【実施例1】
【0012】
実施例1では、投写機能を有するヘッドライト装置について説明する。
図1は、ヘッドライト装置の全体構成を示すブロック図である。ヘッドライト装置1は、光源装置2、照明光学系3、映像表示素子4、投写光学系5、および映像信号制御部6を有して構成される。
【0013】
光源装置2は、放電ランプやLEDランプおよびリフレクタで構成される。あるいは、レーザ光源を利用してもよい。照明光学系3は光源装置2から出射された光をレンズにより集光し均一化して、映像表示素子4に入射させる。映像表示素子4は例えば液晶パネルであり、入射光を映像信号により変調して、投写する光学像を形成する。投写光学系5は、光学像を拡大し像面8に投写する。本実施例では、像面8が道路面の場合を対象とする。映像信号制御部6は、映像表示素子4に対して光学像を形成するための映像信号を供給する。
【0014】
投写像としてカラー映像を投写する場合は、照明光学系3にR,G,Bの色分離光学系を設け、映像表示素子4としてR,G,Bの液晶パネルで構成し、投写光学系5では色合成光学系を設ければよい。
【0015】
図2は、ヘッドライト装置1と像面8(道路面)の位置関係を示す図である。ヘッドライト装置1の投写光学系5から出射した映像光は、道路面である像面8へ投写される。以下、像面8(道路面)をXY面とし、道路の幅方向をX軸、走行方向をY軸、これに垂直な方向をZ軸とする。
【0016】
本実施例で実現する投写像の位置とサイズは例えば次の通りである。ヘッドライト装置1の出射位置(後述する投写光学系5内の自由曲面ミラー4の光軸中心)から像面8(道路面)に引いた垂線の長さ(Z軸方向)、すなわち投写距離Z
0は例えば700mmとする。これは、ヘッドライト装置1の道路面からの高さで決まる値である。また、投写像の長辺方向(Y軸方向)のサイズY
0は、例えば9519mm(=10061−542)という大画面サイズとする。これは、道路へ投写した映像が運転者や歩行者から視認しやすくするためである。その結果、投写距離と投写像のサイズの比で定義される投写比が、700/9519=0.07という極めて小さい値となり、このような小さい投写比を実現するため、投写光学系5では、広角化のための構成(特に自由曲面レンズと自由曲面ミラーの組み合わせ)としている。これにより、従来は実現困難であった投写比<0.1を達成している。
【0017】
図3は、
図1の投写光学系5の構成と光線方向を示す図である。
映像表示素子4を出射した映像光は、カバーガラス14と全反射プリズム(TIR)15で構成されるフィルタを通過し、同軸レンズ系11と自由曲面レンズ12で屈折作用を受け、自由曲面ミラー13で反射作用を受けた後で、像面8となる道路に投写される。
【0018】
同軸レンズ系11は、正の屈折力を持つレンズ群(レンズL
1〜レンズL
3)と、負の屈折力を持つレンズ群(レンズL
4〜レンズL
7)からなるレトロフォーカスタイプである。なお、各レンズL
1〜L
7は共通の光軸16を有している。
【0019】
各レンズの形状は、映像表示素子4の側から、ガラス製で正の屈折力を有し映像表示素子4の側(以下、入射側)に小さい曲率半径を向けたレンズL
1と、プラスチック製で入射側に凸面を向けたメニスカス形状の非球面レンズL
2と、ガラス製で正の屈折力を有し両凸形状のレンズL
3とする。さらに、ガラス製で正の屈折力を有し入射側に凹面を向けたメニスカス形状のレンズL
4と、ガラス製で負の屈折力を有し両凹形状のレンズL
5と、ガラス製で正の屈折力を有し入射側に凹面を向けたメニスカス形状のレンズL
6と、プラスチック製の奇数次非球面レンズで入射側に凹面を向けたメニスカス形状のレンズL
7とで構成した。
【0020】
自由曲面レンズ12は、プラスチック製で入射側に凹面を向けたメニスカスレンズ形状の自由曲面レンズL
8で構成している。
【0021】
自由曲面ミラー13は、ミラーの上側13aは凹面状、下側13bは凸面状とする自由曲面形状の自由曲面ミラーM
9で構成している。なお、ミラーM
9’は、ミラーM
9の曲面形状の特徴を分かりやすく表示するため、自由曲面係数を5倍に強調して示したものである。ミラーの上側13aから出射した光は、
図2の像面8の遠い位置(Y=10061mm側)の投写像を、またミラーの下側13bから出射した光は像面8の近い位置(Y=542mm側)の投写像を形成する。
【0022】
図4は、投写光学系のレンズデータの一例を示す図である。カバーガラスから自由曲面ミラーM
9までのデータを示す。曲率半径は曲率半径の中心位置が進行方向にある場合を正の符号で表している。面間距離は、各面の頂点位置から次の面の頂点位置までの光軸上の距離を表している。
【0023】
偏心はY軸方向の値であり、倒れはYZ平面内でX軸回りの回転である。偏心・倒れは、該当の面で偏心と倒れの順に作用し、「普通偏心」では、偏心・倒れが作用した新しい座標系上での面間距離の位置に次の面が配置される。一方、「ディセンタ&リターン(DAR)」では、偏心と倒れはその面でのみ作用し、次の面に影響しない。硝材名におけるPMMAは、プラスチックのアクリルである。
【0024】
図5は、自由曲面レンズL
8と自由曲面ミラーM
9の曲面形状データを示す図である。自由曲面形状ZはXYの多項式である数式1で定義され、多項式の各係数Cには
図5の数値を用いる。
【0025】
【数1】
【0026】
ここにレンズL
8とミラーM
9の形状は、それぞれの光軸(Z軸)に関して回転非対称な自由曲面形状であり、円錐項の成分とXYの多項式の項の成分で定義される。例えば、Xが2次(m=2)でYが3次(n=3)の場合は、j={(2+3)
2+2+3×3}/2+1=19でありC
19の係数が対応する。また、自由曲面のそれぞれの光軸の位置は、
図4のレンズデータにおける偏心・倒れの量によって定まる。
【0027】
図6は、非球面レンズL
2と非球面レンズL
7の曲面形状データを示す図であり、(a)はレンズL
2、(b)はレンズL
7のデータである。非球面形状Zは光軸からの高さhの多項式である数式2で定義され、多項式の各係数には
図6の数値を用いる。
【0028】
【数2】
【0029】
ここにレンズL
2とL
7の形状は、それぞれの光軸(Z軸)に関して回転対称な非球面形状であり、(a)に示す円錐項の成分と光軸からの高さhの4次から20次の偶数次の成分を用いて定義される。
【0030】
さらに非球面レンズL
7は奇数次多項式で表され、(a)の非球面形状に(b)の奇数次の成分を加えた形状である。その場合でも高さhは正の値なので、回転対称な形状となる。
【0031】
以下、本実施例による投写像の光学性能として、歪曲性能と、光量分布と、スポットサイズを説明する。
図7は、投写像の歪曲収差を示す図である。ヘッドライト装置から見た投写像は、X軸方向が横方向、Y軸方向が縦方向となる。映像表示素子4の映像表示範囲を破線で示し、像面8での映像表示範囲を実線で示す。また、映像の歪を示すため、映像表示素子4の映像表示範囲を横方向(X軸)に9分割、縦方向(Y軸)に16分割し、分割線の各交点から出射した光線が像面に投写される位置を表示している。ここで、映像表示素子4の映像表示範囲の中心位置から出射した光線が像面8に投写される位置は、同じ位置(○印)となるように表示している。
【0032】
標準的な映像表示素子4として、映像表示範囲のXサイズが6.1mm、Yサイズが9.8mmの長方形の場合を想定すると、アスペクト比は1.6である。
【0033】
これに対する投写像は奥行方向に広がった台形状となる。ヘッドライト装置に近い側(図面の底辺)のXサイズが1502mm、ヘッドライト装置から遠い側(図面の上辺)のXサイズが5317mmであり、5317/1502=3.5倍の違いがある。また、奥行方向のYサイズ(Y
0)は、
図2で示したように9519mmである。この時のアスペクト比は、Xサイズの平均値(X
0)である3410mmから求めれば、Y
0/X
0=9519/3410=2.8である。
【0034】
次に、このような投写像の形状を、運転者の眼からの距離で計算した視野角で説明する。
図2で示したヘッドライト装置からの投写像までのY軸方向の距離542〜10061mmに、運転者の眼からヘッドライト装置までの距離を2mと仮定し加算すると、運転者の眼から投写像までの距離は、2542〜12061mmになる。従って、運転者の眼の位置から見た視野角は、投写像の底辺でtan
−1(1502/2542)=31度、投写像の上辺でtan
−1(5317/12061)=24度となる。すなわち、投写像のXサイズは底辺と上辺とで3.5倍の違いがあるが、運転者の眼からの視野角では31/24=1.3倍の違いに縮小し、映像の歪が少なく見やすい映像と言える。
【0035】
また、アスペクト比に関し、十字状映像パターン(○印位置が中心)の縦横比で表現すると、Xサイズとして○印位置を通るX
0’=2557mmを用いて、Y
0/X
0’=9519/2557=3.7となり大幅に縦長である。これより、アスペクト比1.6の映像表示素子4を用いて、アスペクト比を3.7に大幅に拡大させた映像を投写することができる。このようにアスペクト比を拡大させて投写することで、運転者から視認しやすい映像を表示することができる。
【0036】
図8は、投写像の光量分布を示す図である。光量分布は、ヘッドライト装置に近い側(底辺)での光量が大きく、ヘッドライト装置から遠い側(上辺)での光量が小さくなる。これは、
図7で述べた投写像の台形化(Xサイズの変化)に対応している。これについても、
図7で説明したような運転者の視野角の補正を行えば、光量の差は縮小する。
【0037】
図9は、投写像のスポットサイズを示す図である。映像表示素子4の右側半面に25点の物点を配置し、これに対応する像面でのスポットサイズを表す。なお、この光学系は左右対称(Y軸に対して対称)なので、映像表示素子4全体では、45点の物点を配置したことに相当する。物点の座標は、映像表示素子4の映像表示範囲のサイズを最大値±1で規格化している。像面でのスポットサイズは各位置とも30mm以下となっているが、これを投写像全体のサイズと比較してみる。投写像サイズを、
図7に示した台形領域のY方向のサイズY
0=9519mmと、X方向の平均サイズX
0=3410mmで定義すると、398インチサイズに相当する。スポットサイズが30mm以下とは、398インチサイズに対しては0.3%以下に相当することから、良好なスポットサイズであることが分かる。
【0038】
このようにして、実施例1のヘッドライト装置の投写性能では、投写距離(Z軸方向)700mmに対して投写像のサイズ(Y軸方向の長さ)が9519mmとなり、投写比が0.07というかつてない大幅な広角化を実現できる。また、運転者から見た映像のアスペクト比も3.7という大幅に拡大させた映像を投写でき、運転者にとって見やすい映像を表示できる。
【実施例2】
【0039】
実施例2では、実施例1で述べたヘッドライト装置を搭載した車両装置について説明する。その際、投写像のアスペクト比を切り替える動作を行うが、投写像を道路に表示する場合、誰がどの方向からみるかで投写像の縦横比が変わる。そこで実施例2では、[運転者から見たアスペクト比]を、[運転者から見た投写像の縦方向サイズ]/[運転者から見た投写像の横方向サイズ]と定義する。
【0040】
図10は、実施例2にかかる車両装置を示す図である。車両装置(車両)10にはヘッドライト装置1が搭載され、道路9を像面8として映像を投写している。車両10には、図示しない走行速度検出部を有し、ヘッドライト装置1の映像信号制御部6は、車両の走行速度に応じて投写する映像を制御する。以下、具体的な映像制御の例を説明する。
【0041】
運転者が例えば右折指示の操作を行ったとき、ヘッドライト装置1から道路9に右折することを示す右曲がりの矢印の映像81を表示する。この表示映像81は運転者から見やすいように、走行方向(Y軸方向)に長い縦長のアスペクト比の矢印とする(例えばアスペクト比>2)。これは、道路に描画されている速度制限の例えば「60」の表示を縦長にしているのと同様の理由による。
【0042】
この状態で、車両10が右折する交差点などに近づくと運転者は車両の速度を落とす。映像信号制御部6は車両の速度の変化に対応して、表示映像82のようにアスペクト比の小さい矢印に切り替える(例えばアスペクト比=1)。この理由は、交差点で右折する場合、その右折先にいる相手の車両や横断歩道を渡る歩行者に対し、表示映像を視認しやすくするためである。その結果、右折車の存在を周囲に知らせることで、交通事故を防止する効果がある。
【0043】
ここでは、車両が右折する場合を述べたが、左折する場合にも有効であることは言うまでもない。また、表示映像のアスペクト比の変更と同時に、表示映像の色を赤色のような認識性の高い色に変更することや、表示映像を点滅させることも有効である。
【0044】
図11は、ヘッドライト装置1の映像信号制御部6の動作を説明する図である。映像信号制御部6は、映像信号生成部61と表示アスペクト比変更部62を有する。映像信号生成部61は、運転者の操作情報を受け、所定の映像信号を生成して映像表示素子4に供給する。例えば、右折する運転操作情報を受けると、右曲りの矢印の映像信号を映像表示素子4に供給し、投写光学系5から道路に右曲がりの矢印の映像81を表示する。
【0045】
一方表示アスペクト比変更部62は、車両装置10の走行速度検出部から走行速度の情報を取得する。表示アスペクト比変更部62は、現在走行速度を予め定めた閾値と比較し、閾値より大きいか否かで表示するアスペクト比を決定し、映像表示素子4に供給する信号を切り替える。映像のアスペクト比を切り替えるには、映像パターンの縦方向サイズを拡大/縮小させる映像処理を行う方法、映像パターンの縦横比が異なるものを用意してパターンを選択する方法、などがある。あるいは映像の種類によっては、映像パターンはそのままで、表示範囲(照射範囲)を一部のみとする(例えば、上端部と下端部を暗くする)方法でもよく、いずれも見かけ上の表示映像の縦横比を変更することができる。
【0046】
このように本実施例では、車両の走行状態に応じて道路上の映像の表示範囲を切り替えることができ、交通事故の防止に寄与する効果がある。