【文献】
細菌ナノファイバーによる微生物の表面付着,Journal of Environmental Biotechnology,2010年,vol.10 no.1,pp.3-7
【文献】
Journal of Colloid and Interface Science,2008年,vol.321,pp.256-264
【文献】
微生物付着・バイオフィルムの制御と応用から界面微生物工学へ,オレオサイエンス,2012年,vol.12 no.11,pp.19-24
【文献】
接着性ナノファイバー蛋白質AtaAを用いたグラム陰性細菌の固定化,化学工学会第78年会研究発表講演要旨集,2013年 2月17日,L105
【文献】
バクテリオナノファイバー蛋白質AtaAを介したAcinetobacter sp. Tol5の付着特性,化学工学会第78年会研究発表講演要旨集,2013年 2月17日,L104
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2009/104281号パンフレット
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Junter, G. A.; Jouenne, T., Immobilized viable microbial cells: from the process to the proteome . . . or the cart before the horse. Biotechnol. Adv. 2004, 22, (8), 633-658.
【非特許文献2】Qureshi, N.; Annous, B. A.; Ezeji, T. C.; Karcher, P.; Maddox, I. S., Biofilm reactors for industrial bioconversion processes: employing potential of enhanced reaction rates. Microb. Cell. Fact. 2005, 4, 24.
【非特許文献3】Li, X. Z.; Webb, J. S.; Kjelleberg, S.; Rosche, B., Enhanced benzaldehyde tolerance in Zymomonas mobilis biofilms and the potential of biofilm applications in fine-chemical production. Applied and Environmental Microbiology 2006, 72, (2), 1639-1644.
【非特許文献4】Gross, R.; Hauer, B.; Otto, K.; Schmid, A., Microbial biofilms: new catalysts for maximizing productivity of long-term biotransformations. Biotechnology and Bioengineering 2007, 98, (6), 1123-1134.
【非特許文献5】Li, X. Z.; Hauer, B.; Rosche, B., Single-species microbial biofilm screening for industrial applications. Appl. Microbiol. Biotechnol. 2007, 76, (6), 1255-1262.
【非特許文献6】Rosche, B.; Li, X. Z.; Hauer, B.; Schmid, A.; Buehler, K., Microbial biofilms: a concept for industrial catalysis? Trends Biotechnol 2009, 27, (11), 636-43.
【非特許文献7】Halan, B.; Buehler, K.; Schmid, A., Biofilms as living catalysts in continuous chemical syntheses. Trends Biotechnol 2012, 30, (9), 453-65.
【非特許文献8】Cheng, K. C.; Demirci, A.; Catchmark, J. M., Advances in biofilm reactors for production of value-added products. Appl Microbiol Biotechnol 2010, 87, (2), 445-56.
【非特許文献9】Ishikawa, M.; Nakatani, H.; Hori, K., AtaA, a new member of the trimeric autotransporter adhesins from Acinetobacter sp. Tol 5 mediating high adhesiveness to various abiotic surfaces. PLoS One 2012, 7, (11), e48830.
【非特許文献10】Linke, D.; Riess, T.; Autenrieth, I. B.; Lupas, A.; Kempf, V. A., Trimeric autotransporter adhesins: variable structure, common function. Trends Microbiol. 2006, 14, (6), 264-270.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記の通り、本発明者は以前に、唯一無二な接着特性を示し、しかも構造が比較的単純であるAtaAを利用する新規の微生物固定化法を発明した(特許文献1)。即ち、ataA遺伝子を付着性や凝集性を有さない微生物に導入することにより、付着性や凝集性を付与することに成功した。この手法は物理吸着法の一つと言えるが、その吸着力はAtaAの高い接着力に基づくため、従来法とは比較にならないほどの高い固定化力を示す。しかもataA遺伝子を導入して発現させることができれば、いろいろな微生物に付着力を付与することができるので、汎用性が高い。また、細胞外多糖などのマトリックスによって付着しているバイオフィルムやゲル包括法とは異なり、細胞を表層蛋白質により直接的に表面に固定しているため、マトリックス中での物質輸送律速の問題はない。担体の材質や形状も自由に設計できる。まさに、唯一無二の有効で汎用的な微生物固定化法である。
【0009】
本発明者が報告した方法(特許文献1)は、産業上有用な微生物の固定化を可能とする有用性の高い技術であり、そこで利用するAtaAは、従来の固定化技術における種々の課題を克服できる可能性を秘めている。そこで本発明は、本発明者が見出し、同定に成功したAtaAの利用・応用を進めるべく、より実用性の高い固定化技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の通り、これまでの研究の成果として、AtaAが標的微生物に付着性及び/又は凝集性を付与できることが明らかになっている。しかしながら、AtaAの付着メカニズムの詳細は明らかになっていない。そこで本発明者はAtaAの付着特性を詳細に検討することにした。検討を進める中で、Tol 5細胞表層より切り出し分離したAtaAナノファイバーが、塩の存在下では材料表面に接着するが、純水中では接着できないという驚くべき現象が観察された。この現象を考察することにより、AtaAによる微生物細胞の付着性がイオン強度に依存するとの仮定を立て、種々の検証実験を行った。その結果、AtaAを導入・発現させた標的微生物の付着性がイオン強度に依存することが明らかとなった。また、イオン強度を変更することによって標的微生物の付着性を操作でき、しかも、標的微生物の担体への着脱(付着及び脱離)を繰り返し行えること(付着能を維持しつつ脱離が可能になること)も判明した。更には、着脱を繰り返したとしても、付着能を付与した微生物が有する触媒機能が低下しないことが示された。
以下に示す発明は、主として、上記の知見及び成果に基づく。
[1]以下の工程(1)及び(2)を含む、微生物の着脱方法:
(1)アシネトバクター属微生物由来のオートトランスポーターアドヘシンをコードするDNAが導入されることによって非特異的付着性が付与又は増強された微生物を、高イオン強度下で担体に接触させ、該微生物を該担体に付着させる工程;
(2)低イオン強度下で洗浄し、前記担体から前記微生物を脱離させる工程。
[2]前記DNAがataA遺伝子である、[1]に記載の方法。
[3]前記DNAが以下の(a)、(b)又は(c)のDNAである、[1]に記載の方法:
(a)配列番号1で表される塩基配列からなるDNA;
(b)配列番号1で表される塩基配列と90%以上の相同性を有する塩基配列からなり、微生物に対して非特異的付着性を付与又は増強する活性を有する蛋白質をコードするDNA;
(c)配列番号1で表される塩基配列の一部からなり、微生物に対して非特異的付着性を付与又は増強する活性を有する蛋白質をコードするDNA。
[4]オートトランスポーターアドヘシンをコードするDNAとともに、以下の(a)又は(b)のDNAが前記微生物に導入されている、[3]に記載の方法:
(a)配列番号3で表される塩基配列からなるDNA;
(b)配列番号3で表される塩基配列と90%以上の相同性を有する塩基配列からなるDNA。
[5]前記DNAを包含する以下の(a)又は(b)のDNAが前記微生物に導入されている、[1]に記載の方法:
(a)配列番号5で表される塩基配列からなるDNA;
(b)配列番号5で表される塩基配列と90%以上の相同性を有する塩基配列からなり、微生物に対して非特異的付着性を付与又は増強する活性を有するDNA。
[6]高イオン強度と低イオン強度の境界がイオン強度5mM〜20mMの間にある、[1]〜[5]のいずれか一項に記載の方法。
[7]高イオン強度と低イオン強度の境界となるイオン強度が約10mMである、[1]〜[5]のいずれか一項に記載の方法。
[8]高イオン強度が10mM〜500mMのイオン強度であり、低イオン強度が10mM未満のイオン強度である、[7]に記載の方法。
[9]高イオン強度が20mM〜200mMのイオン強度である、[8]に記載の方法。
[10]工程(2)の後に以下の工程(3−1)を行う、[1]〜[9]のいずれか一項に記載の方法:
(3−1)脱離した前記微生物を回収する工程。
[11]工程(2)の後に以下の工程(3−2)を行う、[1]〜[9]のいずれか一項に記載の方法:
(3−2)前記担体を回収する工程。
[12]工程(1)と工程(2)の間に以下の工程(i)を行う、[1]〜[11]のいずれか一項に記載の方法:
(i)前記担体に付着した前記微生物を被処理液に接触させ、接触状態を維持する工程。
[13]前記微生物が特定酵素の産生能を有し、前記被処理液が該特定酵素の基質を含む、[12]に記載の方法。
[14]前記微生物がエシェリヒア属細菌である、[1]〜[13]のいずれか一項に記載の方法。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明はアシネトバクター属微生物由来のオートトランスポーターアドヘシンを利用した微生物の着脱方法に関する。本発明において「着脱方法」とは、微生物を担体に付着させる工程(操作)と、担体に付着した当該微生物を脱離させる工程(操作)を含む方法をいう。
【0013】
オートトランスポーターアドヘシンとは、グラム陰性細菌の持つ接着性ナノファイバーとして報告されている蛋白質であり、宿主の組織や細胞表層分子、細胞外マトリックスと特異的に相互作用することが知られている。オートトランスポーターアドヘシンは、付着、浸入、細胞毒性、血清耐性、細胞間伝播といった機能を持つと言われている。オートトランスポーターアドヘシンは、N末端シグナルペプチド、内部パッセンジャードメイン、C末端トランスロケータードメインという共通の領域編成を持っている。その中でもC末端トランスロケータードメインはこの属を定義するドメインである。オートトランスポーターアドヘシンの分泌はシグナルペプチドによって開始され、Secシステムによる内膜の通過から始まる。続いて、トランスロケータードメインが外膜へ挿入され、βバレル構造を形成する。最終的にパッセンジャードメインはバレルで形成されたトンネル内を通過し菌体表面へその姿を現す。オートトランスポーターアドヘシンは、単量体オートトランスポーターアドヘシンと三量体オートトランスポーターアドヘシンに分類される(Shane E.Cotter,Neeraj K.Surana and Joseph W.St GemeIII 2005.Trimeric autotransporters:a distinct subfamily of Autotransporter proteins.TRENDS in Microbiology.13:199-205)。単量体オートトランスポーターアドヘシンのトランスロケータードメインは、12の膜貫通逆平行βシートからなるβバレル構造を、一つのサブユニットから形成していると考えられている。しかし三量体オートトランスポーターアドヘシンのトランスロケータードメインは、外膜中で熱に安定でSDSに強い三量体を形成しており、4つのβシートを持つサブユニットがオリゴマー化し三つのサブユニットから12ストランドのβバレル構造を形成していることが知られている。さらに、事実上全ての単量体オートトランスポーターアドヘシンのパッセンジャードメインはトランスロケータードメインと非共有結合でバクテリア表面につながれるか、細胞外に放出されるのに対し、全ての三量体オートトランスポーターアドヘシン蛋白質ではパッセンジャードメインはトランスロケータードメインと共有結合でつながれたままであると考えられている。
【0014】
三量体オートトランスポーターアドヘシンは、TAA(トリメリックオートトランスポーターアドヘシン)と略称され、共通オリゴマー構造のコイルドコイルをつくる新しいクラスとしてOcaファミリー(Oligomeric Coiled-coil Adhesin Family)とも呼ばれている(Andreas Roggenkamp,Nikolaus Ackermann,Christoph A.Jacobi,Konrad Truelzsch,Harald Hoffmann,and Jurgen Heesemann 2003.Molecular analysis of transport and oligomerization of the Yersinia enterocolitica adhesin YadA.J Bacteriol.185:3735-3744)。
【0015】
本発明の着脱方法は、後述の実施例に示す通り、アシネトバクター sp. Tol5株由来の三量体型オートトランスポーターアドヘシンAtaAの接着性がイオン強度に依存するという、驚くべき知見に基づくものであり、以下の工程(1)及び(2)を含む。
(1)アシネトバクター属微生物由来のオートトランスポーターアドヘシンをコードするDNAが導入されることによって非特異的付着性が付与又は増強された微生物を、高イオン強度下で担体に接触させ、該微生物を該担体に付着させる工程
(2)低イオン強度下で洗浄し、前記担体から前記微生物を脱離させる工程
【0016】
工程(1)、即ち付着工程ではまず、アシネトバクター属微生物由来のTAAをコードするDNA(以下、「付着性付与DNA」と呼称する)が導入されることによって非特異的付着性が付与又は増強された微生物(以下、「付着性付与微生物」と呼称する)を用意する。
【0017】
付着性付与DNAとしては、好ましくは、アシネトバクター sp.Tol5株から単離・同定されたataA遺伝子が用いられる。ataA遺伝子は配列番号1で表される塩基配列からなり、配列番号2で表される蛋白質AtaAをコードする。アシネトバクター sp.Tol5株は、排ガス処理リアクターから分離されたトルエン分解能を有する株であり、受託番号FERM P-17188として、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センター(NITE IPOD)(日本国茨城県つくば市東1−1−1つくばセンター中央第6)に寄託されている。
【0018】
好ましい一態様では配列番号1で表される塩基配列からなるDNAが付着性付与DNAとして採用されるが、該DNAと機能的に同等のDNAを用いることにしてもよい。配列番号1で表される塩基配列からなるDNAと機能的に同等のDNAとしては、配列番号1で表される塩基配列と70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、最も好ましくは98%以上の相同性(又は同一性)を有する塩基配列からなり、微生物に対して非特異的付着性を付与又は増強する活性を有する蛋白質をコードするDNAが挙げられる。あるいは、配列番号1で表される塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、微生物に対して非特異的付着性を付与又は増強する活性を有する蛋白質をコードするDNAが挙げられる。さらに、配列番号1で表される塩基配列の一部からなり、微生物に対して非特異的付着性を付与又は増強する活性を有する蛋白質をコードするDNA、換言すれば、配列番号1で表される塩基配列から数十から数千の連続する塩基配列を1箇所又は数箇所削った塩基配列からなり、それによって翻訳される蛋白質が非特異的付着性を付与又は増強する活性が失われない欠損遺伝子のDNAが挙げられる。
【0019】
ストリンジェントな条件とは、特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいい、低ストリンジェントな条件及び高ストリンジェントな条件が挙げられるが、高ストリンジェントな条件が好ましい。低ストリンジェントな条件とは、ハイブリダイゼーション後の洗浄において、例えば42℃、5×SSC、0.1% SDSで洗浄する条件であり、好ましくは50℃、5×SSC、0.1% SDSで洗浄する条件である。高ストリンジェントな条件とは、ハイブリダイゼーション後の洗浄において、例えば65℃、0.1×SSC及び0.1% SDSで洗浄する条件である。
【0020】
塩基配列における変異も、シグナルペプチド、ヘッドドメイン、ネックドメイン、ストークドメイン及びメンブレンアンカードメインからなる当該ドメイン構造を維持するものであることが好ましい。配列番号1で表される塩基配列において、シグナルペプチドは1〜171位の塩基に相当し、ヘッドドメインは322〜807位及び8989〜9444位の塩基に相当し、ネックドメインは886〜957位及び9445〜9516位の塩基に相当し、ストークドメインは1216〜8898位及び9517〜10611位の塩基に相当し、メンブレンアンカーはドメイン10612〜10890位の塩基に相当する。
【0021】
配列番号1で表される塩基配列の一部からなるDNAにおいて、削ることが可能な数十から数百の連続する塩基配列とは、好ましくは片方あるいは両方のストークドメイン、片方のヘッドドメイン、片方のネックドメインをコードする配列部位で、そのうちの一つの連続配列又は複数の連続配列を削ってもよい。より好ましくは前述した各ドメインの部位のうちアミノ末端に近いヘッドドメインからストークドメインまでの全領域をコードする領域(322〜8898位)又はカルボキシ末端に近いヘッドドメインからストークドメインまでの全領域をコードする領域(8989〜10611位)を削るのが好ましい。さらに好ましくはストークドメインのコード領域に複数見られる繰り返し領域を、繰り返しがなくなって各一回ずつ出てくるように削るのが好ましい。最も好ましくはストークドメインのコード領域に複数見られる繰り返し領域のどれか一箇所削ることが好ましい。
【0022】
オートトランスポーターアドヘシンをコードするDNAとともに、配列番号3で表される塩基配列からなるDNAを標的微生物に導入することにより、標的微生物の非特異的付着性をさらに向上させることができる。配列番号3で表される塩基配列からなるDNAと機能的に同等の遺伝子を導入してもよい。配列番号3で表される塩基配列からなるDNAと機能的に同等のDNAとしては、配列番号3で表される塩基配列と90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上の相同性を有する塩基配列からなるDNAが挙げられる。あるいは、配列番号3で表される塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAが挙げられる。尚、配列番号3で表される塩基配列は、Tol5株のAtaA遺伝子のすぐ下流に見出された配列であり、グラム陰性細菌が有する外膜蛋白質ompA遺伝子やBamE遺伝子、omlA遺伝子などと相同性を示す蛋白質のORFをコードする。当該ORFであるTol5-OmlT(特許文献1ではTol5-OmpAと呼称されていた)は795bpの遺伝子(配列番号3)でコードされる264アミノ酸(配列番号4)からなる。
【0023】
オートトランスポーターアドヘシンをコードするDNAを含むオペロンを標的微生物に導入してもよい。例えば、配列番号5で表される塩基配列からなるDNAを標的微生物に導入することにより、オートトランスポーターアドヘシンをコードするDNAとともに上記外膜蛋白質をコードするDNAを標的微生物に導入することができる。該オペロンと機能的に同等のオペロンを導入してもよい。機能的に同等のオペロンとしては、配列番号5で表される塩基配列と70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、最も好ましくは98%以上の相同性を有する塩基配列からなり、宿主微生物に対して非特異的付着性及び/又は凝集性を付与又は増強する活性を有するDNAからなるオペロンが挙げられる。配列番号5で表される塩基配列はTol5株から単離・同定されたオペロン(ataA-omlTオペロン)であり、プロモーター/リボソーム結合部位(1〜106位)、ataA遺伝子(107〜10999位)及びTol5-omlT遺伝子(11064〜11858位)を含む。尚、当該オペロンを組込んだベクターで形質転換したE.coli DH5αは、「DH5α-XLTOPO::aadA-ompA」として、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センター(NPMD)(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)に受託番号NITE BP-490(受託日2008年(平成20年)2月19日)として寄託されている。
【0024】
付着性付与DNAを導入する微生物(標的微生物)には様々な微生物を用いることができる。標的微生物としては、特に制限されないが、例えば、非特異的付着性がない又は弱い微生物が挙げられる。標的微生物は野生株、変異株、遺伝子組換え株のいずれであってもよい。本発明の用途に応じて適切な微生物が選択される。標的微生物として利用し得る微生物を例示すると、エシェリヒア(Escherichia)属細菌、例えば、エシェリヒア コリ(Escherichia coli)、アシネトバクター(Acinetobacter)属細菌、例えばアシネトバクター カルコアセチカス(Acinetobacter calcoaceticus)、ラルストニア(Ralstonia)属細菌、例えばラルストニア ユートロファ(Ralstonia eutropha)、シュードモナス(Pseudomonas)属細菌、例えばシュードモナス プチダ(Pseudomonas putida)、シュードモナス フルオレセンス(Pseudomonas fluorescens)、アエロモナス(Aeromonas)属細菌、例えばアエロモナス キャビエ(Aeromonas caviae)、アルカリゲネス(Alcaligenes)属細菌、例えばアルカリゲネス レータス(Alcaligenes latus)、ザントモナス(Xanthomonas)属細菌、例えばザントモナス カンペストリス(Xanthomonas campestris)、デスルフォモナイル(Desulfomonile)属細菌、例えばデスルフォモナイル ティージェイ(Desulfomonile tiedjei)、デスルフォモナス(Desulfuromonas)属細菌、例えばデスルフォモナス クロロエテニカ(Desulfuromonas chloroethenica)、クロモバクテリウム(Chromobacterium)属細菌、例えばクロモバクテリウム チヨコラチウム(Chromobacterium chocolatum)、バークホルデリア(Burkholderia)属細菌、例えばバークホルデリア アルボリス(Burkholderia arboris)、ロドバクター(Rhodobacter)属細菌、アシドボラックス(Acidovorax)属細菌、例えばアシドボラックス ファシリス(Acidovorax facilis)、ザイモモナス(Zymomonas)属細菌、例えばザイモモナス・モビリス(Zymomonas mobilis)である。
【0025】
付着性付与DNAを標的微生物に導入して形質転換することにより、非特異的付着性が付与又は増強された微生物が得られる。典型的には、付着性付与DNAを適当なベクターに連結し、該ベクターで標的微生物(宿主微生物)を形質転換することにより、非特異的付着性が付与又は増強された微生物を得ることができる。具体的には、宿主微生物に該DNAを多コピーにて導入したり、構成的に発現するプロモーター支配下に該DNAを連結したり、又は誘導酵素系プロモーター支配下に該DNAを連結したりして、非特異的付着性が付与又は増強された微生物を得ることができる。
【0026】
まず、目的のDNAをベクター中に連結し、組換えベクターを製造する。上記ベクターには、宿主細胞で自律的に増殖し得るファージ、コスミド、人工染色体又はプラスミドが使用されるほかに、例えば、プラスミドを発現カセットとして染色体に導入するような場合にはその発現カセットの構築に必要な宿主(例えば、大腸菌)での自律複製能は必要だが、その発現カセットを導入する宿主(例えば、アシネトバクター属細菌)での自律複製能は必ずしも必要でない。これらの組換えベクターは例えば、大腸菌とアシネトバクター属細菌の両方で使用可能なように設計したシャトルベクター等も使用可能である。
【0027】
プラスミドとしては、大腸菌由来のプラスミド(例えば、pET21a(+)、pET32a(+)、pET39b(+)、pET40b(+)、pET43.1a(+)、pET44a(+)、pKK223-3、pGEX4T、pUC118、pUC119、pUC18、pUC19等)、大腸菌-アシネトバクター間シャトルベクタープラスミドpARP3(非特許文献9)などが挙げられ、ファージDNAとしてはλファージ(λgt11、λZAP等)が挙げられる。また、クローニング、シークエンス確認用にpCR4-TOPO(登録商標)などの市販のクローニング用ベクターを用いてもよい。
【0028】
ベクターにDNAを挿入するには、まず、精製されたDNAを適当な制限酵素で切断し、適当なベクターDNAの制限酵素部位又はマルチクローニングサイトに挿入してベクターに連結する方法などが採用される。例えば、目的のDNAは、通常知られている方法により合成することができ、ベクターに組み込むため、適当な制限酵素の切断部位を両末端に含むように、プライマーを用いてPCR法により増幅してもよい。PCR反応の条件は、当業者が適宜決定することができる。
【0029】
その他、組換えベクターには、プロモーター及び本発明のDNAに加えて、必要に応じてエンハンサーなどのシスエレメント、選択マーカー、リボソーム結合配列(SD配列)などが連結されていてもよい。選択マーカーの例としては、カナマイシン、アンピシリン、テトラサイクリン、クロラムフェニコールなどの薬剤耐性マーカー、ロイシン、ヒスチジン、リジン、メチオニン、アルギニン、トリプトファン、ウラシルなどの栄養要求性マーカーが挙げられるがこれに限定されない。
【0030】
プロモーターは、特に制限されず、宿主微生物に応じて当業者が適宜選択すればよい。例えば、宿主が大腸菌である場合には、T7プロモーター、lacプロモーター、trpプロモーター、λ−PLプロモーターなどが使用できる。配列番号6で表される塩基配列からなるプロモーター、及びそれと機能的に同等のプロモーター、例えば、配列番号6で表される塩基配列と90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上の相同性を有する塩基配列からなるプロモーターも好適に用いられる。
【0031】
DNA断片とベクター断片とを連結させるには公知のDNAリガーゼを用いるとよい。そして、DNA断片とベクター断片とをアニーリングさせた後連結させ、組換えベクターを作成する。好ましくは市販のライゲーションキット、例えば、ライゲーションhigh(東洋紡株式会社製)を用いて、規定の条件にてライゲーション反応を行うことにより組換えベクターを得ることができる。
【0032】
クローニング、連結反応、PCR等を含む組換えDNA技術は、例えば、Sambrook,J et al.,Molecular Cloning 2nd ed.,9.47-9.58,Cold Spring Harbor Lab.press(1989)及びShort Protocols In Molecular Biology,Third Edition,A Compendium of Methods from Current Protocols in Molecular Biology,John Wiley & Sons,Inc.に記載されるものを利用することができる。
【0033】
得られたベクターを、必要であればボイル法、アルカリSDS法、磁性ビーズ法及びそれらの原理を使用した市販されているキット等により精製し、さらに例えばエタノール沈殿法、ポリエチレングリコール沈殿法などの濃縮手段により濃縮することができる。
【0034】
標的微生物への組換えベクターの導入方法は、特に限定されないが、例えばカルシウムイオンを用いるヒートショック法、エレクトロポレーション法、リポフェクション法等が挙げられる。
【0035】
目的のDNAを含む形質転換微生物は、その組換えベクターが有するマーカー遺伝子により、例えば、アンピシリン、カナマイシンなどの抗生物質を含むLB培地寒天プレート上でコロニーを形成することにより選抜することができるが、クローニングされた宿主微生物が組換えベクターにより形質転換されたものかどうかを確認するため、一部を用いて、PCR法によるインサートの増幅確認、又はシーケンサーを用いたダイデオキシ法による配列解析をしてもよい。自律複製可能なプラスミドを導入する形式の他に、染色体の遺伝子と相同な領域をベクター内に配置し、相同組換えを起こさせて目的遺伝子を導入させる染色体組み込み型の導入方法を使用してもよい。
【0036】
得られた形質転換微生物を培地で培養する方法は、標的微生物の培養に用いられる通常の方法に従って行われる。大腸菌等の微生物を宿主として得られた形質転換微生物を培養する培地としては、微生物が資化し得る炭素源、窒素源、無機塩類等を含有し、形質転換微生物の培養を効率的に行うことができる培地であれば、天然培地、合成培地のいずれを用いてもよい。具体的には、M9培地、M9G培地、BS培地、LB培地、Nutrient Broth培地、肉エキス培地、SOB培地、SOC培地等が挙げられる。
【0037】
炭素源としては資化可能な炭素化合物であればよく、例えば、グルコースなどの糖類、グリセリンなどのポリオール類、メタノール、エタノールなどのアルコール類、又はピルビン酸、コハク酸、クエン酸若しくは乳酸等の有機酸類の他、脂肪酸類や油脂などを使用することができる。また、窒素源としては利用可能な窒素化合物であればよく、例えば、ペプトン、肉エキス、酵母エキス、カゼイン加水分解物、大豆粕アルカリ抽出物、メチルアミンなどのアルキルアミン類、又はアンモニア若しくはその塩などを使用することができる。その他、リン酸塩、炭酸塩、硫酸塩、マグネシウム、カルシウム、カリウム、鉄、マンガン、亜鉛などの塩類、特定のアミノ酸、特定のビタミン、消泡剤なども必要に応じて使用してもよい。また、イソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシドなどのタンパク質発現誘導剤を必要に応じて培地に添加してもよい。
【0038】
培養は、通常、振盪培養又は通気攪拌培養などの好気的条件下、好ましくは0〜40℃、より好ましくは10〜37℃、特に好ましくは15〜37℃で行う。培養期間中、培地のpHは宿主の発育が可能で、オートトランスポーターアドヘシンの活性が損なわれない範囲で適宜変更することができるが、好ましくはpH4〜8程度の範囲である。pHの調整は、無機又は有機酸、アルカリ溶液等を用いて行う。培養中は必要に応じてアンピシリンやテトラサイクリン等の抗生物質を培地に添加してもよい。
【0039】
上記のようにして、非特異的付着性が付与又は増強された微生物を得ることができる。得られた微生物の非特異的付着性については、クリスタルバイオレット染色による付着試験(CV付着試験)を用いて評価することができる。具体的な手順の例としては、菌体培養液を遠心分離にかけ、培養上清を除き、炭素源も窒素源も含まない無機塩培地または塩溶液を菌体ペレットに加え、超音波処理により菌体懸濁液を得、菌体懸濁液の濁度OD
660を一定(0.5付近)になるように培地または塩溶液で調整し、96穴のポリスチレン製プレートの各ウェルに懸濁液を200μlずつ添加し、微生物の至適温度で2時間インキュベートし、ウェル中の懸濁液をピペットで全て除き、200μlの無機塩培地または塩溶液でウェルを2回洗浄後、風乾し、1%のクリスタルバイオレット水溶液をウェルに加え、室温で15分間インキュベートし、ピペットでクリスタルバイオレットを除き、200μlの無機塩培地でウェルを3回洗浄後、70%エタノール水溶液で染色された付着菌体からクリスタルバイオレットを溶出させ、吸光度A
590を測定する。そして、吸光度A
590が0.7以上、好ましくは1.0以上、より好ましくは1.5以上の微生物は、非特異的付着性を有する微生物と評価することができる。適当な容器の内壁に微生物細胞を非増殖条件下で付着させ、付着した細胞を適当な染色剤を用いて染色し、染色剤または染色細胞数を定量することにより付着細胞量を定量するという原理に基づけば、上記の方法を改変した手法により付着試験を行ってもよい。例えばプレートの材質や容量、ウェルの数、染色剤や洗浄液の種類と量、染色時間と温度、懸濁細胞濃度、染色剤や染色細胞数の定量に使用する装置(吸光光度計、プレートリーダー、顕微鏡など)などは、適宜選択可能である。染色剤にはサフラニンや蛍光色素などを用いることも可能である。また、付着性は、付着性付与DNAを導入していない野生株(ネガティブコントロール)との比較により評価することができる。
【0040】
本発明の工程(1)では、用意した付着性付与微生物を、付着性付与DNAの発現産物である付着性蛋白質が付着力を発揮する条件、即ち、高イオン強度下で担体に接触させ、担体に付着性付与微生物を付着させる。高イオン強度と低イオン強度(後述の工程(2)の条件となる)の境界は、付着性の付与に利用するDNAによって変動し得るが、当業者であれば、本願明細書の開示事項を参考にしつつ、予備実験により設定可能である。付着性が急激に変化するイオン強度をここでの「境界」として採用するとよい。例えば、高イオン強度と低イオン強度の境界をイオン強度5mM〜20mMの間に設定することができる。この場合、高イオン強度として例えば10mM〜500mM、好ましくは20mM〜200mMのイオン強度を採用する。必要以上に高いイオン強度を採用することは、付着性付与微生物の活性、生存などに影響を与えることから好ましくない。尚、具体的な境界として、5mM、7mM、10mM、15mMを例示できる。
【0041】
工程(1)に使用する溶液(高イオン強度の溶液)の種類や組成に特段の制約はない。例えば、各種緩衝液、各種塩溶液、培養液等を用いることができる。
【0042】
本発明で使用する微生物は非特異的付着性を示すことから様々な担体(固定化用担体)を用いることができる。担体の表面の特性(例えば親水性、疎水性)、材質、形状等は特に限定されない。材質の例はポリエチレン、ポリスチレン、ポリカーボネート、シリコン、ナイロン、ポリプロピレン、ポリビニルアルコール、ウレタン、キトサン、セルロース誘導体、ガラス、セラミック、金属であり、形状の例は板状、球状、粒状、不織布状、繊維状、膜状、スポンジ状(発泡体)である。
【0043】
2種類以上の付着性付与微生物を併用することにしてもよい。このような態様は、例えば、工程(1)によって得られる、担体に付着した付着性付与微生物を利用して2段階以上の処理ないし反応を連続的に行う場合に有用である。
【0044】
付着性付与微生物の懸濁液を担体に滴下ないし添加することや付着性付与微生物を含有する溶液中に担体を投入すること等によって、付着性付与微生物と担体との接触状態を形成することができる。このような操作の後、付着率を高めるために例えば1分〜3時間程度、インキュベートするとよい。あるいは、付着性付与微生物を、塩を含む培養液中、担体の存在下で増殖させることで、増殖と同時に担体に付着させることも可能である。
【0045】
工程(1)によって担体に付着した付着性付与微生物は、通常、一又は二以上の処理ないし反応に供される(当該処理ないし反応の詳細は後述する)。本発明では、その後、工程(2)、即ち脱離工程を行う。工程(2)では、低イオン強度下で洗浄し、担体から付着性付与微生物を脱離させる。本発明では、低イオン強度下での洗浄という、簡便な操作によって付着性付与微生物の脱離を行う。この点は本発明の最大の特徴の一つであり、実用性や汎用性に優れた方法となる。
【0046】
本発明においてイオン強度の高低を分ける境界は上述の通りであり、好ましくは、低イオン強度として10mM未満(0mM以上で10mMに満たない範囲)の条件が採用される。より好ましくは0mM〜5mMの低イオン強度条件を採用する。
【0047】
上記の条件を満たす緩衝液や培養液等を洗浄水として使用することもできるが、より確実な脱離を図り且つ簡便な操作を実現するため、イオンを実質的に含まないかイオン含有量の極めて少ない水、即ち、脱イオン水、蒸留水、純水又は超純水を洗浄に使用するとよい。例えば、付着性付与微生物が付着した担体を洗浄水中に所定時間(例えば1分〜3時間)維持することや(この間、洗浄水を攪拌したり、担体を振盪させたりしてもよい)、付着性付与微生物が付着した担体に対して洗浄水を連続的又は間欠的に吹きかけること等の洗浄操作を行う。洗浄操作の途中で洗浄水を取り替えることにしてもよい。また、洗浄操作を2回以上繰り返すことにしてもよい。
【0048】
工程(1)と工程(2)、即ち担体への付着と脱離を繰り返すことも可能である。この場合において、途中で付着性付与微生物及び/又は担体を新たなもの(同種のもの、類似のもの、異種のもの等)に変更してもよい。
【0049】
一態様では、工程(2)の後、脱離した付着性付与微生物を回収する(工程(3−1))。回収した付着性付与微生物は本発明の方法又は別の用途に再利用できる。例えば、洗浄液とともに回収した付着性付与微生物、即ち脱離した付着性付与微生物の懸濁液に新たな担体を投入し、塩類を溶解させることにより、再度、付着性付与微生物を担体に付着させる(固定化する)ことが可能である。回収した付着性付与微生物を再生した後に、このような再利用に供してもよい。
【0050】
別の一態様では、工程(2)の後、担体を回収する(工程(3−2))。回収した担体は本発明の方法又は別の用途に再利用できる。回収した担体を再生ないし活性化した後に、このような再利用に供してもよい。この態様は担体の耐久性が高い場合や担体が高価な場合等において特に有用である。
【0051】
本発明の方法は、固定化微生物を利用した各種用途、例えば医薬品・医薬中間体・医薬原料の生産、農薬の生産、バイオエタノールの生産、バイオディーゼルの生産、化学品の合成、食品類(異性化糖、マルトデキストリン、オリゴ糖、合成甘味料、アミノ酸、ペプチド、ビタミン等)の製造、下水・排水・工業廃液・工業廃水の処理に適用可能である。そこで本発明の一態様では、工程(1)と工程(2)の間に以下の工程、即ち、担体に付着した付着性付与微生物を被処理液に接触させ、接触状態を維持する工程(工程(i))を行う。用途に応じた被処理液が用いられる。例えば、酵素反応を伴う物質(例えば、上掲の医薬品、バイオエタノール、バイオディーゼル、化学品、食品)の製造又は合成を行うのであれば、酵素の基質を含有する溶液を被処理液として用いる。この場合、当該酵素反応を担う特定酵素の産生能を有する付着性付与微生物が用いられる。特定酵素の例としては、リパーゼ、プロテアーゼ、ペプチダーゼ、エステラーゼ、セルラーゼ、ヘミセルラーゼ、α−アミラーゼ、β−アミラーゼ、β−グルカナーゼ、グルタミナーゼ、イソメラーゼ、デヒドロゲナーゼ、レダクターゼ、ペルオキシダーゼ、キナーゼ、フォスファターゼ、グリコシルトランスフェラーゼ、脱塩素化酵素を挙げることができる。付着性付与微生物が産生する酵素は菌体内酵素であっても菌体外酵素であっても菌体表層局在酵素であっても、さらには表層提示酵素であってもよい。
【0052】
工程(i)の実施には例えば、連続式反応容器/反応槽、又は回分式(バッチ式)反応容器/反応槽を用いることができる。
【実施例】
【0053】
A.AtaAの付着特性の検討
アシネトバクター sp. Tol 5由来の三量体型オートトランスポーターアドヘシン(TAA)であるAtaAの利用・応用を進めるべく、AtaAの付着特性を詳細に検討することにした。
【0054】
1.方法と材料
(1)使用菌株と培養条件
Tol 5株とその変異株は0.05%のトルエンを添加した無機塩培地中またはLB培地中で28℃で培養した。アシネトバクター属細菌ADP1株とその変異株はLB培地中で30℃で培養した。抗生物質は必要に応じて次の濃度で添加した。Tol 5由来変異株に対しアンピシリン:500μg/ml、ゲンタマイシン:10μg/ml。ADP1由来変異株に対しアンピシリン:100μg/ml、ゲンタマイシン10μg/ml。ataA遺伝子の誘導のため、0.5%のアラビノースを与えた。
【0055】
(2)p3CAtaAの構築
オーバーラップPCRを利用してHRV3Cプロテアーゼ認識部位をコードするDNA配列を全長ataA遺伝子に挿入した。Bgl II ataA S プライマー(5’-GGTTTGAGCAATAAAGATCTAAATTCAAC-3’:配列番号7)と3CプロテアーゼataA AS プライマー(5’-GGGTCCCTGAAAGAGGACTTCAAGCCCACCACCAAGATAATTGACTAC-3’:配列番号8)のセット、又はXbaI ataA ASプライマー(5’-TGGGTCTAGAGAATTAGTCAATCAC-3’:配列番号9)と3CプロテアーゼataA Sプライマー(5’-CTTGAAGTCCTCTTTCAGGGACCCGGTGGTGGGGCAGGTTATGACAAC-3’:配列番号10)のセットを用いて最初のPCRを行った。PrimeSTAR Max DNA polymerase(タカラバイオ株式会社)を使用した。鋳型プラスミド(pTA2-ataA)からの目的DNA断片の増幅をアガロース電気泳動で確認した。増幅産物とBgl II ataA Sプライマー及びXbaI ataA ASプライマーを用い、2回目のPCRを行った。増幅した3CataA断片をpTA2ベクター(東洋紡績株式会社)にサブクローニングした。得られたベクターコンストラクトpTA2-3CをBgl IIとXba Iで処理し、生成したDNA断片(c末端側頭部、HRV 3C認識部位及び外膜結合アンカー部位を含む)をpTA2-ataAプラスミドにライゲートし、pTA2-3CataAとした。最後に3CataA遺伝子をpARP3ベクター(非特許文献9)にサブクローニングし、プラスミドp3CataAを得た。p3CAtaAを保有するドナー株E. coli S17-1(Simon, R.; Priefer, U.; Puhler, A., Bio-Technol 1983, 1, (9), 784-791)との接合によりTol 5のataA遺伝子欠損変異株である4140株を形質転換した。
【0056】
(3)SDS-PAGEとイムノブロッティング
バクテリア細胞懸濁液または蛋白質溶液を2×SDS-PAGEローディング溶液に溶解し、97℃で5分間加熱処理した。これらサンプルを7.5%ポリアクリルアミド上、トリス−グリシンSDS緩衝液で電気泳動分離し、CBB染色を行った。イムノブロッティングにおいては、SDS-PAGEによって分離した蛋白質をPVDF膜上にセミドライ法にて転写した。その膜を5%スキムミルクを含むPBS緩衝液中で1時間インキュベートすることによりブロッキング処理をし、AtaA
699-1014に対する抗AtaA抗血清と1時間反応させた。PBST緩衝液で10分間洗浄を行い、ペルオキシダーゼを結合させた抗ウサギIgG二次抗体と室温で1時間反応させた。膜をPBST緩衝液で3回洗浄し、結合した抗体をECLプライム検出試薬(GEヘルスケア)で検出した。
【0057】
(4)フローサイトメトリー
バクテリア細胞懸濁液を2%と4%のパラホルムアルデヒド中で10分間順次固定し、遠心分離により細胞を回収した。細胞を脱イオン水で2回洗浄後、PBS中の抗AtaA抗血清と30分間反応させた。PBSで一回洗浄後、細胞をAlexa Flour 488結合抗ウサギIgG二次抗体とNET緩衝液中で反応させた。染色された細胞をPBSで2回洗浄し、脱イオン水中に再懸濁し、フロサイトメトリー(FACSCant, BD)で解析した。
【0058】
(5)付着試験
LB培地中で一晩培養した細菌株をLB培地に1/100量植菌し、115rpmで振とう培養した。Tol 5とその変異株については28℃にて8時間、ADP1とその変異株については30℃にて12時間培養した。ataA遺伝子を誘導する場合は、植菌時に0.5%アラビノースを添加した。培養後、遠心分離により集菌し、脱イオン水で3回洗浄し、異なる濃度のKCl水溶液中に再懸濁した。最終的に細胞濃度をOD
660が0.5になるように調製し、200μlの懸濁液を96穴ポリスチレン(PS)プレートまたはガラスプレート中に移した。28℃で2時間インキュベートして細胞を付着させた後、ウェルを同濃度のKCl溶液で2回洗浄し、付着した細胞を1%クリスタルバイオレットで15分間染色した。染色後、同濃度のKCl溶液でさらに3回洗浄し、染色剤を70%エタノールで細胞から溶出し、590nmの吸光度を測定することで定量した。
【0059】
(6)脱離試験
付着試験と同様の手順により、ADP1(pAtaA)細胞の100mM KCl懸濁液を用意した。これを96穴PSプレートまたはガラスプレートに添加し、28℃で2時間インキュベートして細胞を付着させた。その後、プレートを同濃度のKCl溶液または脱イオン水で3回洗浄し、残っている細胞を1%クリスタルバイオレットで染色した。その後、同濃度のKClまたは脱イオン水で洗浄してから付着試験と同じ方法で染色剤を定量した。
【0060】
(7)再付着試験
付着試験と同じ手順により、100mM KClの細菌懸濁液を用意した。細菌懸濁液中の細菌細胞を同様に96穴PSプレートに付着させ、3つのウェルを付着細胞の定量に使用した。この手順は付着試験と同様である。他のウェルについては脱イオン水で3回洗浄し、洗浄液中に脱離した細菌細胞を遠心分離により集め、100mM KClに再懸濁し、OD
660を0.5に再調整した。この細胞懸濁液を再付着試験に用いた。その後は同じ操作を繰り返した。
【0061】
(8)エステラーゼ活性測定
ADP1(pAtaA)細胞を上記方法により再付着試験に供した。細胞が付着した96穴プレートを100mM KClで洗浄後、200μlの4-NBP反応溶液(1.9mM パラニトロフェニル酪酸、1.1% トリトン-X 100、50mM 3,3-ジメチルグルタル酸、50mM トリス、50mM 2-アミノ-2-メチル-1,3-プロパンジオール)を加え30分間室温でインキューべートした後、生成物であるパラニトロフェノールの吸収波長である405nmの吸光度をそのままマイクロプレートリーダーで測定することによりエステラーゼ活性を求めた。
【0062】
2.結果と考察
(1)AtaA蛋白質の分離精製と接着特性の解析
Tol 5の細胞表層からAtaAを切り出すため、HRV 3Cプロテアーゼの認識配列(LEVLFQGP:配列番号11)をグリシン3残基から成るリンカー(GGG)とともに、AtaAの外膜結合アンカー部位(MAD)近くのループを形成していると推定されるFGG部位に挿入した(
図1A)。この修飾ataA遺伝子p3CataAをTol 5のataA欠損4140株に導入し、4140(p3CAtaA)を得た。アラビノースによりataA発現を誘導した全細胞溶解液中からは、抗AtaA血清を用いたウェスタンブロッティングにより3CAtaAが検出された(結果を図示せず)。また、同じ抗血清を用いたフローサイトメトリーの解析により、3CAtaAが細胞表層の外側に提示されていることを確認した(結果を図示せず)。付着試験により、4140(p3CAtaA)は、オリジナルのAtaAを恒常的に発現しているTol 5細胞以上に、ポリスチレン(PS)表面とガラス表面に対し付着することを示した(結果を図示せず)。
【0063】
次に、HRV 3Cプロテアーゼにより3CAtaAを細胞表層から切断し、30%の硫安により沈殿させ分離した。分離物をSDS-PAGEおよびウェスタンブロッティングに供し、3CAtaAのモノマーであることを確認した(結果を図示せず)。さらにNative PAGEに供したところ、720kDa以上の分子量の蛋白質を検出することができた(結果を図示せず)。TAAファミリーに属するAtaAはホモ三量体構造をとっていることが推定されており、実際に外膜結合部位近辺から切断、分離精製して得た3CAtaAも多量体構造を維持していることが示された。
【0064】
分離精製した3CAtaA自体のPS表面とガラス表面への接着特性をELISAにより調べた。イオン強度を塩化カリウム(KCl)により変えて接着への影響を解析したところ、3CAtaAは少量のイオンの存在下でどちらの表面にも接着したが、10mM以下で接着性が急激に低下し、イオンを含まない純水中ではPS表面にもガラス表面にもほとんど接着しなくなった(
図1B)。
【0065】
(2)AtaAによる微生物細胞付着のイオン強度依存性
上記発見に基づき、AtaAによる微生物細胞の付着もイオン強度による影響を受けるかどうかについてTol 5の野生株を使って調べた。その結果、Tol 5細胞自体の付着もイオン強度に依存することがわかった(
図2A,B)。PS、ガラスのどちらに対しても、20mM以上で若干のイオン強度の影響を受けながらも高い付着性を示したが、5mM以下で付着性が急激に低下し、純水中ではどちらの表面にもほとんど付着できなくなった。
【0066】
このような微生物細胞付着のイオン強度依存性が、AtaAの接着特性を直接的に反映したものであるかどうかを確認するため、同属別種の細菌であるアシネトバクター属細菌ADP1と、これにataA遺伝子を導入したADP1(pAtaA)の付着特性を調べた。ADP1は元来、付着性も凝集性も有していないが、ADP1(pAtaA)は高い付着性と凝集性を示すことは、すでに報告している(非特許文献9)。このことは今回も確認された。ADP1野生株はイオン強度に関わらずPS表面にもガラス表面にもほとんど付着しなかった(
図3、
図2D)。他方、ADP1(pAtaA)はイオン強度が高くなるにつれ両方の表面に対してより高い付着性を示した(
図2C,D)。そしてTol 5細胞と同様に、5mM以下で付着性が急激に低下し、純水中ではどちらの表面にもほとんど付着できなくなった。すなわち、ataA遺伝子の導入によってADP1細胞にもたらされた高付着性は、純水中や非常に低いイオン強度下では発揮されず、これはTol 5細胞同様、AtaAの接着特性を反映しているものと考えられる。尚、以上の結果を踏まえると、AtaAによって付着性を付与した微生物を担体に付着させる場合には、イオン強度が10mM以上(好ましくは20mM以上)の溶液を使用するとよく、担体から脱離させる場合にはイオン強度が10mM未満(好ましくは5mM以下)の溶液を使用するとよいといえる。
【0067】
通常の微生物細胞の付着性はAtaAを介する付着性よりずっと低く、微生物の固定化に利用できるレベルではないが、同様にイオン強度依存性を示すことが知られており、これはDLVO理論で説明される。この理論では、微生物細胞が表面に接近して付着するのに要するエネルギーは、ファンデルワールス引力と静電反発力の両方にかかるエネルギーの総和であるため、イオン強度が小さくなると静電反発力が大きくなり微生物細胞が付着しにくくなる。あるイオン強度以下では、微生物が表面に近づくためのエネルギーは、微生物細胞自体の運動エネルギーやブラウン運動によるエネルギーでは越えられないほどになる。このエネルギー障壁により微生物細胞は直接的には表面に到達することができないため、細胞外ポリマーや細胞表層のナノファイバーにより表面に付着する。細胞外ポリマーやナノファイバーは曲率半径が細胞そのものよりずっと小さいので、エネルギー障壁が存在しないのである。ナノファイバーであるAtaAの接着にもエネルギー障壁は存在しないはずであり、純水中で接着能力を失うことはこの理論では説明できないはずであるが、細胞付着自体のイオン強度依存性はDLVO理論を反映した通常の微生物付着特性と似ている。そこで、ADP1とADP1(pAtaA)の表面電位が異なるかどうか、細胞の電気泳動度のイオン強度依存性を比較した。その結果、両者の電気泳動度プロファイルは完全に一致し、AtaAの有無に関わらずそのイオン強度依存性は同じであった(結果を図示せず)。先述の通り、ADP1野生株ではイオン強度を高くしても付着性は向上しない。よって、イオンの存在下でADP1(pAtaA)細胞が高い付着性を示すことはAtaAがもたらしたものであり、低イオン強度下や純水中で付着性を失うこともAtaAの接着特性を反映したものであり、DLVO理論によるものとは異なることが強く示唆される。いずれにせよ、AtaAによって付着性を獲得した微生物細胞も、純水中やイオン強度が極端に低い時はほとんど付着できないことが明確となった。
【0068】
(2)AtaAを利用した微生物の着脱技術
上記のようなAtaAの接着特性とそれによる微生物の付着特性を利用し、AtaAによって一度固定化した微生物細胞を純水での洗浄によって脱離させることを試みた。100mMのKCl中でPSプレートまたはガラスプレートに固定化したADP1(pAtaA)細胞を、純水または100mMのKClで洗浄した。その結果、純水での洗浄により両方のプレートから微生物細胞を効果的に取り除くことができることが示された(
図4)。むろん100mMのKClによる洗浄では微生物細胞を除くことはできなかった。さらに、純水洗浄により一度脱離させた微生物細胞を再び固定化することができるか、またこの着脱を繰り返すことが可能かについて調べた。まずはADP1(pAtaA)細胞をPSプレートに固定化し、その後純水で洗浄して脱離させた。脱離した細胞を100mMのKCl水溶液中に再懸濁させて再びPSプレートに固定化した。この操作を繰り返すことによって、ADP1(pAtaA)細胞の着脱操作を繰り返した。その結果、3回の着脱を繰り返した細胞でも固定化効率の低下は全くみられず、着脱を繰り返すことができることが証明された(
図5)。この反復操作の最後に脱離させた細胞表層上にAtaAがきちんと提示された状態で保たれているかどうかをフローサイトメトリーにより確認したところ、表層提示量は最初の脱離前と全く変わらないことが確認された(結果を図示せず)。これらの実験結果は、洗浄脱離によってAtaAは破壊されることなく、その接着機能も損なわれることがないことを示している。
【0069】
最後に、今回開発した、AtaAによって固定化した微生物の脱着技術を実際にバイオプロセスに適用することを考え、着脱を繰返すことによる固定化細胞の有する酵素活性の変化を調べた。ADP1細胞は、もともと細胞表層にエステラーゼを有している。そこで、このエステラーゼ活性を指標に、全細胞触媒として利用する場合の着脱による触媒機能への影響を評価した。固定化したADP1(pAtaA)細胞を純水で脱離させ、100mMのKCl溶液に再懸濁させ、再固定化後、固定化微生物細胞をそのままエステラーゼ活性の定量に供した。着脱操作とエステラーゼ活性測定を繰り返した。その結果、着脱を繰り返しても固定化微生物細胞のエステラーゼ活性は低下しないことが示された(
図6)。即ち、AtaAにより固定化した微生物細胞の脱離と再固定化を繰り返しても、全細胞触媒としての機能は低下せずに固定化細胞を反復使用できることが示された。
【0070】
以上の通り、AtaAを利用した微生物の直接固定化法は、様々な微生物と担体に適用でき、従来の固定化法で問題となってきた欠点のない、唯一無二の有効で汎用的な全細胞触媒固定化技術である。この新規方法は、その触媒機能を保ったままで、一度固定化した微生物細胞の脱着を繰り返すことを可能とし、より柔軟で実用的なバイオプロセスの設計に資する。
【0071】
B.着脱実験(スポンジへの菌体の固定化及び脱離)
三角フラスコ内でADP1(pAtaA)細胞を純水に懸濁した後、黒のスポンジ(ポリウレタンフォーム)を投入した。最初、液体中に分散した菌体のため液は濁っている(
図7(1))。塩(KCl)溶液を加えてから振とうすると、菌体がスポンジに付着し懸濁液が透明になっていく(
図7(2))。黒いスポンジだが表面に着いた菌体のため白っぽく見える。塩溶液を純水に置換してから振とうすると、スポンジに固定されていた菌体が脱離して純水中に懸濁してくるため、液が白く濁ってくる(
図7(3))。ここに塩溶液を加えて振とうすると再び菌体がスポンジに固定され液が透明になる(
図7(4))。振とうと塩溶液の添加/純水への置換と振とうを交互に行えば、上記着脱を繰り返すことができる。