【実施例】
【0031】
次に、いくつかの実験結果によって、上記実施形態をより詳細に説明する。
【0032】
表1に、実験に用いたCu−Cr合金粉末の組成を、比較のための純CuおよびCu−Ni合金粉末とともに示す。分析はICP発光分光分析法により行った。成分のうちZrとTiは他の不純物を除去する目的で、熱処理効果を阻害しない範囲で、微量を添加したものである。表中に示した元素以外の残部はCuおよび意図しない不可避的不純物である。
【0033】
【表1】
【0034】
各Cu合金を用いて、SLS法により、後述する各種特性測定用の試験片を作製した。作製はYbファイバーレーザーを用いた粉末積層造形システム(EOS GmbH、M290)を用い、積層厚0.02〜0.06mm、レーザー出力200〜400Wの条件で行った。ただし、比較のための純Cuの試験片は、同様なSLM法により作製した。
【0035】
電気伝導率測定用の試験片は、3mm×3mm×80mmの角柱状で、厚さ3mmの方向に積層して作製した。電気伝導率は、電気抵抗測定装置(株式会社アグネ技術センター、ARC−TER−1型)を用い、直流四端子法で測定した電気抵抗率から算出した。測定は室温で、または後述する各設定温度に保持しながら、アルゴン(Ar)雰囲気中で行った。なお、本明細書中で、電気伝導率は焼鈍標準軟銅に対する比(%IACS)で示す。焼鈍標準軟銅の電気抵抗率は、1.7241×10
−2μΩ・mである。
【0036】
熱伝導率測定用の試験片は、直径10mm、厚さ3mmのコイン型で、1つの直径の方向に積層して作製した。熱伝導率の測定は、レーザーフラッシュ法を用いて真空中で行った。いくつかの試料については、熱伝導率から下記ウィーデマン・フランツの法則を用いて電気伝導率を推算した。
【0037】
金属の電気伝導率と熱伝導率の間には次式の関係があり、ウィーデマン・フランツの法則として知られている。
K/σ=LT
ここで、K:熱伝導率、σ:電気伝導率、L:ローレンツ数、T:絶対温度。ローレンツ数(L)は理論的には次式で与えられる。
L=(π
2/3)・(k
B/e)
2
=2.44×10
−8WΩK
−2
ここで、k
B:ボルツマン定数、e:電気素量。
【0038】
機械特性測定用の試験片は、
図2に示した形状を有し、その長手方向に積層して作製した。機械特性の測定は、オートグラフを用い、室温で、ひずみ速度0.001/sの引張試験により行った。ひずみ測定はビデオ式非接触伸び計(株式会社島津製作所、TRView X120S)を用いて行った。
【0039】
積層造形物への熱処理の影響を調べるため、電気伝導率測定用のサンプルを用いて、温度を段階的に50℃ずつ上げながら、Ar雰囲気中で電気抵抗率を測定した。各設定温度間の昇温速度は60℃/分とし、各設定温度に到達後、試料内の温度分布が一様になるまで数分〜10分待って測定を行った。結果を表2に導電率(%IACS)に換算して示す。温度は表2の上から下に向かって600℃まで変化させ、最後に室温(最下段)に冷却した。また、同じ結果を
図2にプロットして示す。
図2では測定された電気抵抗率をそのまま示した。
【0040】
【表2】
【0041】
表2と
図2において、純Cuの電気抵抗率は温度上昇とともに直線的に大きくなっている。Cu−Cr合金の試料ではいずれも、室温からの温度上昇とともに電気抵抗率が大きくなるが、300℃以上で傾きが小さくなって熱処理の効果が認められた。400℃以上では、熱処理の効果が明確であった。特にCu0.6CrとCu1.4Crの試料では、500℃で純Cuと同等の電気抵抗率が得られた。Cu2.4Niでは、温度上昇とともに電気抵抗率が直線的に高くなり続け、600℃までの範囲では熱処理の効果が見られなかった。
【0042】
合金元素としてのCrとNiの違いは、CuへのCrの飽和固溶量が小さいのに対して、CuとNiは全域で固溶体を形成することである。そのためCu2.4Niでは、熱処理をしても析出相が形成されなかったためと考えられる。
【0043】
また、特許文献1では合金元素としてSiを用いても同様の効果があるとされる。特許文献1はどのようなメカニズムによって特性が改善されるのかを説明しないが、SiのCuへの飽和固溶量が4〜5質量%であることを考慮すると、本実施例とはメカニズムが異なると思われる。
【0044】
次に、熱処理の他の特性への効果を見るために、3種類の試験片を準備して、熱処理前(積層造形まま材)と、500℃で2時間、Ar気流中で保持した後に電気伝導率測定、熱伝導率測定および引張試験を行った。結果を表3に示す。
【0045】
【表3】
【0046】
表3から、Cu−Cr合金の試料ではいずれも、500℃×2時間の熱処理によって電気伝導率および熱伝導率が向上したことが分かる。また、0.2%耐力と引張強さが大きくなるとともに破断伸びが小さくなっており、機械特性の変化が析出硬化によることが示唆された。Cu−Ni合金では、Cu2.4Niの電気伝導率が熱処理によって向上しないことを表2および
図2の結果で説明したが、Cu20Niについても、500℃×2時間の熱処理によって機械強度が向上しないことが確認できた。なお、純Cuの熱処理は行わなかったが、市販の焼鈍材の引張強さは約200MPaである。
【0047】
次に、熱処理温度の影響を見るために、Cu1.4Crについて、熱処理温度を400、500、600、800℃と変えて、熱伝導率と機械特性の測定を行った。処理時間はいずれも2時間である。結果を表4に示す。表4には参考のために、ウィーデマン・フランツの法則を用いて熱伝導率から算出した電気伝導率を併せて示した。表4の最も左の欄は熱処理しない試料(積層造形まま材)の結果である。表4の最も右の欄は、800℃で2時間熱の処理後、水冷し、さらに500℃で2時間熱処理した試料の結果である。
【0048】
【表4】
【0049】
表4から、熱伝導率は400〜800℃×2時間の熱処理によって顕著に向上し、特に600℃×2時間の熱処理では、積層造形まま材の約4倍に向上した。0.2%耐力は400〜600℃×2時間の熱処理によって顕著に向上し、特に500℃×2時間の熱処理では、積層造形まま材の約3倍に向上した。引張強さは400〜800℃×2時間の熱処理によって顕著に向上し、特に500℃×2時間の熱処理では、積層造形まま材の約2.5倍に向上した。破断伸びは、熱処理によって小さくなっており、これらの機械特性の変化が析出硬化によることが示唆された。800℃×2時間+500℃×2時間の熱処理を行った試料は、機械特性は800℃×2時間の熱処理と同様の値を示し、熱伝導率は最も高い値を示した。なお、熱伝導率から算出した電気伝導率の計算値は、実測値とよく一致した。
【0050】
次に、熱処理時間の影響を見るために、Cu1.4Crについて、熱処理温度を500℃として、時間を5分から10時間まで変えて、熱伝導率と機械特性の測定を行った。結果を表5に示す。表5には参考のために、ウィーデマン・フランツの法則を用いて熱伝導率から算出した電気伝導率を併せて示した。表5の最も左の欄は熱処理しない試料(積層造形まま材)の結果である。
【0051】
【表5】
【0052】
表5から、5分間の熱処理によって、すでに効果が表れている。熱伝導率は500℃×5分〜10時間の熱処理によって顕著に向上し、30分で約3倍に達し、熱処理時間が長くなるほど向上している。0.2%耐力は500℃×5分〜10時間の熱処理によって顕著に向上し、特に500℃×30分の熱処理では、積層造形まま材の3倍以上に向上した。引張強さは500℃×5分〜10時間の熱処理によって顕著に向上し、特に500℃×30分の熱処理では、積層造形まま材の2.5倍以上に向上した。破断伸びは、熱処理によって小さくなっており、熱処理による機械特性の変化が析出硬化によることが示唆された。
【0053】
次に、Cu5Cr、Cu10Cr、Cu20Crについて、熱処理の機械特性への影響を調べた。結果を表6〜表8に示す。それぞれ最も左の欄は熱処理しない試料(積層造形まま材)の結果である。また、それぞれの最も右の欄は、800℃で2時間熱の処理後、水冷し、さらに500℃で2時間熱処理した試料の結果である。
【0054】
【表6】
【0055】
【表7】
【0056】
【表8】
【0057】
表6〜8の結果をCu0.6CrおよびCu1.4Crと比較すると、Cr含有量が多い試料は、積層造形まま材の段階ですでに高い機械強度を有している。これは、Cr含有量が多いと、付加製造過程における合金融液の凝固時に、すでにCr相が析出するためと考えられる。また、表6〜8のいずれにおいても、500℃での熱処理によって機械強度は0.2%耐力、引張強さともに向上するが、800℃での熱処理によって機械強度はむしろ低下している。一方、破断伸びは800℃での熱処理によって少し大きくなっている。800℃×2時間+500℃×2時間の熱処理後の機械特性が800℃×2時間の熱処理後と変わらなかったことは、Cu1.4Crについての表4の結果と同様である。Cu5Cr、Cu10Cr、Cu20Crのいずれも同様の傾向を示しており、付加製造と熱処理により同じメカニズムで機械特性が変化したものと考えられる。したがって、この熱処理方法は幅広い組成範囲に適用できることが分かった。
【0058】
次に、いくつかの試料について、断面の走査電子顕微鏡(SEM)像を撮影した。
図3に、Cu1.4CrのSEM像を示す。各像の下にある白いバーの長さが100nmである。
【0059】
図3より、積層造形まま材では析出物が観察されず、500℃×5分でCr相が析出している。このことは表5の結果と整合する。また、積層造形まま材の組織は、純Cu(図示せず)のそれとよく似ていた。また、Cu5Crでは、積層造形まま材でも径が数十〜100nm程度の析出物が観察された(図示せず)。
【0060】
本発明は、上記の実施形態や実施例に限定されるものではなく、その技術的思想の範囲内で変形が可能である。
【0061】
例えば、上記実施形態と実施例では付加製造時の熱源がレーザー光であったが、熱源として電子ビームを用いてもよい。