特許第6342288号(P6342288)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6342288miR−96−5p阻害剤とそのスクリーニング方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6342288
(24)【登録日】2018年5月25日
(45)【発行日】2018年6月13日
(54)【発明の名称】miR−96−5p阻害剤とそのスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/113 20100101AFI20180604BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20180604BHJP
   A61K 45/00 20060101ALI20180604BHJP
   A61K 31/7088 20060101ALI20180604BHJP
   A61K 48/00 20060101ALI20180604BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20180604BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20180604BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20180604BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20180604BHJP
【FI】
   C12N15/00 GZNA
   C12Q1/02
   A61K45/00
   A61K31/7088
   A61K48/00
   A61P25/00 101
   A61P43/00 105
   G01N33/15 Z
   G01N33/50 Z
【請求項の数】5
【全頁数】23
(21)【出願番号】特願2014-207297(P2014-207297)
(22)【出願日】2014年10月8日
(65)【公開番号】特開2016-73249(P2016-73249A)
(43)【公開日】2016年5月12日
【審査請求日】2016年9月15日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ▲1▼ウェブサイトの掲載日 平成26年5月7日(7 May 2014) ▲2▼ウェブサイトのアドレス http://www.nature.com/ncomms/2014/140507/ncomms4823/pdf/ncomms4823.pdf ▲3▼ウェブサイトで公開された論文 Nature Communications 5,Article number:3823 Rhythmic oscillations of the microRNA miR−96−5p play a neuroprotective role by indirectly regulating glutathione levels
(73)【特許権者】
【識別番号】399086263
【氏名又は名称】学校法人帝京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100093230
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 利夫
(72)【発明者】
【氏名】中木 敏夫
(72)【発明者】
【氏名】木下 千智
【審査官】 小林 薫
(56)【参考文献】
【文献】 Int. J. Mol. Sci., 2014.4.14, Vol.15, p.6314-6327
【文献】 Endocrinology, 2013, Vol.154, No.9, p.3344-3352
【文献】 Carcinogenesis, 2014.10.3, Vol.35, No.12, p.2748-2755
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00−15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
DWPI(Thomson Innovation)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1のヌクレオチド配列に対して少なくとも部分的に相補的なオリゴヌクレオチドを含み、脳内グルタチオン(GSH)量の低下またはその活性低下を原因とする疾患に対して予防および/または治療効果を有する医薬組成物。
【請求項2】
オリゴヌクレオチドが、配列番号1のアンチセンスオリゴヌクレオチドである請求項の医薬組成物。
【請求項3】
疾患が、脳内酸化ストレスに起因する神経変性疾患である請求項1または2の医薬組成物。
【請求項4】
miR-96-5pの活性を阻害する物質をスクリーニングする方法であって、
(a)miR-96-5pに結合する物質を候補物質として特定すること、
(b)システイントランスポーター興奮性アミノ酸キャリア1(EAAC1)およびmiR-96-5pを発現する細胞に候補物質を接触させること、
(c)細胞におけるグルタチオンおよびEAAC1の少なくとも一方の発現を測定すること、
を含み、
前記(c)の測定値がコントロール値と比較して増加した候補物質を目的物質として決定することを特徴とする方法。
【請求項5】
細胞が、非ヒト動物個体の脳内の細胞である請求項の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、抗酸化物質グルタチオン(GSH)の生体内合成に対して負の作用を有するマイクロRNAであるmiR-96-5pの阻害剤とこの阻害剤を含有する医薬組成物、並びにmiR-96-5pを阻害する新規物質をスクリーニングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
正常な脳機能には、酸化物質と抗酸化物質のバランスが重要な要因である(非特許文献1)。過剰な酸化物質および/または抗酸化物質の枯渇によって引き起こされる酸化還元状態の不均衡は、酸化ストレス状態と定義される(非特許文献2)。スーパーオキシドジスムターゼおよびカタラーゼなどの主要な抗酸化酵素の活性が脳内では低いため、グルタチオンは中枢神経系において特に重要な抗酸化物質である(非特許文献3)。グルタチオンは、還元型(GSH)と酸化型(GSSG)の両方で存在し、さまざまな酸化還元反応において機能する。脳におけるGSHの枯渇は、パーキンソン病などの神経変性疾患(NDS)の原因として知られている。パーキンソン病は黒質緻密部(SNC)におけるドーパミン作動性ニューロンの選択的喪失によって特徴付けられる(非特許文献4)。また、GSHの減少は悪性腫瘍や感染症などの様々な疾患においても観察されている。
【0003】
GSHは、システイン、グルタミン酸およびグリシンから成るトリペプチドである(非特許文献5)。これらのアミノ酸のうち、ニューロンではグルタミン酸およびグリシンの量は十分であるので、システインが律速因子である。シスチンは、一般的にシステインの供給源として知られているが、成熟した脳内では神経細胞がシスチン輸送系を発現しないため、システインはニューロンにおける細胞内GSH合成のための主要な決定要因であると考えられる。
【0004】
GSH合成を調節する重要な要因の1つは、ナトリウム依存性興奮性アミノ酸トランスポーター(EAAT)ファミリーのメンバーである興奮性アミノ酸キャリア1(EAAC1)である。EAAC1は、他のEAATファミリーとは異なり、中枢神経系の神経細胞で選択的に富化されている(非特許文献6)。グルタミン酸よりもシステインの輸送がEAAC1の主要な機能であることが示されている(医薬組成物7、8)。実際、EAAC1の欠乏は、神経細胞のGSH量を減少させ、マウス脳における神経の酸化ストレスマーカーを増加させる(非特許文献9)。
【0005】
概日時計(circadian clock)は、生物が環境の光/暗サイクルに対する生理学的および行動プロセスを適応することを可能にする内部計時システムである(非特許文献10)。ほとんどすべての生物がこのシステムを保有ことは、概日時計が生物進化の早い段階で獲得されたことを示す。哺乳類では、マスタークロックは視交叉上核(SCN)に位置している。SCNは内因性のリズムを駆動し、SNcのような他の脳領域を含む末梢組織における概日リズムを制御している(非特許文献11)。概日システムは、転写活性化因子(例えば、CLOCKおよびBMAL1)と、リプレッサー(例えば、PER1および2)などのいくつかの時計遺伝子によって制御されている。例えば、BMAL1欠損マウスは反応性酸素種(ROS)のレベルを増加させて老化を加速することが示されているが、このことは概日時計がROSの調節に関与することを示唆している(非特許文献12)。また、睡眠障害および概日性の混乱がパーキンソン病患者において一般的であること、そしてそれらの症状が日内変動を示すことが報告されている(非特許文献13)。そしてこれらの報告は、概日システムの破壊およびROSホメオスタシスの制御ミスの間に有意な相関関係が存在するかもしれないという興味深い理論を提起する。この関連のメカニズムは、しかしながら、長い間不明なままであった。
【0006】
マイクロRNA(miRNA)は標的遺伝子発現の転写後調節に関与する一群の小さな非コード分子である(非特許文献14)。多くのmiRNAが種を超えて高度に保存されている。miRNAの2から8ヌクレオチドとして定義されるシード領域内の配列は、標的を決定するための鍵である。miRNAは概日リズムを示すタンパク質レベルの調節に重要な役割を果たすことが示唆されている(非特許文献15)。マウス肝臓におけるプロテオーム解析は、mRNAの10%のみがリズミカルであるのに対し、可溶性タンパク質の20%までがリズミカルであることを明らかにしており(非特許文献16)、このことはmiRNA調節などの転写後調節の関与の可能性を示唆している。さらに、いくつかの報告は、パーキンソン病関連遺伝子がmiRNAによって調節されることを示している(非特許文献17)。まとめると、これらの知見は、概日システム、パーキンソン病関連遺伝子発現およびmiRNA調節の間の複雑なつながりを示唆するが、その可能性はまだ研究されていない。
【0007】
なお、本願発明者らは、グルタチオン合成に対して負の作用を有するタンパク質GTRAP3-18の発現を減少させる(すなわち、グルタチオン合成を促進させる)物質のスクリーニング方法を既に提案している(特許文献1)。また、マイクロRNAの阻害剤(オリゴヌクレオチド)とこの阻害剤を有する医薬組成物については、例えば、腫瘍抑制因子遺伝子を標的とするマイクロRNAの阻害剤と抗腫瘍医薬組成物(特許文献2)が知られており、マイクロRNA阻害物質(アンタゴニスト)のスクリーニング方法としては、例えば、miRNA-29のアンタゴニストをスクリーニングする方法(特許文献3)などが知られている。さらに、オリゴヌクレオチド等の核酸医薬については、低分子干渉RNA(siRNA)を神経細胞に作用させるための技術が特許文献4等に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】WO2007/129598(特許第4785919号)
【特許文献2】特表2014-515024号公報
【特許文献3】特表2013-523696号公報
【特許文献4】特表2013-529181号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Henchcliffe, C. & Beal, M. F. Mitochondrial biology and oxidative stress in Parkinson disease pathogenesis. Nat Clin Pract Neurol 4, 600-9 (2008).
【非特許文献2】Finkel, T. & Holbrook, N. J. Oxidants, oxidative stress and the biology of ageing. Nature 408, 239-47 (2000).
【非特許文献3】Dringen, R. Metabolism and functions of glutathione in brain. Prog Neurobiol 62, 649-71 (2000).
【非特許文献4】Sian, J. et al. Alterations in glutathione levels in Parkinson's disease and other neurodegenerative disorders affecting basal ganglia. Ann Neurol 36, 348-55 (1994).
【非特許文献5】Aoyama, K., Watabe, M. & Nakaki, T. Regulation of neuronal glutathione synthesis. J Pharmacol Sci 108, 227-38 (2008).
【非特許文献6】Maragakis, N. J. & Rothstein, J. D. Glutamate transporters: animal models to neurologic disease. Neurobiol Dis 15, 461-73 (2004).
【非特許文献7】Rothstein, J. D. et al. Knockout of glutamate transporters reveals a major role for astroglial transport in excitotoxicity and clearance of glutamate. Neuron 16, 675-86 (1996).
【非特許文献8】Aoyama, K. et al. Neuronal glutathione deficiency and age-dependent neurodegeneration in the EAAC1 deficient mouse. Nat Neurosci 9, 119-26 (2006).
【非特許文献9】Berman, A. E. et al. N-acetylcysteine prevents loss of dopaminergic neurons in the EAAC1-/- mouse. Ann Neurol 69, 509-20 (2011).
【非特許文献10】Bass, J. Circadian topology of metabolism. Nature 491, 348-56 (2012).
【非特許文献11】Kondratov, R. V. A role of the circadian system and circadian proteins in aging. Ageing Res Rev 6, 12-27 (2007).
【非特許文献12】Kondratov, R. V., Kondratova, A. A., Gorbacheva, V. Y., Vykhovanets, O. V. & Antoch, M. P. Early aging and age-related pathologies in mice deficient in BMAL1, the core componentof the circadian clock. Genes Dev 20, 1868-73 (2006).
【非特許文献13】Willison, L. D., Kudo, T., Loh, D. H., Kuljis, D. & Colwell, C. S. Circadian dysfunction may be a key component of the non-motor symptoms of Parkinson's disease: insights from a transgenic mouse model. Exp Neurol 243, 57-66 (2013).
【非特許文献14】Bartel, D. P. MicroRNAs: target recognition and regulatory functions. Cell 136, 215-33 (2009).
【非特許文献15】Cheng, H. Y. & Obrietan, K. Revealing a role of microRNAs in the regulation of the biological clock. Cell Cycle 6, 3034-5 (2007).
【非特許文献16】Reddy, A. B. et al. Circadian orchestration of the hepatic proteome. Curr Biol 16, 1107-15 (2006).
【非特許文献17】Harraz, M. M., Dawson, T. M. & Dawson, V. L. MicroRNAs in Parkinson's disease. J Chem Neuroanat 42, 127-30 (2011).
【非特許文献18】Calcutt, G. Diurnal variations in rat blood glutathione levels. Naturwissenschaften 54, 120 (1967).
【非特許文献19】Filipski, E. et al. Persistent twenty-four hour changes in liver and bone marrow despite suprachiasmatic nuclei ablation in mice. Am J Physiol Regul Integr Comp Physiol 287, R844-51 (2004).
【非特許文献20】Blanco, R. A. et al. Diurnal variation in glutathione and cysteine redox states in human plasma. Am J Clin Nutr 86, 1016-23 (2007).
【非特許文献21】Lach, H., Surowiak, J., Dziubek, K., Krawczyk, S. & Szaroma, W. Cosinor analysis of diurnal changes of the reduced glutathione level in the blood, brain, liver and kidneys of mice, induced by ACTH administration. Acta Biol Hung 37, 93-100 (1986).
【非特許文献22】Farooqui, M. Y. & Ahmed, A. E. Circadian periodicity of tissue glutathione and its relationship with lipid peroxidation in rats. Life Sci 34, 2413-8 (1984).
【非特許文献23】Baydas, G. et al. Daily rhythm of glutathione peroxidase activity, lipid peroxidation and glutathione levels in tissues of pinealectomized rats. Neurosci Lett 323, 195-8 (2002).
【非特許文献24】Balsalobre, A., Damiola, F. & Schibler, U. A serum shock induces circadian gene expression in mammalian tissue culture cells. Cell 93, 929-37 (1998).
【非特許文献25】Akashi, M. & Nishida, E. Involvement of the MAP kinase cascade in resetting of the mammalian circadian clock. Genes Dev 14, 645-9 (2000).
【非特許文献26】Watabe, M., Aoyama, K. & Nakaki, T. Regulation of glutathione synthesis via interaction between glutamate transport-associated protein 3-18 (GTRAP3-18) and excitatory amino acid carrier-1 (EAAC1) at plasma membrane. Mol Pharmacol 72, 1103-10 (2007).
【非特許文献27】Aoyama, K. et al. Increased neuronal glutathione and neuroprotection in GTRAP3-18-deficient mice. Neurobiol Dis 45, 973-82 (2012).
【非特許文献28】Sena, L. A. & Chandel, N. S. Physiological roles of mitochondrial reactive oxygen species. Mol Cell 48, 158-67 (2012).
【非特許文献29】Dickinson, B. C. & Chang, C. J. Chemistry and biology of reactive oxygen species in signaling or stress responses. Nat Chem Biol 7, 504-11 (2011).
【非特許文献30】Arjona, A. & Sarkar, D. K. Circadian oscillations of clock genes, cytolytic factors, and cytokines in rat NK cells. J Immunol 174, 7618-24 (2005).
【非特許文献31】Kochman, L. J., Weber, E. T., Fornal, C. A. & Jacobs, B. L. Circadian variation in mouse hippocampal cell proliferation. Neurosci Lett 406, 256-9 (2006).
【非特許文献32】Ma, D., Panda, S. & Lin, J. D. Temporal orchestration of circadian autophagy rhythm by C/EBPbeta. Embo J 30, 4642-51 (2011).
【非特許文献33】Kondratova, A. A., Dubrovsky, Y. V., Antoch, M. P. & Kondratov, R. V. Circadian clock proteins control adaptation to novel environment and memory formation. Aging (Albany NY) 2, 285-97 (2010).
【非特許文献34】Beaver, L. M. et al. Circadian regulation of glutathione levels and biosynthesis in Drosophila melanogaster. PLoS One 7, e50454 (2012).
【非特許文献35】Xu, Y. Q. et al. Diurnal variation of hepatic antioxidant gene expression in mice. PLoS One 7, e44237 (2012).
【非特許文献36】Krishnan, N., Davis, A. J. & Giebultowicz, J. M. Circadian regulation of response to oxidative stress in Drosophila melanogaster. Biochem Biophys Res Commun 374, 299-303 (2008).
【非特許文献37】Pablos, M. I. et al. Rhythms of glutathione peroxidase and glutathione reductase in brain of chick and their inhibition by light. Neurochem Int 32, 69-75 (1998).
【非特許文献38】Jomova, K., Vondrakova, D., Lawson, M. & Valko, M. Metals, oxidative stress and neurodegenerative disorders. Mol Cell Biochem 345, 91-104 (2010).
【非特許文献39】Sofic, E. L., K.W., Jellinger, K., Riederer, P. Reduced and oxidized glutathione in the substantia nigra of patients with Parkinson's disease. Neurosci Lett 142, 128-130 (1992).
【非特許文献40】Perry, T. L. G., D.V., Hansen, S. Parkinson's disease: A disorder due to nigral glutathione deficiency? Neurosci Lett 33, 305-310 (1982).
【非特許文献41】Tomita, J., Nakajima, M., Kondo, T. & Iwasaki, H. No transcription-translation feedback in circadian rhythm of KaiC phosphorylation. Science 307, 251-4 (2005).
【非特許文献42】Nakajima, M. et al. Reconstitution of circadian oscillation of cyanobacterial KaiC phosphorylation in vitro. Science 308, 414-5 (2005).
【非特許文献43】O'Neill, J. S. & Reddy, A. B. Circadian clocks in human red blood cells. Nature 469, 498-503 (2011).
【非特許文献44】Kondratov, R. V., Vykhovanets, O., Kondratova, A. A. & Antoch, M. P. Antioxidant N-acetyl-L-cysteine ameliorates symptoms of premature aging associated with the deficiency of the circadian protein BMAL1. Aging (Albany NY) 1, 979-87 (2009).
【非特許文献45】Aoyama, K., Matsumura, N., Watabe, M. & Nakaki, T. Oxidative stress on EAAC1 is involved in MPTP-induced glutathione depletion and motor dysfunction. Eur J Neurosci 27, 20-30 (2008).
【非特許文献46】Matsumura, N. et al. Anticonvulsant action of indazole. Epilepsy Res 104, 203-16 (2013).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
前記のとおり、細胞内の抗酸化物質グルタチオンは様々な疾患に関係しており、特に脳内グルタチオンの枯渇は酸化ストレスに対する神経防御作用の低下を原因する神経変性疾患の原因となっている。
【0011】
本願発明は、従って、細胞内グルタチオンの合成を促進させる新規な医療用手段を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本願発明者らは、前記の課題について鋭意研究の結果、下記の実施例に示すように以下の新規な知見を得た。
・GSHレベルが、ドーパミン作動性細胞における酸化ストレスに対する神経防御活性と相関する日周リズムを示すこと。
・GSH合成の重要な調節因子であるEAAC1のリズミカルな発現は、同じく日周リズムを示すmiRNA、miR-96-5pによって調節されること。
・miR-96-5p阻害剤の脳室内投与は、GSHレベルとEAAC1の発現、およびマウス脳における酸化ストレスに対する神経防御作用を著しく増加させること。
【0013】
この出願は、以上の知見に基づき、以下の発明を提供する。
(1)脳内グルタチオン(GSH)の発現を増加させることを特徴とするmiR-96-5p阻害剤。
(2)配列番号1のヌクレオチド配列に対して少なくとも部分的に相補的なオリゴヌクレオチドである前記(1)のmiR-96-5p阻害剤。
(3)配列番号1のアンチセンスオリゴヌクレオチドである前記(2)のmiR-96-5p阻害剤。
(4)前記(1)から(3)のいずれかのmiR-96-5p阻害剤を含み、GSH量の低下またはその活性低下を原因とする疾患に対して予防および/または治療効果を有する医薬組成物。
(5)疾患が、脳内酸化ストレスに起因する神経変性疾患である前記(4)の医薬組成物。
(6)miR-96-5pの活性を阻害する物質をスクリーニングする方法であって、
(a)miR-96-5pに結合する物資を候補物質として特定すること、
(b)システイントランスポーター興奮性アミノ酸キャリア1(EAAC1)およびmiR-96-5pを発現する細胞に候補物質を接触させること、
(c)細胞におけるグルタチオンおよびEAAC1の少なくとも一方の発現を測定すること、
を含み、
前記(c)の測定値がコントロール値と比較して増加した候補物質を目的物質として決定することを特徴とする方法。
(7)細胞が、非ヒト動物個体の脳内の細胞である前記(6)の方法。
【0014】
本願発明において、グルタチオン(GSH)の「発現の増加」とは、細胞内におけるGSH量それ自体の増加、GSHの細胞内濃度を調節するタンパク質をコードする遺伝子の転写量の増加、遺伝子転写産物から導かれるGSH量の増加等を意味する。またGSHの「活性」とは、脳内酸化物質に対する抗酸化活性、あるいは酸化ストレスに対する神経防御作用(例えば、細胞死の抑制)などを意味する。また、miR-96-5pの阻害とは、その標的であるEAAC1 3'-UTRに対してmiR-96-5pが結合することを阻害すること、またはmiR-96-5pのEAAC1発現抑制を阻害することなどを意味する。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、GSH量の低下や活性低下を原因とする各種疾患、特に酸化ストレスに対する神経防御作用の低下を原因とする神経変性疾患の新規治療薬が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】GSHレベルの日周変動は、酸化ストレスに対する防御活性と相関している。(a)は中脳(N=10、各点)におけるGSHレベルの日周変化。グラフの下のバーは、明期(白)と暗期(黒)を示す。図中のデータは、平均値および個別のデータポイントを表す。データは一元配置分散分析(ANOVA)およびコサイナー(Cosinor)法によって分析した。有意な周期性が検出された(P=0.00018)。(b)は中脳(n = 8で、各点)におけるGSSGレベルの日周変化。データは一元配置ANOVAおよびコサイナー法によって分析した。有意な周期性(P=0.0021)が観察された。(c)は各試料(n=8、各点)のGSHに対するGSSGレベルの比率を表す個別のデータポイントである。データは一元配置ANOVAおよびコサイナー法によって分析した。有意な日周リズムは認められなかった(p =0.57)。(d)は血清ショックSH-SY5Y細胞(N=10、各点)におけるGSHレベルのリズム変化。データは平均値および個別のデータポイントを表す。データは一元配置ANOVAおよびコサイナー法によって分析した。有意な日周変動(P=0.00023)が観察された。(e)は各時点(n =7)で2時間のH2O2処理を行った後の生存細胞率の経時的変化。データは一元配置ANOVAおよびコサイナー法によって分析した。有意な周期性が示された(P=0.0003)。いくつかのポイントが重複するものの、個別のデータ点の数はサンプルサイズと同じである。
図2】マウス中脳におけるEAAC1の発現は、翻訳レベルではなく、転写レベルで日周リズムを示す。(a)は定量RT-PCRによる中脳でのEAAC1 mRNA発現の1日間のプロフィール。GAPDH発現によって正規した。グラフの下のバーは明期(白)と暗期(黒)を示す。データは平均値および5つの独立した実験から得られた個別のデータポイントを表す。有意な周期性は検出されなかった(P=0.54)。(b)はEAAC1およびβ-アクチンのイムノブロットを示す。右側は分子量マーカー。完全長ブロットは補足図12に示す。(c)は(b)のデータの密度による定量。データは平均値、および5つの独立した実験から得られた個別のデータポイントを示し、一元配置ANOVAおよびコサイナー法によって分析した。有意な日周変化が検出された(P =0.0051)。
図3】日周リズムを示すEAAC1標的miRNAのリスト。(a)miRNAマイクロアレイを用いて中脳における24時間のmiRNA発現のパターンを分析した。日周発現パターンを伴うEAAC1標的miRNAの色分け図。パネル右側の熱スケール:赤紫、黒、青緑はそれぞれ高発現、平均および低発現を表すリニアスケールを示す。(b)−(e)は、マイクロアレイまたは定量RT-PCRによって測定した中脳における24時間のmiR-96-5p (b)、miR-101a-3p (c)、miR-199a-5p (d)おおびmiR-200a-3p (e)の各発現プロフィール。データは8つの独立した実験から得られた平均値±s.e.m.を示し、一元配置ANOVAおよびコサイナー法によって分析した。miR-96-5p、miR-199a-5pおよびmiR-200a-3pには有意な周期性が観察されたた(それぞれ、P=0.0082、0.026、0.023)、miR-101s-3pには観察されなかった(P=0.053)。
図4】内在性EAAC1発現とGSHレベルに対するmiRNAトランスフェクションの効果、およびEAAC1 3'-UTRを用いたルシフェラーゼレポーター遺伝子アッセイ。(a)は、各miRNA模倣物をトランスフェクトしたHEK293細胞におけるEAAC1とβ-アクチンの内在性発現。NCはヒト遺伝子内にターゲットがないことが証明されているネガティブコントロール模倣物を示す。右側は分子量マーカーである。完全長ブロットは補足図13に示した。(b)は(a)補足図4のデータの密度による定量。データは、6つの独立した実験から得られた平均値± s.e.m.を示し、Steel’s testによって解析した。*はネガティブコントロールと比較した場合にP<0.05、†はmiRNA阻害剤の効果がP <0.05。(c)はヒトEAAC1 3'-UTRのルシフェラーゼコンストラクトの概略図。EAAC1 3'-UTR領域上のmiR-96-5pおよびmiR-101a-3pの標的部位についての配列が示されている。変異は、EAAC13'-UTR(赤いフォント)の各miRNA標的部位のコア配列(太字)に付加された。(d)は、miRNA模倣物(3ピコモルまたは30ピコモル)または阻害剤(10ピコモルまたは30ピコモル)とともに(c)のルシフェラーゼコンストラクトをトランスフェクトしたSH-SY5Y細胞における相対的ルシフェラーゼ活性(各条件についてn = 6)。データは平均±s.e.m.値を示し、Williams’ testによって分析した。*はネガティブコントロールと比較した場合にP<0.05。(e)はmiR-96-5pおよびmiR-101a-3pの標的部位における変異のルシフェラーゼ活性に対する効果(各条件についてn= 6)。データは平均±s.e.m.を示し、Student’s t-testによって分析した。*はネガティブコントロールと比較した場合にP<0.05。(f)はHEK293細胞のGSHレベルに対するmiR-96-5pおよびmiR-101a-3pの効果(各条件でn=10)。データは平均±s.e.m.を示し、Steel’s testで分析した。*はネガティブコントロールと比較した場合にP<0.05、†はmiRNA阻害剤の効果がP<0.05。
図5】SH-SY5Y細胞のGSHレベルおよびEAAC1発現に対するmiR-96-5p阻害剤のトランスフェクションの効果。(a)は、GSH発現(青)のマーカーとしてCMAC強度およびEAAC1発現(赤色)に対するmiR-96-5p阻害剤トランスフェクションまたはネガティブコントロール(NC)阻害剤(緑)の効果を示す共焦点画像。miR-96-5p阻害剤は、NC阻害剤と比較して、CMACとEAAC1レベルを増加させた。スケールバーは10μmである。(B、C)はCMAC(b)およびEAAC1レベル(c)の密度(n=11、各サンプルで10〜20細胞を測定した)。データは平均値および個別のデータポイントであり、Student’s t-testによって分析した。*はNC阻害剤にと比較した場合にP<0.05。いくつかのポイントが重複するものの、個別のデータ点の数は、サンプルサイズと同じである。
図6】in vivoでのGSHレベル、EAAC1発現および神経防御に対するmiR-96-5p阻害剤の脳室内投与の効果。(a)はEAAC1の発現(黄色)に対するmiR-96-5p阻害剤投与またはネガティブコントロール(NC)阻害剤(緑)の効果を示す共焦点画像。阻害剤は1週間に渡って脳室内投与した。脳は、最も低いGSH量を観察したZT5で固定し、矢状方向にスライスした。チロシンhydroxyrase(赤)をドーパミン作動性ニューロンのマーカーとして使用した。核はDAPI(青色)で染色した。miR-96-5p阻害剤は、NC阻害剤と比較して、EAAC1の量を増加させた。スケールバーは10μm。(b)は、TH-陽性ニューロンのEAAC1発現の密度(n=3;サンプルあたり50ニューロン)。データは平均値および個別のデータポイントであり、Student’s t-testによって分析した。*はNC阻害剤と比較した場合にP<0.05。(c)はNCまたはmiR-96-5p阻害剤の投与後の中脳GSHレベル(NC阻害剤はn=10、miR-96-5p阻害剤はn=6)。データは平均値および個別のデータポイントである。データはStudent’s t-testによって分析した。*はNC阻害剤と比較した場合にP<0.05。(d)は、miR-96-5p阻害剤またはNC阻害剤のいずれかを注射した中脳のニトロチロシンの発現レベル。データは平均値および個別のデータポイントであり、Student’s t-testによって分析した。*はNC阻害剤と比較した場合にP<0.05。いくつかのポイントが重複するものの、個別のデータ点の数は、サンプルサイズと同じである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本願発明において阻害の対照とするmiR-96-5pは、EAAC1 3'-UTRを標的として、EAAC1の発現を抑制するマイクロRNAであり、配列番号1のヌクレオチド配列(5’-uuuggcacuagcacauuuuugcu-3’)を有している。本発明のmiR-96-5p阻害剤の一形態は、配列番号1のヌクレオチド配列に対して少なくとも部分的に相補的なオリゴヌクレオチドであり、好ましくは配列番号1のヌクレオチド配列に対して相補的なアンチセンスオリゴヌクレオチドである。この場合、「少なくとも部分的に相補的」であるとは、miR-96-5pにアニールすることを前提として、配列番号1のヌクレオチド配列と少なくとも75%、好ましくは少なくとも85%、さらに好ましくは少なくとも95%が相補的であることを意味する。また、「アンチセンスオリゴヌクレオチド」は配列番号1のヌクレオチド配列に対して100%相補的であることを意味する。
【0018】
これらのmiR-96-5p阻害剤(オリゴヌクレオチド)は、公知の化学合成を用いる方法、あるいは酵素的転写法等にて製造することができる。公知の化学合成を用いる方法として、ホスホロアミダイト法、ホスフォロチオエート法、ホスホトリエステル法等をあげることができ、例えば、ABI3900ハイスループット核酸合成機(アプライドバイオシステムズ社製)やNTS H-6核酸合成機(日本テクノサービス社製)、OligoPilot10核酸合成機(GEヘルスケア社製)により合成することができる。酵素的転写法としては、目的の塩基配列を有するプラスミドまたはDNAを鋳型として、T7、T3、SP6RNAポリメラーゼ等のRNAポリメラーゼを用いた転写をあげることができる。合成法または転写法により製造したオリゴヌクレオチド)は、次いでHPLC等にて精製する。
【0019】
本願発明のmiR-96-5p阻害剤(オリゴヌクレオチド)に用いられる核酸としては、ヌクレオチドまたはそのヌクレオチドと同等の機能を有する分子が重合した分子であればいかなるものでもよい。ヌクレオチドとしては、例えばリボヌクレオチドの重合体であるRNA、デオキシリボヌクレオチドの重合体であるDNA、RNAおよびDNAが混合した重合体、ヌクレオチド類似体を含むヌクレオチド重合体が、それぞれあげられる。
【0020】
ヌクレオチド類似体としては、例えばRNAまたはDNAと比較して、標的miR-96-5pとのアフィニティーをあげるため、細胞透過性をあげるため、あるいは可視化させるために、リボヌクレオチド、デオキシリボヌクレオチド、RNAまたはDNAに修飾を施した分子を挙げるこことができる。例えば、糖部修飾ヌクレオチド類似体やリン酸ジエステル結合修飾ヌクレオチド類似体等があげられる。
【0021】
糖部修飾ヌクレオチド類似体とは、ヌクレオチドの糖の化学構造の一部あるいは全てに対し、任意の化学構造物質を付加あるいは置換したものであればいかなるものでもよく、例えば、2’−O−メチルリボースで置換されたヌクレオチド類似体、2’−O−プロピルリボースで置換されたヌクレオチド類似体、2’−メトキシエトキシリボースで置換されたヌクレオチド類似体、2’−O−メトキシエチルリボースで置換されたヌクレオチド類似体、2’−O−[2−(グアニジウム)エチル]リボースで置換されたヌクレオチド類似体、2’−O−フルオロリボースで置換されたヌクレオチド類似体、糖部に架橋構造を導入することにより2つの環状構造を有する架橋構造型人工核酸(Bridged Nucleic Acid)(BNA)、より具体的には、2’位の酸素原子と4’位の炭素原子がメチレンを介して架橋したロックト人工核酸(Locked Nucleic Acid:LNA)、エチレン架橋構造型人工核酸(Ethylene bridged nucleic acid:ENA)[Nucleic Acid Research, 32, e175 (2004)]等があげられ、さらにペプチド核酸(PNA)[Acc. Chem. Res., 32, 624 (1999)]、オキシペプチド核酸(OPNA)[J. Am. Chem. Soc., 123, 4653 (2001)]、およびペプチドリボ核酸(PRNA)[J. Am. Chem. Soc., 122, 6900 (2000)]等をあげることができる。
【0022】
リン酸ジエステル結合修飾ヌクレオチド類似体としては、ヌクレオチドのリン酸ジエステル結合の化学構造の一部あるいは全てに対し、任意の化学物質を付加あるいは置換したものであればいかなるものでもよく、例えば、ホスフォロチオエート結合に置換されたヌクレオチド類似体、N3'-P5'ホスフォアミデート結合に置換されたヌクレオチド類似体等をあげることができる
【0023】
ヌクレオチド類似体としては、その他に、核酸の塩基部分、リボース部分、リン酸ジエステル結合部分等の原子(例えば、水素原子、酸素原子)もしくは官能基(例えば、水酸基、アミノ基)が他の原子(例えば、水素原子、硫黄原子)、官能基(例えば、アミノ基)、もしくは炭素数1〜6のアルキル基で置換されたものまたは保護基(例えばメチル基またはアシル基)で保護されたもの、核酸に、例えば脂質、リン脂質、フェナジン、フォレート、フェナントリジン、アントラキノン、アクリジン、フルオレセイン、ローダミン、クマリン、色素など、別の化学物質を付加した分子等を用いてもよい。
【0024】
核酸に別の化学物質を付加した分子としては、例えば、5’−ポリアミン付加誘導体、コレステロール付加誘導体、ステロイド付加誘導体、胆汁酸付加誘導体、ビタミン付加誘導体、Cy5付加誘導体、Cy3付加誘導体、6−FAM付加誘導体、およびビオチン付加誘導体等をあげることができる。その他、本願発明のmiR-96-5p(オリゴヌクレオチド)に使用するヌクレオチドの類似体や修飾体については、例えば特許文献2、4に開示されたものなどを使用することもできる。
【0025】
本願発明の医薬組成物は、前記のmiR-96-5p阻害剤(オリゴヌクレオチド)を脳内に送達することのできる形態で調製することができる。核酸医薬を脳内に送達する技術は、例えば特許文献4等において公知である。例えば、一つの形態は、miR-96-5p阻害剤(オリゴヌクレオチド)をコードするDNAをインサート配列とする組換え発現ベクターである。すなわち、脳内細胞(神経細胞やグリア細胞)内で活性を有する転写制御配列(プロモーター)をオリゴヌクレオチドに連結して組換え発現ベクターを構築し、このベクターを生体内に投与してmiR-96-5p阻害剤(オリゴヌクレオチド)を脳内で発現させる。
【0026】
医薬組成物の別の形態は、DNAそれ自体(naked DNA)での投与である。このnaked DNA導入法は、例えば、WO90/11092および米国特許第5,580,859号等に記載されている。すなわち、取り込み効率は、生分解性のラテックスビーズを用いて改善することができる。DNAコーティングラテックスビーズは、エンドサイトーシス開始後にビーズによって細胞内に効率的に輸送される。この方法は、疎水性を増加させるようにこれらのビーズを処理することによってさらに改善することができ、それによってエンドソームの破壊および細胞質へのDNAの放出を促進する。
【0027】
またmiR-96-5p阻害剤(オリゴヌクレオチド)を細胞内に送達するための担体としてリポソームや脂質(例えば、米国特許第7,001,614号、米国特許第7,067,697号、米国特許第7,214,384号等)、合成ポリマー(例えば、米国特許第6,312,727号等)を使用することもできる。
【0028】
本願発明の医薬組成物は、薬学的に許容される適切な担体や希釈剤と組み合わせて、錠剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤、軟膏剤、液剤、坐剤、注射剤、吸入剤およびエアロゾルなどの固体、半固体、液体または気体の形態で製剤化することができる。
【0029】
投与経路は、治療に際し最も効果的なものを使用するのが望ましく、経口投与、または口腔内、気道内、直腸内、皮下、筋肉内および静脈内などの非経口投与をあげることができ、望ましくは経口投与をあげることができる。
【0030】
経口投与に適当な製剤としては、乳剤、シロップ剤、カプセル剤、錠剤、散剤、顆粒剤などがあげられる。乳剤およびシロップ剤のような液体調製物は、水、ショ糖、ソルビトール、果糖などの糖類、ポリエチレングリコール、プロピレングリコールなどのグリコール類、ごま油、オリーブ油、大豆油などの油類、p-ヒドロキシ安息香酸エステル類などの防腐剤、ストロベリーフレーバー、ペパーミントなどのフレーバー類などを添加剤として用いて製造できる。カプセル剤、錠剤、散剤、顆粒剤などは、乳糖、ブドウ糖、ショ糖、マンニトールなどの賦形剤、デンプン、アルギン酸ナトリウムなどの崩壊剤、ステアリン酸マグネシウム、タルクなどの滑沢剤、ポリビニルアルコール、ヒドロキシプロピルセルロース、ゼラチンなどの結合剤、脂肪酸エステルなどの界面活性剤、グリセリンなどの可塑剤などを添加剤として用いて製造できる。
【0031】
非経口投与に適当な製剤としては、注射剤、座剤、噴霧剤などがあげられる。注射剤は、塩溶液、ブドウ糖溶液あるいは両者の混合物からなる担体などを用いて調製される。座剤はカカオ脂、水素化脂肪またはカルボン酸などの担体を用いて調製される。また、噴霧剤は受容者の口腔および気道粘膜を刺激せず、かつ有効成分を微細な粒子として分散させ吸収を容易にさせる担体などを用いて調製される。担体として具体的には乳糖、グリセリンなどが例示される。miR-96-5p阻害剤(オリゴヌクレオチド)や用いる担体の性質により、エアロゾル、ドライパウダーなどの製剤が可能である。また、これらの非経口剤においても経口剤で添加剤として例示した成分を添加することもできる。
【0032】
投与量または投与回数は、目的とする治療効果、投与方法、治療期間、年齢、体重などにより異なるが、通常成人1日当たり10 μg/kg〜20 mg/kgである。目標投与量はまた、その薬剤の投与後の最初の24〜48時間以内に採血された血液試料において、miR-96-5p阻害剤(オリゴヌクレオチド)の濃度が約0.1〜1000μM、約0.5〜500μM、約1〜100μM、または約50〜50μMの範囲となるような量を設定することができる。なお、脳内のGSH量は、後記の実施例に示すように日内変動があるため、本願発明の医薬組成物は脳内GSH量が低下する特定の時間帯に合わせて服用することが好ましい。
【0033】
本願発明のスクリーニング方法は、
(a)miR-96-5pに結合する物資を候補物質として特定すること、
(b)システイントランスポーター興奮性アミノ酸キャリア1(EAAC1)およびmiR-96-5pを発現する細胞に候補物質を接触させること、
(c)細胞におけるグルタチオン(GSH)およびEAAC1の少なくとも一方の発現を測定すること、
を含み、
前記(c)の測定値がコントロール値と比較して増加した候補物質をmiR-96-5p阻害物質として決定する。
【0034】
このようなスクリーニング方法は、基本的には特許文献1および3に開示されている方法に準じて行うことができる。例えば、工程(a)における候補物質としては、有機または無機の化合物(特に低分子量の化合物)、タンパク質、ペプチド等が含まれる。また、コンビナトリアルケミカルライブラリーから選択したものであってもよい。これらの物質は、機能や構造が既知のものであって未知のものであってもよい。候補物質がmiR-96-5pと結合するか否かは、例えばin vitroにおいて実際にmiR-96-5pと候補物質の親和性を公知の方法で検証する方法、あるいはハイスループットスクリーニングによって選択したものであってもよい。
【0035】
工程(b)における細胞は、in vitroスクリーニングでは、EAAC1を発現する脳、脊髄、腎臓、心臓、骨格筋等から単離した細胞、またはこれらに由来する細胞株を使用することができる。特に、後記実施例に示したように、ヒト腎臓由来のHEK293細胞株はEAATファミリーの中でEAAC1のみが発現し、シスチンの取り込みがほとんど無視できる程度であるという点において好ましい。また、ヒト等の動物から単離したEAAC1発現細胞にはmiR-96-5pが存在する可能性が高いが、miR-96-5pの発現を確実なものとするためにはmiR-96-5pオリゴヌクレオチド(配列番号1)それ自体、またはmiR-96-5p発現ベクターを細胞にトランスフェクトすることも好ましい。一方、in vivoスクリーニングでは、miR-96-5pがEAAC1発現抑制を介してGSH量に負の影響を及ぼしている脳組織の細胞が対照となる。この場合は、前記の医薬組成物について説明した方法等により候補物質を非ヒト動物個体に投与する。
【0036】
工程(c)におけるGSHおよび/またはEAAC1発現の測定は、例えば、in situ ハイブリダイゼーション、ノーザンブロッティング、ドットブロット、RNaseプロテクションアッセイ、RT-PCR、Real-Time PCR、qRT-PCT、DNAアレイ解析法などによって、GSHやEAAC1のmRNA発現量を検知・測定して実施することができる。また、GSHタンパク質やEAAC1タンパク質を、in situ ハイブリダイゼーション、ウェスタンブロッティング、各種の免疫組織学的方法などによって定量化して行うこともできる。
【0037】
以上の工程(c)で得られたGSHおよび/またはEAAC1の測定値は、候補物質のmiR-96-5p阻害活性を反映している。この阻害活性がコントロール条件と比較して増加した候補物質をmiR-96-5p阻害物質として決定することができる。また、候補物質のmiR-96-5p阻害活性は、本願発明が提供するmiR-96-5p阻害剤(オリゴヌクレオチド)の活性と比較することもできる。すなわち、スクリーニングと同一条件で測定したmiR-96-5p阻害剤(オリゴヌクレオチド)に対して、80%以上の活性を有する候補物質を目的のmiR-96-5p阻害物質として決定することもできる。
以下、実施例として、本願発明の基礎となった実験結果を示す。
【実施例】
【0038】
1.方法
1−1:動物
成体雄ddYマウス(8〜10週齢)は明/暗(LD)12時間/12時間のサイクルで飼育した。「点灯」の時間はツァイトゲーバー時間(zeitgeber time:ZT)0、「消灯」の時間はZT12とした。すべてのマウスは1日の飢餓の後、CO2麻酔下でリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を心臓内灌流した。組織はZT2、5、8、11、14、17、20および23で回収した。SCN領域の解剖のために前視床下部の角錐検体を視床下部の腹側表面から切開した。SNcの領域の切開では、脳を矢状に半分に切断した後、脳の領域を解剖した。全ての動物プロトコルは帝京大学医学部の動物実験委員会によって承認された。
【0039】
1−2:血清ショック
SH-SY5Y細胞とHEK293細胞はそれぞれ、10%ウシ胎児血清(FBS)および1%ペニシリン-ストレプトマイシンを補充したダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)または最小必須培地(Life Technologies, Frederick, MD)で、5%CO2、37℃で増殖させた。細胞は、1日の血清ショック前飢餓の後、50%のウマ血清を含む培地に変更して2時間インキュベートした。その後、血清リッチ培地は10%血清を含む培地で置換した。血清ショック直後の時間を時間=0とした。
【0040】
1−3:GSHレベルの検出
10倍量のGSH抽出緩衝液(5%トリクロロ酢酸および5mM EDTA)中で脳組織をホモジナイズし、4℃で15分間1200×gで遠心分離した。上清を測定に使用した。既報(非特許文献46、47)のとおりに、組織GSHはチオールための蛍光標識試薬である4-fluoro-7-sulfamoylbenzofurazan(Dojindo, Kumamoto, Japan)を用いて検出した。LC-20AD液体クロマトグラフィーシステム(Shimadzu, Kyoto, Japan)をGSH検出のために使用した。分析カラムInertsil ODS-2(150×4.6mm ID 5μm)(GL Sciences, Torrance, CA)を40℃で固定し、対応するガードカラム(10 × 4.0 mm ID 5μm; GL Sciences)を介して接続した。段階的な勾配溶出は、溶媒A(pH4.0で50mMのフタル酸水素カリウム)およびB(溶媒Aに8%アセトニトリル)を用いてプログラムされた。移動相は80%の溶媒Aおよび20%Bでの6分間の保持に続いて、100%の溶媒Bで10分間保持された。溶出流速は1.0mL/分である。全ての試料はオートインジェクター(Shimadzu)を用いてカラムに注入した。RF-530蛍光分光計(Shimadzu)は、それぞれ380 nmおよび510 nmでの励起および発光を使用した。検出器からの信号は、Chromatopac C-R4A(Shimadzu)で記録した。組織GSH濃度は、GSHの既知量の標準化ピーク面積から計算した。
【0041】
GSSG濃度の測定には、製造者のプロトコールに従い、グルタチオン定量キット(Dojindo)を用いてDTNB-GSSG還元リサイクリングアッセイを行った。 GSHに対するGSSGの比率は、GSH濃度でGSSG濃度を除して算出した。
【0042】
SH-SY5YおよびHEK293細胞内のGSH濃度は、チオール基と反応して高度に蛍光性の付加物を生成するマレイミド試薬であるThioGlo-1(Merck, Darmstadt, Germany)を使用して決定した。GSH量は、主に、細胞内GSHとThioGlo-1の相互作用を介した蛍光反応から推定した。細胞を10μMThioGlo-1で30分間37℃でインキュベートし、そして蛍光レベルはMultimode Detector DTX800 (Beckman Coulter, Indianapolis, IN)を用いて測定した。シスチン輸送系の影響を除去するために、回収1日前に100μM MDTTを追加した。
【0043】
1−4:生存細胞数
SH-SY5Y細胞は500μMのH2O2、HEK293細胞は、5 mMのH2O2で2時間処理後、0.5 mLのPBSで細胞を懸濁し、1.5mLのチューブに入れた。次に、0.4%トリパンブルーの0.1mLを加え、細胞を5分間インキュベートした。血球計に細胞懸濁液を充填し、少なくとも100個の細胞を顕微鏡下で計数した。青色染色および非染色細胞を、それぞれ、損傷細胞および生細胞と見なした。
【0044】
1−5:定量的RT-PCR
RNAの単離はTrizol Reagent(Life Technologies)を用いて行った。mRNAの定量は、製造業者のプロトコルに従って、RTプライマーとしてランダムヘキサマーを用い、High-Capacity cDNA Reverse Transcription Kits (Life Technologies)を使用して全ての個別のRNAサンプルの逆転写(RT)を行った。リアルタイムポリメラーゼ連鎖反応(PCR)はLight Cycler 330 (Roche, Mannheim, Germany)を用いて行い、増幅はSYBR Premix Ex Taq II (Takara, Shiga, Japan)を用いて行った。定量的RT-PCRのためのプライマーはPrimer3Plusを使用して設計し、Nihon Gene Research Laboratories Inc. (Miyagi, Japan)から購入した。
【0045】
miRNAの定量には、RT-PCR反応のためのmiRCURY LNATM Universal RT microRNA PCR kit (Exiqon, Vedbaek, Denmark)を使用した。miRNAのリアルタイムPCRは、製造業者のプロトコルに従って、LightCycler 480 II (Roche)でPCRプライマーセット(Exiqon社)およびSYBR Green master mix(Exiqon)を用いて行った。
【0046】
1−6:miRNAマイクロアレイ
各時点(ZT2、8、14および20)においてマウス中脳から抽出した5個のRNAサンプルのプールは、SurePrint G3 Mouse miRNA microarray, protocol version 2.2のプロトコルバージョン2.2(Agilent, Santa Clara, CA)を用いてHokkaido System Science Co. (Sapporo, Japan)で分析した。プラットフォームはSanger miRBase version 16.0をベースにしており、チップ上のmiRNA数は1055個である。
【0047】
スキャンされたマイクロアレイ生データはGeneSpring Gx (Agilent)にインポートした後、チップ当たりの第三四分位数に正規化した。信号値が誤差値よりも3倍以上であるデータを分析のために選択した。ZT2対 ZT8、ZT2対ZT14、ZT2対ZT20、ZT8対ZT14、ZT8対ZT20、およびZT14対ZT20の変化倍率をmiRNA候補リストに使用した。
【0048】
ヒト、マウスおよびラットEAAC1の3'-UTRを標的とする候補miRNAの予測のために、8個の確立されたプログラム、Diana-microT、miRanda、miRDB、miRWalk、RNAhybrid、PICTAR、PITAおよびTargetScanを使用した。
【0049】
1−7:ウェスタンブロッティング
タンパク質量はBCA protein assay (Thermo Scientific, Rockford, IL)を用いて決定し、総タンパク質に対して標準化した。タンパク質サンプルはRIPA緩衝液(20mMトリス塩酸pH7.5、150mMのNaCl、1%NP-40、1%デオキシコール酸ナトリウム、0.1%ドデシル硫酸ナトリウム[SDS]およびプロテアーゼ阻害剤カクテル、Sigma-Aldrich, St. Louis, MO )中で加温し、SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(PAGE)により分離し、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)膜(Bio-Rad, Hercules, CA)に移した。非特異的結合は、PBS-Tween20中の5%スキムミルクでブロックし、1:1,000希釈の抗EAAC1(Abcam, Cambridge, MA)、1:200希釈の抗PER1 (Abcam)、1:1,000希釈の抗PER2(Abcam)、1:10,000希釈の抗BMAL1 (Abcam)、1:1,000希釈の抗CLOCK (Abcam)、1:10,000希釈の抗β-Actin(Sigma-Aldrich)で探査した。PBS-Tween20で洗浄後、西洋ワサビペルオキシダーゼ標識二次抗体をプローブし、ECL prime HRP detection kit (GE Healthcare, Piscataway, NJ)で検出。私たちは、ZT14試料の連続希釈を標準曲線として用いて、EAAC1レベルの定量化を行った。
【0050】
1−8:miRNAターゲッティングのルシフェラーゼレポーターアッセイ
miR-96-5p(配列番号1)、miR-101a-3p(5’-uacaguacugugauaacugaa-3’:配列番号2)、miR-199a-5p(5’-cccaguguucagacuaccuguuc-3’:配列番号3)およびmiR-200a-3p(5’-uaacacugucugguaacgaugu-3’:配列番号4)の5つの潜在的な標的部位を含むヒトEAAC1(NM_004170)およびマウスEAAC1(NM_009199)3'-UTRを、以下のプライマーを用いてSH-SY5Y細胞のcDNAから増幅した。
フォワードプライマー:5'GGGAGCTCATAGGCCGGCCCCTGGCTGCAGATG-3 '(配列番号5)
リバースプライマー:5'GCACGCGTCTATGCCGAAAGAATGAGGGAAGTGTT-3'(配列番号6)
同じくヒトEAAC1(NM_004170)のマウスEAAC1(NM_009199)3'-UTRを、以下のプライマーを用いてマウス中脳から増幅した。
フォワードプライマー:5'GGGAGCTCATAGGCCATGCCTGACCTCAGATTGA-3'(配列番号7)
リバースプライマー:5'GCACGCGTCTATGCCTAAGGGGAGAAAGAGTGGG-3’(配列番号8)
Prime STAR HS (Takara)を用いて増幅したPCR産物は、pMD20 T-vector using Mighty TA-cloning kit (Takara)を用いてpMD20-Tベクターにクローニングされた後、DNA配列決定(FASMAC, Atsugi, Japan)により確認された。これらのインサートは、その後のSacI/MluI消化(ヒトEAAC13'-UTR)またはSpeI/MluI消化(マウスEAAC13'-UTR)によってpMD20-Tベクターから削除され、その後、ホタルルシフェラーゼレポーターベクターpMIR-REPORT (Promega, Madison, WI)にサブクローニングされた。EAAC1 3'-UTRにおけるmiRNA標的配列の突然変異はMutagenesis kit (Takara)を用いて行った。突然変異用のプライマー配列は以下のとおりである。
部位1;
5’-TAATGTCGGAAAATGTCAATTTTTAAC-3’(フォワード)(配列番号9)
5’-GGACAGGGGTCAATTACAGCCTTTTAC-3’(リバース)(配列番号10)
部位2:
5’-CAATGTTGAGTATTGGGACGCTGGTAA-3’(フォワード)(配列番号11)
5’-CCTAAGAAAAAAGTTACAACTCATAAC-3’(リバース)(配列番号12)
Lipofectamine RNAiMax (Life Technologies)を用いて、pMIR-ヒトEAAC1 3’-UTRまたはpMIR-マウスEAAC1 3’-UTRコンストラクトと、Renillaルシフェラーゼベクター pRL)、miRNA模倣物およびmiRNA阻害剤の適当な組合せを細胞にトランスフェクトした。ホタルルシフェラーゼ活性はRenillaルシフェラーゼ活性に対して標準化した。Luciferase activity was measured by a Dual-luciferase Reporter Assay System (Promega) using a luminometer (Turner Biosystems/Promega).ルシフェラーゼ活性はルミノメーター(Turner Biosystems/Promega)を用いて使用してDual-luciferase Reporter Assay System (Promega)により測定した。
【0051】
1−9:免疫細胞化学
SH-SY5Y細胞における細胞内GSHの評価のために、チオール基と反応して高蛍光性の付加物を生成するクロロメチル化試薬7-アミノ-4- chloromethylcourmarine(CMAC)(Life Technologies)を使用した。細胞を5μMCMACで37℃15分間インキュベートし、次いで30分間、無血清培地でインキュベートした。次いで細胞を4%PFAで固定し、EAAC1との多重染色の場合には、0.05%TritonX-100で透過処理した。非特異的な染色は1%BSA/0.2%TritonX-100を含有する試薬PBSでブロッキングし、次いで、細胞を1:1,000希釈の抗EAAC1(Abcam)と共に4℃で一晩インキュベートした。PBS-Tween20で洗浄した後、細胞を蛍光標識二次抗体で標識した。最後に、細胞をFluoromount-Plus (Diagnostic Biosystems, Pleasanton, CA)を使用してマウントし、Nikon A1共焦点顕微鏡で撮影した。
【0052】
1−10:脳室内注射
130mM NaCl、3.5mM KCl、1.25mM NaH2PO4、2mM MgSO4、2mM CaCl2、20mM NaHCO3 および10mM glucose (pH 7.4)を含む人工脳脊髄液(aCSF)に溶解したmiR-96-5p阻害剤または陰性対照阻害剤(Exiqon)を、マウスの右側脳室に投与した。脳室内注射は定位固定のもとで行った。既報(42)のとおり、開孔部はブレグマの0.3mm尾側、正中線から1.2 mmであり、シリンジ針の先端は硬膜下2.5mmである。次に、aCSF に溶解した3.0ナノモルのmiR-96-5p阻害剤またはネガティブコントロール阻害剤100μLを1週間脳室内に注入した。
【0053】
酸化ストレスの実験では、断頭の後すぐに脳はガス(95%酸素/5%のCO2)処理した氷冷aCSF中での300μm厚に切片化した。実験は、連続的に95%酸素/5%CO2で気泡化された30℃のaCSFを含有するチューブに脳スライスを移すことによって開始した。既報(非特許文献42)のとおり、中脳スライスをNO供与体である1 mM 3-モルホリノシドノンイミン(SIN-1, Santa Cruz Biotechnology, Santa Cruz, CA)に30分間暴露した。ニトロチロシンの発現は、製造業者の説明書に従ってOxiSelectTM nitrotyrosine ELISA kit (Cell Biolabs, San Diego, CA)で定量した。
【0054】
1−11:免疫組織化学
マウスは4%performaldehydeを含むPBSで灌流した。脳は、最適切断温度(OCT)の化合物に入れ、液体窒素で凍結した。クリオスタット上で切断した10μm厚の矢状脳切片を-80℃で保存した。スライスをブロッキング試薬(1%BSA/0.2%TritonX-100を含有するPBS)に入れ、次いで1:200希釈の抗EAAC1(Alpha Diagnostics, San Antonio, TX)およびで抗チロシンヒドロキシラーゼ(Millipore)4℃一晩インキュベートした。PBS-Tween20で洗浄後、切片を蛍光標識二次抗体で標識した。核標識のためは4',6-ジアミジノ-2-フェニルインドール(DAPI)(Dojindo)を用いた。切片はFluoromount-Plus (Diagnostic Biosystems)にマウントし、Nikon A1共焦点顕微鏡で撮影した。
【0055】
1−12:統計
データは一元配置分散分析(ANOVA)によって分析した。日周リズム評価は、さらに概日周期性を決定するために、Dr. R. Reffinettiによって提供されたCircadian Rhythm Laboratoryの無料Cosinor Periodogram analysis program ver.2.3を用いて確認した。miRNA模倣物またはmiRNA阻害剤の分析には、模倣またはmiRNAの分析のためには図の説明文に記載した適切な統計的検定を用いた。P<0.05の差を有意とみなした。
【0056】
2.結果
2−1:GSHレベルとその神経防御活性の日周変動
哺乳動物の末梢器官におけるGSHレベルの日周振動が報告されているが(非特許文献18-20)、中枢神経系におけるGSHのリズムはほとんど報告されていない(非特許文献21、22)。今回の実験では、SNCを含む中脳GSH濃度が日周変動を示しているかどうかを測定するために、3時間ごとに組織を採取した。マウスは、食物消費の影響を除去するために、脳のサンプリングの前に1日間絶食させた。次に、中脳におけるリズミカルな日周発現を観察した。GSH濃度のプロファイルは1.2倍の変化(Cosinor;P =0.00018)で日周リズムを示した。最高と最低のGSHレベルは、真夜中(ZT20)と正午(ZT5)に観測された(図1a)。
【0057】
GSH濃度の日周振動も、中枢発振器が位置するSCNにおいて示され(Cosinor;P=0.037)、最高値はZT17、最低値はZT11で検出された。脳内のGSHレベルの日周リズムは夜間時にピークレベルを示した。夜間の高いGSHレベルおよび/または日中の低いレベルは、重要な生理学的意味があるかもしれない。
【0058】
GSSGレベルは脳組織において日周リズムを示すため(非特許文献23)、この実験ではGSSG濃度をも測定した。その結果、中脳におけるGSSG濃度のリズミカルな変化が見出された(Cosinor;P=0.0021)。その振動の位相は、ZT17がピークレベルであり、ZT5が底値であって、GSHのリズムに類似していた(図1b)。GSSG/GSHの比は日周リズムを示さなかった(Cosinor;P=0.57)(図1C)。これらの結果は、リズミカルなGSH濃度の決定はレドックス系よりもそのGSH合成に密接に関連していることを示唆している。
【0059】
さらにGSHリズムの重要性を調べるために、一般的にドーパミン作動性モデルで使用されている神経芽細胞腫細胞株SH-SY5Yの内在性、自立体内時計を同期させる血清ショック法(非特許文献24、25)を使用した。血清ショック後6時間ごとに収集された細胞を用いて定量RT-PCRを行い、高濃度の血清ショックへの暴露は時計遺伝子(Per2)の発現を誘導し、リズミカルな振動を引き起こす(Cosinor;P=0.0028)ことを確認したが、このことは、他の細胞株での報告(非特許文献24,25)と同程度である。血清ショックSH-SY5Y細胞において、GSHレベルは24時間周期で発振を示した(Cosinor;P=0.00023)(図1d)。ピークレベルは12時間の血清ショックの後に観察され、次は36時間後に出現したが、これはPer2発現の逆位相であり、in vivoで観察されるものと類似している(図1a、d)。
【0060】
GSHは酸化ストレスに対する防御のための最も重要な抗酸化物質の一つであり、そのリズミカルな振動はストレスに対する神経防御性および/または脆弱性を時間依存的に発現する可能性がある。SH-SY5Y細胞の時間依存的な神経防御を試験するために、血清ショック後6時間ごとにH2O2で酸化ストレスを誘導した。時間=0で、細胞の半数が損傷を受けるH2O2濃度を500μMと決定した。H2O2曝露後の生存細胞の割合は24時間にわたってリズミカルに変動し(Cosinor;P=0.0003)、GSHリズムと相同であった(図1d、e)。
【0061】
最も高い生存率は血清ショック後12時間で観察された。次のピークは24時間後に現れた。リズミカルなGSHレベルおよび生存細胞率との間の一致位相は、GSHレベルのリズミカルな振動は非ドーパミン作動性HEK293細胞でも観察され、このことは、GSHレベルのリズミカルは振動が、細胞タイプとは無関係に、酸化ストレスに対するリズミカルな防御活性を調節することを示唆する。
【0062】
2−2:EAAC1タンパク質発現の日内変動
GSH振動を調節する遺伝子を同定するために、NCBI Gene Expression Omnibus(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/)を使用して、GSH合成の主要な調節因子をコードする可能性のある遺伝子候補を探索した。その結果、その発現が概日リズムを表示するように思われるいくつかのGSH調節遺伝子が見出された。次に、いくつかの候補遺伝子のmRNA発現パターンをマウス中脳において24時間、そして定量RT-PCRにより血清ショックSH-SY5Y細胞において調べた。候補遺伝子の全てのmRNA発現パターンは構成的に収斂していた。
【0063】
タンパク質レベルがリズミカルであるが、それらに対応するmRNAがリズミカルではないいくつかの遺伝子が存在する(非特許文献16)。次に、GSH合成の律速前駆体の輸送体として知られる興奮性アミノ酸キャリア1(EAAC1)(非特許文献5)のタンパク質発現を調べた。興味深いことに、そのmRNA発現は不規則であったが(図2a-c)、EAAC1タンパク質発現は中脳において、ZT14でピーク、ZT2で底値という日周変動を示した(図2a-c)。EAAC1発現の振幅は有意に高く、1.4倍の変化であった。これは、EAAC1の発現が転写後調節機構によって調節されることを示唆している。
【0064】
2−3:EAAC13'-UTRを標的とするmiRNAの日周振動
転写後制御は、遺伝子発現の重要な調節因子であるmiRNAによって影響されることが報告されている(非特許文献14)。EAAC1発現の日内リズムを調節するmiRNAを同定するために、まずmiRNAのマイクロアレイを用いて日周発現パターンを伴うmiRNAをスクリーニングした。日周振動(1.5倍以上)を伴う20個のmiRNA(図3a)と、より低い振幅(1.2〜1.5倍の変化)の日周振動を伴う106個のmiRNAを同定した。
【0065】
確立されたプログラムを用いた候補miRNA予測の解析によって、日周振動を伴う候補遺伝子の中から、3個のmiRNA、miR-96-5p、miR-199a-5pおよびmiR-200a-3pを可能性のある候補として明らかにした。これらは、ヒト、マウスおよびラットEAAC1の3’-UTRを標的とする振動を伴っていた。これらのmiRNA標的部位の配列はこれらの動物の間で非常に高く保存されている。また、保存されたEAAC1標的miRNAの候補としてmiR-101a-3pを同定したが、このmiRNAは低振幅の候補の中に分類されている。
【0066】
定量RT-PCRを用いて、miR-96-5p、miR-199a-5pおよびmiR-200a-3pはマイクロアレイデータによって示されるような昼行性様式で振動することを確認したが(Cosinor;各P=0.0082、0.026、0.023)、miR-101a-3pはそうではなかった(Cosinor;P =0.053)。miR-96-5pレベルはZT23で最大値、ZT11で最小値に達し、その振幅は1.6倍であった(図3b)。miR-199a-5pおよびmiR-200a-3pは特に大きな振幅、すなわち3倍以上の変化を有しており、ZT5とZT14にピークを有していた(図3d、e)。miR-101a-3pはANOVAでは有意な反応を示したにが、振動性に関する統計的分析では有意なリズムを示さず(ANOVA;P=0.032、Cosinor;P =0.053)、このことはmiR-101a-3pは日中の一時的な制御に必要とされていることを示唆する(図3c)。miR-96-5p、miR-199a-5pおよびmiR-200a-3pなどのmiRNAの振動は、成熟miRNAプロセシングに特徴的である。miR-101a-3pのような他のmiRNAは発現の有意な日周変化は示さない。
【0067】
2−4:EAAC1およびGSHレベルに対するmiRNAの効果
次に、HEK293細胞を用いて、同定されたmiRNAはGSHレベルおよびEAAC1発現を調節するかどうかを調べた。この細胞株の利点は、EAATファミリーの中で唯一EAAC1が発現され、シスチンの取り込みはほとんど無視できる程度であるという事実である(非特許文献26)。まず、EAAC1発現に対するmiRNAトランスフェクションの効果を調べた。HEK293細胞へのmiR-96-5pまたはmiR-101a-3pのトランスフェクションは、コントロールmiRNAに比較してEAAC1タンパク質を減少させたが(Steel’s test;P<0.05)、miR-199a-5pおよびmiR-200a-3pはタンパク質発現に効果を示さなかった(図4a、b)。
【0068】
次に、ルシフェラーゼレポーターアッセイを使用して、EAAC1標的miRNAとしてのmiR-96-5pおよびmiR-101a-3pをテストした。ヒトまたはマウスEAAC1の3'-UTRをルシフェラーゼレポータープラスミドにクローニングしたコンストラクトを構築した(図4c)。これらのmiRNAによるEAAC1の内因性発現の減少と一致して、miR-96-5pまたはmiR-101a-3pがトランスフェクションされたときにルシフェラーゼ活性は有意に低下した(Williams’ test、P <0.025)(図4d)。この減少は、miRNA阻害剤によってブロックされた。EAAC1 3'-UTR標的部位上のコア配列の変異はまた、miRNAによるルシフェラーゼ活性の低下をブロックした(図4e)。対照的に、miR-199a-5pおよびmiR-200a-3pは、ウェスタンブロッティングの結果と一致して、ルシフェラーゼ活性に影響を及ぼさなかった(図4a、d)。
【0069】
最後に、miR-96-5pとmiR-101a-3pはGSHレベルに影響を与えるかどうかを検討した。miR-96-5pまたはmiR-101a-3pをHEK293細胞へトランスフェクトし、相対的なGSHレベルを測定した。その結果、miR-96-5pによってGSHレベルが有意に減少したが(Steel’s test;P <0.05)、miR-101a-3pは効果がなかった。このことはmiR-96-5pがEAAC13'-UTRを通じてGSHレベルを調節することを示唆している(図4f)。
【0070】
EAAC1とGSHレベルに対するmiRNAの効果にいくつかの解離がある。miR-96-5pは、実際のGSHレベルよりもEAAC1にはるかに大きな変化を引き起こした。miR-101a-3pは、EAAC1レベルを顕著に減少させたが、GSHレベルに影響を及ぼさなかった。発明者らは、EAAC1の抑制性タンパク質であるGTRAP3-18(Addicsinとしても知られている)がmiR-101a-3Pのトランスフェクションによって低減されることを明らかにしているが(未発表データ)、EAAC1とGTRAP3-18に対する両側性の負の効果、または他の阻害要因が、GSHレベルの変化が予想よりも小さくなるように中和作用しておることを示唆する。
【0071】
2−5:miR-96-5p阻害剤によるGSHおよびEAAC1レベルの増加
次に、SH-SY5Y細胞における内因性miR-96-5pの役割を調べた。miR-96-5p阻害剤をトランスフェクトし、図4fと同一の方法を用いてGSHレベルを測定した。有意な変化は検出されなかったが、おそらく低いトランスフェクション効率によるものと思われる。細胞内GSHレベルを評価するために、蛍光標識のmiR-96-5p阻害剤またはネガティブコントロール阻害剤のトランスフェクション後に、GSHとのコンジュゲートの際に蛍光を発する7-アミノ-4-chloromethylcourmarine(CMAC)を使用した。図5a、bに示すように、ネガティブコントロールまたは非トランスフェクト細胞と比較して、miR-96-5p阻害剤をトランスフェクトした細胞でCMACの有意により高い強度を観察した(Student’s t-test; P <0.05)。EAAC1の発現もmiR-96-5p阻害剤をトランスフェクトした細胞で増加した(Student’s t-test;P <0.05)(図5c)、このことは、miR-96-5p阻害剤はSH-SY5Y細胞中の内因性miR-96-5pをブロックすることによってEAAC1とGSHの発現を増加させたことを示唆している。同様の結果が、HEK293細胞を用いて得られた。すなわち、HEK293細胞へのmiR-96-5p阻害剤のトランスフェクションは、酸化ストレスに対するGSHレベルおよび防御活性が最低である血清ショック時から18または24時間後の細胞生存率、GSHレベルおよびEAAC1レベルを増加させた。これらの結果は、miR-96-5p阻害剤は、培養細胞におけるEAAC1およびGSHレベルを増加させることによって、酸化ストレスに対する防御的役割を果たすことを示唆している。
【0072】
2−6:i.c.v. miR-96-5p阻害剤による神経毒性の予防
miR-96-5pがin vivoでEAAC1を介してGSHレベルを調節するかどうかを決定するために、miR-96-5p阻害剤を脳室内に投与して内因性miR-96-5pの機能をブロックした。投与したmiR-96-5p阻害剤は中脳のSNcにおけるTH陽性ドーパミン作動性ニューロンに到達したことを確認した(図6a)。miR-96-5p阻害剤の1週間の処置は、EAAC1発現を有意に増加させた(Student’s t-test; P<0.05)(図6b)。さらに、最も低いGSHレベルが観察されたZT5での中脳GSH量は、ネガティブコントロール阻害剤注射と比較して増加した(Student’s t-test; P<0.05)(図6c)。GSHのこの増加量は、最も高いGSH濃度が観察されたZT17のレベルとほぼ等しく(図1a図6c)、miR-96-5p阻害剤はEAAC1の発現を増加させることによりGSHレベルを増加させたことを示している。
【0073】
別の可能性がある。それは、miR-96-5p阻害剤はコア・クロック・コンポーネントに影響を与えることであり、それによって、位相シフトの結果として、LDサイクル下であってもmiR-96-5p阻害剤注入に伴ってGSHレベルが増加しているように見えるという可能性である。この点を確認するため、ウェスタンブロッティングを行い、PER1、PER2、BMAL1およびCLOCKを検出した。有意な変化はZT5またはZT17で観察されなかった。
【0074】
次に、miR-96-5p阻害剤がin vivoでの酸化的ストレスに対する防御的役割を有するかどうかを決定した。miR-96-5p阻害剤またはネガティブコントロール阻害剤のどちらかの脳室内注入後、SNCを含む中脳スライスを調製し、SIN-1でそれらを処理した。SIN-1は一酸化窒素を生成し、スーパーオキシドと反応して強力な毒性酸化/ニトロ化剤であるペルオキシナイトライトを生成する。ニトロチロシンは、タンパク質に対するペルオキシナイトライト攻撃の恒久的なマーカーであり、酸化/ニトロソ化ストレスの損傷を明らかにする。すなわち、SIN-1による処置はニトロチロシン発現を増加させる(非特許文献27)。図6dに示されるように、miR-96-5p阻害剤の注射による中脳におけるニトロチロシンレベルはネガティブコントロールと比較して有意に低かった。
【0075】
これらの結果は、miR-96-5p阻害剤がSNcにおけるEAAC1発現を介したGSHレベルの調節において神経防御的な役割を果たすことを示唆する。
【0076】
3.実験の考察
本実験では、miR-96-5pはEAAC1を介したGSHレベルのレギュレータであり、SNcにおいて活性酸素種(ROS)レベルを制御することを見出した。活性酸素種は、自食作用、免疫、および分化の調節を含む様々な生理学的システムにおいて重要な役割を果たしている(非特許文献28)。活性酸素種また、細胞増殖、神経発生、および概日リズムのためのシグナル伝達分子として機能している(非特許文献29)。げっ歯類ではROSを必要とするこれらの代謝経路は、主に日中に進行する(非特許文献19、30−32)。
【0077】
興味深いことに、ROS産生はまた、概日制御下にあって日中にピークレベルを伴う傾向がある(非特許文献33)。酸化ストレス状態に至るROSの過剰産生または誤制御がNDsなどいくつかの疾患の原因となるので、ROSの構築および除去のサイクルにはそのレギュレータが存在しなければならない。これらのレギュレータの一つはGSHであり、ROSの何らかの形態に対して酸化防止物質として作用する。幾つかの報告は、多様な生物において概日時計がGSHレベルとその酵素を調節することを示している(非特許文献34−37)。本実験では、GSHレベルもまた脳、中脳およびSCNにおいて日周リズムを示し、夜間にピークに達し、そして朝に底値を打つことを実証した(図1a)。GSHリズムが、ROSを必要とする代謝事象のリズムを伴うような逆位相であることは(非特許文献19、30−32)、リズミカルなGSHがROS活性の日周リズムを調節することを示唆している。
【0078】
H2O2はROSの一形態であり生理的に生成されるという知見(非特許文献38)に基づけば、H2O2の効果は細胞内抗酸化物質レベルの反映であると思われる。H2O2で処理した後の生存細胞の割合は時間依存的にGSHリズムと相関しており、このことは、ドーパミン作動性細胞そして他の細胞型においても酸化ストレスに対する時間依存性の防御活性の主要な決定因子であるとことを示唆している(図1d、e)。いくつかの死後の研究からPD患者のSNcにおけるGSHレベルが30%-40%減少していると報告されているので(非特許文献4、39、40)、GSHレベルの変化の振幅は約10%−20%であるという実験の結果は驚くべきことである。基本的には、日周リズムのシステムは、GSHの日周振動がROSを必要とする生理学的事象を加速するためだけでなく、酸化ストレスによるダメージを最小限に抑えるように、人体のエネルギーの効率的な利用に寄与すると考えることができる。
【0079】
何十年もの間、研究者は、転写/翻訳フィードバックループからなる分子概日時計システムを研究してきた。2005年には、しかしながら、驚くべき非転写概日システムがシアノバクテリアで発見された(非特許文献41、42)。この非転写システムはまた、そのメカニズムは未だ不明ではあるものの、哺乳動物における概日リズムをも作動させるようである(非特許文献43)。今回の実験は、転写レベルで構成的に発現されているにもかかわらず、一見、非転写概日システムによって駆動されているように思われていたEAAC1発現が、翻訳レベルで日周パターンを示すことを実証した。
【0080】
また、EAAC1の日周発現が転写後調節因子であるmiRNAによって制御されることを見出した(図4-6)。最新miRbase(20リリース)は、30,424個の成熟miRNA産物を報告し、24,521個の前駆体ヘアピンmiRNAがこれまでに見出されており、miRNAの数は増加し続けている。miR-96-5pの発現プロファイルは日周リズムを示すことから(図3b)、miR-96-5pコード領域の上流5キロベースを検索したが、概日調節のため重要なcisエレメント(EボックスとRORE配列)は認められなかった。したがって、Dicer、DroshaおよびAgo2のようなmiRNAプロセシング遺伝子はmiRNAの概日リズムを構成する上で重要な役割を果たしている可能性がある。miRNAが非転写概日系における最も重要なエレメントの一つであるとのを推測する。
【0081】
最後に、miR-96-5p阻害剤を脳室内に投与し、マウスSNcのTH-陽性ニューロンにおいてEAAC1発現の増加に伴いGSHレベルが増加することを観察した(図6)。また、miR-96-5p阻害剤の注入は、SIN-1による酸化ストレスに対する防御効果を生じさせた。
【0082】
これらの結果は、miR-96-5p阻害が脳内GSHレベルを増加させるための治療薬となり得るという点において非常に興味深い。GSH自体またはその前駆体システインの細胞外投与によって脳におけるGSHレベルを高めることが可能であるとは考えられていない。従って、現在では、N-アセチル-L-システインが、老化マウスモデルの寿命を増加させるために、低毒性でGSHレベルを増加させるための唯一の有効な薬剤である(非特許文献9、44)。miR-96-5p阻害剤は、別の選択肢となる可能性がある。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]