(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
母材と、前記母材の表面に形成される下部メッキ層と、前記下部メッキ層よりも外側に形成され前記下部メッキ層の上面よりもイオン化傾向の高い成分を含む少なくとも一層以上の中間メッキ層と、前記中間メッキ層よりも外側に形成される上部メッキ層とを有する、電池の電極端子用鋼板であって、前記下部メッキ層はニッケル−鉄(Ni−Fe)拡散合金を主成分とし、前記中間メッキ層は硫黄(S)分を含むニッケル(Ni)を主成分とし、前記上部メッキ層はニッケル(Ni)を主成分とする、電極端子用鋼板。
請求項1に記載の電池の電極端子用鋼板であって、前記中間メッキ層は、ニッケル(Ni)に対して0.1〜0.2重量%の割合で硫黄(S)分を含み、厚さは0.3μm以上である電極端子用鋼板。
請求項2に記載の電池の電極端子用鋼板であって、前記上部メッキ層は、無光沢ニッケル(Ni)もしくは無光沢ニッケル−コバルト(Ni−Co)合金を主成分とし、電池の電極端子の最外面を構成する、電極端子用鋼板。
【発明を実施するための形態】
【0011】
図1に実施形態として示す円筒形アルカリ電池(LR6型(単三形)アルカリ電池)の構成(以下、アルカリ電池1と称する。)を示している。尚、同図ではアルカリ電池1を縦断面図(円筒軸の延長方向を上下(縦)方向としたときの断面図)として示している。
【0012】
同図に示すように、アルカリ電池1は、有底筒状の金属製の電池缶(以下、正極缶11と称する。)、正極缶11に挿入される正極合剤21、正極合剤21の内周側に設けられる有底円筒状のセパレータ22、セパレータ22の内周側に充填される負極合剤23、正極缶11の開口部に樹脂製の封口ガスケット35を介して嵌着される負極端子板32、及び負極端子板32の内側にスポット溶接等によって固設される、真鍮等の金属製の素材からなる棒状の負極集電子31を備えている。負極端子板32は、後述する電極端子用鋼板5をプレス加工して形成したものである。正極合剤21、セパレータ22、及び負極合剤23は、アルカリ電池1の発電要素20を構成している。
【0013】
正極缶11は導電性であり、後述する電極端子用鋼板5をプレス加工して形成したものである。正極缶11は、正極集電体と正極端子の機能を兼ねており、その底部には凸状の正極端子部12が一体形成されている。
【0014】
正極合剤21は、正極活物質としての電解二酸化マンガン(EMD)、導電材としての黒鉛、及び水酸化カリウム(KOH)を主成分とするアルカリ電解液を、ポリアクリル酸などのバインダとともに混合し、その混合物を圧延、解砕、造粒、分級等の工程にて処理した後、圧縮して中空円筒状(環状)に成形したものである。同図に示すように、正極缶11内には、中空円筒状のペレットからなる複数の正極合剤21が、正極缶11の円筒軸と同軸に上下方向に積層されて圧入されている。
図1のアルカリ電池1では、正極缶11内に3つの正極合剤21を圧入している。
【0015】
負極合剤23は、水酸化カリウム(KOH)を主成分とするアルカリ電解液とゲル化剤とを含むゲル状の電解液に、負極活物質としての亜鉛合金粉末を分散させたものである。ゲル化剤は、耐アルカリ性の高吸水性高分子からなる吸水樹脂を含む(架橋型のポリアクリル酸塩等)。亜鉛合金粉末は、ガスアトマイズ法や遠心噴霧法によって造粉されたものであり、亜鉛、ガスの発生の抑制(漏液防止)等を目的として添加される合金成分(ビスマス、アルミニウム、インジウム等)を含む。負極集電子31は負極合剤23の中心部に貫入されている。
【0016】
[電極端子用鋼板]
図2は、負極端子板32並びに正極缶11の素材として用いる電極端子用鋼板5の構成を説明する図(一部断面図)である。同図に示すように、電極端子用鋼板5は、鉄(Fe)を含んだ材料からなる母材211、母材211の表面に形成される下部メッキ層212、下部メッキ層212の上に形成される中間メッキ層213、及び中間メッキ層213の上に形成される上部メッキ層214を有する。
【0017】
下部メッキ層212は、ニッケル(Ni)と鉄(Fe)を熱拡散処理により形成したニッケル−鉄拡散合金(以下、「Ni−Fe拡散合金」とも表記する。)を主成分とする。各成分の濃度は下部メッキ層212の上下方向に一様ではなく、母材211に近い側程、鉄(Fe)の濃度が高く、中間メッキ層213に近い程、ニッケル(Ni)の濃度(含有率)が高い。中間メッキ層213は、硫黄(S)分を含む光沢ニッケル(Ni)を主成分とし、上部メッキ層214は、無光沢ニッケル(Ni)(もしくはニッケル−コバルト合金(以下、「Ni−Co合金」とも表記する。))を主成分とする。上部メッキ層214は、硫黄(S)分を含まない(硫黄(S)又は硫黄化合物の含有量が0.001重量%未満(検出限界以下)である。)。
【0018】
ここで負極端子板32並びに正極缶11の素材として以上の構成からなる電極端子用鋼板5を用いてアルカリ電池1を構成した場合、該アルカリ電池1は以下の(1)〜(4)に示す効果を奏する。
【0019】
(1)Ni−Fe拡散合金を主成分とする下部メッキ層212と無光沢ニッケル(Ni)(もしくはNi−Co合金)を主成分とする上部メッキ層214との間に、硫黄(S)分を含む光沢ニッケル(Ni)を主成分とする中間メッキ層213を設けることで、硫黄(S)分により腐食電位が下部メッキ層212の上面(下部メッキ層212の中間メッキ層213側の面)よりも低くなるメッキ層を設ける(下部メッキ層212の上面よりも中間メッキ層213の方がイオン化傾向は高くなる)。その結果、例えば、
図3に示すようにプレス加工等によって割れ311が生じた場合、下部メッキ層212よりも先に中間メッキ層213が腐食して下部メッキ層212並びに母材211の腐食を遅らせることができる。後述するように、中間メッキ層213の硫黄(S)分は光沢ニッケル(Ni)に対して0.1〜0.2重量%とすることが好ましい。腐食電位の大小関係は次の通りである。
【0020】
無光沢ニッケル(Ni)>Ni−Fe拡散合金の上面
>硫黄(S)分を0.1〜0.2重量%含む光沢ニッケル(Ni)
また、耐食性の効果を発揮するには中間メッキ層213の厚さは0.3μm以上が好ましい。
【0021】
(2)最外面を構成する無光沢ニッケル(Ni)(もしくはNi−Co合金)を主成分とする上部メッキ層214は、硫黄(S)分を含まない。このため、硫黄(S)分が共析することに起因する酸化被膜の形成が抑制され、アルカリ電池1とこれが装填される機器との間の接触抵抗の上昇が抑制される。
【0022】
(3)硫黄(S)分を含まない上部メッキ層214は柔軟性に富み、プレス加工時の割れの発生が抑制されて耐腐食性が向上する。
【0023】
(4)最外面を構成する上部メッキ層214をNi−Co合金で構成した場合はこれを無光沢ニッケル(Ni)で構成した場合と比べて経年により形成される酸化皮膜の抵抗値が低くなり、機器との間の接触状態が向上する。またNi−Co合金は無光沢ニッケル(Ni)よりも硬度が高いので正極缶11をプレス加工する場合等の絞り率の高い加工を行う際の金型へのメッキ屑の付着を抑えることができ、負極端子板32並びに正極缶11の外観不良の発生抑止、金型の長寿命化が図られる。
【0024】
[評価試験]
以上の構成からなるアルカリ電池1について、電極端子用鋼板5を前述の構成としたことによるアルカリ電池1の性能改善効果を検証すべく、以下の試験1〜4を行った。
【0025】
<試験1>
試験1では、上部メッキ層214を無光沢ニッケル(Ni)層とした、
図4並びに
図5に示す構成からなる電極端子用鋼板5をプレス加工することにより正極缶11を繰り返し作成し、金型寿命に至るまでの加工回数(以下、寿命加工数とも称する。)を計数した。また作成した正極缶11を用いて前述した構成からなるアルカリ電池1を作成し、長期保存後の放電性能及び耐腐食性を測定した。前者の放電性能については、恒温槽7日保存(温度60℃、湿度90%)にて加速後のアルカリ電池1について測定した。放電性能の比較は、デジタルスチルカメラの使用時等における重負荷放電を想定したサイクル放電試験(1500mWで2秒放電、650mWで28秒放電のサイクルを1時間当たり10回(1時間当たりの休止時間55分))を行い、終止電圧(1.05V)に至るまでのサイクル数を計数し、これを比較することにより行った。後者の耐腐食性については、恒温槽保存(温度60℃、湿度90%)中における錆びの発生状況を目視検査し錆びの発生が確認されるまでの経過日数(上限100日)を記録することにより行った。尚、
図4及び
図5のいずれについても、下部メッキ層212の層厚は0.6μm、中間メッキ層213の層厚は0.3μm(
図5の第1層及び第2層の層厚はいずれも0.15μm)、上部メッキ層214の層厚は0.2μmとした(後述の試験4も共通)。表1に試験の結果を示す。
【0026】
【表1】
No.1は上部メッキ層214及び中間メッキ層213を有しない電極端子用鋼板5(下部メッキ層212のみを有する電極端子用鋼板5)を用いて正極缶11を作成した場合の試験結果、No.2は中間メッキ層213を有しない電極端子用鋼板5(下部メッキ層212と上部メッキ層214のみを有する電極端子用鋼板5)を用いて正極缶11を作成した場合の試験結果である。表1における寿命加工数及び放電性能は、いずれもNo.1の試験結果を100とした場合における相対値で示している。
【0027】
No.3〜No.6は、いずれも
図4に示す構成の電極端子用鋼板5を用いて正極缶11を作成した場合の試験結果である。No.3〜No.6は、夫々、電極端子用鋼板5の中間メッキ層213の硫黄(S)分の量が異なる。No.7は
図5に示す構成からなる(中間メッキ層213が2層構造(硫黄(S)分を0.2重量%とした第1層と硫黄(S)分を0.1重量%とした第2層))電極端子用鋼板5を用いて正極缶11を作成した場合の試験結果である。
【0028】
No.4〜No.6については放電性能及び耐腐食性のいずれについても良好な結果が得られた。とくに硫黄(S)分を0.1重量%としたNo.4、及び硫黄(S)分を0.2重量%としたNo.5については、放電性能及び耐腐食性のいずれについても高い改善効果が得られた。またNo.7から、2層構造の中間メッキ層213を有する電極端子用鋼板5を用いた場合も放電性能及び耐腐食性の双方について高い改善効果が得られることがわかった。
【0029】
<試験2>
試験1と同一条件にて、下部メッキ層212の層厚は0.6μm、中間メッキ層213の層厚は0.29μm(
図5の第1層及び第2層の層厚はいずれも0.145μm)とし、上部メッキ層214の層厚は0.2μmとした。表2に試験の結果を示す。
【0030】
【表2】
試験1にてNo.4〜No.6については放電性能及び耐腐食性のいずれについても良好な結果が得られていたが、試験2にて中間メッキ層を0.3μm以下にした結果、温度60℃、湿度90% 100日以下で錆が発生した結果となった。その為、耐食性の効果を発揮させるためには中間メッキ層は0.3μm以上が必要である。
【0031】
<試験3>
試験3では、上部メッキ層214をNi−Co合金層とした、
図6並びに
図7に示す構成からなる電極端子用鋼板5をプレス加工することにより正極缶11を作成し、金型寿命に至るまでの寿命加工数を計数した。また作成した正極缶11を用いて前述した構成からなるアルカリ電池1を作成し、試験1と同様の方法で長期保存後の放電性能及び耐腐食性を測定した。
図6及び
図7のいずれについても下部メッキ層212の層厚は0.6μm、中間メッキ層213の層厚は0.3μm(
図7の第1層及び第2層の層厚はいずれも0.15μm)、上部メッキ層214の層厚は0.2μmとした(後述の試験5も共通)。表3に試験の結果を示す。
【0032】
【表3】
No.1及びNo.2については、夫々、表1のNo.1及びNo.2と共通である。No.8〜No.11は、いずれも
図6に示す構成の電極端子用鋼板5を用いて正極缶11を作成した場合の試験結果である。No.8〜No.11は、夫々、電極端子用鋼板5の中間メッキ層213の硫黄(S)分の量が異なる。No.12は、
図7に示す構成からなる(中間メッキ層213が2層構造(硫黄(S)分を0.2重量%とした第1層と硫黄(S)分を0.1重量%とした第2層))電極端子用鋼板5を用いて正極缶11を作成した場合の試験結果である。
【0033】
No.9〜No.11については、放電性能及び耐腐食性のいずれについても良好な結果が得られた。とくに硫黄(S)分を0.1重量%としたNo.9、及び硫黄(S)分を0.2重量%としたNo.10については、放電性能及び耐腐食性のいずれについても高い改善効果が得られた。またNo.12から、2層構造の中間メッキ層213を有する電極端子用鋼板5を用いた場合も放電性能及び耐腐食性の双方について高い改善効果が得られることがわかった。またNo.9〜No.12については、放電性能及び耐腐食性の向上に加えて、寿命加工数(金型寿命)も向上することがわかった。
【0034】
<試験4>
試験4では、上部メッキ層214を無光沢ニッケル(Ni)層とした、
図4並びに
図5に示す構成からなる電極端子用鋼板5をプレス加工することにより負極端子板32を作成し、金型寿命に至るまでの加工数(以下、寿命加工数とも称する。)を計数した。また作成した負極端子板32を用いて前述した構成からなるアルカリ電池1を作成し、試験1と同様の方法により、長期保存後の放電性能及び耐腐食性を測定した。表4に試験の結果を示す。
【0035】
【表4】
No.21は上部メッキ層214及び中間メッキ層213を有しない電極端子用鋼板5(下部メッキ層212のみを有する電極端子用鋼板5)を用いて負極端子板32を作成した場合の試験結果、No.22は中間メッキ層213を有しない電極端子用鋼板5(下部メッキ層212と上部メッキ層214のみを有する電極端子用鋼板5)を用いて負極端子板32を作成した場合の試験結果である。表4において、寿命加工数及び放電性能は、いずれもNo.21の試験結果を100とした場合における相対値で示している。
【0036】
No.23〜No.26は、いずれも
図4に示す構成の電極端子用鋼板5を用いて負極端子板32を作成した場合の試験結果である。No.23〜No.26は、夫々、電極端子用鋼板5の中間メッキ層213の硫黄(S)分の量が異なる。No.27は
図5に示す構成からなる(中間メッキ層213が2層構造(硫黄(S)分を0.2重量%とした第1層と硫黄(S)分を0.1重量%とした第2層))電極端子用鋼板5を用いて負極端子板32を作成した場合の試験結果である。
【0037】
No.24〜No.26については放電性能及び耐腐食性のいずれについても良好な結果が得られた。とくに硫黄(S)分を0.1重量%としたNo.24、及び硫黄(S)分を0.2重量%としたNo.25については、放電性能及び耐腐食性のいずれについても高い改善効果が得られた。またNo.27から、2層構造の中間メッキ層213を有する電極端子用鋼板5を用いた場合も放電性能及び耐腐食性の双方について高い改善効果が得られることがわかった。
【0038】
<試験5>
試験5では、上部メッキ層214をNi−Co合金層とした、
図6並びに
図7に示す構成からなる電極端子用鋼板5をプレス加工することにより負極端子板32を作成し、金型寿命に至るまでの寿命加工数を計数した。また作成した負極端子板32を用いて前述した構成からなるアルカリ電池1を作成し、試験1と同様の方法で長期保存後の放電性能及び耐腐食性を測定した。表5に試験の結果を示す。
【0039】
【表5】
No.21及びNo.22は、夫々、表4のNo.21及びNo.22と共通である。No.28〜No.31は、いずれも
図6に示す構成からなる電極端子用鋼板5を用いて負極端子板32を作成した場合の試験結果である。No.28〜No.31の電極端子用鋼板5は、夫々、中間メッキ層213の硫黄(S)分の量が異なる。No.32は、
図7に示す構成からなる(中間メッキ層213が2層構造(硫黄(S)分を0.2重量%とした第1層と硫黄(S)分を0.1重量%とした第2層))電極端子用鋼板5を用いて負極端子板32を作成した場合の試験結果である。
【0040】
No.29〜No.31については、放電性能及び耐腐食性のいずれについても良好な結果が得られた。とくに硫黄(S)分を0.1重量%としたNo.29、及び硫黄(S)分を0.2重量%としたNo.30については、放電性能及び耐腐食性の双方について高い改善効果が得られた。またNo.32から、2層構造の中間メッキ層213を有する電極端子用鋼板5を用いた場合も放電性能及び耐腐食性の双方について高い改善効果が得られることがわかった。またNo.29〜No.32については、放電性能及び耐腐食性の向上に加えて、寿命加工数(金型寿命)も向上することがわかった。
【0041】
<検証>
試験1〜5の結果から、母材211と、母材211の表面上に形成される下部メッキ層212と、下部メッキ層212よりも外側に形成され下部メッキ層212の上面よりもイオン化傾向の高い成分を含む少なくとも一層以上の中間メッキ層213と、中間メッキ層213よりも外側に形成される上部メッキ層214とを有する電極端子用鋼板5を用いて正極板11もしくは負極端子板32を作成し、これを用いてアルカリ電池1を作成することで、放電性能及び耐腐食性の双方について良好な結果が得られることがわかった。また中間メッキ層213については、ニッケル(Ni)に対する硫黄(S)分の含有量を0.1〜0.2重量%とし、厚さを0.3μm以上とすることで放電性能及び耐腐食性の双方について高い改善効果が得られることがわかった。また中間メッキ層213を、硫黄(S)分を0.2重量%とした第1層と硫黄(S)分を0.1重量%とした第2層とからなる2層構造とした場合においても、放電性能及び耐腐食性の双方について高い改善効果が得られることがわかった。また上部メッキ層214をNi−Co合金層とした電極端子用鋼板5で形成した正極缶11又は負極端子板32を用いてアルカリ電池1を作成した場合には、放電性能及び耐腐食性の向上に加えて寿命加工数(金型寿命)も向上することがわかった。
【0042】
尚、以上の説明は本発明の理解を容易にするためのものであり、本発明を限定するものではない。本発明はその趣旨を逸脱することなく、変更、改良され得ると共に本発明にはその等価物が含まれることは勿論である。
【0043】
例えば、本発明は、マンガン電池等、正極缶又は負極端子板を有する他の種類の電池に広く適用することができる。