(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
Sb,Mg,Pd,Cu,Snのうち、少なくとも1種を、0.02〜2.0質量%含有することを特徴とする請求項1または2記載のAg合金スパッタリングターゲット。
【背景技術】
【0002】
有機EL素子は、有機EL発光層を挟み込むように配置された陽極と陰極との間に電圧を印加し、陽極からは正孔を、陰極からは電子をそれぞれ有機EL膜に注入し、有機EL発光層で正孔と電子とが結合する際に発光する原理を利用した発光素子である。
このような有機ELは、近年、ディスプレイデバイス用の発光素子として注目されている。
【0003】
有機EL素子の駆動方式としては、パッシブマトリックス方式と、アクティブマトリックス方式と、がある。アクティブマトリックス方式は、1つの画素に、1つ以上の薄膜トランジスタを設けることで、スイッチング速度の高速化が実現可能であるため、高コントラスト比、高精細化に有利である。
したがって、アクティブマトリックス方式は、有機EL素子の特性を発揮させやすい駆動方式である。
【0004】
一方、有機EL素子の光の取り出し方式としては、透明基板側から光を取り出すボトムエミッション方式と、透明基板の反対側に光を取り出すトップエミッション方式と、がある。トップエミッション方式は、開口率が高いため、高輝度化に有利な方式である。
【0005】
トップエミッション方式が適用された有機EL素子を構成する反射電極膜は、有機EL発光層で発光した光を効率良く反射するために、反射率が高く、かつ耐食性に優れていることが好ましい。また、トップエミッション方式が適用された有機EL素子を構成する電極としては、低抵抗であることが好ましい。
【0006】
従来、電極の低抵抗化を図ることの可能な材料として、Ag合金やAl合金が知られている。より高輝度の有機EL素子を得るためには、Al合金よりも可視光反射率の互いAg合金が好ましい。
有機EL素子の反射電極膜としてAg合金膜を用いる場合には、スパッタリング法が採用されている。この場合、スパッタ装置のターゲットとしては、Ag合金スパッタリングターゲットが用いられている(例えば、特許文献1参照。)。
【0007】
ところで、Agは、高い導電性や高い反射率を有する金属であり、これらの特性を活かし、近年では、有機ELパネルの反射電極膜として使用されている。
一方、純Ag膜は、高い導電性、及び高い反射率を有する反面、耐食性(特に、耐硫化性)や熱的な安定性に欠けるため、有機ELパネルの反射電極膜に適用するためには、これらの特性を改善する必要がある。
上記純Agの特性を改善する手段として、Inが添加されたAg合金よりなるスパッタ用ターゲットが提案されている(例えば、特許文献2,3参照。)。
また、耐熱性を向上させる観点から、Geを含有させたAg合金よりなるAg合金スパッタリングターゲットが提案されている(例えば、特許文献4参照。)。
【0008】
近年、有機EL素子製造時のガラス基板の大型化に伴い、反射電極膜を形成する際に使用されるAg合金スパッタリングターゲットも大型化が進展している。
しかし、生産性の向上の観点から、大型化されたAg合金スパッタリングターゲットに高い電力を投入してスパッタリングすると、異常放電が発生すると共に、スプラッシュと呼ばれる現象(溶融した微粒子が基板に付着してしまう現象)が発生してしまう。
【0009】
このような現象が発生すると、微粒子によって、配線や電極間がショートするため、有機EL素子の歩留りが低下してしまう。
トップエミッション方式の有機EL素子を構成する反射電極層は、有機EL発光層の下地層となるため、高い平坦性が要求される。したがって、トップエミッション方式の有機EL素子では、異常放電やスプラッシュ現象を抑制することが重要となる。
【0010】
上記異常放電やスプラッシュ現象を抑制するために、特許文献2,3にされたAg合金ターゲットでは、合金の結晶粒の平均粒径を150〜400μmとし、結晶粒の粒径のばらつきを、平均粒径の20%以下として、大型化されたスパッタリングターゲットに大電力が投入された場合でも、異常放電やスプラッシュ現象を抑制することが可能となる。
【0011】
ところで、特許文献2〜4に開示されたAg合金を用いて、大口径化されたAg合金スパッタリングターゲットを製造する場合、例えば、下記手法を用いて製造することができる。
【0012】
先ず、高真空または不活性ガス雰囲気中でAgを溶解させることで得られる溶湯に、所定の含有量のInまたはGeを添加し、その後、真空または不活性ガス雰囲気中で溶解させることで、Ag合金の溶解鋳造インゴットを作製する。
次いで、Ag合金結晶粒の平均粒径を所定値にするために、溶解鋳造インゴットを熱間鍛造する。熱間鍛造では、鍛練成型比が1/1.2〜1/2の据込鍛造が、鍛造方向を90度ずつ転回しながら繰り返される。
【0013】
次いで、熱間鍛造後、所望の厚さになるまで、複数パスによってインゴットを冷間圧延することで、板材を作製する。その後、熱処理された板材を、フライス加工や放電加工等の機械加工を行うことで、所望の寸法とされた大型のAg合金スパッタリングターゲットが製造される。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
しかしながら、AgにInを添加されたAg合金スパッタリングターゲットを用いたスパッタ膜では、耐熱性を十分に向上させることが困難であった。
【0016】
また、上述したAg合金スパッタリングターゲットの製造方法では、Ag合金スパッタリングターゲットの母材となる板材が、Ag合金の溶解鋳造インゴットから、熱間鍛造と冷間圧延との工程を経ることで作製されている。この場合、鋳造過程において、溶解鋳造インゴットにボイドが発生してしまう。
【0017】
また、Ag合金スパッタリングターゲットを製造する際に使用するAg原料中には、元々、微量の酸素が存在し、さらには、鋳造工程中においても、酸素が取り込まれる可能性がある。そして、これらの酸素の一部は、インゴットに固溶して存在することになる(以下、このような酸素を「固溶酸素」という)。
【0018】
このような固溶酸素は、ボイドを含むボイド圧潰部で固定化される傾向がある。なお、ボイド圧潰部には、ボイドが完全に押し潰されて閉じたものや、ボイドが完全に閉じていない状態で押し潰されて変形したものも含まれる。
【0019】
そして、ボイド中の酸素或いはインゴット中の固溶酸素は、Ag合金に含まれるInをIn酸化物に変化させてしまう。この結果、ボイド周辺には、高抵抗物質が偏析する。
ボイド自体は、冷間圧延の工程において、押し潰されることでボイド圧潰部となる。また、製品となるAg合金スパッタリングターゲットには、高抵抗物質の介在物が残存することとなる。このような高抵抗物質の介在物がAg合金スパッタリングターゲットに残存すると、スパッタ膜の成膜時において、異常放電やスプラッシュ現象が発生する恐れがある。
【0020】
つまり、特許文献2〜4に開示されたAg合金スパッタリングターゲットの製造方法では、異常放電やスプラッシュ現象の発生を十分に抑制することが困難であった。
【0021】
そこで、本発明は、耐熱性に優れたスパッタ膜を成膜可能で、かつ異常放電やスプラッシュ現象の発生を十分に抑制することの可能なAg合金スパッタリングターゲットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0022】
上記課題を解決するため、本発明の一観点によれば、0.1〜1.5質量%のInと、0.1〜2.5質量%のGeと、を含有し、残部がAg及び不可避不純物よりなるAg合金スパッタリングターゲットであって、酸素濃度が50質量ppm以下であり、厚さ方向の全域において、超音波探傷装置で測定されるボイド圧潰部の面積率が、スパッタリング表面の面積に対して1.0×10
−4以下であることを特徴とするAg合金スパッタリングターゲットが提供される。
【0023】
本発明によれば、Ag合金スパッタリングターゲットが0.1〜1.5質量%のInを含むことで、スパッタ膜の表面に酸化被膜を形成しやすくなるため、耐硫化性を向上させることができる。また、Inの添加量を0.1〜1.5質量%の範囲内とすることで、スパッタ膜の反射率の低下を抑制できる。
Ag合金スパッタリングターゲットが0.1〜2.5質量%のGeを含むことで、反射率を低下させることなく、スパッタ膜の耐熱性を向上させることができる。
【0024】
また、酸素濃度が50質量ppm以下の組成とすることで、ボイド及びボイド圧潰部周辺に形成されるInの酸化物粒子が少なくなるため、スパッタリング時における異常放電やスプラッシュ現象の発生を十分に抑制することができる。
【0025】
さらに、超音波探傷装置で測定されるボイド圧潰部の面積率を、スパッタリング表面の面積に対して1.0×10
−4以下とすることで、スパッタリング時における異常放電ややスプラッシュ現象の発生を十分に抑制することができる。
【0026】
上記Ag合金スパッタリングターゲットにおいて、前記スパッタリング表面の面積が、0.25m
2以上であってもよい。
【0027】
このような大型化されたAg合金スパッタリングターゲット(スパッタリング表面の面積が0.25m
2以上のAg合金スパッタリングターゲット)に適用した場合でも、大電力が投入されたスパッタ膜の成膜処理を可能とし、異常放電やスプラッシュ現象の発生を十分に抑制した上で、耐熱性に優れたスパッタ膜を成膜することができる。
【0028】
上記Ag合金スパッタリングターゲットにおいて、Sb,Mg,Pd,Cu,Snのうち、少なくとも1種を、0.02〜2.0質量%含有してもよい。
【0029】
これにより、スパッタ膜の耐熱性、耐湿性、耐食性(具体的には、耐硫化性や耐塩水性)をさらに向上させることができる。
また、スパッタ膜を成膜後に行われる工程(具体的には、例えば、熱処理工程や、薬品を使用したエッチング工程等)において、製品として出荷された後で生じるスパッタ膜の変質(例えば、熱による凝集や腐食)による特性の低下をより一層抑制することができる。
【発明の効果】
【0030】
本発明のAg合金スパッタリングターゲットによれば、耐熱性に優れたスパッタ膜を成膜でき、かつ異常放電やスプラッシュ現象の発生を十分に抑制することができる。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明を適用した実施の形態について詳細に説明する。
【0032】
(実施の形態)
<Ag合金スパッタリングターゲット>
本発明の実施の形態のAg合金(Ag−In−Ge合金)スパッタリングターゲットは、有機EL素子の反射電極膜やタッチパネルの配線膜等の導電膜の母材となるスパッタ膜(Ag合金薄膜)等を成膜する際に使用するAg合金スパッタリングターゲットである。
【0033】
本実施の形態のAg合金スパッタリングターゲットは、0.1〜1.5質量%のInと、0.1〜2.5質量%のGeと、を含有し、残部がAg及び不可避不純物よりなり、酸素濃度が50質量ppm以下であり、厚さ方向の全域において、超音波探傷装置で測定されるボイド圧潰部の面積率が、スパッタリング表面の面積に対して1.0×10
−4以下となる構成とされている。
【0034】
ここで、Ag合金スパッタリングターゲットに含まれるInの含有量として、0.1〜1.5質量%の範囲内が好ましい理由について説明する。
Inの含有量が0.1質量%よりも少ないと、スパッタ膜の耐硫化性を向上させることが困難となってしまう。一方、Inの含有量が1.5質量%よりも多いと、スパッタ膜の反射率が低下してしまう。
【0035】
よって、Ag合金スパッタリングターゲットに含まれるInの含有量を、0.1〜1.5質量%の範囲内とすることで、スパッタ膜の反射率を低下させることなく、スパッタ膜の耐硫化性を向上させることができる。
【0036】
次に、Ag合金スパッタリングターゲットに含まれるGeの含有量として、0.1〜2.5質量%の範囲内が好ましい理由について説明する。
Geの含有量が0.1質量%よりも少ないと、スパッタ膜の耐熱性を向上させることが困難となってしまう。一方、Geの含有量が2.5質量%よりも多いと、スパッタ膜の反射率が低下してしまう。
【0037】
よって、Ag合金スパッタリングターゲットに含まれるGeの含有量を、0.1〜2.5質量%の範囲内とすることで、スパッタ膜の反射率を低下させることなく、スパッタ膜の耐熱性を向上させることができる。
【0038】
次に、Ag合金スパッタリングターゲットに含まれる酸素濃度が、50質量ppm以下が好ましい理由について説明する。
Ag合金スパッタリングターゲットに含まれる酸素濃度が、50質量ppmを超えると、ボイド及びボイド圧潰部周辺に形成されるInの酸化物粒子が多くなるため、スパッタリング時において、異常放電やスプラッシュ現象の発生を十分に抑制することが困難となってしまう。
【0039】
よって、Ag合金スパッタリングターゲットに含まれる酸素濃度を50質量ppm以下とすることで、スパッタリング時における異常放電やスプラッシュ現象の発生を十分に抑制ができる。なお、より好ましい酸素濃度の範囲は、40ppm以下である。
【0040】
超音波探傷装置で測定されるボイド圧潰部の面積率が、Ag合金スパッタリングターゲットのスパッタリング表面の面積に対して1.0×10
−4よりも大きいと、異常放電やスプラッシュ現象の発生を十分に抑制することが困難となってしまう。
【0041】
よって、超音波探傷装置で測定されるボイド圧潰部の面積率が、スパッタリング表面の面積に対して1.0×10
−4以下とすることで、異常放電やスプラッシュ現象の発生を十分に抑制することができる。
上記説明したように、本発明の実施の形態のAg合金スパッタリングターゲットによれば、耐熱性に優れたスパッタ膜を成膜でき、かつ異常放電やスプラッシュ現象の発生を十分に抑制することができる。
【0042】
また、上記Ag合金スパッタリングターゲットは、スパッタリング表面の面積が、0.25m
2以上の大型化されたAg合金スパッタリングターゲットに適用することが好ましい。
このような大型化されたAg合金スパッタリングターゲットに適用した場合でも、大電力が投入されたスパッタ膜の成膜処理を可能とし、異常放電やスプラッシュ現象の発生を十分に抑制した上で、耐熱性に優れたスパッタ膜を成膜することができる。
【0043】
また、本実施の形態のAg合金スパッタリングターゲット(Ag−In−Ge合金)は、Sb,Mg,Pd,Cu,Snのうち、少なくとも1種を、0.02〜2.0質量%含有してもよい。
Ag合金スパッタリングターゲットが、Sb,Mg,Pd,Cu,Snのうち、少なくとも1種を、0.02〜2.0質量%含有することで、スパッタ膜の耐熱性、耐湿性、耐食性(具体的には、耐硫化性や耐塩水性)をさらに向上させることができる。
これにより、スパッタ膜を成膜後に行われる工程(具体的には、例えば、熱処理工程や、薬品を使用したエッチング工程等)において、製品として出荷された後で生じるスパッタ膜の変質(例えば、熱による凝集や腐食)による特性の低下をより一層抑制することができる。
【0044】
Ag合金スパッタリングターゲットに含まれるSb,Mg,Pd,Cu,Snのうち、少なくとも1種の含有量が0.02質量%よりも少ないと、上記効果を得ることができない。
一方、Ag合金スパッタリングターゲットに含まれるSb,Mg,Pd,Cu,Snのうち、少なくとも1種の含有量が2.0質量%を超えると、スパッタ膜の電気抵抗が高くなりすぎたり、スパッタ膜の反射率が低下したりしてしまう。
【0045】
ところで、Ag−In−Ge合金に、Sb,Mg,Pd,Cu,Snのうち、少なくとも1種以上の元素を添加すると、これらの元素がInより易酸化性を示す場合には、該元素がInに代わって、ボイド中の酸素またはインゴッド中の固溶酸素と反応して、元素酸化物に変える作用を有する。
【0046】
スパッタ膜の耐熱性、耐湿性、耐食性(例えば、耐硫化性や耐塩水性)のより一層の向上や、出荷後のスパッタ膜の変質(例えば、熱による凝集や腐食)による特性の低下をより抑制する観点から、Ag−In−Ge合金(Ag合金スパッタリングターゲットの材料)に、Sb,Mg,Pd,Cu,Snのうち、少なくとも1種の元素を添加する際には、Sb,Mg,Pd,Cu,Snの各元素の組成範囲を限定することが好ましい。
【0047】
具体的には、各元素の組成の範囲は、例えば、Sbが0.1〜2質量%、Mgが0.02〜0.5質量%、Pdが0.1〜2.0質量%、Cuが0.2〜1.5質量%、Snが0.1〜2.0質量%とすることができる。
添加量が上記各範囲の下限値に満たない場合には、上記説明したような効果を得ることができない。一方、添加量が上記各範囲の上限を超える場合には、スパッタ膜の電気抵抗が高くなったり、スパッタ膜の反射率が低下したりする恐れがある。
【0048】
以上、Ag−In−Ge合金に、Sb,Mg,Pd,Cu,Snのうち、少なくとも1種の元素を添加する場合について説明したが、これらの元素が添加されたAg合金スパッタリングターゲットを用いて成膜されたスパッタ膜は、例えば、Sbの添加により、耐熱性及び耐湿性を向上させることができる。
また、Mgを添加することで、耐熱性及び耐塩水性を向上させることができる。また、Pdを添加することで、耐湿性、耐硫化性、及び耐塩水性を向上させることができる。
また、Cuを添加することで、耐熱性及び耐硫化性を向上させることができる。さらに、Snを添加することで、耐熱性、耐湿性、及び耐硫化性を向上させることができる。
【0049】
上記説明したように、本実施の形態のAg合金スパッタリングターゲットによれば、スパッタ膜の反射率の低下を抑制した上で、スパッタ膜の耐熱性を向上させることができ、かつ異常放電やスプラッシュ現象の発生を十分に抑制することができる。
【0050】
<Ag合金スパッタリングターゲットの製造方法>
次に、Ag合金スパッタリングターゲットの製造方法について説明する。
始めに、純度が99.99質量%以上のAgと、純度が99.99質量%以上のInと、純度が99.99質量%以上のGeと、純度が99.99質量%以上とされたSb,Mg,Pd,Cu,Snのうち、少なくとも1種(以下、「添加剤」という)と、を準備する。
次いで、高周波真空溶解炉内に、所望の質量比となるように、Agと、Inと、Geと、添加剤と、をセットする。
【0051】
次いで、高周波真空溶解炉の真空チャンバー内を真空排気した後、アルゴンガスで置換し、その後、Agを溶解させる。次いで、アルゴンガス雰囲気中において、溶解したAgに、Inと、Geと、添加剤と、を添加し、合金溶湯を黒鉛製鋳型に注いで鋳造することで、溶解鋳造インゴットを作製する。
【0052】
鋳造処理の方法としては、例えば、一方向凝固法を用いて実施することができる。一方向凝固法は、例えば、鋳型の底部を水冷させた状態で、抵抗加熱により予め側面部を加熱した鋳型に、溶湯を鋳込み、その後、鋳型下部の抵抗加熱部の設定温度を徐々に低下させることで実施できる。
なお、鋳造処理の方法としては、上記説明した一方向凝固法に替えて、完全連続鋳造法や半連続鋳造法等の方法を用いて行ってもよい。
【0053】
次いで、溶解鋳造インゴットを熱間鍛造する。次いで、熱間鍛造後のインゴットを所望の厚さになるまで、冷間圧延することで、板材を作製する。
その後、該板材を機械加工することで、本実施の形態のAg合金スパッタリングターゲットが製造される。
【0054】
以上、本発明の好ましい実施の形態について詳述したが、本発明はかかる特定の実施の形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲内に記載された本発明の要旨の範囲内において、種々の変形・変更が可能である。
【0055】
以下、試験例、実施例、及び比較例について説明するが、本発明は、下記実施例に限定されない。
【0056】
(試験例1)
試験例1では、実施例1〜4、比較例1,2のAg合金スパッタリングターゲットを作製し、これらに含まれる酸素濃度(質量ppm)、ボイド圧潰部の面積率、及び異常放電回数(回)について評価した。
【0057】
<実施例のAg合金スパッタリングターゲットの作製>
始めに、純度が99.99質量%以上のAgと、純度が99.99質量%以上のInと、純度が99.99質量%以上のGeと、を準備した。
次いで、表1に示す組成となるように、Agと、Inと、Geと、を秤量し、高周波真空溶解炉内に装入した。
【0059】
次いで、高周波真空溶解炉の真空チャンバー内を真空排気した後、アルゴンガスで置換し、その後、Agを溶解させた。このとき、溶解時の総重量は、約300kgとした。
次いで、アルゴンガス雰囲気中において、溶解したAgに、Inと、Geと、を添加し、合金溶湯を黒鉛製鋳型に注いで鋳造することで、溶解鋳造インゴットを作製した。鋳造処理の方法としては、先に説明した一方向凝固法を用いた。
【0060】
次いで、鋳造後、溶湯表面に浮上した酸化膜等の異物を含むインゴット上部の引け巣部分を切断し、健全部として、約260kgのAg合金インゴット(直径が290mm×厚さ370mm)を作製した。
【0061】
次いで、Ag合金結晶粒の平均粒径を所定値にするために、溶解鋳造インゴットを熱間鍛造した。熱間鍛造は、800度の温度で2時間加熱した後、鍛造方向を90度ずつ転回させることを繰り返すことで、鍛造方向:z、z方向に対して90度の任意の方向:x、z方向及びx方向に対して90度の方向:y方向の全ての方向に対して鍛造した。
【0062】
言い換えれば、円柱状に鍛造されたインゴットを、角形に鍛造し、その後、角形のインゴットを、前回の鍛造方向と90度回転させ、鍛造を繰り返した。このとき、角形インゴットの縦、横、高さ方向の全ての向きで鍛造を行うように回転させた。
また、一回当たりの鍛練成型比は、1/1.2〜1/2とし、向きを変えて15回の据込鍛造を繰り返した。16回目の鍛造で展伸し、600×910×45(mm)の寸法に成形した。
このように、鍛造を繰り返すことで、Ag合金スパッタリングターゲットを構成するAg合金結晶粒の粒径のばらつきを抑制した。
【0063】
次に、鍛造後のインゴットが所望の厚さになるまで、冷間圧延し、約1200×1300×16(mm)の板材を作製した。このとき、冷間圧延工程での1パス当たりの圧下率は、5〜10%とし、計10パス実施した。また、総圧下率を64%とした。
なお、総圧下率は、下記(1)式により算出できる。
総圧下率={{冷間圧延前のインゴットの厚さ}−(冷間圧延後のインゴットの厚さ)}/{冷間圧延前のインゴットの厚さ} ・・・(1)
【0064】
次いで、圧延後、板材を600度で2時間加熱保持し、再結晶化処理を行った。その後、得られた板材を、1100×1200×12(mm)の寸法に機械加工することで、実施例1〜4のAg合金スパッタリングターゲットを作製した。
【0065】
<比較例のAg合金スパッタリングターゲットの作製>
比較例1では、一方向凝固に替えて、通常の黒鉛製鋳型に鋳込んだこと以外は、先に説明した実施例と同様な手法により、Ag合金スパッタリングターゲットを作製した。
比較例2では、酸素濃度を低減するために鋳造時、溶湯に黒鉛粉末を添加して還元作用により酸素濃度を低減した以外は、先に説明した比較例1と同様な手法により、Ag合金スパッタリングターゲットを作製した。
【0066】
<酸素濃度の計測>
次いで、Ag合金スパッタリングターゲットに含まれる酸素濃度を下記方法により測定した。この結果を表1に示す。
始めに、鋳造により作製されたインゴットを機械加工することで、切り屑を採取した。次いで、株式会社堀場製作所製の酸素ガス分析装置であるEMGA−550(型番)を用いて、上記切り屑に含まれる酸素濃度を分析することで、Ag合金スパッタリングターゲットに含まれる酸素濃度を求めた。
【0067】
<ボイド圧潰部の面積率の計測>
次いで、Ag合金スパッタリングターゲットのボイド圧潰部の面積率を下記方法により計測した。この結果を表1に示す。
株式会社KJTD製の超音波探傷装置であるPDS−3400(型番)を用いて、Ag合金スパッタリングターゲットの全面に亘って探傷を行った。このとき、超音波の周波数は、10MHzとし、ゲインは、40dBとした。
【0068】
探傷で得られた実際の画像は、カラー表示され、超音波の反射を検出できた部分(但し、表面反射及び底面反射を除く)については、赤く表示される。この赤く表示された部分をボイド圧潰部と判定した。
その後、得られた探傷結果の画像を二値化し、市販のPC用画像処理ソフトウェアにより、ボイド圧潰部分の全体に対する面積率を算出した。
【0069】
<異常放電回数の計測>
次いで、Ag合金スパッタリングターゲットの異常放電回数を下記方法により計測した。この結果を表1に示す。
【0070】
始めに、ターゲット板材におけるボイド圧潰部と見られる反射が検出された部分から、直径152.4mmの円盤を切り出して、機械加工により厚さ6mmとし、その後、無酸素銅製のバッキングプレートにInはんだを用いて接合し、評価用Ag合金スパッタリングターゲットを作製した。
【0071】
次いで、スパッタ装置に、評価用Ag合金スパッタリングターゲットを装着し、直流1000Wの電力、アルゴンガス圧が0.5Paの条件にて、1時間のスパッタリング放電を実施し、この放電中に発生する異常放電の回数を直流電源に搭載されている異常放電検知機能を用いて計測した。
【0072】
<評価結果について>
表1を参照するに、比較例1のAg合金スパッタリングターゲットに含まれる酸素濃度が80質量ppmであるのに対して、実施例1〜4、比較例2のAg合金スパッタリングターゲットに含まれる酸素濃度は、最も高いもので47質量ppmであり、50質量ppm以下になることが確認できた。実施例4のAg合金スパッタリングターゲットに含まれる酸素濃度は、47pmと本発明の範囲内であるがやや高い値であった。
比較例1の作製方法では、モールド或いは空気と接するインゴットの外周部から凝固していくため、内包する酸素ガスがインゴットの中に閉じ込められるため、Ag合金スパッタリングターゲットに含まれる酸素濃度が高くなったと推測される。
一方、実施例1〜4では、上記作製方法に替えて、一方向凝固法を用いたため、溶湯がモールドの下部から順番に凝固し、酸素ガスが徐々にモールド上部の液体部に押し出され、最終的にはインゴットのトップ部まで排除されることで、インゴットの内部の酸素濃度が低減できたと推測される。
【0073】
比較例1,2のAg合金スパッタリングターゲットのボイド圧潰部の面積率が1.4×10
−4および1.6×10
−4であるのに対して、実施例1〜4のAg合金スパッタリングターゲットのボイド圧潰部の面積率は、最も高いもので1.0×10
−4であり、1.0×10
−4以下になることが確認できた。
【0074】
比較例1,2のAg合金スパッタリングターゲットの異常放電回数が101回および122回であるのに対して、実施例1〜3のAg合金スパッタリングターゲットT1〜T3の異常放電回数は、最も高いもので7回であり、非常に良好な結果が得られることが確認できた。
実施例4のAg合金スパッタリングターゲットの異常放電回数は、37回とやや多かったが許容範囲内であった。
比較例2のAg合金スパッタリングターゲットについては、酸素濃度が低く抑えられているにもかかわらずボイド圧潰部が多かった。この原因は明らかではないが、酸素低減のために添加した炭素粉末が鋳造時にAg合金中に巻き込まれ、これがボイド部に集積したためと推測される。
【0075】
(試験例2)
<実施例のAg合金スパッタリングターゲットの作製>
試験例2では、先に説明した実施例1と同様な手法により、表2に示す組成となるように、実施例5〜9のAg合金スパッタリングターゲットを作製した。
【0077】
<比較例のAg合金スパッタリングターゲットの作製>
試験例2では、先に説明した比較例1と同様な手法により、表2に示す組成となるように、比較例3〜8のAg合金スパッタリングターゲットを作製した。
【0078】
<スパッタ膜の成膜>
実施例および比較例のAg合金スパッタリングターゲットを無酸化銅のバッキングプレートに接合した構造体を、スパッタ装置内に装着する。スパッタ装置としては、直流マグネトロンスパッタ装置である株式会社アルバック製のSIH−450Hを用いた。
【0079】
次いで、スパッタ装置のチャンバー内に配置された基板ホルダーに、基板を固定させた。基板は、Ag合金スパッタリングターゲットと平行に対向するように配置させた。また、基板とAg合金スパッタリングターゲットとの距離は、70mmとした。
該基板としては、縦30mm×横30mmの四角形とされたガラス基板(具体的には、コーニング社製のイーグルXG)を用いた。
【0080】
次いで、スパッタ装置のチャンバー内を真空排気することで、チャンバー内の圧力を5×10
−5Pa以下とした。次いで、チャンバー内にアルゴンガスを導入することで、0.5Paのスパッタガス圧とした。続いて、直流電源を用いて、Ag合金スパッタリングターゲットT4に250Wの直流電力を印加することで、基板上に厚さ100nmとされたスパッタ膜を成膜した。
【0081】
<スパッタ膜の反射率、及び耐硫化性の評価試験>
始めに、株式会社日立ハイテクノロジーズ製の分光光度計であるU−4100を用いて硫化ナトリウム水溶液に浸漬する前のスパッタ膜の反射率を測定した。このとき、波長としては、可視光である550nmを用いた。この結果を表2に示す。
【0082】
次いで、各スパッタ膜を室温で0.01%硫化ナトリウム(Na
2S)水溶液に1時間浸漬させ、その後、0.01%硫化ナトリウム水溶液から取り出し、純水を用いて十分に洗浄させた後、乾燥空気を吹き付けることで、各スパッタ膜を乾燥させた。
次いで、硫化ナトリウム水溶液に浸漬する前の反射率を測定する方法と同様な手法により、硫化ナトリウム水溶液に浸漬後のスパッタ膜の反射率を測定した。この結果を表2に示す。
【0083】
<スパッタ膜の耐熱性の評価試験>
下記手法により、スパッタ膜の耐熱性の評価を行った。
始めに、大気雰囲気中において、加熱温度250度で1時間の熱処理を各スパッタ膜に対して行った。次いで、光学顕微鏡の暗視野像により、各スパッタ膜の表面を観察及び撮影した。このとき、光学顕微鏡の対物レンズとして50倍のレンズを用い、対眼レンズとして10倍のレンズを用いた。
【0084】
暗視野像であるため、スパッタ膜の表面に突起(ヒロック)が生じている場合、該突起は、白く光る点として検出される。
撮影した画像の縦290μm×横185μmの範囲内に存在するヒロックの数を、三谷商事社製の画像処理ソフトウェアであるWinroof(型番)を用いて計測した。
ヒロックの数は、耐熱性の指標となるものであり、ヒロックの数が少ないほど、耐熱性が高いスパッタ膜ということになる。
各スパッタ膜のヒロックの数を表2に示す。
【0085】
<スパッタ膜の評価試験結果のまとめ>
表2を参照するに、実施例のスパッタ膜では、いずれの結果も硫化ナトリウム水溶液浸漬前の反射率が94%以上と高く、硫化ナトリウム水溶液浸後においても50%以上の反射率を維持しており、ヒロックの発生数も6000個以下であり、良好な結果が得られた。
【0086】
一方、Inの添加量が0.03%である比較例3では、硫化ナトリウム水溶液浸後の反射率が50%を切る低い値であった。また、Inの添加量が2.0%である比較例4では、硫化ナトリウム水溶液浸前の反射率が94%を切る低い値であった。
Geの添加量が0.04%である比較例5では、熱処理後のヒロック発生数が6000個を越えており、Geの添加量が3.0%である比較例6では硫化ナトリウム水溶液浸前の反射率が94%を切る低い値であった。
また、Geを添加していない比較例7では、熱処理後のヒロック発生数が6000個を越えていた。比較例8の純Agでは、水溶液浸後の反射率が50%を切る低い値であり、かつ熱処理後に大量のヒロックが発生した。このため、比較例8では、非常に大きな表面の荒れを生じ、画像処理によるヒロック発生数の測定が不可能であった。