(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1の方法は、ポリマーが衝撃を吸収するものであり、ガラス板自体の端面の耐衝撃性を向上することはできない。また、特許文献1に記載のように、ガラス板の端面にポリマーコートを施す方法は、ポリマーコートを形成するための樹脂原料が必要となり、ガラス板の端面に樹脂原料を付着させる工程を行う必要がある。従って、特許文献1に記載の方法では、ガラス板を用いた製品の製造効率が低下したり、製造コストが高くなったりするという問題がある。
【0005】
本発明の主な目的は、端面の耐衝撃性に優れたガラス物品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係るガラス物品は、主面に圧縮応力層を有するガラス物品である。本発明に係るガラス物品の端面は、外側に向かって突出した曲面状の曲面部を有する。本発明に係るガラス物品では、下記の式(1)
D≧c(6.637(t/R)+1.123) ……… (1)
が満たされる。
【0007】
式(1)において、
t(mm):ガラス物品の厚み、
R(mm):曲面部の頂部の曲率半径、
c(μm):端面におけるクラックの深さの最深値、
D(μm):端面における圧縮応力層の平均深さ、
である。
【0008】
本発明に係るガラス物品において、下記の式(2)
D≦c(6.637(t/R)+4.122) ……… (2)
がさらに満たされることが好ましい。この場合、ガラス物品の端面に衝撃が加わった時の耐衝撃性のみならず、ガラス物品の主面に衝撃が加わった時の耐衝撃性も向上することができる。
【0009】
本発明に係るガラス物品において、下記の式(3)
0.571≦R/t≦2.857 ……… (3)
がさらに満たされることが好ましい。この場合、ガラス物品の主面に衝撃が加わった時の耐衝撃性をさらに向上することができる。
【0010】
本発明に係るガラス物品は、板状であってもよい。本発明に係るガラス物品の厚みtは、0.1mm〜5mmの範囲内にあることが好ましい。
【0011】
本発明に係るガラス物品の端面の全体が曲面部により構成されていてもよい。
【0012】
本発明に係るガラス物品の製造方法では、ガラス物品の端面に、外側に向かって突出した曲面状の曲面部を形成する。曲面部が形成されたガラス物品と強化液とを接触させることによりガラス物品を化学強化する強化工程を行う。強化工程における強化液の濃度、強化液とガラス物品とを接触させる時間、及び強化液の温度の少なくともひとつを、ガラス物品の厚み、曲面部の頂部における曲率半径及び端面におけるクラックの深さの最深値に応じて調整する。
【0013】
本発明に係るガラス物品の製造方法では、下記の式(1)
D≧c(6.637(t/R)+1.123) ……… (1)
が満たされるように強化工程を行うことが好ましい。
【0014】
式(1)において、
t(mm):ガラス物品の厚み、
R(mm):曲面部の頂部の曲率半径、
c(μm):端面におけるクラックの深さの最深値、
D(μm):端面における圧縮応力層の平均深さ、
である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、端面の耐衝撃性に優れたガラス物品を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を実施した好ましい形態の一例について説明する。但し、下記の実施形態は、単なる例示である。本発明は、下記の実施形態に何ら限定されない。
【0018】
図1は、本実施形態に係るガラス物品の模式的断面図である。
図1に示すガラス物品10は、第1の主面10aと、第2の主面10bと、端面10cとを有する。本実施形態では、第1の主面10aと、第2の主面10bとは、平面である。端面10cは、第1の主面10aと、第2の主面10bとを接続している。本実施形態では、ガラス物品10は、板状であり、詳細には、平板状である。但し、本発明において、ガラス物品が平板状である必要は必ずしもない。ガラス物品は、例えば、曲板状、管状、筐状等であってもよい。
【0019】
ガラス物品10の厚みは、例えば、0.1mm〜5mmであることが好ましく、0.3mm〜2mmであることがより好ましく、0.4mm〜1.5mmであることがさらに好ましい。
【0020】
ガラス物品10は、第1及び第2の主面10a、10bのそれぞれに圧縮応力層11,12を有する。圧縮応力層11,12は、例えば、イオン交換法等で化学強化されることにより形成されたものであってもよいし、風冷強化により形成されたものであってもよい。本実施形態では、圧縮応力層11,12が、化学強化により形成されたものである例について説明する。
【0021】
ガラス物品10の端面10cは、断面視において外側方向(
図1の矢印Aで示される方向)に向かって突出した曲面状の曲面部10c1を有する。曲面部10c1は、端面10cの断面視における最頂部に形成されている。端面10cの一部が曲面部10c1により構成されていてもよい。例えば、端面10cが、曲面部10c1及びテーパー部を有していてもよい。この場合、
図2に示されるように、曲面部10c1は、各々、テーパー部10c2,10c3を介して第1及び第2の主面10a、10bと接続されている。また、端面10cの全体が曲面部10c1により構成されていてもよい。この場合、第1の主面10aと第2の主面10bとが曲面部10c1により接続されている。
【0022】
曲面部10c1の横断面形状は、円弧状であってもよいし、楕円弧状、長円弧状等であってもよい。また、曲面部10c1は、相互に異なる曲率半径を有する複数の曲面部により構成されていてもよい。
【0023】
ガラス物品10の製造方法は、特に限定されない。例えば、ガラス物品10は、以下の要領で製造することができる。
【0024】
まず、組成として、アルカリ金属を含む未強化ガラス物品を用意する。具体的には、例えば、ガラス組成として、質量%で、SiO
2を50%〜80%、Al
2O
3を5%〜35%、B
2O
3を0〜15%、Na
2Oを1%〜20%、K
2Oを0%〜10%及びMgOを0%〜10%を含有するガラスとなるようにガラス原料を混合及び溶融し、溶融ガラスをオーバーフローダウンドロー法やフロート法等の成形方法で板状に成形して未強化ガラス物品を得る。
【0025】
次いで、得られた未強化ガラス物品の端面に、外側に向かって突出した曲面状の曲面部10c1を形成する。曲面部10c1の形成方法としては、例えば、未強化ガラス物品の端面を溝付砥石の溝部に押し当てて研削加工することによって曲面部10c1を形成する方法等が挙げられる。
【0026】
その後、曲面部が形成された未強化ガラス物品と強化液とを接触させることにより、未強化ガラス物品を化学強化する(強化工程)。この際、形成される圧縮応力層の深さ等が以下に説明する条件を満たすように未強化ガラス物品を化学強化することによって、強化ガラス物品であるガラス物品10を完成させることができる。
【0027】
ところで、強化ガラス物品において、端面に存在するマイクロクラックからクラックが進展することに起因する破損を抑制する観点からは、マイクロクラックの先端部における圧縮応力を大きくしておくことが好ましいと考えられる。マイクロクラックの先端部における圧縮応力を大きくしておくと、端面に衝撃が加わった際にマイクロクラックの先端部に引張応力が作用し難いためである。このため、端面の耐衝撃性を向上する観点からは、圧縮応力深さ(DOL)を深くしてマイクロクラックの先端部における圧縮応力を大きくしておくことが好ましいと考えられる。
【0028】
そして、圧縮応力深さ(DOL)を大きくするほど端面の耐衝撃性が向上すると考えられる。しかしながら、本発明者らは、上述した端面形状を有する強化ガラス物品においては、圧縮応力深さ(DOL)を所定の閾値以上に大きくすると、端面の耐衝撃性があまり向上しなくなることを見出した。以下の説明では、このような所定の閾値を「臨界圧縮応力深さ(DOL)」と呼ぶこととする。
【0029】
本発明者らは、さらに鋭意研究の結果、臨界圧縮応力深さ(DOL)は、曲面部10c1の頂部の曲率半径(R)に対する、ガラス物品10の厚み(t)の比(t/R)と相関することを見出した。より具体的には、下記の実験例の結果からも分かるとおり、臨界圧縮応力深さ(DOL)と、曲面部10c1の頂部の曲率半径(R)に対する、ガラス物品10の厚み(t)の比(t/R)とは、下記の式(A)を実質的に満たすことを見出した。
【0030】
臨界圧縮応力深さ(DOL)=c(6.637(t/R)+1.123) ……… (A)
但し、
t(mm):ガラス物品の厚み、
R(mm):曲面部の頂部の曲率半径、
c(μm):端面におけるクラックの深さの最深値、
D(μm):端面における圧縮応力層の平均深さ、
である。
【0031】
なお、本発明において、端面におけるクラックの深さの最深値c(μm)の測定は、端面に形成された複数のクラック各々の深さを測定し、それらの平均値および標準偏差に基づき求めた99%信頼区間におけるクラックの最深値を示すものとする。
【0032】
本発明者らは、上記知見に基づき、強化工程における強化液の濃度、強化液とガラス物品とを接触させる時間、及び強化液の温度の少なくともひとつを、ガラス物品10の厚み(t)、曲面部10c1の頂部における曲率半径及び端面10cにおけるクラックの深さの最深値に応じて調整することにより、端面における耐衝撃性に優れたガラス物品10を製造し得ることに想到した。
【0033】
具体的には、本発明者らは、上記知見に基づき、下記の式(1)を満たすようにすることにより、圧縮応力深さ(DOL)が十分に大きく、端面における耐衝撃性に優れたガラス物品10を実現できることに想到した。
【0034】
D≧c(6.637(t/R)+1.123) ……… (1)
ところで、強化ガラス物品の主面の耐衝撃性は、圧縮応力(CS)に大きく左右される。圧縮応力(CS)が大きいほど、強化ガラス物品の主面の耐衝撃性は向上する。このことから、強化ガラス物品の主面の耐衝撃性と、強化ガラス物品の端面の耐衝撃性との両方を向上するためには、圧縮応力深さ(DOL)と圧縮応力(CS)との両方を大きくすることが好ましい。
【0035】
しかしながら、圧縮応力深さ(DOL)と圧縮応力(CS)とは、トレードオフの関係にある。圧縮応力深さ(DOL)を大きくすると圧縮応力(CS)が小さくなる傾向にある。一方、圧縮応力(CS)を大きくすると圧縮応力深さ(DOL)が小さくなる傾向にある。このため、圧縮応力深さ(DOL)と圧縮応力(CS)との両方を大きくすることは困難である。
【0036】
その点、上記式(1)を満たす範囲で、端面における圧縮応力層の平均深さDを小さくすれば、端面における優れた耐衝撃性を維持しつつ、圧縮応力(CS)を大きくすることができる。従って、端面における優れた耐衝撃性と、主面における優れた耐衝撃性との両立を図ることができる。また、端面における圧縮応力層の平均深さDを小さくするために、強化処理の時間を短縮するなどすれば、ガラス物品10の生産性を向上することができる。この観点からは、ガラス物品10が、下記の式(2)を満たすことが好ましい。また、ガラス物品10が、下記の式(1−1)を満たすことが好ましく、下記の式(1−2)を満たすことがより好ましい。
【0037】
D≦c(6.637(t/R)+4.122) ……… (2)
D≦c(6.637(t/R)+3.121) ……… (1−1)
D≦c(6.637(t/R)+2.120) ……… (1−2)
また、ガラス物品10は、下記の式(3)を満たすことがより好ましく、下記の式(3−1)を満たすことがより好ましい。
【0038】
0.571≦R/t≦2.857 ……… (3)
1.142≦R/t≦1.571 ……… (3−1)
R/tが小さすぎると、曲面部10c1の先端部が尖鋭になりすぎ、曲面部10c1に他の物体が衝突したときに曲面部10c1の先端に大きな応力が加わりやすくなるためである。一方、R/tが大きすぎると、端面10cと主面10a、10bとの間の稜線部が尖鋭になりすぎ、当該稜線部に他の物体が衝突したときに稜線部に大きな応力が加わりやすくなるためである。
【0039】
(実験例)
まず、下記のサンプル1〜24を作製した。サンプル1,7,13,19の端面の断面形状を表す断面図を
図3〜
図6に示す。各サンプルは、ガラス組成として質量%で、SiO
2を66%、Al
2O
3を14.2%、Na
2Oを13.4%、K
2Oを0.6%、Li
2Oを0.1%、B
2O
3を2.3%、MgOを3.0%及びSnO
2を0.4%含有する。
【0040】
〔サンプル1〜6〕
寸法:40mm×22mm×0.7mm
端面を構成している曲面部の先端部における曲率半径:2mm
端面における圧縮応力深さ(DOL):
サンプル1:0μm(未強化)
サンプル2:10μm
サンプル3:20μm
サンプル4:30μm
サンプル5:40μm
サンプル6:50μm
〔サンプル7〜12〕
寸法:40mm×22mm×0.7mm
端面を構成している曲面部の先端部における曲率半径:1.1mm
端面における圧縮応力深さ(DOL):
サンプル7:0μm(未強化)
サンプル8:10μm
サンプル9:20μm
サンプル10:30μm
サンプル11:40μm
サンプル12:50μm
〔サンプル13〜18〕
寸法:40mm×22mm×0.7mm
端面を構成している曲面部の先端部における曲率半径:0.8mm
端面における圧縮応力深さ(DOL):
サンプル13:0μm(未強化)
サンプル14:10μm
サンプル15:20μm
サンプル16:30μm
サンプル17:40μm
サンプル18:50μm
〔サンプル19〜24〕
寸法:40mm×22mm×0.7mm
端面を構成している曲面部の先端部における曲率半径:0.4mm
端面における圧縮応力深さ(DOL):
サンプル19:0μm(未強化)
サンプル20:10μm
サンプル21:20μm
サンプル22:30μm
サンプル23:40μm
サンプル24:50μm
[端面におけるクラックの深さの最深値c(μm)の測定]
各サンプルにつき、5つの断面を露出させ、その各断面を、金属顕微鏡を用いて500倍に拡大してクラックを観察した。その結果、観察されたクラック数が20以下である場合には、他の断面を露出させ、同様にクラックを観察した。そして、クラック数が20以上である5つの断面において、観察された各クラックの深さを測定した。そして、最も深いクラックの深さを、端面におけるクラックの深さの最深値c(μm)として求めた。具体的には、各端面に形成された複数のクラックの深さの平均値および標準偏差に基づき求めた99%信頼区画において最も深いクラックの深さを最深値c(μm)として求めた。その結果、サンプル1〜24の全てにおいて、端面におけるクラックの深さの最深値c(μm)は、5.7μmであった。
【0041】
[端面の耐衝撃性の評価]
図7は、端面の耐衝撃性の評価方法を説明するための模式図である。
図7に示すように、水平方向に対して32°傾斜した傾斜面30の下端部に、板面方向が傾斜面30と平行となるようにサンプルSを固定した。傾斜面30の上方から、先端部が曲率半径2.5mmの半円筒状である190gのSUS製ヘッド31を傾斜面30に沿って滑り落とし、サンプルSが破損したときのSUS製ヘッド31の滑走距離Lを求めた。結果を、
図8〜
図11に示す。
【0042】
図8及び
図11に示す結果から、曲面部の頂部の曲率半径R(mm)が、2.0mm、1.1mm、0.8mmのときの臨界圧縮応力深さ(DOL)を決定した。結果を
図12に示す。
【0043】
なお、臨界圧縮応力深さ(DOL)は、あるサンプルの滑走距離が、そのサンプルの圧縮応力深さよりも10μm小さな圧縮応力深さのサンプルの滑走距離の115%以下であるときに、そのサンプルの圧縮応力深さを臨界圧縮応力深さ(DOL)とした。曲面部の頂部の曲率半径R(mm)が0.4mmのサンプル19〜24では、そのようなサンプルが存在しなかったため、臨界圧縮応力深さ(DOL)が決定できなかった。
【0044】
図12に示すように、t/Rと臨界圧縮応力深さ(DOL)とは、ほぼ一次相関していることが分かる。近似直線L1は、下記の式(4)で表された。
【0045】
臨界圧縮応力深さ(DOL)=5.7×(6.637(t/R)+1.123) ……… (4)