特許第6348743号(P6348743)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6348743
(24)【登録日】2018年6月8日
(45)【発行日】2018年6月27日
(54)【発明の名称】水素発生用合金電極およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C25B 11/06 20060101AFI20180618BHJP
   C25B 1/02 20060101ALI20180618BHJP
   C25D 3/56 20060101ALI20180618BHJP
【FI】
   C25B11/06 A
   C25B1/02
   C25D3/56 A
【請求項の数】2
【全頁数】6
(21)【出願番号】特願2014-57227(P2014-57227)
(22)【出願日】2014年3月19日
(65)【公開番号】特開2015-178666(P2015-178666A)
(43)【公開日】2015年10月8日
【審査請求日】2016年12月19日
(73)【特許権者】
【識別番号】000005119
【氏名又は名称】日立造船株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103517
【弁理士】
【氏名又は名称】岡本 寛之
(74)【代理人】
【識別番号】100149607
【弁理士】
【氏名又は名称】宇田 新一
(74)【代理人】
【識別番号】100182420
【弁理士】
【氏名又は名称】冨永 宗平
(74)【代理人】
【識別番号】100070161
【弁理士】
【氏名又は名称】須賀 総夫
(72)【発明者】
【氏名】橋本 功二
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 祐介
(72)【発明者】
【氏名】加藤 善大
(72)【発明者】
【氏名】四宮 博之
(72)【発明者】
【氏名】泉屋 宏一
(72)【発明者】
【氏名】熊谷 直和
【審査官】 萩原 周治
(56)【参考文献】
【文献】 特許第4561149(JP,B2)
【文献】 特開平11−172483(JP,A)
【文献】 特公昭60−053757(JP,B2)
【文献】 特開昭57−060086(JP,A)
【文献】 特開昭57−041389(JP,A)
【文献】 特開昭55−091984(JP,A)
【文献】 米国特許第04410413(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25B 1/00−15/08
C25D 3/00−3/66
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属製の電極基材を、鉄:45原子%を超え52.6原子%以下および炭素:4.8〜10原子%を含有し、残部を39.6原子%以上のニッケルと0.1原子%以上のコバルトとが占める組成の合金で被覆してなる水素発生用合金電極。
【請求項2】
請求項1に記載した水素発生用合金電極を製造する方法であって、鉄の可溶性塩、コバルトの可溶性塩、ニッケルの可溶性塩、アミノカルボン酸およびホウ酸を含有し、酸を加えてpHを2以下としたメッキ液を使用し、金属製の電極基材を陰極として電解を行ない、電極基材上にFe−Co−Ni−C合金を析出させることからなる製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルカリ水溶液を電解して水素を発生させるための合金電極と、その製造方法に関する。本発明の電極は、高温の、中性ないし強アルカリ性の水溶液の電気分解に使用したとき、水素を高い速度で発生させることがでる。
【背景技術】
【0002】
再生可能エネルギーを利用するために、太陽光発電や風力発電をはじめとする技術が開発されつつあるが、これらの再生可能エネルギーを起源とする電力に伴う問題は、その電力の発生量が刻々変動ないし断続することにある。この問題に対処するひとつの方策として、その電力を用いて、水電解、とくにアルカリ水溶液の電解を行なって水素を製造し、エネルギー源とすることが検討されている。電解を効率よく実施するためには、少ない電力消費で水溶液の電解が進む陰極および陽極が要求され、そうした電極を製造する技術が開発されつつある。
【0003】
発明者らの一人は、他の共同発明者らとともに、高活性で耐久性にすぐれた水素発生用合金電極を発明し、あわせてその製造を、簡便でコストの低い電極製造技術である電析法を利用して行なう方法を発明し、早期に開示した(特許文献1)。その水素発生用合金電極は、鉄:2.9〜45原子%および炭素:0.6〜10原子%を含有し、残部を5原子%以上のニッケルと、0.1原子%以上のコバルトが占める組成の合金を電極活物質として、適宜の電極基材の表面に形成してなる電極である。この水素発生用合金電極を製造する方法は、鉄の可溶性塩、コバルトの可溶性塩およびニッケルの可溶性塩に加えて、オキシカルボン酸またはアミノカルボン酸を含有し、酸を加えてpHを2以下に調整したメッキ液を使用して電解を行ない、陰極基材上に、Fe−Co−Ni−C合金を析出させることからなる。
【特許文献1】特許第4561149号
【0004】
特許文献1の合金電極における鉄の含有量は2.9〜45原子%であるが、この上限値は、Ni−Co合金に多量のFeが加わると、合金の結晶構造が面心立方晶から体心立方晶に変り、電解中断時に電極からFeが溶けやすくなって電極の耐久性が損なわれる、ということから定めたものである。しかし、この問題は、電極の使用条件を調節することにより、かなり回避できるし、鉄の含有量が65原子%を超えるまでは、致命的なものではない。その後の研究により、45原子%を超える鉄の存在が、より高い水素発生に対する活性をもたらすことがわかった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、この新しく得た知見を活用し、水溶液を電解して水素を発生させるために使用する電極であって、高い活性を示す合金電極を提供することにある。この合金電極を製造する方法を提供することもまた、本発明の目的に含まれる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の水素発生用合金電極は、金属製の電極基材を、鉄:45原子%を超え65原子%以下および炭素:0.6〜10原子%を含有し、残部を5原子%以上のニッケルと、0.1原子%以上のコバルトが占める組成の合金で被覆してなる電極である。
【0007】
上記の水素発生用合金電極を製造する本発明の方法は、鉄の可溶性塩、コバルトの可溶性塩、ニッケルの可溶性塩に加えて、アミノカルボン酸およびホウ酸を含有し、酸を加えてpHを2以下としたメッキ液を使用し、金属製の電極基材を陰極として電解を行ない、電極基材上に上記の組成をもつFe−Co−Ni−C合金を析出させることからなる。このメッキ液に、ドデシル硫酸ナトリウムなどの添加剤を少量加えることも、得られる電極の表面の平滑性を高める上で有効である。
【発明の効果】
【0008】
本発明の水素発生用合金電極は、電解用のアルカリ水溶液に自然浸漬中の腐食溶解を防止するために、ニッケル成分が必須であるが、水素発生に対する活性を向上させるためには、鉄、コバルトおよび炭素を含む必要がある。中でも、炭素、コバルトとともに、鉄を50原子%付近またはそれ以上の多量に含む合金が、とくに水素発生の活性が高いことが確認された。このようにして本発明の電極は、アルカリ水溶液の電解に使用して水素を発生させるための電極であって、高い活性とすぐれた耐久性とを合わせ有する電極である。
【0009】
本発明の水素発生用合金電極の製造方法は、電気メッキという簡単な方法で所望の組成の合金を得ることができ、低い製造コストで高性能な電極を製造することを可能にした。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の水素発生用電極を形成する合金の組成を、上記のように限定した理由を説明する。
Fe:45原子%を超え65原子%以下
鉄は、コバルトおよびニッケル上での水素の放電を加速する作用を有する元素であって、電極合金中に炭素と共存することによって、水素発生に対する高い活性を付与する。この目的にとって合金中2.9〜45原子%の鉄含有量が有用であることは、特許文献1に開示したが、45原子%を超える合金も、水素発生に高活性をそなえている。一方、Ni−Co系合金に多量の鉄を添加すると、電解中断時に鉄が溶解しやすくなって、電極の耐久性が低下するから、鉄の添加は65原子%以下に止める必要がある。
【0011】
C:0.6〜10原子%
炭素は、Fe−Co−Ni合金中でこれらの金属元素と結合し、電荷移動によって水素の放電を加速して水素発生に対する活性を向上させるとともに、電解停止時に金属元素が腐食されて溶解することを防止する作用を有する。この作用を発揮させるには、合金中に0.6原子%以上の炭素が存在する必要がある。しかし、過剰に添加すると、鉄炭化物相が面心立方体の母相から分離して生成してしまい、かえって電解中断時に鉄が溶解する原因となるため、10原子%以下としなければならない。
【0012】
Co:残部のうち、ニッケルが占める5原子%以上を除く0.1原子%以上
コバルトは、ニッケルと共存すると合金の水素発生能力を高める元素であって、この効果を得るためには、合金中に0.1原子%以上存在する必要がある。
【0013】
Ni:残部のうち、Coが占める0.1原子%以上を除く5原子%以上
ニッケルは、本発明の合金にとって必須の元素であり、水素発生に対する高い活性を与える。一方、電極使用時に電解を中断すると、Co−Fe系合金が水溶液中で腐食されやすいから、それを防ぐため、合金中にニッケルが5原子%以上存在すできである。
【0014】
本発明の合金電極の製造方法において、メッキ浴に添加するアミノカルボン酸の好適な例は、リシン(C14)である。リシンは、塩酸塩(C14・HCl・HCl)の形で使用してもよい。本発明の電極を形成する合金において、主に原料中の不純物に由来するイオウやリンが少量含まれることがあり得るが、水素発生に対する活性にも、耐久性にも支障はない。
【実施例】
【0015】
[実施例1]
下記の組成の水溶液を用意し、
NiSO・6HO 1.14モル
NiCl・6HO 0.19モル
CoSO・7HO 0.001モル
FeSO・7HO 0.108モル
BO 0.49モル
1225NaSO 0.104ミリモル
14HCl 0.125または0.2モル
硫酸を添加してpHを1.5に調整し、メッキ浴とした。
【0016】
このメッキ浴を使用し、ニッケル基板に、電流密度500A/mで18分間、電気量540kC/mの条件でメッキを行なうことによって、電極を製造した。得られた電極を使用し、30重量%KOH水溶液中、90℃において定電流で電解を行ない、水素発生の定電流分極曲線を測定した。分極曲線のターフェル勾配は約36mV/decadeと低く、反応機構的に実現可能な最高の活性を示した。得られた電極の組成と、1,250A/mの電流密度における水素発生過電圧の値を、下の表1に示す。比較のため、特許文献1の電極と、電極活物質に炭素が含まれない電極のデータを併記した。
【0017】
表1
【0018】
[実施例2]
下記の組成の水溶液を用意した。これは実施例1の組成よりも、コバルト塩の濃度が一桁高いものである。
NiSO・6HO 1.14モル
NiCl・6HO 0.19モル
CoSO・7HO 0.01モル
FeSO・7HO 0.108モル
BO 0.49モル
1225NaSO 0.104ミリモル
14HCl 0.1〜0.4モル
硫酸を添加してpHを1.5に調整した。このメッキ液を使用して、ニッケル基板に、電流密度が300A/m、10分間の条件で電気量180kC/mのメッキを行なって、水素発生用電極を製造した。
【0019】
得られた電極を用い、30重量%KOH水溶液中、90℃において定電流で電解を行ない、水素発生の定電流分極曲線を測定した。実施例2の電極も、実施例1の電極と同様に、水素発生の分極曲線のターフェル勾配は約36mV/decadeと低く、反応機構的に実現可能な最高の活性を示した。得られた電極の組成と、1,250A/mの電流密度における水素発生過電圧の値を、下の表2に示す。参照の便のため、比較例のデータを併記する。
【0020】
表2
【0021】
本発明の電極は、特許文献1の電極と同等またはそれより低い水素発生過電圧を示し、高温で濃厚なアルカリ水溶液を電解して水素を発生させる目的で使用するのに好適な、省エネルギーを実現できる陰極である。