(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6343464
(24)【登録日】2018年5月25日
(45)【発行日】2018年6月13日
(54)【発明の名称】炭素系高硬度材の回転式放電加工用白銅電極、回転式放電加工方法及び装置
(51)【国際特許分類】
B23H 1/06 20060101AFI20180604BHJP
B23H 1/00 20060101ALI20180604BHJP
【FI】
B23H1/06
B23H1/00 B
【請求項の数】4
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2014-44400(P2014-44400)
(22)【出願日】2014年3月6日
(65)【公開番号】特開2015-168028(P2015-168028A)
(43)【公開日】2015年9月28日
【審査請求日】2017年3月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】899000079
【氏名又は名称】学校法人慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】100080458
【弁理士】
【氏名又は名称】高矢 諭
(74)【代理人】
【識別番号】100076129
【弁理士】
【氏名又は名称】松山 圭佑
(74)【代理人】
【識別番号】100089015
【弁理士】
【氏名又は名称】牧野 剛博
(72)【発明者】
【氏名】閻 紀旺
【審査官】
竹下 和志
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2012/053486(WO,A1)
【文献】
特開平3−146636(JP,A)
【文献】
特開2013−244542(JP,A)
【文献】
特開昭57−156130(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23H 1/00 − 11/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄系材料としてのニッケルを25〜30%、導電性を与えるための物質としての銅を70〜75%含み、円盤状であることを特徴とする炭素系高硬度材の回転式放電加工用白銅電極。
【請求項2】
請求項1に記載の回転式放電加工用白銅電極を用いて、炭素系高硬度材を放電加工することを特徴とする炭素系高硬度材の回転式放電加工方法。
【請求項3】
前記炭素系高硬度材が多結晶焼結ダイヤモンドであることを特徴とする請求項2に記載の炭素系高硬度材の回転式放電加工方法。
【請求項4】
請求項1に記載の回転式放電加工用白銅電極を備えたことを特徴とする炭素系高硬度材の回転式放電加工装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素系高硬度材の
回転式放電加工用
白銅電極、
回転式放電加工方法及び装置に係り、特に、多結晶(焼結)ダイヤモンド(Polycrystalline Diamond:PCD)の加工に用いるのに好適な、炭素系高硬度材の
回転式放電加工用
白銅電極、該
白銅電極を用いた炭素系高硬度材の
回転式放電加工方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
現在金型などの精密加工には工具材料としてダイヤモンド系の高硬度材が多く用いられている。例えば、単結晶ダイヤモンド(Single-Crystal Diamond:SCD)、多結晶(焼結)ダイヤモンド(PCD)、CVDダイヤモンド、そしてナノ結晶ダイヤモンド(Nano-polycrystalline Diamond:NPD)などが挙げられる。その中でもPCDは非導電性のダイヤモンド粒子を、導電性を有する焼結助剤(例えば、コバルトやニッケルなどの金属)で焼き固めたものであり、従来の単結晶ダイヤモンド工具で問題となっていた、へき開破壊などの問題が改善されており、また比較的安価であるため、近年その使用量が急増している。
【0003】
PCD材料は従来研削、研磨などによって形状加工が行われているが、必要な加工時間が極めて長く、また微小形状の創成が困難である。一方、PCDは、焼結助剤、例えばコバルトが導電性を持つので放電加工が可能であり、近年、加工形状に対応する型(ダイとも称する)形状のブロック電極(銅、タングステン、あるいはその合金)を押しつけながら放電を行う型彫り放電加工や、移動中のワイヤ電極(銅、タングステン、あるいはその合金)との間で放電を行うワイヤ放電加工などの方法でも加工が行われるようになった(特許文献1参照)。
【0004】
しかし、PCDの主成分であるダイヤモンド粒子は絶縁材であるため、加工能率が低く、加工面の品質が悪い。特に、型彫り放電加工は、加工屑の排出が困難であるため加工能率が極めて低い。一方、ワイヤ放電加工は、ダイヤモンド粒子の脱落によって加工面の品質が悪く、また高価なワイヤの消耗によるコスト増加が問題である。
【0005】
なお、鉄等の高圧接触摩擦でダイヤモンドを機械的に加工する研究も行なわれているが、精度保証が難しく、加工効率が低いため、実用的ではなかった。
【0006】
一方、放電加工に関するものではないが、特許文献2には、水素雰囲気中で加熱したダイヤモンドの加工面に、溶融状態にした鉄系金属を接触させて加工することが記載されている。
【0007】
又、非特許文献1には、円盤状のPCD電極を回転させて加工対象を放電加工することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2013−244542号公報
【特許文献2】特開平3−40993号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】2006年度精密工学会秋季大会学術講演集講演論文集645−646頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献2のように、鉄系金属を溶融状態にして加工するのは、実用上困難であった。
【0011】
又、非特許文献1は、PCD電極を円盤状として回転するものであり、本発明のようにPCDを加工する際に加工工具側を円盤状として回転するものではなかった。
【0012】
本発明は、前記従来の問題点を解決するべくなされたもので、ダイヤモンドと鉄系材料の間の炭素拡散反応を利用して、加工速度や加工品質を含む炭素系高硬度材の加工特性を向上させることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
ダイヤモンドの加工促進には、熱によるダイヤモンドの炭素拡散反応を利用することが有効であると考えられる。ダイヤモンド工具で鉄系材料を切削加工したときに加工熱によって炭素拡散が起こり、著しい工具摩耗が生じる。放電加工では、放電熱がこのような反応を起こす可能性があると考えられる。これは切削工具としては欠点であるが、一方、これを逆に利用すればダイヤモンドが加工できる。
【0014】
本発明は、放電加工で、放電熱によって、数千から1万℃程度の非常に高い温度が得られるので、化学反応が大幅に加速され、ダイヤモンドの加工能率が向上することを利用している。即ち、放電加工の電極材料にニッケル等の鉄系材料を導入して電極とダイヤモンド間の化学反応を誘発し、放電による焼結助剤の除去(溶融、蒸発)と化学反応によるダイヤモンド材料除去(炭素元素拡散による物質移動)の相乗作用により、加工能率及び表面品質を向上したものである。即ち、放電加工中にダイヤモンドとニッケルなどの鉄系材料との熱的化学反応(熱による炭素拡散)あるいは電気的化学反応(電圧をかけることでダイヤモンドのバックボンド電子が移動しやすくなり、ダイヤモンドが損耗していく反応)を引き起こし、加工能率を向上させると同時に、ダイヤモンド粒子の脱落を防ぐことで加工表面の平滑化を実現させることができる。
【0015】
特に、型彫り放電加工やワイヤ放電加工に代わり、円盤状の電極を用いた回転電極による加工を行なった場合には、回転によって加工屑の除去が促進され、材料除去率が向上すると同時に電極消耗の影響も少なくなる。
【0016】
本発明は、前記のような知見に基づいてなされたもので、鉄系材料
としてのニッケルを25〜30%、導電性を与えるための物質としての銅を70〜75%含
み、円盤状であることを特徴とする炭素系高硬度材の
回転式放電加工用
白銅電極により、前記課題を解決したものである。
【0021】
本発明は、又、前記
の回転式放電加工用
白銅電極を用いて、炭素系高硬度材を放電加工することを特徴とする炭素系高硬度材の
回転式放電加工方法を提供するものである。
【0022】
ここで、前記炭素系高硬度材を多結晶焼結ダイヤモンドとすることができる。
【0023】
本発明は、又、前記
の回転式放電加工用
白銅電極を備えたことを特徴とする炭素系高硬度材の
回転式放電加工装置を提供するものである。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、ダイヤモンドと鉄系材料の間の炭素拡散反応を利用して、加工速度や加工品質を含む、放電加工特性を向上することができ、最も硬いとされているダイヤモンド系材料の精密かつ高速加工が可能になる。例えば加工能率を5倍以上、加工表面粗さを3分の1以下にすることができる。
【0025】
又、電極材料が安価であり、その製造も容易である。又、加工装置が小型で、他の機械への搭載が容易であり、機上工具製作などへの応用が可能である。又、電極の断面形状を制御することで、様々な複雑形状への加工が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】(a)タングステン/銅電極と(b)白銅電極の放電加工の原理を示す断面模式図
【
図2】同じく白銅電極の放電加工の加工メカニズムを示す断面模式図
【
図3】同じく白銅電極を回転させた時の加工メカニズムを示す断面模式図
【
図4】同じくPCD表面のラマンスペクトルの測定結果を示す線図
【
図5】同じく白銅電極断面のEDXによる元素分析結果を示す図
【
図6】同じく電極材料の違いによる材料除去率を比較して示す線図
【
図7】同じく回転電極を用いた放電加工の様子を示す(A)斜視図及び(B)断面図
【
図8】同じく様々な形状の加工を行なっている状態を示す図
【
図10】本発明の回転式放電加工装置の実施例を示す斜視図
【
図14】同じく白銅電極を用いた場合の振動型彫りと回転電極の表面粗さを比較して示す図
【
図15】同じく白銅電極を用いた場合の振動型彫りと回転電極の形状誤差を比較して示す線図
【
図16】同じく試作した切れ刃の断面プロファイルを示す線図
【
図18】同じく溝の三次元トポグラフィを示す斜視図
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、図面を参照して、本発明の実施の形態について詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施形態及び実施例に記載した内容により限定されるものではない。又、以下に記載した実施形態及び実施例における構成要件には、当業者が容易に想定できるもの、実質的に同一のもの、いわゆる均等の範囲のものが含まれる。更に、以下に記載した実施形態及び実施例で開示した構成要素は適宜組み合わせてもよいし、適宜選択して用いてもよい。
【0028】
本発明の実施形態は、工具電極の材料として、導電性を向上するための銅を70〜90%(実施例は75%)、化学反応を誘起するための鉄系材料としてニッケルを10〜30%(実施例は25%)含有する白銅を用いている。白銅は銅とニッケルの合金であるため、鉄系材料でありながら優れた放電加工特性を持っている。主に50円硬貨に使用されており、比較的安価である。
【0029】
従来のタングステン/銅電極における放電加工の断面模式図を
図1(a)に、同じく本実施形態による白銅電極の放電加工の断面模式図を
図1(b)に示す。白銅電極を用いた場合の詳細を
図2に示す。
【0030】
図1(a)に示すように、従来のタングステン/銅電極の場合には、ダイヤモンド粒子12が粒子のまま剥離していき、表面に凹凸ができるのに対して、
図1(b)に示すように、白銅電極を用いた場合には、
図2に詳細に示す如く、白銅電極20とPCD加工対象10のコバルト基部16との間に発生した放電30により表面が加熱され、このコバルト基部16が融解して蒸発するだけでなく、加熱部22から表面に露出したダイヤモンド粒子12がグラファイト14化し、同時に白銅電極20と接触し、炭素拡散により炭素が白銅電極20の内部の炭素拡散領域24に拡散されてダイヤモンド粒子12が消耗するので、迅速な加工が可能であり、且つ、平滑な表面が得られる。
【0031】
特に白銅電極20を回転した場合には、
図3に示す如く、加工屑32が排除される。図において18は溶融ゾーン、34は加工油、36は気泡である。
【0032】
白銅電極とPCDの界面現象を解明するべく、ラマン分光光度計によりダイヤモンドの結晶性の変化を計測したところ、
図4に示す如く、加工前はダイヤモンドのラマンピークであったのが、放電熱により結晶構造が変化し、加工後はグラファイトのラマンピークとなり、表面がグラファイト化していることが確認できた。通常ダイヤモンドは約1000℃でグラファイトに変化する。
【0033】
更に、エネルギー分散型X線分光装置(Energy Dispersive X-ray spectrometer:EDX)により白銅電極断面の元素分析を行なったところ、
図5に示す如く、白銅電極表面近傍に深さ数μmの炭素拡散層を確認することができた。これは、熱影響を受けてダイヤモンドとニッケル界面で炭素拡散が起こり、これによりPCDの加工が促進されたことを示唆している。一方、電極は、元素受入れ側のため、損耗は低減する。
【0034】
電極種類による材料除去率の比較結果を
図6に示す。回転電極の回転数は400rpmである。タングステン電極や銅電極の振動型彫りに比べて、白銅電極の場合には振動型彫りであっても、加工速度が銅、タングステンと比べて約5倍向上し、特に回転電極では同じ白銅電極の振動型彫りに比べて約2倍の加工速度が得られていることが明らかである。
【0035】
回転電極とした場合には、
図7に示す如く、白銅電極20の回転運動により加工屑32の排出が促進され、放電が分散するため電極消耗が少なく、ワイヤ放電や型彫り放電と比べて制御が簡単であり、ワイヤ放電のように電極の断面形状が変化しないので摩耗の影響が少なく、且つ円盤の断面を例えば旋盤で成形することにより、
図8及び
図9に例示するような複雑な断面形状の加工が可能である。
【実施例】
【0036】
図10に示す回転式放電加工装置を製作し、振動援用型彫り放電加工(以下、振動型彫りとも称する)との比較を行なった。
【0037】
振動援用には圧電素子44を用いて振動数を2kHz、振幅を1μmにした。また白銅電極20の回転駆動にはモータなどの駆動装置を使用せず、加工油循環ポンプ54からの加工油の流れを利用した。これにより装置の安定性および制御の簡易化を実現した。加工油の流量を変化させることで白銅電極(工具電極とも称する)20の回転数を変化させた。また電極材料の違いによる放電加工性能を比較するため、白銅(銅70〜75%、ニッケル25〜30%)、銅、タングステンを用いてPCDに対して放電加工を行った。放電エネルギーはコンデンサの静電容量50pF、500pF、1000pFと変化させ調整した。極性は加工対象10が正極、工具電極20は負極とし、放電加工用の直流電源60の電圧は50Vとした。また今回用いたPCDはダイヤモンド粒径0.5μm、組成はC−88%、Co−12%である。
【0038】
図において、40は、PCD加工対象10が先端(図の下端)に固定されたスピンドル、42は、該スピンドル40を介してPCD加工対象10を上下に移動させるためのZステージ、46は、圧電素子44を駆動するためのシンセサイザ、48は同じくアンプ、50は加工油が満たされた水槽、52は、該水槽50ごと工具電極20を平面のXY方向に移動するためのXYステージである。
【0039】
前記工具電極20の形状を
図11に、該工具電極20を回転させるための要部構成を
図12に示す。図において26は羽根車、28は電極シャフト及びベアリングである。
【0040】
前記実施例を用いて測定した、電極種類による加工能率の違いは前出
図6に示したとおりである。
【0041】
又、回転電極の回転数と材料除去率の関係は
図13に示す如くであった。回転速度が高まるほど加工屑除去割合が高まり、回転数と加工速度に比例関係があることが確認できた。
【0042】
白銅電極を回転させた場合と振動型彫りした場合の表面粗さの比較結果を
図14に示す。白銅電極を用いた振動型彫りの場合は0.26μmRaであるのに対して、回転させた場合は0.10μmRaになり、回転させた方の表面粗さが向上していることが確認できた。
【0043】
同じく白銅電極を回転させた場合と振動型彫りした場合の電極と加工面の形状誤差を
図15に比較して示す。回転により電極消耗の影響を減らし、形状精度を約10倍向上して形状誤差を1μmに抑えられることが確認できた。
【0044】
前記工具電極20を用いて切れ刃を試作したところ、
図16に示すような断面プロファイルが得られ、放電加工面であっても研磨面と同等の滑らかさが得られることが確認できた。
【0045】
本発明の回転電極による微細形状の加工例を
図17に示す。
図17(A)は、直径1mmのPCDの先端に幅、深さ共に200μmの十字溝を加工した例、
図17(B)は、同じく100μm×500μmの四角柱を加工した例である。微細形状が精密に形成され、本発明の有効性が確認できた。
【0046】
図18に、溝の三次元トポグラフィを示す。
【0047】
なお前記説明においては、
白銅電極20が加工油により回転されていたが、
白銅電極20を回転する方法
は加工油によるものに限定されず、電動モータを用いることも可能である。
【0048】
又、加工対象もPCDに限定されず、単結晶ダイヤモンド、CVDダイヤモンド、ナノ結晶ダイヤモンド等のダイヤモンド系の高硬度材の他、シリコンカーバイドやボロンカーバイド等、炭素が入っている硬い材料に同様に適用できる。特に単結晶ダイヤモンドについては、僅かな導電性でも加工性が維持でき、数分程度の試し加工で、加工痕が形成されることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0049】
金型産業、機械産業や光学電子部品産業、MEMS産業などの多分野への波及効果が考えられる。
【符号の説明】
【0050】
10…PCD加工対象
12…ダイヤモンド粒子
14…グラファイト
16…コバルト基部
20…白銅電極(工具電極)
22…加熱部
24…炭素拡散領域
30…放電
32…加工屑
40…スピンドル
42…Zステージ
44…圧電素子
50…水槽
52…XYステージ
54…加工油循環ポンプ
60…直流電源