特許第6350050号(P6350050)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6350050
(24)【登録日】2018年6月15日
(45)【発行日】2018年7月4日
(54)【発明の名称】減圧吸引鋳造方法
(51)【国際特許分類】
   B22D 18/06 20060101AFI20180625BHJP
   B22C 9/02 20060101ALI20180625BHJP
   B22C 9/08 20060101ALI20180625BHJP
   B22D 18/08 20060101ALI20180625BHJP
【FI】
   B22D18/06 509Q
   B22C9/02 103G
   B22C9/08 F
   B22D18/08
【請求項の数】3
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2014-141921(P2014-141921)
(22)【出願日】2014年7月10日
(65)【公開番号】特開2016-16439(P2016-16439A)
(43)【公開日】2016年2月1日
【審査請求日】2017年5月25日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002158
【氏名又は名称】特許業務法人上野特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100095669
【弁理士】
【氏名又は名称】上野 登
(72)【発明者】
【氏名】山本 和巳
(72)【発明者】
【氏名】永岡 賢一
(72)【発明者】
【氏名】澤田 康弘
【審査官】 川崎 良平
(56)【参考文献】
【文献】 特開平09−300061(JP,A)
【文献】 特開平09−239517(JP,A)
【文献】 特開平09−239516(JP,A)
【文献】 特開平04−251654(JP,A)
【文献】 特開平04−231143(JP,A)
【文献】 特開平04−231144(JP,A)
【文献】 特開昭51−089824(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22C 9/08
B22D 18/06
B29C 33/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸方向の一端に閉塞部を有し、他端に開口部を有する中空筒状の湯道と、
長さL、内径Dの中空筒状で、基端において前記湯道の中空部に連通されて前記湯道から突出されたゲートと、前記ゲートの中空部に連通されて前記ゲートの先端部に設けられた製品キャビティとを備えてなり、前記湯道の軸に沿って複数段に設けられた複数の鋳型とを有する減圧吸引鋳造装置を用い、
前記湯道の閉塞部側の端から少なくとも1段の鋳型よりなる上段部における前記ゲートの寸法比L/Dを、前記上段部よりも開口部側に位置する少なくとも1段の鋳型よりなる下段部における前記ゲートの寸法比L/Dよりも大きくし、
前記湯道および鋳型を減圧して前記湯道の開口部から溶湯を吸引することを特徴とする減圧吸引鋳造方法。
【請求項2】
前記湯道および鋳型の減圧を行う際に、減圧の初期と終期において、前記初期と終期の間の中間期よりも減圧速度を小さくすることを特徴とする請求項1に記載の減圧吸引鋳造方法。
【請求項3】
前記ゲートの寸法比L/Dは、長さLを異ならせることで調整することを特徴とする請求項1または2に記載の減圧吸引鋳造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、減圧吸引鋳造方法に関し、さらに詳しくは、複数の鋳型を多段に設けて鋳造を行う減圧吸引鋳造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
薄肉部を有する鋳造物の精密鋳造等を行うに際し、鋳型内部を減圧して溶湯を吸引させる減圧吸引鋳造がしばしば用いられる。特許文献1〜3に記載されるように、減圧吸引鋳造においては、鋳型への湯廻りの不良や、ガスの巻き込みにより、鋳造物中に欠陥が発生することが知られている。この種の欠陥の発生を抑制し、生産性を向上させるために、種々の手法が試みられている。
【0003】
具体的には、特許文献1,2では、溶湯導入部に湯道を接続し、この湯道より放射状にゲート部を複数分岐させ、減圧によって、保持炉から溶湯導入部および湯道を介して製品キャビティ内に溶湯を導入するに際し、製品キャビティ側の通気度を、湯道およびゲート部近傍の通気度よりも大きくしておくことが記載されている。また、溶湯を、保持炉から溶湯導入部ないし湯道近傍まで低速に導入し、次いでそこから製品キャビティまで高速に導入することも記載されている。特許文献3においては、減圧時の実際の圧力が目標減圧値に行き過ぎ量なく到達するように減圧速度を制御することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平9−239516号公報
【特許文献2】特開平9−239517号公報
【特許文献3】特開平3−5062号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
図3に示すように、チャンバ130の中に設けられた湯道110に沿って複数の鋳型120を多段に設置して減圧吸引鋳造を行う場合には、溶湯Mを吸引する湯道110の開口部112から離れた閉塞部111側に設置された鋳型120において、湯廻り不良やガスの巻き込みに起因する鋳造欠陥の発生が特に深刻となる。特許文献1〜3に開示されているような方法を適用したとしても、湯道110の開口部112側の鋳型120よりも、閉塞部111側の鋳型120において鋳造欠陥が発生しやすいという傾向自体は、解消されにくい。
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、湯道に沿って複数の鋳型を多段に設置して減圧吸引鋳造を行うに際し、湯道に溶湯を吸引する開口部から離れた位置に配置された鋳型において、鋳造欠陥の発生を抑制することができる減圧吸引鋳造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで、本発明者らが鋭意検討した結果、湯道の開口部から離れた位置に配置された鋳型における鋳造欠陥の多発が、湯道中の溶湯における乱流の成長および反射によることが判明した。そこで、そのような乱流の成長および反射の影響による鋳造欠陥の発生を抑制する観点から、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、上記課題を解決するため、本発明にかかる減圧吸引鋳造装置は、軸方向の一端に閉塞部を有し、他端に開口部を有する中空筒状の湯道と、長さL、内径Dの中空筒状で、基端において前記湯道の中空部に連通されて前記湯道から突出されたゲートと、前記ゲートの中空部に連通されて前記ゲートの先端部に設けられた製品キャビティとを備えてなり、前記湯道の軸に沿って複数段に設けられた複数の鋳型とを有する減圧吸引鋳造装置を用い、前記湯道の閉塞部側の端から少なくとも1段の鋳型よりなる上段部における前記ゲートの寸法比L/Dを、前記上段部よりも開口部側に位置する少なくとも1段の鋳型よりなる下段部における前記ゲートの寸法比L/Dよりも大きくし、前記湯道および鋳型を減圧して前記湯道の開口部から溶湯を吸引することを要旨とする。
【0009】
ここで、前記湯道および鋳型の減圧を行う際に、減圧の初期と終期において、前記初期と終期の間の中間期よりも減圧速度を小さくすることが好ましい。
【0010】
また、前記ゲートの寸法比L/Dは、長さLを異ならせることで調整するとよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明にかかる減圧吸引鋳造方法においては、湯道の閉塞部側に設けられた上段部の鋳型において、ゲートの寸法比L/Dが大きくなっている。寸法比L/Dを大きくすることで、ゲートが、その中空部を通過する溶湯に対して、高い整流作用を示すようになる。湯道の閉塞部側の領域においては、溶湯中で乱流の成長や反射が起こりやすく、それらは、閉塞部側に位置する鋳型における鋳造欠陥の要因となるが、閉塞部側に位置する上段部において、ゲートを通過して製品キャビティに導入される溶湯が大きな整流作用を受けることで、閉塞部側に位置する鋳型での鋳造欠陥の発生を抑制することができる。
【0012】
ここで、湯道および鋳型の減圧を行う際に、減圧の初期と終期において、初期と終期の間の中間期よりも減圧速度を小さくする場合には、湯道内において、乱流の成長や反射自体を低減することができる。これにより、鋳造欠陥の発生を効果的に抑制することができる。
【0013】
また、ゲートの寸法比L/Dを、長さLを異ならせることで調整する場合には、湯道の閉塞部側に配置された鋳型において、ゲートの内径Dを小さくすることなく、寸法比L/Dを大きくすることができる。ゲートの内径Dを小さくすると、製品キャビティにおいて、鋳造欠陥の原因となる湯廻りの不良が発生しやすくなるが、内径Dを維持したまま寸法比L/Dを大きくすることで、鋳造欠陥を効果的に抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】(a)は、本発明の一実施形態にかかる減圧吸引鋳造方法に用いる減圧吸引鋳造装置の一例を示す模式図である。(b)は、ゲートの寸法を説明する拡大図である。
図2】減圧速度の変化を示す概念図である。
図3】従来一般の減圧吸引鋳造装置を示す模式図である。
図4】実施例および比較例における減圧速度を示す図である。
図5】実施例および比較例の実測で得られた(a)ガス欠陥発生率および(b)湯廻り不良発生率を示す図である。
図6】実施例および比較例に対応するシミュレーションで得られた乱流エネルギーを示す図である。
図7】比較例1について、実測により得られた(a)ガス欠陥発生率および(b)湯廻り不良発生率と、シミュレーションで得られた乱流エネルギーおよび溶湯速度との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、本発明の一実施形態にかかる減圧吸引鋳造方法について、図面を参照しながら説明する。
【0016】
[減圧吸引鋳造方法の概要]
本発明の一実施形態にかかる減圧吸引鋳造方法は、図1に示すような減圧吸引鋳造装置1を用いて行われる。減圧吸引鋳造装置1は、湯道(スプルー)10と、複数の鋳型20と、チャンバ30と、を備えてなっている。
【0017】
湯道10は、金属部材によって中空筒状(例えば円筒状)に形成されており、先端に閉塞部11を、基端に開口部12を有している。湯道10は、閉塞部11側が上方、開口部12側が下方となるように配置される。複数の鋳型20は、開口部12と閉塞部11を結ぶ軸に沿って多段のツリーTを形成し、湯道10の外壁から外側に突出して設けられている。各鋳型20は、中空筒状(例えば円筒状)のゲート22と、製品キャビティ21とを一体に有してなっている。製品キャビティ21は、減圧吸引鋳造によって製造される製品の形状を有する空洞である。製造される製品としては、タービンホイールのような薄肉部を有する部品をはじめ、どのようなものであっても構わない。各鋳型20のゲート22の中空部は、ゲート基端部22aにおいて、湯道10の中空部と連通し、先端部22bにおいて、製品キャビティ21と連通している。これにより、各鋳型20の製品キャビティ21が、ゲート22を介して湯道10の中空部と連通している。鋳型20は、砂材、セラミック材等、通気性を有する材料よりなっている。このように連結した湯道10と鋳型20の全体を、気密性を有するチャンバ30に収容する。チャンバ30には、閉塞部11の上側の中心位置に減圧口40が設けられ、減圧口40の先には減圧ポンプ(不図示)が接続されている。
【0018】
減圧吸引鋳造を行うに際し、適宜チャンバ30内の雰囲気をアルゴン等の不活性ガスで置換したうえで、湯道10の開口部12を誘導炉等で溶融させた金属(溶湯)Mに接触させて、減圧ポンプによってチャンバ30内を脱気すると、通気性材料よりなる鋳型20の壁面を介して、湯道10および鋳型20の中空部が減圧される。これにより、溶湯Mが湯道10の開口部12から吸引され、湯道10およびゲート22を介して、各製品キャビティ21に達する。そして、製品キャビティ21内で溶湯Mが冷却され、凝固することで、製品が鋳造される。溶湯Mを構成する金属としては、鋳造可能などのような合金であっても適用することができるが、例えば、ニッケル合金、鉄合金、チタン合金等を例示することができる。
【0019】
[ゲートの寸法比L/D]
本減圧吸引鋳造装置1においては、鋳型20のゲート22の長さをL、内径(内壁間隔)をDとして(図1(b)参照)、寸法比L/Dが、ツリーTを構成する各鋳型20において同じではなく、上方(閉塞部11側)に位置する上段T1と、下方(開口部12側)に位置する下段T2との間で、異なっている。具体的には、上段T1に位置する鋳型20における寸法比L/Dが、下段T2に位置する鋳型20における寸法比L/Dよりも、大きくなっている。
【0020】
一般に、減圧吸引鋳造においては、鋳造欠陥の発生が問題となりやすい。鋳造欠陥には、湯廻り不良によるものと、ガス欠陥によるものとがある。湯廻り不良とは、製品キャビティ21の一部に、溶湯Mが十分に到達しない現象であり、製品の縁部や角部等、端部領域が欠落したような欠陥を生じる。一方、ガス欠陥とは、アルゴンガス等、湯道10および鋳型20の内部に満たされていたガスを、溶湯Mが減圧時に巻き込んでそのまま凝固し、製品内部に空洞を生じる現象である。こうした鋳造欠陥は、減圧吸引鋳造における生産性を低下させる。
【0021】
後に実施例において示すように、数値シミュレーションの結果を実測結果と対応させることで、溶湯M中における乱流が、上記のような鋳造欠陥の原因となることが明らかになった。さらに、図3に模式的に示すように、溶湯Mが湯道10の開口部12から上方に向かって進行する過程で乱流Fgが成長し、また閉塞部11において乱流が反射されてバックフローFbが生じるために、ツリーTの全段においてゲート22の寸法比L/Dが等しくなっている従来一般の減圧吸引鋳造装置100においては、ツリーTの上段に位置する鋳型120において、特に鋳造欠陥が生じやすいことが明らかになった。
【0022】
しかし、本実施形態にかかる減圧吸引鋳造装置1においては、ツリーTの上段T1において、下段T2よりも、ゲート22の寸法比L/Dを大きくしておくことで、上段T1のゲート22を通過する溶湯Mに対して、高い整流作用が与えられる。これにより、上段T1近傍に存在する成長した乱流FgやバックフローFbの成分が、上段T1のゲート22に浸入したとしても、ゲート22を通過する間に整流を受けてから、製品キャビティ21に流入する。これにより、下段T2に比べ、乱流の影響で欠陥が発生しやすい傾向にある上段T1において、湯廻り不良による鋳造欠陥およびガス欠陥を低減することができる。
【0023】
上段T1と下段T2におけるゲート22の具体的な寸法比L/Dの値は、成長する乱流FgやバックフローFbの程度に応じて適宜選択すればよく、それらの程度が大きいほど、下段T2に比べた上段T1の寸法比L/Dを大きくとればよい。例えば、上段T1における寸法比L/Dを、下段T2における寸法比L/Dの1.2〜3倍程度とすることが好ましい。1.2倍以上とすることで、上段T1において、効果的に整流作用を発揮し、鋳造欠陥を抑制することができる。また、3倍以下とすることで、製品キャビティ21への溶湯Mの流入速度等、鋳造条件に、上段T1と下段T2の間で過大な差が生じるのを抑制することができる。また、長さLを大きくすることで上段T1の寸法比L/Dを大きくする場合には、寸法比L/Dを下段T2の3倍以下とすることで、ゲート22の製造に要する材料費が高額になるのを抑制することもできる。より好ましくは、上段T1における寸法比L/Dが、下段T2の2倍以下であるとよい。
【0024】
また、図1の例では、全10段のツリーTにおいて、上段T1を3段、下段T2を7段とし、それらの間で寸法比L/Dに差をつけたが、上段T1と下段T2の段数の割合はこれに限られず、成長する乱流FgやバックフローFbの影響が、湯道10の上端からどの程度の高さにまで及ぶかに応じて、適宜上段T1の段数を設定すればよい。また、上記のように、上段T1と下段T2に2分割し、2通りの寸法比L/Dを適用すれば、減圧吸引鋳造装置1全体の構成を簡素にすることができるが、上端(閉塞部11側の端)から少なくとも1つの鋳型20のゲート寸法比L/Dが、それよりも下方(開口部12側)の鋳型20のゲート寸法比L/Dよりも大きくなっていれば、上記のような2段の構成に限られず、全ツリーTを3つ以上の段に分割し、3通り以上の寸法比L/Dを設定してもよい。最も多段にツリーTを分割する例として、1段ごとにL/Dを変化させてもよい。
【0025】
また、図1の例では、上段T1と下段T2で、ゲート22の内径Dは等しくなっているが、ゲート22の長さLを下段T2よりも上段T1で大きくすることにより、寸法比L/Dを上段T1で大きくしている。ゲート22の内径Dを小さくすることでも、寸法比L/Dを大きくすることができるが、ゲート22の内径Dを小さくしすぎると、ゲート22を通過する溶湯Mの流速が小さくなり、湯廻り不良による欠陥の要因となる場合がある。このような流速の影響による欠陥の発生と、乱流の影響による欠陥の発生の両方を抑制する観点から、ゲート22の内径Dを変化させず、ゲート22の長さLを変化させることで、上段T1の寸法比L/Dを大きくすることが好ましい。なお、ゲート22を細径とすれば、ゲート22の部分に要する材料費を低減することができるので、鋳型20の材料費が高額である場合等には、ゲート22の内径Dを小さくすることで、寸法比L/Dを大きくすればよい。
【0026】
[減圧速度]
上段T1においてゲート22の寸法比L/Dを大きくすることに加え、チャンバ30を減圧して溶湯Mを吸引する際に、減圧の速度を制御することで、さらに乱流の影響による鋳造欠陥の発生を低減することができる。具体的には、図2に示すように、大気圧の不活性ガスを湯道10および鋳型20に満たした状態から所定の目標圧力に達するまで減圧を行うに際し、大気圧からの減圧を開始した直後の所定期間である初期t1、および目標圧力に達する直前の所定期間である終期t3において、それらの間の中間期t2におけるよりも、減圧速度(圧力の低下速度)を小さくすればよい。
【0027】
乱流は、湯道10に浸入する溶湯Mの先端面である湯面の近傍で発生しやすいが、初期t1の減圧速度を小さくすることにより、このような湯面近傍での乱流の発生を抑制することができる。一方、減圧の進行に伴って、溶湯Mは、最初に下方の鋳型20へと流入し、順次上方の鋳型20へと流入するようになるので、上段T1に位置する鋳型20へは、減圧の終盤に溶湯Mが流入する。そこで、終期t3の減圧速度を小さくすることで、終期t3において上段T1の鋳型20へと流入する乱流を小さく抑えることができる。
【0028】
このように、初期t1と終期t3の減圧速度を、中間期t2よりも小さくすることで、上段T1の鋳型20への乱流の流入を低減し、乱流による鋳造欠陥の発生を抑制することができる。また、このように初期t1と終期t3の減圧速度を小さくすることで、湯道10における乱流の発生や成長自体を抑制することができるので、上段T1のみならず、ツリーT全体の鋳型20において、鋳造欠陥の発生を低減するのに効果を有する。
【0029】
終期t3と初期t1の減圧速度としては、中間期t2の減圧速度の10〜80%とすることが好ましい。80%以下とすることで、鋳造欠陥の抑制を効果的に行うことができるとともに、10%以上とすることで、現実的な減圧速度を確保し、減圧吸引鋳造に要する時間が過剰に長くなるのを抑制することができる。また、乱流低減の効果を大きくするために、初期t1および終期t3の減圧速度をそれぞれ、中間期t2の減圧速度よりも小さい一定値とするよりも、図2に示すように、初期t1において、減圧速度を0から徐々に大きくしながら、最終的に中間期t2の減圧速度に到達させるとともに、終期t3において、中間期t2の減圧速度から徐々に減圧速度を小さくしていくことが好ましい。減圧速度の調整は、減圧ポンプの出力を調整するか、減圧ポンプとチャンバ30の間の配管のコンダクタンスを調整することで行えばよい。
【実施例】
【0030】
以下、実施例を用いて本発明をより具体的に説明する。
【0031】
[試験方法]
(1)鋳造試験
(実施例1)
図1に示したのと同様の減圧吸引鋳造装置を用いて、減圧吸引鋳造を行った。ゲートの寸法比L/Dは、上段(上方の3段)については、0.8とし、下段(下方の7段)については、0.5とした。そして、図4に破線で示すように、一定速度で減圧しながら、減圧吸引鋳造を行った。合金溶湯としては、重量%で、74.17%Ni−0.12%C−12.5%Cr−4.2%Mo−2%Nb−6.1%Al−0.8%Ti−0.1%Zr−0.01%Bの組成を有するニッケル合金を用いた。
【0032】
(実施例2)
上記実施例1において用いたのと同じ減圧吸引鋳造装置を用いて、図4において実線で示したように、初期と終期の減圧速度を中間期の減圧速度よりも小さくして、減圧吸引鋳造を行った。
【0033】
(比較例1)
図3に示すように、ツリーの全段のゲートの寸法比L/Dを0.5とした減圧吸引鋳造装置を用い、図4に破線で示すように、一定速度で減圧しながら、減圧吸引鋳造を行った。
【0034】
(2)鋳造シミュレーション
特開2005−246439号公報に開示されているのと同様の熱流体解析を用いた鋳造シミュレーションを行って、減圧吸引鋳造中の乱流の状態を評価した。計算には有限体積法を用い、乱流モデルとしては、2方程式モデルのk−εモデルを用いた。実施例1,2および比較例1のそれぞれに対応する鋳造装置、減圧条件に対応したシミュレーションを行った。乱流の空間分布およびその時間変化を見積もるとともに、ツリーの各段の鋳型における乱流エネルギーと溶湯流速(鋳型に流入する溶湯の速度)を算出した。
【0035】
[結果と考察]
(1)乱流エネルギーと鋳造欠陥の相関性
比較例1にかかるシミュレーションにおいて、減圧が進行して、溶湯が開口部から上方に向かって湯道を進行するのに伴い、下方の鋳型から上方の鋳型に向かって順に、溶湯が流入するのが観測された。そして、湯道の下方から上方に向かって、乱流が成長し、また湯道の上端(閉塞部)において乱流が反射されてバックフローを生じること、それらの乱流成分が上方の鋳型に流入することが観測された。そこで、鋳型に流入する乱流エネルギーをツリーの段ごとに算出すると、図6に示すように、特にツリーの上側(閉塞部側)から3段の鋳型において、鋳型に流入する乱流エネルギーが大きくなっているのが確認された。
【0036】
一方、比較例1の鋳造試験において、ツリーの各段の鋳型で得られた鋳造物を目視観察し、鋳造物の全体積に占める欠陥の体積の割合として、ガス欠陥発生率および湯廻り不良発生率を求めたところ、図5のように、ガス欠陥、湯廻り不良とも、ツリーの上側3段程度において、大きくなっているのが分かった。これらシミュレーションと実測の結果を比較すると、鋳型に流入する溶湯の乱流エネルギーが大きい上側の3段において、ガス欠陥および湯廻り不良が発生しやすくなっているという傾向を読み取ることができる。
【0037】
この傾向を確認するために、図7に、実測より得られた各段における(a)ガス欠陥および(b)湯廻り不良の発生率の関数として、シミュレーションで見積もられた各段における乱流エネルギー(■)および溶湯流速(×)をプロットしたものを示す。これを見ると、図中に近似直線を実線で示すように、乱流エネルギーとガス欠陥発生率および湯廻り不良発生率の間には、強い一次の正の相関が存在する。つまり、溶湯中の乱流が、ガス欠陥および湯廻り不良の発生要因となっていることが分かる。
【0038】
一方、ガス欠陥発生率および湯廻り不良発生率と、溶湯流速との間には、明確な相関性が存在しない。従来、減圧吸引鋳造において、ガス欠陥は溶湯流速が大きいほど発生しやすく、湯廻り不良は溶湯流速が小さいほど発生しやすいとされてきたが、一方で乱流エネルギーも鋳造欠陥の発生に影響するとされており、鋳造欠陥の発生要因が明確には確認されていなかった。しかし、本検証により、ガス欠陥や湯廻り不良の発生は、溶湯流速ではなく、乱流エネルギーを指標として評価することができ、ガス欠陥、湯廻り不良とも、乱流エネルギーが大きいほど発生しやすくなることが明確になった。
【0039】
(2)実施例および比較例における鋳造欠陥の比較
図5に、実施例1,2および比較例1にかかる鋳造試験で実測された(a)ガス欠陥発生率および(b)湯廻り不良発生率を、ツリーの段ごとに示す。図5(a)のガス欠陥発生率に着目すると、ツリーを構成する全段のゲート寸法比L/Dが同じである比較例1において、上側3段のガス欠陥発生率が下側7段よりも高くなっているのに対し、上側3段の寸法比L/Dを下側7段よりも大きくしている実施例1においては、上側3段におけるガス欠陥発生率が大きく低減されており、下側7段におけるガス欠陥発生率とほぼ同程度となっている。
【0040】
さらに、実施例2において、減圧速度を、一定値ではなく、初期と終期で小さくすることにより、ガス欠陥発生率が一層低減されている。ここでは、上側3段だけでなく、全段において、ガス欠陥発生率が低減されている。
【0041】
図5(b)の湯廻り不良発生率についても、ガス欠陥発生率の場合とほぼ同様の傾向が見られている。実施例2においては、湯廻り不良発生率が全段において0%に近似できる程度にまで低減されている。
【0042】
図6に、実施例1,2および比較例1に対応するシミュレーションで見積もられた乱流エネルギーを、ツリーの段ごとに示してあるが、図5(a),(b)のガス欠陥発生率および湯廻り不良発生率とよく似た挙動を示している。このことも、ガス欠陥や湯廻り不良の主要な要因が、溶湯中の乱流であることを示している。
【0043】
(3)まとめ
以上の鋳造試験および鋳造シミュレーションより、減圧吸引鋳造において、ツリー上段のゲートの寸法比L/Dを、下段のゲートの寸法比L/Dよりも大きくしておくこと、さらに減圧の初期および終期の減圧速度を中間期よりも小さくすることで、ガス欠陥や湯廻り不良による鋳造欠陥の発生を低減できることが明らかになった。また、乱流エネルギーとガス欠陥および湯廻り不良の発生率との間に、密接な関係があることが明らかになったので、乱流エネルギーを指標として鋳造シミュレーションを行うことで、減圧吸引鋳造装置の形状(例えば、具体的な寸法比L/Dの値や、上段T1および下段T2の段数)や減圧条件(例えば、具体的な減圧カーブの形状)等、減圧吸引鋳造にかかる詳細な条件を、鋳造欠陥を抑制できるように最適化することが可能である。
【0044】
以上、本発明の実施形態、実施例について説明したが、本発明は、これらの実施形態、実施例に特に限定されることなく、種々の改変を行うことが可能である。例えば、初期または終期のいずれか一方のみの減圧速度を中間期よりも小さくする場合にも、それぞれの寄与に応じた鋳造欠陥抑制の効果を得ることができる。
【符号の説明】
【0045】
1 減圧吸引鋳造装置
10 湯道
11 閉塞部
12 開口部
20 鋳型
21 製品キャビティ
22 ゲート
30 チャンバ
D ゲートの幅
L ゲートの長さ
Fb バックフロー
Fg 成長した乱流
M 溶湯
T ツリー
T1 上段
T2 下段
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7