(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
音波で発生する光ファイバの歪によって、当該光ファイバに入射したレーザ光の後方散乱光が擾乱することにより、被測定対象である音波の分布状態を測定する分布型光ファイバ音波検出装置であって、
レーザ光源と、
前記レーザ光をパルス整形して光パルスとし、この光パルスを前記光ファイバに注入するパルス発生器と、
前記レーザ光を一定時間遅らせて前記パルス発生器に注入する遅延回路と、
前記レーザ光を前記パルス発生器に直接注入するか、あるいは前記遅延回路を介して注入するかを、スイッチを切り替えて行うスイッチング回路と、
前記光ファイバ中で後方散乱し、この光ファイバの入射端に戻るレイリー散乱光を検波し中間信号であるIF信号を抽出する検波器と、
この検波器で抽出された前記IF信号を処理してベースバンド信号に変換する信号処理器と、を備え、
前記被測定対象の音波を計測している間、
音波探査用の光パルスとこの音波探査用の光パルスの複製パルスを、前記スイッチング回路のスイッチを切り替えることにより、それぞれ奇数回目と偶数回目に、一定の時間間隔で繰り返し、前記光ファイバに交互に注入するようにするとともに、
前記信号処理器は、レイリー散乱光の偶数回目の信号から、その1つ前の奇数回目の信号を差し引いた後のIF信号を処理することを特徴とする分布型光ファイバ音波検出装置。
前記検波器は、周波数シフト器で周波数シフトされた前記レーザ光源のレーザ光を参照光として用い、ヘテロダイン検波され偏波ダイバシティヘテロダイン検波器、あるいは周波数シフトされない前記レーザ光源のレーザ光を参照光として用いるホモダイン検波器、あるいは、mを3以上の自然数として、前記2種類の参照光をいずれも用いない、m×m光カプラによる干渉計、のいずれか1つであることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の分布型光ファイバ音波検出装置。
前記一定の時間間隔は、光ファイバの長さの2倍の値をレーザ光の光ファイバ中での群速度の値で除した値より大きいことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の分布型光ファイバ音波検出装置。
前記信号処理器の信号出力の位相の空間微分と、位相の連続化処理である位相アンラッピングとを併せて行うことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の分布型光ファイバ音波検出装置。
【発明を実施するための形態】
【0013】
実施の形態1.
まず、本発明の実施の形態1の前提となる一般的な分布型光ファイバ音波計測法について図を用いて説明する。
図1は一般的な分布型光ファイバ音波検出装置の構成の一例を示す図である。
図2は、
図1のA部拡大図であり、
図2(a)は、ヘテロダイン検波法を用いて検波する場合の図であり、
図2(b)は、ホモダイン検波法を用いて検波する場合の図である。これらの図において、レーザ光源1から出射されたレーザ光はパルス発生器2でパルス(図中には時間幅Dとしてパルス発生器2の右側に模式的に示した)に整形され、光ファイバ3の入力端(図中z=0として示した箇所。なお光ファイバの他端をz=Lとする。即ち光ファイバの長手方向をz方向とし、光ファイバのz方向の長さをLとする)から注入される。注入されたパルスは光ファイバ3中でレイリー散乱され、そのレイリー散乱されたレイリー散乱光は光ファイバ3の入力端に戻る。戻ってきたレイリー散乱光は、検波器4で検波され、中間信号、すなわち、IF信号(Intermediate Frequency信号)が抽出される。ここで検波器4で検波する検波法としては上述のように大別して2種類のものを用いることができる。1つはヘテロダイン検波法であり、検波器4の構成部品として、
図2(a)に示すように、局所発振器4a及び周波数シフト器4bを用い、これらの構成部品により周波数シフトされたレーザ光源1のレーザ光を参照光として、偏波ダイバシティヘテロダイン検波器4cでヘテロダイン検波された後、中間信号であるIF信号が抽出される。このIF信号は、信号処理器5により信号処理されて、ベースバンド信号に変換される。同時に偏波ダイバシティ受信と組み合わせることで、偏波成分も抽出される。一方、別の検波法として、
図2(b)に示すように、ホモダイン検波法を用いることも可能である。この場合には、
図2(a)に示すように、局所発振器4a及び周波数シフト器4bは用いず、ホモダイン検波器4dだけを用いて検波された後、ベースバンド信号が抽出される。
【0014】
この装置で音波を計測するためには、音波の帯域幅の2倍以上のサンプリング周波数でプローブパルス(音波検出のためのパルスのこと)を光ファイバ3に注入して、音波(
図1中に記号Sで示した)により発生した光ファイバ3内の歪によって擾乱したレイリー散乱光の計測を行うことで、音波の計測を行う。すなわち、
図1中の光ファイバ3を除いた構成が一般的な分布型音波検出装置の構成となる。
なお、上述の信号処理においては、レイリー散乱光の信号の平均値を求め、この平均値を計測した信号から差し引く処理を行うため、レイリー散乱光の計測は繰り返し実施される。レイリー散乱光の信号の平均値を求める必要があるためである。
【0015】
上記の特許文献1では、入力端に戻ったレイリー散乱光の強度を、光パルスを注入してからの、時間の関数として計測している。この計測は入力パルスを繰り返し光ファイバに注入しながら行われている。このとき、音波による歪が光ファイバ中に存在しなければ、ノイズを除けば、繰り返しの各回で同一のレイリー散乱光の散乱強度が得られる。音波による歪が光ファイバ中に存在すれば、繰り返しの各回でレイリー散乱光の散乱強度は変化する。この変化から音波を検出することができる。光ファイバへ光パルスを注入してからレイリー散乱光を受信するまでの時間は、光ファイバの各点までの光の往復時間であるから、光ファイバ中での音波の存在する(長手方向の)位置までの距離を定められる。この原理は、
図1の分布型音波検出装置でも適用される。
【0016】
上述の光ファイバにおけるレイリー散乱は、光ファイバ中の分子の配列がランダムであることにより引き起こされる。このランダムな配列により、光の屈折率あるいは電気感受率に、分子間距離のオーダでのミクロの揺らぎが発生することによる。このミクロの揺らぎのパターンはファイバ製造時に決まるものであり、ファイバ毎に固有のものである。
【0017】
以下においては、DAS−I及びDAS−Pについてのシミュレーション検討による比較を行うため、まず初めに、レイリー散乱の数学的モデルを考える。レイリー散乱は、数学的には光ファイバに沿っての後方散乱係数ρ(z)と光波の積の積分として表現される(例えば、非特許文献2参照)。なお、ρ(z)は複素数値をとる空間的な白色ガウス過程である。
【0018】
光が完全にコヒーレントであるとすれば、光パルスを注入したときのレイリー散乱のベースバンド信号は、ρ(z)の短時間フーリエ変換(STFT:short time Fourier transform)になる。このとき、用いる光の周波数は基準値ωを中心に動かすとして、ω+Δωと表し、この短時間フーリエ変換を下記の式(1)のように表す。この場合、基準値ωの値としては、例えば、200THz程度の値とする。また、Δωはこの基準値ωから変化させる周波数の値であり、正の値だけでなく負の値も取る。
【数1】
ここで、l
pは空間的なパルス幅、ω
m=2ω/v
gは用いる光の周波数ωに対応する空間周波数(波数)であり、v
gはレーザ光の光ファイバ中での光の群速度である。ここでパルス幅をDとすると、l
p=v
gD/2で表される。
【0019】
一方、音波は、光ファイバ中では、長さ方向の歪の変化として感知される。具体的には、ある音波が気体等の媒質中を伝播して光ファイバに到達すると、言い換えると光ファイバに衝突すると、光ファイバにごくわずかな歪が生ずる。ここで、k番目のパルスが注入されたときの音波の振幅を位置の関数としてa
k(z)とおく。このとき、レイリー散乱光は定数を除くと、式(2)で表される。
【数2】
ここでγはレイリー散乱における歪と周波数シフトとの関係を決める係数であり、γ
m=2γ/v
gである。
【0020】
式(2)から、音波が存在するときのレイリー散乱の強度は式(3)で表される。
【数3】
【0021】
また、音波が存在するときのレイリー散乱の位相は式(4)で表される。
【数4】
式(3)、式(4)のいずれにも音波が含まれていることを確認できるが、位相の場合には、音波は空間積分の形で含まれる。
【0022】
強度変化に基づくDASであるDAS−Iの場合には、レイリー散乱の強度スペクトル(ランダムなスペクトル)は、距離方向には間隔(この間隔は空間的パルス幅と等価である)l
pで独立になるような挙動をし、周波数方向には、間隔v
g/(2l
p)(l
p=1mの場合には、100MHz、l
p=5mの場合には、20MHz)で独立になるような挙動をする(光の群速度を20万km/秒とする)。そして、音波による歪の振動と等価な周波数方向への振動は強度の振動をもたらし、この強度の振動から音波が検知できる。ただし、強度変化の仕方は光ファイバの位置zによって違ってくる(式(3)参照)。また、DAS−Iの信号成分と音波の振幅の関係は、音波が十分小さい場合には線形化できるが、その係数は位置zに依存しており、符号もプラス、マイナス両方の値を取る(
図3参照)。
【0023】
一方、位相変化に基づくDASであるDAS−Pの場合には、レイリー散乱の位相から音波の分布を計測するためには、音波が空間積分の形で含まれることから、空間方向への微分あるいは差分が必要になる。そこで、差分幅をΔzとおき、この幅内では、音波は変化しないものとする。このような場合においては、音波による歪の振動(周波数方向への振動と等価)は、位相差の振動をもたらし、音波と位相の関係はほぼ線形であり傾きは等しい(
図4参照)。従って、位相差の振動から音波が検知できることがわかる。なお、パルス幅は、短い方が音波と位相差との直線性は良くなることが知られている。
【0024】
ここで、ヘテロダイン受信について簡単に説明を加える。DASでは、上記偏波の影響を除くため、2つの波形を処理する際、ヘテロダイン検波器を用いる光ヘテロダイン受信を行っている。この光ヘテロダイン受信を行うためには、受信光と参照光の偏波状態が一致している必要がある。ところが、通常の光ファイバでは、偏波状態は光ファイバに沿って変化し、受信光の偏波状態は未知である。これに対処するため、受信光を直交する2つの偏波成分に分離し、成分ごとに検出を行っている(この手法は一般に偏波ダイバシティと呼ばれる)。
【0025】
以上説明したように、一般のDASでは、音波を検出する際、レーザ光の位相雑音が、その検出性能に大きな影響を与える。この課題を解決するため、本発明では、位相雑音消去(以下ではPNC(phase noise cancelling)と記載する)によるDASを提案する。ただし、レイリー散乱信号のSN比は十分高いとする。つまり、観測雑音は十分小さいとして無視できる場合を取り扱う。以下の説明ではこの方式による分布型音波計測を簡略化してPNC−DASと呼ぶ。
【0026】
本発明の実施の形態1に係る分布型光ファイバ音波検出装置の一例を
図5に示す。
図1と比較して、レーザ光源1とパルス発生器2の間に、遅延回路6とスイッチング回路7の2つの構成要素が追加されて配置されている点が異なっている。PNC−DASでは、位相雑音を含むプローブパルスの他に、このプローブパルスのレプリカを用いる。そして繰り返し計測のためのプローブ光の光ファイバ3への注入は、プローブパルス(1回目)、このプローブパルスのレプリカパルス(以下単にレプリカと呼ぶ)(1回目)、プローブパルス(2回目)、レプリカ(2回目)、…、プローブパルス(n回目)、レプリカ(n回目)、の順に必要な回数、つまり、音波を計測する時間の間、繰り返し行う。また、上述のように、プローブパルスとレプリカの注入を規則的に交互に繰り返す必要がある。
【0027】
通常、繰り返しは一定の時間間隔Δtで行う。すなわち、プローブパルス(1回目)とレプリカ(1回目)の時間間隔、レプリカ(1回目)とプローブパルス(2回目)の時間間隔、プローブパルス(2回目)とレプリカ(2回目)の時間間隔等々、がすべて同じ時間間隔Δtとなっている。このΔtはパルス光同士が重なることがないようにするため、式(5)で表されるΔt
sよりも大きな値、つまり、Δt>Δt
sとなるように設定する。
【数5】
ここで、L
fは光ファイバの(長手方向の)長さ、v
gはレーザ光の光ファイバ中での群速度である。このΔtは遅延回路の遅延時間に等しい。なお、この時の繰り返しは、音波観測している間、継続してなされる。
【0028】
次に、本発明の実施の形態1に係る分布型光ファイバ音波検出装置の動作について、
図1と異なる動作を主として以下説明する。この繰り返し動作については、
図5に示す分布型光ファイバ音波検出装置を用いて行う。
図5に示すように、パルス繰り返し間隔に相当する遅延時間Δtを与えるために設けられた遅延回路6を用い、スイッチング回路7でレーザ光源1からのレーザ光と遅延回路を介したレーザ光とを交互にスイッチングしてパルス発生器に注入する。すなわち、レーザ光を繰り返しパルス発生器に注入する動作において、レーザ光源から直接出射されたもの(プローブパルス)と、このプローブパルスのレプリカを上記の遅延回路を用いて遅延させたものと、を、スイッチング回路により交互にスイッチングしてパルス発生器に注入する。
【0029】
この場合のPNC−DASの信号処理では、偶数回目の信号であるレプリカの信号からその1つ前の奇数回目の信号を差し引く。つまり、信号そのものではなく、異なる時間において計測した信号の差を演算する処理をすることになるが、音波に含まれる位相雑音の影響は原理上、完全に排除される効果がある。ただし、2つずつの信号ペアで1つの信号を得ることになるので、実質的な繰り返し回数は半分になる。
【0030】
具体的な信号処理は、強度を利用するDAS−Iと位相を利用するDAS−Pとでは互いに異なるが、これらと、本実施の形態のPNC−DASとの信号処理方法の違いは以下のように説明できる。まず、DAS−IとPNC−DAS−Iとの違いは、PNC−DAS−Iでは、音波の時間差分を計測するため、レイリー散乱光の信号の平均値を求める必要がないため、信号処理はDAS−Iよりも簡単である。つまり、単に偶数回目の信号から、その一つ前の奇数回目の信号を差し引くだけでよい。上述の表現を用いると、レプリカ(j回目)のレイリー散乱光の信号からプローブパルス(j回目)のレイリー散乱光の信号を差し引くだけでよい。ここで、jは1、2、…、nの自然数である。
【0031】
次に、PNC−DAS−Pの信号処理について説明する。PNC−DAS−Pの信号処理では、DAS−Pと同様に、位相の空間微分と位相アンラッピングが必要となる。まず、位相の空間微分の必要性について説明する。上述の式(4)を座標zで微分すると、次式(6)が求まるので、これより音波の振幅a
k(z)が求められることがわかる。ここで、式(6)の左辺は位相の空間微分に相当する。
【数6】
【0032】
また、DAS−Pの計測では、その信号の位相は0〜2πの値を持つとして処理されるため、位相信号はラッピングされる。従って信号が不連続なものとして計測される箇所が発生することから、これを修正して連続した信号として扱うためには、位相信号をアンラッピングすることが必要である。そしてこの事情はPNC−DAS−Pの信号処理でも同様である。
従って、PNC−DAS−Pの信号処理では、DAS−Pと同じ信号処理器を用いて、偶数回目の信号であるレプリカの位相信号から、その1つ前の奇数回目の位相信号を差し引く。
【0033】
以下では、本発明の実施の形態1のPNC−DASによる分布型光ファイバ音波検出装置によって計測した場合に、レーザ光の位相雑音が消去される効果があることを、一定条件の下でDASとPNC−DASによって音波を計測した場合のシミュレーション結果の差によって説明する。
【0034】
まず、用いる音波として、次式(7)で示される減衰振動を用いる(
図6参照)。これは、本実施の形態1では、音波が光ファイバに衝突した場合を取り扱っており、減衰振動は、破壊や衝突によって音波が発生する場合に典型的に現れる振動の形態であるため、本実施の形態1を取り扱う場合の振動モデルとして適切と考えられるからである。
【数7】
ここで、a
0は音波の最大振幅、f
Aは音波の周波数、τ
Aは減衰時間、t
0は音波の開始時間である。なお、光ファイバ中の音波は長さ方向への歪の振動とみなせる。
【0035】
図6において、縦軸の音波の振幅a(t)は、光ファイバ中の歪の大きさを表している。この歪は単位長さ当たりの変位として定義される。通常、この歪は微小である。そこで、ここでは音波により生ずる歪については、100万分の1の歪(=1με)を単位として表わす。横軸は時間(単位:秒)で、この時間は、式(7)のtに対応している。また、プローブパルスを注入する時間をt
k=kΔt(ここでΔtはパルスの繰り返し間隔である)、k=1、2、3、…、nとすると、k番目のプローブパルスが注入されたときの音波の振幅a
kは、a
k=a(t
k)となる。
【0036】
シミュレーション時の一定条件としては以下を仮定した。すなわち、光ファイバの長さL
fを100mとし、光ファイバの長手方向の全ての位置zにおいて、同一の音波が存在するものとした。レーザ光の線幅(半値幅)は、10kHzと比較して十分大きな値である100kHzとした。また、観測雑音の影響を無視できるようにするため、観測雑音のSN比を40dBとした。つまり、レーザ光の線幅が非常に広く、観測雑音が非常に少ない場合を条件として定めた。
【0037】
以上の条件の下で、まず、DAS−IとPNC−DAS−Iのシミュレーション結果について、
図7〜
図12を用いて説明する。
図7〜
図10はDAS−Iのシミュレーション結果であり、
図11、
図12はPNC−DAS−Iのシミュレーション結果である。
【0038】
これらのシミュレーションにおいて、用いた音波の最大振幅a
0は0.02με(ここで、1μεは上述のように100万分の1の歪に相当する)、l
pは先に説明したように空間的なパルス幅で、ここでは5mである(
図1、
図5に示すDの値としては50nsである)。その他のパラメータの値は以下の通りである。まず、音波のパラメータ値は、f
A=0.1kHz、τ
A=0.1s(s:秒、以下同様)、t
0=0.1sである。DAS−Iのパラメータ値は、レーザ光の線幅Δf=100kHz、パルスの繰り返し間隔Δt=1ms、データのサンプリング間隔は10ns(ファイバ長1mに相当)である。
【0039】
図7は、
図6に示した音波に対して、DAS−Iの信号処理で得られた強度の波形である。また、
図8は、DAS−Iの空間波形を全時間にわたって重ね合わせてプロットしたものである。なお、
図7は、位置zを40mに固定したときの音波の強度I
k(z)の時間波形を表す。
【0040】
一般に、光ファイバの位置zで散乱されて入力端に戻ってくるレイリー散乱光の強度は、時間と空間の関数としてI(t、z)と書ける。このうち時間は、プローブパルスを入力する離散的な時間t
k=kΔt(k=1、2、3、・・・、n)だから、レイリー散乱光の強度はk番目のプローブパルスに対するものとしてI
k(z)と表す。
図7、
図8は、このI
k(z)をプロットしたものである。
図7はz=40mに固定した時の時間波形、すなわち、t
kと強度I
k=I(t
k)の関係をプロットしたものである。
図7では縦軸の表示はI(t)とした。音波の振動波形が強度の振動波形に変換されている様子がわかる。なお、この様相は位置zが変化すると大きく変化する(次の
図8参照)。一方、
図8は、すべてのzにおける強度I
k(z)の空間波形を全時間分重ね合わせてプロットしたものである。
【0041】
次に、
図9〜
図12は、レイリー散乱光の時間差分、すなわち式(8)をプロットしたものである。
【数8】
図9、
図10の場合は、kはすべての1、2、3、…、についてのものであり、
図11、
図12の場合は、kは偶数番目の2、4、6、…、についてのものである。これは、PNC−DASの場合には、偶数番目のプローブパルスは、その1つ前の奇数番目のプローブパルスのレプリカであり、偶数番目のI
k(z)から、その1つ前のI
k−1(z)を差し引くことにより、位相雑音が消去される効果があるためである。
図9、
図11はいずれも、zを固定したときの時間波形であり、
図10、
図12はすべてのk(ただし
図12の場合はすべての偶数番目のk)の空間波形を重ね合わせたものである。
【0042】
図8中、白の線の集合(記号Cで示す縦軸ゼロ上とその近傍の領域)は、雑音のみの場合の空間波形(0秒<時間t<0.1秒)、黒の線の集合(記号Bで示す領域)は、信号と雑音を合わせた場合の空間波形(0.1秒<時間t<0.5秒)である。また、縦軸ゼロの位置に対して、ほぼ上下対称の波形パターンになっているが、これは音波の最大振幅a
0が十分小さく、強度変化への線形性が保たれているともいえる。この図から位置zにより大きく異なる結果が得られることがわかる。なお、
図10、12、14、16、18(
図14、
図16、
図18の詳細については後述)においても、白の線の集合は雑音のみの場合の空間波形、黒の線の集合は信号と雑音を合わせた場合の空間波形である。
【0043】
図9は、
図7の強度の波形を時間で微分した結果である。また
図10は
図9の時間で微分した波形を全時間にわたって重ね合わせてプロットしたものである。
図8に比較して、雑音のみの場合の空間波形が、信号と雑音を合わせた場合の空間波形に近づき、雑音がほとんど消去できていないことがわかる。
【0044】
これらに対して、
図11、
図12はPNC−DAS−Iの場合のシミュレーション結果であり、DAS−Iのシミュレーション結果である
図9と
図10に、それぞれ対応させて比較することができる。強度の波形を時間で微分したPNC−DAS−Iのシミュレーション結果は、DAS−Iのシミュレーション結果と大きく異なっており、むしろ
図6に示す元の音波の減衰波形に近い形となっているといえる。また、
図12は同様に
図10と対比される結果を示しているが、この場合も
図10の結果とは大きく異なり、雑音レベルは信号のレベルに比べて十分小さな値に抑えられており、本実施の形態1に係る分布型光ファイバ音波検出装置の位相雑音消去の効果が有効に反映されていると考えられる。
【0045】
次に、DAS−PとPNC−DAS−Pのシミュレーション結果について、
図13〜
図18を用いて説明する。
図13〜
図16はDAS−Pのシミュレーション結果であり、
図17、
図18はPNC−DAS−Pのシミュレーション結果である。
【0046】
これらのシミュレーションにおいて、用いた音波のパラメータ値は、DAS−Iの場合と同じであるので、説明を省略する。空間的なパルス幅l
pは、ここでは1mである(
図1、
図5に示すDの値としては10nsである)。その他のDAS−Pのパラメータの値は、DAS−Iの場合と同じであるので、ここでは説明を省略する。
【0047】
図13は、
図6に示した音波に対して、DAS−Pの信号処理で得られた位相の空間微分D
kφ
k(z)の時間波形である。
図13では、位置zを40mに固定したときの時間波形を示す(
図13では縦軸の表示はD
zφ(t)/πとした)。これらから、音波の振動波形が位相の振動波形に変換されている様子がわかる。この様相は位置zが変化すると変化するが、その違いはDAS−Iの場合に比べて小さいと言える(下記
図14参照)。
【0048】
図14は、
図13に一例を示したDAS−Pの時間波形を全時間にわたって重ね合わせてプロットしたものである。
図8と同様、図中、白の線の集合は、雑音のみの場合の空間波形(0秒<時間t<0.1秒)、黒の線の集合(記号Bで示した領域)は、信号と雑音を合わせた場合の空間波形(0.1秒<時間t<0.5秒)である。また、縦軸0(ゼロ)の位置に対して、ほぼ上下対称の波形パターンになっている。これはもとの音波波形の上下対称性を反映したものであり、再現性が優れていることを示している。この図から、DAS−Iに比べて、位置zによる違いは小さいことがわかる。
【0049】
図15は、
図13の位相の空間微分の時間波形を時間で微分した結果である。また
図16は
図15の時間で微分した波形を全時間にわたって重ね合わせてプロットしたものである。
図14に比較して、雑音のみの場合の空間波形が、信号と雑音を合わせた場合の空間波形に近づき、雑音がほとんど消去できていないことがわかる。
【0050】
これらに対して、
図17、
図18はPNC−DAS−Pの場合のシミュレーション結果であり、DAS−Pのシミュレーション結果である
図15と
図16に、それぞれ対応させて比較することができる。位相の空間微分の時間波形を時間で微分したPNC−DAS−Pのシミュレーション結果は、DAS−Pのシミュレーション結果と大きく異なっており、PNC−DAS−Iの場合と同様に、むしろ
図6に示す元の音波の減衰波形に近い形となっているといえる。また、
図18は同様に
図16と対比される結果を示しているが、この場合も
図16の結果とは大きく異なり、雑音レベルは信号のレベルに比べて十分小さな値に抑えられており、本実施の形態1に係る分布型光ファイバ音波検出装置の位相雑音消去の効果が有効に反映されていると考えられる。
【0051】
以上説明したように、本実施の形態1に係る分布型光ファイバ音波検出装置の位相雑音消去方式であるPNC−DAS−I、およびPNC−DAS−Pのいずれにおいても、位相雑音消去の効果があることを示した。すなわち、雑音の中でも位相雑音が支配的になる条件であるa)レーザ光の位相雑音が大きい(レーザ光の線幅、つまり半値幅が100kHz以上)、及びb)観測雑音が小さい(SN比が40dB以上)場合に効果が大きい。
【0052】
なお、以上の説明では、音波は減衰振動を例にシミュレーションを行ったがこれに限らず、他の波形でも同様の効果を奏する。また、レーザ光の線幅(半値幅)は、10kHzと比較して十分大きな値である100kHzとしたが、これに限らず、100kHz以上の値であっても同様の効果を奏する。また、観測雑音のSN比は40dBと仮定してシミュレーションを行ったが、これに限らず、観測雑音の影響を無視できるSN比であれば、これ以外の値であっても同様の効果を奏する。
【0053】
実施の形態2.
本実施の形態2について、
図19を用いて説明する。
図19は本実施の形態2に係る分布型光ファイバ音波検出装置の構成を示す図であり、レイリー散乱光を検波する方法が実施の形態1と異なる。すなわち、本実施の形態では、図
2(a)に示す装置構成のうち、レーザ光源1のレーザ光を周波数シフトさせるための局所発振器4a及び周波数シフト器4bが備えられていない場合に相当する。この図
(図19)の場合の検波法はホモダイン検波と呼ばれる検波法である。実施の形態1のヘテロダイン検波を用いる場合と比較して、プローブ信号と局所発振器による参照信号とが同じなため、回路構成がシンプルとなる利点を持つ。
【0054】
実施の形態3.
実施の形態1、および実施の形態2では、観測雑音のSN比が、例えば40dBなど、十分大きく、観測雑音が無視できる場合を例にして説明した。本実施の形態では、観測雑音のSN比が十分大きくない場合の分布型光ファイバ音波検出装置について説明する。
【0055】
本実施の形態では、
図5の構成に加え、パルス発生器から出射された光パルスを変調する変調部と、レイリー散乱光について前記変調に対応する復調を行う復調部をさらに設ける構成とした分布型光ファイバ音波検出装置とする。このように構成することで、観測雑音のSN比が十分大きくない場合についても実施の形態1と同様の効果が得られる。
【0056】
すなわち、パルス発生器から出射された光パルスを変調部と、レイリー散乱光について前記変調に対応する復調を行う復調部を設けて、所定の符号系列を用いて光パルスの変調を行い、この変調された光パルスを光ファイバに入射させるとともに、この変調された光パルスに生じたレイリー散乱光について、復調部において復調を行う構成とする、つまり、所定の符号系列を用いたパルス圧縮を行う構成とする。この構成は小さなパルス幅でかつ強い信号強度を持った光パルスを用いて音波の検出を行ったのと同様の効果を得ることを可能とする(例えば、特許文献2参照)。従って、観測雑音のSN比が十分大きくない場合についても、適用が可能となるため、実施の形態1と同様の効果を得られる。
【0057】
実施の形態4.
実施の形態1、および実施の形態2では、レーザ光源1のレーザ光をヘテロダイン検波あるいはホモダイン検波の参照光として用いる場合を説明したが、本実施の形態では、レーザ光源による参照光を用いないで
図1のA部の代わりに、例えば3×3光カプラによる干渉計、あるいは4×4光カプラによる干渉計(例えば、特許文献3参照)を用いる。この方法によってもレイリー散乱波の振幅及び位相の空間差分を求めることができるため、実施の形態1、実施の形態2と同様の効果が得られる。なお、上記では、3×3光カプラによる干渉計、あるいは4×4光カプラによる干渉計を用いた例で説明したが、これらに限らず、mを3以上の自然数として、m×m光カプラによる干渉計を用いても同様の効果を得ることができる。
【0058】
なお、本発明は、その発明の範囲内において、各実施の形態を自由に組み合わせたり、各実施の形態を適宜、変形、省略することが可能である。