特許第6351902号(P6351902)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6351902-複合部材の製造方法 図000005
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6351902
(24)【登録日】2018年6月15日
(45)【発行日】2018年7月4日
(54)【発明の名称】複合部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B29C 45/14 20060101AFI20180625BHJP
   B29C 65/70 20060101ALI20180625BHJP
【FI】
   B29C45/14
   B29C65/70
【請求項の数】13
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2018-503620(P2018-503620)
(86)(22)【出願日】2017年9月26日
(86)【国際出願番号】JP2017034754
【審査請求日】2018年1月29日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000219602
【氏名又は名称】住友理工株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】599022317
【氏名又は名称】株式会社住理工ファインエラストマー
(74)【代理人】
【識別番号】100115657
【弁理士】
【氏名又は名称】進藤 素子
(74)【代理人】
【識別番号】100115646
【弁理士】
【氏名又は名称】東口 倫昭
(74)【代理人】
【識別番号】100196759
【弁理士】
【氏名又は名称】工藤 雪
(72)【発明者】
【氏名】岡下 勝己
(72)【発明者】
【氏名】林 翔太
(72)【発明者】
【氏名】三輪 恭之
(72)【発明者】
【氏名】篠崎 卓宏
(72)【発明者】
【氏名】石熊 祐子
【審査官】 辰己 雅夫
(56)【参考文献】
【文献】 特開2016−129942(JP,A)
【文献】 特開2015−142960(JP,A)
【文献】 国際公開第2014/157289(WO,A1)
【文献】 国際公開第2014/024877(WO,A1)
【文献】 国際公開第2013/047365(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B29C45/00−45/84
B29C65/00−65/82
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミダイカスト部材とシリコーン部材とが複合化された複合部材の製造方法であって、
該アルミダイカスト部材における該シリコーン部材との接合面にレーザーを照射して、該接合面の表層を融解させる融解工程と、
該接合面にシリコーン材料を一体成形する複合化工程と、
を有する複合部材の製造方法。
【請求項2】
前記融解工程における前記レーザーの照射密度は、2J/mm以上40J/mm以下である請求項1に記載の複合部材の製造方法。
【請求項3】
前記融解工程の前に、前記接合面にレーザーを照射して、該接合面に存在する炭化物膜を除去する除去工程を有する請求項1または請求項2に記載の複合部材の製造方法。
【請求項4】
前記除去工程における前記レーザーの照射密度は、前記融解工程における前記レーザーの照射密度よりも小さい請求項3に記載の複合部材の製造方法。
【請求項5】
前記除去工程における前記レーザーの照射密度は、0.5J/mm以上2J/mm未満である請求項3または請求項4に記載の複合部材の製造方法。
【請求項6】
前記融解工程の後に、前記接合面にプラズマを照射して、該接合面に水酸基を付与する改質工程を有する請求項1ないし請求項5のいずれかに記載の複合部材の製造方法。
【請求項7】
前記改質工程における前記プラズマの照射は、酸素を含むガス雰囲気にて行う請求項6に記載の複合部材の製造方法。
【請求項8】
酸素を含む前記ガス雰囲気は、酸素ガスのみからなる、あるいは、希ガスおよび窒素ガスから選ばれる一種以上のガスと酸素ガスとの混合ガスからなり、
該混合ガスからなる場合の該酸素ガスの含有割合は、該混合ガス全体の圧力または体積を100%とした場合の30%以上である請求項7に記載の複合部材の製造方法。
【請求項9】
前記プラズマは、マイクロ波プラズマである請求項6ないし請求項8のいずれかに記載の複合部材の製造方法。
【請求項10】
前記融解工程と前記複合化工程とを連続して行う請求項1ないし請求項5のいずれかに記載の複合部材の製造方法。
【請求項11】
前記改質工程と前記複合化工程とを、連続して、あるいは、1週間以内の時間を空けてから行う請求項6ないし請求項9のいずれかに記載の複合部材の製造方法。
【請求項12】
前記複合化工程前の前記接合面の水接触角は、50°以下である請求項1ないし請求項11のいずれかに記載の複合部材の製造方法。
【請求項13】
前記複合化工程前の前記接合面をX線光電子分光法により分析した場合、C原子の数は、Al、O、Cの合計原子数を100%とした場合の5%以上30%以下である請求項1ないし請求項12のいずれかに記載の複合部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミダイカスト部材と高分子部材とが複合化された複合部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車に搭載されるエンジンコントロールユニットなどの電子制御装置のケースには、アルミダイカスト部材である筐体に、シリコーンゴムなどから形成された高分子部材が接着されてなる複合部材が用いられる。ダイカスト(金型鋳造)用のアルミニウム合金としては、Al−Si−Cu系合金のADC12などが知られている。しかし、ADC12などのアルミニウム合金をダイカストしたアルミダイカスト部材と高分子部材とは、接着性に劣るという問題がある。
【0003】
接着性を阻害している要因は、有機物の汚れなど種々考えられるが、なかでもアルミダイカスト部材の表面に形成されている炭化物膜の存在が問題になる。炭化物膜は、アルミダイカスト部材を製造する際に金型に塗布される離型剤(油、シリコン、ワックスなどの混合物)の残留物からなると考えられる。離型剤はダイカスト時の加熱によりグラファイト化されることにより、アルミダイカスト部材の表面に硬い炭化物膜として残留する。アルミダイカスト部材の表面に炭化物膜がある状態で高分子部材と接着させても、高分子部材が界面剥離してしまい、両者を充分に接着することができなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2014−86682号公報
【特許文献2】特開2009−155358号公報
【特許文献3】特開2016−129942号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
アルミダイカスト部材の表面に形成された炭化物膜を除去することは、有機溶剤による洗浄や超音波洗浄では難しい。このため、酸やアルカリ洗浄などのウエット処理や、ビーズブラストなどのブラスト処理などを施す必要がある。しかし、ウエット処理の場合は、薬液濃度を調整したり、汚れの再付着を抑制する必要があるなど、工程管理が難しい。ブラスト処理の場合は、投射材の衝突によりアルミダイカスト部材の表面に凹凸が形成されるため、接着性を阻害するおそれがある。
【0006】
例えば、炭化物膜を除去せずに接着性を向上させる方法として、特許文献1には、アルミダイカスト部材の表面にプラズマCVD法によりシリコーン系薄膜またはカーボン系薄膜を形成し、当該薄膜を介して、アルミダイカスト部材とシリコーン接着剤からなるシール部材とを接着させる方法が記載されている。特許文献2には、湿気硬化型シリコーンゴム組成物の硬化物(シリコーンゴム)と基材とを、有機ケイ素化合物の燃焼により形成させた酸化ケイ素皮膜を介して接着させる方法が記載されている。特許文献2に記載された方法においては、有機ケイ素化合物を含む燃料ガスの火炎を基材表面に吹き付ける処理を行う。このため、基材へのダメージが大きい。なお、特許文献2には、基材としてアルミダイカスト部材は記載されていないが、段落[0033]には、基材と反対側にシリコーンゴムと接着させる部材として、アルミダイカストなどの金属製筐体が記載されている。続く段落[0034]には、接着性を高めるために、金属製筐体の表面に予め酸化物皮膜などを形成しておくとよいことが記載されている。このように、特許文献1、2には、炭化物膜を除去するのではなく、新たに薄膜を形成する方法が記載されているに過ぎない。
【0007】
炭化物膜の付着度合や組成を、製造するごとに均一化することは困難である。例えば、一つのアルミダイカスト部材において、炭化物膜が多く付着している部分や、全く付着していない部分などが混在している可能性がある。このような場合、炭化物膜の上に新たに薄膜を形成すると、炭化物膜が付着している部分と、付着していない部分と、の境界付近の接着性が不安定になりやすい。さらに、炭化物膜そのものが脆弱な場合、それを起因とした接着力低下を招くため、生産性を悪化させる要因となる。
【0008】
また、アルミダイカスト部材における接着性の阻害要因としては、炭化物膜の存在だけでなく、結晶粒界の存在が挙げられる。アルミダイカスト部材の表層には、アルミニウム以外の銅、鉄などの微量金属成分が島状に偏在することにより、結晶粒界が形成されている。本発明者が検討したところ、結晶粒界では、それ以外の部分と水酸基の付き方が違ったり、異種金属との間で電子の移動が行われて腐食が進行しやすいため、結晶粒界が存在すると接着性が低下しやすいという知見を得た。
【0009】
この点、特許文献3には、金属部材の表面に開口を有する穿孔部を形成し、プラズマ処理、レーザー処理などにより表面を改質した後、樹脂部材を接合させる方法が記載されている。特許文献3に記載された方法においては、金属部材に形成された穿孔部に樹脂部材を充填し、そのアンカー効果により両者の接合性を向上させている。また、プラズマ処理、レーザー処理などによる表面改質は、金属部材の表面に酸化膜を形成するための処理である。このように、特許文献3においては、アルミダイカスト部材における炭化物膜や結晶粒界が接着性に与える影響については何も記載されていないし、当然その対策も検討されていない。
【0010】
本発明は、このような実状に鑑みてなされたものであり、アルミダイカスト部材の表面の炭化物膜を除去し表層を均質化することにより、アルミダイカスト部材と高分子部材とが強固に接着された複合部材の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため、本発明の複合部材の製造方法は、アルミダイカスト部材と高分子部材とが複合化された複合部材の製造方法であって、該アルミダイカスト部材における該高分子部材との接合面にレーザーを照射して、該接合面の表層を融解させる融解工程と、該接合面に高分子材料を一体成形する複合化工程と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明の複合部材の製造方法においては、アルミダイカスト部材における高分子部材との接合面にレーザーを照射することにより、接合面の表層を融解する。こうすることにより、表層に偏在していた銅、鉄などの微量金属成分の凝集塊が融解して分散し、結晶粒界が少なくなり、表層が均質化される。したがって、従来結晶粒界で生じていた水酸基の偏りによる接着不良や腐食による接着不良を、抑制することができる。また、表層を融解させると、接合面に形成されていた炭化物膜も除去される。これにより、炭化物膜の下に元々自然に生成されていた酸化層(自然酸化層)が表出し、その状態で融解が進行することにより、酸化層表面の分子の化学結合が切断され、接合面が活性化される。その結果、融解工程後の接合面には、多くの水酸基が生成される。当該水酸基と高分子部材を形成するための材料(高分子材料)とが反応し、化学結合することにより、アルミダイカスト部材と高分子部材との強固な接着を実現することができる。以上より、本発明の製造方法によると、高分子部材が界面剥離しにくく耐久性が高い複合部材を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】実施例において製造した試験片の平面図である。
【符号の説明】
【0014】
1:試験片、10:板状部材(アルミダイカスト部材)、11:シリコーン部材、100:板状部材の一面。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の複合部材の製造方法は、アルミダイカスト部材と高分子部材とが複合化された複合部材の製造方法であって、融解工程と、複合化工程と、を有する。
【0016】
アルミダイカスト部材は、アルミニウム合金をダイカストして製造された部材であり、形状、大きさなどは特に限定されない。ダイカスト用のアルミニウム合金は、JIS H 5302:2006に規定されており、Al−Si−Cu系合金のADC12、ADC10などが挙げられる。
【0017】
高分子部材は、樹脂またはゴム(熱可塑性エラストマーを含む)を主成分とする部材であり、その形状は特に限定されない。例えば、シリコーン樹脂またはシリコーンゴムを主成分とするシリコーン部材は、電気特性、耐熱性、耐寒性、難燃性、化学的安定性に優れるため好適である。
【0018】
シリコーン部材は、オルガノポリシロキサンおよび架橋剤を含む組成物を硬化して製造される。当該組成物は、必要に応じて、架橋促進剤、架橋遅延剤、架橋助剤、接着成分、スコーチ防止剤、老化防止剤、軟化剤、熱安定剤、難燃剤、難燃助剤、紫外線吸収剤、防錆剤、導電剤、帯電防止剤などを含んでいてもよい。
【0019】
オルガノポリシロキサンは、架橋可能な官能基を1分子中に少なくとも2個有するものであり、アルケニル基(ビニル基、アリル基など)含有オルガノポリシロキサン、水酸基含有オルガノポリシロキサン、(メタ)アクリル基含有オルガノポリシロキサン、イソシアネート含有オルガノポリシロキサン、アミノ基含有オルガノポリシロキサン、エポキシ基含有オルガノポリシロキサンなどが挙げられる。
【0020】
架橋剤としては、ヒドロシリル架橋剤、硫黄架橋剤、過酸化物架橋剤などが挙げられる。ヒドロシリル架橋剤としては、ヒドロシリル基含有オルガノポリシロキサン(オルガノハイドロジェンポリシロキサン)などが挙げられる。
【0021】
接着成分としては、アルミダイカスト部材の接合面に存在する水酸基と結合可能な官能基を有する化合物が望ましい。官能基としては、アルコキシシリル基、ヒドロシリル基、シラノール基などが挙げられる。例えば、アルコキシシリル基を有する化合物としては、シランカップリング剤を用いればよい。シランカップリング剤は、分子中に2個以上の異なった官能基を有するシラン系化合物である。シランカップリング剤におけるアルコキシシリル基以外の官能基としては、ビニル基、エポキシ基、スチリル基、(メタ)アクリル基などが挙げられる。シランカップリング剤の具体例としては、p−スチリルトリメトキシシラン、フェニルトリ(ジメチルシロキシ)シラン、ビニルトリメトキシシラン、3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、ビニルトリヒドロキシシランなどが挙げられる。
【0022】
以下、本発明の複合部材の製造方法の各工程を説明する。
【0023】
[融解工程]
本工程は、アルミダイカスト部材における高分子部材との接合面にレーザーを照射して、該接合面の表層を融解させる工程である。
【0024】
レーザーは、既に公知のYAGレーザー、YVOレーザー、希土類添加ファイバーレーザー、半導体レーザー、ファイバーレーザーなどを使用すればよい。なかでもファイバーレーザーは、光ファイバーからの出力による高品質ビームにより集光性に優れていることに加えて、設置性の良さ、長寿命、メンテナンスが容易などの点で好適である。
【0025】
レーザーの出力は、アルミダイカスト部材の表層を融解できる程度に調整すればよく、例えば、単位面積、単位時間あたりのエネルギー密度(レーザーの照射密度)が2J/mm以上になるように調整すればよい。レーザーの照射密度が4J/mm以上であるとより効果的である。一方、アルミダイカスト部材の熱ダメージを少なくするという観点から、レーザーの照射密度は40J/mm以下、さらには30J/mm以下であるとよい。2J/mm以上の照射密度でレーザーを照射すると、表層の融解と共に、接合面に形成されていた炭化物膜をも除去することができる。
【0026】
(1)除去工程
本工程において、接合面の表層の融解と、炭化物膜の除去と、を同時に行ってもよいが、予め炭化物膜の除去処理を行っておいてから、本工程の融解処理を行ってもよい。炭化物膜の除去方法としては、レーザー処理、プラズマ処理などが挙げられる。例えば、本発明の複合部材の製造方法は、本工程の前に、アルミダイカスト部材の接合面にレーザーを照射して該接合面に存在する炭化物膜を除去する除去工程を有してもよい。この場合、除去工程と融解工程とは、必ずしも連続して行う必要はない。除去工程を行った後、数時間、数日などの時間が経過した後に融解工程を行ってもよい。炭化物膜の除去処理は、融解処理と比較して、レーザーの照射密度を小さくして行うことができる。つまり、炭化物膜を除去するだけであれば、比較的小さなレーザーの照射密度で、熱ダメージを最小限にして行うことができる。具体的には、除去工程におけるレーザーの照射密度は、0.5J/mm以上2J/mm未満であるとよい。
【0027】
炭化物膜の除去処理を融解処理の前に行っておくと、次の二つの利点がある。
(a)接合面に炭化物膜が存在すると、融解時に除去しきれない炭素成分が内部に取り込まれ、後に腐食を引き起こす原因となるおそれがある。したがって、予め炭化物膜を除去しておくことにより、腐食のリスクを低減することができる。
(b)炭化物膜は均一に形成されているわけではないため、炭化物膜の有無により表層の融解の仕方が変わるおそれがある。例えば、金属が表出している部分は融解しやすく、炭化物膜が存在する部分は融解しにくいという場合、均質な表層が得られないおそれがある。したがって、予め炭化物膜を除去しておくと、表層の均質化に効果的である。
【0028】
(2)改質工程
融解工程後の接合面には、多くの水酸基が生成される。ここで、接合面により多くの水酸基を生成させて、高分子材料との反応性が高い状態をより長く維持させるという観点から、融解工程の後に、接合面に水酸基を付与する改質処理を行ってもよい。すなわち、本発明の複合部材の製造方法は、本工程の後に、アルミダイカスト部材の接合面にプラズマを照射して該接合面に水酸基を付与する改質工程を有してもよい。
【0029】
融解処理後の接合面にプラズマを照射すると、プラズマ中のイオン、ラジカルなどにより分子の化学結合が切断され、表面が活性化されることにより水酸基が生成する。プラズマ照射というドライプロセスにより、接合面に多くの水酸基を生成させるため、時間が経過しても水酸基が減少しにくく、高分子材料との反応性が高い状態を比較的長く維持することができる。したがって、改質工程の後、次の複合化工程における一体成形を連続して行わなくても(連続して行ってもよいことは言うまでもない)、アルミダイカスト部材と高分子部材との強固な接着を実現することができる。
【0030】
プラズマの発生方法は、特に限定されない。例えば、高周波(RF)電源を用いたRFプラズマや、マイクロ波電源を用いたマイクロ波プラズマ、直流(DC)パルスプラズマなどを採用すればよく、電源に変調を加えてもよい。なかでも、マイクロ波プラズマは、プラズマ密度が大きいため処理速度が大きい、照射対象におけるプラズマダメージが少ないなどの理由から好適である。改質工程においてマイクロ波プラズマを採用すると、短時間で多くの水酸基を生成させることができるため高効率である。
【0031】
プラズマ発生電源の周波数は、特に限定されない。マイクロ波の周波数としては、8.35GHz、2.45GHz、1.98GHz、915MHzなどが挙げられる。RFの周波数としては、13.56MHzなどが挙げられる。DCの周波数としては、1〜500kHzなどが挙げられる。
【0032】
プラズマ中には、ガスが電離することにより、イオン、電子、ラジカルが混在している。例えば、酸素を含むガス雰囲気でプラズマを発生させると、酸素ラジカルが生成する。酸素ラジカルの表面吸着、酸化改質作用により、比較的短時間で接合面を活性化することができる。酸素を含むガス雰囲気は、空気でもよく、酸素ガスのみ、あるいは酸素ガスと希ガスや窒素ガスなどとの混合ガスで構成してもよい。希ガスとしては、アルゴン、キセノンなどが好適である。例えば、酸素を含むガス雰囲気を、希ガスおよび窒素ガスから選ばれる一種以上のガスと酸素ガスとの混合ガスから構成する場合には、酸素ラジカルの表面吸着、酸化改質作用を効果的に利用するという観点から、酸素ガスの含有割合を、混合ガス全体の圧力または体積を100%とした場合の30%以上にすることが望ましい。酸素を含むガス雰囲気を、酸素ガスのみで構成すると、ラジカルによる作用を最大限に利用することができ効果的である。
【0033】
プラズマの照射は、大気圧下で行っても所定の圧力に減圧した真空下で行ってもよい(大気圧プラズマ処理でも真空プラズマ処理でもよい)。なかでも真空下で行うと、プラズマ中で生成されたオゾンなどによる付帯設備へのダメージを容易に防止でき、酸素ガスの混合割合を大きくすることができる。これにより、酸素ラジカルの表面吸着、酸化改質作用を効果的に発揮させることができる。また、プラズマ密度が大きくなり処理速度を大きくすることができ、プラズマ照射範囲の大面積化が容易であることから、生産性も高い。そして、プラズマ密度が大きいため、接合面の活性化の度合いが大きくなり、より多くの水酸基を生成させることができる。これにより、接合面において高分子材料との反応性が高い状態をより長時間維持することができる。真空プラズマ処理の場合、プラズマを発生させる容器内の圧力を、1〜100Pa程度にするとよい。
【0034】
[複合化工程]
本工程は、融解処理、さらには改質処理を施した接合面に高分子材料を一体成形する工程である。高分子材料は、高分子部材を形成するための材料であり、樹脂またはゴム(熱可塑性エラストマーを含む)を主成分とする。例えば、高分子部材がシリコーン部材である場合には、高分子材料はシリコーン材料である。上述したように、シリコーン材料は、オルガノポリシロキサン、架橋剤、接着成分などから調製すればよい。
【0035】
本工程は、例えばインサート成形により行えばよい。すなわち、融解工程を終えた(場合によっては改質工程を終えた)アルミダイカスト部材を成形型に配置し、液状の高分子材料をアルミダイカスト部材の接合面に接触するように成形型に注入し、所定の温度、圧力下で高分子材料を硬化させればよい。あるいは、融解工程を終えた(場合によっては改質工程を終えた)アルミダイカスト部材の接合面に、液状の高分子材料を塗布し、所定の温度、圧力下で高分子材料を硬化させてもよい。高分子材料は硬化して高分子部材となり、アルミダイカスト部材と高分子部材とが強固に接着された複合部材を得ることができる。
【0036】
接合面の汚染を回避し水酸基の減少を抑制するという理由から、本工程は、融解工程の後に連続して行うことが望ましい。これに対して、融解工程の後に改質処理を行った場合には、本工程を改質工程の後に連続して行ってもよいが、改質工程を終えた後、数時間、数日などの時間が経過した後で行ってもよい。上述した通り、改質工程によると、接合面が充分に活性化されるため、生成した水酸基が時間が経過しても減少しにくく、高分子材料との反応性が高い状態を比較的長く維持することができる。したがって、本工程を連続して行わなくても、接合面の水酸基と高分子材料とを反応させて、強固な接着を実現することができる。高い接着性を確保するという観点から、本工程は、改質工程の後、1週間以内に行うことが望ましい。
【0037】
得られた複合部材におけるアルミダイカスト部材と高分子部材との接着性は、JIS K 6256−2:2013に規定される90°剥離試験を行って評価すればよい。例えば、当該剥離試験における剥離強さが4N/mm以上であり、かつ、凝集破壊すれば、接着性は良好と判断することができる。
【0038】
本工程の前(融解工程、場合によっては改質工程を終えた後)における接合面の状態(活性化の度合い)は、接合面の水接触角の大小により推測することができる。例えば、接合面の水接触角が50°以下である場合には、接合面に充分な水酸基が生成しており、高分子材料との反応性が高い状態であるとみなすことができる。本明細書においては、水接触角として、JIS R3257:1999に準じて測定された値を採用する。
【0039】
本工程の前(融解工程、場合によっては改質工程を終えた後)における接合面には、離型剤などの残留物と考えられる炭化物膜はほとんど存在しない。時間の経過と共に、大気中に浮遊する有機物が少量付着するものの、接合面から2〜5nm程度の深さに含有される炭素量は、炭化物膜が存在するものと比較して少なくなる。例えば、本工程の前における接合面をX線光電子分光法(XPS)により分析した場合、C原子の数は、Al、O、Cの合計原子数を100%とした場合の5%以上30%以下であることが望ましい。
【実施例】
【0040】
次に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
【0041】
<試験片の製造>
[実施例1]
(1)次のようにしてシリコーン材料を調製した。液状シリコーンゴム(ビニル基含有ジメチルポリシロキサン:Gelest社製、「DMS−V35」)の100質量部に、接着成分としてp−スチリルトリメトキシシラン(信越化学工業社製)を1質量部加えて、プラネタリーミキサーにて30分間混合した。この混合物に、ヒドロシリル架橋剤(ヒドロシリル基含有ジメチルポリシロキサン:Gelest社製、「HMS−151」)を4質量部加えてさらに30分間混合した後、減圧脱泡して、液状のシリコーン材料を調製した。
【0042】
(2)Al−Si−Cu系合金のADC12をダイカストして製造した長方形の板状部材(アルミダイカスト部材)を準備した。板状部材の大きさは、長辺60mm、短辺45mm、厚さ2.0mmである。
【0043】
まず、この板状部材の一面全体を、IPGフォトニクスジャパン(株)製のレーザー発振器「YLS−2000−CT」を用いてレーザー処理した。レーザー処理の条件は次の通りである。レーザースポット径:約0.4mm、移動速度:100mm/秒、レーザー照射密度:5.0J/mm2。実施例1におけるレーザー処理は、本発明における融解工程に対応する。実施例1においては、一回のレーザー処理により、炭化物膜の除去と表層の融解とを同時に行った。
【0044】
次に、レーザー処理から1時間後の板状部材を成形型に配置し、調製したシリコーン材料を温度140℃、射出圧力0.3MPaで射出成形した(複合化工程)。このようにして、板状部材の一面の一部にシリコーン部材が加硫接着された試験片を製造した。シリコーン部材が接着された板状部材の一面の一部は、本発明における接合面の概念に含まれる。製造した試験片は、本発明における複合部材の概念に含まれる。図1に、製造した試験片の平面図を示す。
【0045】
図1に示すように、試験片1は、板状部材10とシリコーン部材11とからなる。シリコーン部材11は、短冊状を呈している。シリコーン部材11の大きさは、長辺90mm、短辺25mm、厚さ6mmである。シリコーン部材11の左端部分が、板状部材10の一面(上面)100の一部(25mm×25mm領域。図1中、点線ハッチングで示す。)に重なり接着されている。
【0046】
[実施例2]
実施例1と同じ板状部材の一面全体を、条件を変えて二回レーザー処理した点以外は、実施例1と同じようにして試験片を製造した。一回目のレーザー処理の条件は、移動速度:400mm/秒、レーザー照射密度:0.8J/mm2であり、二回目のレーザー処理の条件は、移動速度:100mm/秒、レーザー照射密度:5.0J/mm2である。一回目のレーザー処理は、本発明における除去工程に対応し、二回目のレーザー処理は本発明における融解工程に対応する。
【0047】
実施例2においては同じようにレーザー処理した板状部材を複数製造し、これらを用いて、後述するように、レーザー処理(融解工程)直後と、それから所定の時間が経過するごとに、レーザー処理済みの一面の水接触角を測定した。そして、測定が終了した板状部材を順に複合化工程に供した。
【0048】
[実施例3]
実施例2と同様に板状部材の一面全体を二回レーザー処理した後、さらに真空下でマイクロ波プラズマ処理した点以外は、実施例1と同じようにして試験片を製造した。マイクロ波プラズマ処理は次のようにして行った。まず、板状部材を真空容器内に配置して、真空容器内を0.5Pa以下の減圧状態にした。次に、真空容器内に酸素ガスを供給し、圧力10Paの酸素ガス雰囲気を形成した。この状態で、周波数2.45GHz、出力電力2kWにてマイクロ波プラズマを発生させて、板状部材のレーザー処理済みの一面全体に10秒間照射した。このようにして、当該一面を活性化し、表面に水酸基を生成した。実施例3のマイクロ波プラズマ処理は、本発明における改質工程に対応する。
【0049】
実施例3においても同じようにレーザー処理およびマイクロ波プラズマ処理した板状部材を複数製造し、これらを用いて、後述するように、マイクロ波プラズマ処理(改質工程)直後と、それから所定の時間が経過するごとに、マイクロ波プラズマ処理済みの一面の水接触角を測定した。このうち、マイクロ波プラズマ処理直後には、同面のXPS分析も行った。そして、測定が終了した板状部材を順に複合化工程に供した。
【0050】
[比較例1]
実施例1と同じ板状部材の一面全体をレーザー処理しない以外は、実施例1と同じようにして試験片を製造した。すなわち、ダイカストされたままの板状部材に、シリコーン材料を射出成形した。
【0051】
[比較例2]
レーザー処理の条件を変更した点以外は、実施例1と同じようにして試験片を製造した。レーザー処理の条件は、移動速度:400mm/秒、レーザー照射密度:0.8J/mmである。このレーザー処理は、レーザー照射密度が小さいため、本発明における除去工程に対応する。すなわち、比較例2においては、一面の表層を融解させずに試験片を製造した(融解工程なし)。
【0052】
比較例2においても同じようにレーザー処理した板状部材を複数製造し、これらを用いて、後述するように、レーザー処理(除去工程)直後と、それから所定の時間が経過するごとに、レーザー処理済みの一面の水接触角を測定した。そして、測定が終了した板状部材を順に複合化工程に供した。
【0053】
<水接触角の測定>
実施例2、実施例3、および比較例2の試験片について、レーザーなどによる処理後(複合化工程前)の一面の水接触角を測定した。水接触角の測定は、処理直後、1時間後、1日後、7日後の四回行った。水接触角は、JIS R3257:1999に準じて測定した。すなわち、板状部材の一面に液量2μlの水を滴下して、当該一面に水が接触してから1分以内の水接触角を測定した。
【0054】
<X線光電子分光法(XPS)による分析>
実施例3の試験片について、マイクロ波プラズマ処理直後(改質工程直後)の一面をXPS分析し、表面に存在するC原子、O原子、Al原子の割合を調べた。比較のため、比較例1の試験片の未処理状態の一面をXPS分析して、表面に存在するC原子、O原子、Al原子の割合を調べた。
【0055】
<接着性の評価>
実施例1〜3および比較例1、2の試験片について、JIS K 6256−2:2013に規定される90°剥離試験を行い、板状部材に対するシリコーン部材の接着性を評価した。90°剥離試験の結果、剥離強さが4N/mm以上かつ凝集破壊した場合を接着性良好(後出の表1、表2において〇印で示す)、剥離強さが4N/mm未満または界面剥離した場合を接着性不良(同表1、表2において×印で示す)とした。凝集破壊の場合はゴム残り比率を100%とし、界面剥離の場合には、光学顕微鏡を用いた画像解析により一定範囲内のゴム付着面積を定量することにより、ゴム残り比率を算出した。
【0056】
<評価結果>
表1に、実施例1〜3および比較例2における接着性の評価結果を示す。表1中、接着性の評価は、レーザーなどの処理1時間後にシリコーン材料を一体成形した場合のものである。表2に、実施例2、実施例3、および比較例2における水接触角と接着性の評価結果を示す。表3に、実施例3および比較例1の試験片におけるXPS分析の結果を示す。表3中、実施例3の試験片の接着性の評価は、マイクロ波プラズマ処理1時間後にシリコーン材料を一体成形した場合のものである。
【表1】
【表2】
【表3】
【0057】
表1に示すように、接合面の融解処理を行った実施例1〜3の試験片においては、いずれも90°剥離試験における剥離力が6N/mmを超えており凝集破壊した。除去処理と融解処理とを同時に行っても(実施例1)別々に行っても(実施例2)、融解処理から1時間後にシリコーン材料を一体成形した(複合化した)試験片においては、接着性に大きな違いは見られなかった。これに対して、融解処理を行わなかった比較例2の試験片においては、剥離力は4N/mm未満であり界面剥離した。
【0058】
表2に示すように、接合面の融解処理を行わなかった比較例2の試験片においては、炭化物膜を除去した効果により、処理直後に複合化したもののみ接着性は良好であった。しかし、それ以外は水接触角が大きく、接着性は不良であった。これに対して、融解処理を行った実施例2の試験片においては、比較例2と比較して接着性が向上した。この理由は、融解処理により接合面が活性化されたことに加えて、結晶粒界が少なくなり表層が均質化されたことにより水酸基の偏りが少なくなったことが挙げられる。また、接合面を融解処理した後、改質処理した実施例3の試験片においては、処理直後の水接触角は10°未満と小さく、7日後においても50°以下であり、接着性も良好であった。水接触角が小さいほど親水性が高いことを示しており、実施例3の試験片においては、表面における水酸基の量が多いことが推測される。なお、接合面を改質処理しなかった実施例2の試験片においては、融解処理から7日後に複合化したものを除いて接着性は良好であったが、実施例3の試験片と比較して、水接触角は大きくなった。水接触角が大きくなった理由は、レーザー照射時に、スキャン方向に沿ってスポット径に対応した筋状の凹凸が形成されたためと考えられる。
【0059】
表3に示すように、改質処理直後の接合面のXPS分析によると、実施例3の試験片においては、C原子の割合は30%以下であったのに対して、未処理の比較例1の試験片においては、C原子の割合は50%を超えていた。この結果より、レーザー処理を施すことにより、接合面に存在していた炭化物膜は除去されたことがわかる。なお、除去処理および融解処理のいずれも行っていない比較例1の試験片の接着性は、当然ながら不良であった。
【0060】
以上より、アルミダイカスト部材の接合面にレーザーを照射して表層の融解処理を行うと、炭化物膜が除去されると共に、表層が均質化して活性化されるため、接着性が向上することが確認された。加えて、接合面にプラズマを照射して水酸基を付与すると、水酸基の経時的な減少を抑制することができ、高分子材料との反応性が高い状態を比較的長く維持できることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明の複合部材の製造方法は、車両に搭載されるエンジンコントロールユニットなどの電子制御装置、小型携帯端末機器の電子機器などに用いられる様々な複合部材の製造方法として有用である。
【要約】
アルミダイカスト部材の表面の炭化物膜を除去し表層を均質化することにより、アルミダイカスト部材と高分子部材とが強固に接着された複合部材の製造方法を提供する。
アルミダイカスト部材と高分子部材とが複合化された複合部材の製造方法は、該アルミダイカスト部材における該高分子部材との接合面にレーザーを照射して、該接合面の表層を融解させる融解工程と、該接合面に高分子材料を一体成形する複合化工程と、を有する。複合部材の製造方法は、融解工程の前に、該接合面にレーザーを照射して該接合面に存在する炭化物膜を除去する除去工程を有してもよく、融解工程の後に、該接合面にプラズマを照射して該接合面に水酸基を付与する改質工程を有してもよい。
図1