【実施例】
【0020】
図1は、球面収差補正装置10を組み込んだ走査透過電子顕微鏡 (STEM)の構成を模式的に示している。参照番号2は鏡筒、4は電子銃、6は1段目のコンデンサレンズ、8は2段目のコンデンサレンズ、10は球面収差補正装置、12は対物レンズ、14は試料、16は検出器である。電子ビームを偏向して走査する走査コイルの図示は省略されている。コンデンサレンズ8,10と、対物レンズ12は、いずれも電磁レンズである。
【0021】
球面収差補正装置10が挿入されていないと、対物レンズ12による収束点に球面収差が生じ、試料14上におけるビーム径を細く絞ることができない。球面収差補正装置10は、対物レンズ12の収束点に生じる球面収差を低減し、試料14を照射するビーム径を細く絞ることを可能とする。
本実施例は、コンデンサレンズ6,8による球面収差は無視でき、専ら対物レンズ12による球面収差が測定分解能を下げるケースにも適用することができるし、コンデンサレンズ6,8と対物レンズ12の組み合わせによって生じる球面収差が測定分解能を下げるケースにも適用することができる。前者の場合は、対物レンズ12に対して球面収差補正装置10を設計すればよく、後者の場合は、コンデンサレンズ6,8と対物レンズ12の組み合わせに対して球面収差補正装置10を設計すればよい。後記するように、球面収差補正装置10に印加する電圧は調整可能であり、その電圧の大きさによって球面収差を補正する強度が変わってくる。最も鮮明な画像が得られる電圧を印加すれば、観測の質を低下させる球面収差が補正される。実施例の球面収差補正装置10によると、観測の質を低下させる球面収差がどの電磁レンズによるものかを知る必要はない。また、観測の質を低下させる球面収差をもたらす電磁レンズの種類によって制約を受けることなく、実施例の球面収差補正装置10を適用することができる。
【0022】
図2は、球面収差補正装置10の一例の斜視図を示している。参照番号20は、円形開孔20aが形成されている電極板(導電性の円孔プレート)であり、22は円環開孔22aが形成されている電極板(導電性の円環プレート)を示している。22bはブリッジであり、円環開孔22aを形成する内側の円板22cと外側のリング板22dを接続している。内側円板22cと外側リング板22dは同電位でよく(従来の技術とは相違し、内側円板22cと外側リング板22dの間に電位差を加える必要はない)、内側円板22cと外側リング板22dとブリッジ22bは、導電性の金属板を加工することで製造することができる。
【0023】
図2に示す球面収差補正装置10は、負の電荷を帯びている電子ビームのためのものであり、この場合は「円環プレート22の電位>円孔プレート20の電位」の関係とする。正のイオンを照射する場合のように、正の電荷を帯びている過電粒子ビームの球面収差を補正する場合は「円環プレート22の電位<円孔プレート20の電位」の関係とする。
【0024】
図3の(1)は、光学ガラスによって形成した凸レンズによって生じる球面収差を示している。凸レンズによると正の球面収差が生じる。
図3の(2)は、光学ガラスによって形成した凹レンズによって生じる球面収差を示している。凹レンズによると、負の球面収差が生じる。
図3の(3)と(4)は、凸レンズと凹レンズの組み合わせによって球面収差を補正する光学系の例を示している。
【0025】
荷電粒子の進行方向を変える電磁レンズは、
図3の(1)に示した正の球面収差をもたらす。電磁レンズでは、
図3の(2)に示した負の球面収差を得ることができない。
【0026】
図4は、円形開孔20aを持つ円孔プレート20と円環開孔22aを持つ円環プレート22と両者間に電圧を加える定電圧電源24で構成される球面収差補正装置10を、対物レンズ12の上流側に配置した例を示している。円形開孔20aと円環開孔22aの中心は、荷電粒子ビームの中心線50上にあり、プレート20,22は、中心線50に直交している。プレート20,22は、同軸に配置されている。
【0027】
図7(1)は、「円環プレート22の電位>円孔プレート20の電位」の関係としたときに、円孔プレート20と円環プレート22の間に生じる電場を示している。具体的には等電位線を示している。
図7(2)は、円環開孔22aの近傍における等電位線の形状を拡大して示している。
図7(2)に示すように、円環開孔22aの近傍では等電位線が屈曲する。この電場を電子ビームが通過すると、電子ビームに負の球面収差が生じる。正確にいうと、円孔プレート20の近傍の電界は、凸レンズと同様に作動する。円環プレート22の近傍の電界は、凹レンズと同様に作動する。両者が複合する結果、球面収差補正装置10は、負の球面収差をもたらす。
【0028】
図8(1)は、球面収差補正装置10を通過する電子ビームの進行方向を示し、負の球面収差が生じることを図示している。
図4の場合、電子ビームは、球面収差補正装置10を通過する際に負の球面収差をとなるように屈折する。電子ビーム用の電磁レンズ12は正の球面収差をもたらす。
図4の場合、球面収差補正装置10による負の球面収差が、対物レンズ12による正の球面収差を補正する関係にあることがわかる。
図3(4)の関係によって球面収差を補正することが確認できる。
図3(3)からも明らかに、電磁レンズが上流側に配置されて球面収差補正装置が下流側に配置されていてもよい。
図5がその例を示す。
図5は、試料14を透過した電子線を対物レンズ12で結像させる透過電子顕微鏡の場合に相当する。
図4と
図5、あるいは、
図3の(3)と(4)に示すように、球面収差補正装置10と電磁レンズ12の配置順序は制約されず、球面収差補正装置10が上流側にあってもよいし、電磁レンズが上流側にあってもよい。また複数個の電磁レンズの組み合わせによってもたらされる球面収差を補正する場合は、複数個の電磁レンズの中間に球面収差補正装置を配置してもよい。
【0029】
また
図8(1)に示すように、円形開孔20aが上流側にあって円環開孔22aが下流側にあってもよいし、
図8(2)に示すように、円環開孔22aが上流側にあって円形開孔20aが下流側にあってもよい。いずれの場合も、円環プレート22の電位>円孔プレート20の電位の関係にあれば、負に帯電している荷電粒子ビームには、負の球面収差がもたらされる。正に帯電している荷電粒子ビームの場合は、円環プレート22の電位<円孔プレート20の電位の関係にあれば、負の球面収差がもたらされる。上記した電位の高低関係は、円形開孔20aが上流側にある場合にも、円環開孔22aが上流側にある場合にも共通する。
【0030】
図6は、円環開孔と円形開孔と電磁レンズの配置関係のバリエーションを例示している。
図6の上方が上流側を意味し、下方が下流側を意味している。(1)〜(4)は円形開孔20aが上流で円環開孔22aが下流側の場合を示し、(5)〜(8)は円環開孔22aが上流で円形開孔20aが下流側の場合を示している。(1)(2)(5)(6)は、対物レンズで収束したビームを試料に照射する走査電子顕微鏡(走査透過電子顕微鏡を含む)の場合を示し、(3)(4)(7)(8)は、試料を透過したビームを対物レンズで結像する透過電子顕微鏡の場合を示している。(1)(4)(5)(8)に示すように、球面収差補正装置が上流側で対物レンズが下流側であってもよいし、(2)(3)(6)(7)に示すように、対物レンズが上流側で球面収差補正装置が下流側であってもよい。
【0031】
図6のいずれも配置順序でも球面収差を打ち消し合って縮小させることができるが、実際には、対物レンズと試料を接近して配置することが好ましく、(1)(3)(5)(7)が好ましい。また球面収差補正装置の電場が試料に影響を及ぼさないことが好ましく、そのためには、試料側に円環開孔を配置することが好ましい。その点では、(1)(2)(7)(8)が好ましい。両者を加味すると、(1)(7)が好ましい。
図4は
図6の(1)に対応し、
図5は
図6の(7)に対応している。
【0032】
また円形開孔プレートと円環開孔プレートに加える電位差の関係は、
図6に示したとおりであるが、試料側に配置するプレートを接地することが好ましい。(1)(7)の場合は、円環プレート22を接地し、円孔プレート20にマイナスの電位を加えることが好ましい。
【0033】
図9は、円環プレート22のブリッジ22bが存在する位置での断面を示している。
図9から明らかに、ブリッジ22bの円孔プレート20側端面が、円環開孔の外側22dと内側22cを形成する円環プレート22の円孔プレート20側端面よりも、円孔プレート20から遠ざかる向きにシフトしていることが好ましい。これによると、ブリッジ22bが存在する個所と存在しない個所における電場形状の差異が縮小し、球面収差の補正精度が向上する。
【0034】
図5に示すように、円形開孔20aの径をφ3とし、円環開孔22aの外径をφ2とし、円環開孔22aの内径をφ1としたときに、φ3≧φ2>φ1であることが好ましい。上記の関係にあると、補正装置に必要とされる負の球面収差をもたらすことができ、また荷電粒子ビームを不必要にカットすることもない。
本実施例では、φ3=225μm、φ2=150μm、φ1=54.4μm、プレート間間隔G=50μmのものと、φ3=100μm、φ2=68μm、φ1=54.4μm、プレート間間隔G=50μmのものを製造した。円孔プレート20は、フォトリソグラフィ法で制作した。円環プレート22は、直径3mmで厚み10μmのモリブデン板に、集束イオンビームを照射して制作した。円環開孔の内側22cと外側22dとブリッジ22bは、一体のモリブデン板から形成されており、微細加工技術によって制作することが可能となった。円環開孔の内側22cと外側22dを絶縁しなければならないとしたら、今日の技術によっても容易には制作することができない。
【0035】
図10は、実際の球面収差補正装置10の分解斜視図を示している。この実施例では、2個の球面収差補正装置を搭載している。左右の球面収差補正装置の構成は同じであり、重複説明を省略する。
参照番号42は下板であり、40は電極台であり、後記する筒状の絶縁ガイド38を収容する孔40aが形成されている。下板42と電極台40は一体に構成することもできる。38は、筒状の絶縁ガイドであり、円孔プレート20等を受け入れ、円孔プレート20と円環プレート22を同軸に位置決める穴が形成されている。36はスペーサ、22は円環プレート、34は絶縁シート、20は円孔プレート、32は電極押さえ、30は抑え板である。抑え板30と、電極押さえ32と、絶縁シート34には、円孔20aの内径φ3よりも大きく、円孔プレート20の外径よりも小さな径の穴が形成されている。スペーサ36と下板42には、円環開孔22aの外径φ2よりも大きく、円環プレート22の外径よりも小さな径の穴42aが形成されている。電極押さえ32、円孔プレート20、絶縁シート34、円環プレート22、スペーサ36の外径は、絶縁ガイド38の内径に等しく、絶縁ガイド38に挿入すると、電極押さえ32と円孔プレート20と絶縁シート34と円環プレート22とスペーサ36が同軸に揃う。図示しない螺子で上板30と下板42を接近させると、絶縁シート34の上面に円孔プレート20が密着し、絶縁シート34の下面に円環プレート22が密着し、円孔プレート20と円環プレート22の間隔が一定値に調整される。
【0036】
図示しない絶縁部材で、上板30と電極台40は絶縁されている。上板30には配線30dから電圧が加えられ、下板42には配線42dから電圧が加えられる。電極押さえ32は導電性であり、円孔プレート20の電位は配線30dの電位に等しい。スペーサ36は導電性であり、円環プレート22の電位2は配線42dの電位に等しい。円環プレート22の内側の円板22cと外側のリング板22dの電位は等しい。円孔プレート20と円環プレート22の間は、絶縁シート34と絶縁ガイド38によって絶縁される。
【0037】
参照番号44は、電極台40の基部である。この球面収差補正装置は電子顕微鏡のためのものであり、その鏡筒には貫通孔が形成されており、その貫通孔を利用して「絞り」を抜き差しすることができる。その貫通孔に脱着可能な絞りホルダが用意されている。基部44は、その絞りホルダに固定されている。
図1の参照番号10aは、絞りホルダを示している。絞りホルダ10aを介して、鏡筒外から、配線30dと配線42dに必要な電位を加えることができる。また、印加する電位差を調整することができる。
絞りホルダ10aは、鏡筒2に浅く挿入した位置で鏡筒2に固定することもできるし、鏡筒2に深く挿入した位置で鏡筒2に固定することもできる。それに対応して、
図10の実施例では、2種類の補正装置が搭載されている。鏡筒内への挿入深さを選択することで、使用する補正装置を選択することができる。
【0038】
図11は、
図1に示した透過走査電子顕微鏡による観測結果を示す。試料は、カーボン薄膜上の金微粒子である。検出器16にはCCDカメラを利用した。
(a)は、球面収差補正装置10を利用しない場合を示し、周辺部に伸び歪んだ金粒子が観測される。その歪んだ部分が球面収差によるものである。
(b)は、球面収差補正装置10を組み込んだものの、円孔プレートと円環プレート間に電位を加えない状態の観測結果を示す。円環開孔22aによる影が生じる。まだ球面収差は補正されない。
(c)は、円孔プレートと円環プレート間に15ボルトを加えた場合の観測結果を示す。金粒子のコントラストが低下し、球面収差が補正されたことが確認できる。
【0039】
図12は、カーボン薄膜上の酸化チタン微粒子の観測結果である。試料に照射する電子ビームを走査し、カメラに代えて微小検出器を用いた。(a)は、円孔プレートと円環プレート間に電位を加えない状態での観測結果を示す。観測結果はぼけている。(b)は円孔プレートと円環プレート間に15ボルトを加えた場合の観測結果を示す。酸化チタン結晶の原子格子縞が明瞭に現れる。球面収差が補正されたことが確認できる。
【0040】
円環プレートと円形プレート間に電位差を加えることで形成される電場によって負の球面収差が生じること、それによって電磁レンズによる正の球面収差が補正されることは、数値計算でも確認され、実験によっても検証された。
円環プレートと円形プレート間に電位差を加えることと、円環プレートの内側と外側の間に電位差を加えることは、一見すると類似しているように思われるかもしれないが、負の球面収差を得るためには径方向に変化する電場を必要し、通常に考えると円環プレートの内側と外側の間に電位差を加える必要があると理解される。円環プレートと円形プレート間に電位差を加えることでも負の球面収差を得られるという発想は、長年にわたって認識されてこなかった。また、その改善によって実施化可能となるという着想は長年にわたって得られなかった。
【0041】
図14に示すように、円環プレート22の内側円板22cの中心に貫通孔22eを形成することができる。軸芯に沿って貫通する中心貫通孔22eを設けると、
図15(c)に示すように観測画像に輝点c1が生じる。この輝点c1は、中心貫通孔22eを通過した電子によるものである。輝点c1が得られると、輝点c1を
図15(a)の画像中心a1に一致させることによって、円環開孔22aの中心と円形開孔20aの中心を電子ビームの中心線上に揃えることができる。中心貫通孔22eを設けると、円環開孔22aの中心と円形開孔20aの中心を電子ビームの中心線上に揃える位置合わせ作業が著しく容易化される。なお中心貫通孔22eを設けても、観測に用いる電子ビームに生じる球面収差は補正される。
【0042】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示に過ぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組合せによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組合せに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は複数目的を同時に達成し得るものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。