(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
従来、地震時や暴風時などの非常時の荷重エネルギーを吸収可能な各種構造が研究、開発されている。エネルギー吸収能力を有するRC(鉄筋コンクリート)またはPC(プレキャスト)架構の場合、非常時の荷重に対して弾性範囲内で変形し、降伏しない高強度の曲げ引張鋼材と、非常時の荷重のエネルギーを熱に変換して吸収するダンパーとがそれぞれ、別個の部材として設けられていた。しかし、従来のRCまたはPC架構のようにダンパーと曲げ引張鋼材とが別個に設けられる構成では、ダンパーが構造躯体外部に配置され当該ダンパーを隠すための壁が必要となったり、人間の動線の邪魔になったりという設計上の制約が生じてしまう。
【0003】
そこで、プレストレストコンクリート部材に関し、プレストレス導入のための鋼材を形成するほかに、プレストレス導入の際に降伏時ひずみを超えてまたは応力度が降伏点応力度近傍となるように引張力が導入される鋼材を形成する従来例がある。しかし、この従来例では、2種類の鋼材を必要とするから、現場施工点数の増加によって作業効率が低下するとともに施工品質の安定性の確保が困難となる。
また、焼入れした棒鋼を表面のみ焼き戻すことにより、表面から所定の深さまでが低強度部とされ、低強度部の内側は高強度部とされた鋼材の従来例があるが、この従来例では、低強度部および高強度部のそれぞれの強度やこれらの強度差、低強度部の深さなどを均一に管理することが難しく、施工品質の安定性の確保が課題となる。
【0004】
以上に鑑みて、地震等の荷重エネルギーを吸収可能なうえ、現場での施工点数が増えず、施工品質の安定性の確保が容易な曲げ引張鋼材を提供するために、軸方向両端側の部分がそれぞれ構造躯体に固定される鋼管と、鋼管に挿入され、両端部がそれぞれ鋼管の端部に固定される棒鋼と、鋼管の両端部にそれぞれ設けられ棒鋼を鋼管に固定するとともに、鋼管が圧縮された際に棒鋼を軸方向外側から軸方向内側に向かって押さえる固定部材と、を備え、鋼管は、棒鋼の強度よりも高強度であり、棒鋼は、鋼管の降伏点よりも低降伏点である鋼材の従来例がある(特許文献1)。
特許文献1の従来例では、降伏点とエネルギー消費量とを両方大きく確保できる上、
棒鋼ではなく鋼管が高強度鋼材とされているため、棒鋼の強度が鋼管の強度よりも高強度とされた場合と比較して、圧縮力作用時に高強度鋼材が降伏せずに棒鋼を拘束する弾性範囲を大きく確保できる。そのため、降伏点とエネルギー消費量との両方をより大きく確保できるので、地震時や暴風時などの非常時の荷重エネルギーを十分に吸収できる。また、鋼管および棒鋼が予め組み立てられて鋼材が形成されるため現場での施工点数が増えず、施工品質の安定性の確保が容易となるという利点もある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一般的に、エネルギー消費性能、つまり、ダンパー効果を期待できるような低降伏点の材料は高価である。
特許文献1の従来例では、ダンパー効果を得るための棒鋼は、その全ての範囲において鋼管の降伏点よりも低降伏点の領域とされている。
すなわち、特許文献1の従来例では、1本の棒鋼が同じ低降伏点の領域とされているため、鋼材の製造コストが高いものとなる。
【0007】
本発明は、地震等の荷重エネルギーを吸収可能なうえ、現場での施工点数が増えず、施工品質の安定性の確保が容易であり、しかも、製造コストが低い鋼材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の鋼材は、軸方向両端側の部分がそれぞれ構造躯体に固定される鋼管と、前記鋼管に挿入され、両端部にそれぞれ
雄ねじ部が形成される棒鋼と、前記鋼管の両端部
の雄ねじ部にそれぞれ
螺合されるナットを有し前記棒鋼を前記鋼管に固定するとともに、前記鋼管が圧縮された際に前記棒鋼を軸方向外側から軸方向内側に向かって押さえる固定部材と、を備え、前記棒鋼は、前記鋼管の降伏点または0.2%耐力よりも低い低降伏点領域と前記鋼管の降伏点または0.2%耐力と同じあるいは前記鋼管の降伏点または0.2%耐力より高い高降伏点領域とが軸方向に並んで配置され、
前記高降伏点領域と前記低降伏点領域とにはそれぞれ前記雄ねじ部が配置されていることを特徴とする。
【0009】
この構成の発明では、荷重のエネルギーが構造躯体に作用することにより鋼管に引張力が作用したり、圧縮力が作用したりすると、固定部材によって棒鋼と鋼管とが一体になっているため、棒鋼の低降伏点領域の降伏点を超える荷重が加わる。棒鋼の低降伏点領域が降伏した後も、棒鋼の高降伏点領域と鋼管とは弾性範囲内で変形するため、鋼管の低降伏点領域の降伏点に棒鋼による負担分を加えた鋼材全体としての大きな降伏点が得られる。
また、降伏後の棒鋼の低降伏点領域は、荷重による応力が増加することなく鋼管により拘束された状態でひずみだけが増加するため、荷重の載荷および除荷によるヒステリシスを大きく確保できる。この棒鋼の履歴性状に対応する荷重エネルギーが消費されることから、エネルギー消費量を大きくできる。
以上のように、本発明では鋼管が棒鋼よりも高強度とされ、かつ棒鋼の低降伏点領域が高降伏点領域や鋼管よりも低降伏点とされていることによって、前述のように鋼材全体としてのエネルギー消費量を大きくできる。
【0010】
しかも、鋼管および棒鋼のそれぞれの端部同士を適宜な固定手段によって固定することにより、現場施工前にこれらの鋼管および棒鋼を一体化することが可能となるので、現場での施工点数が増えない。また、鋼管および棒鋼のそれぞれの強度を管理すればよいため、一部材の内部に高強度部と低降伏点部とが形成される場合よりも部品の品質を保証しやすい。これらの点で、施工品質の安定性の確保が容易となる。
その上、本発明では、棒鋼の低降伏点領域が一部のみの形成されているため、棒鋼の全てを低降伏点領域とする場合に比べて、製造コストを低いものにできる。
【0011】
ここで、本発明
に関連する鋼材では、前記高降伏点領域は、前記棒鋼の両端部にそれぞれ設けられ、前記低降伏点領域は前記棒鋼の中央部に設けられる構成が好ましい。
この構成では、棒鋼の両端部を高降伏点領域としたので、固定部材を用いて鋼管に一体にすることを容易に行うことができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明では、地震等の荷重エネルギーを吸収可能なうえ、現場での施工点数が増えず、施工品質の安定性の確保が容易であり、しかも、製造コストが低いものにできる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の一実施形態について図面を参照して説明する。
図1は、本実施形態における鋼材を示す一部破断側面図である。この鋼材は、曲げ引張鋼材体10と、曲げ引張鋼材体10における軸方向一端側の部分を構造躯体の取付プレート9に取付固定する取付ナット20と、曲げ引張鋼材体10における軸方向一端部に設けられる固定部材としての第1袋ナット30と、曲げ引張鋼材体10の軸方向他端部に設けられて曲げ引張鋼材体10を構造躯体の取付プレート9に取付固定する固定部材としての第2袋ナット40とを備えている。
なお、取付ナット20と取付プレート9との間にはワッシャー21が介装され、第2袋ナット40と取付プレート9との間にはワッシャー41が介装されている。
【0015】
図2は、曲げ引張鋼材体10の側面図である。曲げ引張鋼材体10は、鋼管11(
図3)と、鋼管11に挿入される棒鋼12(
図4)と、これらの鋼管11と棒鋼12とを固定する棒鋼固定ナットとしての丸ナット13(
図2)とを有している。
鋼管11は、高強度鋼材により形成され、
図1および
図3のように鋼管11の両端部の端縁から取付プレート9に固定される位置までを含む部分にはそれぞれ、鋼管雄ねじ部111が形成されている。
【0016】
ここで、鋼管11は、棒鋼12の強度よりも高強度であり、鋼管11の強度は、降伏点または0.2%耐力が390N/mm
2を超えるか、もしくは引張強さが490N/mm
2を超えるように設定されている。本実施形態において、「高強度」とは、降伏点または0.2%耐力が390N/mm
2を超えるか、もしくは引張強さが490N/mm
2を超えることを言う。
本実施形態では、建築学会の鉄筋コンクリート造設計基準書において規定された降伏点と0.2%耐力の材料を用いている。つまり、降伏点または0.2%耐力が390N/mm
2に相当する鋼材は、例えば、鉄筋コンクリート造用の異形鉄筋SD390である。建築学会の鉄筋コンクリート造の設計基準書において、SD390までは許容応力度が決められている。引張強さが490N/mm
2に相当する鋼材は、例えば、鉄骨造用の鋼材SN490(SM490)である。建築学会の鉄骨造の設計基準書において、このSN490(SM490)までは許容応力度が決められている。
以上から、降伏点または0.2%耐力が390N/mm
2を超えるほど高降伏点領域が高強度の場合、または引張強さが490N/mm
2を超えるほど高降伏点領域が高強度である場合に、鋼材全体としての降伏点をより高くできる。
【0017】
図2および
図4に示される通り、棒鋼12は、鋼管11の端部から突出する棒鋼雄ねじ部121が形成されている。
図4のように、棒鋼12は、鋼管11の降伏点よりも低降伏点である低降伏点領域Aと鋼管11の降伏点と同じ高降伏点領域Bとが軸方向に並んで配置されている。これらの低降伏点領域Aと高降伏点領域Bとは同じ断面積である。
低降伏点領域Aは、その降伏点または0.2%耐力が高降伏点領域Bの降伏点または0.2%耐力より小さい。
低降伏点領域Aは、棒鋼12の一端からの長さがL
Aであり、高降伏点領域Bは、棒鋼12の他端からの長さがL
Bである。L
A+L
Bは棒鋼12の全体の長さLとなる。
【0018】
本実施形態では、棒鋼12における低降伏点領域Aと高降伏点領域Bとの配置は
図4に示される構造に限定されるものではない。
例えば、
図5(A)のように、高降伏点領域Bを、棒鋼12の両端部にそれぞれ設け、低降伏点領域Aを棒鋼12の中央部に設ける構成でもよい。
2カ所の高降伏点領域Bのうち一方の高降伏点領域Bは、棒鋼12の一端からの長さがL
B1であり、他方の高降伏点領域Bは、棒鋼12の他端からの長さがL
B2である。高降伏点領域Bの合計の長さL
BはL
B1+L
B2であり、この合計の長さL
Bと低降伏点領域Aの長さL
Aとを合計すると、棒鋼12の全体の長さLとなる。高降伏点領域Bの長さL
B1と長さL
B2とは同じであっても異なっていてもよい。
さらに、
図5(B)のように、低降伏点領域Aを、棒鋼12の両端部にそれぞれ設け、高降伏点領域Bを棒鋼12の中央部に設ける構成でもよい。
2カ所の低降伏点領域Aのうち一方の低降伏点領域Aの一端からの長さがL
A1であり、他方の低降伏点領域Aの他端からの長さがL
A2である。低降伏点領域Aの合計の長さL
AはL
A1+L
A2であり、この合計の長さL
Aと高降伏点領域Bの長さL
Bとは
図4の例と同じ関係となる。
【0019】
ここで、低降伏点領域Aの長さL
Aと高降伏点領域Bの長さL
Bとの比率は、低降伏点領域Aの塑性変形能力の大小により決定される。つまり、低降伏点領域Aの一様伸びが大きいほど低降伏点領域Aの必要長さは小さくなる。本実施形態では、一様伸びが40%以上50%以下(破断伸びで60%以上80%以下)確保できる低降伏点領域Aの鋼材を用意する。
また、エネルギーの消費能力は、低降伏点領域Aの降伏点または0.2%耐力と高降伏点領域Bの降伏点または0.2%耐力の差に大きく影響を受ける。つまり、低降伏点領域Aの降伏点または0.2%耐力が小さいほど、または、高降伏点領域Bの降伏点または0.2%耐力が大きいほどエネルギーの消費能力は大きくなる。ここで、低降伏点領域Aの降伏点または0.2%耐力と高降伏点領域Bの降伏点または0.2%耐力との比は、低降伏点領域Aを基準にして降伏の比が1:2以上1:16以下、好ましくは、1:3以上1:15以下、より好ましくは1:13である。例えば、低降伏点領域Aを基準にした降伏の比が1:3以上1:15以下の場合は、低降伏点領域Aの降伏点または0.2%耐力が100N/mm
2程度のものから240N/mm
2程度のものの鋼材と、高降伏点領域Bの降伏点または0.2%耐力が785N/mm
2程度のものから1300N/mm
2程度のものの鋼材との組み合わせからなる。降伏の比が1:13の場合は、低降伏点領域Aの降伏点または0.2%耐力が100N/mm
2程度の鋼材と高降伏点領域Bの降伏点または0.2%耐力が1300N/mm
2程度の鋼材の組み合わせからなる。
なお、低降伏点領域Aの棒鋼全長に対する比は、低降伏点領域Aを基準にした高降伏点領域Bの降伏の比、その他の条件で変わるが、概ね、1/10以上1/2以下である。
【0020】
本実施形態のように、低降伏点領域Aと高降伏点領域Bとが併存する棒鋼12が従来例の棒鋼に比べて効果を有することを
図6から
図11に基づいて説明する。
図6から
図8に基づき本実施形態について説明する。
図6は本実施形態の棒鋼12のモデルを示す。棒鋼12は、ヤング率Eが2.06×10
5N/mm
2のPC鋼棒である。
図6において、L
Aは低降伏点領域Aの引張前の長さであり、L
Bは高降伏点領域Bの引張前の長さである。ここで、低降伏点領域Aと高降伏点領域Bとの断面形状が同じ円形である。
【0021】
図6において、棒鋼12の軸方向に外力P
Aを付加すると、低降伏点領域Aの伸びた長さはΔL
Aであり、高降伏点領域Bの伸びた長さはΔL
Bであるので、棒鋼12の全体の伸びた長さはΔL(=ΔL
A+ΔL
B)となる。そのため、外力P
Aが付加されると、低降伏点領域Aは、長さL
AからL
A’(=L
A+ΔL
A)となり、高降伏点領域Bは長さL
BからL
B’(=L
B+ΔL
B)となり、棒鋼12の全体の長さはLからL’(=L+ΔL)となる。
棒鋼12の全体の歪みは、ε(=ΔL/L)であり、低降伏点領域Aの歪みは、ε
A(=ΔL
A/L
A)であり、高降伏点領域Bの歪みは、ε
B(=ΔL
B/L
B)である。
【0022】
図7(A)には、低降伏点領域Aと高降伏点領域Bとが配置された本実施形態の棒鋼12の荷重と伸びとの関係を示すグラフが示され、
図7(B)には、低降伏点領域Aにおける荷重と伸びとの関係を示すグラフが示され、
図7(C)には、高降伏点領域Bにおける荷重と伸びとの関係を示すグラフが示されている。
図7(B)に示される通り、低降伏点領域Aでは、弾性限界を示す位置ΔL
Ayにおいて外力P
AがP
Ayとなり、外力P
Aは、弾性限界を示す位置ΔL
Ayを過ぎると、荷重P
AyのままΔL
APの位置まで塑性変形する。塑性変形量はD(=ΔL
AP−ΔL
Ay)である。
【0023】
図7(C)に示される通り、高降伏点領域Bでは、荷重P
Ayとなる位置まで弾性変形することになり、この際の伸びはΔL
Byである。
本実施形態は、低降伏点領域Aと高降伏点領域Bとが棒鋼12に並んで配置されるものであるため、荷重と伸びとの関係は、
図7(B)と
図7(C)とが合わさったものとなる。つまり、
図7(A)で示される通り、低降伏点領域と高降伏点領域とを有する棒鋼12では、弾性限界を示す位置ΔL
yは、
図7(B)の弾性限界を示す位置ΔL
Ayと
図7(C)の弾性限界を示す位置ΔL
Byとを合算した値(ΔL
y=ΔL
Ay+ΔL
By)であり、この位置ΔL
yを超えると、荷重P
Ayの値のままΔL
P(=ΔL
AP+ΔL
By)の位置まで塑性変形する。
【0024】
図8(A)には、低降伏点領域Aと高降伏点領域Bとが配置された本実施形態の棒鋼12の荷重と歪みとの関係を示すグラフが示され、
図8(B)には、低降伏点領域Aにおける荷重と歪みとの関係を示すグラフが示され、
図8(C)には、高降伏点領域Bにおける荷重と歪みとの関係を示すグラフが示されている。
図8(B)に示される通り、低降伏点領域Aでは、弾性限界時における外力P
AがP
Ayとなり、その際の歪みがε
Ayとなる(ε
Ay=ΔL
Ay/L)。さらに、伸びがΔL
APの時の歪みはε
APとなる(ε
AP=ΔL
AP/L
A)。
図8(C)に示される通り、高降伏点領域Bでは、弾性限界時における外力がP
Ayとなる時の歪みがε
B(ε
Ay時)である(ε
B(ε
Ay時)=ΔL
B(ΔLAy時)/L
B)。
本実施形態は、低降伏点領域Aと高降伏点領域Bとが棒鋼12に並んで配置されるものであるため、荷重と歪みとの関係は、
図8(A)となる。
図8(A)で示される通り、低降伏点領域Aの弾性限界時の外力P
AがP
Ayとなる歪みがε
yとなり(ε
y=ΔL
y/L)、全体の歪みがε
Pとなる(ε
P=ΔL
P/L)。
【0025】
これに対して、特許文献1で示される従来例の棒鋼を、
図9から
図11に基づき説明する。
図9は従来例の棒鋼のモデルを示す。棒鋼は、ヤング率Eが2.06×10
5N/mm
2のPC鋼棒である。
図9において、L
Aは低降伏点領域Aの引張前の長さであり、これは、棒鋼の引張前の全体の長さである。
図9において、棒鋼の軸方向に外力P
Aを付加すると、棒鋼の伸びた長さはΔL
Aとなる。外力P
Aが付加されると、棒鋼は、長さL
AからL
A’(=L
A+ΔL
A)となる。
棒鋼の全体の歪みは、ε(=ΔL/L)である。
【0026】
図10は
図7に対応したグラフである。
図10(A)には、従来例の棒鋼の荷重と伸びとの関係を示すグラフが示され、
図10(B)には、低降伏点領域における荷重と伸びとの関係を示すグラフが示され、
図10(C)には、高降伏点領域における荷重と伸びとの関係を示すグラフが示されている。従来例は、低降伏点領域のみの棒鋼であるため、
図10(A)と
図10(C)とは同じであり、
図10(C)で示される高降伏点領域は、従来例にはないので、
図10(C)には実質的なグラフ(線)が示されていない。
図10(A)(B)に示される通り、従来例の棒鋼では、弾性限界を示す位置ΔL
yを超えると、荷重P
Ayの値のままΔL
Pの位置まで塑性変形する。塑性変形量はDである。
【0027】
図11は
図8に対応したグラフである。
図11(A)には、従来例の棒鋼の荷重と歪みとの関係を示すグラフが示され、
図11(B)には、低降伏点領域における荷重と歪みとの関係を示すグラフが示され、
図11(C)には、高降伏点領域における荷重と歪みとの関係を示すグラフが示されている。従来例は、低降伏点領域のみの棒鋼であるため、
図11(A)と
図11(B)とは同じであり、
図11(C)に示される高降伏点領域は、従来例にはないので、
図11(C)には実質的なグラフ(線)が示されていない。
図11(A)(B)に示される通り、低降伏点領域のみからなる従来例の棒鋼では、弾性限界時の歪みがε
Ayであり、低降伏点領域の歪みがε
APの時の全体の歪みがε
P(=ε
Ay)となる。
【0028】
図8(A)に示される通り、低降伏点領域Aと高降伏点領域Bとの双方を有する本実施形態の棒鋼12では、
図10(A)で示される低降伏点領域のみからなる従来例の棒鋼と同様に、低降伏点領域の弾性限界時から荷重P
Ayが一体の値に維持されて塑性変形が続くことになる。さらに、
図8(A)で示される通り、本実施形態の棒鋼12では、
図11(A)で示される従来例の棒鋼と同様に、低降伏点領域の弾性限界時から歪みが一定となる。
即ち、本実施形態の棒鋼12は従来例の棒鋼と同じ変形量ΔLで、外力P
Aも荷重P
Ayであるので、エネルギー消費量は同じである。これは、鋼棒の一部に高降伏点領域があっても、全てが低降伏点領域の場合に比べて大きな効果の差がないことを示す。
図4で示される棒鋼12を製造するには、低降伏点領域Aからなる鋼材と、高降伏点領域Bからなる鋼材とを、圧接、摩擦圧接、溶接、接着剤、ねじ止め等によって接合する。
【0029】
本実施形態の鋼材を組み立てるには、まず、鋼管11内に棒鋼12を挿入し、各棒鋼雄ねじ部121にそれぞれ丸ナット13を螺合する。この際、丸ナット13の座面と鋼管11の端面とが密着するまで丸ナット13をきつくねじ込む。このように鋼管11と棒鋼12とが一体化されることにより、曲げ引張鋼材体10が組み立てられる。
次に、曲げ引張鋼材体10をRC、PC架構、ブレース架構などの各種の構造躯体の取付プレート9,9に配置し、曲げ引張鋼材体10の一端側からワッシャー41を介して第2袋ナット40を鋼管雄ねじ部111に螺合する。この際、第2袋ナット40の底面40Aと丸ナット13とを密着させる。
このように一方の取付プレート9に曲げ引張鋼材体10が固定されたら、曲げ引張鋼材体10の他端側からワッシャー21を介して取付ナット20を鋼管雄ねじ部111に螺合し、所定のトルクで締め付ける。このように取付プレート9,9に曲げ引張鋼材体10の両端側が固定されたら、第1袋ナット30を鋼管雄ねじ部111に螺合する。この際、第1袋ナット30の底面30Aと丸ナット13とを密着させる。以上により、本実施形態の鋼材が
図1のように組み立てられる。
【0030】
本実施形態において、地震時や暴風時などの非常時の荷重エネルギーが取付プレート9に作用することによって曲げ引張鋼材体10自体に引張力が作用すると、取付プレート9に固定された鋼管11と、鋼管11に丸ナット13で固定された棒鋼12とが伸びる。
一方、鋼管11に圧縮力が作用した際には、鋼管11が弾性範囲内で圧縮変形するとともに、鋼管11に作用した圧縮力が第1袋ナット30および丸ナット13を介して棒鋼12に伝達される。すなわち、第1袋ナット30が棒鋼12を軸方向外側から軸方向内側に向かって押さえるため、棒鋼12は鋼管11の端部から飛び出したり撓むことなく、鋼管11内に拘束された状態で圧縮される。
【0031】
以上の本実施形態によれば、主に、次のような効果が得られる。
(1)曲げ引張鋼材体10が高強度の鋼管11と低降伏点領域Aを一部に含む棒鋼12によるハイブリッド鋼材であって、鋼管11における歪みと棒鋼12における歪みとが合成される結果、降伏点とエネルギー消費量とを両方大きく確保できる。その上、棒鋼12に高降伏点領域Bが含まれるとともに、鋼管11が高強度とされているため、棒鋼12の強度が鋼管11の強度よりも高強度とされた場合と比較して、圧縮力作用時に高強度鋼材が降伏せずに棒鋼12を拘束する弾性範囲を大きく確保できる。
以上の理由から降伏点とエネルギー消費量との両方をより大きく確保できるので、地震時や暴風時などの非常時の荷重エネルギーを十分に吸収できる。
【0032】
(2)鋼管11および棒鋼12が予め組み立てられて曲げ引張鋼材体10が形成されるため現場での施工点数が増えず、施工品質の安定性の確保が容易となる。
(3)棒鋼12の低降伏点領域Aが一部のみ形成されているため、棒鋼12の全てを低降伏点領域とする特許文献1の従来例の場合に比べて、製造コストを低いものにできる。
【0033】
(4)高降伏点領域Bを棒鋼12の両端部にそれぞれ設け、低降伏点領域Aを棒鋼12の中央部に設けるとともに、低降伏点領域Aの間に配置しているので、固定部材である第1袋ナット30および第2袋ナット40を用いて鋼管11に一体にすることを容易に行うことができる。
【0034】
なお、本発明は前述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれるものである。
前記実施形態では、高降伏点領域Bの降伏点を鋼管11の降伏点と同じとしたが、本発明では、高降伏点領域Bと鋼管11との降伏点が相違するものでもよい。
さらに、低降伏点領域Aと高降伏点領域Bとの断面積(太さ)を相違させるものでもよい。例えば、低降伏点領域Aは、その断面形状を変更することが容易であるため、太さを変えることで、エネルギー消費能力をコントロールすることができる。
また、本発明では、棒鋼12を製造するために、全体が低降伏点領域Aと同じ降伏点の鉄筋用棒状体を用意し、この鉄筋用棒状体の一端部側を熱処理して高降伏点領域Bを形成するものでもよい。
【0035】
前記実施形態において、鋼管11の端部と棒鋼12の端部とは丸ナット13により固定されていたが、鋼管の端部と棒鋼の端部との固定手段はこのようなねじによる固定手段には限定されない。
前記実施形態では曲げ引張鋼材体10の一端側において、曲げ引張鋼材体10を取付プレート9に取付固定するための取付ナット20と、棒鋼12の飛び出しを押さえる第1袋ナット30とが別々に設けられていたが、鋼管11の端縁から取付プレート9への取付位置までの長さが一定の場合には、これら取付ナット20と第1袋ナット30とが一体に形成されていてもよい。
前記実施形態では第2袋ナット40が取付プレート9への固定手段と、鋼管11から飛び出さないように棒鋼12を押さえる手段とを兼ねていたが、これに限らず、第2袋ナット40の代わりに、取付ナット20および第1袋ナット30が設けられていても良い。
なお、構造躯体に曲げ引張鋼材を固定する手段は、前記実施形態の取付ナット20や第2袋ナット40に限らず、適宜な手段であってよい。
【0036】
そして、本発明の高強度鋼管および低降伏点棒鋼を備える鋼材は、RCにおける主筋やPC架構、ブレース架構などに適用できる。ここで、ブレース架構は従来エネルギー吸収機構を備えていなかったため、ブレース部材の断面に余裕を持たせる設計が必要であったが、本発明の鋼材をブレース部材として使用することによってエネルギー吸収能力を備えたブレース架構が実現するので、ブレース断面が過大とならない。