特許第6352787号(P6352787)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6352787
(24)【登録日】2018年6月15日
(45)【発行日】2018年7月4日
(54)【発明の名称】摺動部材、ハウジング及び軸受装置
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/06 20060101AFI20180625BHJP
   F16C 33/12 20060101ALI20180625BHJP
   F16C 17/02 20060101ALI20180625BHJP
   F16C 33/24 20060101ALI20180625BHJP
【FI】
   C23C14/06 F
   F16C33/12 Z
   F16C17/02 Z
   F16C33/12 A
   F16C33/24 Z
【請求項の数】10
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-244922(P2014-244922)
(22)【出願日】2014年12月3日
(65)【公開番号】特開2016-109165(P2016-109165A)
(43)【公開日】2016年6月20日
【審査請求日】2017年8月4日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】591001282
【氏名又は名称】大同メタル工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000567
【氏名又は名称】特許業務法人 サトー国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】稲見 茂
(72)【発明者】
【氏名】マカリース コリン
【審査官】 今井 淳一
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭63−053255(JP,A)
【文献】 特開昭62−089868(JP,A)
【文献】 特開2006−177449(JP,A)
【文献】 特開2003−090343(JP,A)
【文献】 特表2012−500365(JP,A)
【文献】 特開2012−067900(JP,A)
【文献】 特開2010−084821(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 33/12
F16C 17/02
F16C 33/24
C23C 14/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
裏金層と、前記裏金層の一方の面側に設けられている軸受合金層と、前記裏金層の少なくとも前記軸受合金層と反対側の面に設けられているDLC層と、を備える摺動部材において、
前記DLC層は、硬さが1000HV以下であり、赤外線分光分析において、化学的に異なる結合状態に起因する下記の波数(1)から波数(5)の吸収波数を含んでおり、
波数(1)2800〜3100cm-1
波数(2)1500〜1800cm-1
波数(3)1200〜1500cm-1
波数(4)3300〜3600cm-1
波数(5) 730〜 930cm-1
前記波数(1)における波数に対する吸収率の積分値はピーク面積値P1、前記波数(2)における吸収率の積分値はピーク面積値P2、及び前記波数(3)における吸収率の積分値はピーク面積値P3としたとき、
0.80≧(P1+P3)/(P1+P2+P3)≧0.50
である摺動部材。
【請求項2】
前記ピーク面積値P1及び前記ピーク面積値P3は、
P1/(P1+P3)≧0.50
である請求項1記載の摺動部材。
【請求項3】
前記波数(4)における吸収率の積分値はピーク面積値P4、及び前記波数(5)における吸収率の積分値はピーク面積値P5としたとき、
前記ピーク面積値P4及び前記ピーク面積値P5を含む請求項2記載の摺動部材。
【請求項4】
前記ピーク面積値P1、前記ピーク面積値P4及び前記ピーク面積値P5は、
P1/(P1+P4+P5)≧0.50
である請求項3記載の摺動部材。
【請求項5】
前記軸受合金層の表面に、前記軸受合金層よりも硬度の小さな軟質層を備える請求項1から4のいずれか一項記載の摺動部材。
【請求項6】
径方向内側に保持する摺動部材と接する面側にDLC層を備えるハウジングにおいて、
前記DLC層は、硬さが1000HV以下であり、赤外線分光分析において、化学的に異なる結合状態に起因する下記の波数(1)から波数(5)の吸収波数を含んでおり、
波数(1)2800〜3100cm-1
波数(2)1500〜1800cm-1
波数(3)1200〜1500cm-1
波数(4)3300〜3600cm-1
波数(5) 730〜 930cm-1
前記波数(1)における波数に対する吸収率の積分値はピーク面積値P1、前記波数(2)における吸収率の積分値はピーク面積値P2、及び前記波数(3)における吸収率の積分値はピーク面積値P3としたとき、
0.80≧(P1+P3)/(P1+P2+P3)≧0.50
であるハウジング。
【請求項7】
前記ピーク面積値P1及び前記ピーク面積値P3は、
P1/(P1+P3)≧0.50
である請求項6記載のハウジング。
【請求項8】
前記波数(4)における吸収率の積分値はピーク面積値P4、及び前記波数(5)における吸収率の積分値はピーク面積値P5としたとき、
前記ピーク面積値P4及び前記ピーク面積値P5を含む請求項7記載のハウジング。
【請求項9】
前記ピーク面積値P1、前記ピーク面積値P4及び前記ピーク面積値P5は、
P1/(P1+P4+P5)≧0.50
である請求項8記載のハウジング。
【請求項10】
請求項1から5のいずれか一項記載の摺動部材、または請求項6から9のいずれか一項記載のハウジングのうち、少なくともいずれか一方を備える軸受装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動部材、ハウジング及び軸受装置に関する。
【背景技術】
【0002】
軸受装置は、例えば軸部材等の相手材と摺動する摺動部材と、この摺動部材を保持するハウジングとを備えている。軸部材が回転すると、摺動部材とハウジングとの間には微小なすべりが生じる。このすべりは、摺動部材又はハウジングのフレッチングを招く原因となる。
そこで、特許文献1に示すように従来の軸受装置では、ハウジングと接する摺動部材の外周面、又は摺動部材と接するハウジングの内周面に、硬さが1000HVより大きい硬質皮膜を設けている。このような特許文献1では、摺動部材又はハウジングに硬質皮膜を形成することにより、接触面における硬度を高め、フレッチングにともなう摩耗の低減を図っている。
【0003】
しかしながら、エンジンの更なる性能の向上にともない、軸受装置に求められる条件も厳しくなっている。特に、摺動部材の外周面やハウジングの内周面の場合、微小な領域における相対滑り量や変形量の増大であっても軸受装置の性能に影響が及び、フレッチングに対する高い耐性が求められている。特許文献1の場合、保護のために設けた硬質皮膜が相対滑り量や変形量の増大に追随できず、硬質皮膜の破壊を招くおそれがある。硬質皮膜が破壊されると、摺動部材の外周面やハウジングの内周面の露出を招き、フレッチングを招くという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−174244号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明の目的は、更なる厳しい条件においても、フレッチングに対する高い耐性が確保される摺動部材、ハウジング及び軸受装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するために、本実施形態の摺動部材は、裏金層と、前記裏金層の一方の面側に設けられている軸受合金層と、前記裏金層の少なくとも前記軸受合金層と反対側の面に設けられているDLC層と、を備える。
前記DLC層は、硬さが1000HV以下であり、赤外線分光分析において、化学的に異なる結合状態に起因する下記の波数(1)から波数(5)の吸収波数を含んでいる。
波数(1)2800〜3100cm−1
波数(2)1500〜1800cm−1
波数(3)1200〜1500cm−1
波数(4)3300〜3600cm−1
波数(5) 730〜 930cm−1
前記波数(1)における波数に対する吸収率の積分値はピーク面積値P1、前記波数(2)における吸収率の積分値はピーク面積値P2、及び前記波数(3)における吸収率の積分値はピーク面積値P3としたとき、
(P1+P3)/(P1+P2+P3)≧0.50
である。
【0007】
また、本実施形態のハウジングは、径方向内側に保持する摺動部材と接する面側にDLC層を備える。
前記DLC層は、硬さが1000HV以下であり、赤外線分光分析において、化学的に異なる結合状態に起因する下記の波数(1)から波数(5)の吸収波数を含んでいる。
波数(1)2800〜3100cm−1
波数(2)1500〜1800cm−1
波数(3)1200〜1500cm−1
波数(4)3300〜3600cm−1
波数(5) 730〜 930cm−1
前記波数(1)における波数に対する吸収率の積分値はピーク面積値P1、前記波数(2)における吸収率の積分値はピーク面積値P2、及び前記波数(3)における吸収率の積分値はピーク面積値P3としたとき、
(P1+P3)/(P1+P2+P3)≧0.50
である。
【0008】
ところで、硬さを1000HVより大きく設定したダイヤモンドライクカーボン(DLC:Diamond Like Carbon)は、硬度が十分に高いものの、脆いという性質がある。そのため、硬いDLC層は、わずかな相対滑りや変形によって、剥離や破壊を招くおそれがある。そこで、本実施形態のようにDLC層の硬さを1000HV以下に設定することにより、微小領域における相対滑り量や変形量が増大しても、DLC層の剥離や破壊を低減することができる。
【0009】
また、本発明の発明者は、DLC層の硬さだけでなく、DLCの化学的な結合状態がフレッチングに対する耐性に大きく寄与していることを見出すとともに、この化学的な結合状態の最適化がDLC層の性質の改善に有効であることを見出した。DLCは、化学的な結合状態によってダイヤモンドに近い構造とグラファイトに近い構造とが変化する。例えばDLC層の形成時における条件等を調整することにより、DLC層を構成する原子間の化学的な結合状態は変化する。そして、この化学的な結合は、その結合状態に応じて赤外線を吸収する波数(Wave Number)が変化する。そのため、化学的な結合状態は、赤外線スペクトルの分光分析によって確認可能である。この吸収波数には、上述のように波数(1)から波数(5)が含まれる。
【0010】
このうち、吸収波数が2800〜3100cm−1となる波数(1)は、sp−CH結合又はsp−CH結合に起因する。また、吸収波数が1500〜1800cm−1となる波数(2)は、sp−C結合に起因する。吸収波数が1200〜1500cm−1となる波数(3)は、オレフィン性(Olefenic)のsp−CH結合又はsp−CH結合に起因する。吸収波数が3300〜3600cm−1となる波数(4)は、sp−CH結合に起因する。吸収波数が730〜930cm−1となる波数(5)は、オレフィン性のsp−CH結合に起因する。
【0011】
ここで、赤外線スペクトルの分光分析では、ピーク面積値を用いる。ピーク面積値は、図5に示すように特定の波数の領域におけるスペクトルの積分値に相当する。具体的には、図5に示す分析結果を示す線を分析線Qとしたとき、下限波数K1における分析線Qとの交点C1と上限波数K2における分析線Qとの交点C2とを仮想的な直線L1で結ぶ。そして、この直線L1と分析線Qとで囲まれた領域Sの面積は、ピーク面積値Pn(nは整数)に相当する。以下、波数(1)の積分値はピーク面積値P1、波数(2)の積分値はピーク面積値P2、波数(3)の積分値はP3とする。
【0012】
本実施形態の場合、これらピーク面積値P1、ピーク面積値P2及びピーク面積値P3の関係は、(P1+P3)/(P1+P2+P3)≧0.50である。これは、DLC層において、ピーク面積値P1及びピーク面積値P3の由来となるsp−CH結合が多く含まれていることを示している。このsp−CH結合は、他のsp結合sp結合に比較してDLCの柔軟性を高くする。そのため、(P1+P3)/(P1+P2+P3)≧0.50となる関係は、変形に対するDLC層の耐久性が向上することを示している。これにより、DLC層は、微小な領域における相対滑り量や変形量が増大しても、破壊や剥離が低減される。従って、更なる厳しい条件においても、フレッチングに対する高い耐性を確保することができる。また、これらピーク面積値P1、ピーク面積値P2及びピーク面積値P3の関係は、(P1+P3)/(P1+P2+P3)≦0.80とするのが好ましい。
【0013】
本実施形態の摺動部材では、前記ピーク面積値P1及び前記ピーク面積値P3は、P1/(P1+P3)≧0.50である。
また、本実施形態のハウジングでは、前記ピーク面積値P1及び前記ピーク面積値P3は、P1/(P1+P3)≧0.50である。
【0014】
上述のようにピーク面積値P1及びピーク面積値P3は、sp−CH結合に由来する。このうち、ピーク面積値P3は、sp−CH結合にも由来する。そのため、ピーク面積値P1とピーク面積値P3とを比較したとき、ピーク面積値P1の割合が高いほど、DLC層に含まれるsp−CH結合は多いことを示している。そこで、P1/(P1+P3)≧0.50となる関係により、DLC層は柔軟性がより向上し、変形に対する耐久性が向上する。従って、DLC層の破壊や剥離が低減され、フレッチングに対する耐性をより高めることができる。また、これらピーク面積値P1及びピーク面積値P3の関係は、0.65≦P1/(P1+P3)≦0.90とするのが好ましい。
【0015】
本実施形態の摺動部材では、前記波数(4)における吸収率の積分値はピーク面積値P4、及び前記波数(5)における吸収率の積分値はピーク面積値P5としたとき、前記ピーク面積値P4及び前記ピーク面積値P5を含む。
また、本実施形態のハウジングでは、前記波数(4)における吸収率の積分値はピーク面積値P4、及び前記波数(5)における吸収率の積分値はピーク面積値P5としたとき、前記ピーク面積値P4及び前記ピーク面積値P5を含む。
上述のようにピーク面積値P4はsp−CH結合に由来し、ピーク面積値P5はsp−CH結合に由来する。これらsp−CH結合及びsp−CH結合を含むことにより、DLC層は、変形に対する耐久性が向上するとともに、耐摩耗性も向上する。従って、DLC層の破壊や剥離が低減され、フレッチングに対する耐性をより高めることができる。
【0016】
本実施形態の摺動部材では、前記ピーク面積値P1、前記ピーク面積値P4及び前記ピーク面積値P5は、P1/(P1+P4+P5)≧0.50である。
また、本実施形態のハウジングでは、前記ピーク面積値P1、前記ピーク面積値P4及び前記ピーク面積値P5は、P1/(P1+P4+P5)≧0.50である。
P1/(P1+P4+P5)≧0.50となる関係により、DLC層は、耐摩耗性と、変形に対する耐久性とがともに向上する。従って、フレッチングに対する耐性をより高めることができる。また、これらピーク面積値P4及びピーク面積値P5の関係は、P1/(P1+P4+P5)≧0.75とするのが好ましい。
【0017】
本実施形態の摺動部材は、前記軸受合金層の表面に、前記軸受合金層よりも硬度の小さな軟質層を備える。
軸受合金層の表面に軟質層を設けることにより、摺動する相手部材から受ける外力は、軟質層によって緩和される。すなわち、裏金層を挟んで軸受合金層とは反対側の面に設けられているDLC層に伝わる外力は、軟質層が変形することによって吸収される。そのため、DLC層の変形や摩耗は、軸受合金層側に軟質層を設けることによって軽減される。従って、フレッチングに対する耐性をより高めることができる。
【0018】
本実施形態の軸受装置は、上述の摺動部材またはハウジングのうち、少なくともいずれか一方を備える。
従って、摺動部材又はハウジングに設けられたDLC層の剥離や破壊が低減され、フレッチングに対する耐性をより高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】一実施形態による摺動部材の構造を示す模式図
図2】一実施形態による摺動部材及びハウジングを適用した軸受装置を示す模式図であり、図3の矢印II方向から見た図
図3】一実施形態による摺動部材及びハウジングを適用した軸受装置を示す模式図
図4】DLC層の赤外線スペクトルの例を示す概略図
図5】ピーク面積値の算出方法を説明するための模式図
図6】一実施形態による摺動部材の検証結果を示す概略図
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、実施形態を図面に基づいて説明する。
まず、本実施形態の軸受装置を適用した発動機について説明する。一実施形態の場合、軸受装置は、発動機として例えばディーゼルエンジン又はガソリンエンジンに適用される。
図2及び図3に示すように、軸受装置10は、摺動部材11とハウジング12とを備えている。一実施形態の場合、摺動部材11は、円筒状に形成され、その中心軸を含む平面で2つに分割されている。即ち、摺動部材11は、それぞれ半円筒状の上側部材13及び下側部材14を有している。2つに分割された摺動部材11は、ハウジング12の内周側に収容されている。ハウジング12は、発動機のコネクティングロッド15の一部分である。コネクティングロッド15は、その長手方向においてハウジング12と反対側の端部が図示しないピストンに接続されている。ハウジング12は、互いに分離可能な上側ハウジング16及び下側ハウジング17を有している。下側ハウジング17は、上側ハウジング16との間に摺動部材11を収容する。
【0021】
2つに分割された摺動部材11は、上側ハウジング16と下側ハウジング17との間に収容される。図2に示すように分離している上側ハウジング16と下側ハウジング17とは、例えばボルト18等の締結部材によって一体に組み付けられる。下側ハウジング17を貫くボルト18を上側ハウジング16にねじ込むことにより、上側ハウジング16と下側ハウジング17とは、一体に接続されるとともに、分割された摺動部材11を内側に保持する。摺動部材11は、その外径がハウジング12の内径よりもわずかに大きく設定されている。そのため、上側ハウジング16と下側ハウジング17とをボルト18で締め付けることにより、摺動部材11は径方向内側へ締め込まれる。これにより、摺動部材11は、ハウジング12に固く固定される。相手部材となる軸部材19は、ハウジング12に固定された摺動部材11の内周側を貫く。
【0022】
本実施形態の場合、摺動部材11は、図1に示すように裏金層21及び軸受合金層22を備えている。裏金層21は、鋼(Steel)で形成されている。軸受合金層22は、この裏金層21の一方の面側に設けられている。具体的には、軸受合金層22は、相手部材となる軸部材19との摺動面側に設けられている。即ち、円筒状の摺動部材11の場合、軸受合金層22は、摺動部材11の内周面側に設けられている。軸受合金層22は、例えば銅(Cu)やアルミニウム(Al)等、又はそれらを主成分とする合金で形成されている。例えば、Cuを主成分とする合金としては、Cu−Sn、Cu−Sn−Ni、Cu−Sn−Pb、Cu−Sn−Bi、Cu−Pb、Cu−Zn、Cu−Zn−Bi系等が用いられ、硬質粒子を含んでいてもよい。また、Alを主成分とする合金としては、Al−Sn−Si、Al−Sn、Al−Sn−Cu、Al−Zn−Si系等が用いられる。
【0023】
摺動部材11は、上記の裏金層21及び軸受合金層22に加え、DLC層23を備えている。DLC層23は、DLC(Diamond Like Carbon)によって形成されている。DLC層23は、摺動部材11を構成する裏金層21のうち軸受合金層22と反対側の面に設けられている。即ち、円筒状の摺動部材11の場合、軸受合金層22は、摺動部材11の外周面側に設けられている。このDLC層23は、ハウジング12に取り付けたとき、ハウジング12の内周面に接する。DLC層23は、少なくとも摺動部材11の外周面側に設けられていればよい。即ち、DLC層23は、軸受合金層22が形成されている面でなければ、例えば裏金層21の軸方向の端面等、外周面以外の面にも設けることができる。ハウジング12は、例えば鋼(Steel)、アルミニウム(Al)、銅(Cu)若しくはチタン(Ti)等の金属又はそれらを主成分とする合金で形成されている。例えば、鋼(Steel)としては、SCM鋼、炭素鋼、鋳鉄等が用いられる。また、Alを主成分とする合金としては、A2017、A2014、AC2B、AC4A、ADC12等が用いられる。Tiを主成分とする合金としては、Ti−Al−V系等が用いられる。
【0024】
また、摺動部材11は、軟質層24又は図示しない中間層を有していてもよい。軟質層24は、軸受合金層22よりも硬度が小さく設定されている。即ち、軟質層24は、軸受合金層22よりも軟らかい。軟質層24は、例えば鉛(Pb)、錫(Sn)、ビスマス(Bi)、若しくはこれらの合金、又は樹脂等から、湿式めっきや乾式めっき等を用いて形成されている。軟質層24は、軸受合金層22の表面、つまり軸受合金層22の摺動面側に設けられている。例えば、Pbを主成分とする軟質層24としては、Pb−Sn、Pb−Sn−Cu、Pb−Sn−In、Pb−Sn−In−Cu系等が用いられる。また、Snを主成分とする軟質層24としては、Sn−Cu、Sn−Bi、Sn−Ag、Sn−Sb、Sn−Sb−Cu、Sn−Sb−Ag系等が用いられる。Biを主成分とする軟質層24としては、Bi−Cu、Bi−Sn、Bi−Ag系等が用いられる。さらに、樹脂による軟質層24としては、ポリアミドイミド(PAI)、ポリイミド(PI)、ポリアミド(PA)等のバインダに、MoS、h−BN、PTFE、Gr等の固体潤滑剤、SiC、Si、Fe、Al等の硬質粒子を添加して用いてもよい。裏金層21とDLC層23との間には、図示しない中間層を設けてもよい。中間層は、裏金層21とDLC層23との接合力を高める。中間層は、例えばクロム(Cr)、チタン(Ti)、ケイ素(Si)、タングステン(W)等、又はそれらを主成分とする合金で形成することができる。
【0025】
本実施形態のDLC層23について詳細に説明する。
本実施形態の摺動部材11のDLC層23は、硬さが1000HV以下である。そして、DLC層23は、化学的な結合状態が制御されている。DLC層23の化学的な結合状態は、赤外線スペクトルの分光分析によって確認している。DLC層23の赤外線スペクトルについて分光分析を行なうと、図4に示すように波数(1)から波数(5)の特有の吸収波数が確認される。この吸収波数は、次の通りである。
【0026】
・波数(1):2800〜3100cm−1
sp−CH結合又はsp−CH結合に起因
・波数(2):1500〜1800cm−1
sp−C結合に起因
・波数(3):1200〜1500cm−1
オレフィン性(Olefenic)のsp−CH結合又はsp−CH結合に起因
・波数(4):3300〜3600cm−1
sp−CH結合に起因
・波数(5):730〜930cm−1
オレフィン性のsp−CH結合に起因
【0027】
本実施形態では、この波数(1)から波数(5)について、ピーク面積値Pn(n=1〜5)を用いてDLC層23を特定している。ピーク面積値Pnは、図5に示すように特定の波数の領域におけるスペクトルの積分値に相当する。具体的には、図5に示す分析結果を示す線を分析線Qとしたとき、下限波数K1における分析線Qとの交点C1と、上限波数K2における分析線Qとの交点C2とを仮想的な直線L1で結ぶ。そして、この直線L1と分析線Qとで囲まれた領域Sの面積は、ピーク面積値Pnに相当する。即ち、波数(1)の積分値はピーク面積値P1、波数(2)の積分値はピーク面積値P2、波数(3)の積分値はP3、波数(4)の積分値はピーク面積値P4、波数(5)の積分値はピーク面積値P5である。
【0028】
ここで、本実施形態のDLC層23の場合、ピーク面積比R1は、これらピーク面積値P1、ピーク面積値P2及びピーク面積値P3を用いて次のように算出される。
R1=(P1+P3)/(P1+P2+P3)
そして、このピーク面積比R1は、
R1≧0.50
である。これは、DLC層23は、ピーク面積値P1及びピーク面積値P3の由来となるsp−CH結合を多く含むことを示している。このsp−CH結合は、他のsp結合やsp結合に比較してDLCの柔軟性を高くする。そのため、R1≧0.5となる関係は、DLC層23の変形に対する耐久性が向上することを示している。
【0029】
また、sp−CH結合に由来するピーク面積値P1及びピーク面積値P2のうちピーク面積値P3は、sp−CH結合にも由来する。そのため、ピーク面積値P1とピーク面積値P3とを比較したとき、ピーク面積値P1の割合が高いほど、DLC層23に含まれるsp−CH結合は多いことになる。
そこで、本実施形態のDLC層23の場合、ピーク面積比R2は、ピーク面積値P1及びピーク面積値P3を用いて次のように算出される。
R2=P1/(P1+P3)
そして、このピーク面積比R2は、
R2≧0.50
である。これは、本実施形態のDLC層は、sp−CH結合をより多く含むことを意味している。これにより、DLC層23は柔軟性がより向上し、変形に対する耐久性が向上する。
【0030】
さらに、本実施形態のDLC層23は、sp−CH結合に由来するピーク面積値P4、及びsp−CH結合に由来するピーク面積値P5を含んでいてもよい。DLC層23は、これらピーク面積値P4の由来となるsp−CH結合及びピーク面積値P5の由来となるsp−CH結合を含むことにより、変形に対する耐久性が向上するとともに、耐摩耗性も向上する。
ここで、本実施形態のDLC層23の場合、ピーク面積比R3は、ピーク面積値P1、ピーク面積値P4及びピーク面積値P5を用いて次のように算出される。
R3=P1/(P1+P4+P5)
そして、このピーク面積比R3は、
R3≧0.50
である。この関係を満たすことにより、DLC層23は、耐摩耗性と、変形に対する耐久性とがともに向上する。
【0031】
次に、上記の構成による摺動部材11の製造方法について説明する。
摺動部材11における裏金層21及び軸受合金層22は、周知の製造方法を利用して製造する。裏金層21及び軸受合金層22からなる基材は、DLC層23を形成するための形成装置に収容される。DLC層23を形成する場合、この形成装置の内部には、まず水素ガスが導入される。これとともに、形成装置の内部に収容された基材は、任意の電圧が印加される。このように基材には、電圧が印加された状態において、プラズマ化学気相成長法(CVD)や物理気相成長法(PVD)等を用いてDLC層23が形成される。基材に印加する電圧及び形成装置の内部へ導入する水素ガスの量を調整することにより、形成されるDLC層23の化学的な結合状態は制御される。
【0032】
具体的には、DLC層23の形成に先立って、基材が収容された形成装置には水素ガスが導入される。そして、形成装置に収容された基材は、例えば100V以下程度の比較的低いバイアス電圧が印加される。DLC層23を形成するとき、この基材に印加した電圧を調整しながらDLC層23の材料となる原料ガス及び水素ガスを形成装置の内部へ供給する。形成装置へ導入する水素ガスの量及び基材に印加する電圧は、DLC層23の形成時における基材表面での原料ガスの拡散、吸着、解離、化学的な反応及び層の成長に影響を与える。DLC層の形成前及びDLC層の形成中において、これら水素ガスの量及び基材に印加する電圧を調整することにより、基材に形成されるDLC層23の化学的な結合状態は制御される。DLC層23を形成した後、基材には軟質層24となる層が形成される。
【0033】
以上説明した一実施形態では、摺動部材11の外周面側にDLC層23を形成する例について説明した。しかし、DLC層23は、摺動部材11とハウジング12とが接触する面に形成されていればよい。そのため、DLC層23は、上述のように摺動部材11の外周面側に形成するのに代えて、ハウジング12の内周面に形成する構成としてもよい。
【0034】
(実施例)
次に、上述の摺動部材11の実施例について説明する。
図6に示すように、実施例に相当する試料1〜試料20、及び比較例に相当する試料21〜試料23について摺動部材11の検証を行なった。検証は、油圧振動試験機による振動試験によって行なった。振動試験は、図2及び図3に示すように自動車用エンジンのコネクティングロッド15と一体に設けられているハウジング12に、摺動部材11を取り付けて行なった。ハウジング12に取り付けられた摺動部材11は、相手部材としての軸部材19を支持する。振動試験では、この軸部材19に30kNの振動荷重を加えた。この振動試験の条件は、次の通りとした。摺動部材11と軸部材19とのオイルクリアランスは、0.05mmに設定した。振動試験で加える振動の周波数は、60Hzに設定した。振動試験において振動を加える回数は、5×10回に設定した。振動試験は、150℃及び180℃でそれぞれ行なった。
【0035】
検証の結果は、図6に示すように変形に起因するクラック及び摩耗について、それぞれ次のように評価ランクを「1」〜「5」の5段階に設定した。
クラックランク1:DLC層が形成されている摺動部材の外周面の全体にわたってDLC層の剥離をともなう激しいクラックが発生
クラックランク2:DLC層が形成されている摺動部材の外周面の全体にわたるDLC層の剥離は無いものの、激しいクラックが発生
クラックランク3:DLC層が形成されている摺動部材の外周面に、クラックがわずかに発生
クラックランク4:DLC層が形成されている摺動部材の外周面に、わずかな微小クラックを確認
クラックランク5:DLC層が形成されている摺動部材の外周面に、クラックが無い
【0036】
摩耗ランク1:DLC層が形成されている摺動部材の外周面の全体にわたってDLC層の剥離をともなう激しい摩耗がある
摩耗ランク2:DLC層が形成されている摺動部材の外周面に、DLC層の剥離をともなう激しい摩耗がある
摩耗ランク3:DLC層が形成されている摺動部材の外周面の全体にわたってDLC層のわずかな摩耗がある
摩耗ランク4:DLC層が形成されている摺動部材の外周面に、DLC層のわずかな摩耗がある
摩耗ランク5:DLC層が形成されている摺動部材の外周面に、DLC層の摩耗がない
これらクラックランク及び摩耗ランクにおいて、クラックランクが3以上であって、摩耗ランクが3以上であるとき、フレッチング損傷は「なし」と評価した。すなわち、これらクラックランク及び摩耗ランクの数値が大きいほど、フレッチングに対する耐性は高いことを示す。
【0037】
(ピーク面積比R1について)
実施例となる試料1から試料20は、DLC層23の硬さが1000HV以下であり、かついずれもピーク面積比R1がR1≧0.50である。これら試料1から試料20は、いずれもフレッチング損傷が認められなかった。これに対し、DLC層23の硬さが1000HVより大きな比較例となる試料21及び試料22は、いずれもフレッチング損傷が認められた。また、DLC層23の硬さが1000HV以下であるものの、ピーク面積比R1がR1≧0.5でない試料23は、フレッチング損傷が認められた。
これにより、本実施形態は、DLC層23の硬さ及びピーク面積比R1を設定することにより、フレッチング損傷を低減できることが明らかになった。
【0038】
(ピーク面積比R2について)
試料4から試料6のDLC層23は、ピーク面積比R2がR2≧0.50である。そのため、ピーク面積比R2がR2<0.50である試料1から試料3と比較して、フレッチングが改善されている。
これにより、sp−CH結合をより多く含むDLC層23は、柔軟性がより向上し、変形に対する耐久性が向上することがわかる。そして、sp−CH結合をより多く含むDLC層23は、フレッチングの低減に寄与することが明らかである。
【0039】
(ピーク面積値P4、P5について)
試料7から試料9は、DLC層23にいずれもピーク面積値P4及びピーク面積値P5を含んでいる。そのため、DLC層23にピーク面積値P4及びピーク面積値P5を含まない試料1から試料3と比較して、耐摩耗性が改善されている。また、試料10から試料12は、DLC層23にいずれもピーク面積値P4及びピーク面積値P5を含んでいる。そのため、DLC層23にピーク面積値P4及びピーク面積値P5を含まない試料4から試料6と比較して、耐摩耗性が改善されている。
これにより、DLC層23は、ピーク面積値P4の由来となるsp−CH結合及びピーク面積値P5の由来となるsp−CH結合を含むことにより、変形に対する耐久性が向上するとともに、耐摩耗性が向上することがわかる。
【0040】
(ピーク面積比R3について)
試料13から試料15は、ピーク面積値P4及びピーク面積値P5から算出されるピーク面積比R3がR3≧0.50である。そのため、ピーク面積比R3がR3<0.50である試料10から試料12に比較して、フレッチングが低減されている。
これにより、DLC層23は、sp−CH結合及びsp−CH結合の割合を特定することにより、耐摩耗性が維持されつつ、変形に対する耐久性の向上が図られることが分かる。その結果、DLC層23の耐フレッチング性は大きく改善されることが明らかである。
【0041】
(軟質層について)
試料16から試料20は、いずれも軸受合金層22の表面に軟質層24が設けられている。試料16から試料20は、軟質層24が設けられていない試料1から試料15に比較してクラック及び摩耗が低減されていることが分かる。このように、軸受合金層22の表面に軟質層24を設けることにより、軸部材19からDLC層23へ伝わる外力が軟質層24で緩和され、DLC層23の変形や摩耗が低減されていることがわかる。
これにより、軟質層24を設けることにより、DLC層23の耐フレッチング性は大きく改善されることが明らかとなった。
【0042】
以上説明した本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々の実施形態に適用可能である。
【符号の説明】
【0043】
図面中、10は軸受装置、11は摺動部材、12はハウジング、21は裏金層、22は軸受合金層、23はDLC層、24は軟質層を示す。
図1
図2
図3
図4
図5
図6