【実施例】
【0033】
以下、実施例により、本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0034】
(A)材料と方法
(1)セルライン
ヒトES細胞は、熊本大学の治験審査委員会によって承認され、日本政府のhES細胞ガイドラインに従って使用した。未分化ヒトES細胞(khES1、khES3)(Suemori et al.,Biochem Biophys Res Commun 345, 926-932. 2006参照)とiPS細胞(201B7、253G1)(Takahashi et al., Cell 131, 861-872. 2007参照) (Toe) (国立成育医療研究センター(東京、日本)の豊田らによって樹立されたものを、NIBIO(日本)のセルバンクから得た。)は、非特許文献4(Shiraki et al., Genes Cells, 2008)の記載に従って維持した。Met除去試験においては、完全維持培地で培養した未分化細胞である201B7細胞を、完全CSTI-7培地(細胞化学研究所(CSTI)、仙台、日本)またはMet除去CSTI-7培地にて、マトリゲルコートプレート上で培養した。
【0035】
(2)hES細胞およびhiPS細胞の胚性内胚葉への分化
フィーダーフリー内胚葉分化は、iPS細胞を、1.6×10
5cells/cm
2にて、フィブロネクチンコートしたプレートに播種し、そして翌日分化培地に切り替えた。分化培地は、100 ng/mLアクチビン、2% B27を補充したRPMI 1640培地を用いた。メチオニン除去による処理は、培地を分化培地に切り替える前に、細胞をMet除去した維持培地を用いて一定時間(例えば、5時間、または10時間)培養した。
【0036】
(3)中胚葉および外胚葉分化
ES/iPS細胞を、1.6×10
5cells/cm
2にて、フィブロネクチンコートしたプレート上に播種し、翌日分化培地に切り替えた。中胚葉への分化は、50 ng/mLのBMP4(Peprotech)とITS(Invitrogen)を補充したStemline II 無血清培地(Sigma)を用いた。外胚葉への分化は、10μM SB431542(Merck)、0.2μM Dorsomorphin(Sigma)、1% N2(Invitrogen)、2% B27(Invitrogen)を補充した、RPMI 1640培地(Invitrogen)を用いた。メチオニン除去による処理は、培地を分化培地に切り替える前に、細胞をMet除去した維持培地(CSTI)で一定時間(例えば、5時間または10時間)培養した。
【0037】
(4)リアルタイムPCR、免疫細胞化学、フローサイトメトリーおよびウェスタンブロティング分析
リアルタイムPCR、免疫細胞化学、フローサイトメトリー分析及びウェスタンブロットは、非特許文献5(Shiraki et al., PLoS One, 2011)に記載された方法に従って行った。プライマー配列を表1に示す。フォワードプライマーを上から配列番号1〜10、リバースプライマーを上から配列番号11〜20とする。また、抗体情報を表2に示す。免疫細胞化学的分析では、全細胞(DAPI陽性細胞)に対する陽性細胞を、ImageXpress Micro 細胞イメージングシステム (Molecular Devices Sunnyvale、CA)を用いて定量した。
【0038】
【表1】
【0039】
【表2】
【0040】
(5)細胞周期分析
固定した細胞をDAPIおよび抗リン酸化ヒストンH3 ser10抗体(pH3、millipore)を用いて染色した。画像は、ImageXpress Microで取得し、細胞周期のアプリケーションモジュール(モレキュラーデバイス)を用いて分析した。
【0041】
(6)アポトーシス分析
アポトーシスは、インサイテュー細胞死検出キット(In Situ Cell Detection Kit:Roche、Penzberg、ドイツ)を用いて、ターミナルデオキシヌクレオチジルトランスフェラーゼ媒介d-UTPニックラベリング(TUNEL)法によって検出した。
【0042】
(7)細胞増殖の測定
細胞増殖は、Click-iTtm EdU Kit (Invitrogen)を用いて、細胞周期のS期の間のゲノムDNA中へのEdUの取り込みによって測定した。
【0043】
(8)培地中Hcyの濃度測定
Hcyの測定は、Jiangら(Talanta 77, 1279-1284., 2009)の記載に基づいて、タンデム質量分析、TQD(UPLC-MS/MS、Waters Corporation、Milford、MA、USA)を備えた超高性能液体クロマトグラフィーを用いて行った。分離は、Acquity UPLC BEH C18カラムを使用した。培養した培地を回収し、10mM DTTにて37℃で10分間インキュベートし、細胞から分泌された全Hcyを含む培地を得た。培地を50%のアセトニトリルを用いて脱タンパクし、ろ過し、次いで、等量の50mMトリス-HCl、pH8.8で希釈した。各試料を注入し、各代謝物の段階的に希釈した標準液から得られた標準曲線に基づいて、目的物のそれぞれの量を算出した。
【0044】
(B)実施例および参照例
(1)実施例1:維持培地からのアミノ酸除去による影響
未分化201B7細胞の培養を維持している間、すなわち、分化培地で分化誘導する前の未分化維持期間において、2日間維持培地から単一のアミノ酸を除去し、細胞生存率への影響を検討した。201B7細胞をマトリゲル(BD)で24時間コートした96ウェルプレート(corning)に、5x10
4cells/wellの密度で播種した。培養液は、未分化維持培養培地Reproff(Reprocell、日本)を用いた。播種2日後に、培養液を完全培地(Complete)および各種アミノ酸除去培地(細胞科学研究所に依頼して作成)に変更し、48時間後の細胞数について解析した。結果を
図2に示す。各種アミノ酸除去培地に変更後の、48時間後の細胞数を示している。その結果、Leu、Lys、トリプトファン(Trp)、MetまたはCysの除去は、細胞数の減少をもたらすことがわかった。
【0045】
(2)実施例2:未分化幹細胞におけるメチオニン代謝
未分化hiPS細胞(201B7)におけるメチオニン代謝の役割を調べるために、維持培地で、Met除去、メチルドナー(MD:メチオニン、葉酸、ビタミンB12、ベタインおよびコリン)除去、またはCys除去を行い48時間培養した。また、Met除去またはMD除去に対する、各種メチオニン関連代謝物(Met、SAM、SAH、Hcy、Cys、およびMTA)の補充効果を確認するために、各除去培地に対してそれぞれを100μMとなるようにして補充した。結果を
図3に示す。MetまたはMD除去は、多能性未分化201B7細胞の生存を阻害し、これは、MetまたはSAMの補充によって救出された(
図3上図)。HcyまたはMTAの補充効果を、MetまたはSAMの補充と比較した(
図3下図)。細胞生存の救出において、Met補充が最も効果的であり、次いでSAMであった。Hcyの補充は、Metに比べて限定的であり、MD除去条件下での細胞生存を救うことができなかった。Hcyは、MDなしでMetには変換できないので、この結果はMetのレベルが重要であることを示している。MTAの補充は、MetおよびMDが除去された状態下での細胞枯渇を救出した。このことは、MTAがサルベージサイクルを通してMetに変換されたことを示唆している。これとは対照的に、HcyまたはCys補充は、Cys除去によって引き起こされる細胞枯渇を救った。このことは、CysおよびMetの未分化細胞の生存に対する影響が、異なったメカニズムを通して起こっていることを示している。
【0046】
これらの結果は、細胞内のMetレベルが未分化hiPS細胞の生存に重要であることを示唆している。SAMとMTAは、サルベージ経路またはMetサイクルを通じて代謝されてMetに変換される。Hcyは、Metサイクルを通じてMetに変換される。これらの代謝産物は、細胞内Metレベルの維持に持に重要であるとわかった。
【0047】
(3)実施例3:メチオニン除去がHcyの細胞外排出([Hcy]e medium)に与える影響
ヒトES細胞(khES3)を実験に使用した。未分化細胞を、コントロール完全培地で培養した場合の細胞外Hcy濃度の推移を
図4左図にしめす。右図には、未分化細胞(白色)および分化5日目の内胚葉細胞(灰色)を実験材料として、コントロール完全培地(C)およびメチオニン除去培地(ΔMet)で24時間培養した場合のHcyの総排出量を示している。未分化細胞は内胚葉細胞に対して、コントロールの状況でHcy細胞外排出量が顕著に高くなった。また、未分化細胞では、メチオニン除去によりHcy細胞外排出が顕著に抑制されたが、内胚葉ではそのような抑制は見られなかった。
【0048】
(4)実施例4:Met除去による細胞周期停止および生存の不可逆的阻害
未分化hiPS細胞(201B7細胞)の細胞増殖に対する維持培地中のMet濃度の効果を調べた。細胞を完全維持培地およびΔMet培地で48時間培養し、細胞数の変化を確認した。結果を
図5に示す。培地中のMet濃度は、120μMから12μMへと下げたとき、細胞増殖が減少した(
図5A)。時間を追った試験により、細胞数および細胞増殖の有意な減少が、Met除去5時間後から観察され、SAMレベルの減少と一致した(
図5BおよびC)。対照的に、アポトーシスは、Met除去の24時間後に有意に増加した(
図5D)。G0−G1期停止、並びにSまたはG2−M期における細胞集団の減少は、24時間という長期のMet除去に次いで観察され、細胞内Met減少のタイミングと一致した(
図5E)。以上のことより、未分化なヒトES/iPS細胞を、メチオニン除去培地で培養すると、細胞数が24時間では変化しないが48時間では顕著に減少し、このことは、細胞周期が止まり、G0/1 arrestが起きていることが起因していると考えられる。また、24時間後には細胞増殖が止まっていることはEdU陽性細胞の解析からも確認できた。
【0049】
24時間の長期のMet除去が細胞の生存にどのように影響するかを検討するために、5時間または24時間のMet除去を行い、次いで、完全培地又はMet除去培地で24時間培養した。結果を
図6に示す。
図6左図は、a〜hの各条件における完全培地とMet除去培地での培養スケジュールを示している。5時間Met除去は可逆的であり、完全培地に切り替えたときに細胞が増殖し始めた(
図6中図、c)。しかし、24時間に及ぶMet除去の場合は、細胞を完全培地に切り替えた場合でも、細胞増殖は回復しなかった。(
図6右図、g)。
これらの結果は、未分化幹細胞が増殖を維持するためにMetを必要としていることを示唆している。また、SAMは、早期にセンサーとして機能することを示している。Met除去はSAMの減少と増殖の減少をもたらし、24時間という長期のMet除去は、細胞内Met濃度の減少を引き起こし、アポトーシスにつながった。
【0050】
(5)実施例5:未分化hiPS細胞におけるMet除去p53-p38シグナリング経路
細胞生存障害を引き起こす責任シグナル伝達経路の特定を行った。完全培地またはMet除去培地で5時間培養した未分化hiPS細胞の遺伝子発現プロファイルを比較した。その結果、
図7に示すように、細胞周期遺伝子、例えば、P21、GADD45A、GADD45B、MDM2、またはアポトーシスに関与するp53依存性遺伝子、例えば、DHRS2(Hep27タンパク質をコードする遺伝子)、EGR1、FAS、TNFRSF10A、TNFRSF10DおよびRIPK2、の発現の有意な増加が観察された。未分化hiPS細胞を使用し、培地から5時間に渡ってMetを除去した場合、EGR1、P21、およびDHRS2の転写レベルがアップレギュレートされたことを確認した。結果を
図8に示す。
【0051】
次に、タンパク質レベルでのアップレギュレーションをウェスタンブロット分析および免疫細胞化学的解析を用いて調べた。201B7細胞を、完全培地およびΔMet培地で培養し、経時的にタンパク質の発現を確認した。結果を
図9および
図10に示す。分化促進作用が報告されているp53タンパク質の発現の上昇が、Met除去5時間以内に確認され、また、そのリン酸化形(p−p53)ならびにp53の下流標的であるリン酸化p38(p−p38)も、Met除去の5時間以内に増加した(
図9)。細胞をMet除去状態に5時間以上さらした場合には、p53を発現した細胞数は増加し、その増加はMet補充により元に戻った(
図10)。次に、Met以外の他のアミノ酸を除去した培地を用いて同様にして、免疫細胞化学的解析を行った。結果を
図11に示す。p53+細胞の増加は、Met除去の条件下で特異的に観察されたが、Leu又はLys除去では観察されなかった。Met除去によるアップレギュレーションに対する、SAMおよびp38の阻害剤であるSB239063の影響を確認した。結果を
図12に示す。p53−p38経路の活性化は、SAM添加により戻った(
図12左図)。また、p38の阻害剤SB239063 (SB)は、48時間のMet除去での培養による細胞死を部分的に食い止めた(
図12右図)。
【0052】
これらの結果は、p53−p38のシグナル伝達経路が、Met除去およびSAM濃度減少によって誘発される、5時間での初期レスポンスであることを示している。また、p38の活性化は、未分化hiPS細胞の細胞周期停止およびアポトーシスの部分的原因であることを示している。
【0053】
(6)実施例6:Met除去によるNANOGへの影響
Met除去の5時間後に、細胞内のSAMとSAHが減少し、それは、p53−p38の活性化を誘発した。そこで、Met除去により、多能性マーカーの発現が影響されたかどうかを検討した。
ヒトiPS細胞(201B7)をマトリゲル(BD)で24時間コートした6 well plate (corning) に5x10
5 cells/wellの密度で播種した。培養液はReproff (Reprocell)を用いた。播種2日後に培養液をCompleteおよびメチオニン除去培地(ΔMet)(細胞科学研究所に依頼した特注培地)に変更し、5, 7, 9, 11, 13, 15, 24時間後のNanog発現についてウェスタンブロット法で解析した。結果を、
図13に示す。Met除去の5時間後に、未分化hiPS細胞において、未分化マーカーであるNanog発現が減少した。一方、他の未分化マーカーであるOct3/4の発現には変化が見られなかった。これにより、未分化状態維持において、培地中からメチオニンを除去すると細胞は分化しやすい状態になることが分かった。
【0054】
次いで、メチルドナー(ΔMD)除去による影響を確認した。上記と同様にして、ヒトiPS細胞(201B7)を、播種2日後に培養液をComplete、メチオニン除去培地(ΔMet)およびメチルドナー除去培地(ΔMD)(CSTI)に変更し、24時間後のOct3/4およびNanog陽性細胞を免疫染色で評価した。細胞を4%PFAで固定後に、抗Oct3/4抗体(SantaCruz)および抗Nanog抗体(トランスジェニック)で染色し、核をDAPI(Roche)で染色した。染色後の写真撮影および解析にはImageXpress Micro(モレキュラーデバイス)を用いた。結果を
図14に示す。
【0055】
(7)実施例7:短期間のMet除去の影響
次いで、5〜10時間の短期のMet除去が、hiPS細胞の分化能を増大させるかどうかを検討した。上記(A)(2)および(3)に従って、ΔMet培地で5時間又は10時間培養後、内胚葉への分化培地又は中胚葉或いは外胚葉への分化培地に移して分化を行った。結果を
図15に示す。SOX17+とFoxa2発現レベルの割合(
図15A−C)は、対照条件に比べてMet除去で増加し、このことは、Met除去が胚性内胚葉への分化を増強することを示した。そこで、分化の増強は、他の胚葉においても起こるかどうかを検討した。hiPS細胞から、Metが奪われそして中胚葉分化に順応するように向けられたとき、Tタンパク質を発現する細胞の高い割合と、PDGFRα転写産物の高発現が観察された(
図15D−F)。同様に、外胚葉および神経系譜へと分化するように向けられた場合、PAX6又はMAP2の転写産物の発現レベルは、完全培地で培養された場合と比較して増加した(
図15G、H)。これらの結果は、細胞を5〜10時間という短期のMet除去に曝すことにより、NANOG発現を減少し、hiPS細胞の3胚葉への全体の分化能が増加することを示した。
【0056】
(8)実施例8:短期間のMet除去の膵臓分化への影響
10時間の短期のMet除去が、hiPS細胞の膵臓分化を促進するかを検討した。hiPS細胞(201B7)を、Met除去培地で7時間前処理した後に膵臓分化を行った。膵臓分化に関しては、既報の方法(Shahjalal H et al., J Mol. Cell. Biol., 2014、PMID 24970864)をもとに行った。22日間の培養後に細胞を4%パラホルムアルデヒドで固定して、抗インスリン抗体で染色し、核をDAPIで染色した。結果を
図16に示す。Complは完全培地、ΔMetはMet除去培地で10時間前処理した後に、それぞれ膵臓分化を行った結果を示している。インスリン陽性細胞の割合は、完全培地では6%、ΔMet群では43%まで増加した。
【0057】
(9)実施例9:短期間のMet除去の肝臓分化への影響
10時間の短期のMet除去が、hiPS細胞の肝臓分化を促進するかを検討した。hiPS細胞(Toe)を、Met除去培地で5時間前処理した後に肝臓分化を行った。肝臓分化に関しては、既報の方法(Yamazoe T et al., J Cell Sci., 2013, PMID 24101719)をもとに行った。培養上清中に分泌されるアルブミンをELISAを用いて定量した。結果を
図17に示す。Complは完全培地、ΔMetはMet除去培地で10時間前処理した後に肝臓分化を行った結果を示している。培養17日目(D17)においてアルブミン分泌量はΔMet群で増加することから、ΔMet前処理が肝臓分化を促進することが示唆された。
【0058】
上記の記載は、本発明の目的及び対象を単に説明するものであり、添付の特許請求の範囲を限定するものではない。添付の特許請求の範囲から離れることなしに、記載された実施態様に対しての、種々の変更及び置換は、本明細書に記載された教示より当業者にとって明らかである。