(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
方向性電磁鋼平坦材であって、前記平坦材の少なくとも1つの表面に施された絶縁コーティング層を含み、前記絶縁コーティングが、リン酸塩及びシリカを含むマトリックスを含む方向性電磁鋼平坦材において、
前記絶縁コーティングが充填剤粒子をさらに含み、前記充填剤粒子が、
− ヤング率200〜650GPaの材料からなるコア、及び
− シェルであって、前記シェルが前記コアを包囲し、前記充填剤粒子がそれによって前記マトリックスに結合する材料から前記シェルがなり、前記シェルが無機材料で形成されている、
を含み、前記シェルと前記コアの材料は同じではなく、
前記絶縁コーティング層がクロム化合物を含まない
ことを特徴とする方向性電磁鋼平坦材。
前記充填剤粒子の前記コアが、少なくとも1種の遷移金属酸化物及び/又は金属酸化物を含む、又はそれからなることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方向性電磁鋼平坦材。
【背景技術】
【0002】
本発明の分野においては、「平坦材」は、鋼材の熱間又は冷間圧延によって得られる鋼帯、鋼板、鋼片(blanks)などである。
【0003】
方向性電磁鋼は、エネルギー効率の良い変圧器及び大型高性能発電機の製造にとって重要な構成要素である強磁性鉄材料である。方向性電磁鋼は、積層板、巻板又は穿孔板の形で、配電変圧器、電力変圧器、小型変圧器などの変圧器の必須の心材である。一般に、方向性電磁鋼材は、厚さ0.15mmから0.50mmの帯状である。
【0004】
方向性電磁鋼材が変圧器の心材として使用されるときに果たさなければならない高い要求を満たすために、通常、絶縁コーティングが方向性電磁鋼材の表面に施される。
【0005】
変圧器では、エネルギー損失を除いては、運転中に発生するノイズが、重要な品質決定因子である。変圧器の運転中に発生するノイズレベルに関して満たす必要がある要求は、絶えず増大しており、常に厳密な法的要件及び基準に従わなければならない。例えば、住宅の付近に大型変圧器が受け入れられるかどうかは、かかる変圧器によって発生するノイズ放出に決定的に依存する。運転ノイズは、磁歪として知られる物理的効果に起因すると考えられ、とりわけ、変圧器の鉄心として使用される方向性電磁鋼材に施される絶縁コーティングの性質の影響を受ける。
【0006】
方向性電磁鋼材に施される絶縁コーティングは、ヒステリシス損失の極小化に好ましい効果を有することが知られている。絶縁コーティングは、引張り応力を基材に伝えることができ、方向性電磁鋼材の磁気損失値を改善するだけでなく、磁歪を減少させ、ひいては、完成した変圧器のノイズ挙動に好ましい効果を有する。
【0007】
方向性電磁鋼材の磁気特性は、結晶方位がゴス集合組織と呼ばれる特別な組織の形である場合にのみ得られ、磁化容易方向は圧延方向である。ゴス集合組織を得るためのプロセスは、当業者に知られており、種々の再結晶過程をもたらす冷間圧延及び焼鈍ステップを含む。この組織に加えて、ドメイン構造も、方向性電磁鋼材の磁気特性に影響を及ぼす。ドメイン構造は、磁性の反転に起因するエネルギー損失が極小になるように、物理的効果による影響を受ける可能性がある。この状況において1つの重要な因子は、絶縁コーティングによって強磁性基材に付与される張力である。
【0008】
さらに、付与される張力が大きいと、磁歪が改善され(すなわち低く)、したがって、材料及び完成した変圧器のノイズ挙動が改善することが文献から知られている(例えば、非特許文献1参照)。さらに、絶縁コーティングされた方向性電磁鋼材を使用すると、変圧器鉄心における外部応力に対する鉄損及び磁歪の感度も低下する。
【0009】
要約すると、当該技術分野において現在使用されている絶縁コーティングは、以下の3つの主要な機能を有する。
− 金属基材の電気絶縁
− 金属基材への引張り応力付与
− 金属基材への化学的及び熱的抵抗力付与
【0010】
方向性電磁鋼に対して最も一般的で成功した電気絶縁コーティングは、2層構造を有し、いわゆるガラスフィルムとその上に付着したリン酸塩コーティングを含む。
【0011】
ガラスフィルムは、一般に、方向性電磁鋼材によって与えられる金属表面に薄層の形で付着したフォルステライトなどのケイ酸マグネシウムからなる。ガラスフィルムは、添加された酸化マグネシウム、ケイ素及び酸化鉄の反応において高温焼鈍によって生成し、焼鈍プロセス中に金属表面で形成される。
【0012】
リン酸塩コーティングの形成は、コロイド状シリカ及びクロム化合物を含む金属リン酸塩水溶液を鋼板表面に塗布すること、並びにそれを800℃から950℃の温度で焼成することを含む。リン酸塩コーティングは、通常、ガラスフィルム上に塗布される。しかし、ガラスフィルムなしで鋼表面に直接リン酸塩を塗布することもできる。
【0013】
先行技術のリン酸塩コーティングを方向性電磁鋼上に塗布するための組成物及び処理溶液は、通常、以下からなる。
− 水で希釈された1種以上の第一リン酸塩(primary phosphates)(例えば、リン酸マグネシウム又はリン酸アルミニウム)
− 1種以上のコロイド状酸化物化合物、例えば、コロイド状シリカ
− 1種以上のクロム化合物、例えば、三酸化クロム又はクロム酸
【0014】
かかる組成物は、例えば、特許文献1及び特許文献2に記載されている。これらの先行技術文献によれば、組成物中のCr化合物の主な機能は、生成したコーティング層において、焼成プロセス中に放出される結合リン酸による気泡(及び生成する空隙)をなくすことである。それによって、コーティング層によって基材に付与される張力が改善される。Cr化合物は、リン酸塩コーティングの耐食性を改善し、処理組成物の安定性に寄与することも考えられる。
【0015】
しかし、先行技術の標準絶縁コーティングにおけるCr化合物の使用の明らかな欠点は、その毒性及び発癌性(cancerogenicity)である。その使用は、取扱い及び貯蔵中に重大なリスクがある。したがって、法律は、危険なCr化合物の使用を一層制限しており、特に電気設備では制限されている。
【0016】
残念ながら、別の添加剤で置き換えずに、単にCr化合物を除外するだけでは容認できる結果は得られない。方向性電磁鋼用コーティング層中のCr化合物を置き換える、又は不要にする努力は、従来から既になされてきた。しかし、方向性電磁鋼材用コーティング層中のCr化合物を置き換える有力な代替剤が依然として必要である。
【0017】
特許文献3は、金属リン酸塩、シリカ粒子及びオルガノシランを含み、クロムを含まないコーティング混合物を記述している。
【0018】
特許文献4は、SiO
2、TiO
2又は別の酸化物であり得るゾルと、例えばリン酸塩であり得る第2の成分とを含む、結晶性−アモルファスコーティングシステムを記述している。
【0019】
特許文献6に対応する特許文献5は、除外されるクロム成分の機能を置換するために、コロイド安定剤及び酸洗抑制剤の添加を記述している。しかし、組成物の安定性は改善されるが、強磁性基材に付与される張力は、Cr含有基準材ほど良くない。
【0020】
特許文献7は、Cr(III)化合物を処理溶液に更に添加することによって、特許文献5に記載のリン酸塩コーティングを更に改善することを目標とする。
【発明を実施するための形態】
【0036】
本発明によれば、「コアシェル充填剤粒子」は、コアと、前記コアを少なくとも部分的に包囲するシェルと、を含む充填剤粒子として定義される。この開示を通して、「充填剤粒子」という用語は、本発明のかかる「コアシェル充填剤粒子」を意味する。
【0037】
本発明によれば、本発明による絶縁コーティングに使用される充填剤粒子は、様々な粒径を有することができるが、一般には、平均直径約10から1000nmである。
【0038】
充填剤粒子の粒径は、例えば、電子顕微鏡法によって測定することができる。不規則形状の粒子の場合、等価直径(すなわち、表面又は体積の等しい球の直径)を測定する。実際的な実験によれば、本発明に従って使用される充填剤粒子の平均直径が約10から600nm、特に100から400nmのときに優れた結果を得ることができる。特に満足な結果は、平均直径200から300nmの粒子を用いて得られた。
【0039】
本発明の一実施形態においては、本発明に従って使用される充填剤粒子のコアは、粒子に剛性を付与する材料からなるが、シェルを構成する材料は、絶縁コーティングの他の成分との相互作用を媒介し、それによってその中のコアシェル充填剤粒子の分散性を高める。
【0040】
本発明の一実施形態によれば、充填剤粒子のコアを形成する材料は、高ヤング率材料である。特に、本発明による高ヤング率材料は、少なくとも200GPaのヤング率を特徴とする。ヤング率が少なくとも250GPaである場合、充填剤粒子の最適な効果を予想することができる。高ヤング率充填剤粒子は、被覆方向性電磁鋼金属の適切な切断を可能にするものでなければならない。したがって、ヤング率は、650GPaを超えてはならない。充填剤粒子の存在の最適な効果は、充填剤粒子のヤング率が250から650GPaである場合に得ることができる。
【0041】
ヤング率は、弾性材料の剛性の周知の尺度である。このパラメータを求める方法は当業者に知られている。本明細書に明記するヤング率は、「材料科学及び工学ハンドブック(Materials Science and Engineering Handbook)」、第3版、CRCプレス出版(CRC Press LLC)、2001年(表223、セラミックスのヤング率、P.788)から引用することができる。
【0042】
様々な高ヤング率材料を、本発明に従って使用される充填剤粒子のコアの形成に使用することができる。当業者は、以下の実施例において更に明記される試験手順において所与の高ヤング率材料から誘導される粒子を使用することによって、本発明の目的で該高ヤング率材料の適合性を容易に試験することができる。
【0043】
本発明によるコアに特に適切な材料であることが判明した高ヤング率材料は、遷移金属酸化物及び金属酸化物である。
【0044】
したがって、充填剤粒子のコアは、少なくとも1種の遷移金属酸化物及び/又は金属酸化物を含むことができる。特に実際的な実施形態においては、コアはそれからなる。実際的な実験によれば、前記遷移金属酸化物及び/又は金属酸化物が、アルミニウム、チタン及び/又はジルコニウムの酸化物、特にAl
2O
3、TiO
2及び/又はZrO
2であるときに極めて良好な結果が得られる。
【0045】
シェルの組成物に関しては、種々の材料を使用することができる。シェルの材料は、組成物及びコーティング中に存在する他の成分、特にリン酸塩及びシリカ成分とのある種の相互作用又は「結合」を媒介することが重要である。絶縁層のマトリックスが金属リン酸塩及びコロイド状シリカに基づく場合、シェルを形成する材料は、金属リン酸塩及びコロイド状シリカとの相互作用を媒介すべきである。相互作用は、非共有結合性でも共有結合性でもよい。
【0046】
別の一実施形態によれば、シェルの材料は、アルミニウム化合物、ケイ質化合物又はその混合物を含む。シェルが前記化合物からなる場合に最良の結果が得られる。特に良好な結果は、シェルが、酸化アルミニウム、水酸化アルミニウム及び/又はシリカ、特にAl
2O
3及び/又はSiO
2を含む、又はそれからなる場合に得られた。
【0047】
例えばTiO
2及び/又はZrO
2で構成される高ヤング率粒子であって、上述したシェルのない高ヤング率粒子を試験した実験によれば、シェルは、本発明の効果を得るのに極めて重要である。かかる「裸の」粒子を電磁鋼用絶縁コーティングに使用すると、生成層の諸性質が不満足であり、特に、絶縁コーティングのシリカ/リン酸塩成分とZrO
2又はTiO
2の「結合」が弱く、細孔が十分満たされず、コーティングの付与張力が不十分であった。これは、本発明の教示に対する粒子のコアシェル構造の重要性を強調するものである。
【0048】
シェルとコアの材料は、言うまでもなく、同じではならない。本発明の一実施形態によれば、シェルとコアの両方がAl
2O
3を含む場合、それらは、同じ程度で含んではならない。特定の一実施形態によれば、シェルとコアの両方がAl
2O
3を含む場合、シェルは、コアより高い重量百分率のAl
2O
3を含まなければならない。更に別の一実施形態によれば、シェルがAl
2O
3を含む、又は主にそれからなる場合、コアはAl
2O
3を含んではならない。
【0049】
コア及びシェルの種々の材料を用いた試験においては、以下のコア材料とシェル材料の組合せ、すなわち主にTiO
2及び/又はZrO
2からなるコアと主にAl
2O
3及び/又はSiO
2からなるシェルで優れた結果が得られた。
【0050】
この開示を通して、「主にからなる」は、75重量%を超える、特に85重量%又は95重量%を超える程度の所与の材料からなることを意味する。
【0051】
かかるコアシェル充填剤粒子は、溶剤型及び水性の塗料及びワニスの製造に使用される白色顔料として市販されている。本発明による絶縁コーティングに使用することができる市販コアシェル充填剤粒子の例は、例えば、ハインツマン ピグメンツ社(Huntsman Pigments)製、TIOXIDE(登録商標)R−HD2、又はクリミア チタン社(Crimea TITAN)製二酸化チタン顔料のCrimea TiO
x−230である。
【0052】
適切なコアシェル粒子が塗料及びワニス用白色顔料として既述されてはいるが、本発明は、方向性電磁鋼用絶縁コーティングの成分としてのかかる充填剤粒子の使用を初めて教示するものである。驚くべきことに、充填剤粒子のかかる使用は、絶縁性を改善し、絶縁材料による金属基材への引張り応力の付与を強化し、重要なことには、先行技術の絶縁コーティングにおけるクロム化合物を不要にする。先行技術の白色顔料コアシェル充填剤粒子は、主に、塗料及びワニスの製造に使用される一般的な溶媒における顔料の分散性の向上に貢献するので、これは驚くべきことである。
【0053】
実際的な実験によれば、本発明の効果を得るためには、充填剤粒子のシェルが充填剤粒子全体のサイズに比べて比較的薄ければ十分である。したがって、コアシェル充填剤粒子は、主に、シェル材料の薄層で被覆された心材からなり得る。ほとんどの用途では、シェルの平均厚さは、2nmから20nmの範囲とすることができる。シェルの厚さが3nmから10nmの範囲である場合に最良の結果を期待し得る。
【0054】
充填剤粒子のコア材料は、充填剤粒子の総重量の80.0から99.9重量%、特に90.0から99.5重量%、例えば95.0から99.0重量%を構成することができる。したがって、充填剤粒子のシェルは、充填剤粒子の総重量の0.1から20.0重量%、特に0.5から10.0重量%、例えば1.0から5.0重量%を構成することができる。
【0055】
実際には、充填剤粒子は、通常、外側シェルが隙間なく接した完全に球状のコアとして形成されるものではない。むしろ、かかる粒子の通常の製造方法のために、それは、一般に、様々な形状又は形態の2個以上の相で構成され、例えば、コア/シェル又はコア/鞘粒子、シェル相がコアを不完全に包んだコア/シェル粒子、複数のコアを有するコア/シェル粒子、相互貫通網目構造粒子などである。これらの場合のすべてにおいて、粒子の表面積の大部分は、(この開示を通して「シェル」と呼ぶ)少なくとも1個の外相によって占有され、粒子の内部は、(この開示を通して「コア」と呼ぶ)少なくとも1個の内相によって占有される。本発明による使用に適切な充填剤粒子を製造する経済的に見合う方法は、コア材料を適切なサイズの粒子に粉砕し、粉体又はスラリーの形で塗布することができるシェル材料でそれを被覆することである。
【0056】
本発明に従って構成される絶縁層においては、充填剤粒子の濃度は、組成物の総重量に基づいて、0.1から50.0重量%、特に1から40.0重量%、例えば10から30.0重量%の範囲とすることができる。
【0057】
この濃度範囲の充填剤粒子を含むCrを含まない絶縁層を方向性電磁鋼に施すと、Cr化合物が存在する先行技術のリン酸塩コーティングと張力及び磁気特性の点で少なくとも同じコーティング性能が得られる。
【0058】
先行技術から公知である方向性電磁鋼上に絶縁コーティングを形成する組成物と同様に、本発明による電磁鋼帯平坦材上にコーティングを形成するために塗布される組成物は、優先的に液体である。しかし、ペーストなどの別の形態もある用途では可能である。例えば、組成物を水溶液とすることができる。別の一実施形態においては、リン酸塩を組成物中に存在する水に溶解させ、すなわち溶液を形成する。組成物中に存在する別の水溶性成分でも同様にすることができる。本発明の充填剤粒子は、好ましくは、液体組成物中に分散される。水性組成物は本発明によれば好ましいが、別の溶媒、特に水と類似の極性及び親水性を示す溶媒が原理的には可能である。しかし、実際には、水性組成物が特に有用であり、費用効果が高いことが判明し、したがって好ましい。
【0059】
本発明の絶縁コーティングは、先行技術に関して上述したリン酸塩タイプである。したがって、好ましい一実施形態によれば、コーティングは、少なくとも1種の金属リン酸塩、特に、リン酸アルミニウム、リン酸ニッケル及びリン酸マグネシウムからなる群から選択される金属リン酸塩、又はその混合物を含む。
【0060】
原則的には、本発明による平坦材上に施される絶縁層は、先行技術リン酸塩組成物に関して公表された同じ量のリン酸塩を含むことができる。したがって、絶縁層中のリン酸塩、特に金属リン酸塩の濃度は、絶縁層の組成物の総重量に基づいて、0.1から50.0重量%、特に1.0から45.0重量%、例えば10.0から40.0重量%の範囲とすることができる。リン酸塩又は金属リン酸塩含有量が55重量%を超えると、コーティングの完全性が低下した硬化コーティングになる。リン酸塩又は金属リン酸塩含有量が20重量%未満であると、多孔質であり、方向性電磁鋼材に十分な張力を付与しないコーティングになる。組成物の総重量に基づいて25から50重量%、特に30から45重量%のリン酸塩又は金属リン酸塩を含む組成物は、コーティングの完全性と張力の良好なバランスゆえに好ましい。
【0061】
本発明による電磁鋼平坦材に施される絶縁層は、シリカ、特にコロイド状シリカの存在の恩恵を受ける。本発明の一実施形態によれば、絶縁層中のシリカ及び/又はコロイド状シリカの濃度は、組成物の総重量に基づいて20から65重量%、好ましくは25から50重量%、特に好ましくは30から40重量%である。シリカ含有量が65重量%を超えると、処理が困難な粘ちゅう性コーティング混合物になり得る。一方、シリカ含有量が20重量%未満であると、充填密度が低下し、方向性電磁鋼材に付与することができるコーティング張力の量を制限する。
【0062】
本発明の特に好ましい一実施形態によれば、本発明の組成物の主成分は、水又は溶媒に加えて、リン酸塩及びシリカである。この点で、組成物は、主に、水、リン酸塩及びシリカからなり得る。充填剤粒子の濃度は上述されている。
【0063】
実際的な実験によれば、組成物は、コロイド状安定剤及び/又は酸洗抑制剤を含むと有利であり得る。これらの添加剤は、特許文献5に詳述されている。同じ添加剤は、本発明の組成物及びコーティングにも適切である。
【0064】
したがって、特許文献5の8ページ第2段落から11ページ第3段落までの特に適したコロイド安定剤の記述を特に参照により本明細書に援用する。同様に、特許文献5の12ページ第2段落から15ページ第2段落までの特に適した酸洗抑制剤の記述も特に参照により本明細書に援用する。
【0065】
リン酸のエステル、特にリン酸モノエチル及び/又はリン酸ジエチルは、本発明による好ましいコロイド安定剤である。好ましくは、酸洗抑制剤は、ジエチルチオ尿素などのチオ尿素誘導体、プロパ−2−イン−1−オール、またはブチン−1,4−ジオールなどのC
2-10−アルキノール、トリアジン誘導体、チオグリコール酸、C
1-4−アルキルアミン、ヘキサメチレンテトラミン、ヒドロキシC
2-8−チオカルボン酸及び脂肪アルコールポリグリコールエーテル又はその組合せからなる群から選択される。
【0066】
特に絶縁層の組成物、出発材料及び諸性質に関して、好ましい実施形態は、方向性電磁鋼上に絶縁コーティングを形成するための本発明の組成物に関して上で詳細に記述されている。言うまでもなく、これらの実施形態は、被覆方向性電磁鋼を製造する方法において本発明の組成物を使用することによって得ることができる本発明の絶縁コーティングに同様にあてはまる。この絶縁コーティングも、場合によっては組成物に関して上述した特徴のいずれか一つ又は任意の組合せを特徴とし、本発明の一部を形成する。
【0067】
本発明に至る研究の示すところによれば、高ヤング率粒子を含まないCrを含まない絶縁コーティング、又は非コア/シェル高ヤング率粒子、例えばシェルのない純粋なTiO
2粒子を含むCrを含まない絶縁コーティングの使用に比べて、本発明の絶縁コーティングは、コーティング中のCrの有無とは無関係に、改善された有効ヤング率を特徴とする。
【0068】
当業者は、絶縁コーティングの厚さが、被覆方向性電磁鋼材の意図された用途、並びに材料が満たすべき絶縁、抵抗力及び磁歪レベルに関する要求に依存することを理解されたい。実際には、本発明の絶縁コーティングの厚さが0.5から10μmの範囲であるときに既に良好な結果を得ることができた。1.0から5.0μm、特に2.0から4.0μmの範囲の層厚が、本発明による絶縁コーティングに好ましい。
【0069】
所与のコーティングによって誘発される張力は、主としてコーティングの厚さに比例する。したがって、厚さが0.5μm未満であるときには、コーティングによって誘発される張力は、目的によっては不十分であり得る。それに対して、その厚さが10.0μmを超えるときには、占積率が必要以上に減少することがある。当業者は、例えば、絶縁コーティングに使用される組成物の濃度、塗布量又は塗布条件(例えば、ロールコータの加圧条件)などを調節することによって、絶縁コーティングの厚さを所望の目標値に調節する方法を知っている。
【0070】
本発明の好ましい一実施形態においては、絶縁コーティングの厚さは、それで被覆された方向性鋼材が大気圧で850℃まで熱的に安定であり、連続焼鈍炉における被覆鋼帯の熱的平坦化中に採用される加工条件にコーティングが耐えるように選択される。
【0071】
上述したように、また、下記実施例によって示されるように、コアシェル充填剤粒子の本発明の使用によって、Crを含まない組成物、及びその結果としてCrを含まない絶縁コーティングが可能になる。言うまでもなく、本発明の組成物及び絶縁コーティングは、依然としてクロムを含んでもよい。しかし、好ましくは、本発明による組成物及び絶縁コーティングは、Crを実質的に含まない。特に、組成物及び生成する絶縁コーティングのクロム濃度は、組成物又は絶縁コーティング全体の重量に基づいて0.2重量%未満、好ましくは0.1重量%未満、最も好ましくは0.01重量%未満とすることができる。
【0072】
本発明は、絶縁層を有する方向性電磁鋼を製造する方法であって、上で詳述した組成物の層を電磁鋼の表面に施すステップ、及びそれを焼成して絶縁層を形成するステップを含む方法も提供する。
【0073】
本発明の組成物は、電磁鋼の表面にガラスフィルムが形成されていてもいなくても、その表面に塗布することができる。しかし、本発明の組成物を塗布する前に、フォルステライトなどのケイ酸マグネシウムからなるガラスフィルムを、先行技術に記載のように酸化マグネシウムの存在下で高温焼鈍によって生成させることが好ましい。
【0074】
本発明の組成物は、先行技術のリン酸塩処理溶液を含む被覆方向性電磁鋼製造から知られている方法によって、電磁鋼の表面に塗布することができる。本発明の組成物は、密度を調節してコーティング特性を改善するために、水などを添加して希釈することができる。組成物を塗布するために、ロールコータなどの公知手段を使用することができる。好ましい一実施形態によれば、本発明の組成物をコーティングロールによって塗布する。
【0075】
絶縁コーティングを形成する熱硬化は、一般に、800℃から950℃の温度で焼成することによって行われる。実際的な実験によれば、この温度範囲で焼成すると、生成するコーティングによって誘発される張力が最適になる。
【0076】
方向性電磁鋼材を製造する当業者に公知の方法において本発明の組成物を使用することによって、上で定義した絶縁コーティング層を含む本発明の方向性電磁鋼材を得ることができる。
【0077】
本明細書では「方向性電磁鋼材」は、方向性電磁鋼でできた任意の製造物とすることができる。本発明の好ましい一実施形態によれば、方向性電磁鋼材は、鋼板又は鋼帯、特に積層板、巻板又は穿孔板である。変圧器の心材として使用する場合、本発明による方向性電磁鋼材は、好ましくは、厚さ0.15mmから0.50mmの鋼帯形状である。
【0078】
本発明の方向性電磁鋼材の強磁性心材の張力の更なる増加は、本発明による絶縁コーティングと電磁鋼の間にガラスフィルムを付着させることによって得ることができる。本明細書では「ガラスフィルム」は、好ましくは主にケイ酸マグネシウムを含み、場合によっては、埋め込まれた硫化物を含む、セラミック状の層を意味する。ガラスフィルムは、好ましくは、先行技術に関して記述した従来の方法で、すなわち電磁鋼表面での酸化マグネシウム及び鉄−酸化ケイ素の粗粒焼鈍(coarse-grain annealing)中に、形成される。
【0079】
本発明の絶縁コーティング及び場合によっては存在するガラスフィルムは、本発明の方向性電磁鋼材の上部及び/又は底部に付着させることができる。好ましくは、本発明の絶縁コーティング及びガラスフィルム層は、本発明の方向性電磁鋼材の上部及び底部に存在する。
【0080】
本明細書に記載の本発明の方向性電磁鋼材は、様々な用途に適している。それは、変圧器における改善された心材として特に有用である。本発明の方向性電磁鋼の用途としては、電力変圧器、配電変圧器、小型変圧器、変流器、分路リアクトル、巻鉄心及び発電機における使用が挙げられる。したがって、本発明の教示は、本発明による方向性電磁鋼材を含むかかる装置も含む。
【0081】
要約すると、本発明は、以下の複合効果を示す、絶縁コーティング、組成物、方向性電磁鋼材、及びそれを含む装置を提供する。
1.方向性電磁鋼上の絶縁コーティングに使用される組成物においてCr化合物を不要にする。これは、作業上の安全性及び環境規制の点で重要な効果である。
2.強磁性基材に対して付与される絶縁コーティングの引張り応力の改善。これは、本発明の方向性電磁鋼材から製造される変圧器の鉄損及びノイズの抑制に重要な因子である。
3.磁歪及び接着の改善。これは、変圧器のノイズレベルを低下させて、ノイズ放出しきい値に対して将来考えられる規制に従う上で重要な効果である。
【0082】
さらに、本発明の様式で被覆された方向性電磁鋼板は、方向性電磁鋼板の絶縁コーティング層が現在の工業的操作に従って満たさなければならないすべての基本的物理的及び化学的要求を満たすことが判明した。
【実施例】
【0083】
以下、本発明によって得られる効果及びある例示的実施形態を実施例に関連してより詳細に具体的に記述するが、それらは本開示を限定することを意図したものではない。
【0084】
<実施例1>
本発明による絶縁コーティング用の一連の組成物水溶液を、下表1の組成物を用いて調製した。比較のため、一連の組成物水溶液には、本発明の一部を形成しない一組みの基準溶液も含まれる。別段の記載がない限り、百分率はすべて重量%であり、表1の1から21行の重量%値は、スラリー組成物の総重量に基づく。
【0085】
<実施例2>
実施例1で調製した組成物の重要な物理化学的性質を評価した。特に、沈降挙動、粘度及びゲル化速度を試験した。結果を下表2に要約した。
【0086】
時間の関数としての沈降挙動を
図2に示した方法によって測定した。このために、組成物を室温で6時間インキュベートした。相分離が観察可能である場合、2相の体積を測定した。6時間後の沈降は、沈降相の体積に対する総体積の割合で与えられる(参照:
図2、100×V
0/V
x)。
【0087】
それぞれの溶液の調製後に粘度を直接測定した。ブルックフィールドDV−II+粘度計を用いて測定を実施した(スピンドル:LV1、駆動:50rpm、T=50℃)。
【0088】
表2のパラメータ「ゲル化までの時間」は、溶液がゲル化するまでに必要な時間である。ゲル化の時点は、その測定を可能にする50℃における粘度の急激な増加を伴う。特定の組成物のゲル化までの時間が長いほど、その溶液は工業の観点からより魅力的である。
【0089】
表2の結果からわかるように、本発明によるコアシェル粒子を含む組成物の沈降挙動は、非コアシェル粒子、又は有機シェルを有するコアシェル粒子を含む比較例よりも優れている。
【0090】
さらに、粘度及びゲル化までの時間も、本発明による処理溶液中のコアシェル粒子の存在によって好影響を受ける。
【0091】
<実施例3>
(最新技術によるフォルステライトのコーティングを有する)箱焼鈍後の状態の厚さ0.30mmの方向性電磁鋼試料を表1に示した処理溶液1〜21で被覆した。被覆を塗工機のロールによって行った。焼成後のコーティング厚さをSEM FEG顕微鏡又は磁気誘導装置(例えば、フィッシャースコープ(Fischer Permascope))によって測定し、2.25μmと判断した。焼成温度は、800℃から950℃の範囲であった。
【0092】
本発明による組成物にコアシェル充填剤粒子を添加すると、生成するコーティング層のヤング率、いわゆる有効ヤング率が高くなることがわかった。ヤング率は、オベルストビーム(Oberst beam)法によって測定される。
【0093】
この効果は、以下の式に従ってHashin-Shtrikmanモデルを適用することによって説明することができる。
【0094】
【数1】
C
1 充填剤粒子の体積分率
C
2 最終コーティングマトリックスの体積分率:C
2=1−C
1
【0095】
図3は、本発明による方向性電磁鋼コーティングの有効ヤング率に対する、絶縁コーティング中に存在する充填剤粒子の体積分率の効果を示す対応するデータプロットである。
【0096】
付与張力及び空隙率を含めて、表1の処理溶液で被覆された種々の方向性電磁鋼板の重要な性質を測定した。焼成温度を850℃に設定したときに得られた一連の試料の結果を表3に要約した。これらの結果は、異なる焼成条件下で得られた試料を用いて行った更なる実験の代表例である。
【0097】
方向性電磁鋼試料の曲率を、表1の組成物で片面を被覆した前後に測定した。この曲率の差から、絶縁コーティングによって付与された張力を計算することができた。結果を表3に示す。
【0098】
さらに、走査型電子顕微鏡(SEM)で記録された断面画像を調べることによって空隙率を評価した。
図4a及び
図4bは、それぞれ組成物#3(比較例)及び#6(本発明)を用いて得られたコーティングの代表的な断面画像である。
【0099】
表3に要約した結果からわかるように、本発明の組成物は、Crを含まない基準品よりも生成絶縁コーティングの付与張力がはるかに高い。本発明による充填剤粒子が付与張力に対して有する好ましい効果は、先行技術(試料#1)による添加Cr化合物の効果に匹敵する、又はそれ以上でさえある。
【0100】
科学的理論に拘泥するものではないが、この好ましい効果の理由は、Crを含まないコーティングよりも高い本発明のコーティングの有効ヤング率と組み合わせた密度の向上(すなわち、空隙率の低下)であると考えられる。
【0101】
本発明に従って調製されたコーティングにおいて認められた低レベルの空隙率は、Cr化合物を本発明の絶縁コーティングから首尾よく除外できることと併せて、本発明の教示によってもたらされる重要な効果の1つである。
【0102】
実験は、本発明による絶縁コーティングの付与張力及び空隙率が改善されたと考えられる理由を示しているように思われる。微細構造の点で、本発明によるコーティングは、独自に形成された高密度の複合材料を特徴とし、それによって焼成プロセス後に先行技術の従来のCr含有絶縁コーティングと同様の低い熱膨張係数を維持しながら、物性の向上が認められ、有効ヤング率が増加すると思われる。
【0103】
【表1】
【0104】
【表2】
【0105】
【表3】