特許第6353503号(P6353503)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6353503
(24)【登録日】2018年6月15日
(45)【発行日】2018年7月4日
(54)【発明の名称】雑音を用いた防虫方法及び防虫装置
(51)【国際特許分類】
   A01M 29/16 20110101AFI20180625BHJP
   A01M 29/18 20110101ALI20180625BHJP
【FI】
   A01M29/16
   A01M29/18
【請求項の数】6
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2016-197952(P2016-197952)
(22)【出願日】2016年10月6日
(65)【公開番号】特開2018-57335(P2018-57335A)
(43)【公開日】2018年4月12日
【審査請求日】2017年4月11日
(73)【特許権者】
【識別番号】709002004
【氏名又は名称】学校法人東北学院
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】特許業務法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松尾 行雄
【審査官】 坂田 誠
(56)【参考文献】
【文献】 特許第5818274(JP,B2)
【文献】 特許第5904473(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01M 29/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
雑音を用いて、ヨトウガ類害虫の農園芸作物栽培圃場及び/又は施設への飛来を抑止する方法であって、前記ヨトウガ類害虫の行動を阻害する、前記雑音の音響パラメータが下記ア)〜エ)に示されるパラメータである合成波である雑音を前記農園芸作物栽培圃場及び/又は施設に適用し、前記ヨトウガ類害虫の成虫の飛翔行動を阻害することを含む方法:
ア)パルス長1〜200 ms
イ)パルス間間隔(パルス間の静音部の長さ)5〜400 ms
ウ)構成周波数10〜100 kHz
エ)音圧60 dB SPL 以上(測定距離50 cm;0 dB SPL = 20 μPa);
ただし雑音とは、ランダムな値の系列により生成される音を意味する。
【請求項2】
ヨトウガ類害虫がハスモンヨトウ、ヨトウガ、シロイチモジヨトウ及びスジキリヨトウからの1種又は2種以上である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ウ)構成周波数が15kHzから25kHz、25kHzから35kHz、35kHzから45kHz、45kHzから55kHz及び55kHzから65kHzのいずれかを含む請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
ウ)構成周波数が10〜65 kHzの周波数の音を含む広帯域雑音である請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
農園芸作物栽培圃場においてヨトウガ類害虫を防除する方法であって、請求項1〜4のいずれかに記載の方法により前記圃場への前記ヨトウガ類害虫の飛来を阻害することを含む方法。
【請求項6】
雑音の音響パラメータのうち、イ)パルス間間隔が10〜100 msである請求項5に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は雑音を用いる、ハスモンヨトウ、ヨトウガといったヨトウガ類害虫に対する防虫方法(防除方法)及び当該防虫方法に用いられる装置に関する。
【0002】
害虫を防除する方法には化学的防除、物理的防除及び耕種的防除等による方法が挙げられるところ、殺虫剤を用いる化学的防除が主流である。
【0003】
例えば、行動制御を利用した害虫防除の方法は、化学合成殺虫剤における普遍的な問題である薬剤抵抗性の問題や、人体、環境及び非標的生物に対する悪影響の問題を伴わないといった利点を有する。したがって、かかる方法は、薬剤に抵抗性を持つ害虫の出現や、環境・食品の安全・安心志向の高まりから、長年にわたり社会的に求められている、薬剤の代替となる環境調和型の害虫防除技術の開発に資するものである。
【0004】
畑作物を加害する害虫による経済的な損失も少なくない。このような害虫にはチョウ目害虫が包含されるところ、例えばハスモンヨトウの幼虫は各種農園芸作物の葉を食害し、作物の生育を阻害し商品価値を著しく低下させる。そのため、このような害虫は農園芸作物栽培における防除の対象となるが生物多様性の維持と食の安全の観点から、環境保全型の防除技術を開発する必要にも迫られている。
【0005】
上記の背景の下、環境に負荷をかけない防除資材が開発されつつあり、合成性フェロモンを利用した交信かく乱剤や黄色LED ライトを用いた防蛾灯はその例である。
しかしながら、高濃度の合成性フェロモンを利用した交信かく乱剤は多大な生産コストのために適用が可能な種は限定される。また黄色LED ライトを用いた防蛾灯は西日本において果樹カメムシ(ツヤアオカメムシ)を誘引してしまうといった問題を有する。
【0006】
果実を加害するチョウ目害虫に対しては、超音波を利用した防除方法の試みも既に存在する(特許文献1〜7、非特許文献1〜3)。これらの従来技術で用いられている超音波は、最も単純な純音(一定周波数の音)やコウモリの発信音を真似た音(周波数変調音)が用いられている。例えば特許文献1〜4及び6ならびに非特許文献1〜2は、コウモリが発する超音波を模倣した超音波を用いるものである。特許文献4には、果樹園における果実吸蛾類の被害を防ぐに当り、果実吸蛾類の飛来の障壁となる超音波網を設けることを特徴とする果実吸蛾類の防除方法が記載されている。特許文献7には、貯穀チョウ目害虫を合成超音波で忌避せしめる方法が報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2011−205981号公報
【特許文献2】特開2008−48717号公報
【特許文献3】特開2003−304797号公報
【特許文献4】特開昭55−127947号公報
【特許文献5】特開昭57−63045号公報
【特許文献6】特開2013−51925号公報
【特許文献7】特開2015−228828号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】小池、「超音波を利用した果樹のヤガ類被害防止技術の開発」、植物防疫、2008年10月、第62巻、第10号、p.549−552
【非特許文献2】Gillam et al., 2011, Southwest. Nat., 56: 103-133
【非特許文献3】中野、「チョウ目害虫における超音波を用いた行動制御技術」、植物防疫、2012年6月、第66巻、第6号、p.300−303
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記のとおり超音波を用いてチョウ目害虫等を防除する試みがなされているが、これらの既存技術はヨトウガ類害虫の防除において十分に実用性を充足するものではない。
そのため、地域を問わず利用可能な、農園芸作物を加害するヨトウガ類害虫の防除に有効な新規技術が渇望されている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、これまで試されることさえなかったある主の音を用いることによってヨトウガ類害虫の行動を制御し、もってヨトウガ類害虫の防除ができる可能性があることを見出し、さらに研究を進めた結果本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち本発明は、少なくとも以下の発明に関する:
[1]
雑音を用いて、ヨトウガ類害虫の農園芸作物栽培圃場及び/又は施設への飛来を抑止する方法であって、前記ヨトウガ類害虫の行動を阻害する、前記雑音の音響パラメータが下記ア)〜エ)に示されるパラメータである合成波である雑音を前記農園芸作物栽培圃場及び/又は施設に適用し、前記ヨトウガ類害虫の成虫の飛翔行動を阻害することを含む方法:
ア)パルス長1〜200 ms
イ)パルス間間隔(パルス間の静音部の長さ)5〜400 ms
ウ)構成周波数10〜100 kHz
エ)音圧60 dB SPL 以上(測定距離50 cm;0 dB SPL = 20 μPa);
ただし雑音とは、ランダムな値の系列により生成される音を意味する。
[2]
ヨトウガ類害虫がハスモンヨトウ、ヨトウガ、シロイチモジヨトウ及びスジキリヨトウからの1種又は2種以上である[1]の方法。
[3]
ウ)構成周波数が15kHzから25kHz、25kHzから35kHz、35kHzから45kHz、45kHzから55kHz及び55kHzから65kHzのいずれかを含む[1]又は[2]の方法。
[4]
ウ)構成周波数が10〜65 kHzの周波数の音を含む広帯域雑音である[1]〜[3]のいずれかの方法。
[5]
農園芸作物栽培圃場及び/又は施設においてヨトウガ類害虫を防除する方法であって、[1]〜[4]のいずれかの方法により前記圃場及び/又は施設への前記ヨトウガ類害虫の飛来を阻害することを含む方法。
[6]
雑音の音響パラメータのうち、イ)パルス間間隔が10〜100 msである[5]の方法。
[7]
上記[1]〜[4]のいずれかの方法及び/又は[5]もしくは[6]の方法を実施するための、雑音を発生する装置。
【発明の効果】
【0012】
本発明の方法によれば、農園芸作物を加害するヨトウガ類害虫を、従来の方法より高い効率により防除することができる。
ある決まったパターンの音を使用した場合、防除対象害虫における学習の効果により忌避効果が減る場合がある。ヨトウガ類害虫においても、雑音を感知すると飛翔行動等の行動を一時的に中止するが、特定のパターンの音の連続的な提示によりその効果は低下し得る。本発明の方法においては雑音が用いられるため、音の時間的な特性に規則性はないことから、ヨトウガ類害虫における学習効果を低減又は回避することができる。
このような特長により、本発明の方法は、従来技術を上回る効果を奏するのである。
また、音の種類として純音、周波数変調音及び雑音があるところ、従来チョウ目害虫の防除のために検討されていたのは純音と周波数変調音のみであり、雑音が試されることはなかった。
すなわち本発明によるヨトウガ類害虫を防除する方法は、従来技術とは全く異なる画期的な方法なのである。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】実施例1の実験方法を示す模式図である。
図2】実施例1の実験システムを示す模式図である。図中、「PC」はコンピュータを表し、「DA変換器」によりデジタル信号をアナログ信号に変換(電圧出力)した。
図3】実施例1の送信信号と他の信号との関係を示す模式図である。黒い実線部が送信信号(持続時間:0.1秒、間隔:0.2秒)が送信されたことを示す。
図4】送信信号(PCから送信された信号)を示す図である。
図5】実施例1において用いられた送信信号を示す図である。
図6】実施例1において得られた本発明の方法の効果を純音と比較して示す図である。
図7】実施例1の結果を雑音の種類ごとに示す図である。
図8】実施例1の結果を個体ごとのまとめとして示す図である。
図9】実施例1の結果をより詳しく示す図である。
図10】実施例2において得られた本発明の方法の効果を、雑音(白色雑音)のパルス長ごとに示す図である。
図11】実施例2において得られた本発明の方法の効果を、雑音(白色雑音)の送信周期ごとに示す図である。
図12】実施例2において得られた本発明の方法の効果の帯域依存性を、70 dB SPLにおいて示す図である。
図13】実施例2において得られた本発明の方法の効果の帯域依存性を、80 dB SPLにおいて示す図である。
図14】実施例2において得られた、狭帯域雑音を用いた本発明の方法の効果を示す図である。
図15】実施例2において得られた、疑似雑音を用いた本発明の方法の効果を示す図である。
図16】本発明の方法のオオタバコガに対する効果を示す図である。
図17】実施例2において用いた疑似雑音を発生させる際に用いられる、搬送波を位相変調させた波形を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は前記のとおり以下に再掲して示す方法に関する:
雑音を用いて、ヨトウガ類害虫の農園芸作物栽培圃場及び/又は施設への飛来を抑止する方法であって、前記ヨトウガ類害虫の行動を阻害する、前記雑音の音響パラメータが下記ア)〜エ)に示されるパラメータである合成波である雑音を前記農園芸作物栽培圃場及び/又は施設に適用し、前記ヨトウガ類害虫の成虫の飛翔行動を阻害することを含む方法:
ア)パルス長1〜200 ms
イ)パルス間間隔(パルス間の静音部の長さ)5〜400 ms
ウ)構成周波数10〜100 kHz
エ)音圧60 dB SPL 以上(測定距離50 cm;0 dB SPL = 20 μPa);
ただし雑音とは、ランダムな値の系列により生成される音を意味する、
方法である。
【0015】
本明細書において「雑音」とは、ランダムな値の系列により生成される音であり、ノイズと呼ばれることもある。雑音における周期性については、ある一定の持続時間の雑音を繰り返す周期性が存在してよいし、周期性はなくてもよい。なお、雑音には、帯域に対応した僅かな周期性が存在してもよい。
「雑音」は、短時間に2種又は3種以上の周波数の音から構成され、その周波数または位相がランダムに変わる音と定義することもできる。すなわち雑音とは、特定の周波数の音のみからなる音である純音や、一定の周波数の音が規則的にある特定の周期により反復される周波数変調音とは異なる音全般を意味するものである。
【0016】
本発明において雑音の種類は限定されず、例えば一様乱数を発生させた値を時系列データにした白色雑音(ホワイトノイズ)であってよい。白色雑音の場合、すべての周波数の振幅が一定であるが、その位相がランダムであるという特徴を有している。
また、ある周波数帯域しか含まない雑音は帯域ノイズ(帯域雑音)と称される。帯域雑音のうち周波数帯域幅が広いものは広帯域雑音と称され、反対に周波数帯域幅が狭いものは狭帯域雑音と称される。広帯域と狭帯域の境界とされる周波数は明確に決まっていないが、例えば音響・騒音などの分野では帯域雑音の中心周波数に対して1/3オクターブ以内だと狭帯域雑音と、1/3オクターブ以上だと広帯域雑音と呼ばれる。かかる定義に従い、本発明においては、例えば10kHzから100kHz程度までの周波数の音を含む雑音、及び15kHzから65kHzしか含まれない雑音はいずれも広帯域雑音(周波数帯域のみにパワーを持つランダムな系列)という。スピーカを通して再生・発生された音はそのスピーカの特性によりある帯域のみが音として発生されるため帯域雑音になる。
【0017】
雑音をコンピュータで作製した場合、当該雑音はすべての周波数に均一にパワーを持つランダム系列である、ホワイトノイズ(白色雑音)とすることができる。
本発明の方法においては、帯域雑音(広帯域雑音及び狭帯域雑音)、ならびに白色雑音のいずれをも用いることができる。
【0018】
本発明において、雑音の発生のさせ方も限定されず、例えば乱数を発生させて生成する一般的な方法を用いることができ、本発明においてはかかる雑音を用いることができる。また本発明においては、雑音としてアナログ回路(電気回路)においてダイオード等から発生された信号を用いることもできるし、疑似雑音を用いてもよい。雑音は、2種又は3種以上の周波数の音を連続して発生させ、合成させて生じさせることもできる。
疑似雑音についてさらに説明するに、種類としてはM系列信号ならびにゴールド系列信号があげられる。またこれらの疑似雑音を発生させるには、回路を用いてもよいし、PC内で発生させてもよい。また、疑似雑音を発生させるには、疑似雑音をそのまま送信してもよいし、搬送波を位相変調させた波形を用いてもよい。 なお、上記M系列やゴールド系列はランダムな0、1の系列となり、この0と1とが正弦波の位相を0度または180度とし、波形を作成することができる。この正弦波のことを搬送波と呼ぶ。このような疑似雑音の発生方法は、狭帯域のスピーカ(40kHz±数kHz)で疑似雑音を使用したいときに用いる手法として有用である(図17)。
【0019】
また本明細書において「園芸作物を加害する」の語の意味には、直接加害を受ける対象は果実である場合も包含される。
【0020】
本発明の方法において用いられる雑音はヨトウガ類害虫の行動を阻害する雑音であり、該雑音によりヨトウガ類害虫のメス成虫及びオス成虫の飛翔行動が阻害される。
本発明の方法が適用されるヨトウガ類害虫はとくに限定されず、ハスモンヨトウ、ヨトウガ、シロイチモジヨトウ及びスジキリヨトウが例示される。なお、本発明におけるヨトウガ類にはオオタバコガも包含される。
【0021】
本発明の方法における雑音のパルス長は1〜200msであればとくに限定されないところ、1〜100 msが好ましく、1〜50 msがより好ましく、2〜50 msがとくに好ましい。
本発明の方法における雑音のパルス間間隔(パルス間の静音部の長さ)は5〜400 msであればとくに限定されないところ、10〜400 msが好ましく、10〜300 msがより好ましく、10〜200 msがとくに好ましく、10〜100 msが一層好ましい。
なお、ヨトウガ類害虫においては、雑音を検知すると飛翔行動等の行動を一時的に中止するが、雑音の連続的な提示によりその効果は低下することが分かっている(慣れ又は学習効果)。雑音のパルス間間隔を上記のような間隔とすることにより、上記のような慣れ又は学習効果が生じるのを一層効率的に回避することができる。
【0022】
本発明の方法における雑音の構成周波数(雑音を構成する音の周波数)は10〜100 kHzであればとくに限定されないところ、15〜100 kHzが好ましく、15〜90 kHzはより好ましく、20〜85 kHzはとくに好ましい。
本発明の方法における雑音の音圧は60 dB SPL (測定距離50 cm;0 dB SPL = 20 μPa)以上であればとくに限定されないところ、70 dB SPL(測定距離50 cm;0 dB SPL = 20 μPa)以上が好ましく、80 dB SPL(測定距離50 cm;0 dB SPL = 20 μPa)以上はより好ましい。
【0023】
本発明の方法において、上記音響パラメータは防除期間中において任意のタイミングで変更してもよい。
本発明の方法における、特定のパルス長及びパルス間間隔により連続的に発生させる雑音(以下において「雑音のグループ」ということがある)の持続時間は限定されず、例えば約1秒間〜約30秒間であってよい。本発明の方法において、かかる持続時間として約1秒間〜約20秒間は好ましく、約2秒間〜約20秒間は好ましく、約2秒間〜約15秒間はより好ましい。
【0024】
本発明の方法において、上記雑音のグループ間の間隔は限定されず、例えば雑音のグループの持続時間の1/10〜10倍程度であってよい。本発明の方法において、雑音のグループ間の間隔として雑音のグループの持続時間の1/5倍〜10倍程度は好ましく、1/5倍〜8倍程度は好ましく、1/4倍〜8倍程度はより好ましく、1/4倍〜5倍程度は一層より好ましい。
【0025】
雑音の音響パラメータの2つ以上が、上記好ましい範囲の組み合わせである本発明の方法は好ましく、雑音の音響パラメータが下記ア)〜エ)に示されるパラメータである本発明の方法はより好ましい。
ア)パルス長1〜100 ms
イ)パルス間間隔(パルス間の静音部の長さ)10〜400 ms
ウ)構成周波数15〜100 kHz
エ)音圧80 dB SPL 以上(測定距離5 cm;0 dB SPL = 20 μPa)。
【0026】
なお本発明の方法において用いられる雑音は、10kHzから100kHz程度までが送信される広帯域雑音であってもよく、15kHzから65kHzしか含まれない雑音である帯域雑音であってもよい。これらの雑音のうち、含まれる音の周波数として15kHzから25kHz、25kHzから35kHz、35kHzから45kHz、45kHzから55kHz、55kHzから65kHz及び65kHzから75kHzのいずれかを含むものは好ましい。この場合、雑音はこれらいずれかの波長域の雑音のみであってよく、35kHzから65kHz 25kHzから35kHzまたは35kHzから45kHzのみの雑音である本発明の方法はとくに好ましい。
含まれる音の周波数として、15kHzから35kHz、25kHzから45kHz、35kHzから55kHz、45kHzから65kHz、55kHzから75kHz及び65kHzから85kHzのいずれかを含むものは好ましい。この場合、雑音はこれらいずれかの波長域の雑音のみであってよく、35kHzから65kHz 25kHzから45kHzのみの雑音である本発明の方法はとくに好ましい。
含まれる音の周波数として、15kHzから45kHz、35kHzから65kHz及び55kHzから85kHzのいずれかを含むものは好ましい。この場合、雑音はこれらいずれかの波長域の雑音のみであってよく、雑音が15kHzから45kHzのみの雑音又は35kHzから65kHzのみの雑音である本発明の方法はとくに好ましい。
含まれる音の周波数として、15kHzから55kHz及び35kHzから75kHzのいずれかを含むものは好ましい。この場合、雑音はこれらいずれかの波長域の雑音のみであってよく、雑音が35kHzから75kHzのみの雑音である本発明の方法はとくに好ましい。
さらに、10kHzから100kHz程度までが送信される広帯域雑音及び実質的に20kHzから100kHz程度までが送信される広帯域雑音は、ヨトウガ類に対する忌避行動をより効率的に誘導するため好ましい。
【0027】
本発明の方法のうち、雑音によりヨトウガ類害虫のメス成虫の産卵行動が阻害される方法は、ヨトウガ類害虫の防除により効率的に寄与するため好ましい。
【0028】
また、本発明は、農園芸作物栽培圃場及び/又は施設においてヨトウガ類害虫を防除する方法であって、上記いずれかの方法により前記栽培園へのヨトウガ類害虫の飛来を阻害することを含む方法に関する。この方法は、上記いずれかに記載の方法により圃場及び/又は施設へのヨトウガ類害虫の飛来を阻害することにより、該圃場及び/又は施設に生息するヨトウガ類害虫の密度を低減せしめるものである。本防除方法においては、上記飛来を阻害する方法のうち、好ましい方法を好適に用いることができる。
【0029】
より具体的には、圃場の周囲に、外側に向けて雑音の出力装置を設置したり、又はイチゴハウスのような農園芸施設の内部もしくは外部に雑音の出力装置を設置し、ヨトウガ類害虫の圃場内及び/又は施設内への飛来・侵入を阻害したり、あるいは圃場内及び/又は及び/又は施設内のヨトウガ類成虫の行動を撹乱(停止や忌避など)することにより、ヨトウガ類害虫を防除することができる。
本発明による防除方法は、ハスモンヨトウ及びオオタバコガにとくに高い効果を奏する。
【0030】
設置される出力装置の種類は、所定の雑音を発生させることができるものであればとくに限定されない。また、設置される出力装置の個数は、圃場や施設の広さに応じて適宜決定してよい。
【0031】
ヨトウガ類害虫のうち、例えばハスモンヨトウのメス成虫及びオス成虫は、特定の時間帯に飛来し、ハスモンヨトウの交尾後のメス成虫は、大部分が暗期開始後の特定の時間帯のみ産卵媒体である作物に飛来する。したがって、この間時間帯に雑音を出力することは、同種の省力的かつ効率的な防除を可能ならしめるため好ましい。
【0032】
メス成虫がオス成虫を誘引するために性フェロモンを放出する時間帯も種特異的である。したがって、防除対象であるヨトウガ類が性フェロモンを放出する主である場合には、この時間帯に雑音を出力する本発明の方法は好ましい。
【実施例】
【0033】
本発明を、以下の実施例によりさらに詳細に説明する。これらの実施例は、いかなる意味においても本発明を限定するものではない。
(実施例1)ハスモンヨトウに対する効果(純音との比較)
<材料と方法>
[材料及び試験系]
ガ(ハスモンヨトウ、羽化後数日を経過した成虫。雌雄は区別せず)を糸で吊るし,超音波(雑音)をフレキシブル・スピーカから送信し、マイク(knowles, FG)でエコーを受信した。
糸の固定具とスピーカまでの距離を60cmとした。ガは30cmから90cmの範囲で飛行した。
ガの動きをビデオカメラで上側から撮影し、PC上で自動トラッキングを行った(図1)。

[信号の生成]
波形発生装置としてのPCにより発生させたデジタル信号をDA変換器によりアナログ信号(電圧出力)に変換し、当該アナログ信号をアンプにより増幅してスピーカから音(雑音)を発した。用いられた音の種類は以下のとおりであった:
・白色雑音(周波数10kHzから100kHz程度。ただし、スピーカの特性によって帯域雑音として適用された)
・帯域雑音:20-30kHz、25-35kHz、・・・
・純音(比較例):周波数20、25、30、・・・、60kHz
本実施例においては、PCで作製された雑音はホワイトノイズ(白色雑音。周波数10kHzから100kHz程度)であり、すべての周波数(サンプリング周波数の半分まで)を含んでいた。一方、当該雑音をスピーカを通して再生させると、スピーカの特性によりある特定の帯域のみが音として発生される(図2)。

[信号の送信]
音(雑音)の持続時間は0.1秒で、0.2秒間隔で10秒間指定の音を送信した。
その指定の音の前にビデオカメラ上に実験開始と終了の合図のための音を送信した。
指定された音の1秒前に4000Hzの音を0.1秒送信し、そのあとに指定音の種類を表す音を送信した。
加えて、指定された音の終了1秒後に、終わりの合図のための音(3500+4000Hz)の音を送信した。またコントロール刺激として無音の時間帯(200ms)を設けた。
上記10秒間の雑音の送信を、試験に供試されたガの個体が十分な羽ばたきを続け、羽ばたきが停止されるまで行った。より具体的には、10回〜30回、数分の間隔で上記10秒間の雑音を与えた(図3)。
送信信号として、PCから送信された信号及びスピーカーの特性が反映された信号のそれぞれを、図4及び図5に示す。
[解析方法] ビデオカメラで撮影された動画を確認し、羽ばたきを停止した時間を記録(詳細な時刻を決める場合は、動画のフレームレートを下げて再生し判断)した。連続して数秒以上羽ばたきを停止した個体を、停止した個体とした。また、音の送信前の飛翔に比べて、飛翔速度が速くなる等の飛翔変化を示した個体を、忌避行動した個体とした。
【0034】
<結果>
純音に比べて、広帯域雑音は忌避行動を引き起こす率が高かった(図6、表1)。すなわち、本発明の方法においては63%の個体が停止又は忌避を示したのに対し、純音の場合において停止又は忌避を示す個体は13%にすぎなかった。
【表1】
【0035】
帯域雑音(10kHzの幅の雑音)でも忌避行動が観察された。広帯域雑音においてはより高い停止率を示した(図7、表2)。
【表2】
【0036】
個体差が認められた(表3、図8)。
個体差が生じた理由として、
1.今回は実験に用いたガ(ハスモンヨトウ成虫)はオス・メスの判別をせずに実験を行ったこと、及び
2.今回用いたガは業者から購入(野生のガに比べて天敵の影響が小さくなっている可能性)、
が考えられた。
【表3】
【0037】
純音と雑音の詳しい比較を、個体1に関して、各周波数における停止率と音を出してからの時間により行った。純音に関しては、それぞれの周波数2回実施し、広帯域雑音に関しては、6回実施し、平均から停止率や停止までの時間を計算した。
その結果、純音でも停止する場合もあったが、停止までにかかる時間が広帯域雑音のほうが純音にくらべてはるかに短かった(図9)。このことから、雑音によるガに対する忌避効果は純音よりはるかに高いことが明らかになった。
【0038】
(実施例2)ハスモンヨトウに対する効果(帯域の検討)
<材料と方法>
[材料及び試験系]
ガ(ハスモンヨトウ、雌雄別々に飼育し、羽化後数日を経過した成虫。)を糸で吊るし、超音波を超音波スピーカから送信した。
糸の固定具とスピーカまでの距離を40cmとした。ガは30cmから50cmの範囲で飛行した。
ガの動きをビデオカメラで上側から撮影した(図1)。

[信号の生成]
波形発生装置としてのPCにより発生させたデジタル信号をDA変換器によりアナログ信号(電圧出力)に変換し、当該アナログ信号をアンプにより増幅してスピーカから音(雑音)を発した。用いられた音の種類は以下のとおりであった:
・白色雑音(スピーカの特性によって10kHz〜100kHzの帯域雑音として適用された)
・帯域雑音1:15-25kHz、25-35kHz、・・・、75-85kHz
・帯域雑音2:15-35kHz、25-45kHz、・・・、65-85kHz
・帯域雑音3:15-45kHz、35-65kHz、55-85kHz
・帯域雑音4:15-55kHz、35-75kHz
・帯域雑音5(1/3オクターブ帯域雑音):18-22kHz、27-33kHz、・・・、81-99 kHz
・疑似雑音:疑似雑音系列(9次511ビット)を40kHzで位相変調した雑音(図17
送信信号の音圧レベルは70、80、90 dB SPLとし、各試験の目的に応じて適宜選択して用いた。

[信号の送信]
音(雑音)の持続時間は1ミリ秒から200ミリ秒で、3ミリ秒から0.4秒間隔で3秒間指定の音を送信した。
その指定の音の前にビデオカメラ上に実験開始と終了の合図のための音を送信した。
指定された音の1秒前に3000から5000Hzに周波数変調する音を0.1秒送信し、そのあとに指定音の種類を表す音を送信した。
加えて、指定された音の終了1秒後に、終わりの合図のための音(3500+4000Hz)の音を送信した。
上記3秒間の雑音を20回から94回、数秒以上の間隔で与えた。

[解析方法]
実験中のガの状態を目視で確認し、必要に応じてビデオカメラの動画も確認した。3秒間の音送信中に羽ばたきを停止した個体を、停止個体とした。また、音の送信前の飛翔に比べて、飛翔速度が速くなる等の飛翔変化を示した個体を、忌避行動した個体とした。
実験には7個体(オスが3個体、メスが4個体)と用いた。停止率及び忌避行動率を、停止した個体数及び忌避行動が引き起こされた個体数の全供試個体における割合として求めた。
【0039】
<結果>
結果を図10図15に示す。
用いられた各パルス長(持続時間:図10)及び雑音の送信周期(図11)において、本発明の方法によりハスモンヨトウの行動に対する影響が確認された。
また70及び80 dB SPLのいずれの音圧においても、上記帯域雑音1〜4において、本発明の方法によりハスモンヨトウの行動に対する影響が確認された(図12及び図13)。
さらに狭帯域の雑音(音圧80 dB SPL)を用いた場合にも、本発明の方法によりハスモンヨトウの行動に対する影響が確認された(図14)。疑似雑音についても同様であった(図15)。
【0040】
<結論・考察>
実施例1及び2に示した結果から、本発明の方法はハスモンヨトウに対して、純音に比べてはるかに高い効果を奏する防虫方法(装置)を奏することが明らかになった。
なお、広帯域雑音だけでなく、10kHz程度の周波数幅をもつ帯域雑音でも、本発明の方法は効果があることも示された。
【0041】
(実施例3)オオタバコガに対する効果
実施例2において用いた方法により、オオタバコガに対する本発明の方法の効果を調べた。
<材料と方法>
1個体のオオタバコガ成虫に対し、以下の試験の条件により行動における影響を調べた:
・雑音音の種類:白色雑音(スピーカの特性によって10kHz〜100kHzの帯域雑音として適用された)
・音圧レベル:80dB SPL
・個々の雑音発生の持続時間:1msから80ms
・雑音発生の間隔(無音の時間):下記表4に示すとおり、各持続時間に対応した無音の時間をそれぞれ設定し、これら複数の無音の時間を順番に置いて各所定の持続時間の雑音を与えた。
【表4】
[解析方法]
実験中のオオタバコガの状態を目視で確認し、3秒間の音送信中に羽ばたきを停止した場合を停止したと判定とした。また音の送信前の飛翔に比べて、飛翔速度が速くなる等の飛翔変化を示した場合を、忌避行動をしたと判定とした。
各持続時間(パルス長:1、3、15、20、40及び80ms)について、4種類の雑音発生の間隔のうち忌避行動をした場合の割合を忌避行動率として求めた。

<結果>
オオタバコガにおいても忌避行動が確認された(図16)。したがって、本発明の方法はオオタバコガにも効果を奏することが明らかになった。
【0042】
<総合考察>
実施例1〜3の結果から、本発明の方法及び装置は、ハスモンヨトウやオオタバコガといったヨトウガ類に対し、優れた効果を示すと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明によれば、農園芸作物を加害するチョウ目害虫であるヨトウガ類害虫、とくにハスモンヨトウ、オオタバコガ又はヨトウガ、シロイチモジヨトウもしくはスジキリヨトウを、従来の方法より高い効率により防除することができる。したがって、本発明は、害虫防除産業及び農園芸作物栽培並びにこれらの関連産業の発展に寄与するところ大である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17