特許第6352022号(P6352022)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6352022
(24)【登録日】2018年6月15日
(45)【発行日】2018年7月4日
(54)【発明の名称】キチン又はキトサンのナノファイバー
(51)【国際特許分類】
   D01F 9/00 20060101AFI20180625BHJP
   C08B 37/08 20060101ALI20180625BHJP
【FI】
   D01F9/00 AZNM
   C08B37/08 A
【請求項の数】12
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-72888(P2014-72888)
(22)【出願日】2014年3月31日
(65)【公開番号】特開2015-193956(P2015-193956A)
(43)【公開日】2015年11月5日
【審査請求日】2016年12月6日
(73)【特許権者】
【識別番号】000000284
【氏名又は名称】大阪瓦斯株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】阪本 浩規
【審査官】 岩本 昌大
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−104768(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F 1/00−6/96,9/00−9/04
C08B 1/00−37/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
キチン又はキトサン、及び含窒素化合物の水酸化物のプロトン性極性溶液(A)を含む混合物に対して、
i)機械的撹拌処理、
ii)超音波処理、
iii)50MPa以上の高圧処理、及び
iv)2mm以下の空隙を通過させる処理
からなる群より選ばれる少なくとも一種の処理を行う工程を含むキチン又はキトサンナノファイバーの製造方法。
【請求項2】
前記含窒素化合物の水酸化物が、4級アンモニウム水酸化物である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記4級アンモニウム水酸化物がテトラメチルアンモニウム水酸化物、テトラエチルアンモニウム水酸化物、テトラプロピルアンモニウム水酸化物、テトラブチルアンモニウム水酸化物、ベンジルトリメチルアンモニウム水酸化物、フェニルトリメチルアンモニウム水酸化物、及びアルキルトリメチルアンモニウム水酸化物からなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記含窒素化合物のプロトン性極性溶液(A)における濃度が、1重量%以上である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記含窒素化合物のプロトン性極性溶液(A)における濃度が、10重量%以上であり、
前記i)〜iv)からなる群より選ばれる少なくとも一種の処理を行った後、得られた混合物にさらにプロトン性極性溶媒(B)を添加し、前記含窒素化合物のプロトン性極性溶液(A)及びプロトン性極性溶媒(B)の混合物における濃度が10重量%未満となるまで希釈する、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記プロトン性極性溶媒(B)が水である、請求項1〜5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記i)〜iv)からなる群より選ばれる少なくとも一種の処理の後、pHが1〜9となるように混合物に酸を添加する、請求項1〜6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
前記酸が有機酸である請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記有機酸が炭素数6以下のカルボン酸、ジカルボン酸又はヒドロキシカルボン酸である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記有機酸が酢酸、プロピオン酸、ギ酸、グリコール酸、乳酸、しゅう酸、グリセリン酸、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸、及びアスコルビン酸から選択される少なくとも1種を含む、請求項8又は9に記載の方法。
【請求項11】
前記キチン又はキトサンのN-アセチル基の置換度が80%以上である、請求項1〜10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
前記キチン又はキトサンが、粒径100μm以上の粒子を50重量%以上含む、請求項1〜11のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キチン又はキトサンのナノファイバーを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
キチン及びキトサンは、高強度、低熱膨張性、吸着性能、生体適合性等の特性を有しており、これらを解繊したナノファイバーは、透明フィルム原料、医療用材料、化粧品原料、樹脂強化剤等の用途が期待できる。
【0003】
従来は、酸性溶液の中で、石臼式摩砕機、高圧ホモジナイザー等を用いて製造する方法が一般的であった(特許文献1)。
【0004】
一方で、樹脂強化剤等として工業化を行うためには、できるだけ粗な原料から、簡易な装置を用いて、長く、アスペクト比の大きいファイバーを製造することが望まれている。
【0005】
濃塩酸や濃無機アルカリに溶解させ、解繊や溶解を行うことも可能であるが、加水分解による分子量低下が発生することも多い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第5186694号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、簡易な装置を用いて、長く、アスペクト比の大きいキチン又はキトサンのナノファイバーを製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、前記課題を達成するため鋭意検討した結果、4級アンモニウム水酸化物等の含窒素化合物水酸化物溶液でキチン又はキトサンを処理し、弱い力又は短時間で、簡易に、安価な原料から、元の長さや分子量を極力損なわずにナノファイバーを製造できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
即ち、本発明は、以下に記載の発明を包含する。
【0010】
項1. キチン又はキトサン、及び含窒素化合物の水酸化物のプロトン性極性溶液(A)を含む混合物に対して、
i)機械的撹拌処理、
ii)超音波処理、
iii)50MPa以上の高圧処理、及び
iv)2mm以下の空隙を通過させる処理
からなる群より選ばれる少なくとも一種の処理を行う工程を含むキチン又はキトサンナノファイバーの製造方法。
【0011】
項2. 前記含窒素化合物の水酸化物が、4級アンモニウム水酸化物である、前記項1に記載の製造方法。
【0012】
項3. 前記4級アンモニウム水酸化物がテトラメチルアンモニウム水酸化物、テトラエチルアンモニウム水酸化物、テトラプロピルアンモニウム水酸化物、テトラブチルアンモニウム水酸化物、ベンジルトリメチルアンモニウム水酸化物、フェニルトリメチルアンモニウム水酸化物、及びアルキル(炭素数2以上18以下)トリメチルアンモニウム水酸化物からなる群より選ばれる少なくとも1種である、前記項2に記載の方法。
【0013】
項4. 前記含窒素化合物のプロトン性極性溶液(A)における濃度が、1重量%以上である、前記項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【0014】
項5. 前記含窒素化合物のプロトン性極性溶液(A)における濃度が、10重量%以上であり、
前記i)〜iv)からなる群より選ばれる少なくとも一種の処理を行った後、得られた混合物にさらにプロトン性極性溶媒(B)を添加し、前記含窒素化合物のプロトン性極性溶液(A)及びプロトン性極性溶媒(B)の混合物における濃度が10重量%未満となるまで希釈する、前記項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【0015】
項6. 前記プロトン性極性溶媒が水である、前記項1〜5のいずれか一項に記載の方法。
【0016】
項7. 前記i)〜iv)からなる群より選ばれる少なくとも一種の処理の後、pHが1〜9となるように混合物に酸を添加する、前記項6に記載の方法。
【0017】
項8. 前記酸が有機酸である前記項7に記載の方法。
【0018】
項9. 前記有機酸が炭素数6以下のカルボン酸、ジカルボン酸又はヒドロキシカルボン酸である、前記項8に記載の方法。
【0019】
項10. 前記有機酸が酢酸、プロピオン酸、ギ酸、グリコール酸、乳酸、しゅう酸、グリセリン酸、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸、及びアスコルビン酸から選択される少なくとも1種を含む、前記項8又は9に記載の方法。
【0020】
項11. 前記キチン又はキトサンのN-アセチル基の置換度が80%以上である、前記項1〜10のいずれか一項に記載の方法。
【0021】
項12. 前記キチン又はキトサンが、粒径100μm以上の粒子を50重量%以上含む、前記項1〜11のいずれか一項に記載の方法。
【0022】
項13. 前記項1〜12のいずれか一項に記載の方法により製造された、太さ100nm以下、長さ1μm以上のキチン、キトサン又はそれらの誘導体のナノファイバー。
【0023】
項14. 水酸基の一部のHが4級アンモニウム又は含窒素複素芳香環カチオンにより置換されている、前記項13に記載のナノファイバー。
【0024】
項15. 前記項13又は14の記載のナノファイバーが水80重量%以上の溶媒に分散された分散体
項16. 前記項14に記載の分散体を噴霧乾燥して得られる、粒径(D50)が20μm以下の粒子。
【発明の効果】
【0025】
本発明の方法によれば、原料と加工費用の両面において低コストでキチン又はキトサンのナノファイバーを製造することができる。また、長さや分子量を損なわずに加工を行えるため、得られたファイバーは引張強度、曲げ強度、衝撃強度、低線膨張、耐熱性等に優れたフィルムや樹脂成形品の原料となり得る。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】実施例1で得られたナノファイバーのSEM画像である。
図2】実施例2で用いた原料の写真である。
図3】実施例2で得られたナノファイバーのSEM画像である。
図4】実施例3で得られたナノファイバーのTEM画像である。
図5】実施例6で得られたナノファイバーのTEM画像である。
図6】実施例7で得られたナノファイバーのTEM画像である。
図7】実施例7で得られたナノファイバーのTEM画像である。
図8】比較例1で得られた固体のSEM画像である。
図9】比較例2で得られた固体のSEM画像である。
図10】比較例3で得られた溶液を用いて行ったTEM観察の結果である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明のキチン又はキトサンのナノファイバーの製造方法では、原料となるキチン又はキトサン及び含窒素化合物の水酸化物のプロトン性極性溶液(A)を含む混合物に対して、
i)機械的撹拌処理、
ii)超音波処理、
iii)50MPa以上の高圧処理、及び
iv)2mm以下の空隙を通過させる処理
からなる群より選ばれる少なくとも一種の処理を行う工程を含む。本発明において、含窒素化合物の水酸化物のプロトン性極性溶液(A)とは、含窒素化合物の水酸化物をプロトン性極性溶媒に溶解した混合物である。
【0028】
このように本発明では、通常酸溶液中で行うキチン又はキトサンナノファイバーの製造を、含窒素化合物の水酸化物のプロトン性極性溶液(A)共存下で行う。長さ、分子量を維持する必要がある場合は、撹拌や超音波等弱い力を加えることにより製造し、短時間高圧又は物理的なせん断を加えることにより、効率よく製造することもできる。
【0029】
1.キチン・キトサン
キチン及びキトサンはN−アセチル−D−グルコサミン及びD−グルコサミンを基本構造とする化合物である。N-アセチル基の置換度が大きいものがキチン、N−アセチル基の置換度が小さいものがキトサンと言われるが、通常キチンでも脱アセチル化された構造が存在し、また、キトサンでもアセチル化された構造が0.1〜30%残っているものが大半である。キチン及びキトサンにおけるN−アセチル基の置換度は、キチン又はキトサンにおける構成単位(N−アセチル−D−グルコサミン及びD−グルコサミン)中のN−アセチル−D−グルコサミンの割合で表される。また、キトサンの脱アセチル化度は、構成単位中のD−グルコサミンの割合で表された値である。
【0030】
本発明の方法ではキチン及びキトサンのいずれからもナノファイバーが得られるが、酸やアルカリへの溶解性が低く、仮に強酸、強アルカリでファイバー化できたとしても分子量が小さくなったり、ファイバーの長さが短くなりがちな、N-アセチル基の置換度が高い(例えば80%以上)もの、即ちキチン構造比率の高いものにも好適に適用できる。キチンはエビ、カニ等から得られるαキチンでもイカから得られる準安定構造のβキチンでもよい。
【0031】
原料となるキチン及びキトサンの大きさは、細かく粉砕されたものを用いた場合迅速にファイバー化できるが、通常高圧処理やホモジナイザーで処理しにくい、数mmのフレーク状のものを用いてもよい。その場合、原料コストが安く、より長いファイバーが得られる可能性がある。原料となるキチン及びキトサンの粒径は、100μm以上の粒径の粒子が50重量%以上含まれていることが好ましい。
【0032】
2.プロトン性極性溶媒
本発明の方法では、キチン又はキトサンをプロトン性極性溶媒を媒体とする溶液に分散させ、前記処理を行う。プロトン性極性溶媒としては、水、アルコール(メタノール、エタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリン等)を挙げることができ、好ましくは水である。
【0033】
前記原料となるキチン又はキトサンに対するプロトン性極性溶媒の使用量は、特に限定的ではないが、例えば、原料となるキチン又はキトサン 1重量部に対して、5重量部以上であれば、ナノファイバー化の途中及びその後において粘度の上昇を抑えることができ、作業を効率的に行うことができる。また、1500重量部以下であれば、より経済的である。
【0034】
3.含窒素化合物の水酸化物
含窒素化合物の水酸化物は、4級アンモニウムの水酸化物;又はピリジニウム類・イミダゾリウム類・トリアゾリウム類・テトラゾリウム類、ピロリウム類を含む含窒素複素芳香環カチオンの水酸化物が挙げられ、4級アンモニウムの水酸化物が好ましい。
【0035】
前記4級アンモニウムの水酸化物としては、テトラメチルアンモニウム、テトラエチルアンモニウム、テトラプロピルアンモニウム、テトラブチルアンモニウム、ベンジルトリメチルアンモニウム、フェニルトリメチルアンモニウム、又はアルキル(炭素数2以上18以下)トリメチルアンモニウム等の水酸化物が挙げられる。中でも、テトラメチルアンモニウム、テトラエチルアンモニウム、テトラプロピルアンモニウム、又はテトラブチルアンモニウムの水酸化物が好ましい。
【0036】
含窒素化合物の水酸化物の前記プロトン性極性溶液(A)における濃度は1重量%以上で使用することが好ましく、解繊度を上げる場合や機械的処理を弱いもので行う場合は10重量%以上が好ましい。含窒素化合物の水酸化物の濃度の上限は特に限定されないが、例えば、60重量%以下であればよい。濃い濃度で前記i)〜iv)の処理をした後に、希釈しながらさらに前記i)〜iv)の処理を行ってもよい。
【0037】
前記プロトン性極性溶液(A)が水溶液の場合、前記i)〜iv)の処理前の水溶液のpHを9〜13(テトラメチルアンモニウムヒドロキシドだと1%強)とすることで、キチン又はキトサンの脱アセチル化を抑え、N−アセチル基の置換度の高いナノファイバーを得ることができる。一方、pHを13〜16とすることで、キチン又はキトサンから効率よくナノファイバーを得ることもできる。本発明の方法では、高いpHで処理を行った場合であっても、水酸化ナトリウム等の無機塩基で処理した場合と比較し、分子量の低下、繊維の切断、脱アセチル化が抑制されると考えられる。また、ナトリウム等の金属成分がキチン又はキトサンの分子内に結合することも起こらないため、アルカリ溶液に溶解することや、希酸に接触した場合に溶解して高粘度化することもないため、濾過による単離が容易であり、繊維の状態のまま洗浄や単離工程を行うことができる。
【0038】
4.処理方法
本発明における処理方法は
i)機械的撹拌、
ii)超音波処理、
iii)50MPa以上の高圧処理、及び
iv)2mm以下の空隙を通過させる処理
から選択される少なくとも1つ、又はこれらを組み合わせて行うことができる。
【0039】
前記i)の機械的撹拌は、マグネティックスターラーやメカニカルスターラー、もしくはペイントシェーカーのような装置で攪拌する処理である。これらの中でも、キチン又はキトサンがナノファイバー化するにつれて高粘度化する傾向にあるため、強力な装置で攪拌することが望ましい。
【0040】
前記ii)の超音波処理に関しても、前記i)と同様の理由で強力なものが望ましく、300W以上の処理装置(例えば、300〜20000W)が好ましい。
【0041】
前記iii)の高圧処理は、高圧をかけて水同士を衝突させる処理、高圧をかけて噴射して固体とぶつける処理等が考えられる。当該高圧処理としては、例えば、細いノズル(例えば、直径0.1〜0.2mm程度)から混合物を噴射する方法等が一般的である。このような方法を用いる場合、ノズルの目詰まりを防止するため、前記i)及びii)から選択される処理を前処理として組み合わせることが好ましい。
【0042】
前記iv)の2mm以下の空隙を通過させる処理は、2mm以下の空隙によりキチン又はキトサンのせん断を行えるものであれば、特に限定されず、特に形状・方法を問わない。具体的には、圧力をかけて固体平面状の隙間を通過させるグラインダー等の装置による方法や圧力をかけて細管又はスリットの隙間を通過させる方法でもよく、スクリューによる強力な撹拌によりメッシュの間を通過させるホモジナイザーによる方法でもよい。空隙の目詰まりを防止するため、前記i)及びii)から選択される処理を前処理として組み合わせることが好ましい。
【0043】
前記i)〜iv)の処理を行う時間は、特に限定的ではないが、1分以上(例えば、1分〜24時間)行えばよい。前記の通り、これらi)〜iv)の処理は、2種以上を組み合わせて行ってもよく、また、同じ処理を複数回行ってもよい。
【0044】
前記プロトン性極性溶液(A)における含窒素化合物の水酸化物の濃度が10重量%以上である場合、前記i)〜iv)の処理を行った後、前記濃度が10重量%未満となるまでプロトン性極性溶媒(B)を添加して希釈することが、処理液の取り扱い(濃度が濃い状態でナノファイバー化すると粘度が高くなる)、安全性、装置の耐久性等の観点より好ましい。プロトン性極性溶媒(B)は、前記2.に記載のプロトン性極性溶媒を用いればよい。
【0045】
また、前記i)〜iv)の処理後、酸で中和を行ってもよい。ただし、酸が強すぎると、加水分解を起こす可能性があるため、プロトン性極性溶媒が水である場合、pH1〜10に調整することが好ましい。酸を加えた後で更に前記i)〜iv)の処理を行ってもよい。特に、処理後のpHを3〜9の範囲とすることにより、その後の工程で分子量が低下することがなく、かつ洗浄も短時間で済む。また、処理後のpHを上記範囲としていれば、仮にキチン・キトサン以外の物質が少量残留しても、ポリ乳酸、PET等のポリエステル類等の加水分解性を起こしやすい樹脂と複合した場合でも残留物質を原因とする加水分解を起こしにくい。
【0046】
中和に用いる酸は、塩酸、硫酸、硝酸、各種有機酸等を例示できるが、有機酸が好ましく、その中でも水溶性の高い炭素数6以下のカルボン酸、ジカルボン酸、ヒドロキシカルボン酸がより好ましい。特に、除去しやすさ、キチン・キトサンとの親和性などの観点から、酢酸、プロピオン酸、ギ酸、グリコール酸、乳酸、シュウ酸、グリセリン酸、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸、及びアスコルビン酸からなる群より選ばれる少なくとも1種を使用することが好ましく、加熱により酸の除去を行う場合は、酢酸、プロピオン酸、ギ酸、又はシュウ酸が加熱による除去が容易である点で好ましい。
【0047】
5.キチン・キトサンナノファイバー
本発明の方法により得られるキチン又はキトサンのナノファイバーは長く、アスペクト比が大きい。例えば、得られるナノファイバーの太さは好ましくは100nm以下である。長さは好ましくは1μm以上である。アスペクト比は好ましくは20以上である。ナノファイバーの長さ、太さ、アスペクト比は電子顕微鏡観察(SEM、TEM等)により測定することができる。
【0048】
キチン又はキトサンのナノファイバーは、用いた含窒素化合物の水酸化物に含まれるカチオン(4級アンモニウム、ピリジニウム等の含窒素複素芳香環カチオン)により、一部の水酸基のプロトンが置換されていてもよい。
【0049】
前記処理により製造されたキチン又はキトサンナノファイバーは、処理後の分散体をそのまま用いてもよいが、濾過等によりキチン又はキトサンナノファイバーを溶液と分離し、適宜分離したナノファイバーをプロトン性極性溶媒(好ましくは水)により洗浄することが好ましい。
【0050】
本発明の含窒素化合物の水酸化物として、4級アンモニウム水酸化物を用いた場合、ナノファイバーの洗浄を行わなくとも、得られたナノファイバーを加熱・乾燥することにより4級アンモニウムの分解・除去を行ってもよい。例えば、テトラメチルアンモニウムヒドロキシドでは、約150℃以上に加熱することで分解することができる。
【0051】
上記の方法により濾過及び洗浄したキチン又はキトサンのナノファイバーを再度溶媒に分散させ、分散体を用いることもできる。再分散に用いる溶媒は、水、アルコール等の極性溶媒を挙げることができ、水を80重量%以上含む溶媒であることが好ましい。このように洗浄後のナノファイバーの分散体を用いて、種々の用途に適用することができる。
【0052】
キチン又はキトサンのナノファイバー分散体を噴霧乾燥することにより、キチン又はキトサンのナノファイバーを粒径の小さな粒子(好ましくは粒径(D50)が20μm以下)として得ることができる。このような粒子は、例えば、樹脂にキチン又はキトサンのナノファイバーを混練する場合に好適である。
【実施例】
【0053】
以下に、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0054】
実施例
キチン(シグマ−アルドリッチ社製;エビ殻由来、シグマC7170、パウダー状) 0.1gにテトラメチルアンモニウムヒドロキシド25%水溶液 5gを加え、撹拌を行った。その後、水 5gを加え、400Wの超音波分散装置で1分処理を行った。さらに水 100gを加え、撹拌、400Wの超音波分散装置で超音波分散3分を行い、濾過、洗浄を行った。
【0055】
SEM観察により長さ、TEM観察により太さを確認した結果、太さ約10〜20nm、長さは少なくとも2μm以上のナノファイバーが観察された(図1)。
【0056】
実施例2
キチン(東京化成工業株式会社製;C0072、3mm程度のフレーク状)(図2) 0.1gにテトラメチルアンモニウムヒドロキシド25%水溶液 10gを加え、撹拌を行った。400Wの超音波分散装置で1分処理を行った。さらに水 100gを加え、撹拌、400Wの超音波分散装置で超音波分散3分を行い、濾過、洗浄を行った。
【0057】
SEM観察により長さ、TEM観察により太さを確認した結果、太さ10〜20nm、長さは少なくとも3μm以上のナノファイバーが観察された(図3)。
【0058】
このように、高圧分散装置などで処理できない粗粉砕されたキチンを原料としても、ファイバーを作製することができるため、長い繊維が得られることが期待できる。
【0059】
実施例3
キチン(和光純薬株式会社製;038-13635)を使用し、実施例2と同様に試験を行った。
【0060】
SEM観察により長さ、TEM観察により太さを確認した結果、太さ10〜20nm、長さ3μm以上のファイバーが得られた(図4)。
【0061】
実施例4
テトラメチルアンモニウムヒドロキシド25%水溶液 5gをテトラエチルアンモニウムヒドロキシド20%水溶液 10gに変え、実施例1と同様に実験を行った。
【0062】
その結果、太さ約10〜20nm、長さは少なくとも2μm以上のナノファイバーが得られた。
【0063】
実施例5
キチン(シグマ−アルドリッチ社製;エビ殻由来、シグマC7170、パウダー状) 0.1gにテトラブチルアンモニウムヒドロキシド40%水溶液 5gを加え、撹拌を行った。その後、水 5gを加え、400Wの超音波分散装置で1分処理を行った。ここで酢酸をpH6になるまで加え、撹拌、400Wの超音波分散装置で超音波分散3分を行い、濾過および漏斗上で減圧濾過をしながらろ液がpH7になるまで洗浄を行った。
【0064】
その結果、太さ約10〜20nm、長さは少なくとも2μm以上のナノファイバーが観察された。
【0065】
このように有機酸で中和しながら洗浄を行うことにより、洗浄が簡易になり、排水も少なくなるメリットがある。
【0066】
実施例6
キチン(甲陽ケミカル製) 0.2gにテトラエチルアンモニウムヒドロキシド35%水溶液 20gを加え、撹拌を行った後、400Wの超音波分散装置で1分間処理を行った。さらに水 60gを加え、撹拌を行った後、同様に400Wの超音波分散装置で1分間処理を行った。この時点でpHは13.5であった。
【0067】
この後、酢酸を5.5g加えたところ、pH5.0となり、さらに酢酸 1.5gを追加したが、pHは4.8でファイバー状を保っていた。
【0068】
このキチンを含む液を濾過し、純水で洗浄した後、100gの水で再度分散した。
【0069】
得られた物質のTEM観察を行った結果、太さ50nm以下のファイバーが生成していた(図5)。
【0070】
つまり、強アルカリ中で処理を行っているにも関わらず、水酸化ナトリウムや水酸化カリウムなどによる処理と異なり、ファイバーの断裂や過剰な脱アセチル化が生じていないことがわかる。
【0071】
実施例7
キトサン(和光純薬株式会社製 キトサン500; 脱アセチル化度 80%以上) 1gにテトラメチルアンモニウムヒドロキシド25%水溶液 10gを加え、12時間撹拌を行った。
【0072】
さらに400Wの超音波分散装置で1分処理を行った。
【0073】
この液を濾過し、水による洗浄と濾過を繰り返し、ファイバー状の物質を得た。
【0074】
TEMによりファイバー状の物質が観察され、一部バンドル化が起こっているものの、単一のファイバーの太さは約20nmであった(図6〜7)。
【0075】
比較例1
キチン(シグマ−アルドリッチ社製;エビ殻由来、シグマC7170、パウダー状) 0.1gに水 10gを加え、撹拌を行い、400Wの超音波分散装置で1分間処理を行った。さらに水 100gを加え、撹拌、400Wの超音波分散装置で超音波分散3分を行い、濾過、洗浄を行った。
【0076】
SEM観察を行った結果、極わずかにナノファイバーが見られたが、粗大粒子が多く見られた(図8)。
【0077】
比較例2
キチン(東京化成工業株式会社製;C0072、3mm程度のフレーク状)(図2) 0.1gに水 10gを加え、撹拌を行い、400Wの超音波分散装置で1分間処理を行った。さらに水 100gを加え、撹拌、400Wの超音波分散装置で超音波分散3分を行い、濾過、洗浄を行った。
【0078】
SEM観察を行った結果、実施例2のような均一なナノファイバーは得られず、元々が大きいフレーク状の原料であるため、比較例1よりさらに多く粗大粒子が多く見られた(図9)。
【0079】
比較例3
キトサン(和光純薬株式会社製 キトサン500; 脱アセチル化度 80%以上) 0.1gに酢酸25%水溶液 1gと水 20gを加え撹拌を行ったところ、均一に溶解し、透明溶液が得られた。
【0080】
この溶液を100倍に希釈し、400Wの超音波分散装置で1分間超音波分散を行った液を用いてTEM観察を行ったが、ファイバー状の物質は観察されなかった(図10)。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10