(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
圧電組成物は、外部から電界が印加されることにより歪みを発生する(電気エネルギーの機械エネルギーへの変換)効果と、外部から応力を受けることにより表面に電荷が発生する(機械エネルギーの電気エネルギーへの変換)効果とを有するものであり、近年、各種分野で幅広く利用されている。例えば、チタン酸ジルコン酸鉛(Pb(Zr,Ti)O
3:PZT)などの圧電組成物は、印加電圧に対して1×10
−10m/Vのオーダーでほぼ比例した歪みを発生することから、微少な位置調整などに優れており、光学系の微調整などにも利用されている。また、それとは逆に、圧電組成物は加えられた応力、あるいは、この応力による変形量に比例した大きさの電荷が発生することから、微少な力や変形量を読み取るためのセンサとしても利用されている。更に、圧電組成物は優れた応答性を有することから、交流電界を印加することで、圧電組成物自身あるいは圧電組成物と接合関係にある弾性体を励振して共振を起こさせることも可能であり、圧電トランス、超音波モータなどとしても利用されている。
【0003】
現在、実用化されている圧電組成物の大部分は、PbZrO
3(PZ)−PbTiO
3(PT)からなる固溶体系(PZT系)である。このPZT系圧電組成物に、様々な副成分あるいは添加物を加えることにより、多種多様なニーズに応えるものが幅広く開発されている。例えば、機械的品質係数(Qm)が小さい代わりに圧電定数(d)が大きく、直流的な使い方で大きな変位量が求められる位置調整用のアクチュエータなどに用いられるものから、圧電定数(d)が小さい代わりに機械的品質係数(Qm)が大きく、超音波モータなどの超音波発生素子のような交流的な使い方をする用途に向いているものまで、様々なものがある。
【0004】
また、PZT系以外にも圧電組成物として実用化されているものはあるが、それもマグネシウム酸ニオブ酸鉛(Pb(Mg,Nb)O
3:PMN)などの鉛系ペロブスカイト組成を主成分とする固溶体がほとんどである。
【0005】
ところが、これらの鉛系圧電組成物は、主成分として低温でも揮発性の極めて高い酸化鉛を60〜70質量%程度と多量に含んでいるが、環境への配慮から使用される酸化鉛を低減することが望まれる。従って、今後圧電磁器および圧電単結晶の応用分野が広がり、使用量が増大すると、圧電組成物の無鉛化が極めて重要な課題となる。
【0006】
鉛を全く含有しない圧電組成物としては、例えばチタン酸バリウム(BaTiO
3)あるいはビスマス層状強誘電体などが知られている。しかし、チタン酸バリウムはキュリー点が120℃と低く、その温度以上では圧電性が消失してしまうので、はんだによる接合または車載用などの用途を考えると実用的でない。一方、ビスマス層状強誘電体は、通常400℃以上のキュリー点を有しており、熱的安定性に優れているが、結晶異方性が大きいことから、通常の分極処理では分極をすることが困難である。そこでホットフォージング法などに代表される、せん断応力による自発分極を配向させる手法を用いることが必要であるが、生産性の点で問題がある。
【0007】
一方、最近では、新たな圧電組成物として、チタン酸ナトリウムビスマス系の組成物について研究が進められている。例えば、特許文献1には、チタン酸ナトリウムビスマスやチタン酸バリウムを含む組成物が開示されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、これらチタン酸ナトリウムビスマス系の圧電組成物は、鉛系圧電組成物に比べ、十分といえる圧電特性が得られない。とりわけ自発分極や圧電定数は不十分であり、更なる圧電特性の向上が求められていた。
また、圧電特性を向上させるために他元素を添加すると、ペロブスカイト構造の構成元素と添加した酸化物が反応し、二次相が多くなり、その結果分極が困難となる。
一般的にBi系ペロブスカイト組成物は、焼成時に結晶粒が異常粒成長しやすく、100μmを越えるような結晶粒と、数μmの細かい結晶粒が混在した不均一な組織になり易く、組織を制御することが難しい。
【0010】
特許文献1に開示されている圧電磁器は、一般式ABO
3で表されるペロブスカイト型の複合酸化物を主成分とし、該一般式中のAがBi、Na、K及びBaから選択された1種又は2種以上の元素からなる。さらに該一般式中のBはTiからなり、該一般式中のB(=Ti)の一部が3価の元素M(III)によって置換されるペロブスカイト型の複合酸化物が示されている。しかし特許文献1の組成範囲では十分な圧電特性は得られていない。さらに特許文献1に示すような方法で3価の元素M(III)の添加量を増やしても、AサイトにおけるBi量は不変であるために、Aサイトにおける余剰アルカリ金属の潮解現象が生じてしまう。そのため、焼結温度の変化に伴って異相が発生してしまう可能性がある。
【0011】
そこで、本発明は、Bサイトの置換量に応じてBiの添加量を制御することにより、偏析(二次相含む)や不均一な組織が生じないチタン酸ナトリウムビスマス系の組成範囲の検討を行った。また鉛を含まない化合物とすることにより、低公害化、対環境性および生態学的見地からも、優れた圧電組成物および圧電素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記の課題を解決するために、チタン酸ナトリウムビスマス系組成物で偏析(二次相含む)や不均一な組織が生じない、良好な圧電特性を示す圧電組成物の検証を行い、従来の組成範囲とは異なる圧電組成物を見出した。
【0013】
本発明による第1の圧電組成物は主成分が、一般式ABO
3で表わされる鉛(Pb)を含まないペロブスカイト型酸化物であり、AサイトはBi、Na、Kを含み、BサイトはTiを含む該ペロブスカイト型酸化物であって、該Tiの一部が遷移金属元素Me(MeはMn、Cr、Fe及びCoから選ばれる少なくとも1種)で置換されたものであり、前記主成分であるペロブスカイト型酸化物全体に対し、Bi及び前記遷移金属元素Meの含有割合が、BiMeO
3換算で、
25〜43mol%であることを特徴とする圧電組成物である。
【0014】
上記圧電組成物に含まれる遷移金属元素Meは、Mn、Cr、Fe及びCoから選ばれる少なくとも1種である。これらの遷移金属元素Meを用いると、電子の運動が特定の軌道に制限される等により電子の局在性が強まり、クーロンポテンシャルの遮蔽が不完全になることで電子間のクーロン相互作用距離が遠くまで及ぶことが可能となる。
【0015】
その結果、AサイトイオンとBサイトイオンが形成するクーロン相互作用が強くなり、クーロンポテンシャルの対称性が下がることから、Bi
u1MeO
3は菱面晶系ペロブスカイト構造、正方晶系ペロブスカイト構造のいずれか1種の結晶構造を得ることが出来る。その結果、優れた圧電特性を有する。
【0016】
上記圧電組成物は、一般式ABO
3で表わされる鉛(Pb)を含まないペロブスカイト型酸化物を主成分とするが、前記圧電組成物中に95%以上含まれる。また特性を害しない範囲で、バリウム、ストロンチウム、アルミニウム等の他の成分を含んでいてもよい。
【0017】
本発明による第2の圧電組成物が、下記式
(1−x−y)(Bi
0.5Na
0.5)
s1TiO
3−y(Bi
0.5K
0.5)
t1TiO
3−xBi
u1MeO
3
0.25≦x≦0.43
0.05≦y
≦0.65、かつx+y<1
s1=1.0
t1=1.0
u1=1.0
(但し、遷移金属元素Meは、Mn、Cr、Fe又はCoから選ばれる少なくとも1種の元素)であることを特徴とする、圧電組成物である。
【0018】
上記(Bi
0.5Na
0.5)TiO
3は菱面晶系ペロブスカイト構造を、(Bi
0.5K
0.5)TiO
3は正方晶系ペロブスカイト構造を有し、かつBiMeO
3は菱面晶系ペロブスカイト構造、正方晶系ペロブスカイト構造を有する。そのため、本発明の圧電組成物は、PZT系圧電組成物と同様に、上記構造のいずれかの結晶系に属するBiMeO
3との結晶学的な相境界(Morphotropic Phase Boundary)付近の組成を有するため、優れた圧電特性を得ることができる。
【0019】
さらに、本発明による圧電組成物を用いることにより、圧電特性に優れた圧電素子が構成される。
【発明の効果】
【0020】
本発明による圧電組成物は、Biの添加量を調整することにより、Aサイトにおける余剰アルカリ金属の潮解性やBサイトとの電荷バランスの不均一性を抑制し、さらにBi添加に伴う低融点化によって異相の発生を抑制することができる。また、菱面晶系ペロブスカイト構造、正方晶系ペロブスカイト構造のいずれかの結晶系に属している第3の化合物Bi
u1MeO
3を含有するので、自発分極量などの圧電特性を満たす圧電組成物、及び圧電特性に優れた圧電素子を提供することができる。
更に、鉛を使用しない本件発明の組成は、低公害化、環境性および生態学的見地から極めて優れた圧電組成物とこれを用いた圧電素子を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0023】
本発明による第1の実施形態に係る圧電組成物は、主成分が一般式ABO
3で表わされるPbを含まないペロブスカイト型酸化物であり、AサイトはBi、Na、Kを含み、BサイトはTiを含む該ペロブスカイト型酸化物であって、該Tiの一部が遷移金属元素Me(MeはMn、Cr、Fe及びCoから選ばれる少なくとも1種)で置換されたものであり、前記主成分であるペロブスカイト型酸化物全体に対し、Bi及び前記遷移金属元素Meの含有割合が、Bi
u1MeO
3換算で、6〜43mol%であることを特徴とする圧電組成物である。
Bi
u1MeO
3の含有量を上記範囲に調整することにより、最大分極量(P)が増大する。理由としては、ペロブスカイト格子のa軸とc軸の比が大きくなり、自発分極値が増大するためである。43mol%を超えてしまうと、抵抗率減少の原因となる相ができ始めることから、自発分極値が減少を始め、測定不能となる。
またBi
u1MeO
3の含有量は、最大分極量(P)がさらに大きい値が得られることから、Bi
u1MeO
3換算で、15〜40mol%を満たしていることが好ましい。さらに好ましくは、Bi
u1MeO
3換算で、25〜35mol%を満たしていることが望ましい。
上記組成を有する圧電組成物は、偏析(二次相含む)や不均一な組織を抑制することができ、最大分極量(P)の大きい値が得られることから、優れた圧電特性を有する。
【0024】
本発明による第2の実施形態に係る圧電組成物は、主成分がペロブスカイト型構造の下記一般式
(1−x−y)(Bi
0.5Na
0.5)
s1TiO
3−y(Bi
0.5K
0.5)
t1TiO
3−xBi
u1MeO
3
0.25≦x≦0.43
0.05≦y
≦0.65、かつx+y<1
s1=1.0
t1=1.0
u1=1.0
(但し、遷移金属元素Meは、Mn、Cr、Fe又はCoから選ばれる少なくとも1種の元素)であることを特徴とする、圧電組成物である。
【0025】
上記式1の第1の化合物としては、チタン酸ナトリウムビスマスが挙げられる。チタン酸ナトリウムビスマスの組成は下記式2により表され、ナトリウムおよびビスマスがペロブスカイト構造のAサイトに位置し、チタンがペロブスカイト構造のBサイトに位置している。
【0026】
(Bi
0.5Na
0.5)
s1TiO
3 (2)
上記式2において、s1はBサイトに位置する元素に対するAサイトに位置する元素のモル比による組成比(以下、A/B比という。)を表し、化学量論組成であれば1であるが、化学量論組成からずれていてもよい。s1が1以下であれば、焼結性を高めることができると共により高い圧電特性を得ることができるので好ましく、0.75未満であると、異相の発生により圧電特性が低下することから、0.75以上1.0以下の範囲であることが好ましい。
【0027】
上記式1の第2の化合物としては、チタン酸カリウムビスマスが挙げられる。チタン酸カリウムビスマスの組成は下記式3により表され、カリウムおよびビスマスがペロブスカイト構造のAサイトに位置し、チタンがペロブスカイト構造のBサイトに位置している。
【0028】
(Bi
0.5K
0.5)
t1TiO
3 (3)
式3において、t1はA/B比を表し、化学量論組成であれば1であるが、化学量論組成からずれていてもよい。t1が1以下であれば、焼結性を高めることができると共により高い圧電特性を得ることができる。0.75未満であると、異相の発生により圧電特性が低下することから、0.75以上1.0以下の範囲内が好ましい。
【0029】
第3の化合物としては、例えば、コバルト酸ビスマスが挙げられる。コバルト酸ビスマスの組成は、式4に表され、ビスマスがペロブスカイト構造のAサイトに位置し、コバルトがペロブスカイト構造のBサイトに位置している。
【0030】
Bi
u1CoO
3 (4)
式4において、u1はA/B比を表し、化学量論組成であれば1であるが、化学量論組成からずれていてもよい。u1が1以下であれば、焼結性を高めることができると共により高い圧電特性を得ることができる。0.75未満であると、異相の発生により圧電特性が低下することから、0.75以上1.0以下の範囲内が好ましい。
【0031】
なお、第3の化合物も、第1、第2の化合物と同様に、そのBサイトが1種類の元素により構成されてもよいし、複数種の元素により構成されてもよい。また、複数種の化合物よりなる場合、各化合物のAサイトとBサイトの元素数比(A/B比)は化学量論組成の1でも、1からずれていてもよいが、1以下、更には0.75以上1.0以下の範囲内であることが好ましい。
【0032】
本発明による第2の実施形態に係る圧電組成物は、主成分がペロブスカイト型構造の下記一般式
(1−x−y)(Bi
0.5Na
0.5)
s1TiO
3−y(Bi
0.5K
0.5)
t1TiO
3−xBi
u1MeO
3
0.25≦x≦0.43
0.05≦y
≦0.65、かつx+y<1
s1=1.0
t1=1.0
u1=1.0
但し、遷移金属元素Meは、Mn、Cr、Fe又はCoから選ばれる少なくとも1種の元素である。式1において、(1−x−y)は第1の化合物のモル比、yは第2の化合物のモル比、xは第3の化合物のモル比をそれぞれ表し、x、yは上記範囲を満たすものである。
【0033】
xの範囲が0.15≦x≦0.40、yの範囲が0.05≦y<1、かつx+y<1を満たしている場合、最大分極量(P)がより大きな値が得られる事から好ましい。
さらに、xの範囲が0.25≦x≦0.35、yの範囲が0.1≦y<1、かつx+y<1を満たしている場合、最大分極量(P)が更に大きな値が得られることから好ましい。
【0034】
x、yが上記範囲を満たされていない場合は、菱面晶系ペロブスカイト構造を有する第1の化合物、正方晶系ペロブスカイト構造を有する第2の化合物、菱面晶系ペロブスカイト構造、正方晶系ペロブスカイト構造のいずれか1種を有する第3の化合物との結晶学的な相境界(Morphotropic Phase Boundary)からずれてしまうため、圧電特性が低下してしまう。なお、本発明の組成比というのは、固溶しているものも固溶していないものも含めた圧電組成物全体における値である。
【0035】
本発明は、第1から第3の化合物を構成する元素以外の元素を、不純物または他の化合物の構成元素として数十から数百ppmオーダー程度であれば含んでいてもよい。そのような元素としては、例えば、バリウム,ストロンチウム,カルシウム,リチウム,ハフニウム,ニッケル,タンタル,ケイ素,ホウ素,アルミニウム、および希土類元素が挙げられる。
【0036】
なお、本発明の圧電組成物は鉛を含んでいてもよいが、その含有量は1質量%以下であることが好ましく、鉛を全く含まないことがより好ましい。焼成時における鉛の揮発、および圧電部品として市場に流通し廃棄された後における環境中への鉛の放出を最小限に抑制することができ、低公害化、対環境性および生態学的見地から好ましいからである。
【0037】
さらに、本発明の圧電組成物には、副成分として、CuやAlなどから選ばれる少なくとも一つの元素を含む化合物を含有する。副成分の合計含有量は、主成分全体を基準として元素換算で0.04〜0.6質量%である。
【0038】
このような構成を有する圧電組成物は、例えば、次のようにして製造することができる。
まず、出発原料として、酸化ビスマス、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、酸化チタン、酸化鉄、酸化コバルト、酸化銅、酸化クロム、酸化マンガンなどの粉末を必要に応じて用意し、100℃以上で十分に乾燥させたのち、目的とする組成に応じて秤量する。なお、出発原料には、酸化物に代えて、炭酸塩あるいはシュウ酸塩のように焼成により酸化物となるものを用いてもよく、炭酸塩に代えて酸化物、あるいは焼成により酸化物となる他のものを用いてもよい。
【0039】
次いで、秤量した出発原料を、例えばボールミルなどで、有機溶媒中または水中で5時間〜20時間十分に混合したのち、十分乾燥し、プレス成形して、750℃〜900℃で1時間〜3時間程度仮焼する。続いて、この仮焼物をボールミルなどで、有機溶媒中または水中で5時間〜30時間粉砕したのち、再び乾燥し、バインダー溶液を加えて造粒する。造粒したのち、この造粒粉をプレス成形してブロック状とする。
【0040】
ブロック状としたのち、この成形体を400℃〜800℃で2時間〜4時間程度熱処理してバインダーを揮発させ、950℃〜1300℃で2時間〜4時間程度本焼成する。
本焼成の際の昇温速度および降温速度は、共に例えば50℃/時間〜300℃/時間程度とする。本焼成ののち、得られた焼結体を必要に応じて研磨し、電極を設ける。その後、25℃〜150℃のシリコンオイル中で5MV/m〜10MV/mの電界を5分間〜1時間程度印加して分極処理を行う。これにより、上述した圧電組成物が得られる。
【0041】
上記の手法によって得られた圧電組成物の結晶粒の平均粒径は、0.5μm〜20μm程度である。
【0042】
上記の製法は固相反応法と呼ばれるが、これ以外の代表的な製法として気相成長法が挙げられる。気相成長法は、真空環境下において原材料(ターゲット材)を蒸発させ、平滑な基板上に数10ナノメートルから数ミクロン程度の厚みを持つ薄膜を形成する手法である。
気相成長法はスパッタリング、蒸着、パルスレーザーデポジション法などが望ましい。これらの工法を用いることによって、原子レベルでの緻密な膜形成が可能となり、偏析などが生じにくくなる。これらの気相成長法は原材料(ターゲット材)を物理的に蒸発させ、基板上に堆積させるが、成膜工法によって励起源が異なる。スパッタリングの場合はArプラズマ、蒸着の場合は電子ビーム、パルスレーザーデポジションの場合はレーザー光がそれぞれ励起源となって、ターゲットに照射される。
【0043】
気相成長において圧電薄膜を製膜する方法は上記のように様々な手法があるが、代表例として、パルスレーザーデポジション法の詳細について説明を行う。
真空チャンバー内にて、成膜用基板を500℃から800℃の範囲で加熱を行う。到達真空度を1*10
−3〜1*10
−5Paの高真空に保ちながら加熱を行うことによって、表面の清浄度を改善する効果がある。
成膜工程においてはターゲット材料にレーザーを照射するが、レーザーにターゲット材料の蒸発によって基板に膜が堆積する。
基板温度以外のパラメータとしては、レーザーのパワー、レーザーの集光度、基板―ターゲット間距離などがある。これらのパラメータを制御することによって、所望の特性を得ことができる。
また、酸化物の成膜時には酸素を補完するためにO
2ガスを流すこともあるが、O
2圧力は1*10
−1〜1*10
−5Paで行うのが望ましく、それ以上高いO
2圧力の場合、成膜レートの低下を引き起こしてしまう恐れがある。
【0044】
成膜時の原料として用いられるターゲット材は、上記の粉末冶金法で作製した焼結体を用いることができる。このような気相成長法を用いる場合、本発明の圧電組成物はSi基板やMgO基板やSrTiO
3基板上などに形成することが一般的である。Si基板上に堆積させる場合、TiやCrなどの密着層を成膜したあと、Pt下部電極を成膜する。
そして下部電極上に圧電材料を堆積させたあと、ポストアニール処理を適宜加えることによって、所望の結晶相を得ることができる。多結晶膜を得る手法としては、基板の加熱を行いながら結晶成長させる手法と、常温で成膜した後に所望の温度で焼成を行い、多結晶膜を得る方法がある。
【0045】
本件の圧電組成物は、例えば圧電発音体、圧電センサ、圧電アクチュエータ、圧電トランスまたは圧電超音波モータ等に使用できるが、圧電組成物を使用できる圧電素子であればこれら以外のものに適用してもよい。
【実施例】
【0046】
以下、実施例及び比較例に基づいて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0047】
(実施例1〜実施例12)
図1は本実施例に基づく圧電薄膜素子の構造の断面図を示す。基板には熱酸化膜付きSi基板1を用いた。Si基板1は、直径3インチの円形状基板であり、(100)面方位、厚さ0.5mmのSi基板1と、その上に形成された厚さ500nmの熱酸化膜2とからなる。まず、この基板上にRFマグネトロンスパッタリング法でTi密着層3および下部電極層4を形成した。下部電極層4は熱酸化膜2の上に形成された膜厚20nmのTi密着層3と、その上に形成された膜厚200nmで、(111)面優先配向したPt下部電極層4とからなる。Ti密着層3の厚みは、密着層として機能する範囲で適宜調整可能である。
【0048】
Ti密着層3とPt下部電極層4の成膜条件として、基板温度は室温、放電パワーは直流100W、導入ガスはAr、成膜圧力は0.3Paで行った。
【0049】
次に、Pt下部電極層4上に、圧電薄膜5を成膜する。成膜方法としてパルスレーザーデポジション(以下PLD:Pulsed−laser deposition)法を用いた。圧電薄膜5の厚みは500nmとした。PLDターゲットとして、(Bi
0.5Na
0.5)TiO
3、(Bi
0.5K
0.5)TiO
3、そしてBiとCoの元素比を1:1としたターゲットを用いた。それぞれの成膜レートは0.02nm/ショット、0.18nm/ショット、0.006nm/ショットであり、ショット数を調整する事によって、表1に示されるような組成比とした。基板温度は常温、レーザーパワーは60mJ、導入ガスはO
2雰囲気、圧力1.33x10
−3Paの条件で成膜した。成膜後、酸素雰囲気中で800℃、1分の熱処理を行った。これら手法により、実施例の圧電薄膜を得た。
【0050】
圧電薄膜5の電気特性を評価するために、
図2に示すように圧電薄膜5の上面に膜厚100nmのPtをRFマグネトロンスパッタリング法で形成した。成膜条件は下部電極と同条件である。その後、上部電極をフォトリソグラフィ、エッチングなどにより、パターニングすることによって、上部電極6を形成した。最後にダイシングによって10mm角の寸法に個片化を行うことによって、
図2に示すような電気特性の評価が可能な圧電薄膜素子の作製を行った。
【0051】
圧電特性の評価として、最大分極量P[uC/cm
2]の測定を実施した。自発分極量は、圧電定数[C/N]と応力[N/m
2]の積で求められることから、高い圧電定数を得るためには自発分極量[C/m
2]を最大化する必要がある。
(実施例13〜32)
実施例13〜32に関して、PLDターゲットをBiとCrの元素比を1:1としたターゲット、BiとFeの元素比を1:1としたターゲットBiとCrの元素比を1:1としたターゲット、BiとMnの元素比を1:1としたターゲットBiとMnとCoの元素比を1:0.5:0.5としたターゲットなどに変更し、実施例1〜6と同様の方法で、圧電薄膜素子を作製した。
【0052】
(比較例1〜4)
比較例1〜4に関して、(Bi
0.5Na
0.5)TiO
3、(Bi
0.5K
0.5)TiO
3、BiCoO
3の組成比を変更し、実施例と同様の方法で、圧電薄膜素子を作製した。
【0053】
(比較例5〜7)
比較例1〜4に関して、(Bi
0.5Na
0.5)TiO
3、(Bi
0.5K
0.5)TiO
3、BiCrO
3、BiFeO
3、BiMnO
3の組成比を変更し、実施例(13〜32)と同様の方法で、圧電薄膜素子を作製した。
【0054】
【表1】
【0055】
最大分極量(P)の測定は、ソーヤタワー回路を用いて行い、回路入力周波数は10kHz、印加電界は50kV/mmであった。
それらの結果を表1および
図3に示す。
図3はコバルト酸ビスマス(BiCoO
3)、チタン酸ナトリウムビスマス(Bi
0.5Na
0.5)TiO
3、チタン酸カリウムビスマス(Bi
0.5K
0.5)TiO
3の組成比と最大分極量(P)の関係を表す相図である。
【0056】
圧電薄膜の成膜手法として、PLD法を用いて説明したが、スパッタ法、溶液法、CVD(Chemical vapor deposition)法などのいずれの方法でも可能である。
また固相反応法を用いて、圧電組成物を用いた圧電素子を作製しても、同様の結果が得られることを確認した。
【0057】
表1および
図3に示したように、コバルト酸ビスマスの組成比xの範囲が0.06≦x≦0.43、チタン酸カリウムビスマスyの範囲が0.05≦y<1、かつx+y<1を満たしている場合には、比較例に比べ、最大分極量(P)について1.5倍以上の値が得られた。
すなわち、第1の化合物であるチタン酸ナトリウムビスマスと、第3の化合物であるBiMeO
3とを含むように、あるいはそれらの固溶体を含むようにすれば、圧電特性を向上させることができる。
【0058】
さらに実施例6〜10に示したように、コバルト酸ビスマスの組成比xの範囲が0.15≦x≦0.40、チタン酸カリウムビスマスyの範囲が0.05≦y<1、かつx+y<1を満たしている場合には、比較例に比べ、最大分極量(P)について2.0倍以上の値が得られた。
【0059】
実施例11〜12に示すように、コバルト酸ビスマスの組成比xの範囲が0.25≦x≦0.35、チタン酸カリウムビスマス組成比yの範囲が0.1≦y<1、かつx+y<1を満たしている場合には、比較例に比べ、最大分極量(P)について2.5倍以上の値が得られた。
実施例13〜16、および比較例9〜10においては、A/B比(s1,t1,u1の値)を変更した(Bi0.5Na0.5)s1TiO3ターゲット、(Bi0.5K0.5)t1TiO3ターゲットをそれぞれ準備した。そしてBiとCoの元素比をu1:1としたターゲット作製し、実施例と同様の方法で圧電薄膜素子を作製した。
【0060】
図3に示しているように、チタン酸カリウムビスマスを加えることによって、さらに自発分極は増大する。これはコバルト酸ビスマスの添加効果以外にも、チタン酸カリウムビスマスとチタン酸ナトリウムビスマスの相境界を活用できるからである。
【0061】
なお、上記実施例では、チタン酸ナトリウムビスマス、コバルト酸ビスマスの組成以外の同じ価数を取ることが可能な、マンガン、鉄、クロムなども同様の結果が得られる。
【0062】
削除
【0063】
削除
【0064】
圧電薄膜の成膜手法として、PLD法を用いて説明したが、スパッタ法、溶液法、CVD(Chemical vapor deposition)法などのいずれの方法でも可能である。
また固相反応法を用いて、圧電組成物を用いた圧電素子を作製しても、同様の結果が得られることを確認した。
【0065】
以上、実施の形態および実施例を挙げて本発明を説明したが、本発明は上記実施の形態および実施例に限定されるものではない。上記実施の形態および実施例では、第1の化合物、第2の化合物を含む場合についてのみ説明したが、これらに加えて他の化合物を含んでいてもよい。