質を分解せず、乳に添加して長期間保存しても沈殿を生じ難くなり、乳飲料のオフフレーバーを発生させず、かつ得られる乳製品の舌触りが向上するという全く予想外の効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】様々のプロテアーゼ割合のラクターゼ含有組成物で処理した牛乳のSDS−PAGE結果を示す。
図2】様々なプロテアーゼ割合のラクターゼ含有組成物で処理した牛乳の凝乳を示す(静置保存後、逆さにした状態)。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明のプロテアーゼ含有量が低減したラクターゼ含有組成物の製造法は、(1)ラクターゼ及びプロテアーゼを含有する組成物を電気伝導率2〜45mS/cmの塩含有水溶液に溶解する工程、及び(2)得られた溶液をイオン交換樹脂に接触させ、イオン交換樹脂に吸着しない画分を採取する工程を含む。
【0015】
工程(1)に用いられるラクターゼ及びプロテアーゼを含有する組成物(以下、単に原料ラクターゼ含有組成物という)としては、ラクターゼを産生する微生物の培養によって得られたラクターゼ含有組成物が挙げられる。ラクターゼを産生する微生物としては、クルイベロマイセス属(Kluyveromyces)、アスペルギルス属(Aspergillus)、バチルス属(Bacillus)に属する微生物が挙げられ、このうちクルイベロマイセス属に属する微生物がより好ましい。クルイベロマイセス属に属する微生物のうち、クルイベロマイセス・フラジリス(K. fragillis)、クルイベロマイセス・ラクティス(K. lactis)、クルイベロマイセス・マーキシアヌス(K.marxianus)が好ましく、クルイベロマイセス・ラクティスがより好ましい。
【0016】
ラクターゼを産生する微生物の培養は、例えば乳糖や窒素源を含有する培地中で、pH3〜10の条件下、20〜40℃で24〜180時間行うのが好ましい。得られた培養物から原料ラクターゼ含有組成物を採取するには、例えば回収した細胞から抽出してもよいし、細胞外に排出されるような変異細胞等を用いてもよく、液体培地中で培養した場合においては培養液そのものを使用してもよい。
【0017】
原料ラクターゼ含有組成物は、培養液を含む液状物であってもよいし、培養液から水分を除いた固形物であってもよい。原料ラクターゼ含有組成物から水分を除去する場合、原料ラクターゼ含有組成物に含まれるラクターゼが失活する可能性があること、水分を除去するコストがかかること、得られた固形物は後述する塩水溶液に再溶解させることは困難であること等から、原料ラクターゼ含有組成物は液状物であることが好ましい。
【0018】
本発明において使用するラクターゼは、活性の至適pHが中性領域であり、且つ、酸性領域で失活する性質を有するものであって、活性状態において乳糖を分解できるものが好ましい。ラクターゼ活性の至適pHは6.0〜7.5であり、失活pH4.0〜6.0であるのがより好ましい。
本発明に使用されるラクターゼは、後述する特定の塩水溶液の存在下において、陰イオン交換樹脂に実質的に吸着しない。実質的に吸着しないとは、ラクターゼ収率が80%以上であることをいい、85%以上であることが好ましく、90%以上であることがさらに好ましい。ラクターゼ収率は高いほど好ましいため、上限は特に限定されないが、例えば100%である。ここで言うラクターゼ収率とは、イオン交換樹脂処理後の総ラクターゼ活性をイオン交換樹脂処理前(塩含有水溶液を添加したもの)の総ラクターゼ活性で除した値に100を乗じた値である。
【0019】
ラクターゼを産生する微生物を培養することにより得られた原料ラクターゼ含有組成物中には、通常の工業的精製手段、例えば限外濾過などを採用しても活性比(プロテアーゼ活性÷ラクターゼ活性×100;以下、「プロテアーゼ割合」という場合がある。)で0.043%程度のプロテアーゼが含まれている。ここで、プロテアーゼ割合で示す理由は、個々のプロテアーゼ活性およびラクターゼ活性の値は溶媒量によって変動するため、一様に値を決定することは困難であるところ、原料ラクターゼ含有組成物に含まれる溶媒量に依存せずに示すことが可能であるからである。
【0020】
原料ラクターゼ含有組成物に含まれるプロテアーゼは、後述するプロテアーゼ活性の測定方法によって検出されるものを意味する。すなわち、総プロテアーゼを意味するものであって、特定のプロテアーゼを意味するものではない。プロテアーゼは活性状態において、ペプチドやタンパク質を分解する性質を有する。
原料ラクターゼ含有組成物に含まれるプロテアーゼは、後述する特定の塩水溶液の存在下において、陰イオン交換樹脂に吸着しやすい性質を有し、特に弱塩基性陰イオン交換樹脂に吸着する性質を有する。したがって、後述する特定の塩水溶液に溶解したプロテアーゼを陰イオン交換樹脂に吸着させれば、当該プロテアーゼは当該陰イオン交換樹脂に吸着したままの状態を維持する。
【0021】
原料ラクターゼ含有組成物の溶解に用いられる溶液は、電気伝導率2〜45mS/cmの塩含有水溶液であることが、原料ラクターゼ含有組成物中のプロテアーゼを選択的にイオン交換樹脂に吸着させる点で重要である。すなわち、溶液中に含まれるラクターゼは、イオン交換樹脂に吸着せずに透過するか、イオン交換樹脂に吸着後に遊離する。好ましい電気伝導率は10〜45mS/cmであり、より好ましくは18〜42mS/cmであり、さらに好ましくは20〜41mS/cmであり、さらに好ましくは25〜36mS/cmである。
【0022】
原料ラクターゼ含有組成物を塩水溶液に溶解させる手段は、原料ラクターゼ含有組成物が室温(25℃)下において、液状であるか固体状であるかによって異なる。
原料ラクターゼ含有組成物が液状である場合、液状物である原料ラクターゼ含有組成物100質量部に対し、塩水溶液を10質量部〜9900質量部加えればよい。好ましくは、100質量部〜9900質量部である。添加する塩水溶液が少ないと、好ましい範囲の電気伝導率が得られにくいため、本発明の効果が得られにくい。添加する塩水溶液が多いと、処理時間がかかり煩雑となる問題がある。
原料ラクターゼ含有組成物が固体状である場合、固形物である原料ラクターゼ含有組成物100質量部に対し、塩水溶液を10質量部〜9900質量部加えればよい。好ましくは、100質量部〜9900質量部である。添加する塩水溶液が少ないと、好ましい範囲の電気伝導率が得られにくいため、本発明の効果が得られにくい。添加する塩水溶液が多いと、処理時間がかかり煩雑となる問題がある。原料ラクターゼ含有組成物が固体状である場合、塩水溶液を添加することによって当該ラクターゼ含有組成物が均一に溶解または分散していることが好ましい。
【0023】
電気伝導率2〜45mS/cmの塩含有水溶液に含まれる塩としては、有機酸塩及び無機酸塩でもよいが、無機酸塩を用いるのがプロテアーゼを選択的にイオン交換樹脂に吸着させる点及び目的物であるラクターゼ含有組成物の採取し易さの点で好ましい。有機酸塩としては、酢酸塩、クエン酸塩、リンゴ酸塩、シュウ酸塩、酒石酸塩等の分子量70〜300の有機酸の金属塩、アミン塩等が挙げられる。無機酸塩としては、塩酸、硝酸、硫酸、フッ化水素酸、炭酸、ホウ酸、リン酸等の金属塩、アミン塩等が挙げられる。これらのうち、無機酸の金属塩が特に好ましい。ここで金属としては、アルカリ金属、アルカリ土類金属が挙げられる。塩は単独で使用してもよいし、複数種を混合して使用してもよい。
【0024】
有機酸塩や無機酸塩を用いて電気伝導率2〜45mS/cmの水溶液を得るには、具体的には0.02〜0.42Mの無機酸塩水溶液とするのが好ましく、0.15〜0.37Mの無機酸塩水溶液とするのがより好ましく、0.2〜0.32Mの無機酸塩水溶液とするのがさらに好ましい。
【0025】
前記塩水溶液中のラクターゼ活性は、プロテアーゼを選択的にイオン交換樹脂に吸着させる点から、100〜250,000U/mLが好ましく、500〜120,000U/mLがより好ましく、2,500〜60,000U/mLがさらに好ましい。
【0026】
工程(2)は、得られた溶液をイオン交換樹脂に接触させ、イオン交換樹脂に吸着しない画分を採取する工程である。
【0027】
イオン交換樹脂としては、陽イオン交換樹脂及び陰イオン交換樹脂が挙げられる。陽イオン交換樹脂としては、強酸性陽イオン交換樹脂(スルホン酸基含有)及び弱酸性陽イオン交換樹脂(カルボキシル基、フェノール性ヒドロキシ基含有)が挙げられる。陰イオン交換樹脂としては、強塩基性陰イオン交換樹脂(第4級アンモニウム基含有)及び弱塩基性陰イオン交換樹脂(第一級〜第三級アミノ基含有)が挙げられる。このうち、プロテアーゼの選択的吸着性の点で陰イオン交換樹脂が好ましく、弱塩基性陰イオン交換樹脂がより好ましい。
【0028】
また、イオン交換樹脂の母体としては、スチレン−ジビニルベンゼン、アクリル酸、セルロース、アガロース、デキストリン、デキストラン、ポリスルフォン、ポリアクリロニトリル、ポリエチレン等を母体とするものが挙げられる。イオン交換樹脂の形状は、粉状、球状、繊維状、膜状等が挙げられる。イオン交換樹脂は使用のし易さから、カラムに充填することができる球状や、膜状が好ましく、より簡便かつ高流速で実施できるので短時間で処理できるなどの点で膜状が特に好ましい。イオン交換樹脂の市販品としては、ダイヤイオン・SAシリーズ(強塩基性ゲル型:SA10A,11A、12A,20A,21A等、三菱化学社製)、PAシリーズ(強塩基性ポーラス型;PA306,308,312,316,318,406,408,412,416,418等、三菱化学社製)、WAシリーズ(弱塩基性アクリル系:WA10,11、強塩基性ハイポーラス型:WA20,21,30等、三菱化学社製)、アンバーライト・IRAシリーズ(IRA−400,410,900,93ZU等、三菱化学社製)、Mustang Qシリーズ(強塩基性イオン交換膜:ポール社製)、QyuSpeed Dシリーズ(弱塩基性イオン交換膜:旭化成社製)などを挙げることができる。
【0029】
前記の溶液をイオン交換樹脂に接触させる手段は、イオン交換樹脂の形態により異なるが、前記溶液にイオン交換樹脂を添加し攪拌して吸着させた後、ろ過操作によりイオン交換樹脂を除去するバッチ法、;前記溶液をイオン交換樹脂を充填したカラムに通液することにより吸着処理を行うカラム法、;前記溶液をイオン交換樹脂膜に通液することにより吸着処理を行う膜処理法が挙げられるが、カラム法及び膜処理法がより好ましい。
【0030】
カラム法又は膜処理法の場合、前記溶液の通液速度は、SV(空間速度)=0.1〜100[m-1]が好ましく、1〜13[m-1]がより好ましい。
【0031】
前記溶液をイオン交換樹脂に接触・通液させれば、前記溶液中のプロテアーゼが選択的にイオン交換樹脂に吸着するので、カラムや膜の通過液(イオン交換樹脂に吸着しない画分)を採取すれば、プロテアーゼ含有量が低減したラクターゼ含有組成物が得られる。
【0032】
ここで、「プロテアーゼ含有量が低減した」とは、処理前に比べてプロテアーゼ活性が低減したことをいう。従って、得られるラクターゼ含有組成物のラクターゼ活性とプロテアーゼ活性との比(プロテアーゼ活性÷ラクターゼ活性×100)は、0.020%以下であることが好ましく、0.015%以下であることがさらに好ましく、0.010%以下であることが特に好ましい。プロテアーゼ割合は低いほど好ましいため、下限は特に限定されないが、例えば0(プロテアーゼ活性が検出されない場合)である。
【0033】
前記処理により得られた通過液に含まれるラクターゼ活性は、100〜250,000U/mLが好ましく、500〜120,000U/mLがより好ましく、2,500〜60,000U/mLがさらに好ましい。
前記処理により得られた通過液に含まれるプロテアーゼ活性は、100U/mL以下が好ましく、50U/mL以下がより好ましく、25U/mL以下がさらに好ましい。当該プロテアーゼ活性は低いほど好ましいため下限値は特に限定されないが、例えば0である。
【0034】
前記処理により得られた通過液は、必要に応じて硫安分画やアフィニティクロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィーなどによりさらに精製し、凍結乾燥、噴霧乾燥により粉末化することもできる。
【0035】
なお、本発明の工程(1)及び工程(2)は、ラクターゼ活性が失なわれない条件、例えば1〜30℃の条件で行うのが好ましい。
【0036】
本発明により得られるラクターゼ含有組成物は、前述のようにプロテアーゼ含有量が低減しており、好ましくはラクターゼ活性とプロテアーゼ活性の比が0.020%以下であり、より好ましくは0.015%以下であり、さらに好ましくは0.010%である。
本発明のラクターゼ含有組成物は、プロテアーゼ活性が極めて低減しているため、当該ラクターゼ組成物に乳を添加してもミルクタンパク質を分解せず、また乳に添加して長期間保存しても沈殿を生じ難くなり、乳飲料のオフフレーバーを発生させず、かつ得られる乳製品の舌触りが向上するという全く予想外の効果が得られる。ここで、舌触りの向上効果は、オフフレーバー低減効果とは全く異質のものであり、甘さや苦味といった効果とも全く異なるものである。また、沈殿発生抑制効果は、具体的には、当該ラクターゼ含有組成物を牛乳に0.1質量%含有させ、30℃で3ヶ月間静置した後の処理乳を、20,000gで10分間遠心分離することによって得られる沈殿の質量を処理乳の重量で除した値が12%以下であることによって確認できる。
【0037】
従って、本発明のラクターゼ含有組成物は、各種乳製品に広く使用できる。ここで、乳製品としては、牛乳等の乳飲料、発酵乳、アイスクリーム、ミルクジャム等が挙げられる。
【0038】
「乳飲料」は、ヨーグルトなどの発酵乳の原料となるものである。乳飲料には、殺菌前のものも、殺菌後のものも含まれる。ラクターゼ含有組成物は法令に従い、殺菌前または殺菌後に添加することができる。乳飲料の具体的な原料として、水、生乳、殺菌処理した乳、脱脂乳、全脂粉乳、脱脂粉乳、バターミルク、バター、クリーム、ホエータンパク質濃縮物(WPC)、ホエータンパク質単離物(WPI)、α(アルファ)−La、β(ベータ)−Lgなどがあげられる。あらかじめ温めたゼラチンなどを適宜添加しても良い。原料乳は、公知であり、公知の方法に従って調製すれば良い。本発明における乳飲料の原料としては、牛乳を含むことが好ましい。乳飲料の原料は、牛乳100%からなるものを使用してもよい。
【0039】
「発酵乳」とは,ヨーグルト,乳等省令で定義される「発酵乳」、「乳製品乳酸菌飲料」、及び「乳酸菌飲料」の何れであっても良い。一般に、プレーンヨーグルトは、容器に原料を充填させ、その後に発酵させること(後発酵)により製造される。一方、ソフトヨーグルトやドリンクヨーグルトは、発酵させた発酵乳を微粒化処理や均質化処理した後に、容器に充填させること(前発酵)により製造される。本発明のラクターゼ含有組成物は、後発酵および前発酵のいずれにも使用することができる。発酵乳の原料としては、牛乳を含むことが好ましい。発酵乳の原料は、牛乳100%からなるものを使用してもよい。
【0040】
乳製品に含ませるラクターゼ含有組成物の量は、乳製品の種類によって異なる。乳製品に含まれるプロテアーゼ割合が0.02%以下であればよい。
【0041】
本発明を使用した乳製品の好ましい用途としては、ラクターゼ含有組成物に含まれるラクターゼを失活させずに活性状態のままで含有する乳製品(例えば、ロングライフ牛乳)が挙げられる。この理由は、ラクターゼ含有組成物にはプロテアーゼが含まれるため、ロングライフ牛乳の保存期間が長くなるにつれてプロテアーゼが作用しやすくなり、オフフレーバーが発生しやすくなるからである。
【実施例】
【0042】
次に実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0043】
(ラクターゼ活性の測定法)
希釈酵素試料0.5mLを試験管に取り、0.1mMとなるように塩化マンガンを加えた100mMのKH2PO4−NaOH緩衝液(pH6.5)0.5mLを加えて混合した後、37℃で3分間保温する。あらかじめ37℃で保温しておいた0.1%のオルト−ニトロフェニル−β−ガラクトシド(ONPG)溶液1.0mLを加えてすばやく混合し、正確に37℃で1分間保温する。0.2Mの炭酸ナトリウム溶液2.0mLを加えてすばやく混合し、反応を停止する。ブランクに関しては、希釈酵素試料0.5mLを試験管に取り、同緩衝液0.5mLを加えて混合した後、反応停止液2.0mLを加え、37℃で3分間保温する。あらかじめ37℃で保温しておいたONPG溶液0.1mLを加えて混合し、正確に37℃で1分間保温する。蒸留水を対照として各反応液の420nmの吸光度を測定し、ブランクの吸光度を差し引いた値を測定値とする。ラクターゼ活性1単位は、10分間あたりに測定値を1変化させるのに必要な酵素量とする。
【0044】
(プロテアーゼ活性の測定法)
希釈酵素試料0.5mLを試験管に取り、30℃で3分間保温する。あらかじめ30℃で保温しておいた基質液(0.1mMとなるように塩化マンガンを加えた100mMのKH2PO4−NaOH緩衝液(pH6.5)に溶解した0.6%のカゼイン溶液)2.5mLを加えてすばやく混合し、正確に30℃で60分間保温する。反応停止液(1.8%トリクロル酢酸、1.8%無水酢酸ナトリウム、2%酢酸)2.5mLを加えてすばやく混合し、反応を停止する。そのまま恒温槽中に30分間放置した後、濾紙(アドバンテック東洋株式会社製 濾紙No.4A)を用いて自然濾過を行なう。ブランクに関しては、希釈酵素試料0.5mLを試験管に取り、反応停止液2.5mLを加え、基質液2.5mLを加えて混合し、そのまま恒温槽中に30分間放置した後、濾紙(アドバンテック東洋株式会社製 濾紙No.4A)を用いて自然濾過を行なう。蒸留水を対照として各反応液の275nmの吸光度を測定し、ブランクの吸光度を差し引いた値を測定値とする。同じ反応液組成となるよう溶解したチロシンから標準直線を求め、各測定値のチロシン濃度を求める。プロテアーゼ活性1単位は、10分間あたりにチロシンを1μg遊離させるのに必要な酵素量とする。
【0045】
実施例1
(弱陰イオン交換基を用いたプロテアーゼを低減したラクターゼ製剤の調製)
0.2MのKClを含む20mM KH2PO4−NaOH緩衝液 (pH6.5、25mS/cm)で10倍希釈した10mLのGODO−YNL(合同酒精株式会社製 ラクターゼ製剤〔ラクターゼ活性5000U/mL、ラクターゼ活性あたりのプロテアーゼ活性割合(以下、プロテアーゼ割合)0.043%〕を予め同緩衝液でコンディショニングしておいた弱陰イオン交換基を有した旭化成社製 QyuSpeed D(容量0.6mL)に通液した。回収後のラクターゼ製剤のプロテアーゼ割合は、0.043%から0.0084%に減少していた(表1)。ここで言うラクターゼ収率とは処理後の総ラクターゼ活性を処理前の総ラクターゼ活性で除した値に100を乗じた値である。ラクターゼ収率は80%以上であることが実用上最低限要求されるレベルであり、85%以上であることが実用上問題の少ないレベルであり、90%以上であることが好ましい。
【0046】
【表1】
【0047】
実施例2
(強陰イオン交換基を用いたプロテアーゼを低減したラクターゼ製剤の調製)
0.2MのKClを含む20mM KH2PO4−NaOH緩衝液(pH6.5、25mS/cm)で10倍希釈した10mLのGODO−YNL(ラクターゼ活性5000U/mL、プロテアーゼ割合0.043%)を強陰イオン交換膜を有したMustang Q(ポール社製 Acrodisc Unit、孔径0.8μm、直径25mm)に通液した。強イオン交換基を用いても回収後のプロテアーゼ割合は、0.043%から0.019%に減少していた(表2)。
【0048】
【表2】
【0049】
実施例3(電気伝導率の検討)
0〜0.4MのKClを含む20mM KH2PO4−NaOH緩衝液 (pH6.5、2〜45mS/cm)で10倍希釈した10mLのGODO−YNL(ラクターゼ活性5000U/mL、プロテアーゼ割合0.043%)を実施例1と同様に通液した。回収後のラクターゼ製剤は、電気伝導率が低い時(20mS/cm未満)はラクターゼ自体がイオン交換基に吸着してしまったため、実施例1の結果である表1の値と合わせて20mS/cm(0.2M)以上でラクターゼ収率が90%以上となった。プロテアーゼ割合は、処理前の0.043%から何れも有意に低減していた(表3)。
【0050】
【表3】
【0051】
実施例4(ラクターゼ含有組成物による乳タンパクの分解)
上記のイオン交換処理前サンプルとイオン交換処理後サンプルを混合し、ラクターゼ活性が5000U/mL、プロテアーゼ割合が0.0079%〜0.043%となるようにラクターゼ含有組成物を調製した。それを30mLの市販の牛乳(成分無調整乳)に対して0.3mLとなるように添加し、30℃で3ヶ月間静置した。3ヶ月後の各処離乳をSDS−PAGEに供したところ、図1に示したようにカゼインのバンドが未処理乳と比較してプロテアーゼ割合に従って分解していた。特にκ−カゼインに関しては明らかであり、プロテアーゼ割合が0.028%以上ではそのバンドが確認できなくなっていた。
3ヶ月後の各処理乳はプロテアーゼ割合が減少するにつれ、オフフレーバーが減少し、保存安定性が向上する傾向にあった。プロテアーゼ割合が0.02%以下であったものについてオフフレーバー及び保存安定性の問題がないことが確認された。
【0052】
実施例5(プロテアーゼレベルによる乳タンパクの分解)
実施例4のラクターゼ処理乳においては、静置していた容器の下に凝乳が確認された。それらは、図2に示したようにプロテアーゼ割合0.020%以下の時には顕著に沈殿物が少なかった。さらに、プロテアーゼ割合が0.020%以下のラクターゼ製剤で処理した牛乳は、驚くべきことに舌触りが良くて味質も良好であったので、乳タンパクに影響を及ぼさないラクターゼ製剤中のプロテアーゼ割合は0.020%以下が望ましいことが明らかとなった。
【0053】
さらに、これら処理乳の一部を20,000g(15,000rpm)で10分間遠心し、処理乳中における沈殿の割合を調べた。遠心分離後、デカンテーションにより上清と沈殿を分離し、沈殿の湿重量を直ちに求めた。プロテアーゼ割合0.020%以下において沈殿割合が低下する結果となった。ここで言う沈殿割合とは、ラクターゼ処理乳中に生じた沈殿の湿重量をラクターゼ処理乳の重量で除した値に100を乗じた値である。
【0054】
【表4】
【0055】
プロテアーゼ割合に着目することによって、オフフレーバーの減少及び保存安定性の向上に加え、さらに新たな効果である舌触りの良さを向上させることが見出された。舌触りの良さは実際に食することで初めて確認することができるものであるから、臭いによって判断することができるオフフレーバーや、臭い及び視覚等によって判断することができる保存安定性とは全く異なる効果である。したがって、舌触りの良さは、当業者においても、オフフレーバーあるいは保存安定性とは異質な効果として認識されるものである。
このように舌触りの良さを向上させることができるのは、プロテアーゼ割合に注目することによって、カゼインの分解を防ぐからであると推測される。さらに、ラクトースを分解することで、濃縮時や低温時におけるラクトースの析出を防ぐことができるため、本技術は練乳やアイスクリームにも応用可能である。
【0056】
また、プロテアーゼ割合を0.02%以下にすることによって舌触りの良さを向上させることができたことから、肌触りの良さが向上することが期待される。肌触りの良さを活かし、例えば、乳成分を配合した化粧品やお風呂等の用途に応用できる可能性が示唆された。
図1
図2