(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記磁性体粒子が選択的に固定し得る前記目的物質が、核酸、タンパク質、糖、脂質、抗体、受容体、抗原、リガンドおよび細胞からなる群から選択される1以上である、請求項1に記載の磁性体粒子の操作方法。
【発明を実施するための形態】
【0020】
図1は、磁性体粒子の操作方法を説明するための工程概念図である。本発明は、液体試料中の目的物質を磁性体粒子の表面に固定させるための磁性体粒子の操作方法に関する。
図1(A)において、容器10内には、液体試料31、磁性体粒子71および磁性固体60が含まれている。液体試料31は、磁性体粒子71の表面に固定されるべき目的物質を含む。磁性体粒子71は、当該目的物質をその表面に固定可能な粒子である。磁性固体60は、磁性体粒子71よりも粒径の大きい磁性体である。
【0021】
[容器]
容器10は、外部からの磁場操作によって容器内の磁性固
体や磁性体粒子を移動可能であり、液体を保持できるものであれば、その材質や形状は特に限定されない。例えば、試験管等の管状の容器や、エッペンドルチューブ等の錐形状の容器を用いることができる。また、内径1mm〜2mm程度、長さ50mm〜200mm程度の直管状構造体(キャピラリー)や、幅1mm〜2mm程度、深さ0.5mm〜1mm程度、長さ50mm〜200mm程度の直線状溝が形成された平面板材の上面に、別の平面板材を貼り合わせた構造体等を用いることもできる。なお、容器の形状は管状や面状に限定されず、粒子の移動経路が、十字あるいはT字等の分岐を有する構造であってもよい。容器の大きさを極力小さくすれば、微小液体操作用マイクロデバイス、または微小液体操作用チップとしても使用できる。
【0022】
本発明では、磁場操作によって、容器10内の磁性体粒子71を移動可能であるため、試料投入後の容器を密閉系とすることができる。容器を密閉系とすれば、外部からのコンタミネーションを防止できる。そのため、RNA等の分解されやすい物質を磁性体粒子に固定して操作する場合に、特に有用である。容器を密閉系とする場合、容器の開口部を熱融着する方法や、適宜の封止手段を用いて封止することができる。操作後の粒子や水系液体を容器外に取り出す必要がある場合は、樹脂栓等を用いて、取り外し可能に開口部を封止することが好ましい。
【0023】
容器10の材質としては、外部からの磁場を遮蔽しないものであれば特に限定されず、ポリプロピレンやポリエチレン等のポリオレフィン、テトラフルオロエチレン等のフッ素系樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリスチレン、ポリカーボネート、環状ポリオレフィン等の樹脂材料が挙げられる。これらの素材の他、セラミック、ガラス、シリコーン、金属等も用いられ得る。容器内壁面の撥水性を高めるために、フッ素系樹脂やシリコーン等によるコーティングが行われてもよい。
【0024】
磁性体粒子の操作中あるいは操作後に、吸光度、蛍光、化学発光、生物発光、屈折率変化等の光学的測定が行われる場合や、光照射が行われる場合は、光透過性を有する容器が好ましく用いられる。また、容器が光透過性であれば、容器内の粒子操作の状況を目視確認できることからも好ましい。一方、液体や磁性体粒子等を遮光する必要がある場合は、光透過性を有していない金属等の容器が好ましく用いられる。使用目的等に応じて、光透過部分と遮光部分とを有する容器を用いることもできる。
【0025】
[液体試料]
液体試料31は、分離・精製の対象となる目的物質を含む。目的物質としては、例えば核酸、タンパク質、糖、脂質、抗体、受容体、抗原、リガンド、細胞等の生体由来物質が挙げられる。液体試料31は、目的物質の他に夾雑物を含む。例えば、血液から核酸の分離・精製を行う場合、液体試料31は、目的物質である核酸の他に、細胞から溶出したタンパク質や糖等の多種多様な夾雑物を含んでいる。
【0026】
液体試料31は、典型的には、血液等の生体由来試料と、そこから目的物質を抽出するための溶液との混合物である。目的物質を抽出するための溶液としては、例えば細胞溶解液が挙げられる。細胞溶解液は、カオトロピック物質や界面活性剤等の細胞を溶解可能な成分を含む。カオトロピック塩としては、グアニジン塩酸塩、グアニジンイソチアン酸塩、ヨウ化カリウム、尿素等が挙げられる。カオトロピック塩は強力なタンパク変性剤であり、細胞のタンパク質を溶解させ、細胞核内の核酸を液中に遊離させる働きがある上、核酸分解酵素の働きを抑える効果がある。液体試料31は、上記の他に、各種の緩衝剤、塩類、およびその他の各種補助剤、並びに、アルコール等の有機溶剤等を含んでいてもよい。
【0027】
一般的に、血液等の生体由来試料から目的物質を抽出する際には、目的物質の純度や回収率を向上させるために、酵素反応による夾雑成分の分解が行われる。例えば、血液から核酸を抽出する場合は、プロテアーゼK等のタンパク質分解酵素を用い、核酸と結合している核タンパク質の分解が行われるのが一般的である。これに対して、後に詳述するように、本発明では磁性体粒子と磁性固体の共存下で磁場操作が行われるため、酵素反応を行わない場合でも、目的物質を高効率かつ選択的に、磁性体粒子の表面に固定することができる。そのため、液体試料31には、酵素が添加されないことが好ましい(ただし、生体由来試料に元々含まれている酵素等が共存していてもよい)。
【0028】
[磁性体粒子]
本発明に用いられる磁性体粒子71は、液体試料31中の目的物質を選択的に固定可能な粒子である。粒子表面への目的物質の固定方法は特に限定されず、物理固定、化学固定等の各種公知の固定化メカニズムが適用可能である。例えば、ファンデルワールス力、水素結合、疎水相互作用、イオン間相互作用、π−πスタッキング等の種々の分子間力により、粒子の表面あるいは内部に目的物質が固定される。核酸、タンパク質、糖、脂質、抗体、受容体、抗原、リガンド、細胞等の目的物質は、分子認識等により、粒子表面に固定されてもよい。例えば、目的物質が核酸である場合は、シリカコーティングされた磁性体粒子を用いることにより、粒子表面に核酸を選択的に固定できる。また、目的物質が、抗体(例えば、標識抗体)、受容体、抗原およびリガンド等である場合、粒子表面のアミノ基、カルボキシル基、エポキシ基、ア
ビジン、
ビオチン、ジゴキシゲニン、プロテインA、プロテインG等により、目的物質を粒子表面に選択的に固定できる
【0029】
磁性体としては、鉄、コバルト、ニッケル等の強磁性金属、ならびにそれらの化合物、酸化物、および合金等が挙げられる。具体的には、マグネタイト(Fe
3O
4)、ヘマタイト(Fe
2O
3、またはαFe
2O
3)、マグヘマイト(γFe
2O
3)、チタノマグネタイト(xFe
2TiO
4・(1−x)Fe
3O
4、イルメノヘマタイト(xFeTiO
3・(1−x)Fe
2O
3、ピロタイト(Fe
1−xS(x=0〜0.13)‥Fe
7S
8(x〜0.13))、グレイガイト(Fe
3S
4)、ゲータイト(αFeOOH)、酸化クロム(CrO
2)、パーマロイ、アルコニ磁石、ステンレス、サマリウム磁石、ネオジム磁石、バリウム磁石が挙げられる。
【0030】
液体中での粒子操作を容易とする観点から、磁性体粒子の粒径は0.1μm〜20μm程度が好ましく、0.5μm〜10μm程度がより好ましい。磁性体粒子の形状は、粒径が揃った球形が望ましいが、粒子操作が可能である限りにおいて、不規則な形状で、ある程度の粒径分布を持っていてもよい。磁性体粒子の構成成分は単一物質でもよく、複数の成分からなるものでも良い。
【0031】
磁性体粒子としては、上記磁性体の表面に、目的物質を選択的に固定させるための物質が付着したもの、あるいは当該物質で被覆されたものが好適に用いられる。このような磁性体粒子は、例えば、ライフテクノロジーズから販売されているDynabeads(登録商標)や、東洋紡から販売されているMagExtractor(登録商標)等の市販品を用いることもできる。
【0032】
[磁性固体]
本発明に用いられる磁性固体60は、磁性体であればその材料は特に限定されず、上記磁性体粒子を構成する磁性体として例示したのと同様に、鉄、コバルト、ニッケル等の強磁性金属、ならびにそれらの化合物、酸化物、および合金等が挙げられる。磁性固体の形状は特に限定されず、球状、多面体状、偏平形状、棒状等であってもよい。
【0033】
磁性固体は、磁性体粒子よりも粒径が大きいことが好ましい。なお、磁性固体が非球状の場合は、長径を粒径とみなす。磁性固体の粒径は、100μm以上が好ましく、300μm以上がより好ましく、500μm以上がさらに好ましい。磁性体粒子が凝集体を形成している場合であっても、粒径の大きい磁性固体の共存下で、磁場操作によって移動させることにより、磁性体粒子を液体中に分散させることができる。磁性固体の粒径は、磁性体粒子の粒径の10倍以上が好ましく、20倍以上がより好ましく、30倍以上がさらに好ましく、50倍以上が特に好ましい。
【0034】
磁性固体は、容器内で移動可能なものであれば、粒径の上限は特に限定されない。例えば、容器が管状であり、磁性固体が球状である場合、磁性固体の粒径が、容器の内径よりも小さければよい。磁場による操作を容易とする観点から、磁性固体の粒径は10mm以下が好ましく、5mm以下がより好ましく、3mm以下がさらに好ましく、1.5mm以下が特に好ましい。また、磁性固体の粒径は、磁性体粒子の粒径の100000倍以下が好ましく、50000倍以下がより好ましく、10000倍以下がさらに好ましい。なお、
図1に示す実施形態では、容器10内に1個の磁性固体60が用いられているが、複数の磁性固体を用いることもできる。
【0035】
磁性固体としては、ボールベアリング用の鉄球やステンレス球等の市販の金属球等をそのまま用いることができる。また、磁性固体に機能性を持たせることもできる。例えば、鉄やステンレス等の金属材料の表面にコーティングを施すことにより、試薬や試料に対する耐腐食性を持たせることができる。
【0036】
特に、磁性固体が粒子操作デバイス内で、水系液体等に長時間接触させられる場合、磁性固体を構成する鉄等の金属が腐食しやすく、腐食成分(例えば液体層中に溶出した金属イオン)が、目的物質の固定や、その後の試薬や試料との反応(例えば酵素反応や、抗原抗体反応)、目的物質の溶出等に影響を及ぼす場合がある。これに対して、磁性固体が金属表面に腐食を防止するためのコーティング層を有することにより、金属の腐食による影響を抑制できる。
【0037】
金属表面に耐腐食性を持たせるためのコーティングが施される場合、コーティング材料は、ゲル状媒体や液体層内での金属の腐食を防止できるものであれば、特に限定されず、金属、金属酸化物等の無機材料でも、樹脂材料でもよい。金属材料としては、金、チタン、プラチナ等が挙げられる。樹脂材料としては、テトラフルオロエチレン等のフッ素系樹脂やエポキシ系樹脂等が挙げられる。また、コーティング材料としては、試薬や試料との反応の阻害や、試料の固定および溶出への影響が少ないものが好ましく用いられる。
【0038】
金属表面へのコーティング層の形成方法は特に限定されない。例えば、金属表面に、耐腐食性を持たせるために、金、チタン、プラチナ等の金属コーティングが施される場合、メッキ法やドライプロセス(蒸着、スパッタ、CVD等)が好ましく採用される。金属表面に樹脂コーティングが施される場合、ウェットコーティングが好ましく採用される。
【0039】
物理的な衝撃等によって、金属の腐食を防止するためのコーティングの剥がれや傷付きが生じると、金属が露出し、露出部分から金属の腐食を生じる場合がある。そのため、コーティング層の厚みは、数μm〜数百μm程度が好ましい。コーティング層をこのような厚みとするためには、ウェットコーティングにより、樹脂層を形成することが好ましい。樹脂材料としては、樹脂溶液や液状接着剤等を用いることができる。液状接着剤としては、金属用の接着剤として市販されているものをそのまま用いてもよい。例えば、二液硬化型のエポキシ系接着剤は、常温での硬化が可能であり、上記厚みのコーティング層を容易に形成できるため、金属の腐食を防止するためのコーティング材料として好適に用いられる。
【0040】
ウェットコーティングにより樹脂溶液の乾燥や硬化が行われる場合、コーティング層の剥がれが生じないように、乾燥条件が設定されることが好ましい。例えば、コーティング後の磁性固体を静置して乾燥あるいは硬化する場合は、樹脂材料が付着し難い材料や、コーティング液の溶媒に対する耐溶剤性を有する材料上に、コーティング後の磁性固体を静置することが好ましい。
【0041】
磁性固体の表面には、耐腐食性コーティング以外のコーティング層を設けることもできる。例えば、磁性体粒子に固定される物質とは別の物質が磁性固体表面に固定されるように、磁性固体表面を、種々の機能性分子でコートしてもよい。その他、磁性固体表面を、発光物質や蛍光物質等の光学材料でコートしてもよい。このような構成によれば、磁性固体の位置を光学的に検出可能となるため、例えば、粒子操作を自動化する際、磁性固体や磁性体粒子の位置検出や位置補正に応用できる。また、磁性固体の、材質、大きさ、形状を調整することにより、マイクロ流路系における、磁場操作によるバルブ、ポンプ動作のためのアクチュエーターとしての機能を磁性固体に兼用させることもできる。その他、磁性固体を、磁気共鳴による流体制御素子の駆動用電力の受容体とすることや、電磁誘導による発熱体として化学反応の熱源に利用することもできる。
【0042】
[磁場操作による目的物質の溶解/固定]
以下では、
図1(A)〜(C)を参照しながら、磁性体粒子の表面に目的物質として核酸を固定させる例を中心に説明する。まず、
図1(A)に示すように、容器10内に、液体試料31、磁性体粒子71および磁性固体60が装填される。これらの装填順序は特に制限されない。
【0043】
目的物質が核酸である場合、液体試料31は、動植物組織、体液、排泄物等の生体試料、細胞、原虫、真菌、細菌、ウィルス等の核酸包含体を含む。体液には血液、髄液、唾液、乳等が含まれ、排泄物には糞便、尿、汗等が含まれる。また、これらの複数の組合せを用いることもできる。細胞には血液中の白血球、血小板や、口腔細胞等の粘膜細胞の剥離細胞、唾液中白血球が含まれ、これらの組合せを用いることもできる。核酸を含む液体試料は、例えば、細胞懸濁液、ホモジネート、細胞溶解液との混合液等の態様で調製してもよい。予め容器10内に細胞溶解液等の溶液を装填しておき、そこに、血液等を添加して、液体試料を調製してもよい。先に容器10内に血液等を装填し、そこに細胞溶解液を注入してもよい。
【0044】
また、容器10内に細胞溶解液とともに、磁性粒子および磁性固体を装填しておき、そこに血液等を添加してもよい。予め、容器10内に、細胞溶解液とともに磁性体粒子および磁性固体を装填したものをキットとして準備しておくこともできる。本発明では、試料の酵素処理を必要としないため、細胞溶解液と磁性体粒子および磁性固体とを同一の容器内に装填した状態で保管しておけば、そこに血液等を投入することにより、簡便な操作で磁性体粒子表面への核酸の固定を行うことができる。液体試料、磁性体粒子および磁性固体を容器10内に装填した後は、容器10の上部を蓋で塞ぎ、デバイスを密閉系とすることにより、外部からの汚染を防止することが好ましい。
【0045】
液体試料31、磁性体粒子71および磁性固体60が装填された容器10内で、磁性体粒子を十分に分散させることにより、磁性体粒子表面(シリカコーティング)に目的物質である核酸を固定化できる。この操作は、容器外部からの磁場操作により行われる。
図1(B)に示すように、容器の外壁面に磁石9を近付けると、磁石9周辺の容器内壁面に、磁性固体60および磁性体粒子71が引き寄せられる。磁場操作には、永久磁石(例えばフェライト磁石やネオジム磁石)や電磁石等の磁力源を用いることができる。
【0046】
液体試料31内には、試料由来の夾雑物が含まれている。中でも変性タンパク質は、磁性体粒子の表面をマスクし、磁性体粒子同士を付着させる作用を有する。そのため、容器の内壁面に引き寄せられた磁性体粒子71が凝集体を形成し、液体試料内の核酸と磁性体粒子との接触機会が減少し、目的物質の粒子表面への固定が阻害される場合がある。
【0047】
本発明においては、容器内に、磁性体粒子71と磁性固体60とが共存する状態で、磁場操作によって、磁性固体とともに磁性体粒子を移動させる。磁場操作とは、具体的には、磁石9を移動させる操作である。磁石の移動方法としては、往復運動を含む直線移動、回転運動、その他不規則な軌道を描く運動等が挙げられる。磁場操作によって、
図1(C)に示すように、凝集体を形成していた磁性体粒子が、液体試料内で分散される。磁性体粒子を効率的に分散させるためには、磁石9を、容器10の外壁面に沿って往復運動させることが好ましい。
【0048】
液体内で、磁性固体とともに磁性体粒子を移動させることによって、磁性体粒子が分散される原理は必ずしも明らかではない。磁性固体および磁性体粒子の動きを目視観察した範囲では、磁性固体60が容器10の内壁面に沿って移動する際に、容器の内壁面と磁性固体との摩擦抵抗や、磁石の移動に対する磁性固体の追随の遅延に伴って、磁性固体が微振動していることが確認されている。この磁性固体の微振動が、磁性固体周辺に存在する磁性体粒子を分散させる作用を有するか、あるいは、磁性固体の微振動が、容器壁面と磁性固体との間に存在する磁性体粒子の凝集体を粉砕させる作用を有するため、磁性体粒子が、液体内で迅速に分散されると推定される。
【0049】
このように、磁性体粒子と磁性固体の共存下で、磁場操作を行うことにより、磁性体粒子の凝集状態が解けて、磁性体粒子が分散される。これにより、磁性体粒子と液体試料内の目的物質との接触機会が増大し、磁性体粒子の表面に目的物質を選択的に固定することができる。この方法によれば、磁性体粒子の表面に目的物質が選択的に固定されるため、高純度の目的物質を高効率で回収できる。そのため、本発明によれば、磁性体粒子を用いた目的物質の分離・精製において、溶解/固定の際の酵素処理を省略できる。
【0050】
酵素処理を省略できるために、分離・精製操作に要するコストを低減できる。また、酵素の添加を必要としないため、試料の追加や分注の操作が不要となり、操作を単純化できるとともに、コンタミネーションの危険性を低減できる。ピペット操作による分散は開放系で行う必要があるのに対して、本発明の方法は、閉鎖系で実施可能であることからも、コンタミネーションの危険性を低減できる。さらには、磁石の往復運動のような単純な動作で、液体中への磁性体粒子の分散を行い得るため、自動化も容易になし得る。
【0051】
[溶解/固定後の操作]
目的物質が固定された磁性体粒子71は、液体試料31から分離され、別の工程に供される。例えば、核酸の分離・精製では、磁性体粒子71を洗浄液中で洗浄して表面に付着した夾雑物を洗浄除去した後、溶出液中で磁性体粒子に固定されていた核酸を遊離溶出させることにより、目的物質である核酸を回収できる。回収された核酸は、必要に応じて濃縮や乾固等の操作を行った後、分析や反応等に供することができる。
【0052】
洗浄や溶出の操作は、公知の方法で実施できる。例えば、容器に磁石を近付けて磁性体粒子を磁石付近の容器内に固定した状態で、容器内の液体を除去した後、新たな液体(洗浄液や溶出液)を容器内に投入し、液体内で磁性体粒子を分散させることにより、洗浄操作や溶出操作を行うことができる。液体内での磁性体粒子の分散は、ピペット操作、ボルテックス等の撹拌操作や、磁場操作などにより行い得る。この際、磁性固体は容器から取り出されてもよく、磁性体粒子と共に容器内に残されたままでもよい。
【0053】
上記では、磁性体粒子を用いて、核酸の分離・精製を行う例を中心に示したが、磁性体粒子に固定化される目的物質は核酸に限定されず、本発明は、核酸以外の各種の目的物質に対しても適用可能である。例えば、protein Gやprotein A等の抗体を選択的に固定化可能な分子で表面がコートされた磁性体粒子を用い、この磁性体粒子と磁性固体の共存下で、磁場操作を行うことにより、目的物質である抗体を、磁性体粒子の表面に選択的に固定することができる。抗体が固定化された磁性体粒子を、被検抗原を含む液体や酵素標識第二次抗体と順次接触させた後、磁性体粒子表面に固定された第二次抗体に結合している酵素と発色物質との発色反応をモニターすることにより、酵素免疫固定測定(ELISA; Enzyme-linked immuno-sorbent assay)を行うことができる。
【0054】
このように、目的物質の種類や、目的とする操作に応じて、デバイス内に装填される液体の種類を変更すれば、本発明は、目的物質の抽出、精製、分離のみならず、各種の反応、検出、定性・定量分析等にも応用できる。
【0055】
[ゲル状媒体が封入されたデバイスを用いた操作]
本発明の方法は、前述の特許文献2(WO2012/086243)に開示されているような、水系液体層と、ゲル状媒体層とが交互に重層されたデバイスを用いた目的物質の分離・精製にも適用できる。このようなデバイスを用いる場合は、密閉系で一連の操作を実施できるため、開放系で行われるピペット操作に比べて、コンタミネーションの危険性を低減できる。
【0056】
以下では、
図2を参照しながら、水系液体層と、ゲル状媒体層とが交互に重層されたデバイスを用いて、核酸の分離・精製を行う例について説明する。
図2−1(A)に示す管状デバイス150では、磁性体粒子171を移動させる方向に沿って、核酸抽出液130、第一の洗浄液132、第二の洗浄液133、および核酸溶出液134が、それぞれの間にゲル状媒体層121,122,123を介して、管状の容器110内に装填されている。
【0057】
ゲル状媒体層121,122,123を形成するゲル状媒体は、粒子操作前においてゲル状、若しくはペースト状であればよい。ゲル状媒体は、それに隣接する液体層の液体に不溶性または難溶性であり、化学的に不活性な物質であることが好ましい。液体層が水系液体からなる場合、ゲル状媒体は、水系液体に不溶または難溶の油性ゲルであることが好ましい。また、ゲル状媒体層は、化学的に不活性な物質であることが好ましい。ここで、液体に不溶性または難溶性であるとは、25℃における液体に対する溶解度が概ね100ppm以下であることを意味する。化学的に不活性な物質とは、液体層との接触や磁性体粒子の操作(すなわち、ゲル状媒体中で磁性体粒子を移動させる操作)において、液体層、磁性体粒子や磁性体粒子に固定された物質に、化学的な影響を及ぼさない物質を指す。
【0058】
ゲル状媒体の材料や組成等は、特に限定されない。ゲル状媒体は、例えば、液体油脂、エステル油、炭化水素油、シリコーン油等の非水溶性または難水溶性の液体物質に、ゲル化剤を添加してゲル化することにより形成される。ゲル化剤によって形成されるゲル(物理ゲル)は、水素結合、ファンデルワールス力、疎水的相互作用、静電的吸引力等の弱い分子間結合力により、三次元ネットワークを形成しており、熱等の外部刺激により可逆的にゾル・ゲル転移する。ゲル化剤としては、ヒドロキシ脂肪酸、デキストリン脂肪酸エステル、およびグリセリン脂肪酸エステル等が用いられる。ゲル化剤の使用量は、非水溶性または難水溶性の液体物質100重量部に対して、例えば0.1〜5重量部の範囲で、ゲルの物理特性等を勘案して適宜に決定される。
【0059】
ゲル化の方法は特に限定されない。例えば、非水溶性または難水溶性の液体物質を加熱し、加熱された当該液体物質にゲル化剤を添加し、ゲル化剤を完全に溶解させた後、ゾル・ゲル転移温度以下に冷却することで、物理ゲルが形成される。加熱温度は、液体物質およびゲル化剤の物性を考慮して適宜に決定される。
【0060】
また、ヒドロゲル材料(例えば、ゼラチン、コラーゲン、デンプン、ペクチン、ヒアルロン酸、キチン、キトサン、アルギン酸、あるいはこれらの誘導体等)を、液体に平衡膨潤させることによって調製されたものを、ゲル状媒体として用いることもできる。ヒドロゲルとしては、ヒドロゲル材料を化学架橋したものや、ゲル化剤(例えばリチウム、カリウム、マグネシウム等のアルカリ金属・アルカリ土類金属の塩、或いはチタン、金、銀、白金等の遷移金属の塩、さらには、シリカ、カーボン、アルミナ化合物等)によってゲル化したもの等を用いることもできる。
【0061】
容器110内へのゲル状媒体および液体の装填は、適宜の方法により行い得る。管状の容器が用いられる場合、装填に先立って容器の一端の開口が封止され、他端の開口部からゲル状媒体および水系液体が順次装填されることが好ましい。内径が1〜2mm程度のキャピラリーのような小さな構造体へ、ゲル状媒体を装填する場合、例えば、
ルアーロック式シリンジに金属製注射針を装着して、キャピラリー内の所定位置へゲル状媒体を押し出す方法により、装填が行われる。
【0062】
容器内に装填されるゲル状媒体および液体の容量は、操作対象となる磁性体粒子の量や、操作の種類等に応じて適宜に設定され得る。容器内に複数のゲル状媒体層や液体層が設けられる場合、各層の容量は同一でも異なっていてもよい。各層の厚みも適宜に設定され得るが、操作性等を考慮した場合、層厚みは、例えば、2mm〜20mm程度が好ましい。
【0063】
核酸の抽出を行うために用いられる核酸抽出液130としては、前述の細胞溶解液(例えば、カオトロピック物質、EDTA等のキレート剤、トリス塩酸等を含有する緩衝液)が挙げられる。容器110の最上部には、核酸抽出液130に加えて、磁性体粒子171および磁性固体160が予め装填されている。磁性体粒子171は、核酸を選択的に固定可能なものであり、例えば、シリカコートされた磁性体粒子が用いられる。
【0064】
液体層とゲル状媒体層とが交互に重層されたデバイス150の上部の開口部から、核酸抽出液130中に、血液等の核酸を含む試料が添加される。これにより、核酸抽出液と核酸を含む溶液(液体試料)131が調製される。液体試料131の容器側面に磁石9を近付けると、磁石9周辺の容器内壁面に、磁性固体160および磁性体粒子171が引き寄せられる(
図2−1(B))。磁石9を容器110の外壁面に沿って往復運動させることにより、磁性固体160が液体試料中を移動させられ、これに伴って、液体試料131中に磁性体粒子171が分散される(
図2−1(C))。この操作によって、液体試料中の核酸が、磁性体粒子の表面に選択的に固定される。
【0065】
その後、磁性固体160は系外に取り出されてもよく、磁性体粒子171と共存した状態で、以降の工程が行われてもよい。磁性固体160を取り出すことなく、磁性体粒子171とともにデバイス内を移動させることにより、洗浄や溶出の効率を高めることができる。また、デバイスの密閉状態を維持できるため、コンタミネーションの危険性を低減できる。
【0066】
磁石9を、容器外壁面に沿って移動させることにより、磁性体粒子171は、ゲル状媒体層121内へ移動させられる。この際、磁性体粒子171と磁性固体160とが一体となって、ゲル状媒体内を移動する(
図2−2(D))。磁性体粒子171がゲル状媒体層121内へ侵入する際に、磁性体粒子171の周囲に液滴として物理的に付着している液体の大半は、粒子表面から脱離して液体層131の液分に残る。一方、磁性体粒子171は、粒子に固定された目的物質を保持したまま、ゲル状媒体層121内を容易に移動できる。
【0067】
ゲル状媒体層121内への磁性体粒子171および磁性固体160の進入および移動により、ゲル状媒体が穿孔されるが、チクソトロピックな性質により、ゲルは自己修復する。磁場操作により、磁性体粒子がゲル内を移動する際、剪断力が付与されると、チクソトロピックな性質により、ゲルは局所的に流動化(粘性化)する。そのため、磁性体粒子および磁性固体は、流動化した部分を穿孔しながら、ゲル内を容易に移動できる。磁性体粒子が通過した後、剪断力から解放されたゲルは、速やかに元の弾性状態に復元する。そのため、磁性体粒子が通過した部分に貫通孔が形成されず、磁性体粒子の穿孔部分を介して、液体がゲル内へ流入することは、ほとんど生じない。なお、磁石9の移動速度が過度に大きいと、ゲルが物理的に破壊され、復元力が失われる場合がある。そのため、磁石の移動速度は、0.1〜5mm/秒程度とすることが好ましい。
【0068】
上記のようなゲルのチクソトロピックな性質による復元力が、磁性体粒子171に付随する液体を搾り取る作用を奏する。そのため、磁性体粒子171が凝集体となり、その中に液滴が取り込まれた状態でゲル状媒体層121内へ移動した場合でも、ゲルの復元力によって、磁性体粒子と液滴とが分離され得る。
【0069】
ゲル状媒体層121内を通過した磁性体粒子171および磁性固体160は、磁場操作により、ゲル状媒体層121から液体層132へと移動させられる。上述のように、ゲル状媒体層121の磁性体粒子や磁性固体が通過した部分には貫通孔が形成されないため、液体層132への液体試料131の流入はほとんど生じない。
【0070】
液体層132は、例えば洗浄液である。洗浄液は、核酸が磁性体粒子の表面に固定された状態を保持したまま、磁性体粒子に付着した核酸以外の成分(例えばタンパク質、糖質等)や、核酸抽出等の処理に用いられた試薬等を洗浄液中に遊離させ得るものであればよい。洗浄液としては、例えば、塩化ナトリウム、塩化カリウム、硫酸アンモニウム等の高塩濃度水溶液、エタノール、イソプロパノール等のアルコール水溶液等が挙げられる。なお、液体層133も洗浄液であってもよい。液体層132,133がいずれも洗浄液である場合、これらの洗浄液の組成は、同一でもよく異なっていてもよい。
【0071】
液体層132の側面に沿って磁石9を移動させると、磁性固体160および磁性体粒子171も、磁石9の移動に伴って液体層内を移動する。この際、凝集体を形成していた磁性体粒子171が、液体層132内で分散される(
図2−2(E))。磁性体粒子171に加えて、磁性固体160を、液体層内へ移動させることにより、溶解/固定の際と同様に、磁性体粒子を効率よく液体中に分散させることができ、洗浄効率を高めることができる。洗浄効率を高めるためには、液体層132の側面(容器の外壁面)に沿って磁石を往復運動させることが好ましい。
【0072】
その後、磁石9を液体層132の側面から、ゲル状媒体層122の側面に移動させる(
図2−2(F))。さらに、磁石9を液体層133の側面へ移動させた後、磁石を往復運動させることにより、磁性体粒子を十分に分散させ、液体層133中で磁性体粒子の洗浄が行われる(
図2−2(G))。
【0073】
なお、
図2では、容器110内に、ゲル状媒体層122を介して、洗浄液として2層の液体層132,133が装填された例が示されているが、洗浄液は1層のみでもよく、3種以上が用いられてもよい。また、分離の目的や、用途における不所望の阻害が生じない範囲において、洗浄を省略することもできる。
【0074】
磁石9を第二の洗浄液133の側面から、ゲル状媒体層123の側面に移動させ、磁性体粒子171および磁性固体160を、ゲル状媒体層123内へ移動させる(
図2−2(H))。さらに、磁石9を、核酸溶出液134の側面に移動させ、磁性体粒子171および磁性固体160を、核酸溶出液134内へ移動させる。
【0075】
核酸溶出液としては、水または低濃度の塩を含む緩衝液を用いることができる。具体的には、トリス緩衝液、リン酸緩衝液、蒸留水等を用いることができる。中でも、pH7〜9に調整された5〜20mMトリス緩衝液を用いることが一般的である。核酸が固定された粒子が核酸溶出液中に移動することにより、磁性体粒子の表面に固定された核酸を遊離させることができる。核酸を遊離させる具体的方法は、上記溶出液中で粒子を分散させる方法が挙げられる。例えば、核酸溶出液134の側面に沿って磁石9を移動させると、磁性固体160とともに磁性体粒子171が移動し、磁性体粒子171が核酸溶出液内で分散される(
図2−2(I))。これにより、磁性体粒子171の表面に固定されていた核酸が効率的に脱着され、核酸溶出液内に遊離するために、核酸の回収率が高められる。
【0076】
その後、必要に応じて、
図2−2(J)に示すように、磁石9を容器の外壁面に沿ってゲル状媒体層123側へ移動させ、磁性体粒子171および磁性固体160をゲル状媒体層123内へ再び進入させる。この操作によって、核酸溶出液134から磁性体粒子171および磁性固体160が除去されるため、核酸溶出液の回収が容易となる。
【0077】
上記のように、液体層とゲル状媒体層とが交互に重層されたデバイスを用いる場合、液体層は、ゲル状媒体層間やゲル状媒体層と容器との間に保持されているため、密閉系を保ったままで外部からアクセスできない。この実施形態では、密閉系を保持したままで、液体層中に磁性体粒子を分散できるため、ピペット操作により磁性体粒子を分散させる場合に比べて、外部からのコンタミネーションを抑制できる。
【0078】
この実施形態では、ゲル状媒体層中で磁性体粒子を移動させることにより、固液分離が行われる。そのため、ピペット操作により、磁性体粒子と洗浄液や溶出液等の試薬との固液分離を行う場合に比して、より少ない磁性体粒子や試薬量で、目的物質を効率よく分離・回収することが可能となる上に、廃液量も大幅に抑制し得る。また、溶解/固定液(核酸抽出液)に、血液等の試料を添加した後は、容器の外壁面に沿って磁石を移動させるのみの単純な操作で、目的物質の固定から溶出までを行い得るため、操作の自動化も容易になし得る。
【0079】
[粒子操作用デバイスおよびキット]
本発明の方法は、目的物質の溶解/固定の際の酵素処理が不要であるため、操作用デバイスの作製も容易である。すなわち、容器内に、磁性体粒子と、磁性固体と液体とを装填するだけで、
図1に示すような、溶解/固定のためのデバイスを作成できる。容器内に装填される液体は、例えば、核酸抽出液等の細胞を溶解可能な液体である。この液体は、磁性体粒子の凝集を防ぐためのアルコール等が添加されたものでもよい。
【0080】
容器とは別に、磁性体粒子、磁性固体および液体等が、独立に提供されてもよい。例えば、容器内に、細胞を溶解可能な液体と磁性固体とが装填されたデバイス本体とは別個に、磁性体粒子が単体あるいは液体中に分散された状態で独立に提供されてもよい。この場合、磁性体粒子は、デバイスを作製するためのキットの一構成部材として提供されてもよい。磁性固体も、デバイス本体とは別に提供されてもよい。磁性体粒子と磁性固体とを液体中に共存させた状態で、キットの構成部材として提供することもできる。なお、磁性固体が液体中に分散された状態で、デバイスまたはキットが提供される場合、デバイスやキットの保管状態で、磁性固体が液体に長時間接触させられる。そのため、磁性固体の腐食や劣化を防止する目的で、前述のように、金属表面にコーティングが施された磁性固体を用いることが好ましい。
【0081】
また、
図2に示すような液体層とゲル状媒体層とが交互に重層されたデバイスも、容易に作製できる。容器内へのゲル状媒体および液体の装填は、粒子操作の直前に行われてもよく、粒子操作前に十分な時間をおいて行われてもよい。前述のように、ゲル状媒体が液体に不溶または難溶である場合は、装填後に長時間が経過しても、両者の間での反応や吸収はほとんど生じない。
【0082】
液体層とゲル状媒体層とが交互に重層された磁性体粒子操作用デバイスは、
図2−1(A)に示すように、容器内に磁性体粒子171と磁性固体160とが装填された状態で提供することもできる。なお、
図2−1(A)では、液体層130内に磁性固体160が装填されているが、例えば、ゲル状媒体層121内に磁性固体160が装填されていてもよい。この場合は、溶解/固定で磁性体粒子の操作を行う前に、磁場操作によって、ゲル状媒体層121内の磁性固体160を、液体層内へ移動させればよい。
【0083】
デバイス内あるいはキットに含まれる磁性体粒子の量は、対象となる化学操作の種類や、各液体層の容量等に応じて適宜に決定される。例えば、容器として、内径1〜2mm程度の細長い円筒形のキャピラリーが用いられる場合の磁性体粒子の量は、通常、10〜200μg程度の範囲が好適である。
【実施例】
【0084】
以下では、シリカコートされた磁気ビーズを用いてヒト全血からDNAを抽出する実験例により、本発明をより具体的に説明する。なお、本発明は下記の例に限定されるものではない。
【0085】
[参考例1]
<溶出/固定>
ヒト全血200μLを、容量1.5mLのポリプロピレンチューブ(Eppendorf セイフロックチューブ Cat.No. 0030 120.086)に採取し、Proteinase K(20mg/mL)水溶液5μLを加え、10秒間混合した。ここに、溶解/固定液 (30 mM Tris-HCl pH 8.0、30mM EDTA、5% Tween-20、0.5% Triton X-100、800 mM 塩酸グアニジン)100μLを加え、10秒間混合した後、予め68℃に保温したアルミブロック恒温槽で5分間インキュベートした。恒温槽からチューブを取出し、直ちに、イソプロパノール(75μL)に懸濁した平均粒子径約3μmの磁性ビーズ(東洋紡製の核酸抽出キット「MagExtractor
TM-Genome」に付属の核酸抽出用シリカコート磁気ビーズ)1mgを加え、連続攪拌用アダプタを取り付けたボルテックスミキサーで5分間攪拌した。磁性体粒子分離用スタンドにチューブをセットし、1分間放置後、スタンドにセットした状態で、マイクロピペットを用いて、チューブ内の液体を除去した。
【0086】
<洗浄>
スタンドからチューブを外し、第1洗浄液(37% エタノール、4.8M 塩酸グアニジン、20mM Tris-HCl pH7.4)500μLを加え、チューブ内壁に集められた磁気ビーズ塊をピペッティングにより十分再懸濁した後、スタンドに再セットし、1分間放置後、スタンドにセットした状態で、マイクロピペットを用いて、チューブ内の液体を除去した。スタンドからチューブを外し、第2洗浄液(2mM Tris-HCl pH7.6、80% エタノール、20mM NaCl)500μLを加え、上記と同様に、再懸濁後にスタンドにセットして液体を除去した。
【0087】
<溶出>
スタンドからチューブを外し、溶出液として蒸留水200μLを加え、磁気ビーズ塊をピペッティングにより再懸濁し、室温で5分間放置した。ピペッティングにより磁気ビーズを再懸濁させ、スタンドにチューブをセットし、1分間放置後、スタンドにセットした状態で、マイクロピペットを用いて、チューブ内の液体(DNA溶出液)を回収した。
【0088】
[実施例1]
ヒト全血200μLを、容量1.5mLのポリプロピレン製樹脂チューブに採取し、Proteinase Kを加えずに、溶解/固定液(50mM Tris-HCl pH 6.4、10 % Triton X-100、4M グアニジンイソシアネート)を加え、10秒間混合した。ここに、上記参考例1と同様に、イソプロパノールに懸濁した磁性ビーズを加え、さらに、粒径1mmのスチール球(新東工業製)を一個投入した。次に、ネオジム磁石(直径6mm、長さ23mmの円柱形、二六製作所製 商品名「NE127」)を、チューブの底からキャップ付近までの約2cmの距離で、チューブの外壁面に沿って毎秒5回の反復速度で往復移動させた。この際、スチール球が磁石に追随するように移動し、これに伴って磁気ビーズが液中で分散することが目視で確認された。
【0089】
磁性体粒子分離用スタンドにチューブをセットし、1分間放置後、スタンドにセットした状態で、マイクロピペットを用いて、チューブ内の液体を除去した。その後は、上記参考例1と同様にして、洗浄および溶出を行い、DNA溶出液を回収した。
【0090】
[比較例1]
上記実施例1と同様に、ヒト全血に溶解/固定液、およびイソプロパノールに懸濁した磁性ビーズを加えた。その後、スチール球を投入せずに、ボルテックスミキサーで1分間攪拌し、磁性体粒子分離用スタンドにチューブをセットしてチューブ内の液体を除去した。その後は、上記参考例1と同様にして、洗浄および溶出を行い、DNA溶出液を回収した。
【0091】
[評価]
参考例、実施例および比較例で回収した溶出液のUV吸収スペクトルを、分光光度計(島津製作所製「BioSpec nano」)により測定した。結果を
図3に示す。また、UV吸収スペクトルから求めた、波長230nm、260nm、280nmにおける吸光度の比(A
260/A
280、およびA
260/A
230)、ならびにDNAの回収量を表1に示す。
【0092】
【表1】
【0093】
純度の高いDNAでは230nm付近に吸光度の極小値(ピークの谷)が現れ、260nmと230nmの吸光度の比(A
260/A
230)が大きいほど、純度が高いことを示している。溶解/固定の際に酵素処理が行われた参考例1、および溶解/固定の際にスチール球の共存下で磁性体粒子の操作が行われた実施例1では、230nm付近に吸光度の極小が存在し、DNAが精製されていることが確認された。一方、溶解/固定の際に酵素処理が行われなかった比較例1では、吸光度の極小が240nm付近にシフトしており、A
260/A
230が約0.4と小さかった。これは、低分子夾雑成分が多く混入しているために、短波長側の吸収のバックグラウンドが上昇したためであると考えられる。そのため、比較例1では、DNAの回収量を正確に定量することができなかった。
【0094】
参考例1では、A
260/A
230が約1.3であり、PCR等に用いるための純度としては許容レベルであった。しかしながら、参考例1では、DNAの回収量が十分ではなかった。この結果から、溶解/固定操作において酵素処理を行った場合でも、ボルテックスミキサーによる撹拌では、ペプチド等で磁気ビーズ表面がマスキングされた状態が十分に解消されず、磁気ビーズ表面へのDNAの固定が阻害され、純度が低下していると考えられる。
【0095】
一方、実施例1では、酵素処理を行っていないにも関わらず、A
260/A
230が1.4を超えていた。また、DNAの精製度の指標となる260nmと280nmの吸光度の比(A
260/A
280)も参考例1を上回っており、DNAの純度および回収量のいずれにおいても、実施例1は、酵素処理を行った参考例1よりも優れていることが分かる。この結果から、溶解/固定操作において酵素処理を行わなくても、磁気ビーズよりも粒径の大きい磁性固体の共存下で磁場操作を行うことにより、磁気ビーズ表面に目的物質を選択的に固定させ、高純度の目的物資が得られることが分かる。