【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するために、本実施形態の摺動部材は、裏金層と、前記裏金層の一方の面側に設けられている軸受合金層と、前記裏金層の少なくとも前記軸受合金層と反対側の面に設けられているDLC層と、を備える。
前記DLC層は、硬さが1000HV以下であり、赤外線分光分析において、化学的に異なる結合状態に起因する下記の波数(1)から波数(5)の吸収波数を含んでいる。
波数(1)2800〜3100cm
−1
波数(2)1500〜1800cm
−1
波数(3)1200〜1500cm
−1
波数(4)3300〜3600cm
−1
波数(5) 730〜 930cm
−1
前記波数(1)における波数に対する吸収率の積分値はピーク面積値P1、前記波数(2)における吸収率の積分値はピーク面積値P2、及び前記波数(3)における吸収率の積分値はピーク面積値P3としたとき、
(P1+P3)/(P1+P2+P3)≧0.50
である。
【0007】
また、本実施形態のハウジングは、径方向内側に保持する摺動部材と接する面側にDLC層を備える。
前記DLC層は、硬さが1000HV以下であり、赤外線分光分析において、化学的に異なる結合状態に起因する下記の波数(1)から波数(5)の吸収波数を含んでいる。
波数(1)2800〜3100cm
−1
波数(2)1500〜1800cm
−1
波数(3)1200〜1500cm
−1
波数(4)3300〜3600cm
−1
波数(5) 730〜 930cm
−1
前記波数(1)における波数に対する吸収率の積分値はピーク面積値P1、前記波数(2)における吸収率の積分値はピーク面積値P2、及び前記波数(3)における吸収率の積分値はピーク面積値P3としたとき、
(P1+P3)/(P1+P2+P3)≧0.50
である。
【0008】
ところで、硬さを1000HVより大きく設定したダイヤモンドライクカーボン(DLC:Diamond Like Carbon)は、硬度が十分に高いものの、脆いという性質がある。そのため、硬いDLC層は、わずかな相対滑りや変形によって、剥離や破壊を招くおそれがある。そこで、本実施形態のようにDLC層の硬さを1000HV以下に設定することにより、微小領域における相対滑り量や変形量が増大しても、DLC層の剥離や破壊を低減することができる。
【0009】
また、本発明の発明者は、DLC層の硬さだけでなく、DLCの化学的な結合状態がフレッチングに対する耐性に大きく寄与していることを見出すとともに、この化学的な結合状態の最適化がDLC層の性質の改善に有効であることを見出した。DLCは、化学的な結合状態によってダイヤモンドに近い構造とグラファイトに近い構造とが変化する。例えばDLC層の形成時における条件等を調整することにより、DLC層を構成する原子間の化学的な結合状態は変化する。そして、この化学的な結合は、その結合状態に応じて赤外線を吸収する波数(Wave Number)が変化する。そのため、化学的な結合状態は、赤外線スペクトルの分光分析によって確認可能である。この吸収波数には、上述のように波数(1)から波数(5)が含まれる。
【0010】
このうち、吸収波数が2800〜3100cm
−1となる波数(1)は、sp
3−CH
3結合又はsp
3−CH
2結合に起因する。また、吸収波数が1500〜1800cm
−1となる波数(2)は、sp
2−C結合に起因する。吸収波数が1200〜1500cm
−1となる波数(3)は、オレフィン性(Olefenic)のsp
2−CH
2結合又はsp
3−CH
3結合に起因する。吸収波数が3300〜3600cm
−1となる波数(4)は、sp−CH結合に起因する。吸収波数が730〜930cm
−1となる波数(5)は、オレフィン性のsp
2−CH
2結合に起因する。
【0011】
ここで、赤外線スペクトルの分光分析では、ピーク面積値を用いる。ピーク面積値は、
図5に示すように特定の波数の領域におけるスペクトルの積分値に相当する。具体的には、
図5に示す分析結果を示す線を分析線Qとしたとき、下限波数K1における分析線Qとの交点C1と上限波数K2における分析線Qとの交点C2とを仮想的な直線L1で結ぶ。そして、この直線L1と分析線Qとで囲まれた領域Sの面積は、ピーク面積値Pn(nは整数)に相当する。以下、波数(1)の積分値はピーク面積値P1、波数(2)の積分値はピーク面積値P2、波数(3)の積分値はP3とする。
【0012】
本実施形態の場合、これらピーク面積値P1、ピーク面積値P2及びピーク面積値P3の関係は、(P1+P3)/(P1+P2+P3)≧0.50である。これは、DLC層において、ピーク面積値P1及びピーク面積値P3の由来となるsp
3−CH
3結合が多く含まれていることを示している。このsp
3−CH
3結合は、他のsp
2結合sp結合に比較してDLCの柔軟性を高くする。そのため、(P1+P3)/(P1+P2+P3)≧0.50となる関係は、変形に対するDLC層の耐久性が向上することを示している。これにより、DLC層は、微小な領域における相対滑り量や変形量が増大しても、破壊や剥離が低減される。従って、更なる厳しい条件においても、フレッチングに対する高い耐性を確保することができる。また、これらピーク面積値P1、ピーク面積値P2及びピーク面積値P3の関係は、(P1+P3)/(P1+P2+P3)≦0.80とするのが好ましい。
【0013】
本実施形態の摺動部材では、前記ピーク面積値P1及び前記ピーク面積値P3は、P1/(P1+P3)≧0.50である。
また、本実施形態のハウジングでは、前記ピーク面積値P1及び前記ピーク面積値P3は、P1/(P1+P3)≧0.50である。
【0014】
上述のようにピーク面積値P1及びピーク面積値P3は、sp
3−CH
3結合に由来する。このうち、ピーク面積値P3は、sp
2−CH
2結合にも由来する。そのため、ピーク面積値P1とピーク面積値P3とを比較したとき、ピーク面積値P1の割合が高いほど、DLC層に含まれるsp
3−CH
3結合は多いことを示している。そこで、P1/(P1+P3)≧0.50となる関係により、DLC層は柔軟性がより向上し、変形に対する耐久性が向上する。従って、DLC層の破壊や剥離が低減され、フレッチングに対する耐性をより高めることができる。また、これらピーク面積値P1及びピーク面積値P3の関係は、0.65≦P1/(P1+P3)≦0.90とするのが好ましい。
【0015】
本実施形態の摺動部材では、前記波数(4)における吸収率の積分値はピーク面積値P4、及び前記波数(5)における吸収率の積分値はピーク面積値P5としたとき、前記ピーク面積値P4及び前記ピーク面積値P5を含む。
また、本実施形態のハウジングでは、前記波数(4)における吸収率の積分値はピーク面積値P4、及び前記波数(5)における吸収率の積分値はピーク面積値P5としたとき、前記ピーク面積値P4及び前記ピーク面積値P5を含む。
上述のようにピーク面積値P4はsp−CH結合に由来し、ピーク面積値P5はsp
2−CH
2結合に由来する。これらsp−CH結合及びsp
2−CH
2結合を含むことにより、DLC層は、変形に対する耐久性が向上するとともに、耐摩耗性も向上する。従って、DLC層の破壊や剥離が低減され、フレッチングに対する耐性をより高めることができる。
【0016】
本実施形態の摺動部材では、前記ピーク面積値P1、前記ピーク面積値P4及び前記ピーク面積値P5は、P1/(P1+P4+P5)≧0.50である。
また、本実施形態のハウジングでは、前記ピーク面積値P1、前記ピーク面積値P4及び前記ピーク面積値P5は、P1/(P1+P4+P5)≧0.50である。
P1/(P1+P4+P5)≧0.50となる関係により、DLC層は、耐摩耗性と、変形に対する耐久性とがともに向上する。従って、フレッチングに対する耐性をより高めることができる。また、これらピーク面積値P4及びピーク面積値P5の関係は、P1/(P1+P4+P5)≧0.75とするのが好ましい。
【0017】
本実施形態の摺動部材は、前記軸受合金層の表面に、前記軸受合金層よりも硬度の小さな軟質層を備える。
軸受合金層の表面に軟質層を設けることにより、摺動する相手部材から受ける外力は、軟質層によって緩和される。すなわち、裏金層を挟んで軸受合金層とは反対側の面に設けられているDLC層に伝わる外力は、軟質層が変形することによって吸収される。そのため、DLC層の変形や摩耗は、軸受合金層側に軟質層を設けることによって軽減される。従って、フレッチングに対する耐性をより高めることができる。
【0018】
本実施形態の軸受装置は、上述の摺動部材またはハウジングのうち、少なくともいずれか一方を備える。
従って、摺動部材又はハウジングに設けられたDLC層の剥離や破壊が低減され、フレッチングに対する耐性をより高めることができる。