(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
水平面で切断したモールド内面の輪郭形状が長方形であるモールドを用いる鋼の連続鋳造において、前記長方形の長辺を構成する2つのモールド内壁面を「長辺面」、短辺を構成する2つのモールド内壁面を「短辺面」、長辺面に平行な水平方向を「長辺方向」、短辺面に平行な水平方向を「短辺方向」と呼ぶとき、
モールド内の長辺方向および短辺方向の中心に設置された浸漬ノズルであって、そのノズル中心を通り短辺面に平行な平面に対して対称形の2つの吐出孔を有する浸漬ノズルから、質量%で、C:0.005〜0.150%、Si:0.10〜3.00%、Mn:0.10〜6.50%、Ni:1.50〜22.00%、Cr:15.00〜26.00、Mo:0〜3.50%、Cu:0〜3.50%、N:0.005〜0.250%、Nb:0〜0.80%、Ti:0〜0.80%、V:0〜1.00%、Zr:0〜0.80%、Al:0〜1.500%、B:0〜0.010%、希土類元素とCaの合計:0〜0.060%、残部Feおよび不可避的不純物からなり、下記(4)式で定義されるA値が20.0以下である化学組成のオーステナイト系ステンレス鋼の溶鋼を吐出するとともに、少なくとも長辺方向中央位置の凝固シェル厚さが5〜10mmとなる深さ領域における凝固シェル近傍の溶鋼に、双方の長辺側で互いに逆方向の長辺方向流れが生じるように電力を印加して電磁撹拌(EMS)を行い、下記(1)式を満たすように連続鋳造条件をコントロールする、オーステナイト系ステンレス鋼スラブの製造方法。
10<ΔT<50×FEMS+10 …(1)
ただし、ΔTおよびFEMSはそれぞれ下記(2)式および(3)式により表される。
ΔT=TL−TS …(2)
FEMS=VEMS×(0.18×VC+0.71) …(3)
ここで、TLは長辺方向1/4位置かつ短辺方向1/2位置における平均湯面深さ20mmでの平均溶鋼温度(℃)、TSは当該溶鋼の凝固開始温度(℃)、FEMSは撹拌強度指標、VEMSは電磁撹拌によって付与される長辺方向中央位置の凝固シェル厚さが5〜10mmとなる深さ領域の長辺方向平均溶鋼流速(m/s)、VCは鋳造スラブ長手方向の進行速度に相当する鋳造速度(m/min)である。
A=3.647(Cr+Mo+1.5Si+0.5Nb)−2.603(Ni+30C+30N+0.5Mn)−32.377 …(4)
ここで(4)式の元素記号の箇所には質量%で表される当該元素の含有量の値が代入される。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
発明者らの検討によれば、オーステナイト系ステンレス鋼の薄板鋼帯に顕在化して、特に美麗な表面外観が要求される用途で問題となりやすい表面疵は、主として連続鋳造スラブの長手方向(すなわち鋳造方向)に生じた割れを伴う表面欠陥に起因するものであることが確認されている。以下、この種のスラブ表面の欠陥を「鋳造方向表面欠陥」と呼ぶ。鋳造方向表面欠陥に起因する薄板鋼帯での表面疵の発生は、特許文献1に開示されているようなオッシレーションマークの平滑化を施しても解決には至らない。
【0006】
発明者らの調査によると、上記の連続鋳造スラブの鋳造方向表面欠陥は以下のようにして生じるものであると考えられる。
連続鋳造工程の鋳型内における冷却が不均一になると、凝固シェルの厚さの不均一が生じ、その後に凝固収縮や溶鋼静圧に起因する応力がここに集中することにより微細な割れが発生する。これがスラブ表面において鋳造方向表面欠陥として現れる。その割れは既に形成されている凝固シェルを破るほどの深さには成長しないため連続鋳造の操業に支障を来すような深刻な事態には至らない。
【0007】
上記の局所的な冷却速度の低下が生じる原因は必ずしも特定できないが、鋳造方向表面欠陥の箇所を観察すると周囲よりも窪んでいることが多いことから、凝固初期にモールドから局所的に凝固シェルが離れる現象が生じているものと考えられる。これには、モールドパウダーの流入の不均一や、凝固シェルの凝固収縮に伴う変形の不均一などの複数の要因が考えられる。また、この種の鋳造方向表面欠陥は、フェライト系ステンレス鋼種などと比べ、オーステナイト系ステンレス鋼種において特に問題となりやすいが、これは凝固モードの違いに起因するものと考えられている。
【0008】
鋳型内冷却の不均一は、強冷却条件で助長されることが知られており、従来から鋳型における緩冷却によって、スラブ表面の鋳造方向表面欠陥発生を抑制する手段が提案されている。例えば、特許文献4では、結晶化しやすいモールドパウダーを使用することにより、モールドパウダー層の熱抵抗を増大させて凝固シェルを緩冷却することが提案されている。しかし、モールドパウダーだけでは緩冷却の効果は十分とは言えず、オーステナイト系ステンレス鋼スラブの表面鋳造方向表面欠陥を根絶するに至っていない。また、モールドパウダーの変更は、オシレーションマーク深さなど、他の品質因子への影響や、ブレークアウト発生への影響があるため、簡単ではない。特許文献5では、鋳型内壁面に熱伝導率の低い金属を充填することにより、鋳型の緩冷却化を実現している。しかし、これだけではスラブ表面の鋳造方向表面欠陥を完全に抑止することはできない。また、この種の鋳型を適用する場合、鋳造方向表面欠陥が問題となる鋼種のみに適用することはできず、全鋼種に適用することになるため、それらの鋼種においては別の表面品質悪化要因となり得る。
【0009】
本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼において、連続鋳造スラブの長手方向(すなわち鋳造方向)に生じる上記「鋳造方向表面欠陥」を安定して顕著に抑制する連続鋳造技術を開示し、グラインダーによる連続鋳造スラブ表面の手入れを省略しても薄板鋼帯にまで加工した際に表面疵が極めて生じにくいオーステナイト系ステンレス鋼の連続鋳造スラブを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記事情に鑑みて、発明者らは、オーステナイト系ステンレス鋼スラブ表面の鋳造方向表面欠陥の抑制方法を鋭意研究した結果、「鋳造温度の低温化」と「モールド内電磁撹拌」を組み合わせることで、モールドにおける均一緩冷却を実現する手法を見いだした。その手法を適用すると、既存の連続鋳造設備において鋳造方向表面欠陥を安定して顕著に抑制することが可能であることが確認された。本発明はこのような知見に基づくものである。
【0011】
すなわち本発明では、以下の発明を開示する。
水平面で切断したモールド内面の輪郭形状が長方形であるモールドを用いる鋼の連続鋳造において、前記長方形の長辺を構成する2つのモールド内壁面を「長辺面」、短辺を構成する2つのモールド内壁面を「短辺面」、長辺面に平行な水平方向を「長辺方向」、短辺面に平行な水平方向を「短辺方向」と呼ぶとき、
モールド内の長辺方向および短辺方向の中心に設置された2つの吐出孔を有する浸漬ノズルから、質量%で、C:0.005〜0.150%、Si:0.10〜3.00%、Mn:0.10〜6.50%、Ni:1.50〜22.00%、Cr:15.00〜26.00、Mo:0〜3.50%、Cu:0〜3.50%、N:0.005〜0.250%、Nb:0〜0.80%、Ti:0〜0.80%、V:0〜1.00%、Zr:0〜0.80%、Al:0〜1.500%、B:0〜0.010%、希土類元素とCaの合計:0〜0.060%、残部Feおよび不可避的不純物からなり、下記(4)式で定義されるA値が20.0以下である化学組成のオーステナイト系ステンレス鋼の溶鋼を吐出するとともに、少なくとも長辺方向中央位置の凝固シェル厚さが5〜10mmとなる深さ領域における凝固シェル近傍の溶鋼に、双方の長辺側で互いに逆方向の長辺方向流れが生じるように電力を印加して電磁撹拌(EMS)を行い、下記(1)式を満たすように連続鋳造条件をコントロールする、オーステナイト系ステンレス鋼スラブの製造方法。
10<ΔT<50×F
EMS+10 …(1)
ただし、ΔTおよびF
EMSはそれぞれ下記(2)式および(3)式により表される。
ΔT=T
L−T
S …(2)
F
EMS=V
EMS×(0.18×V
C+0.71) …(3)
ここで、T
Lは長辺方向1/4位置かつ短辺方向1/2位置における平均湯面深さ20mmでの平均溶鋼温度(℃)、T
Sは当該溶鋼の凝固開始温度(℃)、F
EMSは撹拌強度指標、V
EMSは電磁撹拌によって付与される長辺方向中央位置の凝固シェル厚さが5〜10mmとなる深さ領域の長辺方向平均溶鋼流速(m/s)、V
Cは鋳造スラブ長手方向の進行速度に相当する鋳造速度(m/min)である。
A=3.647(Cr+Mo+1.5Si+0.5Nb)−2.603(Ni+30C+30N+0.5Mn)−32.377 …(4)
ここで(4)式の元素記号の箇所には質量%で表される当該元素の含有量の値が代入される。
【0012】
上記の連続鋳造において、さらに下記(5)式をも満たすように連続鋳造条件をコントロールすることがより好ましい。(5)式に代えて下記(6)式を採用してもよい。
ΔT≦25 …(5)
ΔT≦20 …(6)
また、さらに下記(7)式をも満たすように連続鋳造条件をコントロールすることがより好ましい。(7)式に代えて下記(8)式を採用してもよい。
F
EMS≦0.50 …(7)
F
EMS≦0.40 …(8)
【0013】
モールド内で溶鋼の湯面は、連続鋳造操業中に、溶湯流動や振動によって揺れ動く。「平均湯面深さ」は、溶鋼の湯面の平均的位置を基準とした鉛直下向き方向の深さである。「長辺方向1/4位置かつ短辺方向1/2位置」はモールド内に中央の浸漬ノズルを挟んで2箇所ある。平均溶鋼温度T
L(℃)は、それら2箇所それぞれにおける平均湯面深さ20mmでの溶鋼温度の平均値である。凝固開始温度T
S(℃)は、液相線温度に相当する温度である。
【発明の効果】
【0014】
本発明の連続鋳造スラブの製造方法によれば、オーステナイト系ステンレス鋼の連続鋳造スラブにおいて、上記「鋳造方向表面欠陥」の生成が顕著に抑制され、グラインダーによる連続鋳造スラブの表面手入れを省略した製造プロセスにて、オーステナイト系ステンレス鋼の薄板鋼帯に現れるスラブ起因の表面疵問題を回避することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
連続鋳造においては一般的に、モールド内溶鋼の湯面上に、モールドパウダーが溶融したフラックス層が形成されている。このフラックスは、鋳造中に湯面から溶鋼とモールドの隙間に入り込み、凝固シェルとモールドの間にフラックス膜を形成して、両者の潤滑を担う。通常、同じ鋳造方向位置(湯面からの深さが同じ位置)では、フラックス膜によって隔てられている凝固シェルとモールドの距離はほぼ均等であり、モールドからの抜熱もほぼ均等になる。しかし、凝固シェルとモールドの間に異物が入り込むなど、何らかの原因によって、凝固初期のシェルとモールドの間隔が周囲よりも大きくなる箇所が生じることがある。その箇所では、凝固シェルの表面が周囲よりも窪むとともに、冷却速度が周囲より低下するので凝固シェルの厚さが周囲より薄い状態で凝固が進む。上方から鋳造方向に見て、上記の間隔が大きくなった位置では、その間隔が大きくなる要因(異物の噛み込み等)の影響が解消されるまで、しばらくの間、周囲よりも凝固シェルの厚さが薄くなる状態が継続する。すなわち、モールド内部の凝固シェルには鋳造方向に凝固シェルの薄い部分が伸びた領域が形成される。凝固シェルが薄い部分には応力が集中し、その表層部が応力に耐えられなくなると、モールド内部で鋳造方向へ伸びる表面割れが生じる。ただし、その割れは微小であり、そこから溶湯が漏れる事故(ブレークアウト)には至らない。オーステナイト系ステンレス鋼の連続鋳造スラブに生成する「鋳造方向表面欠陥」は、このようなメカニズムによって生じるものと考えられる。
【0017】
主なオーステナイト系ステンレス鋼は、δフェライト相を初晶として凝固する場合が多いが、化学組成によっては、δフェライト相の生成割合が極めて低い場合や、オーステナイト単相凝固する場合もありうる。鋼中の不純物であるPやSなどは、オーステナイト相中よりもδフェライト相中に固溶しやすいので、特にδフェライト相の生成割合が低い鋼種においては、PやSなどがオーステナイト相の粒界に偏析しやすく、それらの箇所の強度を低下させる。そのため、オーステナイト系ステンレス鋼では、フェライト系ステンレス鋼に比べて、表面割れを伴う上述の「鋳造方向表面欠陥」が生成しやすいのではないかと考えられる。
【0018】
上記の表面割れを伴う鋳造方向表面欠陥は、スラブの長手方向に数センチメートルから数十センチメートルの長さで観察されることが多い。スラブの目視検査にて表面割れの発生程度が非常に大きい場合には、その部分をグラインダーにて重点的に手入れする作業が行われることもある。しかし、この種の表面割れはスラブ表面の浅いところに存在するので、通常、熱間圧延や冷間圧延で更なる割れに進展することはない。そのため、特にSUS304等の汎用鋼種では、連続鋳造スラブに特段の表面手入れを施すことなく、熱間圧延、冷間圧延の工程に進めることが一般的である。連続鋳造スラブの表面に存在する、ある程度の規模の鋳造方向表面欠陥は、冷延鋼板において圧延方向に連続的または間欠的に伸びた表面疵となって現れる。したがって、高品質のオーステナイト系ステンレス鋼冷延鋼板を得るためには、連続鋳造の段階で、鋳造方向表面欠陥の生成ができるだけ少ないスラブを製造しておくことが有効である。
【0019】
図1に、規模の大きい鋳造方向表面欠陥が生じたオーステナイト系ステンレス鋼連続鋳造スラブの表面外観写真を例示する。写真の長辺に対して平行方向がスラブの長手方向(鋳造方向)、直角方向がスラブの幅方向に相当する。矢印の箇所に長さが27cmを超える鋳造方向表面欠陥が見られる。
【0020】
図2に、スラブの鋳造方向表面欠陥に起因する表面疵が発生したオーステナイト系ステンレス鋼冷延鋼板の表面外観写真を例示する。メジャーに平行な方向が圧延方向に相当する。切り板サンプルの中央部に、圧延方向に伸びる表面疵が見られる。この写真の例は、非常に大きい疵が発生した事例である。疵発生箇所の元素分析でモールドパウダーに含まれる元素(Na等)が多量に検出されたので、この表面疵はスラブの鋳造方向表面欠陥に起因するものであると特定された。
【0021】
図3に、比較的規模の大きい鋳造方向表面欠陥が生じたオーステナイト系ステンレス鋼連続鋳造スラブの表面付近の断面組織写真を例示する。写真の長辺に対して平行方向がスラブの幅方向に相当し、写真の長辺および短辺に垂直な方向が鋳造方向に相当する。割れが生じている付近のスラブ表面は周囲よりも窪んでいることから、初期の凝固シェルが形成されるときに何らかの原因で凝固シェルとモールドの距離が周囲よりも大きくなったと考えられる。そのためにモールドからの抜熱が周囲よりも緩やかになって凝固速度が低下し、凝固シェルの厚さが周囲よりも薄い状態で鋳造が進行し、薄い凝固シェルの部分に応力が集中して割れに至ったものと考えられる。
【0022】
この種の割れが発生した事例について、スラブ表面近くの金属組織を割れ近傍と正常部とで比較すると、どの事例でも割れ近傍ではデンドライト2次アーム間隔が正常部よりも大きくなっていることから、鋳造方向表面欠陥の生じた部分は周囲よりも凝固速度が小さいことが確認された。
【0023】
初期凝固の均一化および緩冷却化を実現するため、まずモールド内の溶湯温度と鋼の凝固開始温度との差を小さくする操業(低温鋳造)を検討した。これにより、モールド抜熱量を全体的に低下させることを期待した。実験の結果、低温鋳造により緩冷却化を図ることはできたが、溶湯温度を鋳造の全期間において一定に低く保つことは極めて困難であり、溶湯温度が高すぎる場合には緩冷却の効果がなくなり、一方、溶湯温度が低くなりすぎるとタンディッシュのノズル閉塞などのトラブルが発生し、操業に支障が生じた。そこで次に、低温鋳造に加えて、モールド内電磁撹拌(EMS)の適用を検討した。電磁撹拌を行うと、モールド長辺方向において湯面温度を均一化する作用が発揮されるからである。実験の結果、両手法の組み合わせにより、極端に低温鋳造することなく、初期凝固を緩冷却化、均一化することができ、鋳造方向表面欠陥の形成が顕著に軽減された。
【0024】
なお、鋳造温度を低温鋳造とせず、通常の温度で鋳造した場合、モールド内電磁撹拌を適用しても、十分に緩冷却することはできず、鋳造方向表面欠陥を減少させること関し、予想したほどの効果は得られなかった。
【0025】
本発明では以下の化学組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼を対象とする。
質量%で、C:0.005〜0.150%、Si:0.10〜3.00%、Mn:0.10〜6.50%、Ni:1.50〜22.00%、Cr:15.00〜26.00、Mo:0〜3.50%、Cu:0〜3.50%、N:0.005〜0.250%、Nb:0〜0.80%、Ti:0〜0.80%、V:0〜1.00%、Zr:0〜0.80%、Al:0〜1.500%、B:0〜0.010%、希土類元素とCaの合計:0〜0.060%、残部Feおよび不可避的不純物からなり、下記(4)式で定義されるA値が20.0以下である化学組成。
A=3.647(Cr+Mo+1.5Si+0.5Nb)−2.603(Ni+30C+30N+0.5Mn)−32.377 …(4)
ここで(4)式の元素記号の箇所には質量%で表される当該元素の含有量の値が代入される。含有しない元素については0が代入される。
【0026】
上記の(4)式のA値は、本来、溶接時に生じる凝固組織中のフェライト相の割合(体積%)を表す指標として利用されているものであるが、連続鋳造スラブの鋳造方向表面欠陥の軽減効果が大きいオーステナイト系鋼種を識別するためにも有意義な指標であることが確認された。この値が20.0以下のステンレス鋼種では、連続鋳造時にδフェライト相の晶出量が少ないか、あるいはオーステナイト単相凝固となるために鋳造方向表面欠陥が生じやすい。本発明ではそのようなオーステナイト系鋼種を対象として鋳造方向表面欠陥の顕著な軽減を図る。A値が負の値となる鋼種は、概ねオーステナイト単相凝固となる鋼種であるとみなしてよい。A値の下限は特に設定しなくてよいが、通常、−20.0以上の鋼を適用することがより効果的である。
【0027】
図4に、本発明に適用できる連続鋳造装置について、モールド内溶鋼の湯面高さにおける水平面で切断した断面構造を模式的に例示する。「湯面」は溶鋼の液面である。湯面上には通常、モールドパウダーの層が形成されている。対向する2組のモールド(11A、11B)、(21A、22B)に囲まれた領域の中央に浸漬ノズル30が設置されている。浸漬ノズルは湯面より下方に2つの吐出孔を有しており、それらの吐出孔から溶鋼40がモールド内部に連続供給され、モールド内の所定高さ位置に湯面が形成される。水平面で切断したモールド内壁面の輪郭形状は長方形であり、
図4中には長方形の長辺を構成する「長辺面」を符号12A、12B、短辺を構成する「短辺面」を符号22A、22Bで表示している。また、長辺面に平行な水平方向を「長辺方向」、短辺面に平行な水平方向を「短辺方向」と呼ぶ。
図4中には白抜き矢印により長辺方向を符号10、短辺方向を符号20で表示している。湯面高さにおいて、長辺面12Aと12Bの距離(後述
図5のt)は例えば150〜300mm、短辺面22Aと22Bの距離(後述
図5のW)は例えば600〜2000mmである。
【0028】
モールド11Aおよび11Bの背面にはそれぞれ電磁撹拌装置70Aおよび70Bが設置され、少なくとも長辺面12Aおよび12Bの表面に沿って形成される凝固シェルの厚さが5〜10mmとなる深さ領域において、溶鋼に長辺方向の流動力を付与することができるようになっている。ここで、「深さ」は湯面の高さ位置を基準とした深さである。連続鋳造中、湯面は多少揺れ動くが、本明細書では平均湯面高さを湯面の位置とする。凝固シェルの厚さが5〜10mmとなる深さ領域は、鋳造速度やモールドからの抜熱速度にも依るが、一般的には湯面からの深さが300mm以下の範囲内に存在する。従って、電磁撹拌装置70A、70Bは湯面から300mm深さ程度までの溶鋼に流動力を付与できる位置に設置してある。
【0029】
図4中には、凝固シェルの厚さが5〜10mmとなる深さ領域において電磁撹拌装置70Aおよび70Bの電磁力によって生じる長辺面近傍の溶鋼流方向を、それぞれ黒の矢印60Aおよび60Bによって示してある。電磁撹拌による流動動向は、双方の長辺側で互いに逆方向の長辺方向流れが生じるようにする。この場合、凝固シェル厚さが10mm程度になるまでの深さ領域で、既に形成された凝固シェルに接触する溶鋼の水平方向流れが、モールド内で渦を描くような流れとなる。この渦流によってモールド内の湯面近くの溶鋼は、停滞を生じることなく円滑に流動し、初期の凝固シェルが形成される湯面直下の溶鋼がモールド壁に接触する際の溶鋼温度をモール内で均一化する効果が高まる。
【0030】
図5は、
図4に示したモールド内に「長辺方向1/4位置かつ短辺方向1/2位置」を記号P
1、P
2で示したものである。前記の平均溶鋼温度T
L(℃)は、P
1位置における平均湯面深さ20mmでの溶鋼温度(℃)とP
2位置における平均湯面深さ20mmでの溶鋼温度(℃)の平均値として表される。
【0031】
本発明では、下記(1)式を満たすように、できるだけ低温で鋳造する。下記(1)’式を満たすように鋳造することがより効果的である。
10<ΔT<50×F
EMS+10 …(1)
10<ΔT<50×F
EMS+8 …(1)’
ΔTは、鋳造時の溶鋼温度と、その溶鋼の凝固開始温度との温度差を意味する。具体的には下記(2)式に定義される。
ΔT=T
L−T
S …(2)
鋳造時の溶鋼温度として、平均溶鋼温度T
L(℃)を採用する。T
Lは、
図5に示したP
1、P
2位置の2箇所における平均湯面深さ20mmでの溶鋼温度(℃)の平均値である。溶鋼の凝固開始温度T
S(℃)は、同じ組成の鋼についてラボ実験により液相線温度を測定することにより把握することができる。実操業においては、予め目標組成ごとに把握してある凝固温度のデータに基づいて、上記ΔTを制御することができる。
【0032】
ΔTが10℃以下になるような低温での操業では、不測の温度変動が生じたような場合にタンディッシュのノズル閉塞などのトラブルにつながる危険性が高く、工業的な実施が難しい。一方、ΔTの上限はモールド内溶鋼の撹拌効果によって許容範囲が変動する。基本的には電磁撹拌による撹拌力が大きいほど湯面近傍の溶鋼温度が均一化され、ΔTの許容上限は拡大する。よって、モールド内電磁撹拌を使用せずにΔTを低下させるだけでは、スラブ表面鋳造方向表面欠陥の抑制効果を十分に得ることはできない。ただし、撹拌効果を精度良く評価するためには、モールド内に供給される溶鋼の吐出量の影響も無視できないことがわかった。その撹拌効果を表す指標が下記(3)式の撹拌強度指標F
EMSである。
F
EMS=V
EMS×(0.18×V
C+0.71) …(3)
ここで、V
EMSは電磁撹拌によって付与される長辺方向中央位置の凝固シェル厚さが5〜10mmとなる深さ領域で凝固シェル表面が接する溶鋼の長辺方向平均流速(m/s)、Vcは鋳造速度(m/min)である。鋳造速度Vcが大きくなるほど、浸漬ノズルからの吐出流量が増大することに伴い、モールド内の溶鋼撹拌も活発化する。(3)式の撹拌強度指標F
EMSは、撹拌効果に及ぼす電磁撹拌の寄与を、溶鋼吐出量の影響を加味して補正したパラメータであると捉えることができる。
【0033】
この撹拌強度指標F
EMSを上記(1)式、より好ましくは(1)’式に適用することによって、ΔTの許容上限を精度良く見積もることができる。具体的には、(1)式に示されるようにΔTが50×F
EMS+10よりも小さくなる条件、より好ましくは(1)’式に示されるようにΔTが50×F
EMS+8よりも小さくなる条件で連続鋳造を行うことにより、鋳造方向表面欠陥に起因する冷延鋼板の表面疵を顕著に軽減することができる。溶鋼撹拌の強度(撹拌強度指標F
EMS)が大きくなるほど、ΔTの許容上限は広がる。ただし、F
EMSが過大になると湯面の波立ちが激しくなって、凝固シェル中にモールドパウダー粒子や湯面上に浮上した介在物などの異物を凝固シェル中に巻き込みやすくなる。
【0034】
鋳造方向表面欠陥に起因する冷延鋼板での表面疵の発生防止効果をより一層高いレベルで発揮させるためには、上記(1)式あるいは(1)’式に加えてさらに、下記(5)式を満たすように連続鋳造条件をコントロールすることがより好ましく、下記(6)式を満たすことが更に好ましい。
ΔT≦25 …(5)
ΔT≦20 …(6)
また、湯面の波立ちに起因する異物の混入を効果的に防止するためにはは、下記(7)式を満たすように連続鋳造条件をコントロールすることがより好ましく、下記(8)式を満たすことが更に好ましい。
F
EMS≦0.50 …(7)
F
EMS≦0.40 …(8)
【0035】
図6に、電磁撹拌を使用した方法で得られた本発明に従うオーステナイト系ステンレス鋼の連続鋳造スラブについて、鋳造方向に垂直な断面の金属組織写真を例示する。写真の長辺に平行な方向がスラブの幅方向、短辺に平行な方向がスラブの厚さ方向である。この写真は、写真の下端がスラブ表面(モールド接触面)から15mmの距離に相当する視野であり、スラブ表面は写真の上端側にある。
【0036】
溶融金属が鋳型に対して流動している場合、流れの上流側に傾斜して結晶の凝固が進行し、流速が大きいほど結晶成長の傾斜角度は大きくなることが知られている。
図6の例ではデンドライト1次アームの成長方向が右側に傾斜している。従って、凝固シェルに接触する溶鋼は写真の右から左へと流れていたことがわかる。凝固シェルに接触する溶鋼の流動速度と結晶成長の傾斜角度の関係は、例えば回転する棒状の抜熱体を用いた凝固実験により知ることができる。予めラボ実験により求めたデータに基づいて、連続鋳造時の凝固シェルが接触する溶鋼の流速を推定することができる。凝固シェルの厚さが5〜10mmとなる深さ領域において凝固シェル表面が接する溶鋼の長辺方向平均流速V
EMSは、このような断面写真により、表面から5〜10mmの距離におけるデンドライト1次アームの平均傾斜角度を測定することによって把握できる。
図6の例では、V
EMSは約0.3m/sであると推定される。V
EMSは例えば0.1〜0.6mm/sの範囲で調整することが一般的な連続鋳造装置においては実用的である。0.2〜0.4mm/sとなるように管理してもよい。
【0037】
実操業において、上記の溶鋼流速V
EMSは、電磁撹拌装置に印加する電流値(以下「電磁撹拌電流」という。)によってコントロールすることができる。電磁撹拌装置を備える連続鋳造設備では、予め、コンピュータシミュレーション、溶鋼流動速度の実測実験、および多くの操業実績において採取されたスラブについての上述のような組織観察によって、「電磁撹拌電流とモールド内各位置における溶鋼流速の関係」がデータとして蓄積されている。実操業では、そのような蓄積データに基づいて、上記V
EMSを電磁撹拌電流によって所定値にコントロールすればよい。
【0038】
図7に、電磁撹拌を使用しない方法で得られたオーステナイト系ステンレス鋼の連続鋳造スラブについて、鋳造方向に垂直な断面の金属組織写真を例示する。試料の観察位置は
図6と同様である。この場合、デンドライトの成長方向に一定方向への傾斜は見られない。すなわち、この鋳片の凝固シェル厚さが5〜10mmである部分は、溶鋼の長辺方向流れが生じていない状態で凝固したものであることがわかる。
【実施例】
【0039】
表1に示す化学組成のオーステナイト系ステンレス鋼を連続鋳造装置で鋳造して鋳片(スラブ)を製造した。
【0040】
【表1】
【0041】
連続鋳造モールドは溶湯との接触面が銅合金で構成される一般的な水冷銅合金モールドである。連続鋳造のモールドサイズについては、湯面高さにおいて、短辺長さは200mmとし、長辺長さは700〜1650mmの範囲内に設定した。モールド下端における寸法は凝固収縮を考慮して上記よりも僅かに小さくなっている。浸漬ノズルは、長辺方向の両側に2つの吐出孔を有するものを、長辺方向および短辺方向の中心位置に設置した。浸漬ノズルの外径は105mmである。2つの吐出孔は、ノズル中心を通り短辺面に平行な平面に対して対称形である。対向する両長辺のモールド背面にそれぞれ電磁撹拌装置を設置し、モールド内の湯面近傍の深さ位置から約200mm深さ位置までの溶鋼に長辺方向の流動力を付与するように電磁撹拌を行った。
図1に示したように、対向する両長辺側で流動方向が逆方向となるようにした。凝固シェルの厚さが5〜10mmとなる深さ領域で凝固シェル表面が接する溶鋼の長辺方向平均流速V
EMSは、この連続鋳造設備について予め求めてある「電磁撹拌電流とモールド内各位置における溶鋼流速の関係」の蓄積データに基づき、電磁撹拌電流を調整することによってコントロールした。
図5に示したP
1、P
2位置の2箇所における平均湯面深さ20mmでの溶鋼温度(℃)を熱電対によりそれぞれ測定し、その2箇所の平均値を平均溶鋼温度T
L(℃)として採用した。
【0042】
表2中に各例の鋳造条件を示してある。ΔTは前述の(2)式によって表される平均溶鋼温度T
L(℃)と凝固開始温度T
S(℃)の差である。凝固開始温度T
S(℃)は表1に記載してある。「(1)式判定」の蘭には、前記(1)式の要件を満たす場合に○、満たさない場合に×を表示した。
【0043】
表2中の例No.毎に、その連続鋳造条件に従って長さ約8mの連続鋳造スラブを複数本製造した。そのうちの1本をその例No.の代表スラブとして選択した。代表スラブの片側表面を目視観察し、表面割れを伴う鋳造方向表面欠陥の有無を調査した。目視にて明らかに表面割れの存在が確認できた場合を「スラブ表面割れ;あり」として表2中に示してある。
【0044】
各例No.の代表スラブを、通常の熱間圧延工程、および冷間圧延工程にて、板厚0.6〜2.0mmの冷延コイルとした。スラブ表面のグラインダーによる手入れは行っていない。得られた冷延コイルを、レーザー照射式の表面検査装置を備えるラインに通板し、コイルの片側表面を全長にわたって一定の検出基準にて検査し、表面疵の存在を調査した。コイル全長を長手方向1mごとに区切った領域(以下「セグメント」と呼ぶ。)の中に表面疵が検出された場合、そのセグメントを「疵ありセグメント」と認定した。コイル全長のセグメント総数に占める「疵ありセグメント」の数の割合(以下「欠陥発生率」という。)を求め、欠陥発生率が3%を超える場合を×(表面性状;不良)、3%以下である場合を○(表面性状;良好)と判定した。その結果を表2中の「冷延コイル表面疵評価」の欄に表示してある。この検出基準はかなり厳しいものであり、連続鋳造スラブの鋳造方向表面欠陥に由来する疵以外の疵も検出される。通常、上記の欠陥発生率が3%を超える冷延コイルでも多くの用途で適用可能であるが、表面性状を重視する用途では使えない場合がある。一方、上記の欠陥発生率が3%以下の冷延コイルは非常に良好な表面性状を呈すると評価でき、疵に起因する用途上の制限は極めて少なくなる。
【0045】
【表2】
【0046】
図8に、表2のΔTとF
EMSの関係をプロットしたグラフを示す。プロットの○印および×印は表2に記載の冷延コイル表面疵評価と整合する。
図8中には上記(1)式のΔT上限許容境界線(ΔT=50×F
EMS+10)を破線で示してある。ΔTがこのラインより大きい場合でも冷延コイルの表面疵が非常に少なく○評価となった例がある。しかし、安定して○評価の良好な表面性状を実現するためには、ΔTがこのラインより下側になる条件を採用することが極めて有効である。
【解決手段】オーステナイト系ステンレス鋼の連続鋳造において、少なくとも長辺方向中央位置の凝固シェル厚さが5〜10mmとなる深さ領域の溶鋼に、双方の長辺側で互いに逆方向の長辺方向流れが生じるように電力を印加して電磁撹拌(EMS)を行い、10<ΔT<50×F
+10、を満たすように鋳造条件をコントロールする、オーステナイト系ステンレス鋼スラブの製造方法。ただし、ΔTは平均溶鋼温度(℃)と当該溶鋼の凝固開始温度(℃)の差、F