【文献】
YASUSHI Hiraoka, et al.,"Effect of Compound Layer Thickness Composed of γ'-Fe4N on Rotated-Bending Fatigue Strength in Gas-Nitrided JIS-SCM435 Steel",MATERIALS TRANSACTIONS [online],2017年 6月25日,Vol. 58, No. 7,pp. 993-999
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
処理炉内で水素を発生するガスとしては、(1)アンモニアガスのみ、(2)アンモニア分解ガスのみ、または、(3)アンモニアガスとアンモニア分解ガスとの2種類のみ、を含む複数種類の炉内導入ガスを前記処理炉内へ導入して、前記処理炉内に配置される被処理品の表面硬化処理としてガス窒化処理またはガス軟窒化処理を行う表面硬化処理装置であって、
前記処理炉内の水素濃度またはアンモニア濃度を検出する炉内雰囲気ガス濃度検出装置と、
前記炉内雰囲気ガス濃度検出装置によって検出される水素濃度またはアンモニア濃度に基づいて前記処理炉内の窒化ポテンシャルを演算する炉内窒化ポテンシャル演算装置と、
前記炉内窒化ポテンシャル演算装置によって演算される前記処理炉内の窒化ポテンシャルと目標窒化ポテンシャルとに応じて、前記複数種類の炉内導入ガスの合計導入量を一定に保ちながら前記複数種類の炉内導入ガスの流量比率を変化させることによって前記処理炉内の窒化ポテンシャルを前記目標窒化ポテンシャルに近づけるべく前記複数種類の炉内導入ガスの導入量を個別に制御するガス導入量制御装置と、
を備え、
前記目標窒化ポテンシャルは、同一の被処理品に対して時間帯に応じて異なると共に同一時間帯内では一定の値として設定されるようになっており、
前記ガス導入量制御装置は、前記複数種類の炉内導入ガスの各々の導入量を入力値とし、前記炉内窒化ポテンシャル演算手段によって演算される前記処理炉内の窒化ポテンシャルを出力値とし、前記目標窒化ポテンシャルを目標値としたPID制御を実施するようになっており、
前記PID制御における比例ゲインと、積分ゲインまたは積分時間と、微分ゲインまたは微分時間とが、パイロット処理を実施して予め入手しておいた候補の値の中から、前記目標窒化ポテンシャルの異なる値毎に設定できるようになっている
ことを特徴とする表面硬化処理装置。
処理炉内で水素を発生するガスとしては、(1)アンモニアガスのみ、(2)アンモニア分解ガスのみ、または、(3)アンモニアガスとアンモニア分解ガスとの2種類のみ、を含む複数種類の炉内導入ガスを前記処理炉内へ導入して、前記処理炉内に配置される被処理品の表面硬化処理としてガス窒化処理またはガス軟窒化処理を行う表面硬化処理方法であって、
前記処理炉内の水素濃度またはアンモニア濃度を検出する炉内雰囲気ガス濃度検出工程と、
前記炉内雰囲気ガス濃度検出工程によって検出される水素濃度またはアンモニア濃度に基づいて前記処理炉内の窒化ポテンシャルを演算する炉内窒化ポテンシャル演算工程と、
前記炉内窒化ポテンシャル演算工程によって演算される前記処理炉内の窒化ポテンシャルと目標窒化ポテンシャルとに応じて、前記複数種類の炉内導入ガスの合計導入量を一定に保ちながら前記複数種類の炉内導入ガスの流量比率を変化させることによって前記処理炉内の窒化ポテンシャルを前記目標窒化ポテンシャルに近づけるべく前記複数種類の炉内導入ガスの導入量を個別に制御するガス導入量制御工程と、
を備え、
前記目標窒化ポテンシャルは、同一の被処理品に対して時間帯に応じて異なると共に同一時間帯内では一定の値として設定されるようになっており、
前記ガス導入量制御工程では、前記複数種類の炉内導入ガスの各々の導入量を入力値とし、前記炉内窒化ポテンシャル演算手段によって演算される前記処理炉内の窒化ポテンシャルを出力値とし、前記目標窒化ポテンシャルを目標値としたPID制御が実施されるようになっており、
前記PID制御における比例ゲインと、積分ゲインまたは積分時間と、微分ゲインまたは微分時間とが、パイロット処理を実施して予め入手しておいた候補の値の中から、前記目標窒化ポテンシャルの異なる値毎に設定される
ことを特徴とする表面硬化処理方法。
【背景技術】
【0002】
鋼等の金属製の被処理品の表面硬化処理の中で、低ひずみ処理である窒化処理のニーズは多い。窒化処理の方法として、ガス法、塩浴法、プラズマ法等がある。
【0003】
これらの方法の中で、ガス法が、品質、環境性、量産性等を考慮した場合に、総合的に優れている。機械部品に対する焼入れを伴う浸炭や浸炭窒化処理または高周波焼入れによるひずみは、ガス法による窒化処理(ガス窒化処理)を用いることで改善される。浸炭を伴うガス法による軟窒化処理(ガス軟窒化処理)も、ガス窒化処理と同種の処理として知られている。
【0004】
ガス窒化処理は、被処理品に対して窒素のみを浸透拡散させて、表面を硬化させるプロセスである。ガス窒化処理では、アンモニアガス単独、アンモニアガスと窒素ガスとの混合ガス、アンモニアガスとアンモニア分解ガス(75%水素、25%窒素)、または、アンモニアガスとアンモニア分解ガスと窒素ガスとの混合ガス、を処理炉内へ導入して、表面硬化処理を行う。
【0005】
一方、ガス軟窒化処理は、被処理品に対して窒素とともに炭素を副次的に浸透拡散させて、表面を硬化させるプロセスである。例えば、ガス軟窒化処理では、アンモニアガスと窒素ガスと炭酸ガス(CO
2)との混合ガス、あるいは、アンモニアガスと窒素ガスと炭酸ガスと一酸化炭素ガス(CO)との混合ガス等、複数種類の炉内導入ガスを処理炉内へ導入して、表面硬化処理を行う。
【0006】
ガス窒化処理及びガス軟窒化処理における雰囲気制御の基本は、炉内の窒化ポテンシャル(K
N)を制御することにある。窒化ポテンシャル(K
N)を制御することによって、鋼材表面に生成される化合物層中のγ’相(Fe
4N)とε相(Fe
2-3N)との体積分率を制御したり、当該化合物層が生成されない処理を実現したり等、幅広い窒化品質を得ることが可能である。例えば、特許文献1によれば、γ’相の選択とその厚膜化によって、曲げ疲労強度や耐摩耗性が改善され、機械部品のさらなる高機能化が実現される。
【0007】
以上のようなガス窒化処理及びガス軟窒化処理では、被処理品が内部に配置された処理炉内の雰囲気を管理するために、炉内水素濃度あるいは炉内アンモニア濃度を測定する炉内雰囲気ガス濃度測定センサが設置される。そして、当該炉内雰囲気ガス濃度測定センサの測定値から炉内窒化ポテンシャルが演算され、目標(設定)窒化ポテンシャルと比較されて、各導入ガスの流量制御が行われる(非特許文献1)。各導入ガスの制御方法については、炉内導入ガスの流量比率を一定に保ちながら合計導入量を制御する方法が周知である(非特許文献2)。
【0008】
(ガス窒化処理の基本的事項)
ガス窒化処理の基本的事項について化学的に説明すれば、ガス窒化処理では、被処理品が配置される処理炉(ガス窒化炉)内において、以下の式(1)で表される窒化反応が発生する。
NH
3→[N]+3/2H
2 ・・・(1)
【0009】
このとき、窒化ポテンシャルK
Nは、以下の式(2)で定義される。
K
N=P
NH3/P
H23/2 ・・・(2)
ここで、P
NH3は炉内アンモニア分圧であり、P
H2は炉内水素分圧である。窒化ポテンシャルK
Nは、ガス窒化炉内の雰囲気が有する窒化能力を表す指標として周知である。
【0010】
一方、ガス窒化処理中の炉内では、当該炉内へ導入されたアンモニアガスの一部が、式(3)の反応にしたがって水素ガスと窒素ガスとに熱分解する。
NH
3→1/2N
2+3/2H
2 ・・・(3)
【0011】
炉内では、主に式(3)の反応が生じており、式(1)の窒化反応は量的にはほとんど無視できる。したがって、式(3)の反応で消費された炉内アンモニア濃度または式(3)の反応で発生された水素ガス濃度が分かれば、窒化ポテンシャルを演算することができる。すなわち、発生される水素及び窒素は、アンモニア1モルから、それぞれ1.5モルと0.5モルであるから、炉内アンモニア濃度を測定すれば炉内水素濃度も分かり、窒化ポテンシャルを演算することができる。あるいは、炉内水素濃度を測定すれば、炉内アンモニア濃度が分かり、やはり窒化ポテンシャルを演算することができる。
【0012】
なお、ガス窒化炉内に流されたアンモニアガスは、炉内を循環した後、炉外へ排出される。すなわち、ガス窒化処理では、炉内の既存ガスに対して、フレッシュ(新た)なアンモニアガスを炉内へ絶えず流入させることにより、当該既存ガスが炉外へ排出され続ける(供給圧で押し出される)。
【0013】
ここで、炉内へ導入されるアンモニアガスの流量が少なければ、炉内でのガス滞留時間が長くなるため、分解されるアンモニアガスの量が増加して、当該分解反応によって発生される窒素ガス+水素ガスの量は増加する。一方、炉内へ導入されるアンモニアガスの流量が多ければ、分解されずに炉外へ排出されるアンモニアガスの量が増加して、炉内で発生される窒素ガス+水素ガスの量は減少する。
【0014】
(流量制御の基本的事項)
次に、流量制御の基本的事項について、まずは炉内導入ガスをアンモニアガスのみとする場合について説明する。炉内に導入されるアンモニアガスの分解度をs(0<s<1)とした場合,炉内におけるガス反応は、以下の式(4)で表される。
NH
3→(1-s)/(1+s)NH
3+0.5s/(1+s)N
2+1.5s/(1+s)H
2 ・・・(4)
ここで、左辺は炉内導入ガス(アンモニアガスのみ)、右辺は炉内ガス組成であり、未分解のアンモニアガスと、アンモニアガスの分解によって1:3の比率で発生した窒素及び水素と、が存在する。したがって、炉内水素濃度を水素センサで測定する場合、右辺の1.5s/(1+s) が水素センサによる測定値に対応し、当該測定値から炉内に導入されたアンモニアガスの分解度sが演算できる。これにより、右辺の (1-s)/(1+s) に相当する炉内アンモニア濃度も演算できる。つまり、水素センサの測定値のみから炉内水素濃度と炉内アンモニア濃度とを知ることができる。このため、窒化ポテンシャルを演算できる。
【0015】
複数の炉内導入ガスを用いる場合でも、窒化ポテンシャルK
Nの制御が可能である。例えば、アンモニアと窒素との2種類のガスを炉内導入ガスとし、その導入比率をx:y (x、yは既知でx+y=1とする。例えば、x=0.5、y=1−0.5=0.5(NH
3:N
2=1:1))とした場合の炉内におけるガス反応は、以下の式(5)で表される。
xNH
3+(1-x)N
2→x(1-s)/(1+sx)NH
3+(0.5sx+1-x)/(1+sx)N
2+1.5sx/(1+sx)H
2 ・・・(5)
【0016】
ここで、右辺の炉内ガス組成は、未分解のアンモニアガスと、アンモニアガスの分解によって1:3の比率で発生した窒素及び水素と、導入したままの左辺の窒素ガス(炉内で分解しない)と、である。このとき、xは既知なので(例えばx=0.5)、右辺の炉内水素濃度、つまり1.5sx/(1+sx) において、未知数はアンモニアの分解度sのみである。従って、式(4)の場合と同様に、水素センサの測定値から炉内へ導入されたアンモニアガスの分解度sが演算でき、これにより炉内アンモニア濃度も演算できる。このため、窒化ポテンシャルを演算できる。
【0017】
炉内導入ガスの流量比率を固定しない場合には、炉内水素濃度と炉内アンモニア濃度とは、炉内に導入されたアンモニアガスの分解度sとアンモニアガスの導入比率xの2つを変数として含む。一般的に、ガス流量を制御する機器としてはマスフローコントローラ(MFC)が用いられるため、その流量値に基づいて、アンモニアガスの導入比率xはデジタル信号として連続的に読み取ることができる。従って、式(5)に基づいて、当該導入比率xと水素センサの測定値とを組み合わせることで、窒化ポテンシャルを演算できる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
しかしながら、本件発明者は、炉内導入ガスの流量比率を一定に保ちながら合計導入量を増減することによって窒化ポテンシャルを制御する従来方法に、以下のような問題があることを知見した。
【0021】
すなわち、より低い窒化ポテンシャルへと制御する際には、合計導入量を減少させるのだが、合計導入量を過度に減少させると、炉内が負圧になる虞があり、安全面での問題が生じ得る。
【0022】
一方、より高い窒化ポテンシャルへと制御する際には、合計導入量を増加させるのだが、合計導入量を過度に増加させると、排ガス処理装置のアンモニア処理能力を超える虞があり、環境面での問題が生じ得る。
【0023】
従って、炉内導入ガスの流量比率を一定に保ちながら合計導入量を増減することによって窒化ポテンシャルを制御する従来方法では、制御可能な窒化ポテンシャルの範囲が比較的狭かった。
【0024】
一方で、炉内でのアンモニアガスの分解は、被処理品、炉壁または冶具などの表面で生ずる。このため、アンモニアガスの分解量は、炉体構造や炉材表面状態に大きく依存する。従って、ガス導入量制御装置としては、多様な処理炉に柔軟に対応できるように、より広い範囲の窒化ポテンシャルを制御可能であることが望ましい。
【0025】
特に、鋼材等の疲労特性等の機械的特性を向上させるために、例えば低合金鋼においては、γ’相を選択的に鋼表面へ形成させることが必要であり、そのためには、0.1〜0.6の範囲の窒化ポテンシャル制御を実現することが必要である。さらには、同一の被処理品の処理中に目標窒化ポテンシャルを変更することも望まれている(非特許文献3)。しかしながら、従来方法では、制御可能な窒化ポテンシャルの範囲が狭く、所望の制御を実現することが困難であった。
【0026】
本件発明者は、鋭意の検討及び種々の実験を繰り返し、PID制御の設定パラメータ値を目標窒化ポテンシャルに応じてきめ細かく変更することによって、複数種類の炉内導入ガスの合計導入量を一定に保ちながら当該複数種類の炉内導入ガスの流量比率を変化させる窒化ポテンシャル制御の有効性を高めることができることを知見した。
【0027】
本発明は、以上の知見に基づいて創案されたものである。本発明の目的は、安全面での問題の発生や環境面での問題の発生を抑制できるような表面硬化処理装置及び表面硬化処理方法を提供することである。また、本発明の目的は、比較的広い窒化ポテンシャル制御範囲を実現できるような表面硬化処理装置及び表面硬化処理方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0028】
本発明は、処理炉内で水素を発生するガスとしては、(1)アンモニアガスのみ、(2)アンモニア分解ガスのみ、または、(3)アンモニアガスとアンモニア分解ガスとの2種類のみ、を含む複数種類の炉内導入ガスを前記処理炉内へ導入して、前記処理炉内に配置される被処理品の表面硬化処理としてガス窒化処理またはガス軟窒化処理を行う表面硬化処理装置であって、
前記処理炉内の水素濃度またはアンモニア濃度を検出する炉内雰囲気ガス濃度検出装置と、
前記炉内雰囲気ガス濃度検出装置によって検出される水素濃度またはアンモニア濃度に基づいて前記処理炉内の窒化ポテンシャルを演算する炉内窒化ポテンシャル演算装置と、
前記炉内窒化ポテンシャル演算装置によって演算される前記処理炉内の窒化ポテンシャルと目標窒化ポテンシャルとに応じて、前記複数種類の炉内導入ガスの合計導入量を一定に保ちながら前記複数種類の炉内導入ガスの流量比率を変化させることによって前記処理炉内の窒化ポテンシャルを前記目標窒化ポテンシャルに近づけるべく前記複数種類の炉内導入ガスの導入量を個別に制御するガス導入量制御装置と、
を備えたことを特徴とする表面硬化処理装置である。
【0029】
本発明によれば、複数種類の炉内導入ガスの合計導入量を一定に保ちながら当該複数種類の炉内導入ガスの流量比率を変化させることによって、前記処理炉内の窒化ポテンシャルを前記目標窒化ポテンシャルに近づけるべく、前記複数種類の炉内導入ガスの導入量が個別に制御される。このため、炉内導入ガスの流量比率を一定に保ちながら合計導入量を増減させていた従来の窒化ポテンシャル制御と比較して、炉内圧力の変動を顕著に抑制することができ、安全面での問題の発生を抑制できる。また、大量のアンモニアガスを排気することもないため、環境面での問題の発生を抑制できる。
【0030】
本発明において、前記目標窒化ポテンシャルは、同一の被処理品に対して時間帯に応じて異なる値として設定されるようになっており、前記ガス導入量制御装置は、前記複数種類の炉内導入ガスの各々の導入量を入力値とし、前記炉内窒化ポテンシャル演算手段によって演算される前記処理炉内の窒化ポテンシャルを出力値とし、前記目標窒化ポテンシャルを目標値としたPID制御を実施するようになっており、前記PID制御における比例ゲインと、積分ゲインまたは積分時間と、微分ゲインまたは微分時間とが、前記目標窒化ポテンシャルの異なる値毎に設定できるようになっていることが好ましい。
【0031】
本件発明者の知見によれば、炉内導入ガスの合計導入量を一定に保ちながら流量比率を増減させる制御においてPID制御を採用し、3つの設定パラメータ値である「比例ゲイン」、「積分ゲインまたは積分時間」及び「微分ゲインまたは微分時間」を目標窒化ポテンシャルの異なる値毎にきめ細かく変更することにより、従来制御が実現していた窒化ポテンシャル制御範囲(例えば、580℃で約0.6〜1.5)と比較して、特に低窒化ポテンシャル側においてより広い窒化ポテンシャル制御範囲(例えば、580℃で約0.05〜1.3)を実現することができる。
【0032】
従って、本発明においては、前記目標窒化ポテンシャルは、例えば580℃において0.05〜1.3の範囲内で設定されるようになっていることが好ましい。
【0033】
また、本発明においては、より広い窒化ポテンシャル制御範囲(例えば、580℃で0.05〜1.3)を実現できるため、前記目標窒化ポテンシャルは、同一の被処理品に対して時間帯に応じて異なる値としてより柔軟に設定され得る。例えば、前記目標窒化ポテンシャルは、同一の被処理品に対して時間帯に応じて3以上の異なる値として設定され得る。
【0034】
また、本発明は、処理炉内で水素を発生するガスとしては、(1)アンモニアガスのみ、(2)アンモニア分解ガスのみ、または、(3)アンモニアガスとアンモニア分解ガスとの2種類のみ、を含む複数種類の炉内導入ガスを前記処理炉内へ導入して、前記処理炉内に配置される被処理品の表面硬化処理としてガス窒化処理またはガス軟窒化処理を行う表面硬化処理方法であって、
前記処理炉内の水素濃度またはアンモニア濃度を検出する炉内雰囲気ガス濃度検出工程と、
前記炉内雰囲気ガス濃度検出工程によって検出される水素濃度またはアンモニア濃度に基づいて前記処理炉内の窒化ポテンシャルを演算する炉内窒化ポテンシャル演算工程と、
前記炉内窒化ポテンシャル演算工程によって演算される前記処理炉内の窒化ポテンシャルと目標窒化ポテンシャルとに応じて、前記複数種類の炉内導入ガスの合計導入量を一定に保ちながら前記複数種類の炉内導入ガスの流量比率を変化させることによって前記処理炉内の窒化ポテンシャルを前記目標窒化ポテンシャルに近づけるべく前記複数種類の炉内導入ガスの導入量を個別に制御するガス導入量制御工程と、
を備えたことを特徴とする表面硬化処理方法である。
【0035】
本方法において、前記目標窒化ポテンシャルは、同一の被処理品に対して時間帯に応じて異なる値として設定されるようになっており、前記ガス導入量制御工程では、前記複数種類の炉内導入ガスの各々の導入量を入力値とし、前記炉内窒化ポテンシャル演算手段によって演算される前記処理炉内の窒化ポテンシャルを出力値とし、前記目標窒化ポテンシャルを目標値としたPID制御が実施されるようになっており、前記PID制御における比例ゲインと、積分ゲインまたは積分時間と、微分ゲインまたは微分時間とが、前記目標窒化ポテンシャルの異なる値毎に設定されることが好ましい。
【発明の効果】
【0036】
本発明によれば、複数種類の炉内導入ガスの合計導入量を一定に保ちながら当該複数種類の炉内導入ガスの流量比率を変化させることによって、前記処理炉内の窒化ポテンシャルを前記目標窒化ポテンシャルに近づけるべく、前記複数種類の炉内導入ガスの導入量が個別に制御される。このため、炉内導入ガスの流量比率を一定に保ちながら合計導入量を増減させていた従来の窒化ポテンシャル制御と比較して、炉内圧力の変動を顕著に抑制することができ、安全面での問題の発生を抑制できる。また、大量のアンモニアガスを排気することもないため、環境面での問題の発生を抑制できる。
【0037】
更に、本発明において、炉内導入ガスの合計導入量を一定に保ちながら流量比率を増減させる制御においてPID制御を採用し、3つの設定パラメータ値である「比例ゲイン」、「積分ゲインまたは積分時間」及び「微分ゲインまたは微分時間」を目標窒化ポテンシャルの異なる値毎にきめ細かく変更すれば、従来制御が実現していた窒化ポテンシャル制御範囲(例えば、580℃で約0.6〜1.5)と比較して、特に低窒化ポテンシャル側においてより広い窒化ポテンシャル制御範囲(例えば、580℃で約0.05〜1.3)を実現することができる。
【発明を実施するための形態】
【0039】
以下、本発明の好ましい実施形態について説明するが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0040】
(構成)
図1は、本発明の一実施形態による表面硬化処理装置を示す概略図である。
図1に示すように、本実施形態の表面硬化処理装置1は、処理炉2内で水素を発生するガスとして、(1)アンモニアガスのみ、(2)アンモニア分解ガスのみ、または、(3)アンモニアガスとアンモニア分解ガスとの2種類のみ、を含む複数種類の炉内導入ガスを選択的に処理炉2内へ導入して、処理炉2内に配置される被処理品Sの表面硬化処理としてガス窒化処理を行う表面硬化処理装置である。
【0041】
被処理品Sは、金属製であって、例えば鋼部品や金型等である。複数種類の炉内導入ガスは、混合されてから処理炉2内に導入されてもよいし、個別に処理炉2内に導入されて処理炉2内で混合されてもよい。ここでは、処理炉2内で水素を発生するガスとして、(3)アンモニアガスとアンモニア分解ガスとの2種類のみ、を含む場合を説明する。アンモニア分解ガスとは、AXガスとも呼ばれるガスで、1:3の比率の窒素と水素とからなる混合ガスである。
【0042】
また、
図1に示すように、本実施形態の表面硬化処理装置1の処理炉2には、攪拌ファン8と、攪拌ファン駆動モータ9と、炉内温度計測装置10と、炉体加熱装置11と、雰囲気ガス濃度検出装置3と、窒化ポテンシャル調節計4と、温度調節計5と、プログラマブルロジックコントローラ30と、記録計6と、炉内導入ガス供給部20と、が設けられている。
【0043】
攪拌ファン8は、処理炉2内に配置されており、処理炉2内で回転して、処理炉2内の雰囲気を攪拌するようになっている。攪拌ファン駆動モータ9は、攪拌ファン8に連結されており、攪拌ファン8を任意の回転速度で回転させるようになっている。
【0044】
炉内温度計測装置10は、熱電対を備えており、処理炉2内に存在している炉内ガスの温度を計測するように構成されている。また、炉内温度計測装置10は、炉内ガスの温度を計測した後、当該計測温度を含む情報信号(炉内温度信号)を温度調節計5及び記録計6へ出力するようになっている。
【0045】
雰囲気ガス濃度検出装置3は、処理炉2内の水素濃度またはアンモニア濃度を炉内雰囲気ガス濃度として検出可能なセンサにより構成されている。当該センサの検出本体部は、雰囲気ガス配管12を介して処理炉2の内部と連通している。雰囲気ガス配管12は、本実施形態においては、雰囲気ガス濃度検出装置3のセンサ本体部と処理炉2とを直接連通させる単線の経路で形成されている。雰囲気ガス配管12の途中には、開閉弁17が設けられており、当該開閉弁は開閉弁制御装置16によって制御されるようになっている。
【0046】
また、雰囲気ガス濃度検出装置3は、炉内雰囲気ガス濃度を検出した後、当該検出濃度を含む情報信号を、窒化ポテンシャル調節計4及び記録計6へ出力するようになっている。
【0047】
記録計6は、CPUやメモリ等の記憶媒体を含んでおり、炉内温度計測装置10や雰囲気ガス濃度検出装置3からの出力信号に基いて、処理炉2内の温度や炉内雰囲気ガス濃度を、例えば表面硬化処理を行った日時と対応させて、記憶するようになっている。
【0048】
窒化ポテンシャル調節計4は、炉内窒化ポテンシャル演算装置13と、ガス流量出力調整装置30と、を有している。また、プログラマブルロジックコントローラ31は、ガス導入制御装置14と、パラメータ設定装置15と、を有している。
【0049】
炉内窒化ポテンシャル演算装置13は、炉内雰囲気ガス濃度検出装置3によって検出される水素濃度またはアンモニア濃度に基づいて、処理炉2内の窒化ポテンシャルを演算するようになっている。具体的には、実際の炉内導入ガスに応じて式(5)と同様の考え方に基づいてプログラムされた窒化ポテンシャルの演算式が組み込まれており、炉内雰囲気ガス濃度の値から窒化ポテンシャルを演算するようになっている。
【0050】
パラメータ設定装置15は、例えばタッチパネルからなり、目標窒化ポテンシャルを同一の被処理品に対して時間帯に応じて異なる値として設定入力できるようになっており、また、目標窒化ポテンシャルの異なる値毎にPID制御の設定パラメータ値を設定入力できるようになっている。具体的には、PID制御の「比例ゲイン」と「積分ゲインまたは積分時間」と「微分ゲインまたは微分時間」とを目標窒化ポテンシャルの異なる値毎に設定入力できるようになっている。設定入力された各設定パラメータ値は、ガス流量出力調整手段30へ伝送されるようになっている。
【0051】
そして、ガス流量出力調整手段30が、炉内窒化ポテンシャル演算装置13によって演算された窒化ポテンシャルを出力値とし、目標窒化ポテンシャル(設定された窒化ポテンシャル)を目標値とし、複数種類の炉内導入ガスの各々の導入量を入力値としたPID制御を実施するようになっている。より具体的には、当該PID制御において、複数種類の炉内導入ガスの合計導入量を一定に保ちながら当該複数種類の炉内導入ガスの流量比率を変化させることによって、処理炉2内の窒化ポテンシャルが目標窒化ポテンシャルに近づけられる。また、当該PID制御において、パラメータ設定装置15から伝送された各設定パラメータ値が用いられるようになっている。
【0052】
パラメータ設定装置15に対する設定入力作業のためのPID制御の設定パラメータ値の候補は、パイロット処理を実施して予め入手しておく必要がある。本件出願人が製造する従来装置のPID制御の設定パラメータ値は、(1)処理炉の状態(炉壁や治具の状態)、(2)処理炉の温度条件、及び、(3)被処理品の状態(タイプ及び個数)に応じて、窒化ポテンシャル調節計4自体が有するオートチューニング機能によって取得されていた。これに対して、本実施形態では、(1)処理炉の状態(炉壁や治具の状態)、(2)処理炉の温度条件及び(3)被処理品の状態(タイプ及び個数)が同一であっても、(4)目標窒化ポテンシャルの異なる値毎に、設定パラメータ値の候補を窒化ポテンシャル調節計4自体のオートチューニング機能によって取得しておく必要がある。オートチューニング機能を有する窒化ポテンシャル調節計4を構成するためには、横河電気株式会社製のUT75A(高機能形デジタル指示調整計、http://www.yokogawa.co.jp/ns/cis/utup/utadvanced/ns-ut75a-01-ja.htm)等が利用可能である。
【0053】
候補として取得された設定パラメータ値(「比例ゲイン」と「積分ゲインまたは積分時間」と「微分ゲインまたは微分時間」の組)は、何らかの形態で記録されて、目的の処理内容に応じてパラメータ設定装置15に手入力され得る。もっとも、候補として取得された設定パラメータ値が目標窒化ポテンシャルと紐付けされた態様で何らかの記憶装置に記憶されて、設定入力された目標窒化ポテンシャルの値に基づいてパラメータ設定装置15によって自動的に読み出されるようになっていてもよい。
【0054】
さて、ガス流量出力調整手段30は、PID制御の結果として、複数種類の炉内導入ガスの各々の導入量を制御するようになっている。具体的には、ガス流量出力調整手段30は、アンモニアガスの流量比率を0〜100%の値として決定する。決定の対象とするガス種は、アンモニアガスの代わりにアンモニア分解ガスであってもよい。いずれにしても、両者の和が100%であるから、片方の流量比率を決定すれば他方の流量比率も決定される。そして、ガス流量出力調整手段30の出力値は、ガス導入量制御手段14へ伝達されるようになっている。
【0055】
ガス導入量制御手段14は、各ガスの合計導入量(総流量)×流量比率に相当する導入量を実現するべく、アンモニアガス用の第1供給量制御装置22とアンモニア分解ガス用の第2供給量制御装置26とにそれぞれ制御信号を送るようになっている。本実施形態では、各ガスの合計導入量についても、目標窒化ポテンシャルの異なる値毎にパラメータ設定装置15において設定入力可能である。
【0056】
本実施形態の炉内導入ガス供給部20は、アンモニアガス用の第1炉内導入ガス供給部21と、第1供給量制御装置22と、第1供給弁23と、第1流量計24と、を有している。また、本実施形態の炉内導入ガス供給部20は、アンモニア分解ガス(AXガス)用の第2炉内導入ガス供給部25と、第2供給量制御装置26と、第2供給弁27と、第2流量計28と、を有している。
【0057】
本実施形態では、アンモニアガスとアンモニア分解ガスとは、処理炉2内に入る前の炉内導入ガス導入配管29内で混合されるようになっている。
【0058】
第1炉内導入ガス供給部21は、例えば、第1炉内導入ガス(本例ではアンモニアガス)を充填したタンクにより形成されている。
【0059】
第1供給量制御装置22は、マスフローコントローラにより形成されており、第1炉内導入ガス供給部21と第1供給弁23との間に介装されている。第1供給量制御装置22の開度が、ガス導入量制御手段14から出力される制御信号に応じて変化する。また、第1供給量制御装置22は、第1炉内導入ガス供給部21から第1供給弁23への供給量を検出し、この検出した供給量を含む情報信号をガス導入制御手段14と調節計6へ出力するようになっている。当該制御信号は、ガス導入量制御手段14による制御の補正等に用いられ得る。
【0060】
第1供給弁23は、ガス導入量制御手段14が出力する制御信号に応じて開閉状態を切り換える電磁弁により形成されており、第1供給量制御装置22と第1流量計24との間に介装されている。
【0061】
第1流量計24は、例えば、フロー式流量計等の機械的な流量計で形成されており、第1供給弁23と炉内導入ガス導入配管29との間に介装されている。また、第1流量計24は、第1供給弁23から炉内導入ガス導入配管29への供給量を検出する。第1流量計24が検出する供給量は、作業員の目視による確認作業に用いられ得る。
【0062】
第2炉内導入ガス供給部25は、例えば、第2炉内導入ガス(本例ではアンモニア分解ガス)を充填したタンクにより形成されている。
【0063】
第2供給量制御装置26は、マスフローコントローラにより形成されており、第2炉内導入ガス供給部25と第1供給弁27との間に介装されている。第1供給量制御装置26の開度が、ガス導入量制御手段14から出力される制御信号に応じて変化する。また、第3供給量制御装置26は、第2炉内導入ガス供給部25から第2供給弁27への供給量を検出し、この検出した供給量を含む情報信号をガス導入制御手段14と調節計6へ出力するようになっている。当該制御信号は、ガス導入量制御手段14による制御の補正等に用いられ得る。
【0064】
第2供給弁27は、ガス導入量制御手段14が出力する制御信号に応じて開閉状態を切り換える電磁弁により形成されており、第2供給量制御装置26と第2流量計28との間に介装されている。
【0065】
第2流量計28は、例えば、フロー式流量計等の機械的な流量計で形成されており、第2供給弁27と炉内導入ガス導入配管29との間に介装されている。また、第2流量計28は、第2供給弁26から炉内導入ガス導入配管29への供給量を検出する。第2流量計28が検出する供給量は、作業員の目視による確認作業に用いられ得る。
【0066】
(作用)
次に、本実施形態の表面硬化処理装置1の作用について説明する。まず、処理炉2内に被処理品Sが投入され、処理炉2の加熱が開始される。その後、炉内導入ガス供給部20からアンモニアガスとアンモニア分解ガスとの混合ガスが設定初期流量で処理炉2内へ導入される。この設定初期流量も、パラメータ設定装置15において設定入力可能であり、第1供給量制御装置22及び第2供給量制御装置26(共にマスフローコントローラ)によって制御される。また、攪拌ファン駆動モータ9が駆動されて攪拌ファン8が回転し、処理炉2内の雰囲気を攪拌する。
【0067】
初期状態では、開閉弁制御装置16は、開閉弁17を閉鎖状態としている。一般的に、ガス窒化処理の前処理として、鋼材表面を活性化して窒素を入りやすくする処理が行われることがある。この場合、炉内に塩化水素ガスやシアン化水素ガスなどが発生する。これらのガスは、炉内雰囲気ガス濃度検出装置(センサ)3を劣化させ得るため、開閉弁17を閉鎖状態としておくことが有効である。
【0068】
また、炉内温度計測装置10が炉内ガスの温度を計測し、この計測温度を含む情報信号を窒化ポテンシャル調節計4及び記録計6に出力する。窒化ポテンシャル調節計4は、処理炉2内の状態について、昇温途中であるのか、昇温が完了した状態(安定した状態)であるのか、判定する。
【0069】
また、窒化ポテンシャル調節計4の炉内窒化ポテンシャル演算装置13は、炉内の窒化ポテンシャルを演算し(最初は極めて高い値である(炉内に水素が存在しないため)がアンモニアガスの分解(水素発生)が進行するにつれて低下してくる)、目標窒化ポテンシャルと基準偏差値との和を下回ったか否かを判定する。この基準偏差値も、パラメータ設定装置15において設定入力可能であり、例えば2.5である。
【0070】
昇温が完了した状態であると判定され、且つ、炉内窒化ポテンシャルの演算値が目標窒化ポテンシャルと基準偏差値との和を下回ったと判定されると、窒化ポテンシャル調節計4は、ガス導入量制御手段14を介して、炉内導入ガスの導入量の制御を開始する。これに応じて、開閉制御装置16が開閉弁17を開放状態に切り換える。
【0071】
開閉弁17が開放状態に切り換えられると、処理炉2と雰囲気ガス濃度検出装置3とが連通し、炉内雰囲気ガス濃度検出装置3が炉内水素濃度あるいは炉内アンモニア濃度を検出する。検出された水素濃度信号あるいはアンモニア濃度信号が、窒化ポテンシャル調節計4及び記録計6へ出力される。
【0072】
窒化ポテンシャル調節計4の炉内窒化ポテンシャル演算装置13は、入力される水素濃度信号またはアンモニア濃度信号に基づいて炉内窒化ポテンシャルを演算する。そして、ガス流量出力調整手段30は、炉内窒化ポテンシャル演算装置13によって演算された窒化ポテンシャルを出力値とし、目標窒化ポテンシャル(設定された窒化ポテンシャル)を目標値とし、複数種類の炉内導入ガスの各々の導入量を入力値としたPID制御を実施する。具体的には、当該PID制御において、複数種類の炉内導入ガスの合計導入量を一定に保ちながら当該複数種類の炉内導入ガスの流量比率を変化させることによって、処理炉2内の窒化ポテンシャルが目標窒化ポテンシャルに近づくような制御が実施される。当該PID制御においては、パラメータ設定装置15にて設定入力された各設定パラメータ値が用いられる。この設定パラメータ値が、目標窒化ポテンシャルの値に応じて異なることが、本実施形態の特徴である。
【0073】
そして、ガス流量出力調整手段30が、PID制御の結果として、複数種類の炉内導入ガスの各々の導入量を制御する。具体的には、ガス流量出力調整手段30が、アンモニアガスの流量比率を0〜100%の値として決定し、当該出力値がガス導入量制御手段14へ伝達される。
【0074】
ガス導入量制御手段14は、各ガスの合計導入量×流量比率に相当する導入量を実現するべく、アンモニアガス用の第1供給量制御装置22とアンモニア分解ガス用の第2供給量制御装置26とにそれぞれ制御信号を送る。
【0075】
以上のような制御により、炉内窒化ポテンシャルを目標窒化ポテンシャルの近傍に安定的に制御することができる。これにより、被処理品Sの表面硬化処理を極めて高品質に行うことができる。
【0076】
(実施例と比較例)
前述した本実施形態の表面硬化処理装置1によって、実際に表面硬化処理が行われた(実施例)。また、比較のため、従来の制御方法による表面硬化処理も行われた(比較例)。
【0077】
実施例でも比較例でも、処理炉としてはバッチ型ガス窒化炉(処理重量:800kg/grоss)が用いられ、処理炉内の処理時の温度条件は580℃(560〜600℃程度)とされ、雰囲気ガス濃度検出装置として熱伝導式の水素センサが用いられた。また、被処理品Sとしては、JIS−SCM435鋼が用いられた。また、第1供給量制御装置22及び第2供給量制御装置26(共にマスフローコントローラ)の切換時間は1秒毎とされ、いずれの処理時間も2時間とされた。
【0078】
一方、比較例においては、第2炉内導入ガスとして、アンモニア分解ガスではなく窒素ガスが用いられた。
【0079】
また、比較例においてもPID制御が用いられたが、比較例のPID制御においては、複数種類の炉内導入ガスの流量比率を一定に保ちながら(NH
3:N
2=9:1)当該複数種類の炉内導入ガスの合計導入量を変化させることによって、処理炉2内の窒化ポテンシャルが目標窒化ポテンシャルに近づくような制御が実施された。
【0080】
また、比較例のPID制御においては、目標窒化ポテンシャルが異なっていても同一の設定パラメータ値(「比例ゲイン(P)」と「積分ゲインまたは積分時間(I)」と「微分ゲインまたは微分時間(D)」の組)が用いられた。
【0081】
そして、目標窒化ポテンシャルとして、
図2に示す10個の値が用いられた。580℃近傍(560〜600℃程度)のガス窒化処理において、K
N=0.1は、化合物層が形成されない条件である。K
N=0.2〜1.0は、化合物層としてγ’相が形成される条件である。K
N=1.5〜2.0は、ε相のみが表面に形成される条件である。特に、実用上重要なγ’相を表面でほぼ単相に形成可能な窒化ポテンシャルは、K
N=0.3近傍であることが知られている。
【0082】
また、被処理品Sの表面処理構造については、実際に、X線回折によって同定された。
【0083】
炉内の窒化ポテンシャルの制御範囲の結果について、
図2に表として示す。また、
図3には、縦軸に制御誤差(最大誤差%)、横軸に窒化ポテンシャルを取って、実施例と比較例とでの制御可能な窒化ポテンシャル範囲が示されている。
【0084】
図2及び
図3に示されるように、実施例では、窒化ポテンシャルが0.1〜1.3の範囲で制御が可能であった。また、各目標窒化ポテンシャルに対してPID制御の設定パラメータ値をきめ細かく変更したことにより、比較例よりも誤差が小さい高精度の処理を実現できた。また、目標窒化ポテンシャルを0.3や0.2とした場合の被処理品Sの表面において、実用上重要なγ’相の形成が確認された。
【0085】
しかしながら、実施例では、目標窒化ポテンシャルを1.5〜2.0とした場合には、誤差が非常に大きかった。これは、合計導入量の制限(本例では150(l/min)とされた)が原因であると推察される。
【0086】
一方、比較例では、窒化ポテンシャルが0.6〜1.5の範囲で制御が可能であった。
【0087】
しかしながら、比較例では、目標窒化ポテンシャルを0.6未満とした場合には、窒化ポテンシャルを低くするために炉内導入ガスの合計導入量が低くなり過ぎて、炉内が過剰な負圧となってしまった。従って、炉内が窒素ガスで置換されて表面硬化処理(処理7〜処理10)は強制終了された。
【0088】
また、目標窒化ポテンシャルを2.0とした場合には、排ガスを燃焼させて分解する排ガス燃焼分解装置41におけるアンモニア処理量を超えてしまい、作業員が目の痛みを訴えた。従って、炉内が窒素ガスで置換されて表面効果処理(処理1)は強制終了された。
【0089】
(時間帯に応じて目標窒化ポテンシャルを変更する制御例)
次に、
図4は、時間帯に応じて目標窒化ポテンシャルを変更する制御例の各種設定値を示す表である。本例では、目標窒化ポテンシャルの値が0.2→1.5→0.3と連続的に変更されている。すなわち、本例では、目標窒化ポテンシャルの値が、同一の被処理品に対して、時間帯に応じて3つの異なる値として設定されている。
【0090】
図5は、
図4の制御例の場合の炉内温度と炉内窒化ポテンシャルの推移を示すグラフであり、
図6は、
図4の制御例の場合の各炉内導入ガスの流量と合計導入量との推移を示すグラフである。
図4乃至
図6に示すように、最初の工程01は昇温工程であり、本例では20分を要した。
【0091】
そして、
図4に示すように、次の工程02では、目標窒化ポテンシャルが0.2と設定され、PID制御の設定パラメータ値は、P=3.5、I=209、D=52、と設定された。そして、窒化ポテンシャル制御のためにアンモニアガスとAXガスとの流量比率の小刻みな変動が許容される一方で(
図6参照)、それらの合計導入量は166L/minで一定に維持された。この結果、
図5に示すように、炉内窒化ポテンシャルを目標窒化ポテンシャルである0.2に安定的に制御することができた。なお、本例の工程02は、100分間とした。
【0092】
そして、
図4に示すように、次の工程03では、目標窒化ポテンシャルが1.5と設定され、PID制御の設定パラメータ値は、P=7.4、I=116、D=29、と設定された。そして、窒化ポテンシャル制御のためにアンモニアガスとAXガスとの流量比率の小刻みな変動が許容される一方で(
図6参照)、それらの合計導入量は166L/minで一定に維持された。この結果、
図5に示すように、炉内窒化ポテンシャルを目標窒化ポテンシャルである1.5に安定的に制御することができた。なお、本例の工程PT03は、100分間とした。
【0093】
更に、
図4に示すように、次の工程04では、目標窒化ポテンシャルが0.3と設定され、PID制御の設定パラメータ値は、P=3.9、I=164、D=41、と設定された。そして、窒化ポテンシャル制御のためにアンモニアガスとAXガスとの流量比率の小刻みな変動が許容される一方で(
図6参照)、それらの合計導入量は200L/minで一定に維持された。この結果、
図5に示すように、炉内窒化ポテンシャルを目標窒化ポテンシャルである0.3に安定的に制御することができた。なお、本例の工程PT04は、20分間とされた。
【0094】
以上のように、炉内導入ガスの合計導入量を一定に保ちながら流量比率を増減させる制御においてPID制御を採用し、3つの設定パラメータ値を目標窒化ポテンシャルの異なる値毎にきめ細かく変更することにより、従来制御が実現していた窒化ポテンシャル制御範囲(例えば、580℃で約0.6〜1.5)と比較して、特に低窒化ポテンシャル側においてより広い窒化ポテンシャル制御範囲(例えば、580℃で約0.05〜1.3)を実現することができる。このため、目標窒化ポテンシャルを、同一の被処理品に対して、時間帯に応じて異なる値としてより柔軟に設定することが可能である。例えば、目標窒化ポテンシャルは、同一の被処理品に対して時間帯に応じて3以上の異なる値として設定され得る。
【0095】
(追加の実施例と比較例)
前述した本実施形態の表面硬化処理装置1によって、実際に表面硬化処理が行われた(実施例)。また、比較のため、従来の制御方法による表面硬化処理も行われた(比較例)。
【0096】
実施例でも比較例でも、処理炉としてはバッチ型ガス窒化炉(処理重量:800kg/grоss)が用いられ、処理炉内の処理時の温度条件は500℃(480〜520℃程度)とされ、雰囲気ガス濃度検出装置として熱伝導式の水素センサが用いられた。また、被処理品Sとしては、JIS−SCM435鋼が用いられた。また、第1供給量制御装置22及び第2供給量制御装置26(共にマスフローコントローラ)の切換時間は1秒毎とされ、いずれの処理時間も20時間とされた。
【0097】
一方、比較例においては、第2炉内導入ガスとして、アンモニア分解ガスではなく窒素ガスが用いられた。
【0098】
また、比較例においてもPID制御が用いられたが、比較例のPID制御においては、複数種類の炉内導入ガスの流量比率を一定に保ちながら(NH
3:N
2=9:1)当該複数種類の炉内導入ガスの合計導入量を変化させることによって、処理炉2内の窒化ポテンシャルが目標窒化ポテンシャルに近づくような制御が実施された。
【0099】
また、比較例のPID制御においては、目標窒化ポテンシャルが異なっていても同一の設定パラメータ値(「比例ゲイン(P)」と「積分ゲインまたは積分時間(I)」と「微分ゲインまたは微分時間(D)」の組)が用いられた。
【0100】
そして、目標窒化ポテンシャルとして、
図4に示す10個の値が用いられた。500℃近傍(480〜520℃程度)のガス窒化処理において、K
N=0.1、0.2は、化合物層が形成されない条件である。K
N=0.5〜1.5は、化合物層としてγ’相が形成される条件である。K
N=3.0〜9.0は、ε相のみが表面に形成される条件である。特に、実用上重要なγ’相を表面でほぼ単相に形成可能な窒化ポテンシャルは、K
N=0.5近傍であることが知られている。
【0101】
また、被処理品Sの表面処理構造については、実際に、X線回折によって同定された。
【0102】
炉内の窒化ポテンシャルの制御範囲の結果について、
図4に表として示す。また、
図5には、縦軸に制御誤差(最大誤差%)、横軸に窒化ポテンシャルを取って、実施例と比較例とでの制御可能な窒化ポテンシャル範囲が示されている。
【0103】
図4及び
図5に示されるように、実施例では、窒化ポテンシャルが0.1〜4.5の範囲で制御が可能であった。また、各目標窒化ポテンシャルに対してPID制御の設定パラメータ値をきめ細かく変更したことにより、比較例よりも誤差が小さい高精度の処理を実現できた。また、目標窒化ポテンシャルを0.5とした場合の被処理品Sの表面において、実用上重要なγ’相の形成が確認された。
【0104】
しかしながら、実施例では、目標窒化ポテンシャルを6.0〜9.0とした場合には、誤差が非常に大きかった。これは、合計導入量の制限(本例では150(l/min)とされた)が原因であると推察される。
【0105】
一方、比較例では、窒化ポテンシャルが3.0〜6.0の範囲で制御が可能であった。
【0106】
しかしながら、比較例では、目標窒化ポテンシャルを1.5未満とした場合には、窒化ポテンシャルを低くするために炉内導入ガスの合計導入量が低くなり過ぎて、炉内が過剰な負圧となってしまった。従って、炉内が窒素ガスで置換されて表面硬化処理(処理6〜処理10)は強制終了された。また、比較例では、目標窒化ポテンシャルを1.5とした場合には、誤差が非常に大きかった。
【0107】
また、目標窒化ポテンシャルを9.0とした場合には、排ガスを燃焼させて分解する排ガス燃焼分解装置41におけるアンモニア処理量を超えてしまい、作業員が目の痛みを訴えた。従って、炉内が窒素ガスで置換されて表面効果処理(処理1)は強制終了された。
【0108】
図7及び
図8の追加実施例(500℃)において制御可能な窒化ポテンシャルの範囲0.1〜4.5から、
図2及び
図3の実施例(580℃)において制御可能な窒化ポテンシャルの範囲0.1〜1.3まで、処理時の温度条件の上昇に応じて制御可能な範囲の上限が低下する。
【課題】安全面での問題の発生や環境面での問題の発生を抑制できるような表面硬化処理装置及び表面硬化処理方法を提供すること。また、比較的広い窒化ポテンシャル制御範囲を実現できるような表面硬化処理装置及び表面硬化処理方法を提供すること。
【解決手段】炉内窒化ポテンシャル演算装置によって演算される処理炉内の窒化ポテンシャルと目標窒化ポテンシャルとに応じて、複数種類の炉内導入ガスの合計導入量を一定に保ちながら当該複数種類の炉内導入ガスの流量比率を変化させることによって、前記処理炉内の窒化ポテンシャルを前記目標窒化ポテンシャルに近づけるべく、前記複数種類の炉内導入ガスの導入量が個別に制御される。