(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0003】
組換え技術を使用したポリペプチドの調製は、この数十年の間に標準的手順に発展している。各ポリペプチドをコードする遺伝子のクローニング、次に発現される遺伝子による適切な発現宿主の二次形質転換、および最終産生、および得られた組換えポリペプチド産物の精製による組換えポリペプチドへのアクセスは、全く新しいクラスの生物学的に設計および産生される治療剤へのアクセスをもたらしている。
【0004】
医薬品産業界では、組換えDNA技術を使用し、次に生物工学の分野で開発された産生法を使用して調製される、医薬品活性がある化合物の数が増加し続けている。
【0005】
このようなバイオ製品には、自己免疫疾患、炎症障害、免疫抑制、腫瘍学などを含めた様々な医療分野において、重要な治療選択肢に発展しているモノクローナル抗体が含まれる。
【0006】
生物源のこのような治療剤の開発には、それによって多量の組換えポリペプチドへのアクセスをもたらす産業規模での生産が必要とされる。好ましい発現系は、昆虫細胞、酵母などに基づく大部分の他の真核生物発現系、または一層伝統的な原核生物発現系より優れた、哺乳動物細胞培養系である。
【0007】
しかしながら、哺乳動物細胞培養には、特に産業規模で多大な課題がある。哺乳動物細胞培養のための生産施設は、多くの方法条件の完全な最適化を必要とする。
【0008】
生産プロセス全体を制御するための最も重要な方法のパラメーターの1つは、細胞を増殖させポリペプチド産生が起こる培地である。適切な細胞培養培地は全ての必要な栄養物質を細胞培養にもたらすはずであり、血清またはタンパク質、例えば増殖因子のような動物起源の成分を培地に加えない場合、これは特に難しい。
【0009】
したがって、広く様々な異なる細胞培養培地が開発されている。いくつかの場合、一般的な組成に焦点が当てられおり、広く様々な異なる物質を含む培地が提案されている(US5122469、EP0481791、EP0283942)。他の場合、個々の成分が細胞培養を改善することが示唆されている。主な目標は依然として、細胞の増殖または生存のいずれか、または組換え発現ポリペプチドの量および質を改善することである。
【0010】
従来技術の文書において取り扱われる具体的態様は、特に追加的特徴(例えば、EP0501435、US5830761、US7294484)と組み合わせた、個々の微量イオン(例えば、WO02/066603、EP0872487、EP1360314A2)、アスコルビン酸などのビタミン(例えば、US6838284)、炭水化物(EP1543106)、または具体的なアミノ酸の含有量の貢献である。
【0011】
細胞培養培地中の主要イオンおよびそれらの濃度は大部分が一定に保たれ、考慮されず不変のままである。例えばDMEM、DMEM/F12、BMEまたはRPMI1640などの、全ての古典型の培地は、一般に比較的狭い固定範囲の濃度のバルクイオン、および詳細には一価カチオンNa+およびK+を使用する。これは、一般にバルクイオン、および詳細には一価カチオンNa+およびK+のイオンバランスが、ほぼ全ての哺乳動物細胞の相当な普遍的性質である事実と一致する。
【0012】
より詳細には、細胞内に高濃度のカリウムイオン、細胞外に高濃度のナトリウムイオンを伴う、ナトリウムイオンとカリウムイオンの膜を隔てた勾配(transmembrane gradient)は、哺乳動物細胞の基本的性質である。ナトリウムカリウムポンプは、起電性でありそれぞれ膜を隔てたナトリウムイオンおよびカリウムイオン勾配の確立および維持に貢献する、細胞膜の主要イオンポンプの1つである(Kaplan,Membrane cation transport and the control of proliferation of mammalian cells. Annu Rev Physiol.;40:19-41 (1978))。このポンプは細胞エネルギーの約30%を使用し、細胞の主なエネルギー消費プロセスの1つである。例えばNa
+/Ca
+交換体または細胞へのアミノ酸輸送などの、多くの基本的な生化学的プロセスは、ナトリウムイオンの電気化学的勾配と関係がある。したがって、細胞外のナトリウムイオンおよびカリウムイオンの濃度は、膜を隔てたこれらのイオンの勾配および細胞の基本状態に影響を与える非常に重要なパラメーターである。
【0013】
一般的な哺乳動物細胞内外のナトリウムイオンの典型的な濃度に従い(Alberts et al.,Molecular Biology of the Cell(1994))、大抵は、約5mMのカリウムイオン濃度と一緒に、約145mMのナトリウム濃度が選択される。大部分の培地型に関して、これは約20〜30の間の範囲内のナトリウムイオンとカリウムイオンの間の比をもたらす(以下の表1、および例えばUS5135866を参照)。
【0014】
わずかな従来技術の文書のみが、哺乳動物細胞の培養または組換えタンパク質の産生に適した細胞培養培地を記載し、ナトリウムイオンとカリウムイオンの具体的な比を言及する。これらの文書は、US5232848中では約30.7の高範囲、または約25と35の間、したがってさらに高い値に到達する範囲で(EP0283942、EP0389786)、特異的に高い比を有する培地組成を示唆する。HAMのF12、またはUS2008/0261259中で提案された定義済み動物細胞培養培地などの他の培地も、高い値を具体的に示唆する(例えば、US2008/0261259中では27.9〜57.5)。非常にわずかな文書のみが、11.5〜30などの20未満のナトリウムイオンとカリウムイオンの比(US7294484)、または約15(US6180401)の比を有する培地を開示する。これらの文書は10を超える比を依然使用しており、さらに特定の利点を割り当てて前述の値にこのパラメーターを変えることはない。
【0015】
特定イオン間のイオンバランスに関する影響以外に、培地の全体モル浸透圧濃度に対する主要イオンの貢献も考慮されなければならない。例えばDMEM、MEMα、またはFischerの培地などの、大部分の従来型培地は、多量の塩化ナトリウムによって特徴付けられる。
【0016】
WO02/101019は、より高いモル浸透圧濃度の使用と組み合わせた、培地中の高含有量のグルコースを取り扱う。約2〜40g/lの間の高いグルコース濃度は、塩化ナトリウムなどの作用物質を低減またはさらに完全に排除し、それによって所与のレベルにモル浸透圧濃度を維持することにより得られている。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明による細胞培養培地は、哺乳動物細胞、好ましくはCHO細胞、HEK細胞およびSP2/0細胞の増殖、およびこのような細胞を使用した組換えポリペプチドの産生に使用する。CHO細胞が特に好ましい。用語細胞培養培地は、長時間にわたり細胞を増殖するのに使用することができる栄養素の水溶液を指す。典型的には、細胞培養培地は以下の成分を含む。通常、炭水化物化合物、好ましくはグルコース、アミノ酸、好ましくは全必須アミノ酸を含めたアミノ酸の基底集合、ビタミン、および/または低濃度で必要とされる他の有機化合物、遊離脂肪酸、および微量元素、無機塩を含めた無機化合物、緩衝化合物およびヌクレオシドおよび塩基であるエネルギー源。
【0029】
本発明による細胞培養培地は、様々な細胞培養法において使用することができる。細胞の培養は、接着培養、例えば単層培養、または好ましくは浮遊培養で実施することができる。
【0030】
例えば治療活性がある組換えポリペプチドを産生するための、製薬産業の分野における細胞培養培地の使用は、安全性および汚染の問題のため、生物起源の任意の物質の使用を一般に可能にしない。したがって、本発明による細胞培養培地は、無血清および/または無タンパク質培地であることが好ましい。用語「無血清および/または無タンパク質培地」は、組織加水分解物のような動物源由来の添加剤、例えばウシ胎児血清などを含有しない、化学的に完全に定義された培地を表す。さらに、タンパク質、特にインスリン、トランスフェリンなどのような成長因子も、本発明による細胞培養に加えないことが好ましい。さらに、本発明による細胞培養培地は、大豆、小麦または米ペプトンまたは酵母加水分解物などのような、加水分解タンパク質源を補充しないことが好ましい。
【0031】
培地のモル浸透圧濃度およびpHは、細胞の増殖を可能にする値、例えば約pH6.8と約pH7.2の間の値に調節する。培養開始時の培地のモル浸透圧濃度は典型的には約280mOsmと約365mOsmの間であるが、培養中および供給液の添加中に約600mOsm/kg以下の値に段階的に増大する可能性もある。本発明による培地は、約285mOsm/kgと約365mOsm/kgの間の開始モル浸透圧濃度を有することが好ましい。
【0032】
細胞培養の温度は、細胞に生命力があり増殖する範囲で選択する。細胞培養の典型的な温度は、約30℃と約38℃の間の範囲内である。例えば、CHO細胞に最適な約36℃〜約37℃の温度で細胞を最初に増殖させる。しかしながら、正確な温度を細胞の必要性に適合させることが可能であり、培養中に変化させてそれらの最適生存率、増殖または生産性をもたらすことも可能である。
【0033】
本発明の第一の態様は、細胞培養中のナトリウムイオンとカリウムイオンの間のイオンバランスに関する。本発明は、約10対1と約1対1の間にあるナトリウムイオンとカリウムイオンのモル比を記載する。本発明のさらなる履行では、約9対1と約5対1の間の比を選択する。あるいは、比は約8対1と約6対1の間にある。
【0034】
ナトリウムイオンとカリウムイオンの濃度およびそれぞれの比は、ここではそれらのモル含有量によって定義する。ナトリウムイオンとカリウムイオンの濃度は、それぞれの塩を添加し培地溶液中に溶けた後に、増殖培地中のこれらのイオンの総数を計算することにより決定する。
【0035】
必要とされるナトリウム濃度に到達するため、通常は異なる塩を培地に加える。一般に使用されるナトリウム塩は、例えばNaCl、一塩基性または二塩基性リン酸ナトリウム塩、炭酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、例えば亜セレン酸ナトリウムなどの微量イオンであるが、これらの例だけには限られない。さらに、pH調節のために培地に加えることができる塩基水酸化ナトリウム(NaOH)は、ナトリウムイオンの全含有量に貢献する。この点で、用語イオンは解離状態を指す。したがって、イオンのモル含有量を計算することは、イオンの価数を考慮することを意味する。培地に加える1mMの塩化ナトリウム(NaCl)は1mMのナトリウムイオンに従って貢献し、一方1mMの二塩基性リン酸ナトリウム(Na
2HPO
4)は2mMのナトリウムイオンに然るべく貢献し得る。本発明によれば、培地中で使用するナトリウム濃度は約50mMと90mMの間である。あるいは、約65mM〜約85mMであるようにナトリウムイオン濃度を選択する。
【0036】
培地に使用されるカリウム塩は典型的にはKClであるが、例えばK
2SO
4またはリン酸二水素カリウム(KH
2PO
4)も含む。カリウム塩はこれらの個々の例に限られない。あるいは、培地中で使用するカリウム濃度は約8mMと12mM、または約10.7mMの間である。
【0037】
表1は、哺乳動物細胞の増殖に従来使用されている培地の例を示す。DMEM、DMEM/F12、BGJおよびその他などの、これらの古典的培地は、Na/Kイオンの特に高い比を有する。本発明による培地は、約10対1未満の特に低いNa/K比によって特徴付けられる(表2参照)。本発明による培地は、CHOおよび他の哺乳動物細胞を培養するのに適しており、細胞の改善された増殖を示し、および/または改善されたポリペプチド産生を可能にする。このような培地の2つの例を、2例の培地の組成、およびどのようにして低いNa/K比を得ることができるかを示す表3中に示す。ナトリウムイオンとカリウムイオンの低い比と、他の培地の特徴の間の相乗効果には、細胞の増殖および組換えタンパク質の産生に対して、さらに他の有利な効果がある。
【0038】
ナトリウムイオンとカリウムイオンの個々の濃度およびそれらの具体的な比以外に、本発明の培地は、培地成分の混合物に加える塩化ナトリウム(NaCl)の特に低い濃度によっても特徴付けられる。約7mM〜約15mMの濃度を使用することが好ましい。この少量の塩化ナトリウムは普通ではない。本発明のいくつかの履行では、塩化ナトリウム濃度(mM単位)は、加えるそれぞれのカリウム塩の濃度(mM単位)より一層低い。さらに、本発明による培地は、塩化物イオンの低い全含有量を示すことが多い。表2の例によって示されるように、これは約36mMと46mMの間の初期塩化物濃度をもたらす。大抵、NaClまたはCaCl
2などの無機塩はこの値に貢献するが、塩化コリン、または例えばL−ヒスチジン塩酸塩もしくはL−リシン塩酸塩などのアミノ酸などの、培地成分を全体濃度に加えることもできる。
【0039】
本発明による培地組成のさらなる利点は、低いモルNa/K比と、約40mM、あるいは約50mMと約100mMの間の範囲にあるアミノ酸の開始濃度の組合せである。古典的培地は、比較的低い濃度のアミノ酸および/または高いNa/K比を使用する。両方の特徴の組合せは、細胞の増殖およびポリペプチドの産生に有利な追加的影響をもたらすことができる。
【0040】
表2は、本発明によるこれらのパラメーターの異なる履行を示す。それらの全アミノ酸含有物以外に、細胞増殖に最適な本発明による適切な培地は、以下の範囲に従う初期アミノ酸濃度を含有することが好ましい。
【0042】
前の表中で定義したアミノ酸によってさらに指定される本発明の培地は、本発明による改良型細胞培養法において使用可能であることが好ましい。
【0043】
特に好ましい実施形態では、本発明による培地は産生用に最適化し、以下の範囲に従う初期アミノ酸濃度を含有することが好ましい。
【0045】
前の表中に定義したようにアミノ酸を含有する生産培地は、本発明による改良型細胞培養法中で使用可能であることが好ましい。
【0046】
本発明のさらなる態様では、ナトリウムイオンとカリウムイオンの間の具体的な比以外に、(培地の全体イオン強度に貢献する)全体イオン濃度と培地中のアミノ酸の間の全体的なバランスも重要である。栄養増殖培地中の全体イオン濃度とアミノ酸濃度の間の比は、動物細胞用の多くの型の細胞培養培地の主成分である、例えば塩化ナトリウム、塩化カリウム、炭酸水素ナトリウム、およびその他などの、多量の無機塩によって主に影響を受ける。微量イオン、アミノ酸またはビタミンの塩もこの値に貢献する(例えば、硫酸銅、L−アルギニン塩酸塩、L−ヒスチジン塩酸塩、塩化コリン、D−パントテン酸カルシウムおよびその他)。これらのイオンの濃度を調節することも細胞に有利である可能性がある。したがって本発明者らは、水溶液培地ならびに塩基性NaOHおよび酸性HClにおいてイオン化する、培地に加える主要な有機および無機塩の全ての合計として、イオンの全体濃度をここで定義する。微量元素は含まれない。したがって、1mMのNaCl、NaOH、またはリシン−HClもしくは塩化コリンなどの有機塩はそれぞれ2mMのイオンに貢献し得る。1mMのMgCl
2は3mMのイオンに然るべく加え、一方1mMの有機塩クエン酸三ナトリウムは4mMに貢献する。
【0047】
本発明によれば、イオンとアミノ酸の間のモル比は、約1.9と4の間にあるように選択する。いくつかの履行では、約2.0と3.9の間の範囲の比を選択する。これらの特定の低い比には、比較的高含有量のアミノ酸によってだけではなく、培地中のイオンの比較的低いモル含有量によっても到達する。培地中のイオンの含有量は一般に250mM未満である。例えば、約150mMと220mMの間、またはあるいは約170mMと200mMの間である値を選択する。
【0048】
要約すると、記載する特定の培地特徴は細胞の代謝および生理機能に対して重要な影響があり、一方同時に、モル浸透圧濃度、または例えば栄養成分の利用能などの一般的パラメーターにも影響を与える。したがって異なる培地特徴のバランスは、細胞に関する予想外の相乗効果につながる独自の性質をもたらす。
【0049】
低いNa/K比を有する培地は、異なる哺乳動物細胞の増殖および大規模生産での組換えポリペプチド/タンパク質の製造に一般に適している。本明細書で使用するポリペプチドおよびタンパク質は、対象の産物をコードする1つまたは複数のDNA構築物による細胞のトランスフェクション後に、それぞれの哺乳動物細胞によって発現される組換えポリペプチドを指す。宿主細胞内で発現し得る任意のポリペプチドを、本発明によって産生することができる。(1つまたは複数の)ポリペプチドが本発明の方法により産生された後、使用する具体的な産物および細胞系に応じて、それは細胞外に分泌される、細胞と結合する、または細胞内に留まるかのいずれかである。ポリペプチド産物は、培養上清から直接、または標準手順による細胞の溶解後に回収することができる。さらなる単離および精製も、当業者に知られている標準技法により行われる。本発明のポリペプチドは医薬組成物中に含めることもできる。
【0050】
本発明の別の態様は、組換えポリペプチドを産生するための方法であって、本発明による培地中で哺乳動物細胞を培養することを含み、培養条件が少なくとも1つの温度変動および/または少なくとも1つのpH変動を含む方法に関する。
【0051】
したがって、本発明の別の態様では、培養の行程中に温度を変えること、および特定時間地点で開始する1つまたは複数の温度変動を含むことが有利である可能性がある。温度の変化/変動は、温度の自然な変動は指さず、意図的である少なくとも1℃、または代替的に少なくとも2℃の温度の変化を指し、この場合第二の温度は少なくとも1日間維持する。変化/変動は、培養の温度目標値を変えることにより履行することができる。タイミングは、培養物の増殖状態、培養開始後の所定の日数、または細胞の代謝ニーズのいずれかに依存する。したがって温度は、培養開始後約1〜10日の間に変動させることが可能である。温度変動は細胞の増殖期中に、またはこの期の最後に向けて行うことが好ましい。培養容器の体積に応じて、変化は迅速またはより緩慢に起こり、数時間続く可能性がある。一例では、このような温度変動は、密度が最大密度の約40%と約90%の間にある培養の増殖期中に履行する。一例では、第一の温度は約33℃と約38℃の間にあり、一方他の例では、第一の温度は約36℃と約38℃の間にある。第二の温度は約30℃と約37℃の間にあり、またはあるいは約32℃と約34℃の間にある。
【0052】
本発明の別の態様では、1つまたは複数のpH変動を含めることによって、培養の行程中にpHを変えることが有利である可能性がある。本発明のさらなる態様では、温度変動を1つまたは複数のpH変動と組み合わせることもできる。細胞の迅速な増殖に好ましい第一のpH(例えば7.0のpH)を選択するが、特定細胞密度に達した後に、培養のpHを改変することは有利である。pHのこの変化または変動は、バイオリアクター/培養容器のpH目標値を変えることによって、または不動帯と組み合わせてpH目標値を定義することによって実施する。pH変化はpHのわずかな変動は指さず、そうではなくて、それは意図的な変化を指す。細胞死を減らし、適切な性質のポリペプチドの高い細胞特異的産生率を与える、第二のpH値(例えば6.8)を選択する。第二のpHは培養の最後まで維持することができ、または追加的なpH変動を導入することができる。一実施形態では、pHを少なくとも0.2変えることは有用であり得る。一実施形態では、pH6.8とpH7.5の間の範囲内にある第一のpHを選択する。別の実施形態では、pH6.8とpH7.2の間の範囲内にある第一のpHを選択する。pH変動後に到達する第二のpH値はpH6.0とpH7.5の間の範囲内、またはあるいは6.5と6.8の間であってよい。
【0053】
本発明による細胞培養培地は、様々な細胞培養法において使用することができる。細胞の培養は、接着培養、例えば単層培養、または好ましくは浮遊培養で実施することができる。
【0054】
例えばバイオテクノロジー産業において確立した様々な発酵プロセスによって、細胞の大規模培養を使用することができる。本発明による細胞培養培地を使用して、連続および不連続な細胞培養プロセスを利用することができる。他の知られているリアクター技術、例えば灌流技術なども利用することができる。バッチプロセスは好ましい一実施形態である。
【0055】
バッチ細胞培養は、フェドバッチ培養または単純バッチ培養を含む。用語「フェドバッチ細胞培養」は、哺乳動物細胞および細胞培養培地を最初に培養容器に供給し、他の培養栄養素を、培養の停止前に定期的な細胞および/または産物採取有りまたは無しで培養プロセス中に、培養物に連続的または不連続な増加で供給する、細胞培養を指す。用語「単純バッチ培養」は、哺乳動物細胞および細胞培養培地を含めた細胞培養に関する全ての成分を、培養プロセスの開始時に培養容器に供給する手順に関する。
【0056】
本発明の好ましい一実施形態では、培養物の供給はフェドバッチプロセスで行う。培養プロセス中に培地内で枯渇する培地成分および栄養素を交換するためのこのような供給は、細胞に有益である。典型的には、供給液は、アミノ酸、エネルギー源として少なくとも1つの炭水化物、微量元素、ビタミンまたは特定イオンを含む。供給液は細胞の必要性に応じて加え、それらは特定の細胞系または細胞クローンおよび産物に関して決定された所定のスケジュールに基づくか、または培養プロセス中に測定されるかのいずれかである。濃縮供給液を使用して、多量体積増大および培地の希釈を回避することが特に有利である。いくつかの実施形態では、少なくとも2つの異なる供給液を有することが有用である可能性もある。これは細胞への2つ以上の異なる群の栄養素と成分の独立した投与、したがって特定栄養素の最適な供給に関する供給条件のより良い調節を可能にする。
【0057】
本発明のさらなる実施形態では、細胞培養培地に加える2つの供給液の1つは、ジペプチドシスチンおよびアミノ酸チロシンを含む供給物である。供給物は、10を超える塩基性pHにおいて水溶液中に約6.5g/lと約8.0g/lの範囲内および約9g/lと約11g/lの範囲内の各濃度で、ジペプチドシスチンおよびアミノ酸チロシンを含有することが好ましい。特定の実施形態では、濃縮供給物は、10を超えるpHにおいて10.06g/lのL−チロシンおよび7.25g/lのシスチンの各濃度で、ジペプチドシスチンおよびアミノ酸チロシンを含む。
【0058】
前に記載したようなシスチンおよびチロシンを含む供給培地は、測定した各アミノ酸の消費に基づくか、または例えば、1日当たり初代細胞培養培地重量の約0.2重量%〜約0.8重量%、好ましくは1日当たり初代細胞培養培地重量の約0.4重量%での固定スケジュールに従うかのいずれかで、加えることができる。
【0059】
いくつかの例では、他の供給液は、チロシンおよびシスチン以外の、塩基性培地中にも存在する全ての他のアミノ酸を含有する。いくつかの例では、この追加的供給液は、例えばアミノ酸または炭水化物などの、特定の選択した成分からなってよい。本発明のさらなる好ましい実施形態では、この濃縮供給培地は、以下の濃度範囲に従う選択したアミノ酸を含有することが好ましい。
【0061】
グルコースなどの炭水化物も、この濃縮供給培地に加えることが好ましく、好ましい濃度は約1200mmol/lと約1400mmol/lの間、またはあるいは約1300mmol/lと約1395mmol/lの間である。
【0062】
グルコースなどの炭水化物を含むことが好ましい、直前に記載した供給培地は、測定した各アミノ酸の消費に基づくか、または1日当たり初代細胞培養培地重量の例えば約1重量%〜約4重量%、好ましくは、1日当たり初代細胞培養培地重量の約2重量%での固定スケジュールに従うかのいずれかで、加えることができる。
【0063】
本発明による細胞培養培地中で培養する細胞には、哺乳動物および非哺乳動物細胞がある。非哺乳動物細胞には、昆虫細胞などがある。しかしながら、哺乳動物細胞が好ましい。用語細胞、細胞系および細胞培養物は、本明細書では同義的に使用することができる。
【0064】
哺乳動物細胞の例には、ヒト網膜芽細胞、ヒト子宮頸癌細胞、ヒト胎児由来腎臓細胞系、ヒト肺細胞、ヒト肝臓細胞、PER.C6細胞(ヒト網膜芽細胞由来の細胞系)、ヒトヘパトーマ細胞系およびAGE1.HNなどのヒト細胞系、SV40によって形質転換したサル腎臓CV1系、サル腎臓細胞、アフリカミドリザル腎臓細胞、チャイニーズハムスター卵巣細胞/−DHFR、ベビーハムスター腎臓細胞、マウスセルトリ細胞、マウス乳腺腫瘍細胞、イヌ腎臓細胞、バッファローラット肝臓細胞、TRI細胞、MRC5細胞、FS4細胞があり、CHO細胞は本発明を実施するのに好ましい細胞系である。
【0065】
本発明の好ましい一実施形態では、これらの細胞は、異なる系統のCHO細胞、野生型CHOK1、CHOdhfr−(Dux1)またはCHOdhfr−(DG44)など、さらにHEK細胞、Sp2/0細胞であってもよい。これらの細胞は、対象の(1つまたは複数の)ポリペプチドをコードする1つまたは複数のDNA構築物で典型的にはトランスフェクトする。これらの宿主細胞中で発現され得る任意のポリペプチドは、本発明に従い産生することができる。
【0066】
本発明による細胞培養培地と共に使用することができる別のクラスの細胞には、モノクローナルまたはポリクローナル抗体の産生に一般に使用されるハイブリドーマ細胞がある。
【0067】
本発明による細胞培養および細胞培養培地から産生することができるポリペプチドは制限されない。ポリペプチドは組換え型または非組換え型であってよい。本明細書で使用する用語「ポリペプチド」は、ペプチド結合により接合した3つ以上のアミノ酸の鎖で構成される分子、2本以上のこのような鎖を含有する分子、例えばグリコシル化によってさらに修飾された1本または複数本のこのような鎖を含む分子を包含する。用語ポリペプチドはタンパク質を包含するものとする。
【0068】
本発明による細胞培養および細胞培養培地によって産生される好ましいクラスのポリペプチドは、組換え抗体である。
【0069】
用語「抗体」は広義に使用し、(完全長モノクローナル抗体を含めた)モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、多重特異性抗体(例えば、二重特異性抗体)、ナノボディ、修飾抗体、抗体のサブユニット、抗体誘導体、人工抗体、抗体とタンパク質の組合せ、および望ましい生物活性を示すほど十分長い抗体断片を具体的には含む。本明細書で使用するモノクローナル抗体はヒト抗体であってよい。
【0070】
しかしながら、抗体以外のポリペプチド、例えば、膜貫通タンパク質、受容体、ホルモン、増殖因子、プロテアーゼ、凝固および抗凝固タンパク質、阻害剤タンパク質、インターロイキン、輸送因子、融合タンパク質などのようなポリペプチドを、本発明による細胞培養および細胞培養培地を使用して産生することもできる。
【0071】
このような細胞培養プロセスから得られる産物は、医薬調製物の調製に使用することができる。用語「医薬調製物」は、哺乳動物、特にヒトへの投与に適切または適合状態の組成物を示す。さらに、本発明による(1つまたは複数の)タンパク質は、薬学的に許容される界面活性剤、レシピエント、担体、希釈剤および賦形剤などの生物学的活性剤の他の成分と一緒に投与することができる。
【0072】
表1は市販の培地および従来技術からの他の細胞培養培地の組成を要約し、値は公開された値に基づき、したがってNaOHなどの添加は値の中に含まれない。したがってナトリウム濃度またはナトリウムとカリウムの比はむしろ過小評価されており、本発明の値からはさらに一層かけ離れている。
【0074】
表2は、それらの特定の低いナトリウムイオンとカリウムイオンの比によって特徴付けられる、本発明による細胞培養培地の配合を開示する。
【0076】
表3は、本発明による化学的に定義された細胞培養培地に関する例の組成を開示する。これらの細胞培養培地の個々の成分は、標準的な市販品から入手可能である。
【実施例】
【0078】
以下に記載する実施例中では、上記の表3中に詳述する組成を有する、化学的に定義された細胞培養培地1および2を使用する。これらの細胞培養培地の個々の成分は、標準的な市販品から入手可能である。
【0079】
以下の表4は、L−チロシンおよびシスチンを含有する濃縮供給培地の組成を示す。供給培地は、測定した各アミノ酸の消費に基づくか、または1日当たり例えば0.4重量%での固定スケジュールに従うかのいずれかで、加えることができる。
【0080】
【表7】
【0081】
以下の表5は、例示的な濃縮供給培地の組成を示す。供給培地は、測定したアミノ酸の消費に基づくか、または1日当たり例えば2重量%での固定スケジュールに従うかのいずれかで、加えることができる。
【0082】
【表8】
【0083】
実施例の実験用に、無血清、無タンパク質培地条件に適合させることによって、dhfr(+)CHO−K1細胞系ATCC CCL−61に由来する親CHO細胞系を使用する(Kao et.al., Genetics,1967,55,513-524; Kao et.al., PNAS,1968,60,1275-1281; Puck et.al., J.Exp.Med.,1958,108,945-959)。この親細胞系の2アリコートをトランスフェクトして、それぞれ2つの異なるモノクローナル抗体mAB1、mAB2を発現させる。
【実施例1】
【0084】
実施例1中では、培地1を含有する2つの振とうフラスコ培養物を、mAb1産生CHOクローンと平行して接種する。振とうフラスコ培養物は、37℃において二酸化炭素インキュベーター中でインキュベートする。第3日に、1つの振とうフラスコを33℃に設定した二酸化炭素インキュベーターに移す。両方の振とうフラスコに、2つの供給液を同様に供給する。供給物には固定スケジュールに従い補充し、第5日に始めて1日当たり0.4%の第一の供給液(表2)および2%の第二の供給液(表3)を加え、培養の最後まで続けた。
【0085】
33℃への温度変動によって、実験の全期間37℃に維持した培養物と比較して、経時的な培養物の生存細胞密度および生存率(
図1および2)の長期の維持、および高い産物力価の獲得(
図3)が可能になる。この実施例は、CHO細胞系ベースの細胞培養の生産プロセス中に33℃への温度変動を実施する利点を例示する。
【実施例2】
【0086】
この実施例では、培地2を含有する300LバイオリアクターにmAb2産生CHOクローンを接種する。第5日に、バイオリアクターの温度を36.5℃から33℃に変動させる。pH目標値は6.90であり不動帯は0.10である。結果として、培養はpH7.00で始まり、pHは第2日と第4日の間に6.80まで移動し、細胞による乳酸消費のため次いで7.00に次第に戻る(
図4)。pH6.80への変動によって、一定pH7.00でのシナリオと比較して、塩基の添加を減らすことができる。pH7.00への回復によって、第一の変動後pHを6.80に放置するシナリオと比較して、培地内のCO
2の濃度を低下させることが可能である。温度変動とpH変動を組み合わせたこの方法では、高い生存細胞密度に達し、経時的な生存細胞密度の低下は最小であり(
図5)、第14日に適切な性質の産物の高力価に達することができる(
図6)。供給は実施例1中と同様に施す。