特許第6345591号(P6345591)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6345591細胞観察用蛍光プローブ、及びこれを使用する方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6345591
(24)【登録日】2018年6月1日
(45)【発行日】2018年6月20日
(54)【発明の名称】細胞観察用蛍光プローブ、及びこれを使用する方法
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/34 20060101AFI20180611BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20180611BHJP
   C12N 15/62 20060101ALI20180611BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20180611BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20180611BHJP
   G01N 21/64 20060101ALI20180611BHJP
   G01N 21/78 20060101ALI20180611BHJP
【FI】
   C12M1/34 EZNA
   C12Q1/02
   C12N15/62 Z
   G01N33/50 Z
   G01N33/15 Z
   G01N21/64 F
   G01N21/78 C
【請求項の数】7
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2014-524840(P2014-524840)
(86)(22)【出願日】2013年7月10日
(86)【国際出願番号】JP2013068894
(87)【国際公開番号】WO2014010635
(87)【国際公開日】20140116
【審査請求日】2016年7月6日
(31)【優先権主張番号】61/670,306
(32)【優先日】2012年7月11日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】000173588
【氏名又は名称】公益財団法人がん研究会
(74)【代理人】
【識別番号】110000800
【氏名又は名称】特許業務法人創成国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】広田 亨
(72)【発明者】
【氏名】進藤 軌久
(72)【発明者】
【氏名】熊田 和貴
【審査官】 坂崎 恵美子
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2000/057566(WO,A1)
【文献】 Biology of Reproduction,2011年,Vol.85,p.1279-1283
【文献】 Nature,1999年,Vol.400, No.6739,p.37-42
【文献】 Analytical Biochemistry,2009年,Vol.392, No.2,p.133-138
【文献】 Nature,2008年,Vol.453, No.7198,p.1132-1136
【文献】 Developmental Cell,2012年 7月17日,Vol.23, No.1,p.112-123
【文献】 Developmental Cell,2012年 7月17日,Vol.23, No.1,p.124-136
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/34
C12Q 1/02
G01N 21/64
G01N 21/78
G01N 33/15
G01N 33/50
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/WPIDS/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
セパレース活性(減数分裂を除く)を可視化するセパレース・センサであって、
セパレース切断部位であるScc1のアミノ酸配列第142〜第467番目の部分配列を含むポリペプチドと、
蛍光波長の異なる2種の蛍光物質と、
局在規定配列を含むポリペプチドを備えた融合タンパク質であり、
前記蛍光物質は前記セパレース切断部位であるScc1のアミノ酸配列第142〜第467番目の部分配列を含むポリペプチドを挟むように配置されていることを特徴とするセパレース・センサ。
【請求項2】
請求項1に記載のセパレース・センサであって、
前記蛍光物質が蛍光タンパク質であることを特徴とするセパレース・センサ。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のセパレース・センサであって、
前記局在規定配列が、セントロメア、染色体、細胞膜、又はミトコンドリアへの局在を規定する配列であることを特徴とするセパレース・センサ。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のセパレース・センサであって、
前記局在規定配列が、セントロメア又は染色体への局在を規定する配列であって、
夫々CENP-B又はヒストンH2Bであることを特徴とするセパレース・センサ。
【請求項5】
染色体分離機構の解析方法であって、
請求項1〜4のいずれか1項に記載のセパレース・センサを発現する発現ベクターをin vitroで細胞内で発現させ、
生細胞でセパレース活性を可視化することを特徴とする染色体分離機構の解析方法。
【請求項6】
抗がん剤のスクリーニング方法であって、
請求項1〜4のいずれか1項記載のセパレース・センサを発現する発現ベクターを細胞内に導入し、被験物質を投与し、
セパレース活性を細胞レベルでin vitroで可視化することにより、
セパレース活性を指標としてセパレースを分子標的とした抗がん剤をスクリーニングすることを特徴とする抗がん剤のスクリーニング方法。
【請求項7】
抗がん剤のスクリーニング方法であって、
請求項1〜4のいずれか1項に記載のセパレース・センサを被験物質と接触させ、
セパレース活性を可視化することにより、
セパレース活性を指標としてセパレースを分子標的とした抗がん剤をスクリーニングすることを特徴とする抗がん剤のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セパレースの活性化をin vivoで可視化することができるバイオセンサに関する。
【背景技術】
【0002】
細胞分裂は、生物の発生・成長の根幹のプロセスであり、言うまでもなく細胞の生態サイクルの中で最もダイナミックな挙動である。他方、細胞分裂の制御の異常は「がん化」であることは広く知られている。細胞分裂は、これほどまでに重要なプロセスでありながら、未だに不明な点も多い。その謎のひとつに、瞬間的に起こる細胞分裂で観察される染色体のシンクロナイズした動きがある。
【0003】
がん細胞の染色体数が正常細胞とは異なることは100年以上も前から知られており、がん細胞の染色体数は変動しやすく、がん細胞の増殖過程で様々な染色体数のがん細胞が生じることが知られている。この染色体数の変動のしやすさ、すなわち染色体不安定性が、がん細胞の多様性、ひいては悪性度の高さに寄与する。一方、がんの治療を困難にする最大の要因は、腫瘍を構成するがん細胞の多様性にある。すなわち、抗がん剤に対する耐性が異なる多様ながん細胞が存在することが、すべてのがん細胞を死滅させることを困難にしている。
【0004】
上記の背景から、染色体不安定性に関わる分子機構の解析は新たながんの治療法の開発に繋がるという期待から、姉妹染色分体の接着、あるいはその分離に関わる遺伝子群の重要性が注目されるようになってきている。特に姉妹染色分体間の接着因子コヒーシンを切断するプロテアーゼのセパレース(Separase)やその制御因子の1つであるセキュリン(Securin)の過剰発現は染色体不安定性を引き起こし細胞をがん化することが報告され、「がん化」のプロセスの重大な要因の一つと考えられている。
【0005】
本来、正常な細胞分裂の進行過程において、姉妹染色分体の分離は重要なイベントであり、厳密に制御されている。姉妹染色分体の分離は、コヒーシンの除去と、染色体の極方向への移動という2つのイベントが同時に進行するように制御されている(非特許文献1、2)。
【0006】
前者は、姉妹染色分体を接着しているタンパク質複合体であるコヒーシンをプロテアーゼであるセパレースが分解することにより開始される(非特許文献3、4)。また、セパレースの活性化はセキュリンによって制御されていることが明らかになっている(非特許文献5−7)。
【0007】
後者は、微小管の脱重合を促進するキネシン(非特許文献8)、あるいは、クロモキネシン(非特許文献9)のような微小管を調節するタンパク質が関与する。これらのタンパク質を制御する機構はほとんど知られていないが、サイクリン依存性キナーゼCdk1活性の減少に依存するといわれている(非特許文献9−11)。
【0008】
コヒーシンの除去と染色体の極方向への移動という2つの行程は、すべての染色体が非常に短時間のうちに分離して極方向へ移動することに鑑みれば、これらの協調的なプロセスは秩序だって厳密に制御されていると考えられる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】0liveira,R.A.,and Nasmyth,K.(2010) Biochem. Soc. Trans., Vol.38, p.1639-1644
【非特許文献2】Yanagida,M.(2009) Nat.Rev. Mol. Cell Biol., Vol.10, p.489-496
【非特許文献3】Uhlmann,F., et al. (1999) Nature, Vol.400, p.37-42
【非特許文献4】Uhimann,F., et al.(2000) Cell, Vol.103, p.375-386
【非特許文献5】Funabiki, H., et al.(1996) EMBO J., Vol.15, p.6617-6628
【非特許文献6】Ciosk, R., et al. (1998) Cell, Vol. 99, p.1067-1076
【非特許文献7】Zou,H., et al. (1999) Science, vol.235, p.418-422
【非特許文献8】Rogers,G.C., et al.(2004) Nature, Vol.427, p.364-370
【非特許文献9】Wolf,F., et al.(2006) EMBO J.,Vol.25, p.2802-2813
【非特許文献10】Higuchi.T, and Uhlmann,F. (2005) Nature, Vol. 433, p.171-176
【非特許文献11】0liveira,R.A., et al. (2010) Nat. Cell Biol., Vol.12, p.185-192
【非特許文献12】Hauf,S.,et al. (2001) Science, Vol.293, p.1320-1323
【非特許文献13】Sigal, C. T., (1994) Proc. Natl. Acad. Sci.USA, Vol. 91, p.12253-12257
【非特許文献14】Kesseis, M. M.,and Qualmann, B.(2002) EMBO J., Vol.21, p.6083-6094
【非特許文献15】Hornig, N.C.D.,and Uhlmann, F. (2004) EMBO J., Vol.23, p.3144-3153
【非特許文献16】Sun, Y., et al., (2009) Cell, Vol.137, p.123-132
【非特許文献17】Hauf, S., et al., (2003) J. Cell Biol., Vol.161, p.281-294
【非特許文献18】Ditchfield, C., et al., (2003) J. Cell Biol., Vol.161, P.267-280
【非特許文献19】Jallepalli, P.V., et al., (2001) Cell, Vol.105, p.445-457
【非特許文献20】Mei, J., et al., (2001) Curr. Biol., Vol.11, p.1197-1201
【非特許文献21】Wang, Z., et al., (2001) Mol. Endocrinol., Vol.15, p.1870-1879
【非特許文献22】Pfleghaar, K., et al., (2005) PLoS Bio1 Vol.3, e416
【非特許文献23】Stemmann, 0., et al., (2001). Cell, Vol.107, p. 715-726
【非特許文献24】Gorr, I.H. et al., (2005) Mol. Cell, Vol.19, p.135-141
【非特許文献25】Huang, X., et al., (2005) Mol. Biol. Cell, Vol.16, p.4725-4732
【非特許文献26】Holland, A.J. and Taylor, S.S. (2006) J. Cell Sci., Vol.119, p.3325-3336
【非特許文献27】Poser, L., et al., (2008) Nat. Methods Vol.5, p.409-415
【非特許文献28】Zou, H. et al., (2002) FEBS Lett. Vol.523, p.246-250
【非特許文献29】Waizenegger, I., et al., (2002) Curr. Biol. Vol.12, p.1368-1378
【非特許文献30】Goto, H.K., et al., (2006) Nat. Cell Bio1. Vol.8, p.180-187
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、緻密にシンクロナイズされた染色体分離プロセスがどのように制御され進むのかは、全く解明されていない。その解明には姉妹染色分体間の接着を切断するセパレースの制御機構の理解が鍵となると考えられ、セパレースの活性化のタイミングが分かっていないのが現状である。わずか60秒という短時間に協調的に起こる細胞分裂のプロセスの中で、セパレース活性化のタイミングを生化学的に解析することは非常に困難である。
【0011】
セパレースが活性化される機構は長らく明らかにされておらず、細胞が分裂する際に、いつ、どこでセパレースが活性化するのかは不明である。セパレースの活性化機構や活性化のタイミング等、その生体内での挙動を明らかにすることにより、がん細胞の染色体不安定性という細胞病態、さらに細胞の転移や浸潤等、がんの悪性化に関わる病態と治療戦略の糸口を明らかにすることができると考えられる。
【0012】
本発明は、セパレース活性を生細胞で可視化するバイオセンサの提供を目的とする。分裂しようとする生きた細胞でセパレースの活性化を可視化することにより、セパレース活性のタイミングや細胞内での位置を明らかにすることができる。ひいては、短時間に起こる染色体分離を可能にしている機構を明らかにし、抗がん剤のスクリーニング方法を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明のセパレース活性を可視化するセパレース・センサは、セパレース切断部位を含むアミノ酸配列の両端に蛍光波長の異なる2種の蛍光物質と、局在規定配列を有することを特徴とする。
【0014】
本発明のセパレース・センサは、局在規定配列を備え、染色体等、細胞内の特定の部位に局在するようにデザインされている。また、2種類の異なる蛍光物質がセパレースの切断部位の両端に配置されており、セパレースの活性化に伴い、切断部位で分離されることから、片方の蛍光の消失を指標にセパレースの活性化を測定することができる。
【0015】
本発明のセパレース・センサは、擬似基質として前記セパレース切断部位を含む、ヒトScc1のアミノ酸配列第142〜第467番目の部分配列を含むことを特徴とする。
【0016】
セパレースの基質であるScc1の部分配列である前記配列を用いることによって、感度良くセパレースの活性化を測定することができる。
【0017】
上記Scc1の部分配列には、2箇所のセパレース切断部位が含まれており、疑似基質としてセパレースに良く認識され、切断されるため、非常に感度の良いセパレース・センサを構築することができる。
【0018】
本発明のセパレース・センサは、前記蛍光物質が蛍光タンパク質であることを特徴とする。
【0019】
蛍光タンパク質を用いることにより、蛍光色素で標識することなく、2種の蛍光タンパク質により標識されたセンサを作成することができる。
【0020】
本発明のセパレース・センサは、前記局在規定配列が、セントロメア、染色体、細胞膜、又はミトコンドリアへの局在を規定する配列であることを特徴とする。
【0021】
細胞内でセントロメア、染色体、細胞膜、又はミトコンドリアに局在化させることにより、どこでセパレースが活性化するかを特定することが可能となる。
【0022】
さらに本発明のセパレース・センサは、前記局在規定配列が、セントロメア又は染色体への局在を規定する配列であって、CENP-B又はヒストンH2Bであることを特徴とする。
【0023】
セパレースは染色体分離において、重要な役割を担っているものであることから、セントロメアに局在化させるためにCENP-B、染色体に局在化させるためにヒストンH2Bを局在規定配列とする融合タンパク質を製造するようにデザインしている。
【0024】
これにより、セントロメア、又は染色体に本発明のセパレース・センサが局在化する。そのため、セントロメアや染色体上のセパレース活性の時期、及び染色体上で活性化する位置を感度良く観察することができる。
【0025】
また、本発明の染色体分離機構の解析方法は、前記セパレース・センサを発現する発現ベクターを細胞内で発現させ、生細胞でセパレース活性を可視化することを特徴とする。
【0026】
局在規定配列、2種の蛍光タンパク質に挟まれたセパレース切断部位を融合したタンパク質を発現ベクターに組み込み、細胞内で発現させることにより、簡便に感度良く、セパレースの活性化を可視化できる。
【0027】
さらに、本発明の抗がん剤のスクリーニング方法は、前記セパレース・センサを発現する発現ベクターを細胞内に導入し、被験物質を投与し、セパレース活性を細胞レベルで可視化することにより、セパレース活性を指標としてセパレースを分子標的とした抗がん剤をスクリーニングすることを特徴とする。
【0028】
染色体の不安定性ががんの細胞病態そのものであり、転移、浸潤といったがんの悪性化に関与するものでありながら、現在のところ、セパレースを分子標的とした抗がん剤は開発されていない。本発明のセパレース・センサはセパレースの活性化を感度良く可視化し、解析可能とすることができる。したがって、セパレースを分子標的とする抗がん剤を得るために、セパレース・センサを用いて化合物をスクリーニングすることが期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1】セパレース・センサのデザインを示す図。
図2】セパレース活性化のキネティクスを示す。
図3】分裂中期の大部分の時期を通じてセキュリンがセパレースと結合し、阻害していることを示す。
図4】分裂後期前のサイクリンB1とセパレースの結合の生理学的意義を示す。
図5】セキュリンとサイクリンB1がセパレース活性を抑制するだけではなく、セパレースの染色体への局在をサポートすることを示す。
図6】分裂後期におけるセパレースとサイクリンB1の結合を示す。
図7】分裂後期において、活性化したセパレースがサイクリンB1−cdk1複合体を阻害することを示す。
図8】細胞分裂後期の工程のセパレースによる制御機構のモデル図。
【発明を実施するための形態】
【0030】
本発明を以下実施例を交えながら詳しく説明する。
[実施例1]
(セパレース活性化プロファイルを解析する蛍光センサの作成)
セパレース活性化のタイミングを解析するために、単一細胞レベルでセパレース活性を検出可能な蛍光に基づくセンサの開発を行った。
【0031】
セパレース切断部位を含むScc1ポリペプチドのN末側に緑色の蛍光を発するEGFPとC末担側に赤色の蛍光を発するmCherryを融合して発現する融合タンパク質(図1)作成した。
【0032】
セパレース・センサの疑似基質(Substrate)として用いているScc1のセパレース切断部位は、2つのセパレース切断部位が含まれるセパレースのアミノ酸配列142〜467番目(wild-type)を使用している。Haufらの報告に従い(非特許文献12)、セパレースによって切断されないコントロール・センサ(non-cleavable)のScc1の非切断部位は、図1に示すように下線部アルギニンをグルタミン酸に、グルタミン酸をアルギニンに置換して作成した。さらに、ここではデータは示さないが、全長のScc1は発現量が極めて少なくセンサとしては使用できない。また、Scc1の部分配列の中に1つの切断部位のみが含まれたものでは、切断されないことが判明している。
【0033】
局在規定配列(Targeting)として、ここでは、セントロメアへの局在を規定する配列としてヒト CENP−B(全長)、染色体への局在はヒト ヒストンH2B(全長)、細胞膜への局在はc−srcのミリストイル化シグナル(非特許文献13)、ミトコンドリアへの局在は、Tom70pのN末選別シグナル(非特許文献14)を用いているが、細胞内への局在を誘導する既知のどのような配列を用いてもよい。
【0034】
上記のように波長の異なる2種の蛍光タンパク質でセパレース切断部位を挟み、さらに局在規定配列を融合させた融合タンパク質を、発現ベクターにそれぞれインフレームで組み込み、細胞内で発現し得るようにデザインしている。ここでは、ベクターとしてpIRESpuro2(Invitorogen社製)を用いているが、細胞内で効率の良い発現を実現することができれば、どのようなものを用いても良い。
【0035】
また、2種の蛍光物質として、FITCやAlexa594等の蛍光色素を用いることも可能であるが、細胞内での発現を考えると、蛍光タンパク質を融合させた融合タンパク質として構築することが好ましい。2種の蛍光タンパク質は、波長の異なるものであれば、既知のどのようなものを用いてもよい。
(解析方法)
以下本発明のセパレース・センサを用いた解析、及び関連する解析に使用した方法を説明する。
1.画像解析方法
細胞は、フェノールレッドを含まないCO2-independent培地(GIBCO社製)を用い、ラブテックチェンバースライドシステム(NUNC社製)に播種した。チェンバーの蓋部はシリコングリースでシールして用いた。
【0036】
画像は、プランアポクロマートの油浸の対物レンズ(1003/1.40 NA)を用い、倒立顕微鏡(IX−71;オリンパス社製)で観察し、10秒毎に50msの露光時間でCoolSNAP HQ CCD カメラ(Photometrics社製)により記録した。得られた画像のデータ解析は、ImageJ ソフトウェア(NIH)により行った。
【0037】
セントロメア領域(CENP-B)及び染色体領域(ヒストンH2B)は、mCherryチャネルで閾値処理を行って決定した。領域が決定された後、各蛍光強度の平均は、後期開始350秒前の時点の値(各々IEGFP、又はImCherryとする。)により正規化する。
【0038】
各時点のRcut値は下記式により求め、グラフ表示した。
cut=1−IEGFP/ImCherry
各実験において曲線をRcut値に適合させ、後期開始のRcutの50%と交わる点をT50と定義する。
2.免疫沈降
細胞はIPバッファー(20 mM Tris−HCl, pH7.5, 150 mM 塩化ナトリウム、20 mM β−グリセロリン酸、50 mM 塩化マグネシウム、0.1% NP−40、プロテアーゼ阻害剤カクテル(Complete Mini EDTA-free, Roche社製)、1mM DTT)に、100 nM オカダ酸、0.25U/L ベンゾナーゼ ヌクレアーゼ(ノバジェン社製)を加えた溶液中で、氷上で20分間溶解する。
【0039】
細胞抽出液は、15000rpm、30分、4℃で遠心を行い、不溶化分画を除いた後、免疫沈降に用いた。
【0040】
通常、細胞抽出液を10μlの抗mycタグが結合しているアガロースビーズ(MBL社製)、又は所望の抗体を結合させたプロテインAビーズ(Bio−RAD社製)と混合し、4℃、2時間インキュベートした後、IPバッファーで3回、TBS−T(150mM塩化ナトリウム、20 mM Tris pH8.0, 0.05%(v/v) Tween 20)で3回洗浄した後解析に用いる。
3.細胞周期の同調と染色体展開
中期から後期へ移行する同調細胞集団を得るために、対数的に増殖しているHeLa細胞を100μM モナストロール(Tocris Biosciences社製)で12時間処理する。分裂期の細胞を集め、5 μM ZM447439(Tocris Biosciences社製)を所定の時間処理し、免疫沈降、又はサイズ排除(size exclusion)解析に用いるために回収した。
4.サイズ排除クロマトグラフィー
細胞は集めた後に、氷冷PBSにより2回洗浄し、液体窒素で急速凍結した。細胞を100 nM オカダ酸、0.25U/L ベンゾナーゼ ヌクレアーゼ(ノバジェン社製)を添加したIPバッファーに再懸濁し、20分間氷上で静置する。次に15,000×gで10分間遠心し、ウルトラフリー遠心式フィルターユニット(Ultrafree Centrifugal Filters, 0.45 μm、Millipore社製)で濾過し、Superose 6 10/300 GL(GE Healthcare社製)で分画した。カラムはIPバッファーを用い、流速0.4ml/min、250μlの分画で集めた。
5.クロマチン分画
ノコダゾールにより分裂停止させたHeLa細胞は、shake offにより収集した。PBSで洗浄後、細胞を10 mM HEPES(pH 7.9), 10 mM 塩化カリウム、 15 mM 塩化マグネシウム, 0.34 M スクロース、10% グリセロール、1 mM DTT,0.25% Trioton X−100 プロテアーゼ阻害剤カクテル(Complete Mini EDTA-free, Roche社製)中で氷上10分間静置し、溶解した。1,300×g、5分間の低速遠心を行い、染色体が濃縮されている分画を集め、上記バッファーで2回洗浄した。
6.ヒストンH1キナーゼアッセイ
免疫沈降を行ったサンプルは良く洗浄し、100 nM オカダ酸、0.1 mg/ml ヒストンH1(Roche社製)、80 nM ATP(pH 7.5), 10 μCi [γ32P]ATPを添加したIPバッファー中、室温で20分間、インキュベートした。反応はSDSサンプルバッファーを添加することにより停止し、リン酸化された基質をSDS−PAGE及びオートラジオグラフィーにより検出した。
[実施例2]
(セパレース・センサによりセパレースの細胞内局在を解析する)
本発明のセパレース・センサを用いた結果を以下に示す。局在規定配列としてCENP-B、ヒストンH2Bを用い、各々セントロメア、染色体全体にセンサを局在させる(図2A)。
【0041】
図2Aは、セパレースにより切断される部位を含む野生型(wild-type)のScc1の142−467番目のアミノ酸、又はアルギニン及びグルタミン酸を置換した非切断型(non-cleavable)の部位を有するセパレース・センサを細胞内に導入し、分裂期の生細胞でセパレースの局在及び活性化を観察している。100秒毎の静止画像を分裂後期開始を0として表している。
【0042】
セントロメアに局在するようにCENP−Bを局在規定配列として有するセパレース・センサはセントロメアに、染色体に局在するようにヒストンH2Bを局在規定配列として有するセパレース・センサは染色体に局在しているのが観察される。
【0043】
融合タンパク質がセパレース切断部位で切断されなければ、2つの蛍光団は共局在し、2つの蛍光が融合した色調で観察される。ここでは、緑色の蛍光を発するEGFPと赤色の蛍光を発するmCherryを用いていることから、切断される前のセンサは、緑と赤を画像上で合わせると、黄色として表現される。
【0044】
セパレースが活性化すると、擬似基質であるScc1ペプチドが切断され、2つの蛍光タンパク質は分離される。赤色の蛍光団は局在規定配列と融合しているため、セントロメア、又は染色体に局在する。しかしながら、緑色の蛍光団であるEGFPは、Scc1ペプチド部分で分断されるため、局在規定配列から分離され、局在しなくなる。したがって、黄色のシグナルが赤に変わる。
【0045】
非切断型(non-cleavable)のセンサを用いた場合には、緑色の蛍光の消失、すなわち黄色から赤への蛍光の変換は観察されない(図2A中では、白黒写真にしているため、赤の色調が暗くなるために、野生型センサセンサで生じる黄色から赤への変換は蛍光の消失として観察される。これに対し、非切断型(non-cleavable)センサでは、セントロメア、染色体に局在したセンサともに0、100、200秒後で野生型センサと比較して蛍光の消失が観察されていない。)一方、セパレースにより切断される野生型(wild-type)Scc1配列を有するセンサでは、後期開始とともに(0時間のポイント)、センサは黄色から赤へと色調が変化している(図2A中では、赤の色調が暗いために、蛍光の消失が観察されるが、実際には赤色の蛍光が観察されている。)。この色調の変化は、セパレースをRNAiで枯渇された場合も観察されない。
【0046】
本発明のセパレース・センサを用いることにより、セパレースの活性化は、基質であるコヒーシンが最も豊富にあるセントロメアだけではなく、分裂期の染色体全長にわたって観察されることが明らかとなった。セパレースの活性化は全ての染色体上で同時に、また同等に生じている(図2A)。
【0047】
分裂後期の一定期間中のどの位置のセンサが切断されるか定量的に測定するために、セントロメアと染色体上のEGFPとmCherryの蛍光強度を測定し、パラメータRcutを算出することにした。パラメータRcutは、式Rcut=1−IEGFP/ImCherry で算出され、セパレース活性によって切断されるScc1ペプチドの累積率を反映する。野生型のScc1、非切断型のScc1センサを用い、複数細胞の観察結果をもとにRcutを解析した結果を図2Bに示す。図中、アローヘッドは後述のT50を示す。
【0048】
定量的な解析結果から、セパレース活性化は、分裂後期開始前の非常に短時間のうちに活性化されるまで、分裂中期の間はほとんど抑制されていることが明らかとなった。染色体の分離と関連するセパレース活性化のタイミングの指標を提供するために、活性化のタイムポイントであるT50を決定した。T50は、分裂後期開始時のRcutの50%を超える時点として定義される。
【0049】
50値の平均は、セントロメアに局在するセンサでは、後期開始前39.0s(±8.4s、n=12)、染色体に局在するセンサでは47.2s(±9.7s、n=16)であった(図2C)。
【0050】
セパレースの活性化が細胞質でも生じるかを解析するために、ミトコンドリア、細胞膜、又は局在規定配列を有しないセンサを作成した。蛍光顕微鏡観察によりセンサの局在を観察するとともに、生化学的解析を行った(図2D)。
【0051】
染色体(Chromosome)、細胞質(Unanchored)、細胞膜(Membrane)、ミトコンドリア(Mitochondria)への局在規定配列を有するセンサ、及び染色体局在配列を有する非切断型のセンサを細胞内で発現させた。細胞は同調培養を行い、細胞抽出物をGFP抗体を用いてイムノブロットを行った。サイクリンB1の発現で、確認されているように、細胞は同調している。図2D中、Mは分裂中期、Aは分裂後期を示す。
【0052】
染色体に局在しているセパレース・センサは分裂後期の細胞では、切断型が観察されるが、細胞内の他の部位に局在しているセパレース・センサの切断型は、分裂後期の細胞であっても非常にわずかしか検出することができない。したがって、セパレースの活性化のほとんどは染色体上で生じることを示している。
【0053】
染色体に結合しているコヒーシンが選択的な基質であることや(非特許文献15)、DNAの存在下でコヒーシンの切断が増強されるというインビトロの結果(非特許文献16)を踏まえると、本発明のセンサ内の疑似基質は、生体内のコヒーシンと類似した方法で切断されることを示唆している。
【0054】
また、本発明は、セパレースの活性化を可視化するだけではなく、RcutやT50を用いることによって、セパレース活性化を定量的な変化として捉えることも可能である。
(分裂中期におけるセキュリンのセパレースとの結合と、セパレース活性の阻害、セパレース・センサにより得られた結果の生化学的手法による検証)
上述のようにセパレースは分裂中期のほとんどの時期において、活性が抑制されている。そこで、その機構を解明するために以下の実験を行った。
【0055】
図3Aは、Spindle assembly checkpoint(SAC)-arrested 細胞抽出液を用いて免疫沈降アッセイを行った結果を示す。mycタグを付けたセパレースを発現させたHeLa細胞を用い、RNAiにより内因性のセパレースを枯渇させ(separase RNAi)、ノコダゾール処理により細胞を分裂中期で停止させた細胞を用いている。抗myc抗体を用いて免疫沈降を行った。コントロールとして、RNAiにより内因性のセパレースを枯渇させていない細胞を用いている。
【0056】
細胞抽出物(extract)、結合しない分画(flow−thru)、抗myc抗体に結合する分画(myc-IP)について、図3A左に示すタンパク質の存在を免疫ブロットにより解析した。その結果、抽出物からセパレースが結合している分画を除いた後も、かなりの量のセキュリンが存在していることを見出した(図3A、「flow−thru」参照)。これは、HeLa細胞内のセキュリンの量が、セパレースの量よりも多いことに起因すると考えられる。
【0057】
さらに、サイズ排除クロマトグラフィーを行い、セパレースと結合しているタンパク質の解析を行った。
【0058】
図3Bは、ノコダゾール処理したSAC-arrested細胞抽出物をゲル濾過し、各分画でのセパレース、セキュリン、サイクリンB1の存在を免疫ブロットにより解析したものである。図3Cは、各分画の相対的なタンパク量を分画23で正規化して表したものである。ごくわずかのセキュリンのみが、セパレースとともに分子量500kDa付近に分画され、大部分のセキュリンはセパレースに結合していない分画に存在することが明らかとなった(図3B、3C)。
【0059】
セパレースに対して余剰のセキュリンは、APC/Cが活性化するや否や、セパレースが活性化することを抑制している可能性がある。これを生化学的に検証するためには、分裂中期から後期へ移行する同調した細胞集団を得る必要がある。
【0060】
同調細胞を得る多くの方法を調べた結果、本発明者らは、オーロラBを阻害することによって、SAC-arrested細胞を解除することにより(非特許文献17、18)、最も同調したM/A移行する細胞集団を得ることができることを見出した。
【0061】
SAC-arrested細胞をオーロラB阻害剤であるZM447439でチェックポイント解除し、10分後から5分毎にサンプルを集め細胞抽出物(Total cell extract)、セパレース結合分画(separase-bound)について、Cdc27、セキュリンの存在を免疫ブロットにより解析した。図3Dに免疫ブロットの結果を、図3Eに結果を定量的に表したものを示す。オーロラB阻害剤であるZM447439添加後、抽出物中のセキュリン量が20分後から減少し始め、30分後には基底レベルにまで減少することを見出した。
【0062】
しかしながら、セパレースに結合したセキュリンの量は、ほとんどの細胞が後期に移行する30分後まで、ほとんど変わらず、Cdc27と逆の動向を示している。図3DにおいてCdc27の泳動移動度が変化しているのは、細胞集団が分裂後期様の状態に移行したことを示している(図3D、3E)。
【0063】
ゲル濾過解析の結果も、上記と一致する結果を得ている(図3F、3G)。ZM447439添加後、0、15、30分後の細胞から細胞抽出物を調製し、ゲル濾過を行い、各分画でのセキュリンとセパレースの存在を免疫ブロットにより解析した。図3Fに免疫ブロットの結果を、図3Gにセキュリンの相対的な量の変化を示す。セパレースとともに分画されない分子量150kDa付近のセキュリンは最初に減少するのに対し、セパレースと共に分画される分子量500kDa付近のセキュリンの量は、解析を行った時間においてほとんど変化がない。
【0064】
したがって、APC/C活性が存在している分裂中期のほとんどの時期を通して、セキュリンの一定量は持続的にセパレースに結合し、セパレース活性化を阻害する。これは、セパレースに結合していないセキュリンは、APC/Cを介するタンパク質分解の良い基質となるであろうこと、セキュリンのセパレースに対する高い親和性がセパレースに結合しているセキュリン分画を維持することに起因していると考えられる。
[実施例3]
(分裂後期前のセパレースへのサイクリンB1の結合の生理学的意義)
セキュリンのセパレースへの持続的な結合は、セパレースが中期のほとんどの時期において不活性であることを説明する。しかしながら、ほ乳類細胞で、セパレース活性の調節にセキュリンが重要であることを疑問視する多くの観察がなされている(非特許文献19−22)。
【0065】
セパレース活性を抑制する別の調節経路としては、ヒトセパレースのセリン1126残基のリン酸化に依存したサイクリンB1との相互作用がある(非特許文献23、24)。
【0066】
しかしながら、サイクリンB1がセパレース阻害活性を有するという生化学的な証拠があるにも関わらず、染色体分離を阻害する役割については一定条件のもとで示されているのみである(非特許文献25、26)。本発明者らはサイクリンB1のほとんどがSAC-arrested細胞抽出液においてセパレースと共分画されないことを観察しており(図3B)、サイクリンB1の分裂後期前の阻害における重要性は少ないものと考えた。
【0067】
そこで、本発明のセパレース・センサを用いて、セパレースの酵素活性の調節におけるサイクリンB1の役割を再度解析することにした。このために、本発明者らは、マウスセパレースの1121番目のセリンをアラニンに置換したアラニン置換変異体、セリン1121(SA)にmycタグが付されているタンパク質を安定して発現するHeLa細胞を作成した。セパレースのセリン1121(SA)変異体(以下、SA変異体という。)は、サイクリンB1に対する結合能を失っている。また、コントロールとして野生型(WT)のセパレースを発現するHeLa細胞を作成し解析に用いた。作成した細胞で発現しているセパレース、セキュリンを図4Aに示す。
【0068】
生理学的レベルの発現を得るために、バクテリア人工染色体(bacterial artificial chromosome; BAC)に基づく遺伝子導入の手法(非特許文献27)を用いている。野生型(WT)、アラニン置換変異体(SA)発現細胞において、RNAiを用いて内因性のセパレース、セキュリンを枯渇させた。これら細胞株において、内因性のセパレースをRNAiによって枯渇させた細胞では、mycタグ マウスセパレースが代わりに発現している(図4、レーン4、6参照)。
【0069】
ここでは示さないが、野生型マウスセパレースで置き換えた細胞において細胞分裂が同等に生じることから、マウスセパレースがヒト細胞中でも機能的に作用することが示された。また、野生型セパレースがセキュリン非存在下でより効率的にサイクリンB1と結合することを確認したが、これは以前示されている結果と一致するものである(非特許文献24)。また、SAセパレースがセキュリンのレベルによらず結合能を欠いていることも確認した。
【0070】
上記野生型、SA変異体マウスセパレースで内因性のセパレースを置換したHeLa細胞を用い、本発明のセパレース・センサを用いてセパレース活性化を解析した。図4B左は、野生型マウスセパレース置換細胞(WT-repl.)、SA変異体マウスセパレース置換細胞(SA-repl.)を用い、図2Aと同様にセパレース活性化を生細胞の静止画像より解析し、Rcut値を算出した結果を示す。図4B右に分裂後期開始時点での相対的なセパレース活性を示す。SA変異体マウスセパレース細胞でも、野生型マウスセパレース置換細胞と、セパレース活性化のキネティクスはほとんど変わらないことが明らかとなった。
【0071】
セパレースの活性は、Rcutの一次微分によって反映されると考えられるが、野生型、SA変異体マウスセパレースで置換した細胞のどちらにおいても、セパレース活性は同等のレベルであることが示されている(図4B右)。さらに、T50値も同等の値である(図4C)。
【0072】
これらの結果は、サイクリンB1のセパレースへの結合は、分裂後期に先立つセパレースの調節において重要ではないということを支持する。
【0073】
次に、セキュリンとセパレースの双方を不活性化し、セパレースの調節における機能を解析した。つまりSA変異体マウスセパレース置換細胞で、RNAiによりセキュリンを枯渇させ、両方の機構を不活化した(図4A、レーン8及び10)。
【0074】
SA変異体マウスセパレース細胞(SA-repl.)及び、野生型マウスセパレース置換細胞(WT-repl.)を、RNAiによりセキュリンを枯渇させ(securin RNAi)、ノコダゾールで12時間処理して、分裂期の細胞を集め、染色体を展開しギムザ染色により解析を行った。ノコダゾール処理した条件下では、細胞質に分離した姉妹染色分体が分散する(図4D)。約80%のセキュリンを枯渇させたSA変異体マウスセパレース細胞では、染色体の不対合が生じているが、他の細胞群では5%以下程度しか観察されない。
【0075】
さらにノコダゾール処理を行わない細胞を用いて、細胞分裂におけるセキュリン及びセパレースの役割を解析した。親株であるHeLa細胞、SA変異体マウスセパレース細胞(SA-repl.)及び、野生型マウスセパレース置換細胞(WT-repl.)をRNAiにより24時間セキュリン発現を抑制し、50程度の細胞分裂期の生細胞の画像解析を行った。すべての対合した姉妹染色分体が同時に分離する「正常分裂後期(normal anaphase)」、持続した有糸分裂中に染色分体がランダムに分離する「尚早な染色体分離(premature disjunction)」、及びいずれにも分類することができない「未分類(unclassified)」として分類し表示した(図4E)。
【0076】
その結果、セキュリンを枯渇した、SA変異体置換細胞の多くは、延長した分裂中期の間に姉妹染色分体が尚早に分離することを見出した(図4E)。
【0077】
これら時期尚早な染色体分離は、野生型セパレースに置換し、セキュリンを枯渇したコントロール細胞では、ほとんど観察されない。
[実施例4]
(セキュリンとサイクリンB1はセパレース活性の抑制に作用するだけではなく、染色体への局在にも作用している)
野生型マウスセパレース置換細胞(WT-repl.)、SA変異体マウスセパレース細胞(SA-repl.)において、セキュリンを枯渇させ、セパレースの活性化を解析した。ヒストン2Bを局在規定配列とし、染色体に局在化するセパレース・センサを用いて、セパレース活性化を解析した(図5A、5B)。
【0078】
図5Aは、生細胞を用いた画像解析から、分裂期の細胞の静止画像を核膜崩壊(NEBD)基準時として配列したものである。セキュリンを枯渇した、SA変異体マウスセパレース置換細胞では、分裂中期が延長し、姉妹染色分体がランダムに分離している。
【0079】
セパレース・センサを用いた上記実験解析より、Rcutを求め、NEBDを基準時0として、各時間のRcut値をプロットした。セキュリンを枯渇させた野生型マウスセパレース置換細胞(WT-repl.)と比較すると、セキュリンを枯渇させたSA変異体マウスセパレース細胞(SA-repl.)では、セパレースの活性が非常にわずか増加するのみである。
【0080】
これらのセキュリン枯渇SA変異体マウスセパレース置換細胞(SA)においては、分裂中期を通じて完全に不活性化される代わりに、Rcutは、核膜崩壊から直線的に増加を示す(図5B)。つまり、一定のセパレースの活性が、核膜崩壊後直ちに染色体上で検出されることを示す。これらの観察に基づくと、セパレースは、セキュリンやサイクリンB1に結合しない場合には、恒常的に活性化されてはいるものの、その活性化レベルは低く留まっていることを示している。
【0081】
上記の結果は、セパレースのセキュリン又はサイクリンB1への結合が、染色体上でのセパレース活性化に必要であることを示唆している。
【0082】
野生型マウスセパレース置換細胞(WT-replaced)、SA変異体マウスセパレース細胞(SA-replaced)中でmycタグを付したセパレースを発現させ、抗myc抗体で染色を行い、セパレースの局在を解析した。有糸分裂期において、セパレース分画は染色体に局在することが報告されているが(非特許文献16)、本発明者らは、さらにセパレースはセキュリン又はサイクリンB1と結合できない条件下では、染色体上に局在できないことを見出した(図5C)。
【0083】
生化学的な解析によって、上記結果を検討した(図5D)。mycタグを付したセパレースを発現させている野生型マウスセパレース置換細胞(WT-replaced)、SA変異体マウスセパレース細胞(SA-replaced)で、RNAiによりセキュリンを枯渇させ、ノコダゾール処理によって分裂期の細胞を集め、細胞抽出液を調製した。細胞抽出液(Total cell extracts)、染色体濃縮分画(Chroms.-enriched fractions)において、mycタグ付加セパレース、セキュリン、サイクリンB1の発現を免疫ブロットで解析した。なお、α-チューブリン、ヒストンH2Bは、解析に用いたタンパク量が同定度であることの指標である。
【0084】
顕微鏡解析の結果と一致して、染色体分画の解析によって、セキュリンを枯渇したSA変異体置換細胞では、細胞抽出液中のセパレースの量にはほとんど変化がないにもかかわらず、クロマチン濃縮分画でのセパレースの減少が観察された。これら結果は、セパレースの染色体への局在は、セキュリン又はサイクリンB1に依存していることを示唆している。
【0085】
SA変異体置換細胞において、セキュリンの枯渇が、尚早なセパレースの活性化と分離を引き起こすという発見は、サイクリンB1がセパレースに結合することができ、後期以前の尚早な活性化を抑制するという考え方と一致する(非特許文献25、26)。
【0086】
しかしながら、本発明者らは、SA変異体置換細胞では、分裂後期が終了しても、対になっていない姉妹染色分体の極方向への迅速な移動ができずに、赤道板付近に長時間滞留することを見出した。図6Aは、代表的な分離する姉妹染色分体のキモグラフを示す。H2B−mCherryを発現している細胞で分裂後期開始後10秒毎の微速度撮影を行い、分裂期の赤道面の映像を抽出し、時系列に映像を並べたものである。縦軸のバーは30秒、横軸のバーは10μmを示す。図6A右のグラフに、撮像した画像から測定した分離した姉妹染色分体の極方向への移動速度を示す。姉妹染色分体の移動速度は、野生型マウスセパレース置換細胞では、平均速度39.0±12.2nm/s、SA変異体マウスセパレース置換細胞では、28.6±8.3nm/s(t test, p=0.017)であった。
【0087】
上記結果から、セパレースとサイクリンB1が、分裂後期に相互作用するのではないかと考え、図3Dと同様の方法により解析した。分裂中期から後期へと移行する時期のセキュリンとサイクリンB1の相互作用を免疫ブロットにより解析している(図6B、6C)。
【0088】
モナストロール処理細胞をオーロラB阻害剤により、チェックポイントを解除した時点から、5分毎に細胞を回収し、分裂後期へと進行していく細胞集団から細胞抽出物を回収し、総抽出物(TCE)、セパレース結合分画(separase-bound)について免疫ブロットを行い、mycタグの付加されているセパレース、セキュリン、サイクリンB1の挙動を解析した。
【0089】
その結果、サイクリンB1はM/A移行期の遅い時期にセパレースと共沈することを見出した(図6B)。サイクリンB1のセパレースの結合はセリン1121のアラニン変異体、すなわちSA変異体置換細胞では生じないことは、分裂後期のサイクリンB1へセパレースが結合できないことと、染色体の極への迅速な移動は相関があることを示唆している(図6C)。したがって、サイクリンB1とセパレースの結合は、分裂中期においては重要ではないけれども、後期においては重要であると考えられる。
【0090】
さらに、免疫沈降の実験において、セキュリンが全長のセパレースと結合するが、サイクリンB1は分裂後期の抽出物において、切断型セパレースに結合することを見出した(図7A)。
【0091】
野生型マウスセパレース置換細胞、SA変異体マウスセパレース置換細胞において、モナストロールによる細胞周期停止の解除後40分の分裂後期の細胞が多く含まれる細胞集団を準備し、細胞抽出物を得て、サイクリンB1、セキュリンで免疫沈降を行い、セパレース−mycの存在を解析している。セパレースには分子量の小さい切断型が観察される。この切断型は、セパレース自体のタンパク質分解活性に起因して生じる(非特許文献28、29)が、これらの結果はサイクリンB1への結合はセパレースが活性化してから起こることを示唆している。
【0092】
分裂後期において、セパレースがcdk1を阻害するか検討するために、サイクリンB1に結合するcdk1活性を測定し、後期のcdk1活性がSA変異体置換細胞では減少するか検討した。
【0093】
予想に反して、分裂後期の細胞を濃縮した細胞集団の細胞抽出液から、サイクリンB1を免疫沈降した場合には、cdk1活性は、SA変異体置換細胞と、野生型置換細胞との間で、差は見られなかった(図7A、左下、H1 kinase activity)。
【0094】
しかしながら、サイクリンB1-cdk1複合体がセパレースに結合している分画を調製し、それとセパレースに結合していない分画とを比較すると、セパレース結合分画では顕著にcdk1活性が阻害されていることが明らかとなった(図7B)。
【0095】
図7B右は、野生型マウスセパレース置換細胞を用い、分裂後期の細胞が多く含まれる細胞集団を準備し、セパレース抗体で免疫沈降を行い、セパレースに結合しているサイクリンB1-cdk1分画(separase-bound cyclin B1-cdk1)及びセパレースに結合していないサイクリンB1-cdk1分画(separase-free cyclin B1-cdk1)に含まれるサイクリンB1及びcdk1の量と、ヒストンH1を基質とするキナーゼ活性を解析した結果である。
【0096】
これら実験から、抽出物からセパレース結合分画を除いても、サイクリンB1-cdk1は検出可能な量存在し、キナーゼ活性を有することを見出した(図7B;separase-free cyclin B1-cdk1)。また、セパレースに結合する分画ではキナーゼ活性が阻害されていることを見出した(separase-bound cyclinB1-cdk1)。
【0097】
分裂後期細胞集団を濃縮した抽出物において、大部分のサイクリンB1は分解されるが、セパレースは一部のサイクリンB1と結合し、cdk1活性を阻害する。
【0098】
さらに、図7Cは、野生型マウスセパレース置換細胞(WT)、SA変異体マウスセパレース置換細胞(SA)の分裂中期(M)、分裂後期(A)から染色体を濃縮した分画(Chromos-enriched fractions)を集め、抗myc抗体で免疫沈降を行い、免疫ブロットにより解析したものである。TCEは総抽出物を示す。
【0099】
分裂後期の細胞集団から調製した染色体濃縮分画において、かなりの量のセパレースに結合したサイクリンB1を検出したことは驚くべきことである。免疫沈降したサイクリンB1のうち、20%以上のサイクリンB1がセパレースと結合しているものと推測される。
【0100】
分裂後期に移行する細胞集団でのこれら生化学的データを検証するために、INCENPのcdk1を介したリン酸化、特に59番目のトレオニン(Thr59)の安定性を評価することにした。59番目のトレオニンは、分裂後期の開始とともに脱リン酸化が起こることが知られている(非特許文献30)。
【0101】
野生型マウスセパレース置換細胞(WT)、SA変異体マウスセパレース置換細胞(SA)を固定し、INCEP抗体(INCEP)、INCEPの59番目のトレオニンのリン酸化を検出する抗体(p59)、DAPIで染色している(図7D)。DAPI染色はDNAを染色し、染色体が分離している分裂後期の細胞を検出している。免疫蛍光顕微鏡観察の結果、SA変異体マウスセパレース置換細胞の分裂後期の間、染色体上のINCEP Thr59はリン酸化したままであることが示された。
【0102】
これら結果は、活性化されたセパレースは分裂後期において、染色体に分布しているサイクリンB1-cdk1分画も含めて、これら複合体と結合、阻害していることを示している。セパレースが染色体上で活性化することを鑑みれば、染色体上でのセパレースを介したcdk1の阻害は、姉妹染色分体の極方向への迅速な移動に必要である可能性がある。
【0103】
図8に、セパレース・センサを用いて得られた結果、及び生化学的な手法により得られた結果から、セパレース、セキュリン、サイクリンB1、cdk1がどのように相互作用し、機能しているかのモデルを示す。
【0104】
本発明者らは、セパレース・センサを用いて、セパレースの活性化を可視化することに成功した。本発明のセパレース・センサはセパレース活性を可視化することにより、セパレースが活性化するタイミング、細胞内の局在を明らかにする。また、単に可視化するにとどまらず、本発明のセンサを用いて得られた結果をキネティクス解析することも可能とし、セパレース活性化を定量的に評価することも可能とした。
【0105】
上記示してきたように、本発明のセパレース・センサを用いて解析することにより、細胞分裂の詳細な機構を解析できることから、細胞分裂の異常である染色体不安定性、がん化の機構の解析、ひいては抗がん剤のスクリーニングを行うことも可能である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8