【文献】
今野豊彦,TEM像の解釈(II),顕微鏡,社団法人 日本顕微鏡学会,2008年,vol.43, no.3,pp.212-218
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【0006】
本発明の目的は、ソフトマター、例えば生体に適した、良好な撮像技術とシステムを提供することにある。
【0007】
本発明の実施の形態の利点は、球面収差(Cs)が補正された高分解能電子顕微鏡が、ソフトマター(soft matter)、例えば、生物学的材料の撮像に用いられ得ることを実現していることである。
【0008】
生体のようなソフトマターの熱散漫散乱(TDS)電子が使用され得ることが、驚きをもって見出された。ソフトマターのTDS電子の信号が大きくあり得ることが発見された。何故ならば、その信号は、原子の原子番号だけではなく、結合エネルギに依存する平均2乗変位(MSD)の関数だからである。
【0009】
本発明に係る実施形態の利点は、例えば主に熱散漫散乱(TDS)電子を含む大角度散乱電子の使用をする、ソフトマター、例えば生体に適した高分解能電子顕微鏡撮像を実行するための方法およびシステムが提供されることである。
【0010】
本発明の実施の形態の利点は、TDS散乱は、インコヒーレントであるから、中心ビームに干渉しないことである。したがって、TDS散乱は、最も高い分解能で、例えば球面収差(Cs)補正器で到達され得る平坦な伝達関数(位相シフトゼロ)で、かつ、例えば非常に小さいアンダーフォーカスで、イメージ化され得る振幅コントラストを生成する。
【0011】
本発明に係る実施形態の利点は、1/オングストローム程度の空間周波数(それは、正確に、球面収差(Cs)補正器で平坦な通過帯域が実現可能な範囲である。)での最適な検出を提供する方法およびシステムが提供されることである。
【0012】
本発明の実施の形態の利点は、上記TDS信号は解釈が容易で、かつ「質量厚さ(mass thickness)」においてリニアであり、したがって、断層撮影のために非常に適していることである。
【0013】
本発明の実施の形態の利点は、この撮像技術のために特に最適化された環状暗視野対物絞りが、熱散漫散乱電子を選択するために使用され得ることである。この方法は、或る意味ではHAADF STEMに匹敵するが、HREMの全ての利点を持つ。
【0014】
上記目的は、本発明による方法及び装置によって達成される。
【0015】
本発明は、対象物の高分解能電子顕微鏡観察を実行する方法であって
、
− ソフトマター対象物に、原子レベルの分解能で
上記対象物で散乱された熱散漫散乱電子の周波数帯域において
マイクロメートルまたはマイクロメートル以下のオーダの偏差で実質的に一定の伝達関数を用いた球面収差補正を
実行する電子顕微鏡を用いて
電子ビームを照射することを含む方法において
、
上記方法は
、
− 内側と外側の半径をもつ環状のリング形状を有する環状暗視野対物絞りを用いて、上記対象物で散乱された上記熱散漫散乱電子を
選択すること、
− 上記選択された熱散漫散乱電子を検出すること、および
、
− その検出された熱散漫散乱電子
から上記対象物の像を導出する
ために、上記検出された熱散漫散乱電子を用いることを含み、
上記環状暗視野対物絞りの上記内側と上記外側の半径は、上記対象物で散乱された上記熱散漫散乱電子の周波数帯域に対応して選択されている
ことを特徴とする
。
【0016】
本発明の実施形態で、実質的に一定の伝達関数に対して参照が行われる場合、参照は、平均の偏差がマイクロメートルまたはそれ以下のオーダである状態に対して行われる。
【0017】
本発明の実施形態によれば、調査中の対象物は、ソフトマター対象物であってもよい(実施形態はこれに限定されないけれども、)。本発明の実施の形態の利点は、開示された方法を用いてタンパク質が調べられ得ることである。それによって、利点は、熱散漫散乱が約1オングストロームであることであり、それはCsが補正された電子顕微鏡の手の届くところにある。
【0018】
この方法は、ポリマを研究するために有利に使用され得る。それにもかかわらず、この方法は、無機材料にも適用可能である。
【0019】
本発明の実施の形態の利点は、対象物で散乱された熱散漫散乱電子がその対象物をイメージ化するために用いられることである。上記対象物はソフトマターであってもよい。一実施形態では、それはタンパク質であってもよい。本発明の実施形態は、ソフトマター、例えば生体を原子レベルの分解能でイメージ化する際に、熱散漫散乱が有用であることを本発明者らは認識した、という事実を利用している。
【0020】
上記ソフトマター対象物で散乱された熱散漫散乱電子の周波数帯域は0.5Å
−1と1.0Å
−1との間の範囲を含んでもよい。さらに、
球面収差定数と電子の波長との積の平方根としてシェルツァー単位を定義したとき、上記照射することは、小さな
(例えば、1.22シェルツァー単位の)デフォーカスを用いて実行されてもよい。上記照射することは、小さなアンダーフォーカスを用いて実行されてもよい。
【0021】
上記収差補正Csは、数マイクロメートルのオーダであり得るし、また、対応するデフォーカスDは、数ナノメートルのオーダであり得る。収差補正とデフォーカスのための値は、例えば、次のように選択されてもよい。人が到達したい分解能Rについて、人は、Lを波長として、収差補正(1.6R)4/((L)3)と決定することができる。それから、対応するデフォーカスDは、CsLの平方根の1、2倍として決定することができる。
【0024】
上記周波数帯域は0.5オングストローム(−1)と1オングストローム(−1)の間であってもよい。一実施形態では、上記周波数帯域は、σを原子の平均熱変位として、0.5/σと1/σとの間にあるように選択されてもよい。
【0025】
上記ソフトマター対象物は生体であってもよい。
【0026】
高分解能電子顕微鏡観察を実行することは、断層撮影を実行することを含んでいてもよい。
【0027】
像を導出することは、各原子のインコヒーレントな寄与を最終的な像に対して独立に加えることを含んでいてもよい。
【0028】
上記検出された熱散漫散乱電子に基づいて上記対象物の像を導出することは、各原子の上記インコヒーレントな寄与に基づいて独立したサブ像を導出することを含んでいてもよい。
【0029】
上記方法は、3次元対象物の粒子の断層撮影を含み、それによって、予め定められた値
10.9nmよりも小さなデフォーカスをもたらす、上記
電子顕微鏡に対して上記対象物内で異なる深さ位置を有する粒子は、同じ撮像条件を用いた同じ撮像ステップにおいて像にされてもよい。
【0030】
上記方法は、予め定められた値
10.9nmよりも
大きなデフォーカスをもたらす、上記
電子顕微鏡に対して上記対象物内で異なる深さ位置を有する粒子を、上記異なる
深さ位置によってもたらされたデフォーカス値を取り入れた異なる撮像条件を用いた分離した撮像ステップにおいて撮像することを含んでもよい。
【0031】
また、本発明は、原子レベルの分解能で対象物の高分解能電子顕微鏡観察を実行するシステムであって
、
− 上記対象物で散乱された熱散漫散乱電子の周波数帯域において
マイクロメートルまたはマイクロメートル以下のオーダの偏差で実質的に一定の伝達関数を上記システム内に誘導する球面収差補正器を含むシステムにおいて
、
上記システムは
、
− 内側と外側の半径を有する環状のリング形状を有し、上記
対象物で散乱された上記熱散漫散乱電子を
選択する環状暗視野対物絞りと、
−
上記選択された上記熱散漫散乱電子を検出する検出部と、
− その熱散漫散乱電子に基づいて上記対象物の像を導出するために、
上記検出された熱散漫散乱電子を用いる像プロセッサと
、
を含
み、
上記環状暗視野対物絞りの上記内側と上記外側の半径は、上記対象物で散乱された上記熱散漫散乱電子の周波数帯域に対応して選択されている
ことを特徴とする。
【0032】
上記
球面収差補正器は、0.5Å
−1と1.0Å
−1との間の範囲に
、一定の伝達関数を有していてもよい。
【0035】
本発明はまた、電子顕微鏡システムでの使用のための環状暗視野対物絞りに関し、上記環状暗視野対物絞りは、内側と外側の半径を有する環状のリング形状を有し、上記内側と上記外側の半径は、ソフトマター対象物で散乱され
た熱散漫散乱電子の周波数帯域に対応して選択されている。
【0036】
本発明は、さらに、ソフトマター対象物を撮像するための上述のようなシステムの使用に関する。
【0037】
本発明は、また、生体のための上述のようなシステムの使用に関する。
【0038】
本発明は、さらに、上述のような方法を用いて得られた電子顕微鏡の像に関する。
【0039】
本発明の特定の好ましい局面は、添付の独立請求項および従属請求項に記載されている。従属請求項からの特徴は、独立請求項の特徴、および、適宜他の従属請求項の特徴と組み合わされてもよく、単に特許請求の範囲に明示されているものだけではない。
【0040】
本発明のこれらおよび他の局面は、以下に記載される実施形態(複数可)から明らかであり、また、実施形態を参照して明らかにされる。
【発明を実施するための形態】
【0045】
本発明は、特定の実施形態に関して一定の図面を参照して説明されるが、本発明はそれに限定されるものではなく、特許請求の範囲によってのみ限定される。記載された図面は、概略的に過ぎず、非限定的である。図面において、幾つかの要素のサイズは誇張され、説明目的のため、スケール通りに描かれていない。寸法および相対寸法は、本発明の実際の具体化には対応していない。
【0046】
さらに、発明の詳細な説明および特許請求の範囲における第1、第2などの用語は、類似の要素を区別するために用いられ、必ずしも、いずれかの時間的、空間的な、ランキングまたは他の仕方で、順序を記述するためではない。そのように用いられる用語は、適切な状況下で交換可能であること、また、本明細書で記載される本発明の実施形態は、本明細書に記載または例示されたものよりも、他の順序で動作可能である、ということが理解されるべきである。
【0047】
また、特許請求の範囲および発明の詳細な説明における頂部、下などの用語は、説明の目的のために用いられ、必ずしも、相対的な位置を記述するためではない。そのように用いられる用語は、適切な状況下で交換可能であること、また、本明細書で記載される本発明の実施形態は、本明細書に記載または例示されたものよりも、他の方向で動作可能である、ということが理解されるべきである。
【0048】
特許請求の範囲で使用される「含む(comprising)」という用語は、その後に列挙される手段に限定されると解釈されるべきではないことに留意されたい。それは他の要素又はステップを排除するものではない。それは、参照された通りの述べられた特徴、整数、ステップまたは構成要素の存在を特定するものとして解釈されるべきであり、1つ以上の他の特徴、整数、ステップ若しくは構成要素またはそれらのグループの存在または追加を排除するものではない。したがって、「手段AおよびBを含むデバイス」という表現の範囲は、成分AおよびBのみからなるデバイスに限定されるべきではない。本発明に関して、単に装置の関連した構成要素がAおよびBであることを意味する。
【0049】
本明細書における「一実施形態(one embodiment)」または「或る実施形態(an embodiment)」への言及は、その実施形態に関連して記載される特定の特徴、構造または特性が本発明の少なくとも1つの実施形態に含まれることを意味する。したがって、本明細書全体を通して様々な箇所で「一実施形態では(in one embodiment)」または「或る実施形態では(in an embodiment)」という句の出現は、必ずしも同じ実施形態にすべて言及するものではないが、言及していてもよい。さらに、上記特定の特徴、構造または特性は、本開示から当業者に明らかであるように、一以上の実施形態において、任意の適切な方法で組み合わせられ得る。
【0050】
同様に、本発明の例示的な実施形態の説明において、本発明の様々な特徴は、時々、開示を合理化し、様々な発明の局面の一つ以上の理解を助ける目的で、単一の実施形態、図、またはその説明が一緒にグループ化されることが理解されるべきである。しかしながら、この開示の方法は、クレームされた発明が、各請求項に明示的に記載されているよりも多くの特徴を必要とするという意図を反映するものと解釈されるべきではない。むしろ、後述の請求項が反映するように、発明の局面は、単一の前述の開示された実施形態の全ての特徴よりも少ないところにある。したがって、発明の詳細な説明に続く特許請求の範囲は、ここに明示的に本発明の別個の実施形態として独立している各請求項と共に、この発明の詳細な説明に組み込まれれる。
【0051】
さらに、本明細書に記載の幾つかの実施形態は、他の実施形態に含まれた幾つかの特徴(他の特徴ではなく)を含む。一方、異なる実施形態の特徴の組合せは、本発明の範囲内であることが意図され、当業者によって理解されるように、異なる実施形態を形成する。例えば、後述の特許請求の範囲において、クレームされた実施形態のいずれかも、任意の組み合わせで使用され得る。
【0052】
本明細書で提供される説明において、多数の特定の詳細が記載される。しかしながら、本発明の実施形態はこれらの特定の詳細なしに実施され得ることが理解される。他の例、周知の方法、構造、および技術は、この説明の理解を曖昧にしないために詳細には示されていない。
【0053】
本発明の実施の形態において、参照が「Cs補正」電子顕微鏡に対して行われるなされる一方で、参照がCs補正器を使用して球面収差Csについて補正された電子顕微鏡に対して行われる。そのようなCs補正器は、減少されたまたは球面収差を実質的に含まない電子顕微鏡をもたらすように、対物レンズの正の収差と組み合わせられる負の球面収差を発生する。
【0054】
本発明の実施形態では、参照が原子レベルまたはオングストロームレベルに対して行われるのに対して、想定される大きさは、0.1〜10オングストロームの範囲であり、より好ましくは0.1〜5オングストローム、さらにより好ましくは0.1〜3オングストロームの範囲である。
【0055】
第1の局面において、本発明は、ソフトマター対象物の高分解能電子顕微鏡観察を実行するための方法に関する。発明の参考の実施形態では、参照がソフトマターに対して行われる場合、後者は、例えば、生体、または、例えばタンパク質、若しくは、リボゾーム等のタンパク質からなるより大きな生物学的構造のような生物学的物質を含む対象物を含むことができる。また、他の技術で特徴づけることが困難である10nm〜1000nm以上の範囲のサイズを有するタンパク質を、本発明の実施形態を用いて研究できることが、本発明の実施形態の利点である。また、上記方法は、例えば原子レベルでの撮像のために、高分解能撮像のために有利に使用可能である。本発明の実施形態によれば、上記方法は、ソフトマター対象物を、上記ソフトマター対象物で散乱された熱散漫散乱電子の周波数帯域において実質的に一定の伝達関数を用いた球面収差補正を含む電子顕微鏡を用いて照射することを含む。例えば、このような周波数帯域は、0.5Å
−1と1.0Å
−1との間の範囲の一部若しくは全部を含み、または、その範囲内に含まれていてもよい。本発明の実施形態によれば、上記ソフトマターで散乱された熱散漫散乱(TDS)電子は、その後、撮像技術においてこれらを使用するために検出される。本発明の実施形態は、熱散漫散乱が、それに基づいて、研究される対象物の像を導出するための有用な情報を含む、ということが分かったという事実を利用する。熱散漫散乱を低減または回避することよりもむしろ、本発明の実施形態は、さらに、これらの検出された熱散漫散乱電子に基づいて、ソフトマター対象物の像を導出することを含む。これにより、対象物の異なる原子すべてがインコヒーレント散乱を持ち、その結果、典型的には、像を導出することは、最終的な像に対して各原子のインコヒーレントな寄与を独立して加えることを含み得るという事実をもたらす、ということは利点である。したがって、像に向かって検出された信号の解釈は、より実現可能になる。異なる原子を表す異なるサブ像が導出され得、最終的な像は、検出された異なるサブ像の組み合わせであってもよい。
【0056】
実質的に一定の伝達関数を得るために、この方法はまた、小さなデフォーカス、例えばアンダーデフォーカスを適用することを含んでもよい。
【0057】
特定の実施形態では、本方法は、上記照射する間、検出プロセス中に熱散漫散乱電子を選択するための手段を用いることを含む。その方法は、例えば、環状暗視野対物絞りを使用することを含んでもよい。このような絞りは、実質的に環状のリング形状を有し、その環状のリング形状は、適切に選択された内側と外側の半径を有し、その結果、生体で散乱された電子の熱散漫散乱の周波数帯域内から電子が選択され、続いて検出される。
【0058】
上述の方法は、有利に、断層撮影を行うために適用されてもよい。言い換えれば、この方法は、3次元の対象物を撮像するために使用され得る。一実施形態では、所定の値よりも小さなデフォーカスをもたらす、上記
電子顕微鏡に対して上記対象物内で異なる深さ位置を有する粒子は、同じ撮像条件を用いた同じ撮像ステップにおいて像にされる。他の実施形態では、所定の値よりも大きなデフォーカスをもたらす、上記
電子顕微鏡に対して上記対象物内で異なる深さ位置を有する粒子は、上記異なる
深さ位置によってもたらされたデフォーカス値を取り入れて、異なる撮像条件を用いた分離した撮像ステップで撮像され又は導出されるだろう。そのことの特徴および利点は、本発明の実施形態はこれに限定されないが、以下でさらに説明されるだろう。
【0059】
一局面では、本発明は、ソフトマター対象物の高分解能電子顕微鏡観察を実行するためのシステムに関する。このようなシステムは、典型的には、電子顕微鏡と呼ばれることがある。本発明の実施形態は、電子顕微鏡の特定のタイプに限定されるものではないが、本発明は、有利に、高分解能電子顕微鏡に関する。本発明の実施形態によれば、上記電子顕微鏡は、球面収差を補正するための球面収差Cs補正器を備える。これにより、その補正器は、システム内に、ソフトマター対象物で散乱された熱散漫散乱電子の周波数帯域において実質的に一定の伝達関数を誘導するようになっている。一例では、伝達関数は、0.5Å
−1と1.0Å
−1との間の範囲内で実質的に一定である。上に示されたように、Cs補正器は、対物レンズの正の収差と結合する負の球面収差を生成して、球面収差が低減された又は球面収差を実質的に含まない電子顕微鏡をもたらす。Cs補正器の例は、例えば、四重極−八極レンズまたは六重極レンズであってもよい。
【0060】
本発明の実施形態によれば、上記システムは、ソフトマターで散乱された熱散漫散乱電子を検出するようになっている検出器または検出システムを含む。さらにまた、上記システムは、上記検出された熱散漫散乱電子に基づいて、ソフトマター対象物の像を導出するための、像処理システムとも呼ばれる、像プロセッサを備える。幾つかの実施形態において、このようなプロセッサは、各原子のインコヒーレントな寄与を独立に最終的な像に対して加えることによって像を導出するようになっていてもよい。だから、上記プロセッサは、分離した原子の各々を表す異なるサブ像を導出してもよい。さらに、本発明の実施形態に係るシステムは、
図1に例として示されているように、標準およびオプションの機能を備えていてもよい。実施形態はこれに限定されない。
【0061】
図1は、本発明の実施形態に係る電子顕微鏡の概略的な例を示している(本発明の実施形態による方法およびシステムは、これに限定されないけれども)。概略的に
図1に示されている高分解能電子顕微鏡1は、高電圧発生装置5によって電力供給される電子源3を備え、また、レンズ電力供給源9によって電力供給される幾つかのレンズを備えている。本発明の実施形態によれば、上記球面収差補正器10も、上記システムに含まれている。また、電子顕微鏡1は検出システム11を備え、検出された情報は像処理システム13に印加される。電子ビーム15は対象物17に入射する。対象物17の高分解能像は、僅かに異なるデフォーカス値でもって像平面19に記録され得る。実際には、そのビームは、光源3によって生成され、試料を通過する。その後、そのビームは、対物レンズを通過する。本発明の実施形態では、球面収差補正器は、対物レンズ内に埋め込まれている。そのビームが対物レンズを通過した後、そのビームは、対物レンズの焦点面に配置されている絞りを通過する。その後、ビームは、投影レンズ(図示せず)によって像平面(その上に検出システムが配置されている)上に結像される。
【0062】
特定の実施形態では、システムはさらに、このように熱散漫散乱電子を選択するための環状暗視野対物絞り31を備える。環状暗視野対物絞り31は、内側半径と外側半径とを有する環状のリング形状を有し、上記内側と上記外側の半径は、ソフトマター対象物で散乱された熱散漫散乱電子の周波数帯域に対応して選択されている。また、環状絞りなしの実施形態も想定されるけれども、コヒーレントな寄与があるから、このような実施形態は、撮像をより困難にする。
【0063】
また、本発明の実施形態によるシステムは、本発明に記載の方法に従って断層撮影処理を実行するためのコントローラを含むことができる。
【0064】
また、一局面では、本発明は、上述の方法の実施形態において用いられる又は実施形態による処理ステップを実行するための像処理プロセッサ13に関する。
【0065】
さらに別の局面では、本発明は、電子顕微鏡システムで使用するための環状暗視野対物絞りに関する。その環状暗視野対物絞りは、内側半径と外側半径を有する環状のリング形状の絞りを含み、それによって、上記内側と上記外側の半径が選択されて、電子顕微鏡システムにおける検出のために熱散漫散乱電子が選択される。だから、上記内側と上記外側の半径は、絞りがソフトマター対象物で散乱された熱散漫散乱電子の周波数帯域に対応するように、選択され得る。このような範囲は、0.5Å
−1と1.0Å
−1との間の範囲の一部若しくは全部に対応し、または、その範囲の一部を含んでいてもよい。
【0066】
さらに別の局面では、本発明は、ソフトマター対象物、例えば生体の撮像を行うための上述のようなシステムの使用に関する。上記使用を通して、または上記方法を適用して得られた電子顕微鏡の像は、本開示の範囲内に入る。
【0067】
理論に縛られることを望まないが、本発明の実施形態の特徴及び局面は、次のような理論的考察に基づき得る(本発明の実施形態は、それによって限定されない。)。
【0068】
まず、位相物体を撮像するための従来の一般に認められた基本的、理論的な原理が議論される。
【0069】
或る単一の原子は位相物体として振る舞うという仮定からスタートすると、原子の透過後、波動関数は、
である。ここで、
(比例定数から離れて)は、投影された原子の静電ポテンシャルに等しい。
は投影平面内に取られている。
【0070】
それから、式(1)は、第2次まで展開される。簡単のため、実空間ベクトル
が省略されている。
【0071】
電子顕微鏡を透過した後、像面における波動関数は、
である。Tは、電子顕微鏡の複素点広がり関数であり、伝達関数のフーリエ変換の変換である。式(2)及び(3)から、人は、
を有し、また、像強度として、人は、
を有する。ここで、ImT及びReTはそれぞれTの虚部、実部である。
【0072】
電子顕微鏡のコヒーレント伝達関数は、式(4)で与えられる。
であり、
である。ここで、C
sは球面収差定数、λは電子の波長、gは空間周波数、εはデフォーカスである。
である。
【0073】
をグレイザー(Glaser)単位
で書き、また、デフォーカスεをシェルツァー(Scherzer)単位
で書くことによって、無次元単位で
を表現することは便利である。その結果、
となる。
【0074】
高分解能電子顕微鏡HREMでは、球面収差による位相シフトは、電子顕微鏡を部分的にアンダーフォーカスすることによって補償される。最適なデフォーカスは、
ε=−1.22
である。
【0075】
図2は、最適なデフォーカス時の伝達関数の虚部Im(g)を示している。上記空間周波数は、グレイザー
−1単位(1Gl=C
s1/4λ
1/4)で表される。この例では、最適なデフォーカスは1.22シェルツァー単位(1Sch=C
s1/5λ
1/2)に等しい。一時的なインコヒーレンス(減衰エンベロープ)のために、0.1Schのデフォーカス広がりがあると仮定された。今、伝達関数は約π/2の位相シフトを有する通過帯域を示している。この通過帯域の半値幅(FWMH)は、近似的にg
min=0.5とg
max=1.5との間に広がり、最も高い空間周波数はg=1.6付近にあり、それは0.65Glの分解能を生む。
【0076】
フーリエ空間での通過帯域内の空間周波数について、私たちは、近似的に
を有する。その結果、
となる。
【0077】
したがって、第1次では、コントラストは、投影された静電ポテンシャルを直接明らかにする。原子は黒であり、ホールは白であるべきである。しかし、g=0.5よりも下では、低い空間周波数は低コントラストで伝送される。これは、タンパク質の単一粒子電子断層撮影法のような生物学的構造をイメージ化するについての欠点である。その場合、上記低い空間周波数は、対象物の実際の3次元構造に関する殆どの情報を搬送する。
【0078】
最適なフォーカスで300KeVで運転される非補正のHREM(C
s=3mm)について、通過帯域は0.12Å
−1と0.3Å
−1との間に延びる。
【0079】
しかし、最適なフォーカスで運転される、球面収差補正(C
s=10μm)を有するHREMについて、通過帯域は0.5Å
−1と1.6Å
−1との間に延びる。
【0080】
従来は、このことが、位相差電子顕微鏡では、Cs補正が無益であるという結論を導いてきた。
【0081】
図3の例によって示されるように、コントラストを向上させる一般的な手法は、非常に大きなデフォーカス値を使用することである。
図3は、20Schの強いアンダーフォーカスでの伝達関数の虚部Im(g)を示している。これは、高分解能端部での損失を犠牲にして、低い空間周波数についてのコントラストを向上させている。したがって、結果は、特に空間的インコヒーレンスの影響のせいで、高分解能が失われることになっている。この理由のために、人は、Cs補正補正電子顕微鏡であっても、高分解能に達することができない、と一般に信じられている。
【0082】
代替案は、
および
となるように、90°(因子−i)にわたって中心ビームの位相をシフトさせる静電位相板を開発することである。その結果、コントラストは、再び投影された電位に直線的になる。しかし、これまで、位相板が高分解能の位相コントラストのために確実に機能することは、実証されていない。
【0083】
顕微鏡の空間的および時間的インコヒーレンスを含めるための唯一の正しい方法は、フォーカス広がり内の異なるフォーカス値、および、入射ビーム円錐内の異なるビーム傾斜にわたって、像強度を平均化することによる。
【0084】
フーリエ空間では、平均化〈T〉
Mは、より高い空間周波数を減少させる減衰エンベロープを生じる。
ここで、時間的インコヒーレンスのための減衰エンベロープは、Δをデフォーカス広がりとして、
によって与えられる。空間的インコヒーレンスのためには、αを入射ビーム円錐の半角とし、∇を空間周波数
に関する位相のグラディエントとして、
によって与えられる。
【0085】
大きなデフォーカス(ミクロンオーダ)の場合には、空間的インコヒーレンスの減衰エンベロープは、デフォーカスによって支配され、
となる。これは、最大の空間周波数(1/e値)を
までに遮断する。
【0086】
ビーム発散の半角が0.1mradである非常に大きなデフォーカス(2ミクロン)の場合には、我々は、
を有する。したがって、
に線形である式(14)内の全ての項は、非常に強く減衰される。
【0087】
それが、強いデフォーカスによる位相コントラストは、高分解能を得られず、Cs補正から利益を得られない、と考えられている理由である。
【0088】
しかし、
であるから、これらの議論は、最高の空間周波数が必ずしも減少されていないことになっている非線形項については成り立たない。
【0089】
実際に起こることは、情報がTの大きな空間周波数を通して漏れ得て、像強度に寄与するということである。その後、平均化するとき、この強度は消えない。しかしながら、電子顕微鏡が強くデフォーカスされていれば、この情報は強く非局在化されて、像の背景に入る。しかし、電子顕微鏡が最適なデフォーカスで動作され、Csを許すならば、人は、この非線形の寄与を高分解能でイメージ化するように、通過帯域をこれらの空間周波数に正確にシフトさせることができる。
【0090】
そして、この項はインコヒーレントに付加されているので、我々は、π/2の位相シフトを必要とすることなく、振幅コントラストを生成することができる。通過帯域内の位相シフトが略一定であることは、十分である。これは、非線形の寄与は、生体をイメージ化することが要求されるような低い空間周波数に寄与する、ということに留意すべきである。
【0091】
現実には、像の記録の間、対象物の原子は、未だ存在しないが、それらは平均位置の周りで振動している。一般に、これは、像のコントラストに僅かな影響のみを有するように、大きな角度の散乱を、したがって、高い空間周波数をも低減する、と考えられている。
【0092】
後述するように、大きな角度の散乱、したがって、高い空間周波数は、像のコントラストに大きな影響を有する。
【0093】
簡単のため、投影された静電ポテンシャル
を有する1つの特定の原子の場合を考えてみよう。
【0094】
フーリエ空間では、静止した原子の散乱因子
は、モット−ベーテ(Mott-Bethe)の式で与えられる。
gが増加するにつれて、この因子の「テール(tail)」はゆっくりとのみ減少する(それは、原子の核の静電ポテンシャルの特異点の結果である。)、ということに注意されたい。
【0095】
原子がその平衡位置の周りに振動するので、我々は一種の平均化されたポテンシャルを定義することができる。
ここで、
は、原子位置の位置分布である。〈 〉は、異なる原子位置にわたる平均値を表している。
【0096】
すると、フーリエ変換は、
を生ずる。位置分布関数が平均2乗変位σを有するガウス分布である場合、我々は、
を有する。
【0097】
それのフーリエ変換
も、ガウス分布である。
【0098】
フーリエ空間では、原子の散乱因子
は、次にガウス型「デバイ−ウォーラー(Debye-Waller)」因子によって乗算される。
【0099】
通常、電子回折理論で作られるエラーは、原子がそれらの熱平均値で置換されているかのように、原子の電子散乱因子がデバイ−ウォーラー因子によって系統的に乗算されることである。この近似は、X線回折から借りられてきた。X線回折では、結晶格子の全ての原子が建設的に、回折された波に線形的に干渉する(フーリエ変換)。この線形性が線形の平均化と交換するので、回折されたビームは一種の平均化された原子を「見る」。しかし、この近似は、電子線回折には有効ではない。実際に、あるゆる電子が静止した原子(凍結された原子)を見て、異なる原子位置にわたる平均化が、像または回折パターンの検出のレベルで行われなければならない。原子はその中心に非常にシャープなポテンシャルを有しているので、電子はかなり高角度で散乱する。この高角度散乱は、平均で消えない。他方、もし原子がデバイ−ウォーラー因子によって「ぼけ」るならば、高角度散乱が人為的に低減され、その結果、熱散漫散乱が過小評価される。
【0100】
完全結晶の場合には、
が結晶の対称性を明らかにし、
が回折パターンのブラッグ(Bragg)ピークを明らかにする。非線形項(結晶性を乱す)は、散漫な強度背景を生成する。したがって、熱散漫散乱(TDS)の項になる。
【0101】
図4a〜
図4fは、炭素原子の電子散乱因子の寄与を示している。それによって、異なるRMSについて、トータル402、コヒーレント404、インコヒーレント406の電子散乱の寄与が与えられている。
図4a〜
図4fは、σの様々な値について、すなわち、σ=0.1Å、σ=0.3Å、σ=0.5Åについて、
のプロットを示している。非常に低いσ(0.1Å)(無機結晶について典型的である)については、インコヒーレントな寄与は比較的小さく、フーリエ空間内で非常に広い領域にわたって分布している。しかし、非常に大きなσ(0.5Å)(ソフトマターについて典型的である)については、インコヒーレントな寄与は、コヒーレントな寄与に匹敵し、比較的低い空間周波数(0.5Å
−1)でピークに達している。
【0102】
トータルのインコヒーレント(TDS)の強度は、I=Cσ
2Z
2で与えられる。それは、ソフトマターにおける軽い原子のために重要であることができるように、Z
2に比例するだけではなく、原子の平均2乗変位σ
2に比例する。
【0104】
異なる原子位置〈 〉
Aにわたって、像強度が平均化される場合、人は、
を得る。式(23)から、人は、
および、したがって、
を得る。その結果、
となる。式(15)を式(26)と組み合わせると、
になる。
【0105】
人が、低いCsを有する高分解能モードで、かつ最適なフォーカスで、電子顕微鏡を操作した場合、減衰エンベロープと
における低い空間周波数の低下との組み合わせは、特に大きな平均変位を有する生体の原子について、式(32)における項Im《T》の寄与を大幅に低下させるだろう。
【0106】
それから、式(14)中の項V
2*Re〈T〉は低い空間周波数に寄与するが、
の強い減衰のせいで、高い空間周波数は依然として抑制されるだろう。
【0107】
しかしながら、この項〈〈|V×T|
2〉
M〉
Aは、依然として非常に高分解能のコントラストを与えることができる。
【0108】
これは以下のように見ることができる。
と定義すると、
となる。
【0109】
フーリエ空間では、これは、
であり、これは、上述のように、熱散漫散乱を表す。
【0111】
畳み込みは周波数帯域を広げているけれども、減衰エンベロープ
のせいで、第1項は依然として低い空間周波数に限定されている。
【0112】
しかし、第2項は、高い空間周波数においてはるかに重要である。実際に、WはTDS電子の寄与であるので、それは依然として非常に大きな角度で散乱する。
【0113】
図5は、この寄与は、g=1Å付近でピークに達していることを示している。
図5は、複合体Δf=0.0、Δ=0.0、α=0.0の凍結原子像計算を示している。トータル(黒色の曲線)、弾性(赤色の曲線)、および非弾性(青色の曲線)の、異なるRMSについての回転的平均パワースペクトルは、a)σ=0.1Å、b)σ=0.3Å、c)σ=0.5Å、Δf=10.9nmである。
【0114】
W*Tの情報は、依然として像内に非局在化され得る。しかし、この非局在化は位相伝達
のグラディエントに比例するので、〈〈|W×T|
2〉〉
M,Aの寄与が非常に高い分解能を得ることができるように、TDS電子の周波数帯域
にわたって
を一定に維持することによって、それは最小限に抑えられ得る。
【0115】
〈〈|W×T|
2〉〉
M,Aの寄与だけを選択することが可能である。
【0116】
これは、環状暗視野絞りを使用し、また、TDS寄与の周波数帯域と一致するように、内側と外側の半径を選択することによって、また、位相がこの帯域にわたって略一定である位相伝達関数を合わせることによって、なされ得る。
【0117】
最適な半径は、対象物の原子の平均2乗変位に依存している。しかし、この帯域は、Cs補正器の使用を必要とする0.5Å
−1と1.0Å
−1との間の範囲に幾分か位置していることが期待され得る。
【0118】
図6および
図7は、それぞれaHbpS複合体の暗視野像の明視野のシミュレーションを示している。これから、暗視野ADF振幅像は、高いコントラストと原子分解能の両方をもたらすことが明らかである。
図6について、使用された電子顕微鏡のパラメータは、加速電圧(E0=300KeV)、デフォーカス広がり(=3.2nm)、半収束角度mrad)、球面収差(C
s=0.04mm)、デフォーカス(f=10.9nm)である。デフォーカス広がり(時間的インコヒーレンス)は、異なるデフォーカス値での像強度を追加することによって正しく補正される。
図7について、そこでは環状暗視野絞り(g
min=0.5Å
−1、g
max=2.0
−1)を用いた凍結原子像計算が示されている。使用された電子顕微鏡のパラメータは、加速電圧(E0=300KeV)、デフォーカス広がり(=3.2nm)、半収束角度mrad)、球面収差(C
s=0.04mm)、デフォーカス(f=10.9nm)である。デフォーカス広がり(時間的インコヒーレンス)は、異なるデフォーカス値での像強度を追加することによって正しく補正される。
【0119】
原子の組み立てのために、人は、
を有する。
を原子の像波のTDS部分と呼ぼう。
式(22)から、人は、
を有する。強度について、人は、今、
を有する。また、独立した原子の運動(アインシュタインモデル(Einstein Model))を仮定すると、人は、
を有する。その結果、
となる。
【0120】
その後、各原子のインコヒーレントな寄与は、独立して最終的な像に追加される。
【0121】
この結果は、高分解能の像の解釈を簡素化し、それは断層再構成アルゴリズムに非常に適している。
【0122】
一実施形態では、通常の投影近似では、あらゆる原子が像に対して同一の寄与を有すると仮定されているが、3次元対象物では、原子が異なる鉛直位置、したがって僅かに異なるデフォーカスを有する、ということが考慮される。式(34)から要求されるように、通過帯域は、インコヒーレントピーク(
図3)を越えて略一定でなければならない。上記から、次のように、通過帯域は、Δε=0.5Schのオーダのデフォーカスで、幾分かのシフトを可能にすることができる。最適なデフォーカスで、C
s=10μm、300KeVの場合、我々は、Δε=2nmを有する。しかし、インコヒーレント強度が約0.5Å
−1でピークを示すので、我々は、C
s=100μm、それからΔε=6nmを使用でき、その結果、要件は依然として最大12nmまでの厚さの粒子に対して満たされる。この条件が満たされない場合、人は、断層撮影スキームの第2の実行で、このデフォーカス効果を補正することができる。
【0123】
TDS電子を用いて高分解能の像を得ることが可能であることが示された。その像のコントラストは振幅コントラストである。ソフトマターについてであっても、そのコントラストは非常に高くなり得る。平坦な伝達関数で、小さなデフォーカス、および、Cs補正がなされた電子顕微鏡、および、適切な絞りを用いて、撮像がなされた場合、分解能は、電子顕微鏡の限界に近づくことができる。さらに、あらゆる原子がそれ自身の像強度に独立して寄与し、そのことが像の解釈を容易にし、断層撮影スキームに適切になる。
【0124】
さらなる例として、熱散漫散乱の例が議論される。その例は、ソフトマターのTDS電子の信号は比較的大きくあり得る、ということを示している。何故ならば、その信号は、原子の原子番号だけでなく、平均2乗変位(MSD)の関数だからである。TDS散乱はインコヒーレントであり、したがって、中心ビームと干渉せず、その結果、最高の分解能を得るように非常に低いCsを小さなアンダーフォーカスとを組み合わせることによって、TDS散乱は振幅のコントラストを生成し、それは位相伝達関数が平坦にされ得る空間周波数で最大となる。さらに、TDSの信号は、「質量厚さ(mass-thickness)」内で線形であり、解釈するのが容易で、その結果、それは断層撮影のために非常に適している。また、特に、この撮像技術のために最適化された環状暗視野対物絞りを用いることが提案されている。或る意味では、この方法は、HAADF STMに匹敵するが、HERMの全ての利点を有する。
【0125】
実際の対象物では、原子は静止しているのではなく、それらは平均位置の周りに振動している。これは、一般に、デバイ−ウォーラー因子(像のコントラストに僅かな影響で、大きな散乱角度での散乱を低減する)を用いて適切に記載することができると考えられている。しかし、これは、撮像目的のために有利に利用することができる誤解である。(その原子の)平衡位置の周りに振動する単一原子の撮像を考えてみよう。弱い位相近似では、単一原子のHERM像強度は、
によって与えられる。ここで、Vは原子のポテンシャルであり、W=V−〈V〉は原子変位に起因するTDSを記述し、Tは顕微鏡の点広がり関数である。*は畳み込みを表し、〈 〉
Aは原子位置にわたった平均化を表している。〈 〉
Mは、顕微鏡にわたって、インコヒーレンスを平均化することを表し、したがって、生体のように大きな平均変位を有する原子のための分解能を特に低減するように、〈T〉内の線形項の減衰エンベロープを引き起こす。他方、W*Tの非線形のTDSの寄与は、それでも、大きな空間周波数で強い信号を与えることができる。Tにおける位相振動のせいで、それは像内で非局在化され得る。しかし、この非局在化は、伝達関数の通過帯域を、
図8a及び
図8bに示すようにg=1Å付近でピークに達するこの空間周波数までシフトすることによって、最小化され得る。トータル信号402、コヒーレント信号404、および、インコヒーレント信号406を表す信号が示されている。
【0126】
TDSの寄与と合う環状暗視野絞り[2]を用いることによって、また、位相がこのピークを越えて略一定であるようにCsとデフォーカスを最適化することによって、TDS信号のみを選択することができる。
図8aおよび
図8bはHbpS複合体の回転平均パワースペクトルを示している。
図8aは300KeVでの回折パターンを示し、また、
図8bはデフラクトグラムを示している(E0=300KeV、Δ=3.2nm、α=0.2mrad、C
s=0.04mm、Δf=10.9nm)。
図9は、HbpS複合体の、a)トータル、b)コヒーレント、および、c)インコヒーレントの強度の暗視野像のシミュレーションを示している。
図8a、
図8bおよび
図9から、このTDS撮像モードは、高いコントラストと原子の分解能との両方をもたらすことが明らかである。我々が原子の運動は無相関(アインシュタインモデル)であると仮定した場合、各原子のTDSの寄与はインコヒーレントに最終的な像に(独立して)加えられる。そのことは、高分解能像の解釈を簡素化し、それは断層撮影の再構成アルゴリズムに非常に適している。また、3D対象物内の原子のデフォーカスにおける僅かな相違を補正することも可能である。
図8aおよび
図8bでは、環状暗視野絞り(g
min=0.5Å
−1、g
max=2.0
−1)を用いた、複合体HbpSの凍結原子像計算が示されている。以下のパラメータが使用されている:a)300KeVでの回折、および、b)電子顕微鏡パラメータのためのデフラクトグラム(E0=300KeV、Δ=3.2nm、α=0.2mrad、C
s=0.04mm、Δf=10.9nm)。RMS(σ)=0.5Åについての、トータル、コヒーレント、および、インコヒーレントの回転平均パワースペクトルが示されている。
図9は、環状暗視野絞り(g
min=0.5Å
−1、g
max=2.0
−1)を用いた、複合体HbpSの凍結原子像計算を示している。それによって、次の電子顕微鏡パラメータが使用されている:加速電圧(E0=300KeV)、デフォーカス広がり(Δ=3.2nm)、半収束角度(α=0.2mrad)、球面収差(C
s=0.04mmル)、デフォーカス(Δf=10.9nm)。a)トータルの強度、b)コヒーレントの強度の寄与、および、c)インコヒーレントの強度の寄与である。